何と明るい人生か。
その時の私を表現するのに、これ以外の言葉は思いつかない。
いや、大げさではない。
本当に私は嬉しかった。
本当に本当にうれしかった。

私は―――授かったのだ。
愛する人との間に、子供を。




 某月某吉日、私達二人は晴れて夫婦となった。
とは言え、法制度上で『嫁』と『旦那』になっただけで、他に大きく何かが変化するわけでもない。
小久保という新しい苗字になり、環境が多少変わるだけのこと。
時間は普段通りに流れていく、一定の速度で。
 ……と、思っていました、披露宴で純白のドレスを着てケーキに入刀するまでは。
実際は、結婚式から新婚旅行まで怒涛の勢いで物事が進み、
気がついたら大量のお土産を抱えて新居で呆然としていた、というのが事実であったりするわけで。
まったく、人生の中でこれ程忙しい時間を過ごしたのは、正直記憶にない。
ハネムーンなんて本当はゆっくり二人きりで過ごすものだと思うのに、
夫の仕事の都合で休みがたっぷり取れず、
はい成田から飛び立ちました、グアムに着きました、観光しました、はいはいまた成田へーってなもんである。
安定して高収入であるという夫の仕事は妻として実に歓迎すべきものだが、
せめて新婚旅行くらいはゆったり行かせて欲しいものだと思う、まったく。
 とにかく、私は幸せである。
旦那を心から愛しているし、旦那も私を心から愛してくれている。
皮肉屋の友人は「若くして結婚したら離婚も早い」「年齢差は結構問題になる」などと冗談にもなってないことを言うが、
その点については私は自信がある。
私は夫を裏切らないし、彼も私を裏切らないということに。
男性遍歴はまぁそれなりに経験がある私であるが、ここまで相性のいい人物はいなかった。
何と言うか、居場所を見つけた感じなのだ。
だから、早く子供も欲しい。
子は春日井、じゃないかすがいってやつです。
いや、かすがいが無くても夫婦仲は盤石だけれど、やっぱり子供は欲しい。
何と言っても夫と私の血を分けた存在になるのだ、欲しくないわけがない。
 若くして結婚したから何だ、大昔は十歳超えたら嫁入りだ。
年齢差がどうした、親子程離れているわけじゃない、十も違わん。
悔しかったらとっとと良人見つけて結ばれやがれ友人たちよ。
「まさかアンタが仲間内で一番早く結婚するとはねえ」などと言ってる暇があったらはよ探せ。
「絶対アンタは出来婚すると思ってたわ」じゃないってばさ、残念でしたね立派に恋愛結婚ですよ。
幸せは自ら掴むもの。
私は若くして終生の伴侶たりえる人に出会い、機会を逃さなかった。
それだけのことですよ、ええ。

