「えへへ、バレンタインデーだね、お兄ちゃん!はい、チョコ!」
「シンジさん、私のチョコもどうぞ」
「はは、ありがとう。なんだか照れるね、こういうの」
舞台はいつもの城島家、思春期少女達の中心にいるのは、やはりシンジである。
「せせ、先輩!私を貰って下さい!」
「ありがとう、でもちょっと落ち着いてね?叶さん。『チョコ』が抜けてるから」
今日はカナミ、マナカ、アキ、ショーコ、カオルのレギュラーメンバーにプラスしてミホまで招かれているようだ。
「あはは、贅沢かも知れないけど、そろそろ義理チョコだけってのも卒業したいかな?」
「そんなこと言っちゃダメですよ、シンジさん!いくら本連載でも童貞を卒業できなかったからと言って」
「別にシンジさんはそんなこと一言も言ってないぞ、マナカ」
「…………え〜〜っと、じゃあせっかくだし、お茶でも」
「その前に、お兄ちゃん?私たちからのプレゼントを受け取って!」
「?あ、ああ、それはありがたく頂くけど、私"たち"って?」
「実は」
「私たち全員から」
「チョコ以外にもプレゼントがあるんです!」
「え?」
「へへへ〜〜、お兄ちゃんをね、癒してあげようかと思って。みんなと相談して、決めたんだ」
「???癒す?」
「最近私たちの間でホステスさんの漫画が流行ってるんだ。お兄ちゃんも私から借りて読んだでしょ?」
「ああ、ドラマ化もされた例の『嬢O』とかいう………」
「うん、でね!受験勉強で疲れてるお兄ちゃんを、みんなが交代でホステスさんになって、
おもてなしすることにしたんだ!」
「ホステスさんに、なって?」
「そうなんです。アキさんや金城さんも意外に乗り気で」
「だって、あのドラマ面白かったし」
「シンジさんにはお世話になってるしね。受験、頑張って欲しいとは思ってるから」
「私は先輩のためなら、なんでも!」
「と、言うわけで今日はクラブ思春期という設定で!もう隣の部屋にセッティングしてあるから!」
「せ、セッティングって?」
「ふふふ、シンジさん?じゃ〜〜〜〜ん」
「おお!って、君らここまで!」
アコーディオン式の仕切りを開けると―――そこには大ぶりのソファ、
少し暗めの照明、派手なテーブルクロスに彩られた丸テーブル、
そして乾きものに水割りを作るためのウィスキーとアイスペールまで用意してあった。
「どうですか?結構頑張ったつもりなんですけど」
「いや、でもお酒まではマズくないかい?」
「な〜〜に言ってるんですか!クリスマス会のときは、シャンパンを飲んでるシーンも本連載では」
「おっとマナカちゃん、それ以上は最近色々面倒だからストップだ」
「そんな訳で、今日は私たちがたっぷりおもてなししますから!ささ、どうぞ」
「ど、どうぞって………」
「ではまず最初は金城ちゃんから!」
「へ?」
「みんなでおもてなしも良いかとは思いますが、まずは一人ずつおもてなしということで。
では私たちは準備がありますので、シンジさんはしばらくお待ち下さい」
「………はぁ」
そして、部屋にはシンジだけが残された。

〜〜〜〜〜〜〜 カオルの場合 〜〜〜〜〜〜〜

「シンジさん、ど、どうぞ!」
カオルが現れるとソファに座っていたシンジの隣に腰掛け、ぎこちなく水割りを作って差し出した。
シンジもちょっと戸惑いつつ、グラスを受け取って口にする。
「悪いね、カオルちゃん。変なことに付き合わせて」
「い、いえ、良いんです、シンジさん」
§
「それじゃ、カオルちゃんも自分のを作って、とりあえず乾杯ってことで?」
「あ、はい!」
慌ててカオルが自分の分の水割りを作り、思いっきり勢いをつけてぶつけるようにグラスを合わせてきた。
ちょっと苦笑しつつ、シンジは水割りに口をつける。
「あ、準備って、化粧してきたんだ?カオルちゃん」
「あ、はは、はい!あの………似合って、ませんか?」
不安げにシンジを見つめるカオル。"準備"というのは化粧だけではなく、
服装も含めてのことらしく――ちょっと胸元のあいたスーツに短めのスカートとなかなかセクシーなもので、
さらに近寄ると、普段のカオルからはまず感じられない、ふわり、とした香水の薫りがしていた。
「はは、そんなことないよ。ショーコちゃんやカナミなんかは薄くしてたりするけど、
カオルちゃんって普段ほとんどスッピンだから見違えちゃってさ」
