『お兄ちゃん、お帰りー!!』

"ボフッ"
3連休初日、シンジは久しぶりに城島家への帰宅を果たした。
その矢先、出迎えたカナミはいきなりシンジに抱き着く。
大学に合格はしたものの、地元から通うにはかなりの距離があり、両親、カナミに頭を下げ、現在は一人暮らし中のシンジ。
そんなであるから休日はバイト三昧で滅多に城島家に戻ってくる事など出来ない。
それがこの度バイト先の改装で3連休がとれ、久々の帰宅と相成ったわけである。
ちなみにバイト三昧な毎日で余裕がなくシンジはいまだ1人身である。

『カナミさん…!?』

『えへへ、お兄ちゃんの臭い…』

顔をシンジの服にこすりつけながらカナミが呟く。

『いや、あの…』

そんなカナミにしどろもどろなシンジ。こいつこんなキャラだったっけかな?等と考えてしまう。

『どう?萌えた?』

『…は?』

その矢先カナミは体を離し、そんな事を問い掛けてくる。

『いや、エロゲにでてくるブラコンの妹キャラで出迎えてみたんだけど…ツンデレな妹の方が良かった?』

『………………』

この言葉にはさすがにシンジは何も返せない。結局のところカナミはカナミのままだった。

『帰って来て、いきなりで悪いんだけど、実はお話しが…』

シンジを置き去りにカナミは話しを進めていく。

『こないだ、マナカちゃんとゲームで勝負して負けちゃって…』

『で?』

カナミの話し始めた内容でやっと冒頭のカナミの行動を理解するシンジ。
つまるところお願いないしおねだりがあるといったところだろう。

『それで…お兄ちゃんを一日貸すことになっちゃった。』

『はい?』

カナミの発言に脊髄反射でシンジはただ聞き返す。

『だから〜、これ!!』

そんなシンジにカナミが一枚の紙を差し出す。

『…借用書?』

『そ!ここに全部書いてあるから。』

言われてシンジが目を通すとそこにはゲームで負けた見返として(シンジの)身体を差し出す旨が書いてあり、カナミの署名までがあった。
っていうか、これ借用書違う。等とシンジが心の中でツッコミをいれる。

『そして、これ、マナカちゃんから。』

カナミはシンジへと手紙を渡す。
シンジに考える暇など与えぬ展開にシンジは内心溜息をつきながら、渡された手紙の封を切る。
中には、『明日朝7時地元の駅で』という文字の書いてある他に飾り気のない便箋と、遊園地のチケットが2枚入っていた。

………………………………

『シンちゃ〜ん!!』

翌日指定された時刻、指定された場所。
変に寝付けなかったシンジは10分以上の余裕をもってそこに着いた。

『シンちゃん??』

その場で呼ばれた、顔の知れた女の子からの、呼ばれ慣れない呼称。
首を傾げながらもシンジはその女の子に近づいていく。

『マナカちゃん、久しぶり。』

軽く挨拶の言葉を口にするシンジ。

『ほんとに久しぶり、シンちゃん。』

マナカは嬉しそうな顔をしながらシンジ同様互いの距離をつめてくる。
実家に住んでいて、よく交流を持っていた頃には滅多にお目にかかれない表情にシンジは思わず目を奪われてしまう。
それでも、またしても呼ばれた聞き慣れない呼称にシンジは違和感を感じる。
マナカの前でもシンジは首を傾げてしまう。

『どうでしたか、シンジさん?萌えましたか?』

『??』

『いや、久しぶりに再会する幼なじみのシチュエーションを演出してみたんですが。』

『あぁ…』

つまるところ、昨日カナミがしたのと大差ない事をしただけ。
マナカの言葉でシンジはやっと得心いった。

先程のマナカの行動と昨日のカナミの行動から2人は未だに懇意であることに疑いの余地はない。
そして、そんなカナミに対してシンジは変わらないとの印象を抱いた。
つまるところ目の前にいるマナカも変わってはいないのだ。

『ははは…』

そう思うと安堵から思わずシンジは笑みをこぼしてしまう。

『??どうかしましたシンジさん?』

今度はマナカが首を傾げる番だった。

『いや、なんでもない。』

そんなマナカに一声かけると、シンジが1歩前に出て歩き出す。

『さぁ、行こうか?』

『あっ、待ってくださいシンジさん!』

合わせるようにマナカも歩きだした。

………………………………

2人はただ楽しく遊園地での時を過ごす。
当初カナミから見せられた借用書(?)に書いてあったように、シンジの身体を差し出してナニをするような場面は一度もなかった。
ただ、普通に遊園地で遊ぶこと、久しぶりに過ごすマナカとの時間の共有のみだけ。
内心当初はビビっていたシンジではあったが、駅前での一件以来心も解れ、その時を自然と楽しんでいた。

