「ヒロ君! しょんなところにネギは……ああんっ」
 調教師の手によって、女は獣へと姿を変える。アイドルとして舞台で輝く姿からは、決して連想することが出来ない。
「お前が貧乳なのが悪いんだああああッ!」
 調教師・井戸田は小中高アイドルの中核を担うシホのアナルを、執拗に攻めていく。

――RRRRRR……

「電話か、カナミは風呂にでも入ってるのか?」

シンジは読んでいた官能小説を机の二重底にしまうと、一階へと降りていった。
住人を只管呼び続ける電話。彼の意図に反し、風呂場からはシャワーの音が聞こえる。カナミは気づいていないのだろう。
シンジは、しょうがないと思い、電話を取った。

「もしもし、城島ですが…」
「はぁっ…… はぁっ……」
電話の向こうから突如、女性と思われる息遣いが聞こえ出す。
その声は荒々しく、緊張している時に出す声とは全く違うものだ。
「はぁっ…… 先輩……」
彼女の声からは、相手にとても強い性的な感情を感じる。
どこかで聞いたことのある口調には艶があり、それでいて幼さを残していた。
「先輩…… す、すっすすすす…好きですッ!!」
「なッ……!」
警戒していた先から、唐突の告白。
異性との友情的交流を持っていながら、童貞を貫いてきた彼にとって、あまりにも突然過ぎた。
そしてシンジの中に、一つの大きな疑問が残る。
「えと…、キミ誰?」
「えっ……!?」
そう、電話の相手は一切名乗っていない。
シンジにとって、声だけで名前を判断できるのは、せいぜい妹・カナミの友達か、親友である新井カズヤ。
もしくはAV女優だけだ。
「あっ!そういえば名前言うの忘れてました。
 私の名前はですね…… か」
確信の部分を言う直前、電話は切れてしまった。
電話の着信履歴には『080-XXX-XXXX』と記録されており、その番号へと電話をしてみたが、結局繋がることはなかった。

「なんだったんだ……」
「お兄ちゃん、誰からの電話ー?」
「分からん……、ってカナミ!」
後ろを振り向くと、バスタオル一枚のカナミがアイスキャンディーを銜えていた。
成熟途中の身体に滴がついた張りのある肌、濡れた髪が、エロティックに映る。
「お前、服着ろと……」
「? だって最近暑いし、きょーだいじゃない」
カナミは自分が服を着ていないということに、何の疑問も持っていなかった。
普段は下ネタばっか言うくせに、たまーに普通の女子高生になるんだから恐ろしい。


カナミがバラエティー番組を観賞している頃、シンジの心には渦が巻いていた。
電話の相手は一体誰なのか――そのことが彼の頭からこびり付いて離れない。

――「か」がつく名前といえば、カナミか?
 何を考えているんだオレは。 カナミは妹じゃないか、風呂にも入っていたし。
 相手は女だった。よってカズヤでもない。
 カナミの友達で『か』がつくコはいなかったか。
 ……一人ずつ思い浮かべても思いつかない。
 !! そういえば金城ちゃんの名前は『カオル』ではなかったかな。
 電話の声はキョドキョドしていたし、異性が苦手だという金城ちゃんという可能性もあるのではないか。

ふとシンジは、 4 年 前 にカナミのグループと一緒に海へ遊びに行ったことを思い出した。
他の皆に比べれば背が高い、一見してスポーツタイプのような娘だったが、男と話をしようとすると恥じらいを見せる。
そんなギャップを持っていた。
「カナミ、金城ちゃんの電話番号とか知ってるか?」
「そりゃ勿論知ってるけど、金城ちゃんに興味あるの〜?」
聞くとカナミは含みをもった笑いを見せながら、携帯電話を開いて弄りだした。
「コレだよ」
カナミが見せた『姦』の欄には、『金城カオル』と記されていた。
シンジは突っ込むことすら忘れ、番号を確認をした。

「でもお兄ちゃんが金城ちゃんのことがスキだったなんて何か意外だな〜」
「金城ちゃんは意外とテレ屋さんだから大事にしてあげてね」
「避妊だけは忘れちゃダメだよ」
外野から何か聞こえるが、決して気にしない。
突っ込んだら負けだ、と言い聞かせながら番号を見ると、『080-YYYY-YYYY』となっており、先程の人物『か』とは一致しなかった。
「番号メールしよっか?」
「いや、いい……」

