「いやあ、春と言えば花見よね」
「……」
「桜に酒よね」
「……」
 年度が変わり、四月二度目の日曜日。
小久保マサヒコ、濱中アイ、天野ミサキ、若田部アヤナ、的山リンコ、中村リョーコのいつもの面子は、花見に興じていた。
「何か盛り上がらないわねー、もっと陽気に行きなさいよ」
「無理だと思う」
 六人が集っていたのは、公園でもなければ河川敷でもない。
何処かの庭でもなければ山でもない。
「何でよ、マサ」
「だって、なあ」
 彼らが居るのは、毎度の如くと言うべきか何と言うべきか。
「部屋ん中で風情も何もないぞ」
 そう、マサヒコの部屋だった。

 ◆ ◆ ◆

 ことの次第はこうである。
花見に行くこと自体は決まっていた、何故ならここ毎年必ず催す行事になっていたからだ。
それは別にいいとして、今年はちょっと問題があった。
花粉症である。
マサヒコやアイ、ミサキは特に症状は出ていないが、アヤナが重度なのだ。
今年は特に飛散量が多く、杉はピークを過ぎたものの、
四月に入って急激に暖かくなり、ヒノキが元気いっぱいに花粉を飛ばしまくっている。
鼻の方はまだそうでもないが、アヤナはとにかく目が辛く、涙が尋常ではない。
昨年まではまだ我慢が出来たがちょっと今年はキツイ、
という訴えがアヤナからあったのは花見予定日の数日前、しかしリョーコが欠席をそう簡単に許すわけもなく、
ならばと彼女が提示したのが、『なら部屋の中でしましょ』という代替案であった。
「結局、ただ騒ぎたいだけなんじゃないのかと」
「何か言った? マサ」
「いや、別に」
 マサヒコの部屋が選ばれた(リョーコが無理矢理指定した)のは、特に深い理由はない。
単に皆が集まり易い、というだけのことである。
広さから言えばリョーコのマンションやアヤナの部屋の方が適しているのだが、
常に溜まり場になっていた、という感覚で行けば、自然とマサヒコの部屋になるわけで。
「ほら、飲んで食べて、花を見なさい」
「見ろって言っても……」
「アンタ、さっきから文句ばっかりね」
「つうか、俺以外誰も喋っていない時点で察しろ」
 当然、部屋の中であるからして、桜の木など無い。
窓から見える景色にも、桜の枝はない。
桜があるのは。
「どこで見つけて来たんだよ、こんなDVD」
 テレビの画面の中だった。
「今時、何だってあるもんよ」
「しかしなあ……」
 確かに画面には満開の桜が綺麗に咲き誇っている。
だがそもそもそんなに大きくもないマサヒコのテレビ、それに立体ではなく平面とくれば、
そりゃ皆のモチベーションも上がるわけがない。
「『全国お花見スポットBest1000』、いいでしょ?」
「いいでしょ、と言われてもなあ」
「ちなみにこれ、酔狂なことに毎年発売されてんのよね。まぁ映像そのものは一年前のになるけど」
「そんな豆知識いらんから」
 マサヒコのツッコミもいつもに比べるとその鋭さが無い。
無理からんことではあるが。