 ◆ ◆ ◆

「おかえりー」
「ただいま」
「一日ご苦労様、どうする? 御飯にする? お風呂にする? それともわ・た・し?」
「……」
 仕事に疲れた夫を癒すのは妻の勤め。
帰ってくるタイミングを見計らい夕食と入浴、そしてあっちの準備を滞りなくしておくのが良妻也。
いや、この御飯or風呂orセックスの台詞、一度言ってみたかったという単純な理由はあるが。
「じゃあ御飯で」
「りょーかい」
 ここで私を選んでもらっても一向にかまわないが、
まぁ堂々とそういうことが言えない性格の人だってことはわかっている。
要求された時にちゃんと応えればいい、何ならこっちから要求したっていい。
新婚夫婦にとっては寝室だけではなく家屋全体がベッドみたいなもの、いつだってどんと来いってなもんだ。
「今日は早速課長にからかわれたよ」
「なあに? 若くて綺麗な奥さんを家に一人で置いておくな、はやく帰ってやれって?」
「よくわかったね」
「……本当に正解なの。ベタな上司ね」
 スーツの上着を取って、ハンガーにかける。
サザエさんとマスオさんみたいで、何となく微笑ましくなる。
「大根の味噌汁とお刺身、ほうれん草のおひたし、キュウリの浅漬け、それに冷奴もあるわよ」
「ああ、いいねえ」
 夫は朝昼晩のどれであろうと、食卓に味噌汁が欲しい人。
この辺り、手抜かりはない。
実は結構偏食傾向にあるけれど、おいおい私の腕で改善しいくつもりである。
自慢じゃないが、料理のテクニックには結構自信があるのだ。
「二軒向こうの天野さんって、知ってる?」
「ああ、帰ってくる時によく駅で旦那さんと会うよ。新婚さんらしいね」
「私たちと同じね」
「そうだね。……でもそうやって聞いてくるってことは、天野さんと面識があるの?」
「今日回覧板を持って来られた時に少し立ち話したのよ、奥さんと」
 食事の時は喋らずに静かに食べなさい。
子供の時はそうやって何度も母親に怒られたものだが、結婚したての妻と夫にそれは当てはまらない。
些細なことだっていい、こうやって会話をするということは、幸せを交換しあうということなのだから。
 ちなみに会話の中に出た天野さん、どうやら私たちとほとんど変わらない時期に結婚したらしい。
奥さんの歳は私より少し上、旦那さんはさらにちょっと年上で、こちらも恋愛結婚なのだとか。
本来ならマンションを借りて生活するはずだったところを、両親の援助を得てドンと家を購入したとのこと。
まんま私たちと同じ状況なわけで、奥さんも人当たりのいい方だし、これから仲良くやっていけそうである。
「ビール、飲む?」
「ありがとう、一本いただこうかな」
 席を立ち、冷蔵庫からよく冷えたビールを取り出し、戻って彼のコップにトクトクと注ぐ。
嫁なら最初っから用意しとけよ、というツッコミもあるかもしれないが、
こうやって聞いてから取りにいくというのが本来あるべき良妻の姿だろうと私は考えている。
言わずとも理解しあえる仲ってのは確かに夫婦の理想像の一つではあるだろうけれど、
やっぱり言葉を交わし合ってナンボだと思うのだ。
「一服したらお風呂に入る? それとも私に入る?」
「……お風呂で」
「りょーかい」
 こういうジョークをかました時、一瞬固まる夫が実に愛しい。
いやまあ、三割程は冗談で言ってないけれど。
同棲時代からこういう方面では常に私がリードしがちだが、逆に見ればそんな私を彼は受け止めてくれているわけで、
私としてもひたすら無暗にガツガツ求めてくるような性格の人なら好きになっていなかっただろう。
何だかちょっと矛盾している気もするけれど、まあ愛があるからよしってことにしとこう、うん。

「あー、いいお湯だった」
「良かった、じゃ私も入ろうかな」
 夫の入浴中にバスタオル一枚巻いて「私も入ってもいい?」とは、今日はやらなかった。
そう、今日は。
同棲時代に何度かやってるし、これからだってやる機会はたんとある。
ラブラブだからと言っても、こういうのは正味の話毎日やるもんでもあるまい。
いや、そりゃ別にやってもいいけれど。
「その前にお茶を用意するけど、飲む?」
「うん」
 しかし考えてみれば、同棲時代、つまり恋人時代の方が結構色々とやってた気もする。
メイド服着て出迎えてみたり、高校時代の制服を着て迫ってみたり、
裸エプロンやってみたり、体操着やスクール水着やってみたり。
コスプレを喜ばなぬ男なし、とはこれまた私の持論だが、
他のコスプレ好きと彼が決定的に違うところは、彼の方からは特に求めてこないという点だろうか。
まぁ嬉しがってくれるので、こっちとしてもやりがいはあるってもんだが。
「……」
「……」
 で、私もお風呂を上がって数十分。
ソファに二人肩を寄せ合って座って、無言でテレビドラマを見る。
別に番組の内容に集中しているわけじゃない、この静かな時間を楽しんでいるのだ。
「……あ」
 ドラマのエンドロールが流れる頃、彼がそっと私を引き寄せた。
右の肩に強い圧迫感を覚え、さらにそこから彼の身体の熱がしっとりと流れ込んでくる。
「ん……」
「ん、む……」
 私は目を閉じ、顔を傾けた。
数秒して、彼の唇が私の唇に重ねられる。
ええ、これくらい彼だってするんですよ。
何も私からいつも求めてるわけじゃないんです。
ほんと、言い訳じゃないけど……ね。
「あん……」
「……ん」
 ドラマの次回予告を耳の隅に、今夜二度目のキス。
これから先にすること、そんなこと決まりきっている。
これで終わりにしてしまう新婚夫婦などあるものか。
あったら私がすぐさま行って説教してやる。
とびっきりの大きな声で。

