「なんでにゃにょよ〜う!」
何の前触れもなく、場末の居酒屋に女の怒声が響き渡った。
「アイドル事務所を舞台にした群像劇ぃぃぃ。ときにはスポ根で〜。ときにはギャグで〜。ちょっとHなハプニングなんかも交えつつぅぅ、最後にゃあ皆が一つになって成功を目指すぅぅぅ!!」
「ちょっと、止めなさいよ。ホラ、他のお客さんがビックリしてるわよ」
唐突に席から立ち上がって何事か叫び出した女性を、隣り合って呑んでいた相方とおぼしき小柄な女性が制止する。
だが、その制止も泥酔しきった女性の耳には届かないらしい。演説の声量は増していくばかりだ。
「同じじゃない! 同じじゃないのよぅ! 何が! 何が違うのさ!?」
「落ち着いて! ああもう…。呑みすぎよ…。仕方ないわね…」
周囲の視線が痛い。泥酔を覚まさせるためにも、いったん店の外へこの人を連れて退避するしかあるまい。
そう判断して小柄な女性が立ち上がるのと同時に、泥酔女性は勢いよくテーブルに突っ伏した。
それは、計ったとしか思えない見事なタイミングの交代劇だったという。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
絶叫の次は号泣。酔っ払いの定番コースである。
「それなのに! それなのに! 一方はメディアを問わない大ヒットを続けてぇぇぇ・・・」
「ちょっと、いい加減に…ッ!」
「一方は一年足らずで打ち切りぃぃぃぃ!!」
「!!」
相方を強く諌めるべくキツい台詞を発しかけた小柄な女性だが、『打ち切り』という単語を耳にした途端に俯いて黙り込んでしまった。
「なによ! なんなのよ『まこまこ』って!? それだったら『しほしほ』もあって然るべきじゃない!」
「………」
「不公平よ! 不公平だわ! この世には神も仏もないというの?」
「…人の一生は重荷を負ふて遠き道をゆくがごとし…。怒りは敵とおもへ…」
小柄な女性が哀しそうに呟いた言葉を聞きとがめ、泥酔女性は嘲るような視線を向けた。
「なによそれ。有名な狸の遺訓でしょ。でもね、人生の道って平坦ではないのよ」
「うん。今の私たちの人生は登り坂だと思うの。だから耐えきれば下り坂が…きっと…」
「キャハハハハハ! 馬っ鹿じゃないの〜?」
自らに言い聞かせるかのような希望論も、泥酔女性には嘲笑とともに一蹴されてしまう。
「山はね、登るよりも下るほうがキツイの。肉体的にも精神的にもね。頂上を目指して登っているうちは士気も高いけど、目標のない下山を延々と続けるってのは…もう…本当に惨めなものよ…」
先程までのハイテンションが嘘のように静かな調子となり、疲れと哀しみの混ざった声で泥酔女性はそう吐き捨てた。

「………」
小柄な女性は返す言葉もない。
「………」
「………」
しばし、居心地の悪い沈黙が続いた。
「それにホラ!」
やあやって、泥酔女性が努めて明るく喋り出す。間の悪さを振り払いたいのだろう。
「私たちってさ、頂上を目指す際に脛に傷を負ってるじゃん。だからさ〜、余計に重荷を背負うのがしんどいんだよね〜!」
「………」
「脛に傷があるから下山がキツイ。上手いこと言っちゃった? アハハハハ!」
自虐的な乾いた笑いが辺りに響く。
「…三本の矢ってさ…」
「うん?」
「たとえ束ねてても、劣化すると簡単に折れるんだね…」
「………」
「毛利元就はウソつきだ…」
「…さっきのアレといい、アンタって歴史マニアだったの?」
「そういうわけじゃないけどさ。頂上に辿り着けなかった人間は、過去の登頂者に羨望を抱いちゃうんだよね…」
そう呟く瞳には大粒の涙が光っている。
「ゴメン。こんなこと言っても何にもならないのにね。本当にバカだな、わたし…」
「…ユーリ…」
泣き崩れるユーリ困惑気味に見つめていた泥酔女性だったが、意を決したかのような表情になると、激しくテーブルを叩いて絶叫した。
「オヤジ!! ガンモ!! あるだけ持ってきて!! 超特急で!!」
「へ、へいっ!」
そうしておいて、なみなみと焼酎を注いだグラスをユーリへ押し付けた。
「さぁ、ユーリ!呑むのよ! 呑んで忘れてしまうのよ! 今夜だけでも!」
「シホ…」
「アタシら戦友の変わらぬ友情に…乾杯!」
「え…」
「ホラ、乾杯よ! かんぱぁぁぁぁぁぁい!!」
強引な展開に唖然としていたユーリだったが、シホの力強い笑顔につられるかのように微笑むと、自らのグラスをそっと差し出した。
「うん。乾杯…!」
「お客さん、ガンモお待ちどうさま!」
「うおお、こりゃ凄い量だな! ユーリ! 根性出していくわよ!」
「…うん!!」
こうして、ある一夜は更けていった。

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