「と、とにかく食べようよ、マサちゃん」
「えへへー、私もお母さんと一緒に色々作ってきたよー」
「私も持ってきたわ」
 風情はない。
ないが、食べ物だけは豪華だった。
ミサキをはじめ、リンコ、アヤナ、アイ、リョーコのそれぞれが腕を揮って料理を用意してきたのだ。
ミサキは卵焼きとホウレン草のおひたし、茹でブロッコリー。
リンコは蒲鉾と鶏肉の唐揚げ、アスパラちくわ。
アヤナはハムチーズのキャベツ巻きと椎茸の甘煮、カボチャのマリネ。
アイは各種おむすびとエビフライ、ニンジンのたらこ炒め。
リョーコは豚肉の香味焼きと昆布巻き、大根とイカの煮物。
皆手作りで、何となくだが各人の料理技術と嗜好の差が伺い知れるのが微笑ましいと言えば微笑ましい。
内容が被らなかったという点では、ミサキにとってラッキーだったかもしれない。
なお、先程マサヒコが「俺以外喋っていない〜」とリョーコに文句を言ったが、アイだけはその黙っていた理由が違う。
ひたすら口を食べることに動かしていたので。
「ど、どうかな、マサちゃん」
「ん? ああ、美味いよ。卵焼き」
「良かった……」
 ミサキも腕を上げてきている。
少なくとも、見かけに味の差がそれほどなくなってきた。
まだまだアヤナやアイ、リョーコの料理上手三人組に比べると拙いが、
このまま努力を続けていけば、マサヒコ母が「嫁に来て不足なし」と頷くまでにはなるであろう。
料理は才能とよく言われるが、普通に家庭料理を作る分に関しては、努力でいくらでもカバー出来るのだ。
「マサヒコ君、私のも食べてみて」
「はい、アイ先生」
「小久保君、私を食べてー」
「……作った料理を、な」
「わ、私のも食べてみてもいいから」
「ありがと、若田部」
 女性と、彼女たちが作った料理に囲まれているマサヒコ。
同級生の男子がこの光景を見たら、羨ましさと妬ましさで歯軋りをすること間違いなしである。
そしてこういう場面で舞い上がったり格好つけたりしないのが、マサヒコのマサヒコたるところであろうか。
もっとも、思春期の少年ならここは心落ち着かずにそわそわしてしまう方が正しいのだが。
「んー、飲み物が足りなかったかしらねえ」
「いや、十分過ぎると思うけど」
 すでにリョーコは缶ビールが三本目に突入している。
まだ封を開けられていないものが彼女の横に何本も残っているので、
いくらリョーコが酒豪で、かつアイと二人で片付けるとしても、たっぷり過ぎる程の量だ。
「ビールじゃないわよ、お茶とかジュースとか、あんたらが飲むやつよ」
 言われてマサヒコは周囲を見回した。
成る程、烏龍茶とコーラのペットボトルがそれぞれ一本ずつあるが、
どちらも中身の残りが四分の一くらいになっている。
「うちの冷蔵庫に何かあったかな……」
「んー、なら私がお金を出すから、あんた何か買ってきなさい」
「え?」
「ついでにツマミの何かお願い。やっぱりスルメとかポテトチップスとかが無いと、お酒飲んでる気がしないのよね」
「……もしかしてジュースの方がついでなんじゃ」
「ほれほれ、行って来い、高校二年生にもなったらちゃっちゃと動く」
「それは関係ねーだろーが」
 やれやれ、と溜め息をつきつつ、マサヒコは腰を上げた。
言い出したらリョーコは滅多なことでは退かない。
癪だが素直に従った方がややこしくない。
それに飲み物が足りないのは事実ではある。
「何か希望はあるか? ミサキ」
「え、私は別に無いけど」
「じゃあ的山と若田部は?」
「あ、私オレンジジュースが欲しい」
「私も特には……でも強いて言えば、紅茶が欲しいかも」
「了解」
 リョーコから二千円札を一枚受け取ると、マサヒコは部屋から出た。
上着は必要ない、外は十分に暖かい。
「角の酒屋が確か内装工事で休みなんだよな……だとすると表通りのコンビニか」
 行って帰って三十分くらいかな、とマサヒコは思いつつ階段を下りた。
今日も両親はいない、働き者の父は出張中で、母は気を利かせたのかそれとも自分が楽しみたかったのか、
婦人会のカラオケに出かけている。
家にいるのは、マサヒコと女五人組だけである。
「ついでに遠回りして、公園の桜をちょっと見てくるか。せっかくだし」
 後に、マサヒコは後悔する。
リョーコに言われるままに買い物に出かけたことと、寄り道して桜を見に行ったことを。

