7月の下旬、学生は夏休みが待ち遠しい今日この頃。
そんな日の小久保家にはいつもの男女比1:5の(羨ましい。もとい嘆かわしい)比率で若人らが集まっていた。

「はい、では今日の授業はここまでにしましょう。」

メガネをかけてキリッとした印象を受ける家庭教師、中村リョーコの言葉を合図にして
部屋を覆っていた程よい緊張感が解けてゆく。

「ふぁぁ?。流石に1学期の総復習はしんどかったな。肩がガチガチだよ。」
そういいながら伸びをして身体をほぐしているのは部屋の主である小久保マサヒコである。
「そうだね。社会とか中間テストで覚えていたのド忘れしてたり、ちょっと危なかったね。」
「でも、おかげで夏休みや2学期に向けての足固めができたって感じね。」
そう言い合うのは東が丘中学第三学年の成績上位コンビ。前者が天野ミサキ、後者は若田部アヤナである。
「………………」
「リンちゃん、どうかしたの?」
俯いた眼鏡っ子、的山リンコの横顔を窺うのはマサヒコの家庭教師であるおっとりした性格の濱中アイだ。
「いえ、何でもないです。アイ先生。」
「リン、確かにアンタはちょっと忘れてる箇所が多すぎたけど夏休みにリカバーするから安心なさい。」
「!…ありがとうございます。中村先生。」
どうやらリョーコはリンコが勉強で芳しくない状況を憂いていると判断したようだ。心強い言葉で教え子を励ます姿に後輩のアイや中村に心酔するアヤナは勿論、マサヒコやミサキも感銘を受けた。
「記憶は頭だけでなく体も使って覚えるのが良いのよ。私もこの方法で四十八手を高校二年の夏までにマスターしたわ。」
「…いや、そんなもの問う試験なんて全国津々浦々どこの学校にもないから。」
「おっと、早速国語で出た四字熟語を使ってるね。感心感心。」
素早くリョーコのエロボケを迎撃したマサヒコを、アイはナチュラルに頭を撫でて褒める。
「はぁ…」
毒気を抜かれたマサヒコ。少年と何気に至近距離の女子大生家庭教師を羨望と嫉妬(ブレンド75%:25%)の視線で見つめるのは色の付いた髪の二人。(但し、茶毛の方は無自覚)

ちなみに、リンコが俯いていた理由は勉強の不振がメインではなく
(はあぁぁ。小久保君が『肩がガチガチだよ』って言うから『じゃあ下の方もカチカチだね』って言おうと思ったのにタイミングを逃しちゃったよ?。)
というボケをかませなかった後悔の念だけなのだった。

「さて、そろそろお暇させてもらおうかしら。」
リョーコの言葉で各々が帰り支度をして立ち上がった。その時、

ピシャ――――ン、ゴロゴロゴロゴロ!!!!!!!
ドザー―――――――!!!!

「「「「きゃーーーー!!」」」」

閃光が迸った刹那、爆音が空気を震わせて轟いた。同時に滝の如き豪雨が地上を洗い流すかのように降り始めた。

「うわ、結構近くに落ちたな。停電はしてないけど非道い雨だ。」
「こう言うのを『ゲリラ雨』って言うのね。ん?ゲリラ→ゲリ→下痢→浣腸→スカトロプレイ…」
「独りで変な連想ゲームせんで下さい。えっと、みんな大丈夫か?」
リョーコのボケに突っ込みながらマサヒコは四人に視線を巡らした。見ればアイ・ミサキ・アヤナの三人が寄り添うようにしてベットの脇にしゃがんでいた。
「あはは…マサヒコ君。腰抜けちゃった。」/涙目のアイ
「うわーん、助けてマサちゃん。」/原作より先に素直になっちゃったミサキ
「こ、小久保君。わ、私は雷が怖いわけではないのよ。た、ただちょっと大きな音に吃驚しただけで」/こんな時にもツンデレなアヤナ
三者三様、皆さん乙女です。ここでマサヒコに抱きつけば心象UPになるんだけど全員それどころではなかった。
「まあ、夕立だからその内……ってあれ?的山は?」
「何言ってんの。リンならそこにいるじゃない。」
リョーコの指差す先にはマサヒコのベットの上にカマクラのように盛り上がった毛布が。そのカマクラからはか細い震えた声で
「えーーん、雷さまにお臍取られちゃうよ?。」
「お臍って…」
級友の子供じみたセリフに苦笑するマサヒコ。
「わーーん。わたしお臍フェチじゃないよ?。とられるのはAV撮影か盗撮プレイだけでいいよ?。」
訂正。この子は将来がとても不安になります。マサヒコは元凶たるメガネをさっと睨んだ。
「あーーあ、この雨じゃ当分帰れそうもないわね。マサヒコ、テレビ点けて。」
「…何か釈然としないなあ。」
涼しい顔で命じるリョーコにブツブツ言いながら従い、マサヒコは部屋のTVを点けた。

「…さあ、雨も小康状態となり試合再開です。高校野球○○県大会準決勝第2試合、英稜VS東栄大附属は8回裏の東栄大附属、2死1塁で7番ライトの迎田が打席に入ります。7‐5で2点を追う東栄大附属は何としても追い付きたいところ…」

