最終更新:ID:BnR2Wm8y6g 2008年06月08日(日) 14:04:43履歴
「ふう……暑いな」
夜が深まろうとしている午後十一時。
街灯の明かりを仄かに反射するアスファルトの上を、一人の男が歩いている。
「やれやれ、ちょっと遅くなっちまったかな」
仕事は本来なら、八時過ぎには終わるはずだった。
しかし、色々と面倒な出来事があり、押してしまった。
面倒と言っても、彼自身のミスによるものではない。
正確に言えば、彼が仕事の世話を見ている人間が、失敗をしでかしたのだ。
「録りが一時間オーバー……それでも、シホちゃんならまだマシな方だったのかな?」
彼の名前は井戸田ヒロキ。
レイ・プリンセス芸能事務所の看板タレント、飯田シホのマネージャーである。
疲れた足を引きずって、コンクリートの階段を上る。
エレベーターはこんな時に限って、今日から明日いっぱいまで調整中だったりする。
「ふああ……」
ヒロキは何度か踊り場で立ち止まると、息を整えた。
テレビ局と事務所の往復、そしてシホの送りまでは車を使えるが、
それ以外は全部、公共の機関か、自分の足での移動となる。
収入的に自分の車が買えないわけではないが、とある理由で、今のところ購入するつもりはない。
「ふう」
ネクタイをくいっと緩め、ヒロキは大きく息を吐いた。
彼が担当している飯田シホは、ここ最近、人気がうなぎ昇りだ。
容姿は充分にキュートだし、性格も積極的で明るい。
演技力はまだ修行の余地アリだが、歌唱力は合格点。
いい意味でのずうずうしさは天下一品で、舞台度胸もある。
変に『アイドルを演じる』タイプでもなく、見る方からすれば親近感も持ちやすい。
ピンに転向したのは大正解と言えるだろう。
ただ一点、一向に改善されない噛み癖と天然エロボケのせいで、生放送だけは任せられないが。
「明日はお休み、明後日は早朝から講談TVのBスタか……っと」
ヒロキは自分の部屋を通り過ぎてしまったことに気づき、慌てて振り返った。
数か月前にこっちに引っ越してきたのだが、
前まで住んでいた部屋がマンションの一番端っこだったためか、どうしても奥までてくてくと行ってしまいそうになる。
「ん……」
ドアの前まで戻ると、ヒロキは呼吸を整えた。
そして、ゆっくりとノブを握り、回す。
「……ただいま」
親元を離れ上京して以後、基本的に、彼は一人で生活してきた。
大学時代、つきあっていた彼女はいたが、同棲するまでには進展しなかった。
よって、その言葉を言うべき相手は、ずっといなかった。
だが。
「おかえりなさい、ヒロキさん」
「うん、カルナちゃん」
今は、彼の帰りを待つ人がいる。
如月カルナ。
ヒロキが担当していたトリプルブッキングの、元メンバー―――
小学生の有銘ユーリ、中学生の飯田シホ、高校生の如月カルナ。
まったく共通点のない三人が組んだアイドルユニット、トリプルブッキング。
デビュー直後こそ鳴かず飛ばずだったが、ファーストシングルを発表してからは軌道に乗り、
事務所としても期待以上の大躍進を遂げることになった。
奇妙なスタートから四年、着実にステップアップしていったTBは、日本では知らぬ者のないアイドルグループに成長。
ユーリは中学生、シホは高校生、カルナは大学生となり、一層の充実期を迎えた……。
いや、迎えたはず、だった。
「トリプルブッキングは本日をもって解散いたします」
一つの発表が、お茶の間を駆け巡ったのは、梅雨もそろそろ明けようとしている頃。
レイ・プリンセス芸能事務所社長の柏木レイコの口から発せられた衝撃のメッセージにより、TBは人気絶頂のど真ん中で、突然の解散となった。
理由は、如月カルナの婚約。
その相手はTBの、そして彼女のマネージャー、井戸田ヒロキ。
「ごめんね、遅くなって……起きてたんだ」
「ふふ、元アイドルなんだから、この時間に眠気に負けてるようじゃダメでしょう」
「ははっ、それもそうか」
ほどいたネクタイをカルナに渡すヒロキ。
その行為に、まだぎこちなさが残っている。
「またシホが?」
「うん、そう」
「まったく、あのコは相変わらずね……シャワー、使います?」
「汗かいたし、そうするよ」
「車……」
「え?」
「また、駅から歩いてきたんですね? いい加減、車を買ったらいいのに」
「……もうちょっとしたら、ね」
カルナはアイドル時代、基本的にヒロキには丁寧な言葉を使っていた。
礼儀というものを両親から仕込まれていたこともあるし、
カルナ自身も、性格的に年上にぞんざいな態度が取れなかったこともある。
そして、それは今も変わらない。
とはいえ、微妙にだが、口調も姿勢も柔らかくはなってきている。
「明日は?」
「一応休み。だけど、色々やらなきゃならないことがあるから事務所には出ないと。カルナちゃんは?」
「私は完全にオフ……お休みです」
ヒロキの方も、まだカルナのことをちゃん付けで呼ぶ。
カルナはちゃんを省いてほしいと常々言っているのだが、どうにも直らない。
恋人の関係よりアイドルとマネージャーの関係の方が期間が長かったせいもあるだろうが、
この辺り、二人とも少しばかり不器用なのだろう。
ヒロキとカルナは、ある日突然恋仲になったわけではない。
もちろん、段階を踏んでそうなった。
最初にアプローチを仕掛けたのは、ヒロキではなく、カルナだった。
苦楽を共にしている仲だからといって、アイドルとマネージャーの間に特別な感情が生まれてはならない。
かつて、事務所の社長である柏木レイコはそう言ってヒロキに釘を刺した。
しかし、実際に先に特別な感情を持ってしまったのは、カルナの方。
何くれとなく自分たちのために働いてくれるヒロキに、何時の間にやら好意を抱いてしまった。
ヒロキの仕種一つひとつを目で追うカルナ。
ヒロキが他の女性と親しくしていると不機嫌になるカルナ。
出来る限り、側にいようと近づいていくカルナ。
その想いは、徐々に周囲にも明らかになっていった。
もちろん、ヒロキもそれに気づかぬはずがない。
最初は、躊躇った。
カルナが嫌いだったわけではない。
魅力的だとは思っていたし、正味の話、異性として愛しさも感じていた。
だが、レイコに注意されていたし、立場的なこともあって、どう受け止めていいかわからなかった。
二人にとっても、TBにとっても、事務所にとっても、微妙な時間が流れることになった。
「ふう、人心地ついた」
「ビール、出します?」
「あ、じゃあ貰おうかな」
ヒロキはキッチンのテーブルにつく。
差し出したコップに、カルナがビールをそっと注ぐ。
言葉に出して確認したことといい、その手つきといい、ネクタイを渡すヒロキ以上に、スムーズとは言い難い流れだ。
「……私も、一杯貰っていいですか?」
「え、いいけど」
