学生には避けて通れぬ「学校行事」がある。
体育祭? それは休める。
文化祭? それも休める。
修学旅行? それだって休める。
入学式と卒業式? 本来は休んじゃだめだが、まぁ休める。
答は―――テスト。
休めるじゃん、と言うなかれ。
テストの日に休んだとしても、テストそのものを回避したことにはならない。
インフルエンザで休もうが腰痛で休もうが骨折で休もうが、テストは必ず追っかけてくる。
薄暗い教室の中で、監視の先生とマンツーで追加テストを受けるあの寂しさはかなりのものがある。
おまけにテストそのものの結果が悪ければ、追試という追い打ちが襲ってくることもある。
テストなんか所詮、紙の上での優劣だ、俺はそんなものに縛られないぜヒャッハー、とロックな生き方を選択することも出来るが、
その場合はもれなく学校から退学、高卒というある意味現在の日本での社会的最低限の肩書を失い、
地力で職探しという、キビしい生き方に進まねばならない。
もろちん、もといもちろん、中卒だろうが高卒だろうが、特殊な才能を有していればそれで食っていける。
だがそんなの、100人に一人もいやしないのが現実である。

 さて、ここに一人の男子学生がいる。
その地域では進学校として知られている私立桜才学園の二年生で、生徒会の副会長を務めている。
これだけ見れば何だか頭が良さそうに見えるが、さにあらず。
この少年、「家から近いから」という理由で桜才を進学先に選び、
また徒会長の鶴の一声で副会長に抜擢されたという男。
「それなりにイケメン」「ツッコミ上手」という特性を持ってはいるが、成績面では群を抜く程のものは何も持っていない。
かつて追試を喰らったこともあり、劣等生とまでは言わないまでも、中の下〜上の間を行ったり来たり、というのが彼の学力レベルである。
 この少年の名前は、津田タカトシ。
生徒会で共に籍を置く会長、会計、書記はいずれも成績が超優秀。
今回の期末テストでも、ほぼ追試確定が決まっている彼の家に、緊急にその生徒会の三人が集うことになった。
理由はもろちん、もといもちろん「追試対策」。
進学校の生徒会において必要とされるのは、学力上位という厳然たる実力。
落ちこぼれを出すことは、ひいては生徒会の名折れである。
そんなことを許すわけにはいかない、会長、書記、会計の意気込みは凄まじい―――



 ―――って、何のことはない。
ぶっちゃけ、そんなにゴタイソウなもんではない。
追試対策と看板がついていても、結局はいつも繰り広げられている、ただの「日常」だったりする。
そう、下ネタとツッコミが乱舞する、ただの日常―――


 ◆ ◆ ◆

「で、結局コトミもなのか」
「てへへへ」
 生徒会長・天草シノは少しあきれたように、肩をすくめた。
何だか前も同じようなことをした覚えがある、と。
 彼女の目の前には、副会長の津田タカトシと、その妹のコトミが正座して座っている。
タカトシだけでなく、コトミもどうやら今回のテストの出来に自信が無いらしい。
「期末試験などというものは、日頃から授業をきちんと聞いて、ノートをしっかり取り、予習復習を忘れずに行っていれば、普通に点が取れるものだ」
 シノは優等生である。
しかも超がつくレベルで、入学してから一度もテストの結果で学年一位を他人に譲ったことがない。
当然、授業もしっかり受けているし、ノートも書きもらしが無いし、予習復習なんぞは一カ月先の分まで楽々とこなす。
「すいません……」
「すいませーん」
 シンクロして頭をかく津田兄妹。
 タカトシは少なくとも、授業はきちんと聞いている。
予習復習は、きっちり出来ているとは言い難いが。
 コトミの方は、正味の話、あまりマジメな生徒ではない。
授業中に船を漕ぐことが結構あるし、そもそも勉強そのものが苦手だったりする。
「で、津田君はどの科目が危ないの?」
 シノの右横から、生徒会書記・七条アリアがタカトシに声をかける。
アリアもウルトラ優等生である。
シノがいる為に学年一位こそ取ったことはないが、それでも常に二位という結果を維持している。
得意な科目では、シノを上回ることさえある。
「……そうですね、数学と英語が」
「私は全部でーす」
 元気なく呟くタカトシと、あっけらかんとしたコトミ。
タカトシだって全てがダメダメなわけではない。
得手不得手は誰にだってあるもので、普通にこなせる科目はある。
まぁコトミは論外だが。
「今回の英語は楽だったじゃない。ほとんど授業でやったことそのままだったでしょ」
 シノの左横からタカトシにツッコんだのは、生徒会会計・萩村スズ。
シノとアリアは三年生だが、彼女のみ、タカトシと同じ二年生である。
「いや、そうなんだけど……」
「あんた、いい加減横島先生の傾向を覚えなさいよ。あの人、教科書そのまんまと言うか、露骨に問題に手を抜くじゃない」
 横島先生とは、英語教師にして、生徒会の担当顧問を務める女性で、名前をナルコという。
まあ何と言うか、かなり、いや結構な「困ったさん」で、面倒だと思ったことはテキトーに流す癖がある。
おまけに男好き、下ネタ好きでもあり、何で教師になれたのか、そして何で生徒会の顧問になれたのか、
一部で『桜才学園の八番目の不思議』という噂になりつつあるくらいの女性である。
ちなみに、その噂を流しているのは新聞部である。
もっと言うと新聞部の部長である。
「あんなもん、開始十数分でカタがつくわよ。普通は」
「萩村にとっては普通かもしれないけど、俺にとっては違ったんだよ」
「正直に『復習を怠けていた』って言え」
「はい、すいません……」
 スズは帰国子女であり、英語はもちろんペラペラで、別に横島が作った問題であろうとなかろうと、
日本の高校生レベルのテストはそれこそちょちょいのちょいで解けてしまう。
そういう意味ではタカトシが言ったように、スズにとっての普通はタカトシにとっての普通ではない。
だが、やはりテスト勉強をしっかりやっていなかったタカトシの方が、この場合は悪いであろう。