「う、うちの学校って結構校則が厳しいし、それにバスケ部だと汗かいちゃうんで、
メイクってあんまりしたことなくて。あの………やっぱり、変ですよね?」
「全然変じゃないよ。むしろ可愛いって。そういうカオルちゃんも」
「!や、やだ!お世辞言わないで下さい!」
「あははは、ゴメン、カオルちゃん、でもちょっと痛い」
「ああッ!すいません!」
照れ隠しにバンバン、とシンジの肩を叩きまくっていたカオルが我に返って慌てて謝る。
シンジは苦笑しながらそんなカオルを見つめていた。
「冗談とかお世辞とかじゃなくてさ、スタイルも良いし、素材が良いんだから、カオルちゃんは。
余計なお世話かも知れないけど、もうちょっとガーリーな感じの格好をしても」
「スタイルなんて、良くないです!私なんてガリガリだし貧乳だし!」
「でもさ、モデルさん体型じゃん?スラッとしてて背も高いし。
カオルちゃんは本気出せば結構化けるんじゃないかと思うんだけどな」
「もう!誉めても、なにも出ませんよ!」
恥ずかしがって顔を赤くしてしまうカオルと、からかい気味のシンジ。なかなか良い雰囲気になっていたりして。
「あはは、ゴメンゴメン。でも、うん、悪くないね、こういうのも」
「え?なにがですか?」
「ん、いや、最初は戸惑ったけど。カオルちゃんにもさ、カナミの馬鹿なアイデアに付き合わせて悪いな、
とか思ったりしたけど。なんだかカオルちゃんと話していると癒されるっていうか、楽しいなって思ってさ。
普段こんな風にふたりだけで話したりすることってあんまり無いけど、
カオルちゃんって結構面白いコなんだね?」
「!あ………あの………シンジさん?」
「なに?カオルちゃん?」
「えっと………あの………これからも、もう少しふたりで話したりすることが、あの、
できたら私も楽しいなって思うんです。こういう場だけじゃなくて」
「?うん、そうだね。たまにはふたりで話すのもいいかもね」
「そう、なんですけど………ええ、っと、その」
「?」
「カオルさん、カオルさん、1番テーブル終了です。はい、金城ちゃん、交代だよ〜〜ん♪」
用意されていた(らしい)スピーカーからカナミの声がして、カオルが固まる。
「う………」
「あ、もう終わり?」
「そうみたいですね………それじゃ、シンジさんありがとうございました。本当に、受験頑張って下さい!」
「う、うん。俺も楽しかったよ、カオルちゃん」
残念そうな、それでいてホッとしたような表情をして、カオルが席を立つ。そして。

〜〜〜〜〜〜〜 ショーコの場合 〜〜〜〜〜〜〜

「はい、シンジさん。どうも毎日受験勉強お疲れ様です」
「ありがとう、ショーコちゃん」
「それじゃ私もちょっと頂きますね?うふ、じゃ、乾杯ということで」
「うん、じゃ、乾杯」
「かんぱい」
ちん、とグラスを合わせるふたり。グラスを持ち上げるとこくっ、こくっとショーコが水割りを喉に通す。
§
シンジも同じく、水割りをゆっくり飲みほしていく。
「どうです?ちょっと薄目にお作りしたんですけど、もう少し濃いめの方が良いですか?」
「ん、大丈夫だよ。でもなんだかハマってるね、ショーコちゃん」
「ふふ、一度こういうのやってみたかったんですよね」
先ほどのカオルはやはり身のこなし等で少々無理があったが、
ショーコのホステス役はシンジの言葉通りハマり役と言って良く―――
グロスを薄く引いた程度のナチュラルなメイクにロングの髪を軽く後ろに纏め、
オフホワイトのワンピースの胸元には小振りのアクセサリー、そして大胆にスリットの入ったシフォンスカート
というファッションは元々大人っぽい彼女の魅力を更に引き立てていた。
「はは、コレ言ったらカレシさんに怒られるかもだけど、ショーコちゃんなら売れっ子になりそうだよね。
聞き上手だし、美人だし、なんだか男のツボを全部把握してそうだし」
「うふふ、そんな風に見えます?でもウチの彼氏も最近淡泊なんですよね………
シンジさんに質問ですけど、長年付き合うと男ってやっぱり飽きるものですか?」
「そう言われてもねえ。情けない話だけど俺、女の子と付き合ったことないし」
「うふ、童貞さんですし?」
「う………それ言われるとちょっとへコむ」
「ふふッ、すいません。でもどうしてなんですか?」
「?なにが?」
「シンジさんって結構カッコイイし、優しいし、モテそうじゃないですか?