「じゃ、コップ持ってきます」
ヒロキは飲兵衛ではないが、まあそれなりにいけるクチである。
就職後、「これも営業努力の一貫!」とレイコに鍛えられたこともあって、ビール一本位ではへろへろに酔わない。
「じゃ、どうぞ」
「ありがとうございます」
さっきとは逆に、ヒロキがカルナのコップにビールを注ぐ。
なみなみとではなく、コップの半分程まで。
「ん……」
ヒロキのように一気ではなく、ゆっくりと喉の奥に流し込んでいくカルナ。
ヒロキの半分の量を、ヒロキの二倍かけて飲み干す。
「……ふぅ」
カルナはヒロキと違い、酒には強くない。
コップ半分のビールで、すでに頬に朱が差している。
「……」
「……? どうか、しました?」
「あ、いいや、別に」
ほんのりと赤く染まった顔に艶っぽさを感じ、思わず見とれてしまった……とは、言えないヒロキである。
恋と金、そして風はどう動き、どう流れるかわからない。
ヒロキとカルナのギクシャクした関係は、あっさりと進展してしまった。
カルナがついにヒロキに告白したのだ。
そして、ヒロキはそれを迷いつつも、受けた。
年上の巨乳好き、などというヒロキの嗜好はどこへやら。
互いに好意を持てば、間に隔たる谷も高い壁も関係なし。
火の着いた恋心を、押し留める術はない。
そして、ヒロキに告白した直後、カルナは驚くべき行動に出た。
その足で、レイコのもとへ向かうと、こう言った。
「私、井戸田さんと付き合うことにしました……トリプルブッキングから、抜けさせて下さい」
当然、レイコは仰天した(ヒロキもだが)。
薄々危ないとは思っていたが、まさか一足飛びにそこに着地するとはさすがのレイコも予測していなかった。
そこからはおおいに揉めた。
アイドルは男に夢を与える仕事。だから、浮いた話は一切厳禁。
それが、レイコが考えているアイドル像であり、また、業界での真実でもあった。
人気沸騰のTBは、事務所としてもドル箱。
個人の好いた惚れたで手放すわけにはいかない。
しかし、男が付いたアイドルは、それだけで価値が下落する。
このまま活動すれば、いずれ破綻することは目に見えている。
連日、仕事が終わってから、話し合いの席が設けられた。
TBのメンバーであるシホ、ユーリ、事務の三瀬、営業の小田、果てはカルナの両親まで巻き込んで。
だが、結論なぞ簡単に出るはずもない。
結論が出たのは、五度目の話し合いが一時間程経った頃だった。
「……」
「……」
ヒロキとカルナは、ソファーに腰かけ、ぼうっとしていた。
テレビは深夜放送の若手芸人お笑い番組を映し出しているが、無論、二人は真剣に見ていない。
「カルナちゃん?」
「はい……」
真正面から見て、右側にカルナ、左側にヒロキ。
マンションの部屋に入る位だから、二人が座ればもう余裕がなくなるサイズのソファーだ。
「あ……」
細く、小さく、カルナは喘ぎ声を出した。
ヒロキの指が、彼女の髪をかき分け、耳を撫で擦ったからだ。
「ん、ん……」
ヒロキの指の熱さが、耳たぶに伝わってくる。
くすぐったさがやがて心地よさに変わり、カルナの芯を蕩かしてゆく。
「ふあっ!」
ついにカルナは耐えきれず、声を出して身を震わせた。
薄く開いた唇の端から、つうっと一筋、唾液が垂れて顎を伝う。
「む、う……」
「あ、ん……」
ヒロキはその唾液の筋をなぞるように、カルナの顔に舌をはわせると、そのまま唇の奥へと侵入を図った。
「ん、ちゅ、ん」
「はん、はむ、れ……ろ、ぉ……」
ヒロキはカルナの後頭部に、カルナはヒロキのうなじに。
それぞれ手を回すと、強く引きつけ、激しくねっとりとしたキスを繰り返す。
一分、二分、三分……。
時折息継ぎのために離れ、そしてまた、唇と口内を貪り合う。
さっきの倍以上の量の唾液が、カルナの口から溢れ出て、顎の先から、彼女の胸元に向かってぽたりぽたりと滴り落ちる。
「あぅ……ヒロ、キさん……」
「カルナ、ちゃん……んっ」
ヒロキはカルナの強く吸った。
吸いながら、右手を下ろし、カルナの上着の裾から潜りこませた。
「あ……!」
カルナの震えが、より大きくなった。
ついに、レイコが折れた。
最悪、彼女は非常手段も考えていた。
つまり、ヒロキの首を切って、無理矢理カルナにTBを続けさせることを。
だが、カルナの強い意思の前に、その考えを放棄せざるを得なかった。
強引にTBを継続しても、カルナにやる気が無ければ意味はない。
ならば、後は損得勘定で一番良い引き算をするしかない。
すなわち、TBは解散、カルナは引退、シホとユーリはソロで活動、という答だ。
ヒロキとの交際を認めた上でTBを続けるという案もあったことはあったが、
それでは週刊誌辺りに関係をすっぱ抜かれた時、TBのイメージを激しく傷つける可能性がある。
何より、男の影がつきまとうアイドルは、夢売り人として価値がない。
それをカルナもわかっているからこそ、TBを脱退すると言いだしたのだ。
シホとユーリも、何やかやとぐずりながらも、レイコの決定を受け入れた。
彼女らも、TBは大事だが、カルナとヒロキの存在もまた、大事だった。
「私はね」
一応の決着をみた時、レイコは溜め息をつきつつ、カルナに言った。
「あなたのそのしかめっ面を初めて見た時、思ったのよ。ああ、この娘は一流のアイドルになるか、それとも一流の問題児になるか、って」
レイコは人相見ではないが、自身の現役時代を含め、数多くのタレントを見てきた。
その経験から、彼女は思っていた。
しかめっ面は頑固さと強い意志の現れであり、また、豊かな表情の裏返し。
それがいい方向に発揮されれば、間違いなくアイドルとして大成する。
しかし、逆ならば、事務所の方針と自身の考えの隙間を看過出来ず、トップへの道から外れることになる、と。
「TBは正直、私も予想していなかった位の大成功ユニットになった。けれど今、こうして解散するしかない」
芸能界は厳しい。
甘い世界ではない。
他の事務所では、恋人と無理に別れさせられたトップアイドルもいる。
どうしても別れられず、業界から身を引いた者もいる。
それはおかしいことではない、この業界では。
両方を満たすことなど、出来はしない。
無論、どちらもクリアした人間はいることはいる。
が、それは芸能界の中ではあくまで少数であり、特別なのである。
「スマートじゃないけど、ま、今更しょうがないか。アンタたち二人、不器用だし」
レイコは再び溜め息をつくと、煙草を手に取った。
「会見の用意をしましょ。……カルナ」
レイコは煙草に火を着け、ひとつ、大きく吸った。
「幸せになりなさいよ。井戸田、アンタもこうなった以上、何が何でもカルナを守るように」
一回吸っただけで、レイコは煙草を灰皿に押しつけた。
それで、話し合いは完全に終わった。
