最終更新:ID:7QyeVkvAbw 2010年12月10日(金) 09:55:03履歴
月が照らす豪邸。
建物そのものが眠っているかのような静かさから一転する。
「なんで貴方がここにいるのですか?」
用を足して部屋に戻ろうとする津田を引きとめたのは、休みだった筈のメイド・出島サヤカだった。
彼女は感情をモロに出すことはせず、冷たく問い詰める。
一方の津田は答えられない。
彼は疾しいことをしているのだ。彼女が心服する七条アリアと性を重ねたのだから。
だから冷や汗が垂れるのをどうすることも出来ない。
だがその無言は答えを知らせているのと同じだった。
自らの体に沁みた情事の汗やアリアの体液、それに気付くことはない。
無論、出島さんは勘付いた。
「もしかして……お嬢様に手を出したのですか?」
鋭き黒い目が、芯を突く。
分かっている。何を言おうが、彼女を丸めこませるのは不可能だった。
冷や汗を堪えながら、津田は反論しようとする。
「そんなことあり――ッ!!」
しかし津田の答えは、突然襲いかかってきた電流によって封じられた。
意識が飛ぶ瞬間に彼の視線は捉えていた。出島さんの左手にスタンガンが見えていたのだ。
「言い訳なんて聞きたくありませんよ。津田さん」
ばたりと動かなくなった津田の後頭を、冷徹に踏みつける。
そして自らの奥底から湧き上がってくる感情を示すかの如く、微笑する。
「貴方には、躾が必要なようですね……」
その表情は七条の人間すら知らない表情だった。
まるで、過去を振り返るかのような……。
「――ううっ…」
暗闇の中で、彼は悶えていた。
どこにいるのかも、どうしているのかも分からない。
覚醒しているのか、それとも失神から覚めていないのか。
両手は後ろで組まれ、自由が利かない。縄で締め付けている。
両目を膜が覆い、視界は完全に塞がれる。
エアコンが動いているのか、微風がやけに強く感じる。肌を浸していく。
そこで彼は、服すらも着ていないことに気付く。
彼を襲うのは、ひたりひたりと落ちてくる雫だった。
熱い雫が腹へと落ちる。液体の筈なのに肌から離れることもなく、熱が粘着する。
彼を蝕むのはそれだけではなかった。
胸部を冷たく尖ったものが伝う。左と右を撫でるように、時に強く。
それは臍を伝う瞬間、重みを増して襲いかかった。
「痛ッ!!」
あまりもの奇襲に津田は悲鳴をあげてしまう。
そんな悲鳴に呼応するかの如く、攻撃はぴたりと止む。
「気がつきましたか?」
そして頭上から声が聞こえる。
先程まで廊下で対峙していた、メイドの出島サヤカだった。
「出島さん、止めて下さいよ。すぐに解い――ッア!!」
懇願を踏みにじるかのように、強烈に臍を踏みつける。
彼女の表情が分からない分、恐怖も計り知れないものになっていた。
「誰が意見していいと言いました?」
変わらない声色が恐怖を煽る。
胸元に滴る熱い液体は相変わらず続き、冷えて凝固していく。
「津田さん、貴方は後悔しなければなりません」
出島さんは津田の腹を踏みつけ、断罪する。
ピシという謎の音が数回聞こえ、右の方向から強い風が二度三度押し寄せる。
「お嬢様に手を出したことを……身をもってね」
その瞬間、乾いた音が轟き、津田を襲った。
激烈なまでの衝撃が、彼の胸元へと響く。
「ヅ…ああああぁっ!」
彼を襲ったのは鞭だった。
凝固した蝋と共に肉へと食い込み、痣を残す。
痣はミミズ脹れとなり苦しみを肌が覚える。
「随分と喧しい声で鳴きますね。情けない」
津田の悲鳴は、加虐嗜好のエッセンスでしかなかった。
もう一度彼女は、鞭を振り下ろす。
「それでも男ですか!?」
九尾鞭が左肩に襲いかかり、痛みから皮膚が熱を帯びる。
