私は五十嵐カエデ。元女子高である桜才学園の風紀委員長。
日課は見守り。男は怖いけど、乱暴された過去はない。

「コトミさん、服装がだらしないわよ」

「はーい」

取り締まる相手は、女性である限り選ばない。
それが副会長の妹であろうと同じこと。

服装の善し悪しから、不良行為を起こしていないかどうか。
校舎の隅々まで見逃さないのが、風紀を仕切る私の仕事なのだ。


そんなことを考えながら一階廊下を歩いていると、保健室の前にてこそこそと中を覗く女生徒を発見する。
注意のため声をかけようと近づく。そこで彼女が見知った人であることに気付く。

「ごきげんよう、畑さん」

そう、彼女の名は畑ランコ。
新聞部の部長で、会議などで顔を合わせることが多い。私が苦手とする、数少ない女性だ。

「あら五十嵐さん。会うの久々ですね」

畑さんの表情は、微動だにしなかった。人間臭さを全く感じないのだ。
自らの感情に流されないのが報道の鑑と云われるかもしれないが、個人的に彼女の輝きを失った瞳は、怖れの対象となる。
だが私は動じない。男性恐怖症というアイデンティティーを護るためには、女性に恐怖の念を抱いてはならないのだ。

「まあね。何を見ているの?」

そこで私は気になっていた彼女の挙動を探ろうと動く。
畑さんが佇んでいたのは、保健室の前。この教室で何かが起こっているのか、私はゆっくりと扉を開き、中を観察していく。


最初に見えたのは肌色だった。
次に見えたのはバサバサと乱れた髪の女性。

「ああっタカトシ君!もっと、激しくしてェッ!!」

「ム……ムツミッ!!」

絶句した。
所謂お取り込み中というやつだ。異性との関わりが薄い私でも、何をしているかくらい分かる。
そしてこの2人が誰なのかも分かっている。

「副会長の津田君に……柔道部の三葉さん?」

誰なのかは分かっている。だが、今ここで腰を打ちつけ合っている表情を、私は知らない。
営みにほど遠い健全な二人が、なぜこんな間違いを起こしているのか、信じられなかった。

「いっ…淫猥……」

口から出たのはその言葉だけ。
私はゆっくりと後退りするのが精一杯だった。

「風紀が乱れてるわあーっ!!」

この状況を示すその一言を咆哮し、私は両手を広げながら駆け抜けていった。
ギャグ漫画の如き反応で。


「ハァッ……ハァッ……」

未だに昂る感情。
落ち着けようにも鼓動は収まらなかった。
原因は分かっている。決して久々に走ったことではない。

「津田君……」

津田君と三葉さんが保健室で事に及んでいたこと。
彼女の艶やかな表情が、彼の野性的な息遣いが、脳裏にやきつき動悸となるのだ。

ショックだった。
私は委員会の仕事上、昨年の2学期を境に生徒会に顔を出すことが多くなった。そこで津田君に初めて会ったのだ。
最初は硬直しそうになるも、現在までの間なんとか距離を保つことに成功している。
未だ振るえは止まないが、彼のことは一人の人間として評価している。否、していた。

だがあの光景を見てしまえば、過去の評価など砂上と化してしまう。
彼は男性で思春期、異性に対して強い感情をもっていても不思議ではない。
それでも学校の保健室で弄り合う光景は、年相応のものではない。断じて許し難いものだったのだ。

「私……行かなきゃ」

津田君の行為を記憶から切り離すことなど出来ない。ならば進むしかない。
私は一つの覚悟を決め、とある場所へと向かった。


「失礼します」

ゆっくりとしたノックの後、私が入ったのは職員室だった。
ざわざわと先生が入り混じっていたが、目的の人物を見つけて胸を撫で下ろす。

「あら、五十嵐さんどうしたのかな?」

「いえ……ちょっと」

最初に声をかけてくれたのは、メガネをかけた世界史担当の女性教師だった。
名前は忘れてしまったが、今日の用事は彼女ではない。よって、ここは愛想笑いと会釈程度に留めておいた。
そして私は目標の人物の所へと向かう。

ボールペンを銜えながら沢山の書類と睨めっこしている若い先生へと声をかける。

「お時間いただけないでしょうか……?横島先生」

先生の名は、横島ナルコ。
生徒会の顧問である彼女こそ、津田君を知る最大の手掛かりになると思ったのだ。


「なあに、風紀委員長の五十嵐カエデさん」

声をかけられた横島先生は、むくれた顔でこちらを向く。
仕事の邪魔になっていたのか、そんなことお構いなしにこちらから直球で伝える。

「副会長の津田君が、三葉さんに手を出しています」

セックスとは、恐れ多くて口に出せない。
オブラートに包んだところで相手が理解してくれるのなら、それで充分だ。

「ふーん……それで?」

「『それで?』って……注意しないんですか?」

だが先生の言葉は素気なかった。
熱を出していたときのような冷淡だが、今日は熱など出ていないだろう。

「なんで私が注意すんの?」

生徒会メンバーによると、横島先生はあまり良い評価を受けていないようだ。
しかし、それは性的な暴走やルーズな性格が原因となっているわけで、生徒に対して無関心なわけではない。少なくとも私はそう信じている。