「どうですか……? キモチ、いいですか?」
「うん……カルナちゃん」
カルナはヒロキの前に跪き、自らの乳房で、ヒロキのペニスを扱きあげていた。
つまりパイズリだ。
「ヒロキさんの……どんどん固くなっていきます……」
カルナはスカートのみの格好になっている。
ヒロキは服は着ているが、モノだけを露出させ、ソファーに腰かけている。
「う……すごいよ」
「ふふ……嬉しいです、ヒロキさんが、キモチよくなってくれて……」
カルナの胸は、巨乳というわけではない。
だが、日本人女性の平均からすれば、充分に大きい。
形はどちらかと言うとお椀型だろうか。
「れろ……」
「うは」
乳房の間から飛び出た亀頭を、カルナは舌先で突いた。
ヒロキが気持ち良さにつられて、僅かに腰を浮かす。
「大きいですね……」
ヒロキ以外の男を知らないカルナには、ヒロキのそれが人並み以上の巨根であるかどうかはわからない。
それでも、そそり立ったそれに、一種憧れににた逞しさを覚える。
「カルナちゃん、ダメだ……もう……」
「いいです、いいですよ……このまま……」
挟み込む力を、カルナはより強くした。
左右の動きに差をつけながら、ヒロキに射精を促す。
「うっ……!」
「あ……!」
どろりとした白濁液がヒロキのモノから勢いよく放たれた。
カルナの頬に、顎に、唇に、眼鏡に、そして胸に飛び散り、汚していく。
「いっぱい、出ましたね……ふふ」
顔に付着した生臭い精を、カルナは人差し指でこそぐと、ちゅ、とすぼめた唇に突っ込んだ。
「……やっぱり、おいしくないですね」
「そ、そりゃそうだろ」
「何度やっても、この味は……あら?」
カルナはパチクリと瞬きをした。
彼女の胸の中、放ったことで柔らかくなったはずのヒロキのペニスが、また固さを復活させてきたからだ。
「ヒロキさん?」
「……いや、その……カルナちゃん、すごくエロいなって思ったら、その」
こういう時、男の身体は素直である。
制御が利かない、どうにもならない、と言ってもいい。
「ふふっ」
カルナはヒロキのその様に愛しさを感じ、微笑んだ。
そして、眼鏡を外すと口を開き、ヒロキのモノをはむりと咥え込んだ。
レイ・プリンセス事務所社長柏木レイコ、そして同事務所所属のアイドル如月カルナ。
二人の口から、TBの解散とカルナの脱退が発表された時、マスコミはおおいに騒いだ。
そしてその理由を知った時、さらに騒ぎは大きくなった。
人気絶頂のTBのメンバー、如月カルナはマネージャーの井戸田ヒロキと交際している!
それだけではない、TBを、いや芸能界から抜けようとしている!
これは、芸能マスコミにとって、格好のネタとなった。
発表翌日から、事務所の前には各雑誌各新聞の記者が張り付き、
あの手この手でさらに深い部分をほじりだそうと試み始めた。
ある週刊誌は、ヒロキがカルナに手を出したのだと書いた。
また別の週刊誌は、いや、すでに孕ませているとまでぶちあげた。
ネットでは、巨大集合掲示板を中心に、カルナとヒロキのバッシングが巻き起こった。
事務所の電話とメールはパンク寸前になり、三瀬と小田が対応に走り回っても、なお収まらなかった。
だが、これもまた、事態はあっさりと収束した。
発表から一週間後、立て続けに大スキャンダルが表沙汰になったのだ。
某男性アイドルのホモ疑惑問題、
某有名女優の不倫問題、
某男性タレントの借金と破産問題、
某政治家の裏金問題……。
芸能マスコミは、常に新しいネタを飢えている。
カルナとヒロキのことなどほったらかして、皆してそっちの方を追い始めた。
マスコミの救い難い性だが、カルナとヒロキにとっては、それは荒れ空の陽光に等しかった。
二週間後、事務所の前から、マスコミの姿はすっかり消え去っていた。
「あ……イヤ……」
カルナの非難を無視し、ヒロキはソファーに座ったまま、彼女を抱きかかえた。
ただし、正面向き合ってではない。
「こんなの……イヤです」
「何で?」
「は、恥ずかしいし……それに、ヒロキさんの顔が見れない……」
ヒロキの太腿の上に、カルナは後ろ向きで腰を下ろす格好になっている。
カルナの開かれた股の間から、ヒロキの屹立したそれがにゅいと覗く形だ。
「あ、あっ……!」
不満そうなカルナの顔は、しかし、すぐに快楽に歪んだ。
ヒロキが脇の下から腕を伸ばすと、乳房を優しく揉みしだき始めたからだ。
「はあ、っ……ダメ……! さ、先はあ……!」
人差し指と親指で薄桃色の乳首を挟むと、きゅっと捻り、引っ張る。
カルナの声が、より一層の艶を帯びる。
「……ッ!」
ヒロキは右手を下げると、臍から下腹をつうっと削るように滑らせた。
その先にあるのは、スカートの中、カルナが一番感じる部分。
「ダメぇ……! あっ、あ、あう……!」
カルナの身体が細かく波打つ。
スカートの中に潜り込んだヒロキの指が、カルナの敏感な小さな豆をこねくり回す。
ショーツはすでに、上着と一緒の時に剥ぎ取られており、そこにはない。
「ヒロキさん、ヒロキさ……ん!」
涙目になって、カルナは首を左右に振る。
ただし、それは嫌だからではなく、
乳首とクリトリスから送り込まれる快感に反応しているためだ。
「……ッッ!」
カルナは、ぐっと一瞬強張った。
数秒後、くてっと身体をヒロキの上に預ける。
「……イッた?」
「……」
ヒロキの問いに、カルナは答えない。
だが、唇から漏れる熱い息と、細かく痙攣する目蓋が、カルナが達したことを如実に表わしている。
そして、ぐっしょりと濡れてしまった秘所も。
「……ヒロキさん」
「ん?」
カルナが言葉を発したのは、それから一分程経った頃。
「ひとつ、聞いていいですか……?」
「何?」
「……あの、何で……スカートは脱がせないんです?」
「え、いや、それは……」
今度はヒロキが答えられない。
いや、答えられるのだが、どう答えていいかわからない。
「この前は、スカートだけ脱がせましたよね」
「う」
「さらにその前は、ショーツとブラだけ着けたままで……」
「……」
男というものはしょーもない生き物である。
セックスは普通、裸で行うものだが、そうでないセックスもまた、男は望むものなのだ。
服を一枚着るか着ないかで、また変化を感じて、やる気が違ってきたりする。
「ヒロキさん」
「は、はい」
「……エロいんですね」
「はう!」
ヒロキは、何も言えなかった。
事態が鎮静化に向かう中、シホとユーリは活動を再開した。
シホのマネージャーはヒロキ、ユーリのマネージャーは小田で。
本来なら、ヒロキを引き続き使うなど、有り得ない人事だっただろう。
だが、そこは中堅芸能事務所、人手が足りない。
新しい人間を雇うにしても、一から鍛えなおす時間がもったいない。