「そうだよ津田君、横島先生が手で抜くのはいつものことじゃない」
「手で、じゃなくて手を、です」
「そうだぞ津田、横島先生は何時だってヌイているぞ」
「だからおかしいよ表現が!」
 何だか追試対策が早くも脱線しかかっている。
こうやって何気ないところから下ネタ方面に転がっていくのは、もはやこの生徒会のお約束とも言える。
「私は全部ダメだったけど、特に国語がダメでしたー。えへへ」
「笑って言うな、コトミ。で、国語のどこがダメだったんだ?」
 手にした指示棒を揺らして、シノがコトミに問う。
なお、最初は指示棒ではなく鞭を持っていたのだが、タカトシの要請により鞭は鞄に仕舞われた。
シノは不満そうだったが、タカトシからすれば「君はM男だからこっちの方がいいだろう」なんて理由で鞭を持たれてはたまったものではない。
「四文字熟語ですねー」
「ほう? 例えばどんな問題だったんだ?」
「『やってもかいのない、結果として無駄に終わることに努力することを四文字熟語で何と言うか』という問題なんですけど」
「ふうむ……『吹影鏤塵』だな。答えがそれだとすると、確かに少し難しいかもしれないな」
 吹影鏤塵とは、文字通り「影を吹く、塵に刻みを入れる」ということで、どうやっても出来ることではない。
中国の関尹子という書を出典とするが、確かに高校一年生には難しいかもしれない。
「水泳老人? 何だか心臓麻痺を起しそうですね」
「危ないことを言うんじゃない」
 仮に本当に「吹影鏤塵」が答ならば、正答率はかなり低いであろう。
少なくとも、この問題を作った担当教師は、横島よりかはきちんとしてはいるらしい。
別方面に意地が悪そうだが。
「もしくは『往返徒労』かもしれんな」
「王偏取ろう? 珠が朱になるとか、そんなんですか?」
「違う」
「はっ、王偏って玉が偏になった形ですよね。玉を取るって、それってつまりニューハーフ」
「違う違う」
 往返徒労、文字通り、無駄足を踏むという意味である。
「で、コトミは何て書いたんだ?」
「尚既神断」
「……何だそれは」
「意味はお近くのサッカーファンにお聞き下さい」
「じゃあ、津田」
「俺に振らないで下さい」
 難しい問題を出す方も出す方だが、そういう答を書くコトミもコトミである。
入試問題のシートに「3P」とマークしただけのことはある。
「そういえば私も中学の時、『男女の仲が良いことを四字熟語でどう言うか』という問題に、『始終合体』と書いてペケになったことがあるわ」
「そんな答を書いたの、七条先輩だけだったでしょうね」
 なお、答は『相思相愛』である。
「私も『正常動作』の反対語を答えよ、という問題で『後背動作』と書いてダメだったことがあるな」
「前言撤回します、七条先輩の他にももう一人いました」
 なお、答は『異常動作』である。
「私はそんな間違いはしませんでした。ただ、『大は小を兼ねる』という諺は嫌いですが」
「萩村、泣きそうな顔で怒らないで」
 なお、反対の意味で『長持ちは机にならぬ』『薪は楊枝の代わりにならぬ』というのがある。
こっちの意味でもスズは泣きそうである。

「掛け算は苦労したわ。1×1を2、1×2を3って答えちゃって」
「足し算と勘違いしたんですよね、そういって下さい」
「4×8とか、乱交って」
「もういいです」
「地理なんだが、エロマンガ島ではなく、本当はイロマンゴ島と知って失望したな」
「何で失望するんですか?」
「スケベニンゲンも正確にはスヘーファニンゲンらしいな、残念だ。ちなみにここにはヌーディストビーチがあるとか」
「だから何で残念なんですか?」
「世界史でインカ帝国の初代皇帝の名前を書け、なんて問題が出ると期待していたのに、そんな問題は見たことがなくて」
「ああ、クスコ王国の初代国王な。クスコ王国、クスコ」
「あのう、そろそろ本題に」
「アルファベットの並びで真っ先に覚えたのはWXYのところだし」
「保健体育の教科書は隅々まで読んだな」
「美術の教科書にはもっと裸婦像を載せても良いと思うの」
「元素記号は水兵リーベ……ではなく、水縁でベロでホー○イチン○をふりながらまぐわい失敗し……と覚えたな」
「だからぼちぼち俺の追試についてですね!」
「スズせんぱーい、ここの答を教えて下さい」
「まず先に自分で問題を解く努力をしなさいよ」

 何のことはない。
ぶっちゃけ、そんなにゴタイソウなもんではない。
追試対策と看板がついていても、結局はいつも繰り広げられている、ただの「日常」だったりする。
そう、下ネタとツッコミが乱舞する、ただの日常―――



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