まず朝は普通の生徒よりも早く登校し、校門前で服装のチェック。
日中の授業こそはさすがに一般生徒と変わらぬものの、昼食後は昼休み終了まで生徒会室に詰め、
放課後は校内の見回りや、諸会議、雑務等々に追われ、
学校を出るのは、クラブ活動も終わった規定の下校時間ギリギリ、というのがおおよその一日の流れになる。
そして、これがほぼ毎日続くのだから、たまらない。
基本、桜才学園は生徒による自治活動が活発で、特に共学化して以後は、
風紀・校規に一部改正が加わったことや、クラブの数が増えたこと、
目安箱を設置したこと等から、生徒会の仕事がかなり増えたのだ。
ついでに言っておけば、生徒会の顧問の教師が碌に手伝ってくれないという理由もあったりするのだが。

 今日も、生徒会は働いている。
これからの桜才学園の為に、学園の生徒の為に。


 ◆ ◆ ◆


「ふう」
「何だ津田、疲れているのか? 溜め息なんぞついて」
「いえ、各クラブの後期予算案をまとめるのが結構、骨が折れて」
「そうか、私はてっきり昨晩自家発電し過ぎたのかと思った。それこそ十連発くらい」
「会長の頭の中で俺がどういう人物扱いになっているのか、小一時間程問い質したいですがやめておきます」
 現在、桜才の生徒会には、四人のメンバーがいる。
 まず三年生の会長、天草シノ。
学力が高いこの桜才学園でも抜き出て秀才であり、中間・期末、その他のテストにおいて、学年一位を今まで譲ったことがない。
さらにスポーツも得意、家事も万能、容姿端麗と、まさに『文武両道』『才色兼備』の四文字熟語が服を着て歩いているような存在で、
同性からの人気も高く、会長としての支持率も98%と、生徒会長としてはケチのつけようが何処にもない才女である。
支持率の高さについては、「自分じゃなきゃ誰でもいい」という答が過半を占めたという新聞部調べのデータもあるが、
逆に言えば積極的に批判・批難するだけの理由が彼女に無いという証拠でもある。
「でも本当に骨が折れるくらいに頑張り過ぎても駄目よ? 何事もほどほどにね、津田君」
「そう、ですね」
「骨と言ったら私、子供の頃、男の人のアレにも骨があると思って」
「その後の話はいいです、七条先輩」
 続いて、同じ三年生の七条アリア。
所謂『良いトコのお嬢様』で、実家の広さは文字通りのお屋敷レベル、さらにはエスカレーターや自動ドアまで完備されており、
トドメに本物のメイドがいるという、超がつく程のお金持ちの生まれである。
勉強も非常に良く出来て、テストでは常にシノに次いで二位のポジションを確保、
習い事も華道に茶道、書道その他とこなし、修めた技能は高校生離れしている。
挙げ句に美人、爆弾ボディという、二物も三物も天から与えられまくってたりする。
「アンタ、普段から鍛えてるとか何とか言ってる割には根性無いわね」
「鍛えてると言っても、別にトレーニングジムとかに通ってるわけじゃないし……せいぜい腕立てとか腹筋とか、そんなんだよ」
「とりあえずしゃきっとしなさいよ、溜め息ばっかりつかれると、こっちも何だか暗くなってくるわ」
「わかったよ、気をつけるよ、萩村」
 そして、会計の萩村スズ。
IQ180の帰国子女、五カ国語を話せ、十桁の暗算も朝飯前、運動神経もそこそこ良いと、能力面で非の打ちどころはほとんど無い。
ただ身長が小学生レベルで、本人もそれを強烈に意識している節があり、
容姿で他者に舐められないよう、態度だけは意識的に大きくとるように心がけている。
実家もそれなりに裕福で、桜才を卒業後は海外留学を視野に入れている。
怖い話に弱い、身体の生活リズムが幼い、という弱点を持っているが、生徒会の活動において、大きくマイナスになってはいない。