「なんでって……先生は彼の顧問なんでしょう?」

そう、いくら形だけでとはいえ彼女は生徒会の顧問。知らなかったじゃ済まされないのだ。
そんな先生の反応はどこか不審じみていた。というか、視線を唐突に避けだしたのだ。

「そもそも、アイツが猿になってんのは私に原因あるわけだし」

そして告げられた意味深なワード。
無論ながら見逃すわけにはいかず、追及の姿勢を取る。

「どういうことですか?」

横島先生の発言は、聞き捨てならなかった。
彼女の動揺具合から、その言葉は虚言でもなければ誇張でもない。ありのままの真実。

「ちょっと場所変えようか」

私の追及を逃れるかのごとく、横島先生は立ち上がり職員室から一緒に出るよう誘導した。


連れられてやってきたのは相談室。
鍵つきの小さな棚に書類が束ねられているくらいで、白色のテーブル一つに椅子二つというシンプルな部屋だった。

「とりあえず座りな」

「は……はい」

横島先生の顔色を窺いながら、先に座る。
先程よりは動揺していないらしく、覚悟がちらりと垣間見える。

「誰にも言わないって……約束出来る?」

彼女の言葉に、無言で頷く。
『内容による』と本音を溢してしまえば、真実を知ることは出来ないと踏んだからだ。

先生はもう一度深呼吸をして、席に座る。
対面だと難しいのか、椅子を本棚へとくっつけて、足を組む。
私にとっても対面でないことは、話の訊き易さからでもプラスだ。

そして横島先生は語り始める。
誰にも話していない、先生と津田君だけが知る『秘密』を――。

「夏休みが始まる前のことなんだけどね……」


全ての始まりは七月。蝉の発情に風流を知るなかで、生徒会には4人が揃っていた。

「よおっす、生徒会役員共。頑張ってるかぁ?」

扉を開いたのは、横島先生。
聞くところによると、彼女はあまり生徒会室に姿を現さないらしい。
表向きには『自主性に委ねる』という趣旨らしいが、その実は周知のものとなっている。

「現在会議中です」

だからこそ、天草会長も手厳しい視線を送るのだ。
まるで、聞き分けの悪い子供を見るような目である。

「そっかそっか」

彼らが滞りなく活動していることを確認し、先生は七条さんの横にあるパイプ椅子をドアの近くに寄せて座る。
会長は「またか……」といった感情で見ている。

「ちょっと見るくらい良いじゃない」

横島先生の言うことは一理ある。言動に垣間見える幼稚さを除けば。
腕を組み、足を組んで動こうとはしない。
普段は生徒会活動に興味を持っていないというのに、自分の決めたことを変えようとしないというのはまさに性格が出ているものだった。

「……邪魔はしないで下さいね」

「私は顧問だぞ……」

多少呆れ気味の会長から、なんとかお許しを得ることができた。
無論、先生としては納得できるものではなかったが……。


「だから――そうなって……」

それから暫く、先生は会長率いる生徒会役員の会議を見学していた。
特に下ネタを飛ばすこともなく、ホワイトボードを利用しながら話していく。

「シノちゃん、そこ間違ってるわよ」

七条さんの指摘も、特に目立った点もない。
「つまんねえなあ」と欠伸をしつつ、先生は他の2人の観察を行う。

奥に座っているのは、眠気を必死で堪える萩村さん。
彼女が昼になると睡眠欲を催すのは最早恒例で、特に変わった点ではない。

それ以上に先生が気になったのは、手前に座っている副会長の津田君だった。
キョロキョロとしており、視点が定まっていないのだ。
両隣に異性が座ってはいるが、どちらとも見慣れた人物であり動揺する筈がない。

「津田君どうしたの、私の顔になにかついてる?」

「いえ、なにも……」

七条さんとの会話の中にも、どこかおかしいと感じる部分があった。
それは横島先生の心根に残るものだった。

「――以上で今日の会議は終了だ。みんな御苦労だった」

「はーい」

それから間もなく、会議は無事に終了した。
ノートやプリントをまとめた七条さんが最初に教室を後にする。
会長は、完全に夢の中へと堕ちてしまった萩村さんに声をかけている。