『シンジさん、あれ』

一つのアトラクションから出てきて、次は何に乗ろうか等と話をしながら歩いていた矢先マナカが急に指を差しながら声をあげる。

『あれは…確か小池マイ。』

何かの撮影であろうか、そこには少し前、グラビアアイドルとして、世を賑わし、昨今は女優としての道を着実に歩む小池マイの姿があった。
グラビアアイドル時代、実は結構お世話になったシンジは心の中でひそかに感動を覚える。

『俺、結構昔好きだったんだよね。』

『ええ、でしょうね。胸大きいですもんね。』

どこか不機嫌になるマナカ。
しかし、シンジにはそんなマナカの表情は目に入っては来ない。
昔、自分がお気に入りだったタレントを目撃して、半ば感動の心持ち。
マナカが胸の話をしていたので視線は自然とその豊満な胸へ。
(おお、服の上からでもよく分かるなぁ。)
妙な感動を覚える。
その胸を好き放題にする妄想でどれだけお世話になっただろうか。
マナカを置き去りに思考の中に潜り込んでいく。

『…………………』

そんなシンジを呆れているのか思考を読もうとしているのかマナカは何も発さない。

シンジに悪気は無かったのだろうが、視線はゆっくりとマナカの方へ。
というか、マナカの胸元へ。
そこにあるのは、一人暮らし開始前と大差の無い小ぶりサイズ。カナミ共々まだまだ貧乳コンビは健在なようだ。
(アキちゃんまでとはいかないけどもう少しぐらい。いや、比べちゃ悪いな。それにしてもホントに小っちぇな…)

『…ゴフッ!!』

『今何かとてつもなく失礼な事考えませんでしたお兄さん?』

思考の中で失礼にもマナカの胸が小さい等と思ってしまったシンジにマナカがボディブローをお見舞いする。

『イエ、ソンナコトナイデス。』

もう一発シンジに強烈なボディブローをお見舞いした後マナカが言う。

『何でカタコトなんですか!!全くもう!!今の私は貞操帯つけてないので、殺傷力のあるパンチも放てますが、いかがですか?』

『丁重にお断りします。』

マナカの迫力に思わず頭を下げたシンジ。しかし、マナカの言葉のおかしさに思わず呟く。

『…貞操帯をしてない??』

そんなシンジの言葉にマナカは当然と言わんばかりに答える。

『もう、16歳になりましたからね。昔、話したはずですよ?』

『そうだっけ…?』

そんな事を言われても全くピンとこないシンジ。
確かにマナカはその昔宣言をしている。16歳までは純潔を守り抜くと。その為の貞操帯であると。
しかしながら、そんな事など一切頭には残ってないシンジだった。

………………………………

『……………………』

『いや、だからホントに申し訳ない。』

もうそろそろ閉園という時間。すっかり遊び回った2人はベンチに腰掛けていた。
先程の一件以来どこと無くマナカは不機嫌だった。
シンジの貢ぎ物作戦(マナカの欲しそうなものはなるべく買ってあげる)の甲斐もあり1度は持ち直しかけたものの、
その後、シンジの財布が悲鳴を上げはじめる頃になると、また不機嫌に。

『シンジさん。』

マナカから不意に呼びかけられる。

『私が何で不機嫌なのか解ってますか?』

『いや、だから、さっきの事だよね?ちっちゃい…グフ…』

『もう、その単語は口にしないで下さい。次は血を見ますよ。』

シンジの言葉の途中でマナカはシンジの脇腹に3度目のボディブロー。
ギャグ漫画お約束な口から血を吐いたシンジは既に血を見てるんだけどなー等と思う。

『問題はその後です。』

『その後??』

『その後です。』

『貞操帯の話?』

シンジは唯一思いあたる事を口にする。

『そうです。ホントに覚えてないんですか?』

そのキーワードが唯一今のマナカの不機嫌を解く鍵らしい。シンジは自らの記憶を手繰り寄せていく。

………………………………

それは小さい頃の記憶。まだマナカはひだまり幼稚園に通っていた頃。
マナカよりも先に生まれたシンジは当然既に幼稚園を卒園していた。
それでも、妹カナミは友達が来ていようとも、シンジにべったりで、巻き込まれるようにカナミの友達とも一緒に遊んだ。
(つまるところ高校在学時のカナミの友人達との交遊関係となんら変わらないわけだが…)
そんなこんなでマナカとも親しくなったシンジ。ある日カナミと3人で遊んでいた矢先の出来事。