「ま、行く先々でアンタは叩かれるでしょうけど、それは耐えなさいな。あと、シホにダメージ与えちゃだめよ?」
その一言で、ヒロキの首は繋がった。
ただし、大幅に減俸にはなったが。
「マスコミは別の方向いてるけど、油断しないでね。爆弾に火を着けたがる奴はどこにでもいるから」
一か月経ち、カルナとヒロキの生活は、とりあえずは落ち着いた。
連続して芸能界に事件が浮上し、二人のことなどあっと言う間に過去の出来事になってしまっていた。
ヒロキは、レイコに感謝しつつ、ひとつ気になっていたことを尋ねた。
発覚したスキャンダルの数々に助けられたが、それにしてもタイミングが良すぎる。
もしかして、レイコが裏から手を回して、助け舟を出してくれたのではないか、と。
「馬鹿ね、全てを仕組む程、私に力があると思う? さすがにそれは買いかぶり過ぎよ」
レイコは笑ってそう答えた。
「こういうのはね、自然に芋蔓になっちゃうものよ。それが芸能界の、予想出来ない流れっていうのかしらね……」
ヒロキはそれ以上、聞くのをやめた。
「気にしないことね、これが芸能界なんだから。こっちにとってはラッキーだった、それだけのことよ」
全て、という言葉と、予想出来ない、という言葉。
そこに、レイコが暗にはぐらかした意味を感じ取って。
「ま、仕事以外ではアナタはおとなしくしてなさいな、最低来年の春までは。カルナの大学も、残りはどうせ卒論位でしょ?」
それが、この件に対する、レイコのシメの言葉になった。
「あ、あ、あっ、ああんっ、くうっ!」
「……っ」
ソファーのスプリングを使い、ヒロキが腰を跳ね上げる。
カルナもそれに応えるように、リズムを合わせて、ヒロキに身体を押しつける。
「ヒロキさん、ヒロキさん、ヒロキ……さん!」
「カルナちゃん、カルナちゃん、カルナちゃん……!」
体勢は変えぬまま、二人は繋がっている。
最初はヒロキがカルナの腰を掴んで挿入をしていたのだが、
だんだんと高まるにつれ、カルナも自ら動いていった。
今は、互いにしっかりと掌を握り合い、腰の力だけで、快楽を交換しあっている。
「はあっ……! ダメぇ……こんなの、こんなのぉ……!」
「カルナちゃん、カルナちゃん……」
「ダメです、ダメです、ヒロキさん、ヒロキさん!」
「ダメになっていいよ、もっと……くっ、やらしくなっても、いいんだ、っ……」
パンパンという、身体がぶつかりあう音。
ギシギシという、ソファーが軋む音。
そして、二人の色づいた声。
この三つが混然一体となり、淫猥な曲を組みあげていく。
「……あ……っ! く……あ……!」
カルナの声が、裏返る。
それは、絶頂が近い証拠。
「くぅ……うっ!」
ヒロキは突き出す速度を上げた。
ペニスだけではなく、ヒロキの身体全部を、カルナの中に送り込むかの如くに。
「ああっ、好きですヒロキさ、ん! ヒロキ、さん! あ、あ、イキま……、イ、キ、イキます、イキますぅっ!」
「俺も好きだよ、カルナちゃん、イッていいよ、いいよっ!」
こんな時でもカルナは丁寧な言葉使いだ。
そして、ヒロキも変わらずちゃん付けで彼女を呼ぶ。
「あ……あ……ッ!」
ぐあ、とカルナの背中が反り返る。
顎が天井を向き、ぶるぶるっとさざ波のように震える。
「……う、う……」
カルナがイッた。
彼女の身体から力が抜け、全体重がヒロキの腰に圧し掛かる。
「くっ、カルナちゃんっ!」
気をやり、意識を飛ばした彼女を、ヒロキはさらに攻め立てる。
彼の限界も、すぐ近くにある。
「くうっ!」
ヒロキも、突破した。
先程の、胸でしてもらった時以上の量の精液が、カルナの子宮目掛けて、どくどくっと流れていく。
「く……あ……」
「……」
淫らな組曲は終わった。
残るのは、はぁはぁという、ヒロキの荒い息音だけになった。
「……カル、ナ、ちゃん……」
強張りを失ったヒロキのモノが、カルナの秘所から抜け出た。
とろ、と収まりきらなかった精が、同じ場所から零れ、カルナの尻を伝い、ソファーに落ちた。
あれから数ヶ月、二人を取り巻く環境は、ひとまず落ち着いた。
ヒロキはシホのマネージャーとして、無難に仕事をこなしている。
活動再開当初は、イメージの問題から、いくつか仕事をキャンセルされた。
だが、今はもうそういうことはない。
喉元過ぎれば、ではないが、金や視聴率などが動く以上、いつまでもこだわっていられないのが芸能界でもある。
連続スキャンダルの追及も完全に下火になった。
もっかマスコミが追っかけているのは、有名ハリウッド映画スターの離婚問題についてだ。
カルナも、大学に復帰した。
こちらも始めはファンの学生を中心としてかなり嫌がらせを受けたが、彼女は屈しなかった。
その程度で挫ける程、カルナは弱い女性ではなかった。
無論非難ばかりではなく、応援してくれた女友達や大学関係者等、心強い味方もいた。
二人は、一緒に暮らし始めた。
レイコの言いつけ通り、当分の間は、それぞれの本分を守りながら静かに暮らすつもりでいる。
そして来年の春、カルナの卒業を待って、籍を入れる予定だ。
「ん……」
「ん?」
ヒロキは目を覚ました。
カルナが身を捩り、その肘が脇腹を突いたのだ。
「カルナちゃん?」
声をかけたが、返答はない。
単に、寝がえりをうとうとしただけのようだった。
「……」
カルナの肩からダウンケットが外れているのを見て、ヒロキはそれをかけ直した。
そして壁にかかっている時計を見た。
針は、午前三時過ぎを指していた。
セックスの後、二人はシャワーを浴び直し、ベッドに潜り込んだ。
互いに裸だったが、さすがに眠気が強く、もう一回戦は自粛した。
抱きしめあうように横になると、そのまま夢の世界へと旅立った次第だ。
「車、か」
カルナの寝顔を見つつ、ヒロキは呟いた。
不意に、「車を買ったらいいのに」というカルナの言葉を思い出したのだ。
「……もうちょっとしたら、ね」
もうちょっと。
そう、来年の春まで、ヒロキは車を買うつもりはない。
二人が、新しいスタートをきる、その日まで。
前々から決めていたのだ。
家庭を持った時に、結婚した時に、車を買おう。
スポーツカーでもファミリーワゴンでも何でもいい、妻になる人と二人で、選んで買おう、と。
何と言うことはない、男にありがちな子供っぽい理由、ちっぽけなこだわりだ。
「春になったら、休みを貰って、そして……」
二人で、どこかに旅行に行こう。
買ったばかりの車で、旅行に。
「ふあわああ……」
あくびをひとつ、ヒロキはした。
また再び、眠気が覆いかぶさってくる。
「今日も、暑くなるかな……」
もう一度、自分とカルナにダウンケットをかけると、ヒロキは目を閉じた。
井戸田ヒロキと如月カルナ、
初めて会ってから色々とあったが、
不器用な二人の時は今、幸せに彩られて、ゆっくりと流れている
F I N