 ◆ ◆ ◆

「ん、あ、あ……」
「くう、っ……」
 旦那の疲れを癒すのは妻の勤め。
そして、性欲を満たすのは双方の勤め。
これはどちらが欠けてもよろしくない。
愛という潤滑油をさし、ともに歯車回してこその夫婦也。
「あなた、いい……! 凄いわ……」
「ああ、僕もだよ……」
 彼のことを私は「あなた」と呼ぶ。
同棲時代は名前を呼んでいたのだが、結婚して一新、そう呼ぶことにしたのだ。
何が違うってわけでもないかもしれないけれど、やっぱり嫁にこそ許される呼称ってのもあるし。
なお、彼は私を「きみ」と呼ぶ。
そして時々名前呼びになる。
これは私とは逆に同棲時代から一貫しているもので、
理由を聞いたら「呼び捨てにするのは何か失礼な気がする」とのこと。
こういう辺り、妙に気真面目で好感が持てる。
名前のみで呼んでくれるようになる日が来ることを、私は心待ちにしている。
ま、いずれ父さん母さんと呼び合うようになるにしても。
「ねえ、お願い……キスして」
「うん」
 共に一糸も纏わぬ姿で、私たちは身体を重ねる。
コスプレも燃えるが、やはりセックスの基本は裸体で行うもの。
どっちでも燃えるんでしょと問われたら、はいそうですと素直に答えるしかないけど。
「あ、あ、イキそう、イク、イッちゃう……ッ!」
「僕も、だ……くうっ」
 私の上、彼の腰を動かす速さが上がる。
その一突き一突きが、私を忘我の頂へと誘う。
蕩ける、という言葉が睦み事を表す時に使われるが、まさに言い得て妙だと思う。
溶けて混ざりあい、蒸発する。
そんな感じなのだ。
「あ、あ、深いよぅ……もう、もう」
「あと……少しで……!」
 彼は決して淡白ではない。
むしろ、さっぱりとした性格に反して性戯はねちっこい方である。
言っておくが、私が開発したわけではないのであしからず。
才能という表現はおかしいかもしれないが、彼がもともと持っていたものなのだ。
そしてそれがまた、気持ちが良い。
彼の指が、舌が、一つ動く度に私の身体中の細胞が悦びを感じてしまう。
「ん、あ、あっ! い、イクぅ! ……ッ!」
「う、ん……! 出る、出す……よ」
「あんっ、顔に、ううん、な、中に、中にちょうだい、そ、注いで……っ」
「ああ……く、くっ!」
「あ、出て、あん、あ、ダメ、飛ぶ、イくっ!」
 彼が私の中で爆ぜる。
同時に、私も頂点を迎える。
ぶるり、ぶるりと彼の腰が震え、その度に子宮が揺らされ、熱い精液がたっぷりとお腹に滲み込んでいく。
「……あ、はぁ」
「ふう……」
 私の胸の上に、彼がとすりと顔を置く。
さっき私が胸でしてあげた時に、したたかにそこに一発目を放ったというのに、全く気にした様子もない。
関係ないと思っているのか、それとも忘れているのか。
まあどちらでもいい、そんな彼が愛しいことに変わりない。
「……むぐ」
 今度は全体重を私に乗せてきた。
正直重たい。
だけど、幸せな重たさだ。
「あ……」
 体勢が変わったことで、彼のモノがずるりと私から抜けた。
が、中の熱さは変わらない。
むしろ、今になってさらに暖かさが増し、身体のすみずみまで行き渡っていく感じさえする。
「あなた……」
「……ん? あ、ああごめん、重たかった?」
「ん、ちょっとね」
「ごめん……」
 謝る必要がないのに謝る。
まったく、本当になんて可愛い人なんだろうか。
その表情はまるで少年のようで、私より年上とはとても思えない。
「ねえ」
「うん?」
「デキた……かな?」
 汗で濡れたお腹の上を私はさすった。
そこから、掌にジンジンと熱さが伝わってくる。
「さ、さあ……どうだろ」
「もう、バカ」
「え?」
「こういう時は、『ああ、孕ませてやったぜ』くらい言うもんよ」
「え、ええ?」
「ふふふ……」
 熱い。
本当に熱い。
熱過ぎて感覚が狂ったのか、逆に指先辺りはは涼しささえ覚える。
「お腹、とっても熱い」
「……?」
「ううん、身体中全部が」
 その熱さの正体を、私は知っている。
さっきの彼の重さと同じだ。
そう、幸せというのだ―――



