シンジは怒っていた。
目の前のソファーには、カナミが気まずそうな顔で座っている。
二人とも黙りこくったまま、ただ時間だけが刻々と過ぎていた。

―さて、シンジの怒りの原因は何なのか。

今日の朝食のウィンナーに、カナミが卑猥な切れ込みを入れていたことか?
…いや、違う。

カナミがいつものように部屋に置いてあったシンジのAVを勝手に持ち出したことか?
…いや、それでもない。

なぜか床に落ちていたカナミ所有のバイブに、さっきシンジが足を滑らせて頭を打ったことか?
…いや、それも違う。

もちろん普段なら怒る理由には十分すぎるのだが…
…今日のシンジの怒りは、目の前のテーブルに置かれた一冊の雑誌が原因だった。

そしてその雑誌の名は―「エロリスト天国」。
「月刊アナルデー」「エロKING」などに並ぶ、シンジの愛読書の一つである。


「さて…カナミ」
重苦しい静寂の中、ようやくシンジが口を開いた。
「…説明してもらおうか?」
「…えっとね…その…」

テーブルの上に開かれていたページは―『街角エロエロ女子校生100連発!』―
―エロ雑誌によくある、街で見かけた素人のエッチな写真をカメラマンが撮るという企画ものだ。
どのページにも、自分の顔を手やマスクで隠した少女達の淫猥な写真が載っている。

シンジはその中の二枚の写真を指差す。
そこには、顔を覆い隠した黒いショートヘアの少女が写っていた。
一枚目の写真では立ったままスカートをめくり上げ、純白の下着をこちらに晒している。
もう一枚の写真では大胆に足を開いて座っている彼女。
その白い魅力的な太ももをあらわにし、カメラに向けて挑発的なポーズを取っている。
そしてその服装こそ私服だったが、そのページにはご丁寧にも
『県立O高校のエロカワイイ少女を劇撮!!』の文字が躍っていた。

「…これ…お前だよな?」
「……」
「…この写真を見て、すぐに気づいたよ。これが…カナミだってことがな…」
「……」

―これ以上はごまかせない―
再びのしばしの沈黙の後、流石にそう悟ったのかカナミは伏せていた顔を上げる。
そして、小さなか細い声で兄の問いに答える。普段の明るいカナミはそこにはいない。
「ええと…だからね…まさか本当に載るなんて思わなくて…。
ほら、私まだ未成年だし…
…こういうのってヤラセが多いって聞くし…ね」


「…じゃあやっぱりこの写真は…」
「うん…私です。…ごめんなさい…」
「…はぁ…」
大方覚悟していたことではあったが
カナミから改めて真実を聞かされ、シンジは大きく溜め息をついた。
「確か…一ヶ月くらい前だったかな…。
でもさ…結構キレイに撮れてるよね?」
…まあ確かにカメラマンの腕がいいのか、写真写りはかなり良い。
何とも言えぬエロさをかもし出す、二枚の写真。
カズヤなら『これをオカズにオレはあと十年は戦える!!』とでも言いそうだ。
…だが、今はそんな事は関係ない。
―というかそういう問題ではない。
そう言わんばかりにシンジはカナミの顔を"きっ"と睨み付けた。
「…お兄ちゃん?やっぱり…怒ってる?」
「…ああ、ツッコミたい所は山ほどある。
まずはだ、どうしてこんな写真を…?」
シンジの問いに、カナミは顔を俯かせたまま答える。
「えっと…その日はアキちゃんとマナカちゃんとの待ち合わせで…
二人とも一時間くらい遅れるって途中で連絡があって…
それで…適当に暇を潰してたら…」
「…声をかけられたと。そういうことか?」
「…うん」
「まさか本当に載るとは思わなかったと…」
「…うん」
カナミの告白に、シンジはただ呆れるしかない。
「…まあいいや。それはそれとして…」
そう言うと、シンジの指がその写真の下の文章に移る。

―さて…ここまでのシンジの怒りは至極もっともなものだ。
自分が愛用するオカズのエロ本に、身内の写真が載っていたら…誰だって衝撃を受ける。
しかし…今回彼が受けた衝撃は、その下の記事を読んだ時の方が強かった―

