黄金週間、ゴールデンウィーク。
何とも心躍る響きの言葉だが、まるっとまるまる日本人全員が休みになるわけではない。
連休だからこそ力を入れる商売もあるわけだし、社会の営みがまったく変わるわけでもないので、必ず働いている人はいるのだ。
とは言え、年末年始と夏季一時休暇以外にまとまった休みはここしかなく、
やはりこの国の社会人において重要な一時期であることは間違いない。
なお、学生の『初体験』率は夏休みと冬休みに次いでこのゴールデンウィークが高いとか。
 それはともかく。
このまとまった休みを有意義に使おうと考えている人も多かろうが、
さて、とある県とある市とある町に暮らすとあるカップルもまた、そうであるらしい。
誰と誰だとご丁寧に説明するのも今更な感はあるが、小久保マサヒコと天野ミサキのホットホットな二人のこと。
中学卒業と同時に二人は幼馴染から関係をステップアップさせて、
無事それから一年の間に破局の危機もなく、ゆっくりと栄光のゴール目指して階段を上っている真っ最中。
しかし、彼と彼女のすぐ側には、それにちょっかいをかけようとする人間がいるわけで。
そう、本当にすぐ側に。

「で、今度の四連休はどうするの? みんな」
 ゴールデンウィークの先陣を切る飛び石の頭、四月最後の日曜日。
小久保マサヒコ、天野ミサキ、濱中アイ、中村リョーコ、的山リンコ、若田部アヤナの『仲良しグループ』は、
東が丘市に新しく出来たオープンカフェで午後のティータイムとしゃれこんでいた。
男一人に女五人、うち男を含む四人が学生、二人が社会人という何とも奇妙な集団だが、何も怪しい組織なんかではない。
数分あればちょろっと説明出来るくらいの関係な面々である。
まあ、揃って水準以上の容姿の持ち主であり、かつ男性がマサヒコだけなので、その真実もどこまで通じるかはわからないが。
「ちょっとハワイに行きます、家族で」
「私も家族とディズニーランドに行ってきまーす」
「実家に少し顔を出すつもりですけど……帰ってこい帰ってこいと言われるもので、親から」
 答えた者は順にアヤナ、リンコ、アイの三人。
それぞれに家庭の事情(それほど大袈裟なものではないが)が発言から透けて見えるのがなかなかおもしろい。
 アヤナは所謂『上流』であり、一年程父親の仕事の事情でアメリカに移住していた。
彼女にとって海外旅行は一大イベントではない、というのが「ちょっとハワイ」の「ちょっと」の部分に表されている。
リンコのディズニーランドは、やや子供っぽくて天然気味な彼女らしいイメージそのまんまと言えようか。
家族仲が良いというのも何となく感じられて、微笑ましいっちゃ微笑ましい。
高校二年にもなって家族と遊園地か、というツッコミもあろうが、まあ特別に指摘する程の問題ではないだろう。
アイの「親が帰ってこいと」という発言の「親」とは、おそらく父であろうと推測される。
大学を卒業してとりあえず就職したとなれば、親的には次は『結婚』の二文字が脳内でグイグイと大きくなっていくものである。
息子ならともかく娘であり、さらに親元から離れて生活しているといなれば気になって仕方がないに違いない。
一緒に暮らしていた中学高校時代から浮いた噂が無かったとなれば、
ここになって変な男にひっかかってないかと尚更心配になるところであるかもしれない。
「ふーん、で、マサとミサキは?」
 最初の質問とこの質問、ともに言葉を発したのは同じ人間。
面子の中で最も年上、社会人二年目中村リョーコがそのヌシである。
このグループで集まる時は常に彼女が呼びかけ人であり(今日もまたそう)、
何かと理由をつけてはこうして皆を集めて遊んでいるわけだが、
その割にリーダーシップとか最年長の威厳とかを見せるということがあまりない困ったさんなのだった。
「人に聞く前に自分から先に言ったらどうですか」
「可愛げのないヤツね、まったく」
「学習と経験のタマモノと言っておく」