『マナカちゃんパンツ見えてるよ!!』

まだまだ性の知識等無かった時代。まだまだ羞恥心等と言うものとは縁遠い年頃。
座り込んで3人で話していた矢先、足を組み替えたマナカにシンジは声をあげた。

『きゃっ!!昨日処理してないのに!!』

『やだなぁ、マナカちゃん、私達まだ生えてないよー。』

『あ、そうでした。』

笑いあうカナミとマナカ。
(いや、なんか根本的に間違ってる気が…)
生まれもってのツッコミ属性のシンジは違和感を感じても実際エロボケについてはいけずツッコミはいれられなかった。

『それに貞操帯つけてるから最初からいらない心配でしたね。』

『てい……そうたい??』

初めて聞く単語にシンジは首を傾げる。

『お兄ちゃん、貞操帯も知らないの?』

『まぁまぁ、カナミちゃん。普通ならそこまで耳にしないしお目にもかかれないものですよ。氏家ト全漫画が特別なだけですよ。
あと、双頭ディルドーなんて言葉が飛び交うのもあれくらいかと。』

『それもそっかー。私、普段から耳に馴染みがあるからてっきり普通に使う言葉かと思ってたよー。』

シンジを笑うように言ったカナミをマナカが諌め、また2人して笑う。

『お兄さん、貞操帯っていうのは、女の子の純潔を守ってくれる道具なんですよ。
私は16歳まで純潔を守る為にこうして着用しているわけです。』

『へぇぇ』

わかっているのかいないのか、感嘆の声をあげるシンジ。
シンジの反応など意に介さないかのようにマナカは続ける。

『16歳になれば、法律的に結婚も可能ですから。万が一の場合でもそれなりの決断はできますしね。
あ、そうだ、折角ですから、お兄さんが貰ってくれませんか?』

『うん。』

"貰う"その言葉に脊髄反射で頷いてしまうシンジ。
とかく小さい頃などは言葉の前後や先の予想等も立てずに目先の事のみで判断しがちである。
この時のシンジも話の内容もよく分からずに貰えるものがあるのならば嬉しいから貰う。
といった具合である。
マナカ達より年上とはいってもその差は2歳。まだまだシンジも子供だった。

『ふふ…これで、幼少の頃の幼なじみとの約束というフラグが立ちました。』

『ちょっとー、マナカちゃんダメだよ〜!!私が先にお兄ちゃんと約束したの!
ちっちゃい頃の"わたし大きくなったらお兄ちゃんとケッコンするね"フラグが既に立ってるんだから〜』

(俺子供だから2人の言ってることよくわかんないや。)

目の前でフラグがどーのと喚きながらヒートアップしていく2人に置き去りにされながら、独りごちる思い出の中の幼少のシンジだった。

………………………………

(そういえば、そんなことあったような…)
長々と回想を終え、最初にシンジの頭に出てきた感想。
そして
(っつか、どれだけベタなんだよ!!……でも、貞操帯絡みの思い出なんてアレくらいしか無いもんな…)
セルフツッコミをした後、微妙な気分になる。

『思い出せましたか?』

そんなシンジの表情から察したマナカが言葉を紡ぐ。

『あぁ。いや、でも、まぁ、うん。』

シンジは何となく言葉を濁す。

『ちっちゃい頃だし、本気で言ったわけじゃ無い……よね?』

それから数瞬後、言い淀んでいた内容をはっきりと口にする。
ホントはそういう意志があったわけじゃ無い旨を伝えようとしたのだが、
マナカの雰囲気に負け、あっさりと疑問文という形に変えマナカに問い掛ける。

『本気ですよ。』

そんなシンジの問いにマナカは事もなげに返す。

『好きになったきっかけなんてもう覚えてないのも本音ですが…』

マナカは続ける。

『あの時は確かにそう思ったからあの提案をしたんです。』

あの時…回想の中のシンジとは違い、それなりに未来を見ていたらしいマナカ。
マナカは小さい頃からかなり聡い子だったのかもしれないとシンジは思う。

『よく初恋は実らない何て言いますが、その後転居を経験して、
それも真実なのかなと思いはじめた私は何度も何度もあの時の事を思い返しました。
その度にシンジさんを思い出して、成長したシンジさんを思い描いて切ない感情を覚えたのも懐かしいです。』

心なしか俯きがちになりながらマナカの独白は続く。

『美化されている部分があるのは認めます。でも、小笠原高校に転校してシンジさんと再会して…
あの時の誓いはやはり反古にできないと悟りました。おりに触れアプローチしてたつもりなんですが、気づきませんでしたか?』