突発的に襲いかかってくる攻撃に、津田はどうすることも出来なかった。
まさにマグロ状態だったのだ。
攻撃はそれだけじゃなく、下半身にも及ぶ。
出島さんのヒールが腹部から降りていき、自らの分身へと這っていく。
「こんな粗末なモノでお嬢様を……」
彼女の発言には、侮蔑と落胆が込められていた。
凶器と化したヒールが分身を踏みつけ、茎や雁首をぐるぐると乱雑にかき回す。
「うっうわ……や、やめて……」
津田には抵抗の言葉が出なかった。
出たのは哀願。決して解放されず加虐だけを打ち続けている現状から逃れられない。
だが体は精神とは別の反応を見せていたのだ。
熱くなり、上向きになっていく。
「ははっ…はははははっ!!」
視界が黒くあろうとも、自分の状態を知ることは容易だった。
自らの暴走が情けない形で露わになった。そして彼女の嘲笑が聞こえるのだ。
「踏みつけられて興奮して……貴方は本当に変態ですね」
出島さんの声色は、今までにない程高くなっていた。
彼女の昂った感情が、更なる攻撃を起こす。ヒールで茎の下にある、巾着を強打する。
「うぐっ……」
容赦ない一撃に、津田は横向きになる。
目隠しをしているため攻撃の出所が分からない、それ故に痛みも容赦ないのだ。
異常なまでの衝撃が全身を襲い、呼吸が瞬間静止する。
「はははっ……汚いオトコ」
涙が溜まっているのか、アイマスクが湿っている。
マゾヒストな面が多少あろうとも、津田は普通の高校生でしかない。本職を相手に欲望を向けられる筈もない。
それなのに、もう一人の自分はそうではなかった。更なる苛めを望んでいた。天を突く程真っ直ぐに望んでいた。
「変態……汚らわしい変態」
知らない声だった。
津田にとって、出島さんは単なるメイドでしかない。変なところがあるにしても、至って寡黙な。
性倒錯は誰にでもある。だがこの現状は誰が見ても異常という他はなかった。
不安、恐怖、屈辱。
マイナスの感情が津田の思考回路を何度も巡らせる。
まるで自分の中にある「期待」の感情を抑圧するかのように。
「津田さん、楽になりたいですか?」
精神が崩壊と忍耐の狭間で揺れていると、ふと彼女が語りかけた。
津田は女神のような包容感を覚え、無心に頷く。
想いが通じたのか、両手を封じていた縄が解かれる。
解放を信じた次の瞬間、再び腹部に強い痛みが走る。ヒールがまたも、彼を襲う。
「じゃあこのままオナニーして下さい。そうしたら御褒美をあげますよ」
彼女の出した条件は、天使と悪魔の両面を秘めたものだった。
だが依然として腹部は抑えつけられており自由が利かない。恐怖心が彼を縛り、無意識の内に束縛を受容してしまった。
結局、彼女の申し出を拒む道などなかった。
津田は蔑まれた瞳を刺々しく感じながら、右手を分身へと伸ばしていく。
そして津田は、静かに自慰を始めた。
茎と雁首の間を何度も往復し、悦を脳内に自覚させる。
二度の性交のしたばかりだ。そう簡単に爆発させることなど出来ない。
それでも津田は、横島先生との筆降ろしやアリアとのアナルセックスを反芻させながら、感情を昂らせていった。
「男のオナニーってのは何度見ても滑稽ですね」
自分からは見えない、情けない姿を彼女だけが見ている。
不思議な感覚が猛った感情を満ちさせていく。溢れさせていく。
「ハアッ……ハァッ……!!」
「もうイクんですか?私に蔑まれながら射精するんですか?」
何を言われようとも、終焉へと向かう肴にしか思えない。
そして津田は何度も身を反らしながら、白き感情を爆発させた。
感情の結晶は、一直線に跳躍し彼女の太股へと付着していく。
まるで「それ」自体に感情があるかのように吸い付き、独特の臭いを発していた。
「ハァッ…出島……さん」
