クリスマス、それは恋人たちの日。
独り身の者からすれば甚だ腹立たしいことだが、これは悲しいことに事実である。
とある女性雑誌が「初体験はいつか(この“いつか”は何歳かではなく、日月のこと)」なる題でアンケートを取ったところ、
クリスマス、及びクリスマス・イブは夏休みとゴールデンウィークに続いて三位であったという。
聖夜ではなく性夜かと下手な駄洒落のひとつも言いたくなるが、
まあそれはそれとして、ここにも実にラブラブな恋人が一組存在する。
男は津田タカトシ、18歳、桜才学園高校三年生。
女は天草シノ、20歳、東栄大学二年生。
同じ高校の先輩後輩の間柄だった二人だが、シノが生徒会の会長を務めることになった三年生時、
少子化のあおりを受けて女子高だった桜才学園は共学に踏み切り、その一発目の男子入学生がタカトシの代だった。
紆余曲折、という程複雑な事情があったわけではないが、タカトシは生徒会に入り副会長に就き、
一年間、シノの側で生徒会の仕事を色々とこなすことになった。
さて、タカトシに年上キラーの素質があったのか、それともシノが年下に弱かったのか。
その辺りは未だハッキリとしていないが、シノが桜才学園を卒業する際、
彼女の方から声をかけ、タカトシと恋愛関係になったという次第だ。

「津田、もそっと近くによれ」
「あんまりくっつくと苦しいですよ」
「何だ君は、苦しいという理由だけで恋人の身体に触れないつもりか?」
「……極端すぎますよ」
 いつもの“天草節”にツッコミを入れるタカトシ。
生徒会時代からシノのマイペースぶりにはかなり手を焼いたタカトシだが、
ライトなM体質の彼は、口ではツッコミを入れつつも、実はそれほど嫌でもなかったらしい。
性癖の良い悪いの問題ではなく、そういう人間だったということだ。
その意味では、シノのような“デキるがちょっと偏ってる”女性にはぴったりのタイプだったと言えるだろう。
「これからもっとくっつくことになるんだぞ?」
「そういうストレートな物言いは慎んでもらえませんか」
「事実を言っているだけだ。婉曲な表現や余計な言葉はこういうとき無粋だろう」
「はっきり言う方がこういうときは無粋だと思います」
 シノは東栄大学に合格した後、大学近くのマンションで一人暮らしを始めた。
それ程実家が離れていたわけではないのだが、「独立独歩の良い機会である」と主張し、堂々と家を出たのだ。
実際のところシノは家事万能で品行方正、無駄遣いをしない性質なので、
ぶっちゃけアメリカに留学しようが何処に行こうが、立派にやっていけるだけの能力は持ち合わせていた。
「ところで津田」
「何ですか」
「何時頃がいい」
「……何がですか」
「睦み事だ」
「だからハッキリ言わないで下さいよ!」
 独立精神はともかく、シノのマンションが自然二人の『愛の巣』になるまではそれ程時間がかからなかったわけだが、
さて、これを計算に入れてシノが一人暮らしを始めたのかまではわからないタカトシだった。
「……津田は、その、したくないのか? 今日」
「いや、だからですね」
「私は、その……前回のデートから結構日時があいてるから、ええと」
 シノは頬を染めて俯いた。
美人が恥じらう、というのは何とも凄まじい破壊力があるもので、
こうなるとライトM体質なタカトシは何も反論出来なくなってしまう。
「うう、それはその、俺はですね、ええと」

