「うふふ、ふふっ」
「何だよ、気味悪い笑いして」
「あ、ひどーい、笑ってちゃだめなの?」
「いや、いいけどさ……」
 ゴールデンウィークに突入し、いつも以上に人が溢れかえる街。
小久保マサヒコと天野ミサキの二人は、東が丘で一番の賑わいを見せている駅前のデパートへとやって来ていた。
目的はショッピングと食事で、つまりはデートというわけだ。
「ふふ……」
「おい、やっぱおかしいぞ?」
 連れだって家を出た時から、ミサキはずっとこの調子で微笑んでいる。
彼氏であるマサヒコでなくとも、「ちょっとおかしい」と思うくらいに浮かれ気味だ。
「ねえ、前に一度、マサちゃんの家にお泊りしたことがあったよね」
「ああ、中学の時な」
 もちろん、ミサキの態度には訳がある。
「あれからもう二年くらい経つのかな?」
「んー、そうだな、それくらいになるなあ」
「ふふっ、うふふ」
「……?」
 今日は日中にデートするだけではない。
丸ごと一日、マサヒコとミサキは一緒に過ごすことになっている。
何しろ、小久保・天野両家ともに、母が町内会の旅行で、父が出張で不在。
恋人となって以後、初めての「二人きり状態」になれるのだ。
それだけではない、リンコは家族で箱根、アヤナはハワイ、
アイは実家、リョーコは研修と、言わば横やりを入れてきそうな連中はことごとく東が丘を外出中。
文字通り、本当に「二人きり」というわけだ。
ミサキの頬が緩んでしまうのも、無理からぬことではある。
「ねぇマサちゃん、今日は何が食べたい?」
「まだ昼飯も食べてないのに、晩飯の話か?」
「いいじゃない、リクエストがあったら何でも言って」
「リクエスト?」
「大丈夫だよ、ある程度の料理なら作れるから」
「ある程度ねえ……」
「私、特訓したんだから」
 ミサキの料理の腕が上達しているのは、マサヒコも知っている。
だが、上達と言っても、失敗する回数が五回に三回から五回に二回に減ったという程度だ。
確かに、味そのものは以前に比べるとおいしくはなった。
しかし、形と言うか見かけと言うか、そちらはまだまだ向上の余地がたくさん残っている。

「じゃ、カレーで」
「……マサちゃん、疑ってるでしょ」
「そんなつもりはないけど」
「愛情は極上のスパイスって言うじゃない、ホントに大丈夫なんだから」
「いや、その台詞を先に言っちゃマズイだろ」
 腕を組んで、二人はデパートの中へと入っていく。
その様は、独り者が見れば腹立たしくなるぐらいにお似合いでアツアツだ。
「一応、おばさまからもレシピを貰ってはいるんだけどね」
「……やめとけ、どうせまたニンニクとか山芋とかが食材に入ってる」
 再度以前のお泊りの事を思い出し、マサヒコは首を振った。
思えば、あの時すでにマサヒコにけしかけるようなことを言っていた母だ、
レシピにマムシの血やスッポン、果ては子宝漢方まで書き込んでいる可能性がある。
「ニンニクや山芋って……せ、精力剤?」
 ミサキは思わず、顔を赤らめてうつむいた。
「な、何だよ」
「う、ううん、別に……」
 一日二人きりということは、当然夜も一緒。
夜も一緒ということは、すなわち……。
「……」
「……」
 一転、黙りこむマサヒコとミサキ。
「夜のこと」を一瞬、想像したためだ。
 付き合い始めてから一年、二人は恋人として進むべき道を「ちゃんと」進んでいる。
もちろん、肌と肌との触れ合いも。
「そ、それはともかく、ミ、ミサキは何が欲しいんだ?」
「え、え、ほ、欲しいもの?」
「そ、そう、欲しいもの」
「ほ、ほ、欲しいものは、マサちゃん……」
「バ、バカ! ショッピングの話だよ!」
「あ!? え!? あ、う、い」
 マサヒコとミサキ、顔だけでなく耳まで、リンゴもかくやという程真っ赤っかに。
「ほ、ほら行くぞ! 服か? それともアクセサリーか? 俺が何でも買ってやるから、さっさと行くぞ!」
「え、あ、う、うんっ」
 マサヒコはミサキの腕を掴むと、半ば引きずりながら目の前に止まったエレベーターへと乗り込んだ。
こっ恥ずかしい会話と夜の想像を、振り払うように、勢いをつけて。

 ゴールデンウィーク、大型連休。
お客さんでごった返す駅前のデパート。 
エレベーターは幸せそうなカップルを乗せ、上へ上へとあがっていく―――

   F   I   N

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

Wiki内検索

どなたでも編集できます