男と女が二人きりになると、自然と空気が変わる。
いや、変わってしまうと言うべきか。
どちらかがお年寄りとか赤ちゃんである、という状況ならもちろん別の話だが、
同い年、しかも恋人同士とくれば、もうその変化のレベルは相当なものになる。
本当に化学的に何か起こってるのでは、という程に変わりまくりで、
ピンクの色すらついているのではないかというくらいなのだ。

「あ……ッ!」
「ミサキ、凄くなってるな、ここ」
「や、だ、言わないで、マサちゃあん……!」
 高校の三学期も始まって一週間以上が過ぎ、そろそろ身体と精神のペースが元に戻りつつある一月下旬の日曜日。
外はこの冬一番の冷え込みで、夜半から雪になるとか何とかテレビの天気予報は言っているが、
さて、小久保家の一人息子であるマサヒコの部屋はというと、雪どころか北極の氷も溶けてしまわんばかりにアツアツの状態にあった。
「はぁ、あ、ああんっ!」
「ミサキ、感じてるんだな」
「ダメェ、そこはっ、あっ、やんっ!」
 かすかな水音が部屋の中でしているが、もちろんこれは氷が溶けているためではない。
ではそれは何なのか。
答は至極簡単。
部屋の主である小久保マサヒコと彼の恋人である天野ミサキが、愛の営みを交わしているから。
すなわちマサヒコがミサキのスカートの奥に手を入れて秘所を愛撫しており、
ねちっこい水音はミサキの淫らな分泌液とマサヒコの指が触れあうことによって生まれたものなのである。
昼間から何をイケナイことをやっているか、と真面目な人間なら突っ込むであろう場面だが、
この年頃の男女がそうそう高まった心を制御出来るものではない。
いや、彼らもちゃんと考えて行為に及んではいるのだ。
今の小久保邸には、彼ら以外に人がいない。
父と母はデパートに買い物に行っており、それに帰ってくれば車庫に車を入れる音がするから、すぐわかる。
このチャンスを、青春真っ盛りな二人が見逃すであろうか?
「……ッ! ダ、めぇ……っ! んんっ!」
 大きく肩を震わすと、ミサキはベッドに身体をくったりと横たえた。
首筋から頬にかけて一面が朱に染まっており、唇から漏れ出る息は熱く、激しい。
マサヒコの指が与えてくる刺激によって、頂点に達したのだ。
「ミサキ」
「マサ……ちゃ、ん……」
 マサヒコは呼びかけに、ミサキは小さく反応した。
ミサキの睫毛はふるふると痙攣するように小刻みに揺れており、
未だ、快楽の波に飲まれたままで感覚が復帰していないのが、マサヒコにはわかった。


「脱がす、よ」
 ミサキのスカートの中に、再びマサヒコは手を差し入れた。
ただし、今度は両手で。
ショーツのサイドに指をかけ、ゆっくりとじらすように、マサヒコは下ろしていく。
「あ……あ…・・・」
 マサヒコがやりやすいように、そっと腰から力をミサキは抜いたが、
果たしてそれは意識しての行為であったかどうか。
「凄い、ぐっしょりになってる」
 マサヒコはショーツをミサキの顔の前に持っていき、掲げた。
股間の部分だけ、見事に色が変わっている。
「や、ぁ……」
 自らのはしたない反応の結果を見せられて、ミサキは目に涙を溜めながら恥ずかしがった。
首を弱々しく左右に振るが、それもまた、どこか扇情的で艶がある動きに、マサヒコの目には見える。
「ミサキ……」
「マサ、ちゃん……」
 マサヒコとミサキは、互いに身体を抱きしめあった。
愛しい、という気持ちが心にどんどん満ちていくのを、二人は覚えた。
そして、次の行為に―――


「……ふっふっふ、私と父さんが一緒に帰ってくるものと思いこんでる時点で」
 マサヒコの部屋の前の廊下。
そこにドアの隙間から中を覗く人間が。
「まだまだ甘いってもんよ、二人とも」
 この家でこういうことをするのは限定されている。
というか、ただ一人しかいない。
「もしやと思ってタクシーで父さんより早く帰ってきてみれば……案の定だったわね」
 マサヒコの母。
マサヒコとミサキに関係のある人間の中では、
中村リョーコと双璧を成す『その手の道の大家』である。
「おーおー、しかしマサヒコもなかなかヤルわねー、じらしっぷりが板についてるじゃない」
 大家、というからには自分以外の性的行為ももちろんカバーの範疇内。
自分の息子とお隣さんの娘の濡れ場とくれば、これはもう絶好の観察対象である。
実際、マサヒコとミサキがつきあい始める前から、こうして何度かノゾキの行為を行っていた。
淡白な息子が心配だった、隣の幼馴染との関係の行方も気になっていた、というのが一応の動機ではあったのだが。

「んー?」
 マサヒコの母は眉根を寄せた。
急にマサヒコとミサキがドタバタし始めたからだ。
ミサキは慌てて服の乱れを直し、マサヒコはマサヒコで床の上に放り投げた濡れショーツをベッドの下に押し込んでいる。
「ありゃ、父さんか。こりゃまた気の利かないことに早く帰ってきたもんだわねー」
 自分のことを棚に上げて、夫を責めるマサヒコ母。
タクシーで戻ってくる前、用事を思い出したから先に帰ると声だけはかけておいたわけだが、
どうやら不審に思われてしまったようであった。
「んー、もう少しウオッチしてたかったんだけど」
 さすがに旦那に二人の濡れ場と自分のデバガメ姿は見せられない。
息子とその幼馴染が相当深い仲になっていること、そしてその深さを妻が覗き見で確認しているのを知ると、
至極まっとうな精神の持ち主の夫であるだけに、下手をすると胃痛か頭痛を起こす可能性がある。
「……ん? ふ、うふふふ」
 マサヒコ母は思いつき、ニヤリと笑った。
ここで中断なら、いっそ二人を驚かせて楽しもうか、と。
まだマサヒコとミサキは、自分と夫が車の側か一階にいると思っているだろう。
何故なら、買ってきたものは車から降ろさなければならないし、
さらに家の間取り上、そこから玄関ではなく勝手口、そしてキッチンへと進むのが通常の流れになるからだ。
が、夫は確かにそうかもしれないが、自分は違う。
何しろ、“ここに”いるのだから……。
「さて、それじゃあ二人のより慌てふためく顔を拝むとしますか」
 これもまた愛情愛情、と小さく呟きつつ、マサヒコの母は拳を上げた。
そして、それをドアに向けて軽く振りおろし―――

 二人きりになると、空気は変わる。
だが、そこに三人目が入ってくると、変質した空気は元に戻る。
良きにつけ、悪しきにつけ。

  F    I    N

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