それなのになんで女の子と付き合ったことないのかな〜〜〜って」
「慰めてくれてるなら、ありがとう。でも俺、全然モテてなんかないよ?」
「鈍いですねえ。さっきの金城もですけど、マナカもミホもアキもシンジさんに好意を持ってると思いますよ?
それに噂だと同じクラスの今岡先輩とも仲良いんでしょ?」
「う〜〜ん、カオルちゃんはウブなだけじゃない?それにマナカちゃんや叶さんは、
俺をからかってるだけのような気がするし、矢野ちゃんとは仲が良いけどなんだか友達っつ〜か。
今岡の場合は、外見はともかく、その、問題は腕力というか暴力というか………」
なぜか話している内に落ち込むシンジを少し不思議そうに見た後、
ショーコが水割りの追加を作ってスティックでグラスを掻き回しながらシンジに手渡す。
「なんだか聞いてると、ちょっと贅沢ですよ?シンジさん、そういうのって」
「贅沢………って、そうかな?」
「このコとなら良いかな、って思ったところで付き合わないと、男と女なんて永久にすれ違いですよ。
もしかしてシンジさんって恋愛に臆病なんですか?」
「ん〜〜〜?どうだろう。そうだね、今の良い関係が壊れるくらいなら、
友達のままでとか思っちゃうところはあるかもしれないけど」
「そっか〜〜〜、結構シンジさんって少女漫画キャラだったりするんですね?」
「し、少女漫画キャラって」
「でもそういう風に誰も傷つけたくないし、自分も傷つきたくないってのはちょっと狡いかな?
ねえ………どうですか?シンジさん」
「ど、どうって?」
「恋愛力をつけるために、ちょっとだけ私と火遊びしてみませんか?
最近彼氏も寝取られに興味持ってるみたいだし」
「え?わ、わわ!ちょっと、ショーコちゃん?」
突然細くしなやかなショーコの指先が膝を撫でまわしてきて、思わず声をあげてしまうシンジだが、
(しッ………)
もう一方の指先を唇の前に立てると、悪戯っぽく彼女は微笑む。
その薄紅色に濡れた唇を、ただ吸いこまれるようにシンジは見ていた。
「ショーコさん、ショーコさん、1番テーブル終了です。はい、ショーコちゃん、交代だよ〜〜ん♪」
「あ〜〜ん、もう?」
「あ、お、終わりみたいだね、どうもありがとう、ショーコちゃん。
あ、あははは、最後にサービスされちゃったから追加料金かな?」
「うふ………そうですね。追加料金は、あとでカラダで払ってもらえば良いですよ?」
「へ?」
「うふ。だからさっきのは冗談でもサービスでもないってことですよ。
それじゃ、またよろしくお願いしますね、シンジさん?」
妖艶な笑みを残し、ショーコが去っていく。癒されるよりは、どっと疲れてしまうシンジだったが。
§
〜〜〜〜〜〜〜 マナカの場合 〜〜〜〜〜〜〜

「どうぞ、シンジさん」
「あ、ありがとう、マナカちゃん、じゃ、乾杯ってことで」
「はい、乾杯」
続いて登場してきたマナカと、本日何杯目かの水割りで乾杯をするシンジだが、
気になるのはマナカの表情が微妙に怒気をはらんでいるかのように見えるところで。
「あの………マナカちゃん、やっぱり嫌だった?こういうの?」
「別に、こういうのは嫌じゃありません」
「でも、なんかずっと怒ってるっぽくない?これって例のツンデレとかそういうの?」
「そんなのじゃありません。さっき、ショーコさんと随分楽しそうでしたよね、シンジさん」
「み、見てたの?それはさ、ショーコちゃんって聞き上手っていうか、話を引き出すのが上手いって言うか」
「やっぱり彼氏がいると、人の話を聞く余裕ができるんですかね」
「ん?まあ、そういうのはあるんじゃない?」