役割を終えた分身は暫しと縮こまり、津田はユラユラと白くなった感情を揺らす。
アイマスク越しの彼女の表情を知る術もなく、声色からの想像力で補うしかなかった。
「ちゃんとしましたね……これが、私からの御褒美ですよ」
僅かな声の振るえを津田は感知する。
そして両の手首を抑えつけられ、目の前に人の影を察知する。
瞬間、勢いよく生温い液体が顔面を濡らす。
シャワーのようにも思えたが、排他的な臭いが確信させた。
鞭に叩かれ、蝋を垂らされ、自慰を強要されても微かに護っていた自尊心が崩壊していくのを感じていく。
「ふう……」
出島さんは暫しの恍惚に浸る。
だが津田の感情はピークを越えていた。彼の面を湿気らすものは、排液だけではない。目から毀れるものも混じっているのだ。
「……情けないですね」
ふと彼女は溜息をつく。
彼の精神が砕けてしまう早さに絶望したのか、久々のことに興奮してやり過ぎたことを反省しているのか。
いずれにせよ、精を放ち自尊心を圧し折られた彼をこのまま攻めること、それはプレイとは言わない。単なる暴力だ。
引き際は弁えている。
出島さんは津田の腰あたりを跨ぐように膝をつけ、体臭と尿臭の混じったアイマスクを剥ぐ。
「津田さん、もういいですよ」
仰向けになっている津田の視線はボンテージ姿の出島さんを捉えている。少なくとも傍からそう見えていた。
だが、違っていた。彼の目は虚ろで、天井をぼんやりと眺めているようだった。
「今日のところはもう帰って下さい。お嬢様の話はまた後日に」
廃人一歩手前まで追い詰めるつもりはなかったが、無為に女を喰らう彼には良い薬になった筈だ。
出島さんはそう確信し、彼から離れようとする。しかし彼女の右腕にずしりという感覚が襲い、身動きが取れなくなる。
「津田……さん?」
津田はその手を、固く握っていた。
擦り切れた理性と剥き出しになった本能が、彼女を捉える。語らずとも、真意を知ることが出来る。
「しょうがないですね」
ふと出島さんは笑みを溢し、下着を脱ぎ捨てる。
先程までの加虐嗜好に満ちた嘲笑でない、日常を楽しむ自然な笑顔だった。
お粗末な月の光は、場を妖艶に映す。真意を隠し、薄らと自らの都合だけに照らして。
津田の視線は下へと動き、彼女を捉えようとする。だがあまりの暗さから、アイマスクをしていたときとは違った不安が襲う。
「津田さん……力を抜いて」
瞬間、額や鼻や顎に出島さんの手が伸び、跨る格好となる。
自らに、彼女がぶつかる。そしてゆっくりと奥まで沈んでいく。
「はっ…はあああっん……」
「……うっ……つぁあ…ッ…」
そして二人は静かに重なった。
月下の寝室に男と女。まさしくこの場に相応しい格好となった。
「手加減はっ……しっ…しませんよ」
「……ハイ……ッ………ッ!!」
出島さんの挑発に返事をしたかと思うと、急激に彼女は攻撃を開始した。
上下左右に留まらずに斜めまでも動く腰、緩めたかと思えば唐突に締まる膣、ざらつき触れる度に身を仰け反ってしまう程の奥。
全てが彼を襲い、精神を狂わせる。
「も……もうッ………」
早くも津田は限界点に達しようとしていた。
四度目の到達点。体力も精神力も、全てが限界だった。
「ホラッ…出しなさい。いっぱいブチ撒けなさい」
だが出島さんのテクニックが、視線さえも感情の爆発へと向かわせていく。
津田は両足を一瞬張り、一回もう一回と身を仰け反らせていった。その度に出島さんはビクンと撥ね、彼の強さを受け止めていた。
どれだけの時が経ったであろうか。
激しい彼女の攻めが終わり、二人は繋がったまま抱き合っていた。
互いに言葉は発しない。
語ることに意味などない、そのことをどちらとも分かっていたから。
出島さんは想っていた。
こんな性を交わしたのは、今までにあったのか。そう思う程に激しい悦を覚えていた。
