「う〜寒い。」
横で良く見知った男の子が呟く。
「だから見送りなんて来なくって良いって言ったのに…」
今日は1週間も前から雪の予報だった。
そのせいで首都圏の電車のダイヤは壊滅で、わたしの待つ列車はいっこうにホームに滑り込んでくる気配は無い。
「電車来ませんねぇ…」
高校の入学祝いに私がプレゼントした腕時計を先程から何度も気にしながら、彼が呟く。
「うーん、でも、ロスタイムって考えればそうでも無いよ。」
「何のですか?」
「この街で最後に雪を見てる時間の。……かな?」
今日で別れを告げるこの街の風景を網膜に焼き付けるように目を細める。
「なごり雪……か。」
思わず口から漏れる言葉は白い靄となって空へと消える。
楽しかった。本当に楽しかった。
4年間、正確には3年強だけれど、先輩や、ミサキちゃん、アヤナちゃんにリンちゃん。
皆と過ごした時間はホントに掛け替えの無いモノだった。
それから、私はちらりと横へ視線を送る。
『お世話になりましたから。』
なんて、荷物まで持ってくれて、駅までついて来てくれた彼。
ホントに大好きだった。
掛け替えの無い時間を、掛け替えの無い存在の彼と過ごせたこと。
そのことが最大の思い出。
彼を教え子として受け持っていた頃は、弟みたいなんて思ってた。
無事中学を卒業して、幼なじみのミサキちゃんと付き合いだして。
こんなにかっこよくなるなんて思わなかった。
そんな彼は輝いていて…
教師と教え子なんて関係を越えて、ズルズルと共に過ごしてしまった。
彼の教師としての職務を全うした時点で、彼との親交を断絶してればこんな思いをせずに済んだのかな…
あの頃の私は、時が過ぎれば幼かった彼も大人になるだなんて、一切気づかなかった。
「先生、電車来ましたよ。」
「あ、ホントだ。」
その時、列車が入ってくる。
「じゃあ、これでお別れだね。」
「そうですね。なんか、名残惜しいですけど…」
「ふふ。それは仕方ないよ。」
最後の挨拶を交わすと私は電車に乗り込む。
「それじゃあね。マサヒコ君。」
「ええ。先生もお元気で。」
その言葉を合図にドアが閉じる。
まだ、彼は何か言いたそうだけれど、それ以上は何を言われても涙が零れそうで、怖くて私は下を向いてしまった。
泣かないって決めたのだから。

………………………………

「さよなら、アイ先生。」
アイ先生を見送った後、その足で、真っ直ぐ帰路に着く訳でもなく、ベンチに腰を降ろす。
「まったく、雪国かよ。」
誰に聞かせる訳でもなく呟く。
曲通りなら、積もらずに、降る雪は消えるはずなんだけどな。
忌ま忌ましいほどに降り積もる雪を睨み付ける。
「さてと。」
いつまでもこうしている訳にはいかない。
風邪をひくのもバカらしいし、あんまり遅くなるとミサキも心配するだろう。
多分、ミサキは気づいていたと思う。
それでも、良いと言ってくれたミサキを選んだのは俺。
それでも一言言っておきたくて、俺は口を開く。
「さよなら、アイ先生。大好きでした。」
胸にもやもやとしたモノが残る。
それに浸ってるのもキザったらしいななんて苦笑しながら、
俺はベンチから立ち上がると、駅の改札の方へと足を差し向けていった。

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

Wiki内検索

どなたでも編集できます