「シンジさんは………もっと、話したいことは、ないですか?」
「へ?」
「私にも、いっぱい話して下さい、シンジさんのこと。ショーコさんにしたみたいに、話して下さい。
私も、シンジさんのこと、知りたいんです。今より、もっと」
「あのさあ、マナカちゃん?酔ってないよね?」
少しだけ赤く頬を染め、じっと大きな瞳で見つめてくるマナカ。
その視線の強さにややたじろぎつつ、シンジはその矛先を変えようと試みるが、
「酔ってて悪いんですか?酔わせたのは、誰なんですか?」
そんな彼の言葉に反発するように、ぐび、とちょっとオッサンっぽくグラスの水割りを飲みほして、
マナカは吐き出すように言うのであった。
(うわ、タチわり〜〜〜。そういや、クリスマスのときもマナカちゃんって結構絡み酒だったし)
ますます腰の引けるシンジだが、そんな彼の心の内など頓着せず、マナカが迫る。
「本編もあっさり終了してしまったことですし、今だから言えますが、本当のところ、どうだったんですか?
連載終盤は散々私ルートでフラグが立っていたというのに!」
「え〜〜〜っと、それはまあ、おいといて。だいたいマナカちゃんはそう言うけど、
俺も結構マナカちゃんにそれっぽく言ったりしてたけど下ネタで返されて終了だったじゃん」
「花火を見ていたときですか?あ、あれはみんなのいる前でシンジさんが言ったりするから!
ふたりっきりのときに言ってくれれば、私だって!」
「ま、まあ、そのふたりっきりのときってのがそうそうないんだけどね、俺らの場合」
「………私たち」
「え?」
「私とシンジさん、いつもこんな感じですよね。距離的には近いのに、心は遠い……
でも、私は、もうこのままじゃ、嫌なんです」
「ま、マナカちゃん?」
マナカがぐっと距離をつめてきた。驚くシンジだが、酔いからなのか恥ずかしさからなのか、
赤い顔のままのマナカは、なおも強引にからだを近づけてきて。
「小さい頃からの幼馴染みで、別れて、やっと会えたのに。私たちは、ずっとこんな関係のままなんですか?
はっきりさせて下さい!」
「あの、マナカちゃん、こういうのは、俺たちらしくないっていうか、その」
「私たちらしくってなんですか?私は、シンジさんさえ良かったら、いつでも」
「ちょ、ちょっとマナカちゃん?」
抱きつくように密着すると、マナカはシンジの着ていたカーディガンの胸元に小さな光るものを滑り込ませる。
「え………マナカちゃん、コレって?」
「貞操帯の、鍵です。前に渡したときは、ボケ扱いで終わっちゃいましたけど………私、本当は」
「マナカさん、マナカさん、1番テーブル終了です。はい、マナカちゃん、交代だよ〜〜ん♪」
「あ………」
「じ、時間きちゃったね」
「う〜〜、シンジさん?この続きは、またじっくりお願いしますよ?」
「つ、続きって」
それ以上はなにも言わず、怒ったような、恥ずかしがるような顔のまま、マナカが退出する。
癒されるどころか、またもどっと疲れるシンジだったが。
§
〜〜〜〜〜〜〜 アキの場合 〜〜〜〜〜〜〜

「はい、どうもお疲れ様です、シンジさん」
「あ、ありがとう、矢野ちゃん。あの、できたら薄目に作ってもらえると」
「あは、分ってますよ。シンジさん、なんだか悪酔いしたって感じの顔になってますよ?」
「うん………ま、それは良いんだけどね。じゃ、乾杯」
「カンパイ!」
本日四度目の乾杯でアキとグラスを合わせるシンジ。
「でも本当に大丈夫ですか?シンジさん、なんだか疲れてるみたいだし」
「ん、いや、大丈夫。そんなに疲れてるわけでも………でもさ、矢野ちゃん?