夜が深まろうとしている午後十一時。
街灯の明かりを仄かに反射するアスファルトの上を、一人の男が歩いている。
「やれやれ、ちょっと遅くなっちまったかな」
仕事は本来なら、八時過ぎには終わるはずだった。
しかし、色々と面倒な出来事があり、押してしまった。
面倒と言っても、彼自身のミスによるものではない。
正確に言えば、彼が仕事の世話を見ている人間が、失敗をしでかしたのだ。
「録りが一時間オーバー……それでも、シホちゃんならまだマシな方だったのかな?」
彼の名前は井戸田ヒロキ。
レイ・プリンセス芸能事務所の看板タレント、飯田シホのマネージャーである。
疲れた足を引きずって、コンクリートの階段を上る。
エレベーターはこんな時に限って、今日から明日いっぱいまで調整中だったりする。
「ふああ……」
ヒロキは何度か踊り場で立ち止まると、息を整えた。
テレビ局と事務所の往復、そしてシホの送りまでは車を使えるが、
それ以外は全部、公共の機関か、自分の足での移動となる。
収入的に自分の車が買えないわけではないが、とある理由で、今のところ購入するつもりはない。
「ふう」
ネクタイをくいっと緩め、ヒロキは大きく息を吐いた。
彼が担当している飯田シホは、ここ最近、人気がうなぎ昇りだ。
容姿は充分にキュートだし、性格も積極的で明るい。
演技力はまだ修行の余地アリだが、歌唱力は合格点。
いい意味でのずうずうしさは天下一品で、舞台度胸もある。
変に『アイドルを演じる』タイプでもなく、見る方からすれば親近感も持ちやすい。
ピンに転向したのは大正解と言えるだろう。
ただ一点、一向に改善されない噛み癖と天然エロボケのせいで、生放送だけは任せられないが。
「明日はお休み、明後日は早朝から講談TVのBスタか……っと」
ヒロキは自分の部屋を通り過ぎてしまったことに気づき、慌てて振り返った。
数か月前にこっちに引っ越してきたのだが、
前まで住んでいた部屋がマンションの一番端っこだったためか、どうしても奥までてくてくと行ってしまいそうになる。
「ん……」
ドアの前まで戻ると、ヒロキは呼吸を整えた。
そして、ゆっくりとノブを握り、回す。
「……ただいま」
親元を離れ上京して以後、基本的に、彼は一人で生活してきた。
大学時代、つきあっていた彼女はいたが、同棲するまでには進展しなかった。
よって、その言葉を言うべき相手は、ずっといなかった。
だが。
「おかえりなさい、ヒロキさん」
「うん、カルナちゃん」
今は、彼の帰りを待つ人がいる。
如月カルナ。
ヒロキが担当していたトリプルブッキングの、元メンバー―――
小学生の有銘ユーリ、中学生の飯田シホ、高校生の如月カルナ。
まったく共通点のない三人が組んだアイドルユニット、トリプルブッキング。
デビュー直後こそ鳴かず飛ばずだったが、ファーストシングルを発表してからは軌道に乗り、
事務所としても期待以上の大躍進を遂げることになった。
奇妙なスタートから四年、着実にステップアップしていったTBは、日本では知らぬ者のないアイドルグループに成長。
ユーリは中学生、シホは高校生、カルナは大学生となり、一層の充実期を迎えた……。
いや、迎えたはず、だった。
「トリプルブッキングは本日をもって解散いたします」
一つの発表が、お茶の間を駆け巡ったのは、梅雨もそろそろ明けようとしている頃。
レイ・プリンセス芸能事務所社長の柏木レイコの口から発せられた衝撃のメッセージにより、TBは人気絶頂のど真ん中で、突然の解散となった。
理由は、如月カルナの婚約。
その相手はTBの、そして彼女のマネージャー、井戸田ヒロキ。
「ごめんね、遅くなって……起きてたんだ」
「ふふ、元アイドルなんだから、この時間に眠気に負けてるようじゃダメでしょう」
「ははっ、それもそうか」
ほどいたネクタイをカルナに渡すヒロキ。
その行為に、まだぎこちなさが残っている。
「またシホが?」
「うん、そう」
「まったく、あのコは相変わらずね……シャワー、使います?」
「汗かいたし、そうするよ」
「車……」
「え?」
「また、駅から歩いてきたんですね? いい加減、車を買ったらいいのに」
「……もうちょっとしたら、ね」
カルナはアイドル時代、基本的にヒロキには丁寧な言葉を使っていた。
礼儀というものを両親から仕込まれていたこともあるし、
カルナ自身も、性格的に年上にぞんざいな態度が取れなかったこともある。
そして、それは今も変わらない。
とはいえ、微妙にだが、口調も姿勢も柔らかくはなってきている。
「明日は?」
「一応休み。だけど、色々やらなきゃならないことがあるから事務所には出ないと。カルナちゃんは?」
「私は完全にオフ……お休みです」
ヒロキの方も、まだカルナのことをちゃん付けで呼ぶ。
カルナはちゃんを省いてほしいと常々言っているのだが、どうにも直らない。
恋人の関係よりアイドルとマネージャーの関係の方が期間が長かったせいもあるだろうが、
この辺り、二人とも少しばかり不器用なのだろう。
ヒロキとカルナは、ある日突然恋仲になったわけではない。
もちろん、段階を踏んでそうなった。
最初にアプローチを仕掛けたのは、ヒロキではなく、カルナだった。
苦楽を共にしている仲だからといって、アイドルとマネージャーの間に特別な感情が生まれてはならない。
かつて、事務所の社長である柏木レイコはそう言ってヒロキに釘を刺した。
しかし、実際に先に特別な感情を持ってしまったのは、カルナの方。
何くれとなく自分たちのために働いてくれるヒロキに、何時の間にやら好意を抱いてしまった。
ヒロキの仕種一つひとつを目で追うカルナ。
ヒロキが他の女性と親しくしていると不機嫌になるカルナ。
出来る限り、側にいようと近づいていくカルナ。
その想いは、徐々に周囲にも明らかになっていった。
もちろん、ヒロキもそれに気づかぬはずがない。
最初は、躊躇った。
カルナが嫌いだったわけではない。
魅力的だとは思っていたし、正味の話、異性として愛しさも感じていた。
だが、レイコに注意されていたし、立場的なこともあって、どう受け止めていいかわからなかった。
二人にとっても、TBにとっても、事務所にとっても、微妙な時間が流れることになった。
「ふう、人心地ついた」
「ビール、出します?」
「あ、じゃあ貰おうかな」
ヒロキはキッチンのテーブルにつく。
差し出したコップに、カルナがビールをそっと注ぐ。
言葉に出して確認したことといい、その手つきといい、ネクタイを渡すヒロキ以上に、スムーズとは言い難い流れだ。
「……私も、一杯貰っていいですか?」
「え、いいけど」
「じゃ、コップ持ってきます」
ヒロキは飲兵衛ではないが、まあそれなりにいけるクチである。