 ◆ ◆ ◆

「よし……行ったようね」
 マサヒコが家から出たことを窓からこっそりと外を窺うと、リョーコはニヤリと笑った。
そしてピッ、と桜のDVDを止め(ちなみにPS3である)、
持ってきた袋―――弁当が入っていたのとは別の―――にガサゴソと手を突っ込む。
「お姉様? 何を……」
「んっふっふっふ」
 リョーコが取り出したのは。
「ここからは特別プログラムよ」
 低アルコールのフルーツ系のお酒と、そして。
「はい、オンナだけのドキドキ観賞会〜♪」
 エロDVDだった。
「ちょ、中村先生!?」
「わー、何本もあるぅ」
「先輩、何でそんなものを持ってるんですか?」
「お姉様!? あ、あの、その」
 年少共の声を無視しつつ、DVDを交換するリョーコ。
「まずは『乱れたセーラー服・平成大乱交学園INBI』から行きましょ」
「待って下さい! 中村先生!」
「待たない」
「い、いけないと思いますお姉様! 卑猥です、風紀が乱れているなんてもんじゃありません!」
「そうするのが目的なんだから、いいのいいの」
 ここで全員が気付いた。
何故マサヒコを指定して買いに行かせたのか。
そして、お酒以外の飲み物が何故少なかったのか。
ハナからリョーコはこうしたかったのだ、
オンナだけの状況にして、エロDVDを流したかったのだ、と。
マサヒコがいるとまず間違いなくツッコまれて止められるから……。
「狙ってましたね、先輩」
「別に今日でなくてもいいんだけどね」
「なら……」
「だからこうしてビール以外のアルコール度数が低い酒も密かに用意したわけよ」
 つまり、学生組に飲ませるために。
「の、飲みませんからね私は! お酒なんて!」
「法律違反ですお姉様、いけません!」
「へー、パイナップルのお酒なんてあるんだぁ」
 三人の反応に、リョーコはただニヤニヤするのみ。
強制せずとも、いざ鑑賞会が始まってしまえばいずれそれに手が伸びる。
そう確信しているのだ。

「お酒は確かに違法だから、別に各自の判断に任せるわ。でもDVDは見るわよ、これは命令です」
「見ません! 見ませんから!」
「なら音量を上げるまで」
「耳を塞ぎます!」
「好きになさい」
 ミサキとアヤナの抵抗も、リョーコは意に介さない。
すでにこの時点でペースはリョーコが握っている。
マサヒコなら「止める」が、ミサキやアヤナだと「見ない」という選択肢を選ぶのが、性格上わかっている。
最早ミサキもアヤナも、リョーコの掌の中である。
「アイとリンは観るわよね?」
「え、わ、私はその、あの、興味が無いって言うと嘘になりますけど、それでも、ええと」
「お父さんがビデオ持ってますけど、じっくり観るのは初めてかも」
「はいはい、じゃあ三人で観ましょうか。ミサキとアヤナはマサのベッドにでも潜ってれば?」
「ええっ!?」
「そこで悶々としてなさい、マサの匂いを嗅いで」
「え、えええ!?」
 かくして始まった。
リョーコ主催の、女だけのエロDVD鑑賞会が。

 ◆ ◆ ◆

「うわあ……この女の人、おっぱい大きいですねえ」
「アヤナちゃんより大きいかも」
「にゃによ、むねのおおきしゃがおんにゃのすべてじゃにゃい。ヒック」
「は、挟んで……擦って……しごいて……う、うううう」
「皆覚えときなさい、オトコの悦ばせ方ってのを」
 鑑賞会開始から三十分。
アイ、ミサキ、リンコ、アヤナはデキあがっていた。
アルコールによって。
「リンコとミサキには出来ない真似よねえ、パイズリは」
「しょんなことありゃません! わたしにらってできましゅ!」
「挟めないけど乳首でなら弄れると思いまーす」
「わ、わた、私はしたくないですそんなこと……う、うううう」
「でも正直、あれってしんどそうじゃないですか?」
 すでにDVDは五本目に入っている。
前戯やトーク部分をリョーコがカットしまくっているため、ずっと本番のオンパレードである。
しかも、フィニッシュ直前等の意図的に濃い場面ばかりの。
「この人、身体柔らかいですねぇ。私も柔らかい方だと思いますけど、あんなに大きく開脚出来ません」
「ま、ま、丸見え……入って……動いて……う、うううう」
「べつにあんにゃにひろげにゃくてもできましゅ」
「ミサキちゃん、小久保君とどんな格好でやってるの?」
「おうおう飲め飲め、観れ観れ、語れ語れ」
 もともとミサキはアルコールに強くないので、一本目でドボン。
アイも許容量以上に飲んでいるし、アヤナもとっくに限界を迎えて思考がひっからまっている。
リンコは普段と変わりないように見えるが、普段以上にエロ方面の発言が振り切れている。
密かに飲んでいたようなので、これは単に表に変化がないように見えるだけであろう。
「よし、次は『咲く花散る花・アオカン祭』よ。ちょい待ち、本番まで早送りするから」
「あっ、桜ですね」
「さ、桜の木の下で……あんなことや……こんなことを……う、うううう」
「わー、上も下も満開ですねー」
「マサちゃんはおそとでなんてしたがりゅませんよぅ、だぁ。ヒック」
 リョーコも相当にビールが進んでいる。
ツマミはDVDを食い入るように観ている四人だ。
彼女にとってこれ程の酒の肴はそうそうない。