これじゃ本当にスナックとかでホステスさんに愚痴を言って癒されてるサラリーマンっぽくない?」
「あはは、そうですね。だってシンジさん、ちょっと参ってる感じだから。ね?元気出して下さいよ」
ショーコ・マナカとややヘヴィーな流れが続いたが、アキはさすがにシンジのツボを心得ているようで、
明るく励ましてきてくれた。彼女の笑顔に、つい気の緩むシンジであった。
「はは、なんか矢野ちゃんに言われるとその気になっちゃうな。
うん、そうだよね、元気出さんと。ってことで、おかわり!」
「はい、元気とおかわり一丁!」
ニコニコと笑顔のアキに乗せられるように、シンジも笑顔になってグラスを飲みほす。
このあたり、さすがにこのふたりは息が合っている。
「話は変わりますけど、シンジさんは県外の大学を受けるんですか?」
「うん、ダメモトで一応県内の国立も受けるけど、東京の私立も何校か受けるつもりだよ」
「そうか〜〜〜じゃ、4月になったらこの家にいないかもしれないんですね。
でもカナミのこと、心配なんじゃないですか?」
「いや〜〜、アイツはそれなりにしっかりしてるしね。春になったら両親も帰ってくる予定だし」
「あ、そうなんですか?確かにカナミはしっかりしてるけど……でも、絶対寂しがりますよ、あの子」
「そうかな?カナミってアッサリ割り切っちゃうところもあるから、案外平気なんじゃない?」
「ふふ、どうですかね〜〜〜。あの子、シンジさんが思う以上にブラコンなのかもしれませんよ?
泣かれちゃったりしたら、どうします?」
「そりゃ俺だって少しは辛いけど、いくら兄妹だってずっと一緒ってわけにもいかないんだしさ」
「ふぅ〜〜〜ん。新発見でした。結構冷めてるんですね、シンジさんって」
「冷めてるって……そうかな?普通だと思うけど」
「でも、シンジさんは寂しくないんですか?」
「ま、16年間一緒にいたわけだし、寂しくないって言ったら嘘だけど。でも」
「カナミのことだけじゃなくて、この町から離れることもですよ。もう、未練はないですか?」
「未練って言われると………そりゃ、生まれ育った町だからね。でも外国に行くって訳でもないんだし」
「…………私に、未練はありませんか?」
「え?」
「今、結構勇気出して言ったつもりなんですけど。私は、寂しいですよ。この町からシンジさんがいなくなると」
「は、はは、ツッコミ役がひとりになるから?」
「シンジさん?」
いきなり変わった空気を冗談めかしてやりすごそうとしたシンジだったが―――アキが、じっと見つめてきて。
「な、なに?矢野ちゃん」
「一応………私も女の子なんですけど」
「?あの、矢野ちゃん、それは」
「でも、今日はここまでにしておきます」
「???」
「受験の前にプレッシャーをかけたくありませんからね。今日は、ここまでです!
ただ、シンジさん?女の子の方にばっかり言わせるのは、ちょっと卑怯ですよ。
答えは受験が終わってからでいいですから。シンジさんの気持ちも、聞かせて下さいね?」
「えっと………ゴメン、矢野ちゃん」
「ふふ、許して、あげます。だからシンジさん?受験頑張って下さいね?」
「う、うん。なんか、すげえ励まされた。俺、頑張るよ!」
「アキさん、アキさん、1番テーブル終了です。はい、アキちゃん、交代だよ〜〜ん♪」
「ふふ、ちょうどお仕舞いみたいですね。それじゃ、シンジさん」
「う、うん。ありがとう、矢野ちゃん」
§
〜〜〜〜〜〜〜 ミホの場合 〜〜〜〜〜〜〜

「では、か、乾杯をお願いします!」
「うん。じゃ乾杯、叶さん」
「乾杯!」
早くもテンパり始めているミホだが、シンジはのんびりと彼女の作ったちょっと濃いめの水割りを口に含む。
「あの、先輩?私、おつまみ用にチョコレートを作ってきましたので、どうぞ」
「ありがとう。そろそろちょっと甘いのが食べたくなってきてたんだ。美味しそうだね………
って、叶さん、また鼻血!」
「う゛………う、すいません、先輩」
いつも通りの流れで鼻血を流すミホに慣れた手つきでティッシュを手渡すシンジ。