「ねえ」
「ん?」
 時間は等しく地球上全ての物の上に流れる。
夜が来れば次は朝が来る。
地球の自転を逆にしても時間は巻き戻らない。
「今日は仕事は?」
「ああ、定時にあがってくるよ」
 スーツを用意するのは妻の勤め。
が、彼はどうしてもネクタイだけは締めさせてくれない。
自分でネクタイを選び、そして締めるのがどうも昔からのこだわりらしい。
いずれそのこだわり、突破してやるつもりだから覚悟しておきなさい。
「ねえ」
「うん?」
「子供のことなんだけど」
「むぶ!?」
 あ、咳こんでいる。
どうやらネクタイを締める力加減を誤ったらしい。
しかし、そこまで動揺することかしらまったく。
「こ、こ、子供?」
「そう、子供。赤ちゃん」
「で、で、デキたのか?」
 おいおい、大丈夫か我が良人。
昨夜愛し合った時に「デキたらいいね」と言ったではないか。
確かにバッチリ受胎した可能性はあるが、あれからどうやって確認出来るというのだ。
「まあ、昨日デキたかもしれないけど」
「……あ、ああ、そうか、そうだな」
 不意打ちした私も悪いかもしれないが、あまりそうあたふたしないでもらいたい。
これでは本当にデキた時にはどうなるのやら。
「で、子供がなんだい?」
「ん、名前よ、名前」
「名前?」
「そ、名前」
 私には名前がある。
彼にも名前がある。
世界中のあらゆる物には名前がある。
そして、これから生まれてくる私たちの子供にも、名前がある。
と言うか、私たちがつける。
「でも、まだ生まれてもいないのに」
「だけど、今から考えておいてもいいでしょう?」
「そりゃ、そうだけど」
「だからね、天野さんち」
「え?」
「昨日天野さんの奥さんと話したんだけど、もう決めてるんですって」
 天野さんのところはまだ子供がいない。
ま、私たちと同じ時期に結婚したんだから当たり前っちゃ当たり前なんだけど。
で、妊娠もまだだそうである。
「奥さんと旦那さん、二人の名前から字を分け合って『ミサキ』、そうつけるんですって。男でも女でも」
「へえ……ミサキならまあ、漢字次第で男でも女でも問題ないっちゃないけど」
 まだ生れざる我が子、それが男の子でも女の子でもどちらでも私は嬉しい。
天野さんちのようにどちらにでもつけられる名前か、
それとも男の子なら男の子、女の子なら女の子と、両方の名前を考えておくべきだろう。
「あなたは、男の子と女の子、どちらが欲しい? それともどっちも欲しい?」
「……だから、まだ生まれてもいないのに」
「いいじゃない。あ、じゃあ宿題にしましょ」
「宿題?」
「そう、今日あなたが帰宅するその時間までに、私は名前を考えておくわ」
「はあ」
「だから、あなたも考えてきて」
「……今日、大事な商談があるんだけどなあ」
「はい、決定! いってらっしゃい」
「はあ、いってきます」
 首を傾げながら駅へと歩いていく彼を見送りつつ、私はお腹の上に両手を当てた。
昨夜の熱さはさすがに消えているが、それでもどこか、ほんのりと暖かい感じが残っている気するる。
中に出してもらったことは今までに何度もあったけれど、翌朝にこんな感覚になったことはない。
もしかしたら、本当にデキたのかもしれない。
昨夜のセックスで、本当に子供が。
「おはよう、小久保さん」
「あら、おはよう」
 と、そこへ天野さんの奥さんが顔をひょいと出してきた。
どうやら、こちらはとっくに旦那を送りだしたらしい。
職場がうちの夫より遠いらしく、朝が早いのだ。
「ねえ、小久保さん」
「なあに?」
「知ってる? 角の星野さんとこの奥さん、デキたんですって」
「え、デキたってもしかして」
「そう、これで五人目って……」