就職後、「これも営業努力の一貫!」とレイコに鍛えられたこともあって、ビール一本位ではへろへろに酔わない。
「じゃ、どうぞ」
「ありがとうございます」
さっきとは逆に、ヒロキがカルナのコップにビールを注ぐ。
なみなみとではなく、コップの半分程まで。
「ん……」
ヒロキのように一気ではなく、ゆっくりと喉の奥に流し込んでいくカルナ。
ヒロキの半分の量を、ヒロキの二倍かけて飲み干す。
「……ふぅ」
カルナはヒロキと違い、酒には強くない。
コップ半分のビールで、すでに頬に朱が差している。
「……」
「……? どうか、しました?」
「あ、いいや、別に」
ほんのりと赤く染まった顔に艶っぽさを感じ、思わず見とれてしまった……とは、言えないヒロキである。
恋と金、そして風はどう動き、どう流れるかわからない。
ヒロキとカルナのギクシャクした関係は、あっさりと進展してしまった。
カルナがついにヒロキに告白したのだ。
そして、ヒロキはそれを迷いつつも、受けた。
年上の巨乳好き、などというヒロキの嗜好はどこへやら。
互いに好意を持てば、間に隔たる谷も高い壁も関係なし。
火の着いた恋心を、押し留める術はない。
そして、ヒロキに告白した直後、カルナは驚くべき行動に出た。
その足で、レイコのもとへ向かうと、こう言った。
「私、井戸田さんと付き合うことにしました……トリプルブッキングから、抜けさせて下さい」
当然、レイコは仰天した(ヒロキもだが)。
薄々危ないとは思っていたが、まさか一足飛びにそこに着地するとはさすがのレイコも予測していなかった。
そこからはおおいに揉めた。
アイドルは男に夢を与える仕事。だから、浮いた話は一切厳禁。
それが、レイコが考えているアイドル像であり、また、業界での真実でもあった。
人気沸騰のTBは、事務所としてもドル箱。
個人の好いた惚れたで手放すわけにはいかない。
しかし、男が付いたアイドルは、それだけで価値が下落する。
このまま活動すれば、いずれ破綻することは目に見えている。
連日、仕事が終わってから、話し合いの席が設けられた。
TBのメンバーであるシホ、ユーリ、事務の三瀬、営業の小田、果てはカルナの両親まで巻き込んで。
だが、結論なぞ簡単に出るはずもない。
結論が出たのは、五度目の話し合いが一時間程経った頃だった。
「……」
「……」
ヒロキとカルナは、ソファーに腰かけ、ぼうっとしていた。
テレビは深夜放送の若手芸人お笑い番組を映し出しているが、無論、二人は真剣に見ていない。
「カルナちゃん?」
「はい……」
真正面から見て、右側にカルナ、左側にヒロキ。
マンションの部屋に入る位だから、二人が座ればもう余裕がなくなるサイズのソファーだ。
「あ……」
細く、小さく、カルナは喘ぎ声を出した。
ヒロキの指が、彼女の髪をかき分け、耳を撫で擦ったからだ。
「ん、ん……」
ヒロキの指の熱さが、耳たぶに伝わってくる。
くすぐったさがやがて心地よさに変わり、カルナの芯を蕩かしてゆく。
「ふあっ!」
ついにカルナは耐えきれず、声を出して身を震わせた。
薄く開いた唇の端から、つうっと一筋、唾液が垂れて顎を伝う。
「む、う……」
「あ、ん……」
ヒロキはその唾液の筋をなぞるように、カルナの顔に舌をはわせると、そのまま唇の奥へと侵入を図った。
「ん、ちゅ、ん」
「はん、はむ、れ……ろ、ぉ……」
ヒロキはカルナの後頭部に、カルナはヒロキのうなじに。
それぞれ手を回すと、強く引きつけ、激しくねっとりとしたキスを繰り返す。
一分、二分、三分……。
時折息継ぎのために離れ、そしてまた、唇と口内を貪り合う。
さっきの倍以上の量の唾液が、カルナの口から溢れ出て、顎の先から、彼女の胸元に向かってぽたりぽたりと滴り落ちる。
「あぅ……ヒロ、キさん……」
「カルナ、ちゃん……んっ」
ヒロキはカルナの強く吸った。
吸いながら、右手を下ろし、カルナの上着の裾から潜りこませた。
「あ……!」
カルナの震えが、より大きくなった。
ついに、レイコが折れた。
最悪、彼女は非常手段も考えていた。
つまり、ヒロキの首を切って、無理矢理カルナにTBを続けさせることを。
だが、カルナの強い意思の前に、その考えを放棄せざるを得なかった。
強引にTBを継続しても、カルナにやる気が無ければ意味はない。
ならば、後は損得勘定で一番良い引き算をするしかない。
すなわち、TBは解散、カルナは引退、シホとユーリはソロで活動、という答だ。
ヒロキとの交際を認めた上でTBを続けるという案もあったことはあったが、
それでは週刊誌辺りに関係をすっぱ抜かれた時、TBのイメージを激しく傷つける可能性がある。
何より、男の影がつきまとうアイドルは、夢売り人として価値がない。
それをカルナもわかっているからこそ、TBを脱退すると言いだしたのだ。
シホとユーリも、何やかやとぐずりながらも、レイコの決定を受け入れた。
彼女らも、TBは大事だが、カルナとヒロキの存在もまた、大事だった。
「私はね」
一応の決着をみた時、レイコは溜め息をつきつつ、カルナに言った。
「あなたのそのしかめっ面を初めて見た時、思ったのよ。ああ、この娘は一流のアイドルになるか、それとも一流の問題児になるか、って」
レイコは人相見ではないが、自身の現役時代を含め、数多くのタレントを見てきた。
その経験から、彼女は思っていた。
しかめっ面は頑固さと強い意志の現れであり、また、豊かな表情の裏返し。
それがいい方向に発揮されれば、間違いなくアイドルとして大成する。
しかし、逆ならば、事務所の方針と自身の考えの隙間を看過出来ず、トップへの道から外れることになる、と。
「TBは正直、私も予想していなかった位の大成功ユニットになった。けれど今、こうして解散するしかない」
芸能界は厳しい。
甘い世界ではない。
他の事務所では、恋人と無理に別れさせられたトップアイドルもいる。
どうしても別れられず、業界から身を引いた者もいる。
それはおかしいことではない、この業界では。
両方を満たすことなど、出来はしない。
無論、どちらもクリアした人間はいることはいる。
が、それは芸能界の中ではあくまで少数であり、特別なのである。
「スマートじゃないけど、ま、今更しょうがないか。アンタたち二人、不器用だし」
レイコは再び溜め息をつくと、煙草を手に取った。
「会見の用意をしましょ。……カルナ」
レイコは煙草に火を着け、ひとつ、大きく吸った。
「幸せになりなさいよ。井戸田、アンタもこうなった以上、何が何でもカルナを守るように」
一回吸っただけで、レイコは煙草を灰皿に押しつけた。
それで、話し合いは完全に終わった。
「どうですか……? キモチ、いいですか?」
「うん……カルナちゃん」
カルナはヒロキの前に跪き、自らの乳房で、ヒロキのペニスを扱きあげていた。