互いがエゴをぶつけ合った。攻撃的なエゴと、自棄的なエゴが。
だが後悔などしていなかった。分かりあうことがなかったとしても。
そして気付いていなかった。背後の扉が開いていたことに。
「二人とも……何してるの?」
迷子の子供のように、振るえた声。
無論、出島さんでも津田の声でもない。
「お嬢様……」
出島さんは目を疑ったかのように見開いていた。
よりによって見られてはいけない、まさにその場面を見られてしまったのだから。
一切の言い訳すら通じない、冷徹な空気。少なくとも津田はそう感じていた。
「アリア先輩、これは違うんです!!」
だからこそ、言い訳がましくも抵抗する。
繋がっている現状を、忘れてしまう程に。
「何も言わないで!タカくん、私……」
即座に繕う権利は阻害される。常に受身である彼に、反撃の許しはやってこない。
アリアは俯き、振戦していた。もしかしたら泣いているかもしれない、こんな早い浮気に絶望していたって何ら不思議ではないのだ。
だが彼女は津田が思うより上の言葉で返す。
「……濡れてきちゃった」
想像の遥か先に聞こえた言葉を津田が受け入れるより前に、アリアは行動に移していた。
あっという間に仮初のネグリジェを脱ぎ捨て、淫靡な肢体を見せる。
「えっ…イミが分かんないんですけど」
「大丈夫ですよ、津田さん。こういうプレイも、私がじっくり教えてあげますから」
繋がりを外し、出島さんが言う。
アリアを前にして、彼女はメイドに戻ったのだ。
「だから三人で、気持ちよくなろっ」
新たな世界への幕開けが聞こえたかと思うと、津田の目の前に巨大な谷間が襲う。
言うまでもなく、アリアの胸である。
「うぐうっ……」
表面で苦しさを装うも、次に来る出島さんによる口淫も全ては極度の快楽にあった。
まだまだ戦える。その確信が、更なる欲望を目覚めさせる。
そして――。
「そして世にも恐ろしい淫乱な夜の宴が待ってるんだあーッ!!」
――と反芻を飛び越えた長い長い妄想をしていた天草シノの前から、一人の女性が歩を進めてくる。
それはまさしく、彼が想っていたその人であった。
「アリア……」
「どうしたの?シノちゃん」
七条アリア。生徒会書記であり、シノにとっては無二の親友。それでいて、津田の意中にあった人。
気がつけば、シノは彼女に抱擁していたのだ。
もし二人が付き合っているとすれば、自分の妄想にあったことが真実と化してしまう。
知りたい気持ちと怖い気持ちが交差し、縋るしかなかった。自分が遠く及ばない女性だったとしても。
気を落ちつけたシノは、自分にあったことを全てアリアに話した。
昨日の放課後に告白されたこと、受け入れて愛を交わしたこと。更には、以前に横島先生が筆下ろしをして。
そして、アリアに告白したということも。
「正直に答えてほしい。アリアは、タカ――津田から告白されたのか?」
「……うん。でも断っちゃった」
彼女は即答した。
確かにアリアは、シノやスズ達よりか津田との距離は広いように見られてはいたが……。
理由はそれだけではないようだ。
「だって……シノちゃんの気持ち知ってたから」
それが全てだった。
生徒会メンバーとして、親友として、誰よりもシノに近い存在として、気持ちに気付いていたのだ。
だからこそ彼女は、受け入れることを拒否した。
「私がシノちゃんを裏切るわけないじゃない」
そう言ってアリアはウィンクを決める。
真に彼女は親友だったのだ。これで全ては解決した、少なくともそう思っていた。
この二人だけが。
「――それ、どういう意味ですか?」
「萩村……」
「あれ、スズちゃん?」
二人の会話に割り込んできたのは、生徒会会計の萩村スズ。そして保護者に見えるのはスズのクラスメイトである轟ネネだ。