その隙を見逃さず、横島先生は動いた。

「津田、ついてこい」

「……はい?」


そうして先生が連れてきたのは相談室。
扉の鍵をかけて、津田君を座らせる。

「なんなんですか横島先生、こんなとこまで連れてきて」

しかし肝心の津田君は、どうして自分をここに呼んだのか理解しきれていない様子だった。

「津田……あんた悩んでることがあるでしょ?」

だからこそ、横島先生がする質問は一文だ。
それは疑問ではない、確信を問う言葉。

本来なら悪態をついて煙に巻くであろう津田君も、この時ばかりは否定しない。
目を合わせて話すのが辛いのか、目線を落として話す。

「実は、気になる人がいるんです」

悩みの種は、年相応の高校生なら誰でもあるものだった。
『気になる』とは、異性に対しての感情で間違いない。ここで先生は一歩踏み込む。

「……七条か?」

真を突いたのか、津田君は無言で頷く。
先生は気付いていたのだ。
七条さんに対してだけの対応が違っていたこと、視線が彼女の胸に留まることが多かったこと。
彼女への対応が、他のメンバーと異なっていたことが。

「告白は?」

「できませんよ。もしフラレたら、生徒会にも差し支えるし……」

津田君は、恋に対して臆病になっていた。
どちらかというと、彼は年齢の割に落ち着いているという印象を受けていた。
だが『恋』という未知の存在に対しては、年相応の高校生と何ら変わらないのだ。

「七条はたとえ断ったとしても今まで通り接してくれる。そういう奴だろ?」

だからこそ、横島先生も『教師』として津田君に道を示す。
告白を恐れてはならないということを、喩え願いが叶わなくともリスクは大きくはないということを。

「男だったらいつまでも悩んでないで、腹くくりなさい」

「……勇気が出ないというか」

彼女の押しも、童貞高校生である津田君には足りないものであった。
津田君は、まだ『異性としての女』に慣れていない。告白という場において、全てをぶつける覚悟を持っていなかったのだ。

「しょうがない。じゃあ私が……一押ししてやるよ」

瞬間、横島先生の表情が変わる。
教師から、再び『女』へと戻ったのだ。


「それってどう――むぐっ」

津田君の返事は、柔らかいものに塞がれる。
瞬間、彼の口に獣の匂いが立ち込めた。獲物を前にした、女豹の匂いだ。

「勇気つけさすってことだ。女を知れば気も楽になるだろ」

教師という仮面を剥がした真の貌。
欲を滾らせ、それでいて女らしさをもっていて。

「ただ先生がやりたいだけなんじゃ……」

「そうとも言う――が」

豹が獲物を鷲掴みにする。
高密度で、熱い。彼の戸惑いの感情を体現しているようだった。

「お前もその気みたいじゃん?」

横島先生の含んだ笑いが、津田君を紅潮させる。
普段女子と関わるときには絶対あり得ない、どうしたらいいのか分からないといった顔。
未知を前にした時、誰もが知らない顔になる。彼も同じだ。

「ほーら服脱げ。じっくりと、女を教えてやるよ」

獲物は逃げることが出来ない。
豹に魅せられ、動くことが出来ない。そして心の底は、食われることを望んでいる。
津田君は静かに頷き、ネクタイを解いた。


それから間もなく、侵蝕は始まる。
唇に軽く触れたかと思うと、舌が深くにまで忍び、絡まっていく。

「んくっ……」

奇襲に、津田君は驚きを見せることしか出来ない。
青春の一頁にある触れ合う口づけではない、互いが快楽を求めて貪り合うディープキス。
ムードに浸る度量もなく、瞳孔を開いて立ちつくすのみだった。

「ふふっ……さすがに童貞じゃこんなもんか」

舌の絡みが終わり、先生は笑う。
動揺すらも楽しんでいる。津田君は、初めて彼女が大人であると知っただろう。

もう一度二人はキスを交わす。
横島先生が歩を進め、彼をソファーに押し倒した。
そして右手でボタンを外し、左手でズボン越しに摩る。

「うっ……あの、すみません」

「いいんだよ、緊張してんだろ?」

湧き上がる感情とは裏腹に、主張が強く出ることはない。
だが先生にとっては慣れていることだった。彼女は、今までで一番「先生」になっていた。


いつの間にか津田君はひん剥かれていた。
全裸にはなっていないものの、胸元と局部が顕わとなっている。
それは横島先生も同じ。違うとするならば、彼女は自分で脱いだというところか。