 ◆ ◆ ◆

「……でまあ、このおよそ一年後の某月某吉日、っても七月一日だけど、私はマサヒコを産みました」
「は、はあ……」
「ついでに言っておくと、そのちょっと前にあなたが生まれてるってことね、ミサキちゃん」
 はい、語ってやりました。
朝の連続ドラマの如くあったかいホームドラマを。
波瀾万丈とはいかないけれど、実に幸せな夫婦像であることよ。
……っておや、何故ミサキちゃんは俯いているのでしょう。
おばさんの新婚時代のことを教えて下さいって言うから、こうやってどーんと喋ってあげたわけだけど。
私、何かいらんこと言ったかしら。
「おばさん……」
「なあに?」
「ほ、本当にその時にマサちゃんが……?」
 ん、まあぶっちゃけ確証はない。
ないが、母親としての直感がこの時だと私に告げている。
「おそらくね。そしてこの数日前にあなたの……」
「い、い、言わなくていいです!」
 数日前にあなたのお父さんとお母さんがヤッた時の結晶、それがミサキちゃんである、と。

「いやいや、しかしミサキちゃん」
「は、はい」
「どうしてまた私の話なんぞを?」
 あ、こりゃまた我ながら意地の悪い質問であるかな。
彼女が聞きたかったのは私の話ではなく、新婚についての話。
そのことは十分理解している。
例えミサキちゃんがそう言わなくとも。
「ねえ、ミサキちゃん」
「はい」
「私はかまわないわよ? この歳でおばあちゃんになっても」
「え? あ? う、うう?」
「初孫ってかわいいだろうなー」
「あ、お、えうえうあお」
 ありゃりゃ、顔を真っ赤にして、ホント可愛らしい子だこと。
確か中学卒業と同時にマサヒコと突き合い、じゃない付き合いだしたから、かれこれ四年経つ計算になる。
まあかまわないとは言ってみたものの、二人とも大学一年生だから結婚して家庭を持つってことにはならないとは思うけど、
ミサキちゃんからしてみたらそろそろ将来のことが心配になってきてるのかもしれない。
私に話を聞きにきたのも、多分、いや間違いなくそういう理由だろうし。
「でもミサキちゃん」
「え?」
「子供が……マサヒコがデキたってわかった時ね」
「は、はい」
「私は、本当に嬉しかった。今でも断言出来る、人生の中で一番嬉しかった、って」
「おばさん……」
「そして思ったわ。愛する人と私の子が生まれてくる、何て素晴らしいんだろう。結婚して、一緒になって良かった……って」
「はい……」
「幸せは機会を逃さず掴むものよ、ミサキちゃん」
 うん、そうだ。
だからいいんだけどね。
ホントにおばあちゃんと呼ばれるようになっても。
二人がとっくに経験済みだってこと知ってるし。
いざとなったらいくらでも援助してやるつもりだし。
何よりマサヒコとミサキちゃんが幸せであれば、それでいいわけだし。
「ただいま」
「あ、お帰り」
 ナイスタイミング、さすがは空気を読む、ってか偶然を物にすることに長けた息子だこと。
ちゃんと話が終わってから帰ってきやがった。
いいところで現れるって辺りは、ホントお父さんにそっくりと言えなくもない。
「あれ、ミサキ? 今日はそっちの大学、早く終わったんだな」
「う、う、うん。お、お、お、お帰り、あ、あ、あなた」
「……は?」
「あはははは、ま、ともかく鞄置いてきなさいよ。お茶とケーキ用意してあげるから」
 私はエプロンをつけると、キッチンへと向かった。
息子と、将来その妻になる予定の女の子を背にして。


    F   I   N

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