普段から棘があるような話し方をする彼女だが、敵意は明らかに二人に向けられている。
「タカは私と付き合ってるんですが」
スズの話に偽りはなかった。
アリアが告白を受けた日、スズは彼に想いを伝えて実っていた。それから現在に至るまで別れの話すら出したことはない。
だからこそ彼女は怒りの念を持っていた。
自分を差し置いて延々と津田の話をしていたことを、そしてシノが津田に特別な感情を懐いていることを。
「違うぞ萩村。私は昨日にタカトシから告白を受けてる」
「は?何勝手に名前で呼んじゃってるんですか、妄想は止めて下さいよ。私は夏からずっと付き合ってます。もう何回もヤッてます」
「あらあら。うふふ」
「私はスズちゃんの味方だよっ!」
突然訪れた波紋に戸惑いを見せるシノ、彼女らしくなく喧嘩口調になってしまうスズ、笑うしかないアリア、改めてバイブを取り出す轟。
「津田さんは保健室で休まれてますよ。本人に訊かれてはどうですか?」
修羅と化した場に、投げ込まれるガソリン。
突然現れた新聞部の畑ランコの言葉に、誰もが疑いもなく聞き入れる。
そして二人は勇み足で向かい出す。
「タカトシに聞いてみよう。萩村とのことは気の迷いだと言ってくれる筈だ」
「馬鹿言わないで下さい。タカは絶対私のことを取りますから」
「面白そうね〜」
「スズちゃん、報告待ってるね」
手を振る轟以外の、生徒会メンバー三人娘はそれぞれが感情を孕みながら保健室へと向かう。
彼がそこで、ムツミとの性交をしているなど想像することもなく……。
「ところで今回オレら出番なかったな〜」
彼女らが保健室を開けて真実を知る頃、わき役共である柳本君が呟いていた。
「なかったな〜」
同じく現れたのは、同じくわき役共かつ柔道部ナンバー3の中里さんだ。
保健室で悦に浸っているムツミとは対照的に、誰とも絡むことなく出番が与えられていなかったのだ。
「まあ……いつものことだけど」
柳本君は窓に背を預けて空を見る。
この諦めの良さこそが、わき役でい続けるポイントだ。所詮自分達は「彼ら」の付属品としてしか価値をもたないのだから。
そんなこんなでぼんやりしていると始業のチャイムが鳴る。
どうやら生徒に戻る時間が来たようだ。
「もう授業か。さっさと戻るか」
「……おうっ」
そう言って彼は右手を横に出し、それを中里さんが強く握る。
頬を染めながら、お互いを見つめてゆっくりと教室に戻っていく。
「やっぱりあの二人……」
そんなわき役共を片隅で見守っていたのは、柔道部の海辺さん。
物語の隅で動いていた別のストーリーを、たった一人で見守っていたのだった……。
建物そのものが眠っているかのような静かさから一転する。
「なんで貴方がここにいるのですか?」
用を足して部屋に戻ろうとする津田を引きとめたのは、休みだった筈のメイド・出島サヤカだった。
彼女は感情をモロに出すことはせず、冷たく問い詰める。
一方の津田は答えられない。
彼は疾しいことをしているのだ。彼女が心服する七条アリアと性を重ねたのだから。
だから冷や汗が垂れるのをどうすることも出来ない。
だがその無言は答えを知らせているのと同じだった。
自らの体に沁みた情事の汗やアリアの体液、それに気付くことはない。
無論、出島さんは勘付いた。
「もしかして……お嬢様に手を出したのですか?」
鋭き黒い目が、芯を突く。
分かっている。何を言おうが、彼女を丸めこませるのは不可能だった。
冷や汗を堪えながら、津田は反論しようとする。
「そんなことあり――ッ!!」
しかし津田の答えは、突然襲いかかってきた電流によって封じられた。
意識が飛ぶ瞬間に彼の視線は捉えていた。出島さんの左手にスタンガンが見えていたのだ。