「本当に大丈夫?叶さんって鼻、弱いんだね?」
「あの、弱いのは鼻じゃ、ないんですけど……とにかく、すいません」
すぐに鼻血が収まったらしいミホを苦笑しながら見た後、シンジはミホのミニチョコを指先で摘む。
「ははは、良いんだけどね。じゃ、一個頂くね。ん、美味しいよ」
「あ、ありがとうございます、先輩!」
「いや、お世辞抜きで美味しいから。お菓子とか作るの上手なんだね、叶さん」
「は、はい!でもカナミちゃんに比べたら全然ですけど」
「アイツは家庭料理なら確かに主婦並だけどね。お菓子とかはどうだろ?」
「あの………先輩、ところで。高校を卒業したら、この町を出るんですか?」
「え?ああ、矢野ちゃんに聞いたの?あはは、大学に合格すれば、っていう条件付きだけどね」
「私、先輩の合格をお祈りしてますけど………でも、本当は、嫌です」
「え?」
意を決したようにミホが自分の杯を勢いよく空けると、ぷはあ、と息を吐き出した。
そしてピンク色の頬をした彼女は、シンジに接近してきて、大きな瞳を潤ませながら、言う。
「先輩がいなくなるの、嫌です。私、ずっと先輩のこと、好きでした。だから、連れて行ってくれませんか?」
「つ、連れてくって」
「私、先輩のためなら高校もやめます。身の回りのことでもなんでもさせてほしいんです。
あの………それで、将来結婚してくれたら、嬉しいんですけど」
「それって、同棲ってこと?」
無言でミホが、こくり、と頷く。彼女の視線を見る限りそれは完全に真剣なものとしか思えず、
シンジは慌てて制止する。
「ちょ、ちょっと待ってよ。俺、今はまだそこまで考えらんないって。
それに叶さんって成績良いっていう話だし、そんな一時の思いこみで決めちゃわないで、キチンと考えて」
「考えてます。私、ずっと先輩のことを、考えていますから」
さらにずい、と近づいてくると、ミホはシンジの肩に頭を預けて。
「高校に入った頃から、ずっと見てました。いつかは………こんな風に先輩の、
隣にいられるようになれたら良いなって私、思ってました。先輩、私」
そしてミホがシンジを見上げて―――ゆっくり、目を閉じると、ぷっくりとした唇を突きだしてきて。
(え?えええ??)
いきなりストレートド直球の告白に戸惑うシンジだったが、
こうして見ればミホも十分以上に扇情的で可憐な美少女の訳で。
「良いです………私、先輩のためなら、なにもかも。だから………」
「ミホさん、ミホさん、1番テーブル終了です。はい、ミホちゃん、交代だよ〜〜ん♪」
「!終わりみたいだね、叶さん」
「く………先輩、でも私、本気ですから。あの、答えはいつでも良いです!私、待ってますから!」
「あ、う、うん」
ギリギリで時間に救われたシンジが一瞬だけ油断した、その瞬間。頬に、柔らかい感触が。
"ちゅッ"
「へ?ええ?か、叶さん?」
「おまじないです」
「おまじ、ない?」
「先輩が、合格しますように。私の恋が、上手くいきますように。それじゃ受験、頑張って下さいね、先輩!」
「う、うん……」
ふわり、とした笑顔を残してミホが部屋を去る。一人残されたシンジだったが―――
§
〜〜〜〜〜〜〜 カナミの場合 〜〜〜〜〜〜〜

「えへへ、お兄ちゃん、はいどうぞ!」
「ありがとう、カナミ。でもな、今日は嬉しかったけど、正直癒されるというより疲れたぞ」
言葉通りちょっとぐったりとした様子で、カナミからグラスを受け取りながらシンジが愚痴をこぼす。
「え〜〜〜、あんな可愛い女の子達に囲まれて?」
「いや、だけどな。て言うか、お前ら絶対仕組んでただろ?みんな様子が変だったし、いくらなんでも話が」
「??仕組んでたって、何が?」
「まあ良いけどさ。いや、良くはないんだけど。あんまり変なことをみんなに吹き込むなよな」
「??なんかあったの?そんな大変だった?」
「?あれ?もしかして、仕込みとかドッキリとか無かったのか?今回」
「うん。みんなにお兄ちゃんを癒してあげてってお願いしただけで、打合せとかは全然してないよ?」