 クリスマスケーキを食べた後、二人で肩を並べて炬燵に足を突っ込んで(なお炬燵は小さい物なのでかなり窮屈)、
テレビ番組なんぞを見ていたのだが、前振りでも触れたように、聖なる夜は性なる夜でもあるわけで。
付き合い始めてからかなり早い段階で男女の垣根を越えた二人にしてみれば、
今更何を照れるの戸惑うのもないわけだが、スムーズにヤルところまで進まないのは、
何ともシノとタカトシらしいと言えばらしかった。
「そりゃ、俺だってですね、えー、えーと」
 タカトシも男である。
セックスしたいかしたくないかと聞かれれば、そりゃあしたいと答えるだろう。
だが今日はクリスマス、しかも恋人と初めて迎えるクリスマスの日なのだ。
もう少し、ロマンチックに事を運んで相手をうっとりさせたいと思うのは、
背伸びではあるにしても、男としては間違っていない。
「ああっ、もう!」
「な、何だ、む、く……」
 タカトシは大きく両腕を開くと、シノをガバリと抱きしめて絨毯の上に押し倒し、次いで唇を塞いだ。
そしてその格好のまま数十秒、シノとキスを交わす。
「ぷ、はっ……わかりました、俺、抱きたいです。会長を」
「ふぅ……っ、や、やっぱりだな、津田は」
「何ですか」
「エロいな」
「それはないでしょう、それは……」
 シノの方から言い出したのに、と心の中で突っ込みつつ、
タカトシはシノのセーターの下に手を潜り込ませた。
指の行く先にあるのは、シノの慎ましやかな大きさの二つの胸の脹らみだ。
「な、ちょ、ちょっと待て津田!」
「な、何ですか」
「お前、こ、ここでするつもりか?」
「へ?」
 二人とも下半身を炬燵に突っ込んだままで絨毯の上。
やろうと思えば出来ないことはないが、多少身体に無理が行く可能性もある。
「……じゃあ、ベッドに行きますか? あ、シャワーも浴びましょうか」
「何だ、意気地なし。てっきり勢いに任せて暴走するのかとばかり」
「どっちが良いって言うんですか、まったく……」
 こういったチグハグで妙なペースの会話のラリーも、二人の特徴とも言えるだろうか。
原因の大半はシノの性格にあるわけだが、それを真正面から受け止めるタカトシもタカトシではある。
「じゃあ、そこで」
「え? あ、きゃあ!」
 炬燵から出るとタカトシはシノを抱え上げ、すぐ後ろにあったソファーに移動した。
そのソファーは、物にあまりお金をかけないシノにして、唯一の贅沢品だった。
外国製の、柔らかかつしっかりとした造りの革製のもので、お値段は諭吉が十枚程。
一人暮らしを始める際に、溜めた貯金を使って買い求めたのだが、
高校時代に深夜の高額通販番組で目にして以来、一目惚れと言うかずっと欲しかったものなのだった。
「ソファーか……やはり君はエロ助だな」
「ああもう、何とでも言って下さい」
 苦笑いしつつ、タカトシは上着を脱いだ。
暖房が効いているとはいえ、やはり季節は冬、少しばかりの寒さをタカトシは感じた。

「む……」
 タカトシの露わになった上半身に目をやって、シノは恥ずかしげに目を細めた。
筋肉質というわけではないが、少年の頃から野球とサッカーで鍛えられたタカトシの身体は、
すっとひきしまっており、みずみずしさと逞しさを感じさせるものだった。
「会長……」
「津田……」
 シノは手をそっと伸ばし、タカトシの首を抱え込んだ。
タカトシもそれに導かれるまま、身体をシノの上に重ねていく。
「ん……」
「あ、んん」
 今日二度目のキスを、二人は交わした。
そしてタカトシは、今度こそ本当にシノの胸に触れるべく、セーターの下へと掌を潜り込ませた。

                ◆            ◆

「あ、んっ! つ、つだぁ……! そ、そこは……っ!」
「相変わらず、乳首の先が弱いんですね」
 二度目のキスから時間は十数分。
前戯もそこそこに、シノとタカトシは繋がっていた。
この辺り、じっくりと楽しみながら本番に進むには、まだまだ経験値が低く、余裕もない二人なのである。
格好は、タカトシがソファーに腰掛け、その上にシノが向いあって座る形になっている。
変則の座位と言えようか。
「ダメだ、そこばかり、責め、ッ……!」
 ソファーのスプリングを使いつつ、タカトシはシノを下から突き上げている。
また、シノの敏感な部分である乳首の先を、舌と歯を使ってじっくりとイジめるのも忘れない。
普段はタカトシが受け身がちなのに、いざセックスとなると、
タカトシが主導権を握る形になるのは、これも恋愛の不思議と言えるだろうか。
「はうう……」
 トロンとした表情になるシノ。
乳首だけではない、結構感じやすい身体をしているのだ。
スプリングがギシリと音をひとつたてる度に、タカトシの大きく逞しいモノがシノの最奥をコツンコツンとノックする。
まだ学生の身分の二人であるから、間違いがあってはいけないということでコンドームはつけているが、
それでも互いの性器を通して流れ込む快感と熱さは相当なものがある。
「つだ……っ」
「何、ですか……くう、っ」
「私、もう、もう……」
 感じやすいということは、我慢がきかないということでもある。
シノの限界は、かなり近いところまで迫っていた。
「イッて、下さい……っ、イクところの、可愛い顔を、俺に、見せて……っ、下さい」
「バ、バカ、バカ、い、いやらし……ああっ!」
 タカトシは腰を上下させる速度を倍にした。
スプリングがきしむ音、結合部から漏れる濡れたいやらしい音が、さらに大きくなる。
シノの喘ぎ声を塗り潰すくらいに、大きく。
「あ、ああ! ああ……あっ!」
 シノの背中が、徐々に反り返っていく。
同時に、口も大きく丸く開かれ、意味ある言葉が出せなくなる。
これは、シノが高まりを覚えている時の証の動きだった。
「あ、あああっ!」
「くっ、俺もっ、俺も……っ!」
 シノと同じく、タカトシも解放の時を間近に迎えていた。
彼は所謂早漏というわけではなかったが、
キツく収縮して締めつけてくる肉襞に対して、余裕を持って責められる程性豪でもない。