つまりパイズリだ。
「ヒロキさんの……どんどん固くなっていきます……」
カルナはスカートのみの格好になっている。
ヒロキは服は着ているが、モノだけを露出させ、ソファーに腰かけている。
「う……すごいよ」
「ふふ……嬉しいです、ヒロキさんが、キモチよくなってくれて……」
カルナの胸は、巨乳というわけではない。
だが、日本人女性の平均からすれば、充分に大きい。
形はどちらかと言うとお椀型だろうか。
「れろ……」
「うは」
乳房の間から飛び出た亀頭を、カルナは舌先で突いた。
ヒロキが気持ち良さにつられて、僅かに腰を浮かす。
「大きいですね……」
ヒロキ以外の男を知らないカルナには、ヒロキのそれが人並み以上の巨根であるかどうかはわからない。
それでも、そそり立ったそれに、一種憧れににた逞しさを覚える。
「カルナちゃん、ダメだ……もう……」
「いいです、いいですよ……このまま……」
挟み込む力を、カルナはより強くした。
左右の動きに差をつけながら、ヒロキに射精を促す。
「うっ……!」
「あ……!」
どろりとした白濁液がヒロキのモノから勢いよく放たれた。
カルナの頬に、顎に、唇に、眼鏡に、そして胸に飛び散り、汚していく。
「いっぱい、出ましたね……ふふ」
顔に付着した生臭い精を、カルナは人差し指でこそぐと、ちゅ、とすぼめた唇に突っ込んだ。
「……やっぱり、おいしくないですね」
「そ、そりゃそうだろ」
「何度やっても、この味は……あら?」
カルナはパチクリと瞬きをした。
彼女の胸の中、放ったことで柔らかくなったはずのヒロキのペニスが、また固さを復活させてきたからだ。
「ヒロキさん?」
「……いや、その……カルナちゃん、すごくエロいなって思ったら、その」
こういう時、男の身体は素直である。
制御が利かない、どうにもならない、と言ってもいい。
「ふふっ」
カルナはヒロキのその様に愛しさを感じ、微笑んだ。
そして、眼鏡を外すと口を開き、ヒロキのモノをはむりと咥え込んだ。
レイ・プリンセス事務所社長柏木レイコ、そして同事務所所属のアイドル如月カルナ。
二人の口から、TBの解散とカルナの脱退が発表された時、マスコミはおおいに騒いだ。
そしてその理由を知った時、さらに騒ぎは大きくなった。
人気絶頂のTBのメンバー、如月カルナはマネージャーの井戸田ヒロキと交際している!
それだけではない、TBを、いや芸能界から抜けようとしている!
これは、芸能マスコミにとって、格好のネタとなった。
発表翌日から、事務所の前には各雑誌各新聞の記者が張り付き、
あの手この手でさらに深い部分をほじりだそうと試み始めた。
ある週刊誌は、ヒロキがカルナに手を出したのだと書いた。
また別の週刊誌は、いや、すでに孕ませているとまでぶちあげた。
ネットでは、巨大集合掲示板を中心に、カルナとヒロキのバッシングが巻き起こった。
事務所の電話とメールはパンク寸前になり、三瀬と小田が対応に走り回っても、なお収まらなかった。
だが、これもまた、事態はあっさりと収束した。
発表から一週間後、立て続けに大スキャンダルが表沙汰になったのだ。
某男性アイドルのホモ疑惑問題、
某有名女優の不倫問題、
某男性タレントの借金と破産問題、
某政治家の裏金問題……。
芸能マスコミは、常に新しいネタを飢えている。
カルナとヒロキのことなどほったらかして、皆してそっちの方を追い始めた。
マスコミの救い難い性だが、カルナとヒロキにとっては、それは荒れ空の陽光に等しかった。
二週間後、事務所の前から、マスコミの姿はすっかり消え去っていた。
「あ……イヤ……」
カルナの非難を無視し、ヒロキはソファーに座ったまま、彼女を抱きかかえた。
ただし、正面向き合ってではない。
「こんなの……イヤです」
「何で?」
「は、恥ずかしいし……それに、ヒロキさんの顔が見れない……」
ヒロキの太腿の上に、カルナは後ろ向きで腰を下ろす格好になっている。
カルナの開かれた股の間から、ヒロキの屹立したそれがにゅいと覗く形だ。
「あ、あっ……!」
不満そうなカルナの顔は、しかし、すぐに快楽に歪んだ。
ヒロキが脇の下から腕を伸ばすと、乳房を優しく揉みしだき始めたからだ。
「はあ、っ……ダメ……! さ、先はあ……!」
人差し指と親指で薄桃色の乳首を挟むと、きゅっと捻り、引っ張る。
カルナの声が、より一層の艶を帯びる。
「……ッ!」
ヒロキは右手を下げると、臍から下腹をつうっと削るように滑らせた。
その先にあるのは、スカートの中、カルナが一番感じる部分。
「ダメぇ……! あっ、あ、あう……!」
カルナの身体が細かく波打つ。
スカートの中に潜り込んだヒロキの指が、カルナの敏感な小さな豆をこねくり回す。
ショーツはすでに、上着と一緒の時に剥ぎ取られており、そこにはない。
「ヒロキさん、ヒロキさ……ん!」
涙目になって、カルナは首を左右に振る。
ただし、それは嫌だからではなく、
乳首とクリトリスから送り込まれる快感に反応しているためだ。
「……ッッ!」
カルナは、ぐっと一瞬強張った。
数秒後、くてっと身体をヒロキの上に預ける。
「……イッた?」
「……」
ヒロキの問いに、カルナは答えない。
だが、唇から漏れる熱い息と、細かく痙攣する目蓋が、カルナが達したことを如実に表わしている。
そして、ぐっしょりと濡れてしまった秘所も。
「……ヒロキさん」
「ん?」
カルナが言葉を発したのは、それから一分程経った頃。
「ひとつ、聞いていいですか……?」
「何?」
「……あの、何で……スカートは脱がせないんです?」
「え、いや、それは……」
今度はヒロキが答えられない。
いや、答えられるのだが、どう答えていいかわからない。
「この前は、スカートだけ脱がせましたよね」
「う」
「さらにその前は、ショーツとブラだけ着けたままで……」
「……」
男というものはしょーもない生き物である。
セックスは普通、裸で行うものだが、そうでないセックスもまた、男は望むものなのだ。
服を一枚着るか着ないかで、また変化を感じて、やる気が違ってきたりする。
「ヒロキさん」
「は、はい」
「……エロいんですね」
「はう!」
ヒロキは、何も言えなかった。
事態が鎮静化に向かう中、シホとユーリは活動を再開した。
シホのマネージャーはヒロキ、ユーリのマネージャーは小田で。
本来なら、ヒロキを引き続き使うなど、有り得ない人事だっただろう。
だが、そこは中堅芸能事務所、人手が足りない。
新しい人間を雇うにしても、一から鍛えなおす時間がもったいない。
「ま、行く先々でアンタは叩かれるでしょうけど、それは耐えなさいな。あと、シホにダメージ与えちゃだめよ?」
その一言で、ヒロキの首は繋がった。