「アオカンはやっぱり全裸じゃダメよねえ、最低でも靴下と靴が残ってないと」
「先輩は経験あるんですか」
「もちろん」
「いんわいでしゅ、ひわいでしゅ」
「中村先生ってすごいなあ」
「お、お姉様が……外で……男の人と……う、うううう」
「やー、セイジがビビリなもんでなかなか勃たなくってねー」
「そうなんですか」
「アイツ、歳をくって臆病になったわ。昔はもっとヤンチャだったのに」
 もはや料理はアイが時々口に運ぶ以外はほとんど放置状態。
部屋の中は、画面から流れる女優の喘ぎ声と、五人の会話、そしてアルコールの香りで充満しっ放し。
転がりだした石ころは全てを巻き込んで岩塊となり、リョーコが整備した坂道をひたすら勢いよく落ちていくのみである。
「ほらアヤナ、想像してごらんなさい。マサヒコがアンタの身体の上で腰を振っているところを」
「こ、小久保君が……わ、私をつら、貫いて……そ、そして……う、うううう」
「らめっ! マサひゃんはわたしのなんらからっ! わかたべさんにはあげにゃいんだからっ!」
「リンもどう? その幼い肉体をマサに提供してみない?」
「えー、でも小久保君、私のなんかじゃ満足してくれないんじゃないかなあ」
「らめらめっ! リンひゃんにもらめっ! マサひゃんはわたしでまんぞくひてるんらからっ!」
「アイ、アンタもいい加減処女を捨てる時でしょ? マサなら申し分ない相手なんじゃないかしらね」
「えっ? あっ? ういっ? で、で、でもマサヒコ君と私じゃ年齢がっ!?」
「らめらめ、らめーぇ! アイせんせもらめっ! マサひゃんとしていいのはわたしらけなのぅ!」
 たった三十分そこらでこの有り様、リョーコの計画通りと言っていい。
ナマで桜の花は見れないが、桜色に火照った皆の頬っぺたが見れたのだ、
彼女にとっては満足以外のナニモノでもない。
「う、後ろから、胸を揉みしだいて……お、音がするくらい激しく突いて……う、うううう」
「すごーい、おっぱいが揺れるのってどんな感じなんだろう」
「バックはあまりしゅきじゃないれしゅ、だってマサひゃんのかおがみれにゃい」
「ミサキちゃん……進んでるんだ……マサヒコ君との仲……」
「よし、じゃあ次は『スク水とブルマー・白濁の宴スペシャル』、行ってみよう!」
 マサヒコはまだ、帰ってこない―――

 ◆ ◆ ◆ 

「やれやれ、以外に時間かかっちゃったな」
 マサヒコは玄関の前で、首を回しながら呟いた。
両手に重たい袋を持っていたので、少々肩と腕がしんどくなっている。
「買いすぎたかな……」
 リョーコから渡された二千円をフルに使って、ビニール袋いっぱいにジュースと菓子を買った。
その上コンビニの帰りに遠回りして公園の桜を見て行ったので、ちょっと疲れてしまった。
「ただいま、っと」
 鍵はかけていない。
よく知っている仲とは言え、家の中にいるのは他人ばかりなのだから、やや無用心とも言えなくもない。
ドアを開け、靴を脱ぎ、スリッパを履いて階段を上がる。
と、ここで。
「ん……?」
 自分の部屋の前まで来て、マサヒコは立ち止まった。
後は中に入って、花見という建前の食事会を再開するだけなのだが、スムーズに身体が動かない。
ドア越しに流れてくる、異様な空気がマサヒコに待ったをかけている。

