「日が経つのは早いね」
毎年言ってるよな、と言いかけて止める。
事なかれ主義を貫くのは、英稜高校1年生小久保マサヒコ。
その隣にいる女性は、濱中アイだ。
なぜこの二人が一緒にいるかといえば、話は数日前に遡る。
ミサキは二人だけで過ごす初めての正月だと張り切っていた。
が、父方の実家がミサキの顔が見たいと泣きついてきたのである。
正月くらいは、と言われれば優等生のミサキが放っておけないのは誰にも分かるものだった。
リョーコは年を越しながら呑み尽くすと張り切っており、アイはそれを回避した形だ。
リンコは家族で過ごし、アヤナも正月は家族で過ごすため日本には帰ってこないようだった。

「大晦日に私と二人なんて、役不足じゃないかなぁ?」
ひょい、とマサヒコの顔を覗き込むアイ。
あれから再び身長が伸び始め、二人の身長はそれなりに差ができていた。
「そんなことないですよ。それに悪いのは・・・」
そこまで言いかけて、口に出すよりも心で愚痴る。
何であの親はこういうときによく家を空けるんだ、と。
商店街で当たったとかなんとかで、夫婦水入らずで年を越すんだなどとハイテンションな母であった。
大体普通は一家招待とかだろう、ドラ○もんの三人用ゲームじゃあるまいし・・・
置いてけぼりを食らったことよりも、その杜撰さに苛立つマサヒコ。
結局、予定のないもの同士コタツでぬくぬくと過ごすはめとなっただけの話なのだが。
「私にとっては・・・」
ボソッとアイが漏らした言葉に、マサヒコが反応する。
「なんです?」
「えっ、えっ、わ、私なんか言った??」
本音を漏らしそうになって、アイは焦る。
マサヒコはミサキと上手くやっていて、学校生活も充実している。
だから、安心していいのだと自分に何度も言い聞かせた。
それでも、この状況に喜びを感じている自分がいる。
そのギャップに、アイは混乱していた。
この雑念は除夜の鐘と共に浄化しよう、それが言い。
再び自分に言い聞かせるアイだったが、先ほどから一人で首を振ったり落ち込んだりしている様はマサヒコにとって不思議そのものであった。
「・・・除夜の鐘って、108回鳴るんですよね。」
マサヒコの切り出しに、アイはドキッとした。
まさか、エスパー!?!?
「始まりましたね。」
「えっ」
ご〜ん、と鳴り響く鐘の音。
一つ鳴るごとに年明けが近づいていく。
「何回言っても足りないくらい・・・先生には感謝してます。」
「えっ、えっ」
「何か恩が返せればいいんですけど。」
「それは・・・」
君が幸せになることだよ、と言いかけて飲み込んだ。
年が明けて108回目の鐘が鳴ったときに全てを断ち切ろう。
それなら、今回だけの我がままを神様は許してくれるんじゃないだろうか。
浄土宗とキリスト教がごっちゃになった考えで、アイは決断した。
「・・・キス、してほしい・・・」
言ってすぐ後悔した。
耳まで赤くなっているのが分かる。
マサヒコの方向を見れなくなったアイは、急に黙り込んでしまった。
その耳には鐘の音だけが鳴り響き、マサヒコの返答が聞こえないのが不安を増長させた。

ご〜ん、ご〜ん、ご〜ん

無言の時間がしばらく続いた。
そのとき、頬に触れる柔らかな感触。
まるで、唇のような・・・

・・唇?!

それは、唇そのものだった。
それは一瞬のようで、悠久のようで。
アイは全身に熱が行き渡るのを感じていた。
体の芯から、心の奥から燃え上がるような感覚は、過去覚えのないものだった。

ご〜ん

最後の鐘の音が鳴った。
年が明けたのだ。

「・・・新年、明けましておめでとうございます」
少し照れ笑いのマサヒコと、やっと目を合わせた。
アイは耳まで真っ赤にして、俯きながら言った。
「・・・明けましておめでとう・・・これからも、よろしく」

今年も、煩悩と一緒に年を越すことになりそうだ。
26個目の蜜柑を頬張りながら、アイはマサヒコに笑顔を向けた。

良いお年を。

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