「しゃきっとすると言っても、アッチのことじゃないぞ津田」
「わかってます」
「アッチがしゃきっとした状態で、腕立て伏せって出来るのかしら」
「わかりません」
「ふむ、三点保持というやつだな」
「まさか津田君、腕立て伏せをやって鍛えているって、そっちの……」
「んなわけないでしょうが」
「鍛え方次第では、一点で保持出来るようになるのか」
「まあ、軸にして回転出来たりするのかしら」
「上手くすればまさに自家発電が可能になるな」
「俺にこれ以上溜め息をつかせないように、そろそろ終わりにしてもらっていいですかこの話」
 最後に、副会長の津田タカトシ。
家から近いから、という理由で桜才を選び、一年生早々にして、シノによって無理矢理スカウトされた、生徒会唯一の男子。
学業面はどの科目もそこそこ、運動も不得意ではないが得意というわけでもない。
シノ曰く、「私の右腕」ということだが、何分他の三人が相当に秀でている者ばかりな為、生徒会活動においてはどうしても目立ってこない。
副会長就任直後はシノのファン(女子生徒)から敵視されていたこともあったようだが、今ではあまりそういう話は聞かなくなっている。
新聞部の部長によると、「まあ噂は操作出来ますんで」とのことだが、はてさて。
「津田君、何なら出島さんに頼んでマッサージしてもらう? 出島さん、上手なのよ」
「違うマッサージをされそうなので遠慮しておきます」
「何でも、特殊なマッサージがあって、そこを揉んでもらうと腰がスッキリ」
「いや、だからいいですってば」
「じゃあ萩村にまた踏んでもらったらどうだ。いい感じにヨガれると思うぞ」
「それじゃダメでしょ」
「ヨガって言えば、特殊なヨガがあって―――」
「もういいです、ホント」
 能力的には、シノとアリアは高校生としては完璧に近い。
が、性格的にはそうではない。
この二人、下ネタ方面のボケがとにかく激しいのだ。
それさえなければ今以上に尊敬出来るのだが、とは、タカトシとスズの共通した意見である。
「疲れてるのならちゃっちゃと予算のまとめをやって、家に帰ってゆっくりお風呂にでも入ったらいいじゃない」
「結構面倒なんだよ。萩村ならすぐに終わるんだろうけど」
「そうだな、風呂は良い。ぬるめのお湯に浸かってリラックスすれば、疲れなんてすぐに取れるぞ」
「出来たらコトミちゃんにも一緒に入ってもらったら? 出島さんから聞いたんだけど、男の人は女の人と一緒にお風呂に入ると―――」
「いや待てアリア、ただ単に一緒に入るだけなら悶々としたモノを溜めるだけで逆に疲れ―――」
「はいじゃあ、今から集中してやりますんで勘弁してもらえますか」
「……私の仕事ももう終わるから、手伝ってあげるわよ、津田」
 タカトシのツッコミ技術は、桜才に入学してから格段に上がった。
元々、思春期過ぎる妹を相手にしていたのでそれなりにエロボケには一定の耐性もあったのだが、
さすがにシノとアリアの二人を相手にするのはかなりのツッコミパワーが必要になる。
さらに、シノとアリアだけではなく、時には生徒会顧問の英語教師横島ナルコや、
ロボット研究会の轟ネネ、新聞部部長の畑ランコと、そちら方面では相当なレベルのツワモノが揃っているのだ。
タカトシの高校生活の半分以上は、ツッコミによって構成されていると言っても過言ではない。
もっとも、いくらツッコミのテクニックが上がっても、タカトシにしてみれば全く嬉しくないわけだが。