「てことは…………あれみんな、マジだったのか?うへ」
更に落ち込むシンジだが、カナミはまたいつもの笑顔に戻ってグラスを寄せてきた。
「それよりお兄ちゃん?まだ乾杯してないよ。はい!」
「あ、そうだな……じゃ、乾杯」
ちん、と軽くグラスを合わせ、口をつけるふたり。妙に嬉しそうにカナミがくいッ、くいッと水割りを飲んでいく。
「それでどうですか?受験勉強の方は」
「ん?ま、それなりだよ。ここまできたら、開き直るしかないし」
「やっぱり東京の神宮大学とか童夢大学とかも受けるんだよね?」
「千葉の幕張大や埼玉の所沢大も受けるけどな。ま、頑張るさ」
「それでさ〜〜〜、4月からのことなんだけど、私も連れてってくれない?」
「…………は?何言ってるんだ、お前?だって父さんと母さんも帰ってくるんだし」
「まだお兄ちゃんには言ってなかったけど、やっぱり海外赴任、延期になりそうなんだって。
こんな物騒なのに、私ひとりはやっぱり怖いじゃない?だから、ね?」
「いや、ちょっと待て!今いきなり言われてもそれ」
「それに、やっぱり一人は寂しいし。ね〜〜〜お兄ちゃん、一緒連れてってよ〜〜〜」
「あ、あのなあ。それじゃ地元の国立受かるよう、頑張るしかねーじゃんか。
センター悪くなかったから良いようなものの………はぁぁ、今さらそんなこと言われても、ウチの親は全く」
「あ、一応私のこと、心配はしてくれてるんだ?」
「心配してないなんて、一言もいってないだろ。お前を一人で残すのは、そりゃ」
「えへへ、ありがとう!大好きだよ、お兄ちゃん!」
にっこりと笑うと、いきなりカナミが抱きついてきた。驚くシンジだったが。
「お、おいカナミ!お前、なにを」
「やっぱり私、一緒にいたいもん。一緒じゃないと、ヤだ。お兄ちゃんと一緒に、いたい………」
「………カナミ?」
胸のところに、カナミの頭があった。そして、そこが温かく湿ってきていることに、気づいて―――
「………どうして兄妹なんだろうね、私たち。兄妹だと、いつかは別れなくちゃいけないっていうのに。
一番近くて、一番大切なお兄ちゃんと、別れるの、イヤだ。イヤだよ、私」
「カナミ…………」
顔を見せようとしないカナミの髪を、シンジは優しく撫でていた。
冗談を言うときの、妹の口調ではないことを察していたから。
「頑張るよ、カナミ。お前の側にいられるように。お前を、寂しくさせないように。
俺にできることは、全部するから。俺にとってもお前は大切な妹だからさ。うん、頑張るよ」
「お兄ちゃん………いなくなっちゃ、イヤだよ?」
ようやく顔を上げると―――カナミはやはり、本気で泣いていた。
それは、シンジが小さい頃からいつも慰めていた妹の泣き顔で。
「馬鹿。俺がお前を一人にするわけないだろ。だから泣くなって」
「えへへ………うん、ありがとう、お兄ちゃん」
にっこりと、カナミが微笑んで。仕方がない、という風にシンジも微笑んで。そのとき。
「カナミさん、カナミさん、1番テーブル終了です。はい、カナミちゃん、交代ですよ!!」
「えええ〜〜〜、もう?」
「ホラ、カナミ。終わりみたいだから。ま、今日は色々ありがとうな。
ちょい疲れたけど、みんなの気持ちは嬉しかったよ。マジで頑張らねーとな、って気分になったし」
「うん…………ねえ、おにいちゃん?」
§
「ん?なんだ、カナミ」
「あのね、お兄ちゃん。私ね、私…………」
「??」
なにかを言おうとして―――なにも言えずにいるカナミだったが。
「はい、終わりですって、カナミちゃん!」
「もう、カナミ、狡いよ!時間思いっきりオーバーじゃん!!!」
「うわ〜〜ん、みんな邪魔!せっかく良いところだったのに!」
メンバーが乱入してきて、そこはいつもの思春期劇場になってしまうのであった。
(ま、これがお似合いだよな、俺らの場合。て言うか、マジでなんだかなあ………)
苦笑しながらも、ホッと安心するシンジであった――――

END

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