「んっんっんっ……」

彼女の攻撃は、依然として続く。
女性の躰を見て初めて反応したそれを、多量の唾液を絡めて咥えこむ。
自分で弄る分には決してありえない快楽に、津田君は捩れていた。

「はぁっ…せん……せい。はや……く」

ゆっくりと深く這う舌に、包みこまれるような温さに、彼は限界を示していた。
横島先生も分かっていた。だからこそそれから口を離し、脱ぎ捨てていたスラックスのポケットから化粧ケースを取り出す。

「ホントにせっかちな子供だな。まあいいや」

化粧ケースとは、本来メイク道具を入れるものである。横島先生であろうと例外はない。
だが今の状況で取り出したと見ると、別の物が入っているのだと知る。所謂避妊具、コンドームだ。

「やっぱ……つけるんですか?」

「当たり前。童貞の子供は産みたくないしね」

軽く悪態をつき、あっという間に被せてしまう。
避妊具の被せられた分身を見ると、生の拒絶による哀しみよりいよいよ始まるのだという期待感が津田君に湧き上がっていた。

「じゃあ行くぞ。力抜けよ」

横島先生が仰向けの津田君と重なる。
2人の大事な部分が触れ合ったかと思えば、ゆっくりと沈んでいく。繋がったのだ。

「童卒オメデト。どうだ気分は?」

「わ、わわ……わかんな……」

満たされた笑みを浮かべる彼女を余所に、津田君は自我を保つのが精一杯だった。
排泄としてしか機能していなかった自分のモノが、女性を貫いているのだ。前後不覚になって当然。
唾液と先走りとコンドームのローション、そして女の液が混じり、特有のぬめりと匂いが襲う。
今の津田君に、悦楽を追及しようなどという思考は無い。だからこそ、横島先生は笑うのだ。

そして彼女の両手が彼の側面へとつく。
横島先生は腰をゆっくりと上下に動かす。粘ついた音を下から出しながら、息の切れそうな嬌声を上から出しながら。


営みにも限界というものはある。
緊張のあまり使い物にならなくなるか、感情を抑えきれずに爆発させてしまうのか。
津田君は後者のようであり、横島先生を抱きしめる力も強くなってしまう。

「いいんだぞ津田。思いっきり出して」

「はぁっ……はぁっ」

感情は異様に昂っており、返事すら出来ずに何度も頷く。
腰を雑に何度も打ち付け、両腕で先生を抱き込み、両胸の感触を腹部で受け止める。

瞬間、体の奥からどくんと強く流れるのを彼は感じた。
限界の合図と共に、感情がゴム越しに爆発していく。類を見ない快楽が、下から脳へとあっという間に回っていく。

お互いに声を出すことはしない。
野獣のように貪った2人は、人間に戻るなど野暮な真似はしないのだ。
ただ感謝し合うかのように口づけを交わす。
深くも、恋人同士を想わせるに甘いキスだった。


「津田……告白する勇気は出来た?」

「……はい」

津田君は女を知った。
会議のときとは大きく異なる表情で、笑って見せる。

何も恐れることはない、誰も恐れることはない。
一度の性行為が彼を大きく変えたのだ。

「先生……オレ、七条先輩に好きだって伝えます」

気持ちに余裕が出来たのか、横島先生の髪を撫でながら自分の気持ちを吐き出していく。

「ああ、頑張れよ」

童貞を卒業して一皮剥けた彼にエールを送る。
自分の叶えられなかった初恋を託すかのように、最後の口づけを交わした。


そして現在に戻る。
相談室にての私、五十嵐カエデと横島ナルコ先生。

「以上が私と津田の秘密よ」

赤面モノの話をあっけらかんと言い、横島先生は清涼飲料水を口に含む。
全部の話を聞かされた私は、赤面を誤魔化そうと必死で顔を擦る。

「津田君の告白は成功したんですか?」

官能の話からなんとか逸らそうと、津田君の告白へと話題を転換させる。
だが先生の口から出た真実は、決してプラスではないものだった。

「たぶん失敗したわ。2人が付き合ってる様子はないし、津田もヤケになってるみたいだしね」

ここでようやく私の中で話が繋がった。
彼は七条さんに気持ちを伝えたが付き合うに至らなかった。だから自分を慕っている三葉さんの性愛に浸っていると。


私は彼のことを知ってしまった。それもマイナスの意味でだ。
卑下することも許すことも出来ない。傍観でしかない。

「話してくれてありがとうございました」

「おぅ、またいつでも来なよ」

彼から離れることを私は決意した。
悲しさが込み上げてくる。それでも決断を揺るがすことは出来ない。

「失礼します」

教室に戻ろうと扉を開けた。

瞬間、私は絶句してしまう。


そこに。彼女はいた。
会わなければならない、会ってはいけない人が。

「天草……会長……」

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