「何だ、これ」
 理由はない、言ってみればただの直感である。
女五人に囲まれて、色々と理不尽な目にあってきた果てに身に着けたこのスキルだが、正味の話、得より損をしている。
いくら落とし穴の位置がわかっていても、結局はそこに向かって歩いていかねばならないのだ。
知っているが故に覚悟は出来るが、落ちることに変わりはない。
むしろ事前にわかってしまうことで、さらに気分がげんなりしてしまう。
「……またあのメガネが何かしてるな」
 息を整えると、マサヒコは袋を床に置き、ドアノブに手をかけた。
中に入れば、確実にツッコマなければならない事態が待っているだろう。
が、だからと言って回避は出来ない。
自分の部屋なのだ、自分が逃げてどうするというのか。
「戻った、ぞ!」
 度胸一発、マサヒコはドアを開けた。
そして。
「うわあー!」
 瞬間、何かに強引にタックルされ、後ろに押し倒された。
「な、何だあ!?」
 マサヒコにタックルをかました、それは。
「ミ、ミサキ?」
 幼馴染にして彼女の天野ミサキだった。
「マサひゃあん……」
「ミサキ、お前何を……ってうわっ、何だこの匂い、さ、酒か!?」
 朱に色づいたミサキの唇から漏れる、アルコールの香りが混じった熱い息がマサヒコの鼻を打つ。
「中村先生だな、またアイツがいらんこと……むうぅ!?」
 ミサキをのけて、リョーコに文句を言おうと思ったマサヒコだが、それは果たせなかった。
ミサキが勢いよく唇に吸い付いてきたからだ。
「む……は、むぶ、ぷはっ、ちょっ、待てミサキ! 落ち着けぇ!」
「ああんマサひゃあん、もっとぉ」
「もっと、じゃねーっ! 何考えてんだあ!」
「……みせちゅけるの」
「はっ!?」
「マサひゃんがわたひのらって、みんなにみせちゅけるんだからぁ!」
「だから、何を言ってるんだー!」
 キスはとっくに経験済み。
ミサキの方から求めてきたことも、何度もある。
しかし、それは常に二人っきり(当たり前だが)の時で、人前でしたことはない。
「ねえマサひゃあん……ちょうだいよぉう」
「えーい落ち着けー! ほら、あれだ! み、皆がいるだろーっ!」
「だからぁ……みんなにみせちゅけるんだってばあ」
「出来るかー!」
 マサヒコは何とかミサキを引き剥がし、起き上がった。
否、起き上がろうとした。
が、またしても別の何かに押し倒されてしまい、それが果たせない。
「ぐはっ! い、痛い、後頭部を打った……」
「小久保くぅん……」
「痛たた……って、今度は若田部か!」
 ミサキの次にマサヒコに圧し掛かってきたのは、若田部アヤナだった。
その顔にいつものようなきりっとした表情はない。
さっきのミサキに劣らないくらいに、緩みきっている。
「小久保君……私、私ね……」
「若田部、お前までまさか酒を」
「小久保君のことが……ねえ、小久保くぅん……」
「な、なっ」
「キス……して」
 アヤナはマサヒコの頬を両手で挟むと、目を閉じてゆっくりと顔を近づけていく。
「だーっ! ストップ若田部! お、お前も落ち着けー!」
「小久保君が望むなら、水着だって体操着だって、胸でだって……」
「お前も何を言ってるんだぁ!」
 頬にかかる手をどけると、マサヒコはアヤナを引き剥がした。
ミサキの時より少し梃子摺ったのは、アヤナが少しだけだがミサキより重たかったからであろう(おっぱい的に)。
「メガネー! またお前がぶはっ」
 的山リンコ、突撃。
三度、マサヒコ押し倒される。
女体のジェットストリームアタック、一般男性にとっては嬉しい状況も、
今のマサヒコにとってはただの地獄である。
「今度は的山かー!」
「わーい、小久保くーん♪」
「お前もか、お前も飲んでるのか!」
「ねえ、小久保君」
「な、何だよ!?」
「小さいけど、私のおっぱい吸ってみる?」
「……アホかー!」
 リンコの肩を掴むと、マサヒコは横にひょいとその軽い身体を置いた。
三人ともに突き飛ばしてどかさなかった辺りは、さすがに相手が女性だったからだろうか。
この窮地において出るこういう何気ない優しさが、
ミサキをはじめ女性陣を惹きつけるのだが、無論マサヒコ本人が自覚するところではない。
「でえい!」
 三人の二次攻撃をすんでのところでかわし、マサヒコは部屋の中へと突入した。
そして、言葉を一瞬失った。
「……濱中先生、何やってるんですか!」
 目の前では、濱中アイがスカートの中に手を入れて、まさに今ショーツを下ろそうとしていた。
「マサヒコ君……」
「は、はい!?」
「マサヒコ君に、花を見せてあげたくて……ヒック」
「何処に花があるって言うんですか!」
「だから、ここに」
「わーっ! わーっ! 脱ぐなー! 脱ぐんじゃねー!」
 アイの両腕を押さえ、強引に床に座らせることで、脱衣を未然に防ぐマサヒコ。
見事な手際である。
パニック寸前に陥りながらも、瞬時にこういう行動が出来る辺りは、やはり伊達ではない。
良くも悪しくも過去の経験と両親の血であろう。
「中村先生! 中村! メガネ!」
「何よう」
「お前だろ、お前がやったんだろこの状況!」
「さーて、何のことやら」
「トボケんじゃねー! あー、口車に乗って買い物に行かなけりゃ良かった!」
「ふん、もう遅いわよ」
 ポン、とリョーコは空になったビール缶を背中の後ろに放り捨てた。
最早策は成っている、マサヒコが収集をつけるにしても、簡単な話ではない。
リョーコからすれば、後はひたすら煽るだけである。
「じゃあ皆」
「おいっ、まだ何かやるつもりか!」
「花見の本番とゆきましょ、さあ、それぞれマサに満開の花びらを見せて―――」
「何の話だー!」 
「らめっ! マサひゃんにみせていいのはっ、わたしらけなんらからっ! ウィック」
「小久保くぅん、わ、私じゃダメなの? ……ねぇ……いいのよ? ヒック」
「うふふー、色んなところが桜色だよう小久保君」
「マサヒコ君なら、マサヒコ君なら……前も後ろも見せても、いいよ……?」
「よしゆけ、骨は拾ってやるから、皆ゆけ!」
「ゆけ、じゃねーっ!」
 脱ぎ始めたミサキとアイに布団を被せ、キスしようと迫ってきたアヤナとリンコに水を飲ませてなだめすかし、
煽りまくるリョーコにツッコミを入れ、マサヒコはひたすらこのドタバタを収めるべく奮闘した。
そしてそれは、リョーコを除く四人が飲み疲れ&暴れ疲れですいよすいよと寝てしまう一時間後まで続けられたのだった。