「あ、あ……ッ!」
「くうっ!」
 小さく赤い舌を口の外に突き出して、シノは頂点に到達した。
シノにやや遅れて、タカトシも精をほとばしらせる。
「あ、あ、あ……うぅ……」
「く、は、ぁ……っ」
 十秒程硬直した後、二人は熱い息を吐きだした。
それは空中で溶け合い、絡み、そしてエアコンの風に乗って部屋の奥へと流されていく。
「は、あぁ……」
 シノは今度は身体を先程とは逆の方にがっくりと折り、タカトシの胸へと預けた。
タカトシも、シノがずり落ちないよう、しっかりと受け止める。
「ふぅ……」
「……はぁ」
 薄い意識の中、シノとタカトシは互いの掌を重ね、握り合わせた。
絶頂に達した開放感と、熱い幸福感に頭まで漬かり、二人はしばらく、そのままの体勢で動かずにいた。

                ◆            ◆
「なあ、タカトシ」
「何ですか?」
 濃厚で、かつ若すぎる性交のから一時間。
二人は、今度はベッドの中にいた。
シャワーを浴びて汗と淫らな液体を流し、さっぱりとしたところで、眠りにつこうというのだった。
このまま二回戦三回戦に突入しようと思えば出来るのだが、あえて二人はそうしなかった。
焦る必要はないのだ。
何せ、冬休みの間は十分時間がある。
昼間は受験生であるタカトシの勉強に費やし(シノがみっちり指導する)、夜はまた熱い営みを交わす。
シノと付き合っているのはタカトシの両親も知っており、宿泊は完全に公認のものとなっている。
何とも贅沢すぎる冬休みではないか。
「クリスマスプレゼントを渡すの、すっかり忘れていた」
「……そう言えば、俺もそうでした」
 迂闊と言うか何と言うか。
ケーキを食べて以後、そのことをすっかりとほったらかしにしてしまっていた二人だった。
「隣の部屋に置いてあるけど……どうする?」
「俺もコートのポケットの中にありますけど……どうします?」
 ベッドの中、二人はしばし無言で見つめ合い、そして、同時に吹きだした。
「ふふふ……明日にするか」
「はい、明日にしましょう」
「いや、先に言っておくとプレゼントはマフラーなんだが、実はもう一つタカトシのために用意したものがあるんだ」
「何です?」
 きょとんとするタカトシ。
そんなタカトシに、シノは悪戯っ子のように微笑みかける。
「わからないか? さっきからあげているんだが」
「へ?」
「な、タカトシ?」
「えーと……あっ!」
「ん?」
「会長、お、俺の名前を」
 そうなのだった。
ベッドに潜りこんでからずっと、シノは名前でタカトシを呼んでいたのだ。
「ふふ……ずっと苗字のままで呼ぶのも、恋人としてはおかしいだろう?」
「あ、その、それはその」
 二人は付き合い始めてからもずっと、シノはタカトシを「津田」と、タカトシはシノを「会長」と呼び続けてきた。
シノはともかくとしても、タカトシの呼び方は明らかにおかしいのだが(何しろもうシノは“生徒会会長”ではない)、
それまでずっとその呼び方で通してきたせいか、変えることが出来ないままでいたのだ。

「今日から私は君のことをタカトシと名前で呼ぶ。これがもう一つのプレゼントだ」
「はあ……」
「私は二つ、プレゼントをあげた。さ、タカトシももう一つ、私にくれ」
「えーと……」
「こら、考え込むな!」
 コツン、とシノはタカトシに額を人差し指で突いた。
「この場合、君が私にくれるもう一つのプレゼントは決まっているようなものだろう?」
「あー……はい」
 タカトシはゴクリと唾を飲み込んだ。
シノの言わんとしていることはわかっている。
わかっているのだが、何故か抵抗がある。
シノが年上だからなのか、会長という呼び方が身に染みついてしまっているからか。
それともはたまた、ライトなM体質が邪魔をするのか。
シノが求めるプレゼントを、タカトシはなかなか口にすることが出来ない。
「はやくしろ」
「は、はい、すいません」
「……まったく」
 呆れ顔のシノ。
そんなシノの顔を見ながら、タカトシはコホリと一つ咳をし、息を整え、その“プレゼント”をついに言葉にした。
「シノ……さん」
「馬鹿者、シノでいい」
「で、でも、それは」
「いいと言っている。今日から君は私をシノと呼ぶ。それでいいな?」
「は、はい」
 タカトシが頷いたのを見て、シノは笑った。
それは、さっきの悪戯っ子に似たそれではなく、心からの幸せそうなものだった。
「タカトシ」
「はい、かいちょ……シノさん」
「シノ」
「は、はい、シノ」
「よろしい」
 笑顔のまま、シノはタカトシの胸に顔を埋めた。
「じゃあ、寝ようか。おやすみ、タカトシ」
「……おやすみ、シノ」

 聖なる夜に上る月が、カーテンを通してその淡い光で二人を包む。
シノとタカトシが二人で迎える最初のクリスマス。
この日、二人は初めて名前で呼びあった。
クリスマス、そう、それは恋人たちの日―――



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