師走。
日本の各家庭では人々が大掃除に励んでいた。
気持ちのよい新年を迎えるべく、寒風にも屈する事なく身体を動かす。
が、ふとした拍子に思い出の品などを発見してしまうともういけない。
懐かしい記憶に打ち負かされ、そこで試合終了と相成ることは必然。
そしてそれは、天野ミサキも例外ではなかった。

「うわぁ、懐かしいな…」
感慨深げにミサキは呟いた。
彼女が手に取ったのは白地の覆面。
うっすらと埃を被っているところから察するに、もう長いこと使用されていないシロモノらしい。
「思えば、このマスクとの最初の出合いからずいぶん経つのね…」
苦笑とともに、ミサキの脳裏にはマスクと共にあった日々が鮮明に蘇ってくる。

「しっとの心は乙女心! 押せば命の泉湧く!」
クリスマス・イブの夜。
色とりどりの電飾が街を照らし、良くも悪くも活気で溢れるその中に、突如として異形の一団が現われた。
「聖なる夜を取り違えて浮かれているアベックどもは断乎として粉砕する!」
一団の先頭に立つ巨躯の覆面男はそう叫ぶと、傍らに控える2人の方を顧みた。
「部隊を3つに分けて進軍する。別働隊の指揮は2号とレイディに任せるぞ」
それを受け、2号と呼ばれた痩身の覆面男が敬礼する。
「お任せ下さい。総統の期待に応えてご覧にいれます」
同様に、レイディとおぼしき小柄な覆面女性も敬礼を行った。
「健全な男女にあるまじき、卑猥な行為は絶対に阻止しましょうぞ!」
両名の覇気を感じ取った巨躯の総統は満足気に頷くと、勢いよく右腕を天へ突き上げた。
「うむ。では参るぞ。いまこそ決戦の刻!」
「おおぅ!!」
「レェェェェツ・ハルマゲドンッ!!」
一団が一斉にあげた魂の気勢は、聖夜の街を底から揺るがしたという。

「ちょ、ちょっと止めて下さい。そんなの要りませんってば!」
「そんなのとは何だ! レイディ様手作りの聖夜鍋なんだぞ! ありがたく頂戴しろ!」
街の一角は異次元空間と化していた。
往来のど真ん中に巨大な鍋が設置され、この世のものとは思えない異臭を伴った湯気を発している。
その傍らでは、エプロン姿のレイディが手にした包丁で野菜と格闘中であった。
「レイディ様…。もう少し大きめに切ったほうがよろしいかと…」
「え、そう? …こんな感じ?」
「レイディ様…。もう少し小さめに切ったほうがよろしいかと…」
「うう…。家庭科3は遠いなぁ・・・」
レイディが包丁を振るう度に、不恰好な野菜の残骸が量産されていく。
そしてそれはそのまま鍋の具材となり、道行くアベックたちへ強制的に振舞われていた。
阿鼻叫喚の地獄絵図である。

「ふふ、今思えば、ちょっと過ぎた行動だったかもしれないわね…」
覆面に視線を落としながらミサキはころころと笑ったが、次の瞬間には表情を引き締める。
「大丈夫。もう『あちら側』には戻らない。マサちゃんは私の想いを汲んでくれる…」
自分に言い聞かせるように呟いたが、不安は拭い切れない。
団を抜ける際に総統から言われた言葉が頭の中で反響する。
「愛と憎しみは表裏一体だ。君は必ず此処へ帰ってくる。席を空けて待っているよ、レイディ…」
ミサキは悪寒を振り払うかのように立ちあがると、電話を手に取った。
「マサちゃんの声を聞こう。そうすればきっと落ち着く」
呼び出し音を耳にしながら、祈るような気持ちで相手が出るのを待つ。
やあやって、電話は繋がった。待ちきれないようにミサキは切り出す。
「あ、マサちゃん? 私。ミサキ。あのね、年末年始の予定…」
「あ〜! ミサキちゃん? 久しぶり〜! 元気だった?」
「え…」
電話から聞こえてきた声は、待ち望んでいたマサヒコのそれではなく、若い女性のものだった。
聞き覚えのあるこの声は…。
「アイ先生ですか?」
「そうだよ〜。分からなかったの? だとしたらショックだわ〜」
濱中アイ。
かつて、マサヒコの家庭教師を勤めていた女性である。
容姿端麗で快活な彼女は魅力に溢れており、マサヒコと「よい仲」になるのではないかと当時のミサキは気を揉んでいた。
「え、あれ、アイ先生がどうしてマサちゃ…マサヒコ君の電話に?」
「あ〜、うん。街で買い物してたらバッタリ会ってね〜。コレ幸いと荷物を持ってもらってたの」
「はぁ・・・」
「今は休憩中(喫茶店で)なんだけど、マサヒコ君は少し外してて。で、電話が鳴ってからつい出ちゃったってわけ。条件反射って怖いね〜」
「休憩ッ!?」
ミサキの声が裏返った。何を勘違いしたのかは想像に難くない。
その時、電話の向こう側では、コーヒーの注文を終えて戻ってきたマサヒコがアイの行為を咎めていた。
「ちょ…!? なに人の電話に勝手に出てるんですか!?」
慌ててマサヒコはテーブルへと駆け寄るが、彼は慌てすぎて床に置いた荷物の存在を失念していた。
お約束のように躓いて派手に転び、お約束のようにアイへ覆い被さる格好になる。
「きゃっ? マサヒコ君、どこ触ってるの? …欲求不満なの? 仕方ないなぁ。少しだけだよ?」
「違う! 不可抗力だ! ていうか何言ってんだアンタは!」
そこで電話は切れた。
二人がぶつかった拍子にOFFになってしまったらしい。

しばし呆然と立ち尽くしていたミサキだったが、やがて、その身からオーラのようなものが噴出してきた。
それに呼応して、握り締めた覆面も眩く輝き出す。
「うおおおおおおおおおッ! しっとパワーMAXMAMッ!!」
予言は的中し、魔神は蘇った。

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