「言い訳なんて聞きたくありませんよ。津田さん」
ばたりと動かなくなった津田の後頭を、冷徹に踏みつける。
そして自らの奥底から湧き上がってくる感情を示すかの如く、微笑する。
「貴方には、躾が必要なようですね……」
その表情は七条の人間すら知らない表情だった。
まるで、過去を振り返るかのような……。
「――ううっ…」
暗闇の中で、彼は悶えていた。
どこにいるのかも、どうしているのかも分からない。
覚醒しているのか、それとも失神から覚めていないのか。
両手は後ろで組まれ、自由が利かない。縄で締め付けている。
両目を膜が覆い、視界は完全に塞がれる。
エアコンが動いているのか、微風がやけに強く感じる。肌を浸していく。
そこで彼は、服すらも着ていないことに気付く。
彼を襲うのは、ひたりひたりと落ちてくる雫だった。
熱い雫が腹へと落ちる。液体の筈なのに肌から離れることもなく、熱が粘着する。
彼を蝕むのはそれだけではなかった。
胸部を冷たく尖ったものが伝う。左と右を撫でるように、時に強く。
それは臍を伝う瞬間、重みを増して襲いかかった。
「痛ッ!!」
あまりもの奇襲に津田は悲鳴をあげてしまう。
そんな悲鳴に呼応するかの如く、攻撃はぴたりと止む。
「気がつきましたか?」
そして頭上から声が聞こえる。
先程まで廊下で対峙していた、メイドの出島サヤカだった。
「出島さん、止めて下さいよ。すぐに解い――ッア!!」
懇願を踏みにじるかのように、強烈に臍を踏みつける。
彼女の表情が分からない分、恐怖も計り知れないものになっていた。
「誰が意見していいと言いました?」
変わらない声色が恐怖を煽る。
胸元に滴る熱い液体は相変わらず続き、冷えて凝固していく。
「津田さん、貴方は後悔しなければなりません」
出島さんは津田の腹を踏みつけ、断罪する。
ピシという謎の音が数回聞こえ、右の方向から強い風が二度三度押し寄せる。
「お嬢様に手を出したことを……身をもってね」
その瞬間、乾いた音が轟き、津田を襲った。
激烈なまでの衝撃が、彼の胸元へと響く。
「ヅ…ああああぁっ!」
彼を襲ったのは鞭だった。
凝固した蝋と共に肉へと食い込み、痣を残す。
痣はミミズ脹れとなり苦しみを肌が覚える。
「随分と喧しい声で鳴きますね。情けない」
津田の悲鳴は、加虐嗜好のエッセンスでしかなかった。
もう一度彼女は、鞭を振り下ろす。
「それでも男ですか!?」
九尾鞭が左肩に襲いかかり、痛みから皮膚が熱を帯びる。
突発的に襲いかかってくる攻撃に、津田はどうすることも出来なかった。
まさにマグロ状態だったのだ。
攻撃はそれだけじゃなく、下半身にも及ぶ。
出島さんのヒールが腹部から降りていき、自らの分身へと這っていく。
「こんな粗末なモノでお嬢様を……」
彼女の発言には、侮蔑と落胆が込められていた。
凶器と化したヒールが分身を踏みつけ、茎や雁首をぐるぐると乱雑にかき回す。
「うっうわ……や、やめて……」
津田には抵抗の言葉が出なかった。
出たのは哀願。決して解放されず加虐だけを打ち続けている現状から逃れられない。
だが体は精神とは別の反応を見せていたのだ。
熱くなり、上向きになっていく。
「ははっ…はははははっ!!」
視界が黒くあろうとも、自分の状態を知ることは容易だった。
自らの暴走が情けない形で露わになった。そして彼女の嘲笑が聞こえるのだ。
「踏みつけられて興奮して……貴方は本当に変態ですね」
出島さんの声色は、今までにない程高くなっていた。
彼女の昂った感情が、更なる攻撃を起こす。ヒールで茎の下にある、巾着を強打する。
「うぐっ……」
容赦ない一撃に、津田は横向きになる。
目隠しをしているため攻撃の出所が分からない、それ故に痛みも容赦ないのだ。