ただし、大幅に減俸にはなったが。
「マスコミは別の方向いてるけど、油断しないでね。爆弾に火を着けたがる奴はどこにでもいるから」
一か月経ち、カルナとヒロキの生活は、とりあえずは落ち着いた。
連続して芸能界に事件が浮上し、二人のことなどあっと言う間に過去の出来事になってしまっていた。
ヒロキは、レイコに感謝しつつ、ひとつ気になっていたことを尋ねた。
発覚したスキャンダルの数々に助けられたが、それにしてもタイミングが良すぎる。
もしかして、レイコが裏から手を回して、助け舟を出してくれたのではないか、と。
「馬鹿ね、全てを仕組む程、私に力があると思う? さすがにそれは買いかぶり過ぎよ」
レイコは笑ってそう答えた。
「こういうのはね、自然に芋蔓になっちゃうものよ。それが芸能界の、予想出来ない流れっていうのかしらね……」
ヒロキはそれ以上、聞くのをやめた。
「気にしないことね、これが芸能界なんだから。こっちにとってはラッキーだった、それだけのことよ」
全て、という言葉と、予想出来ない、という言葉。
そこに、レイコが暗にはぐらかした意味を感じ取って。
「ま、仕事以外ではアナタはおとなしくしてなさいな、最低来年の春までは。カルナの大学も、残りはどうせ卒論位でしょ?」
それが、この件に対する、レイコのシメの言葉になった。
「あ、あ、あっ、ああんっ、くうっ!」
「……っ」
ソファーのスプリングを使い、ヒロキが腰を跳ね上げる。
カルナもそれに応えるように、リズムを合わせて、ヒロキに身体を押しつける。
「ヒロキさん、ヒロキさん、ヒロキ……さん!」
「カルナちゃん、カルナちゃん、カルナちゃん……!」
体勢は変えぬまま、二人は繋がっている。
最初はヒロキがカルナの腰を掴んで挿入をしていたのだが、
だんだんと高まるにつれ、カルナも自ら動いていった。
今は、互いにしっかりと掌を握り合い、腰の力だけで、快楽を交換しあっている。
「はあっ……! ダメぇ……こんなの、こんなのぉ……!」
「カルナちゃん、カルナちゃん……」
「ダメです、ダメです、ヒロキさん、ヒロキさん!」
「ダメになっていいよ、もっと……くっ、やらしくなっても、いいんだ、っ……」
パンパンという、身体がぶつかりあう音。
ギシギシという、ソファーが軋む音。
そして、二人の色づいた声。
この三つが混然一体となり、淫猥な曲を組みあげていく。
「……あ……っ! く……あ……!」
カルナの声が、裏返る。
それは、絶頂が近い証拠。
「くぅ……うっ!」
ヒロキは突き出す速度を上げた。
ペニスだけではなく、ヒロキの身体全部を、カルナの中に送り込むかの如くに。
「ああっ、好きですヒロキさ、ん! ヒロキ、さん! あ、あ、イキま……、イ、キ、イキます、イキますぅっ!」
「俺も好きだよ、カルナちゃん、イッていいよ、いいよっ!」
こんな時でもカルナは丁寧な言葉使いだ。
そして、ヒロキも変わらずちゃん付けで彼女を呼ぶ。
「あ……あ……ッ!」
ぐあ、とカルナの背中が反り返る。
顎が天井を向き、ぶるぶるっとさざ波のように震える。
「……う、う……」
カルナがイッた。
彼女の身体から力が抜け、全体重がヒロキの腰に圧し掛かる。
「くっ、カルナちゃんっ!」
気をやり、意識を飛ばした彼女を、ヒロキはさらに攻め立てる。
彼の限界も、すぐ近くにある。
「くうっ!」
ヒロキも、突破した。
先程の、胸でしてもらった時以上の量の精液が、カルナの子宮目掛けて、どくどくっと流れていく。
「く……あ……」
「……」
淫らな組曲は終わった。
残るのは、はぁはぁという、ヒロキの荒い息音だけになった。
「……カル、ナ、ちゃん……」
強張りを失ったヒロキのモノが、カルナの秘所から抜け出た。
とろ、と収まりきらなかった精が、同じ場所から零れ、カルナの尻を伝い、ソファーに落ちた。
あれから数ヶ月、二人を取り巻く環境は、ひとまず落ち着いた。
ヒロキはシホのマネージャーとして、無難に仕事をこなしている。
活動再開当初は、イメージの問題から、いくつか仕事をキャンセルされた。
だが、今はもうそういうことはない。
喉元過ぎれば、ではないが、金や視聴率などが動く以上、いつまでもこだわっていられないのが芸能界でもある。
連続スキャンダルの追及も完全に下火になった。
もっかマスコミが追っかけているのは、有名ハリウッド映画スターの離婚問題についてだ。
カルナも、大学に復帰した。
こちらも始めはファンの学生を中心としてかなり嫌がらせを受けたが、彼女は屈しなかった。
その程度で挫ける程、カルナは弱い女性ではなかった。
無論非難ばかりではなく、応援してくれた女友達や大学関係者等、心強い味方もいた。
二人は、一緒に暮らし始めた。
レイコの言いつけ通り、当分の間は、それぞれの本分を守りながら静かに暮らすつもりでいる。
そして来年の春、カルナの卒業を待って、籍を入れる予定だ。
「ん……」
「ん?」
ヒロキは目を覚ました。
カルナが身を捩り、その肘が脇腹を突いたのだ。
「カルナちゃん?」
声をかけたが、返答はない。
単に、寝がえりをうとうとしただけのようだった。
「……」
カルナの肩からダウンケットが外れているのを見て、ヒロキはそれをかけ直した。
そして壁にかかっている時計を見た。
針は、午前三時過ぎを指していた。
セックスの後、二人はシャワーを浴び直し、ベッドに潜り込んだ。
互いに裸だったが、さすがに眠気が強く、もう一回戦は自粛した。
抱きしめあうように横になると、そのまま夢の世界へと旅立った次第だ。
「車、か」
カルナの寝顔を見つつ、ヒロキは呟いた。
不意に、「車を買ったらいいのに」というカルナの言葉を思い出したのだ。
「……もうちょっとしたら、ね」
もうちょっと。
そう、来年の春まで、ヒロキは車を買うつもりはない。
二人が、新しいスタートをきる、その日まで。
前々から決めていたのだ。
家庭を持った時に、結婚した時に、車を買おう。
スポーツカーでもファミリーワゴンでも何でもいい、妻になる人と二人で、選んで買おう、と。
何と言うことはない、男にありがちな子供っぽい理由、ちっぽけなこだわりだ。
「春になったら、休みを貰って、そして……」
二人で、どこかに旅行に行こう。
買ったばかりの車で、旅行に。
「ふあわああ……」
あくびをひとつ、ヒロキはした。
また再び、眠気が覆いかぶさってくる。
「今日も、暑くなるかな……」
もう一度、自分とカルナにダウンケットをかけると、ヒロキは目を閉じた。
井戸田ヒロキと如月カルナ、
初めて会ってから色々とあったが、
不器用な二人の時は今、幸せに彩られて、ゆっくりと流れている
F I N
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