「頼むよ、萩村」
「これからはちゃんとやんなさいよ」
 スズは数字に強い。
だからこそ、会計を任されているとも言える。
今回、タカトシがクラブの予算関係を任されたのは、スズが他にやるべき生徒会の仕事があったからである。
「もう、スズちゃんはツンデレなんだから」
「……どういう意味ですか、七条先輩」
「津田君と一緒の仕事、したかったんじゃない?」
「は!? な、なな、何を言ってるんですか?」
「『私がいないとアンタはダメなんだからあ』って言葉を続けるつもりだったんじゃないの?」
「そんなわけないでしょう!」
「待てアリア、微Mの津田にはツンデレは効果は薄いぞ」
「じゃあ、『ほらほらさっさと仕事しなさいよ、遅い男は早い男と同じくらい嫌われるぞ』かな」
「どっちも言いません!」
 生徒会において、スズはツッコミ役をタカトシとともに担っている。
だが惜しいかな、強気な性格が災いして、シノとアリアのペースに流されてしまうことがよくある。
今回のように。
「ふむ、ならば私も手伝おう。私の方も、もう少しで終わる」
「会長まで、いいんですか」
「将来会長になるべき津田に仕事を覚えて貰おうと思って振ったのだが、なに、ゆっくり学べばいい」
「ありがとうございます」
「……なら、そっちに椅子を持っていっていいか?」
「え?」
「いや、ここからだと資料が横になって……隣にならないと、ちゃんと読めない」
 生徒会室において、それぞれの位置というか、席は決まっている。
ホワイトボードの前が会長のシノ、
シノから見て左手にアリア、右手にタカトシと、その向こう側にスズ。
こういう『並び』になっている。
「狭いですよ?」
「構わない」
 元がお嬢様校の桜才だからと言って、備品が極端に贅沢であるということはない。
長机もパイプイスも、何処の学校にもあるようなありふれた品である。
スズ、タカトシ、シノと三人座れば、やはり窮屈になってしまう。
肩と肩が自然と触れ合ってしまうくらいに。
「あらあら、うふふ」
「何ですか、七条先輩」
「ううん、だったら私は、津田君の後ろに行けばいいのかしら?」
「え、何でです」
「私ももうちょっとでこの書類の整理が終わるもの。お手伝いするわ」
「でも、もう席が」
「だから、後ろで」
「いや、どうやって手伝うつもりなんですかそれは」
「それは、こうやって背中から手を伸ばして」
「いいです、いいですってば」


 桜才は元が女子校だっただけに、共学化してからも、男女の比率はかなり極端である。
男が少なく、女が多い。
生徒会においても、また。
「背後から……。くっ、アリアだと胸が当たって津田的においしいイベントだが、私では……ッ」
「でもシノちゃん、男の人にとって背中に当たるのに大きさは関係ない、って出島さんが」
「言っておきますけど、席が足りないからって、わ、私は津田の膝の上にはもう乗りませんよ。子供じゃないんだし」
「おおそうだ、ならば津田が机の上に寝転がるというのはどうだろうか。そして女体盛りならぬ男体の書類盛りと」
「シノちゃん、それは服を脱ぐの、脱がないの?」
「ほらあ津田、もうちょっと寄りなさいよ。書類が見えないじゃない」
「あのー、書類を分けますから、席にそれぞれ戻って下さいお願いしますほんとお願いします」

 ◆ ◆ ◆

 私立桜才学園高等部の生徒会は忙しい。
特に放課後は忙しい。
やるべきことが、とても多い。
「む、津田よ、ここの数字が間違っているぞ」
「え、そうですか?」
「ああ、96ではない。逆だ、シックスナインだ」
「何故英語で読む」
「ここもおかしいわ、800じゃなくてやおいよ」
「何故普通に読まない」
「津田、アンタ、ちゃんと読めるように書きなさいよ」
「何故俺が怒られる!?」
 タカトシを囲んで女子三人、いつものように、いつもの如くの生徒会。
なお、この後生徒会室には、畑ランコ、五十嵐カエデ、横島ナルコの訪問による、
「あらあ密着、これはシャッターチャンス」
「だっ、だだだ男女席を同じゅうせず! 津田副会長、不届き者!」
「オナじゅうせず? ははーん、これだけ女に囲まれてオナらないなんて、オトコノコじゃないね津田は!」
というイベントが待っている。
「む、セクロス部は大会で良い成績だし、これくらいの増額は認めてもいいかもしれんな」
「ラクロス部です」
「あらあら、ブラパン部は楽器が壊れちゃったのね、何とかしてあげないと」
「ブラバンです。ブラスバンドです」
「ほら津田、次の書類! ちんたらせずにちゃっちゃとしなさい!」
「はいはいはいはい!」
 無論、現在のタカトシがそれを知る由もない。


 今日も、生徒会は働いている。
「津田、次の書類をくれないか」
「津田君、次のをいただける?」
「ほらほら、次々! 津田、次!」
「……はい」
 これからの桜才学園の為に、学園の生徒の為に。
そして、自分の為に。


  F  I  N

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