『………………』

マナカの問い掛けにシンジは何も返せない。
数多くのエロボケの中に隠されたマナカの本心を自分はどこまで拾えただろうか?
シンジは思う。
今の今まで自分が忘却の彼方に押しやっていた思い出を胸に秘め続けた少女に何が言えるだろうと思う。
そこまで自分に焦がれていてくれた少女に何をしてあげれば良いのだろうかと。

『マナカちゃん、何て言うか…ごめん。俺、マナカちゃんの事…』

『ええ。解っていただけたのならよろしいです。』

それだけ言うと、さりげなくシンジとの距離を縮めるマナカ。
その距離は自然と肩が触れ合う距離まで。
そして、シンジの眼前に顔を寄せマナカは目を閉じ、唇を突き出す。
その意味するところは一目瞭然で、先程今までのマナカの気持ちに気づけなかった自分自身を反省したシンジも目を閉じる。

そして……


"パシ〜ン"
シンジのおでこに激痛が走る。

『いってぇ〜〜っ!!』

見ればマナカはデコピンのジェスチャー。

『折角、思い出していただいた矢先に恐縮ですが…』

呆気に取られているシンジにマナカが告げる。

『言われて思い出されても何も嬉しくないです。』

再びふりだし、マナカは不機嫌顔に戻る。
ただ、頬はほんのりとピンク色に染まっている。
半分本音、半分嘘とその顔は物語る。

『今ので、その不義はチャラにして差し上げます。ただ、ちっちゃい等と愚弄された分もありますので。』

シンジはグゥの音もでない。

『シンジさんのこれからの心掛け次第と言ったところですかね。』

そこまで言い終えるとマナカは腰をあげる。

『言いたい事はそれだけです。なまじっかその気にさせてしまった分だけ劣情をもよおされても困るので私はお先に失礼しますね。』

展開についていけず固まるシンジ。
そんなシンジを置き去りにマナカは歩みを進める。
シンジはそんなマナカの背中を眺めることしか出来ない。

『でも…』

『期待してます。私は待ってますから。それと……今日は本当にありがとうございました。』

ある程度歩いたところで振り返り、そう言ったマナカの顔は赤く染まり、シンジが今まで見たどんな表情よりも美しかった。
その表情に魅入られたシンジはしばらくそこから動く事が出来なかった。

………………………………

『お帰り、お兄ちゃん。』

一人で寂しく帰宅したシンジにカナミが声をかける。

『あぁ、ただいま。』

『その顔じゃ美味しいところはお預けってとこかな?』

『っつーか、お前はどこまで知ってた?……まぁ、良いや。ご察しのとおりだよ。』

苦笑しながら事実を告げるシンジ。

『…………………』

シンジの言葉に若干嬉しそうに微笑み、頬を染め押し黙るカナミ。

『どうした?』

そんなカナミを訝しげに見つめたあとシンジは声をかける。

『べ、……別に、お兄ちゃんの初体験が行われなくて安心したわけじゃ無いんだからね!勘違いしないでよっっ!!』

『………はい?』

またしても呆気に取られるシンジ。

『いや、ツンデレな妹の方が良いのかなって……』

『うぉい!!またそのネタかいっ!!』

冒頭をただ捻っただけのやりとりに即座にツッコミをいれるシンジ。

『えへへ、でも、良かった……お兄ちゃんが変わっちゃうのなんてやだもん……』

そんな事を呟きながらシンジの胸に飛び込んでくるカナミ。
あれ?等と思ってしまうシンジ。
マナカに言われて思い出した回想。
マナカ同様カナミもその中で重大な事を言っていた気がする。
そんな事をシンジが思っていると、

『実はね…』

なんて言いながらカナミはシンジの胸から離れていく。

『こないだのテスト、ミホちゃんと勝負して負けちゃって…』

『………………』

あれ?なんかデジャヴュ?
シンジの中に嫌な予感が走る。

『それで、これ……』

またしても突き付けられる借用書(?)
そこにあるのは…

『また、これかよ!!しかも、また明日だし!!うぉい、妹よ!!』

『えへへ、ごめん。良いでしょ、減るものじゃ無いし。』

『良くねーー!!』

シンジの声が響き渡る。
騒々しくも楽しい、久しぶりのシンジにとってのホームタウンでの数日はこうして過ぎていく。
シンジがレンタルされるという話をどこからか聞き付けたチカがエーコを介して、
カナミに金銭貸借を持ちかけていることなど一切知らないまま。

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