春、それは別れの季節。
 春、それは出会いの季節。
 桜のその薄いピンクの花びらは、寂しさと嬉しさを共に映し、そして散っていく。
 春は回る。
 街を、人を、世界を染めて。

 ◆ ◆ ◆

「と、言う訳なんだが」
「何がですか」
 窓に背を向けて立つ天草シノに、津田タカトシはツッコんだ。
「いや、だからそういう訳なんだ」
「意味わかんないです」
 窓から差し込む光は、外で風に舞う桜の色を透かし、シノに降り注ぐ。
桃色の光を纏うシノは、幻想的にすら見える。
「鈍いなあ、津田君」
 横合いから、七条アリアが口を挟む。
「どういうことです、七条先輩?」
「春が来て、シノちゃんの女の部分が色々なモノを欲しているということなのよ」
「萩村、意訳してくれ」
「えーと、乙女心が溢れてきてる、ってところにしときなさい」
 タカトシに振られた萩村スズは、ソツの無い答えを返す。
 私立桜才学園は今、春休みの真っ盛りである。
まあ、桜才だけではなく他の学校も間違いなく春休みではあるのだが。
 で、春休みが明けると新しい学期が始まる。
生徒会は入学式の準備の為、何だかんだで忙しいというわけだ。
「本来なら我々も学年が一つ上がるわけだが」
「というか卒業ですよね、会長達」
「そうはならないけどね」
「うむ。サ○エさん時空であることを改めて噛み締めているところだ」
 ぶっちゃけ、サザ○さん時空な物語だと、春の話が一番作りにくい。
迂闊に卒業やら入学やらを絡ませられないからだ。
本編でそれらの行事の匂いがすると、すなわち終了フラグに他ならない。
 まあ、メタな話は置いておこう。
「こう、何だな。陽気に誘われて、ムラムラとしてくるというかだな」
「春じゃなくたって会長はいつもムラムラしてませんか」
「失礼な、横島先生じゃあるまいし」
 ムラムラの部分にツッコまない辺り、タカトシの諦観ぶりが伝わってくる。
「でも実際そうだよ。津田君はムラムラしないの?」
「どう答えろってんです?」
「違うぞアリア、津田はさら先を進んで、シコシコとだな」
「もう好き勝手言ってて下さい」
 タカトシとしては、別にムラムラもシコシコも関係ない。
普段通りに生徒会の役員の活動をするだけである。
その活動のほぼ半分がシノとアリアへのツッコミなのだが。


「ま、春だから浮つくのはわからないでもないですけど」
「ほう、やはりシコシコと」
「そーいうことじゃねーよ」
 タカトシのツッコミがタメ口調になる時、それはかなり場の下ネタ度が上がってきている印である。
「コトミも何だかフワフワしっぱなしで……。口を開けば厨二病的なことばかり言ってるし」
「コトミちゃんは年中厨二病でしょ」
「それは……まあそうなんだけど」
 スズのツッコミもたいがい酷いが、それを肯定するタカトシもやはり酷い。
コトミが厨二病過ぎるのは事実ではあるが。
「だいたいどういうことを言っているか想像出来るぞ」
「本当ですか、会長?」
「うむ。『春、それは別れの季節。春、それは出会いの季節。桜の花が散る時、私の心も散るのだ』とかなんとか」
「『そして私の純潔も儚く散る』だね、シノちゃん」
「さすがにそこまで言わねーよ」
 それに近いことは言ったが、とまでは口にしないタカトシである。
「『私は出会った、新しい自分に。まさか自分の中にもう一人の自分がいるとは思わなかった』」
「『今までの私は仮面だったと思い知ったのだった。本当の私は強欲で、淫らで、はしたない人間だったのだ』」
「うぉい、何だか間違った方向に転がってってるぞ」
「いつものことでしょ」
 シノとアリアが暴走を始めたら、容易なことでは止まらない。
というか、常に暴走していると言っても過言ではないのだが。
「『庭の桜が咲いた日、私は散った。薄い桃色の花びらを深紅に染めて』」
「『そう、私は兄に、実の兄に犯されたのだ』」
「コラコラコラ、何言いだしてんだアンタらは」
「『だがそれは私が望んだことでもあったのだ。漆黒の闇を一筋の光が照らすが如く』」
「『私の歴史のページに重い文字が刻まれる。近親相姦、それは禁断の果実、甘くて苦い神の罠』」
「もう厨二病関係ねーな」
「ポエムでもないわね」
「『私は散った、そして咲く。今日からの私は毒々しくも鮮やかな花弁を開く花になるのだ』」
「『兄の全てを取り込み、そして孕む。猛りつつも苦しさを抱えた果実を実らせるために』」
「さーて、そろそろ本気で止めていいですかね」
 もう少ししたら、風紀委員の五十嵐カエデ、新聞部の畑ランコが入学式の打ち合わせにやってくる。
彼達女にこの会話を聞かれると色々とヤヤコシイことになる。
両極端な意味で。
「『銀の杯に注がれたのは葡萄酒か、それとも私の破瓜の血か。時計盤にそれを垂らして、時の流れを止めてしまいたい』」
「『遡ることも、進めることも出来やしない。それが私に科せられた枷。私がどれだけ足掻こうとも、所詮シーシュポスの岩なのだ』」
「津田ー、任せるわ」
「任せられた」

 春は回る。
 街を、人を、世界を染めて。
 変わらない時を染めて。


 F I N

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