「へえ?、向こうじゃ雨もう上がってきてるのね。」
テレビにはマサヒコ・リンコの志望校とアイ・リョーコの大学の附属校という試合が中継されている。実況の言葉に反応してアイがテレビの方に顔尾を向け、リンコもピョコっと毛布から顔を出して試合に見入っていた。
「うーん、どっちを応援すべきかしら。」
アイが迷う間にも試合は進む。

「さあ、東栄大附属が大きなチャンスを迎えています。試合再開で2死ながら7番迎田のセンター前ヒットの後、8番ショート亀尾に四球。2死満塁で9番キャッチャー畔上です。英稜高校1年生投手の和南津はここが踏ん張り所です。和南津、初球は外角いっぱいでストライク。ワンナッシングで第二球、少し外れたボール。」

「ああ、際どいな。」
マサヒコは思わす嘆息をついた。
「英稜が勝って甲子園に行ってもらいたいね。」
ミサキがマサヒコに同意を得るように話しかける。その直後、画面から鋭い金属音が響いた。

「打った―――!!打球は小雨の中グングン伸びていって……左中間を深々と破るヒット!!!おっと、英稜のセンターがボールを零している。ボールが濡れていた。1塁ランナー生還。バッターの畔上も3塁を蹴った!!!!東栄大附属の畔上、値千金の逆転満塁ランニングホームラーン!!!!9‐7と試合を引っくり返しました!!!!!」

「うわー、マジかよ。」
マサヒコは先程の数倍のがっかり感で天井を仰いだ。
「う〜ん。深々と突き破るか…思い出すわ、7年前のロストバージンを…」
「先輩!?深々とって痛くなかったんですか?」
「まさに処女膜突貫ですね?。」
策士&童顔女子大生二人+天然女子中学生の会話をマサヒコとミサキはスルーし、アヤナは戸惑いの表情で沈黙を保っていた。そんな中、試合は9回表に入る。

「さあ、英稜高校は1番サード水城がサードライナーに倒れましたが2番ファースト鈴口が1塁線フェアの内野安打で塁に出て1死1塁。3番レフトの夷守は初球からバントの構え。うまく1塁方向に転がして……あっと!ピッチャーの大椙が泥濘に足を取られた。1・2塁オールセーフ!!1死1・2塁で勝ち越しのチャンスに今日当たっている4番センター角倉が入ります。」

「ピッチャー大椙、第四球はインコース。角倉は空振りでツーツーと追い込みました。エースナンバーの意地を見せられるか大椙、第五球は…打ったーー!!二遊間を破り2塁ランナーがホームイン。1塁ランナーも3塁を回る!!!しかしライトの沼垂が好返球。矢のような素晴らしい返球がキャッチャーにダイレクトで届く!!!!クロスプレーに畔上が必死のブロック!!!!!判定は……アウト!!!!!!2死3塁となり、しかし英稜高校1点差に詰め寄りました!!!!!!!英稜高校、ここで5番のショート石根に代打・合歓木を送ります。」

「すっげー。泥塗れになりながらもすごいガッツだ。」
「…確かにこう言う死闘?には燃えるものがあるわね。」
(泥んこプレイか……今度セイジでやってみよ。)
マサヒコとアヤナの会話の後ろで恐ろしげな計画が企てられていることを、彼らの担任は知らない。合掌。

「合歓木が粘ります。東栄大附属の大椙、第十三球目を投げました。…ファール。これでファールは追い込まれてから五つ目になります。さあ、フルカウントで大椙、第十四球目を…投げた。!!うまい変化球、バットが回って三振!!!スリーアウト!!!!試合終了!!!!!雨天の泥塗れな激戦を制したのは東栄大附属!!!!!!!両者の激闘を讃えるかのように今、曇空から球場を照らす一条の日差し!!!!!!!!」

「ああー、残念だったね。」
「まあ、どちらが勝ってもすごく良いゲームでしたよ。」
「それもそうね。さあ、雨も上がったし今度こそ帰るとするか。帰って夜にはセイジのボールとバットを弄ぶベースボールとSM野球拳を…」
「アンタにはそれしかないんかい!!」
感動的な熱戦に思い切り水を差すリョーコのボケにマサヒコは怒り半ばで突っ込んだ。
「そうですよ先生。それはベースボールじゃなくてゴルフだと思います。」
「甘いわねリン。ゴルフは穴に入れるのは竿じゃなくて球よ。ならばバットがある分ベースボールの方が表現的に類似しているわ。」
「お前ら師弟の発想は悉く間違っている。」
そういう遣り取りに突っ込みながらマサヒコは女性陣を玄関まで送り出してた。外は既に俄雨が上がり、夏らしい日差しと澄んだ青空が広がっていた。雨上がりを喜ぶかのようにひぐらしが鳴いている(注;ここで虐殺や猟奇事件は発生しません。)

「じゃあマサヒコ君、また次の授業でね。」
「じゃあね小久保君。分らない所がいつでも聞いてね。」
「ばいばーい小久保君。」
「お姉様に言われたついでにまた来てやんなくもないわ。」
「マサヒコ、部屋でホームランかっ飛ばすなよ。まあ飛ばすのは白球じゃなくて白濁の液…」
「おお、じゃあな。」
リョーコが言い終わらないうちに返事をしてマサヒコは素早く玄関の扉を閉鎖した。
高校球児の夏、受験生の夏。それぞれの掛け替えのない青春が今始まろうとしている。

追記:スコアボード

    一二三四五六七八九 計
英 稜|010032011|8
東 栄|00201024×|9

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