金城ではなかった――、シンジはそのことに何故か『安堵』し、部屋へと戻っていった。


日は開け、場所は小笠原学園……ではなく、小笠原『高校』に移る。
昇降口に感じた視線は一年の階を越えると感じられなくなった。
それでも何らかの違和感を、シンジは感じる。
そんなシンジを余所に、教室ではカズヤと今岡が騒いでいる。

今岡は鞭でカズヤの尻を叩き続けているが、勿論『いつも通り』である。
カズヤは涙を流しながらも恍惚の表情を浮かべているが、勿論『いつも通り』である。

「城島君聞いてよ! このバカ、鏡でスカートの中を覗こうとしてやがんの」
「ミニにタコが出来る、を表現したかったんだよ〜」

カズヤの虚しい言い訳が今岡の逆鱗に触れ、攻撃は加速を増しているが、勿論『いつも通り』である。

――カズヤじゃ、相談は無理だよな…。

当たり前のことシンジは思う。
今岡や彼女の友人のケイには話せることではない。
「『か』で切れた電話」のこと、「視線を感じる」こと。

男友達でカズヤ以外に話せる奴といえば……

…………
……
いない。
そう、いないのだ。

軽いハーレム状態だと思っていたシンジは、死角をつかれた。
そう、自分にはカズヤ以外に男の友達はいなかった、という真実を。


昼休み――。
階段を降り、図書室へとシンジは足を運んだ。

『視線』に怯えながら。

ドアを閉め、視線が途切れたことにほっと息を呑んでいたが
「ドアは静かに閉めて下さい」と図書委員に注意され、頭を下げる。

てれ隠しに周りを見渡すと、その中に一人見知った顔を見つける。

「シンジさん、こんにちは」

聡明な顔立ちの少女・黒田マナカが読書を嗜みながら、シンジに向かって頭を下げる。
立ち場に困ったシンジは、適当な本を選びマナカの向かい側に座る。

「……」

彼女は目線を一瞬向けたが、すぐに本へと戻す。
どんな本を読んでいるのか、九分の使命感と一分の興味で、本のタイトルを見る。

『俺の尻をなめろ』

『〜きれいにきれいにね〜』

ポップ体で書かれたその表紙には、パーマヘアーをした貴族風の美形男子が、性的に絡まっている図が描かれている。

――そういえばこういう娘だったなあ……
 マナカちゃんって

高き智を持っているからこそ、性に興味を持ち、そしてこのようなベーエル的なものにも手を出しているのだろう。
シンジは心の底で改めてマナカに拍手を送り、そのまま図書室を後にした。


「今日はマナカちゃんの家で勉強してくるから遅くなるね」
帰路につき、シンジはカナミからのメールを確認する。
昼休みに感じた視線は、下校時には全く感じられなくなっていた。

ケータイの天気予報は『雨』となっていた。
そういえば先程から雲がゴロゴロと鳴り出している気がする。
「ヤベッ、洗濯物!」
頭に一滴の雫を感じ、シンジは家に向かって走り出す。
さっきまでの悩みはどうしたか、今は何日分か溜めて洗っていた下着だけが気がかりだった。


「間に合った……」
外は既に大雨になっていた。
洗濯物で幾らか濡れたものはあったが、乾燥機に突っ込めば、何とかなるものばかりだ。
タオルを手に取り、髪を拭く。

カナミから電話はあったかな、と電話を覘くと『メッセージ一件』の文字。
もしかして……シンジは蓄積された不安で重くなった指で、ボタンを押す。
『メッセージ、イッケン、デス』
『ハァッハァッ…… センパイ。 ハァッ… 昨日は ハァッ… すみま ハァッハァッ… せんでした』
『昨日』という単語。挙動不審な音。
間違いなく昨日の『か』で途切れた女の声だ。
声の主の暴走は止まない。

『今から、気持ち伝えるために、先輩の、家、行きますね……』

「なッ!」
声の主は一体何を考えているのだ。外は夕立。洪水なみに降り注ぐ雨は、傘すらも無効としてしまう。
それに「家に来る」だと。 ふざけてる……

『待ってて、下サイネ。ワタシダケノ、センパイ……』

そこまで言うと電話は切れた。
ここまで来ると一種のホラー体験に近いものも感じてしまう。

「ははっ、まさか…」
自分でも声が上ずっているのが分かる。
強がりを言ってみたが、余計に不安を煽ってしまう結果となった。

――ピンポーン

「!!!」
一瞬心臓の動きが止まった。
チャイムの音が鳴ったのだ。
扉の向こうに、確かにいる。
誰かが、いる。

――ピンポーン

足がガクガクと震えるのを必死に堪え、シンジは進む。


そして入口の扉を、開けた。

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