 マサヒコは彼女の言動にこうしてツッコミを入れることが多々あるわけだが、
最近ではその裏に潜むジジツというものを多少なりともわかってきている。
リョーコの家族関係が良くないということ、
そして過去の異性関係が派手だったのもこうして自分たちを半ば無理矢理集めて街へ繰り出すのも、
その冷めた家庭環境から生まれた「本当は寂しい」という感情の発現であること……。
「私はのんべんだらりと過ごすわよ。セイジでも呼んで女体盛り、いや酒盛りとか」
「ダメ社会人だ」
「何か言った?」
「いえ、別に」
 無論、そんなことをマサヒコは口にしない。
言ったところでリョーコは絶対否定するだろうし、
それに家庭関係に触れられることはリョーコにとってはあまり快いことではないはずだからだ。
しかしいずれ、寂しがり屋が本当の性であることだけはマサヒコは突きつけてやるつもりでいる。
今のところ、リョーコが結婚する時の披露宴こそがそれを実行するべき最良の舞台だろうと踏んでいるが、
さてそれが何時になるかはもちろんマサヒコにはわからない。
結婚と言っても相手がいなけりゃ出来ないわけで、丁度今名前がリョーコの口から出たが、
かつてつきあっていてここ数年でヨリを戻したっぽい豊田セイジ(何の奇縁か、中学時代のマサヒコたちの担任である)がその可能性が一番高い。
しかしセイジにしろどんな男にしろ、どうにも出来ちゃった婚でカカア天下な場面しか思い浮かばないのは、
自分の想像力が貧困であるせいかそれとも別の原因があるのか、俄かには判断出来ないマサヒコであった。
「さぁ私は言ったぞ、あんたらも言え」
「脅迫ですね、まるで」
「いいから言いなさいよ」
「……」
 マサヒコとミサキはしばし、視線を交わした。
堂々恋人同士の二人であるからして、予定もクソも正味の話、はなっから決まっているっちゃ決まっているのだ。
「……ミサキと一緒に居ますよ」
「あの、み、見たい映画もあるし、買い物にも行きた」
 照れて俯きながら小さい声で喋ったミサキであったが、最後まで言葉を紡ぐことは出来なかった。
ガン、とリョーコが空になったアイスコーヒーのグラスをテーブルに乱暴に置いたからだ。
何事か、と周囲の客が一斉にマサヒコたちのテーブルに視線を注いだが、もちろんそんなことを気にするリョーコではない。
「ほうほう、ほほう。いいわねぇ純愛真っ盛りでさ」
「聞かれたから俺もミサキも正直に答えただけですよ。それで怒られても困ります」
「誰が怒ってるって?」
「いや……どー見ても不機嫌そうにしか見えないわけなんだが」
 これもまた過去の裏返しか、リョーコはピュアな恋とか純粋な愛とかに嫌悪感を示すこと甚だ大なところがある。
マサヒコとミサキからしてみれば、自分の都合で勝手にムカつかないで欲しくはある。
四六時中ベタベタしているわけではないし、何より自分たちを『観察対象』とか呼んで楽しんでいる部分もあるわけだし。
「かーっ! それでナニか? 映画見た後はバイトで貯めた金をフンパツして高級フランス料理店コースか?」
「フ、ふらんすりょうりてん?」
「いやいや、俺、バイトしてないですし、小遣いはいつもカツカツだし」
「それでアレか!? せせこまいラブホテルじゃなくて夜景の見えるホテルに直行か?」
「ら、らぶほてる!?」
「そんな夜景の見えるようなホテル、東が丘にはない」
「そして先にシャワー浴びてきなよ、なんて言ってワイングラス傾けたりか!」
「しゃ、しゃわー!?」
「俺は未成年なわけだが」

「ほのかに濡れ髪から立ち上る湯気とシャンプーの香りを嗅ぎつつ、ゆっくりバスローブを脱がすのか!」
「ばば、ばすろーぶ!?」
「バスローブなんてこのかたドラマか映画以外でお目にかかったことないぞ」
「で、キレイだよなんて耳元で囁きつつ抱きしめ、背中と尻を撫でさするのか!」
「せせ、せなかとおしり!?」
「俺は何だ、どこのアメリカ映画のプレイボーイだ」
「広いベッドに押し倒し、指と舌でねっとりと細やかに責めるのか! 前も後ろも上も下もあそこもここも!」
「まままま、えもうしろろろろ!?」
「どこなんだよ結局」
「そして今度は一転乱暴に口づけして、その口で俺を悦ばせてくれないかやり方はわかってるだろ、とか言うのか!」
「よよよ、よろこばっせー!?」
「そろそろいい加減にしろメガネ! ここが喫茶店の中だってことを自覚しろ!」
「そんなことは関係ない! 今はあんたらのゴールデンウィークの過ごしかたについて話すことが最優先よ!」
「さいゆうせーんっ!?」
「だったらもっと常識の範疇内で語れ!」
 リョーコ、ミサキ、マサヒコで織りなす三重奏。
エロ方面に話が転がった時、リョーコが暴走し、ミサキが動転し、マサヒコがだんだん敬語からタメ口になってツッコミで一刀両断にする。
マサヒコとミサキがまだつき合っていない頃はリョーコの加速っぷりもそれなりにセーブが効いてたのだが、今ではそれも過去の話である。
「よぉしわかった、人の目が気になるって言うんなら今からカラオケに場所変更、そこでトコトン語りましょ」
「何でだよ、コラ」
 リョーコは伝票を握りしめると勢いよく席から立ち上がった。
そしてズンズンと大股でレジに突撃していく。
「ほら、行くわよ! とっととこんな店、出る出る!」
 こんな店ってお前が行きたいって言って全員を集めたんだろうが、まぁ確かに特別美味くはなかったが―――とは、
お店の他の客と店員のシンショーを考えてマサヒコは音声にはしない。
「何か乗せられてる気もするけど……仕方ない、行くぞミサキ」
「う、うん」
「せ、先輩!? まだこのイチゴショート、食べてないんですけど」
「……どうしたのアヤナちゃん、お腹でも痛いの? 難しい顔してるけど」
「え? い、いや、ハワイに行くのやめようかな、ってちょっと思って」
 溜め息をつきつつ椅子から立ち上がるマサヒコに、他のメンバーも続く。
ミサキ、リンコ、アヤナと来て、皿に半分近く残ったイチゴショートケーキ(ちなみにこれ、五皿目である)に未練たっぷりのアイが一番最後に。
「はいはい、ワリカンだからね!」
「……こういう時は最年長でかつ皆を集めた責任者が払うもんじゃ」
「男がチンコの小さいこと言うもんじゃないわよ、だったら飲み物代はまとめて払ってやるから食事代だけでも出せ」
「だからもうちょっと発言を考えて下さい」
 もひとつ大きく溜め息を吐き、マサヒコはズボンの後ろポケットを探った。
「ミサキ」
「な、なあにマサちゃん?」
「五日の予定なんだけどさ」
「う、うん」
「映画の後の昼食、ちょっとグレードが下がるかもしれない」
「え?」
 ゴールデンウィーク用に貯金箱から捻出した特別予算が放りこんである、それでもたいして厚くない自分の財布を取り出すために―――


   F    I    N

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