―とあるアパートの一室。そこで一組のカップルが、テーブルを境に向かい合っていた。
彼女の年の頃はまだ二十歳前と言った所だろうか、ずいぶんと深刻そうな顔である。
しばしの沈黙のあと、まずは彼女の方が重い口を開いた。

「…できちゃったの」
「……は?」
彼女の突然の衝撃告白を受けて、彼氏の身体が硬直する。

「だから、ね。最近…“アレ”が来てないのよ」
現代の既婚男の数割がおそらく体験しているであろう、この展開。
まあ大抵の場合、男はまずうろたえるもので。彼もどうやらその例外ではなさそうである。
「ひ、避妊はちゃんとしてたよな…」
「んと…でも…時期的にもバッチリ合ってるし…
あの日コンドームに穴が開いてなかったとは言い切れない…かも」
「??なんで??」
「ほら…ずっと前にさ、ふざけてコンドームの耐久実験やったじゃない?伸ばしたり楊枝でつついたり…
それをずっと捨てるの忘れてて、“あの日”に使っちゃったの…かも」
「………」
―そう言えば…そんなことが確かにあったな―と彼は思い返す。

彼女の口から告げられたその事実にまた黙りこくってしまう彼。
そして部屋の中がしんと静まり返る。
しかし今度の静寂は、彼によってすぐに途切れることになった。

「―結婚しよう」

「…え?」
意を決して発せられた彼の言葉。今度は彼女がその身を固くする。
「だから…結婚だよ!」
「えっ?えっ…まさか、本気?」
「ああ。確かにまだ俺の稼ぎは少ないけど…
君と子供を養っていける自信はある」
「え?え?本当に…私でいいの?」
彼女の問いに自信を持って彼は答える。
「当たり前だろ。絶対に…幸せにするからな」
「――くん…ありがとう。

…でもね」

「―なーんてね!!ドッキリでしたーっ!!」
「あっ…そうか!今日はエイプリルフール…」
「あはは、すっかり騙されてやんのー」
「う、うるさいな…しょうがないだろ、心当たりはあったんだし…」

―そう、今日は4月1日。
ウソつきの祭典、エイプリルフールである。

「あーもう、すっかり騙された…」
恥ずかしそうに頭を掻く彼に、彼女はくすりと笑いかける。
「へへ、演技うまかったでしょ?
ま、妊娠ってのはウソだから。安心していいからね♪」

「…いや。もう決めたよ」
「―え?」
笑っている彼女にそう告げると、彼の顔が一際真剣な表情へと変わる。

「『結婚しよう』って気持ちは…ウソじゃない」
「え?え?え?」
思わぬ彼の切り返しに戸惑いを隠せない彼女。
「…本当に?本気なの?」
「ああ、前からずっと言おうと思ってた。このまま宙ぶらりんのままじゃ…いけないってさ。

―改めて言うよ。結婚しよう」
「――くん…」

彼女の目に涙が潤んだその直後、彼の顔が少しにやっと笑う。
「じゃ…せっかくだから“妊娠”も本当のことにしちゃおっか!」
「え?ちょっと…待って」
「いや、待たない」
「ご、ごめん!ウソついたのは謝るからぁ!」
「いや、許さない」
うろたえる彼女の唇を彼の唇が塞ぎ、そのまま身体を前へと押し倒す。
初めは抵抗していた様子の彼女の口から甘い声が漏れ出したのは、
それから間もなくのことだった。

こうして幸せなカップルの夜は更けていくのだった―


「―とまあ、これが父さんと私の馴れ初めで…
マサヒコ、アンタを仕込んだのもこの時なのよ♪」
「…うそつけ」

―2007年4月1日、小久保家のリビングにて。

ノリノリでそんな与太話をする母を、じっと冷めた目で見つめる息子。
せっかくの日曜の午後にこんな下らない話を聞かされるとは―
―とでも言いたげである。

まあそんなマサヒコの気持ちが分っているのか分っていないのか。
マサヒコの母はそのまま話を続ける。
「だからあ、ホントよ、ホント。ウソなんてついてないって♪
…でさあ、アンタもこんな感じでミサキちゃんと子供でも仕込んだらぁ?
生活費は私たちが援助してあげるからさ♪」
「うるせーうるせーっ!!」

(おしまい)

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