 ◆ ◆ ◆

「……勘弁してくれ、マジで」
 年度が変わり、四月二度目の日曜日。
小久保マサヒコ、濱中アイ、天野ミサキ、若田部アヤナ、的山リンコ、中村リョーコのいつもの面子は、花見に興じていた。
六人が集っていたのは、公園でもなければ河川敷でもない。
何処かの庭でもなければ山でもない。
彼らが居るのは、毎度の如くと言うべきか何と言うべきか。
「こんなに皆から慕われて、憎いね色男は」
 そう、マサヒコの部屋だった。
「何言ってやがる! 酒を飲ませてけしかけた張本人が!」
 マサヒコはヘタりこんだ。
目の前には、ミサキら四人が蕩けたような表情で眠っている。
そして散乱する空き缶と食べ物屑。
料理が全てひっくり返らなかったのは、リョーコが早い時点で部屋の隅へと退避させたから。
「まあまあマサ、ほれ一杯飲め」
「誰が飲むかよ……」
「なら、お茶かジュースにする?」
 リョーコはパチリとウインクを一つすると、ドアの方を指差した。
廊下には、マサヒコが買ってきた飲み物がまだそこに置かれているはずである。
「くそー……このメガネめ」
「いやー、楽しい花見の時間だったわ」
「……楽しくねーよ」
「桃色空間ならぬ、桜色空間だったわね」
 テレビ画面の映像は、何時の間に入れ替えられたのやら、また『全国お花見スポットBest1000』に戻っていた―――



 
  F  I  N

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