『Kちゃん(16)の大胆告白!』と銘打たれたそこには…


「…『私とお兄ちゃんの禁断の関係♪』

…なんだよこれ?」


「え…あの…えと…へへ」
ぺろりと舌を出しておどけるカナミを無視し、シンジはその先を読み進める。
「…『私とお兄ちゃんは実の兄妹。でも…今、私たちには身体の関係があります。
きっかけはささいなことだったけど…ある夜を境に結ばれてしまった私たち。
その日から、毎晩のように私の身体を求めてくるお兄ちゃんを私は拒めず…』」
「……」
再び黙ってしまったカナミ。シンジはなおもその先を読み進める。
「『週末になると、お兄ちゃんと私は一日中セックス三昧♪』…

えっと…『最近ではアナルも開発されちゃって、私の身体は完全にお兄ちゃんのモノ』…

…『でも私は、そんなお兄ちゃんが大好き♪』

…読んでるこっちが恥ずかしくなってくるな…」

「……」
呆れと困惑の入り混じった表情を浮かべながら、
シンジは黙りこくったままのカナミを問い詰める。
「…だから…何なんだよ…この記事は…」
「だって…写真撮った後で『簡単なインタビューも載せたいから、何か面白い話してよ』
って言われて…どうせ載らないと思ったから…」
「だからって…調子に乗りすぎだろ、これは…」
「…ごめんなさい」
「はあ…」
再び溜め息をつくシンジ。これで本日合わせて何度目になるのだろうか。
「もしマナカちゃんや小宮山先生がこの記事を読んだら…」
「…うん、きっとすぐ気づくよね…」
「ああ…絶対に余計な詮索してくるよな…」
「…本当にごめんなさい」
ただひたすらに謝り続けるカナミ。
深く反省した様子を見て、シンジはカナミの頭を優しく撫でる。
「もうこんなことしないな?」
「うん、絶対…しない」
「そうか…わかったよ。はあ…まったくもう…」


「…ありがとう、お兄ちゃん。
でもさぁ…」
「ん?なんだよ…カナミ」
「…確かお兄ちゃん言ったよね?
『この写真を見て、すぐにお前だって分かった』って」
「ああ…下の記事を読む前にな。」
「…どうして分かったの?
…確かにキレイには撮れてるけど、顔は完全に隠れてるし…」
ふと生まれたカナミの素朴な疑問にシンジは答える。
「まあ…お前の身体は見慣れてるしな…毎晩。
それに…気づいてないかもしれないけど…
…カナミの太ももの内側にはホクロがあるんだよ。ほら」
そう言ってシンジは写真を指差す。確かにその写真の少女の内股には、ぽつりと小さなホクロがある。
「…あ、本当だ…全然気がつかなかった…へえ…。
…やっぱりいつも私の裸を見てるだけのことはあるよね…お兄ちゃん」
「…うるさい。そんなことより、今日は『お仕置き』だからな。」
「え…許してくれたんじゃ…」
「俺は『わかった』って言っただけだ。誰も『許す』なんて一言も言ってないぞ。」
「そっか…そう言えば…
…でもちょっとずるいなあ、お兄ちゃん…」
頬を膨らませて、ちょっと怒った表情を見せるカナミだが。
残念ながら、今日はシンジの方が一枚上手。
「へっ…口ではそんなこと言っても、どうせ『お仕置き』を心待ちにしてるんだろ。
ほら、顔に書いてある…」
「え!!…そ、そんな…こと……ないよ…」
図星をつかれたのか、カナミの顔が見る見るうちに赤くなっていく。

「…今夜は寝かさないからな、カナミ」
「う、うん…分かってるよ…お兄ちゃん…」
「よし…じゃあオレの部屋に行こうか」
「…うん」
ただ言われるがままカナミは立ち上がり、シンジの後に続いて二階へと向かう。


「二度とこんなことするなよ…『お前は俺のモノ』…そうだよな?」
「…うん…」

こうして、城島家の背徳の宴の夜は更けていく…。

(おしまい)

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