異常なまでの衝撃が全身を襲い、呼吸が瞬間静止する。
「はははっ……汚いオトコ」
涙が溜まっているのか、アイマスクが湿っている。
マゾヒストな面が多少あろうとも、津田は普通の高校生でしかない。本職を相手に欲望を向けられる筈もない。
それなのに、もう一人の自分はそうではなかった。更なる苛めを望んでいた。天を突く程真っ直ぐに望んでいた。
「変態……汚らわしい変態」
知らない声だった。
津田にとって、出島さんは単なるメイドでしかない。変なところがあるにしても、至って寡黙な。
性倒錯は誰にでもある。だがこの現状は誰が見ても異常という他はなかった。
不安、恐怖、屈辱。
マイナスの感情が津田の思考回路を何度も巡らせる。
まるで自分の中にある「期待」の感情を抑圧するかのように。
「津田さん、楽になりたいですか?」
精神が崩壊と忍耐の狭間で揺れていると、ふと彼女が語りかけた。
津田は女神のような包容感を覚え、無心に頷く。
想いが通じたのか、両手を封じていた縄が解かれる。
解放を信じた次の瞬間、再び腹部に強い痛みが走る。ヒールがまたも、彼を襲う。
「じゃあこのままオナニーして下さい。そうしたら御褒美をあげますよ」
彼女の出した条件は、天使と悪魔の両面を秘めたものだった。
だが依然として腹部は抑えつけられており自由が利かない。恐怖心が彼を縛り、無意識の内に束縛を受容してしまった。
結局、彼女の申し出を拒む道などなかった。
津田は蔑まれた瞳を刺々しく感じながら、右手を分身へと伸ばしていく。
そして津田は、静かに自慰を始めた。
茎と雁首の間を何度も往復し、悦を脳内に自覚させる。
二度の性交のしたばかりだ。そう簡単に爆発させることなど出来ない。
それでも津田は、横島先生との筆降ろしやアリアとのアナルセックスを反芻させながら、感情を昂らせていった。
「男のオナニーってのは何度見ても滑稽ですね」
自分からは見えない、情けない姿を彼女だけが見ている。
不思議な感覚が猛った感情を満ちさせていく。溢れさせていく。
「ハアッ……ハァッ……!!」
「もうイクんですか?私に蔑まれながら射精するんですか?」
何を言われようとも、終焉へと向かう肴にしか思えない。
そして津田は何度も身を反らしながら、白き感情を爆発させた。
感情の結晶は、一直線に跳躍し彼女の太股へと付着していく。
まるで「それ」自体に感情があるかのように吸い付き、独特の臭いを発していた。
「ハァッ…出島……さん」
役割を終えた分身は暫しと縮こまり、津田はユラユラと白くなった感情を揺らす。
アイマスク越しの彼女の表情を知る術もなく、声色からの想像力で補うしかなかった。
「ちゃんとしましたね……これが、私からの御褒美ですよ」
僅かな声の振るえを津田は感知する。
そして両の手首を抑えつけられ、目の前に人の影を察知する。
瞬間、勢いよく生温い液体が顔面を濡らす。
シャワーのようにも思えたが、排他的な臭いが確信させた。
鞭に叩かれ、蝋を垂らされ、自慰を強要されても微かに護っていた自尊心が崩壊していくのを感じていく。
「ふう……」
出島さんは暫しの恍惚に浸る。
だが津田の感情はピークを越えていた。彼の面を湿気らすものは、排液だけではない。目から毀れるものも混じっているのだ。
「……情けないですね」
ふと彼女は溜息をつく。
彼の精神が砕けてしまう早さに絶望したのか、久々のことに興奮してやり過ぎたことを反省しているのか。
いずれにせよ、精を放ち自尊心を圧し折られた彼をこのまま攻めること、それはプレイとは言わない。単なる暴力だ。
引き際は弁えている。
出島さんは津田の腰あたりを跨ぐように膝をつけ、体臭と尿臭の混じったアイマスクを剥ぐ。
「津田さん、もういいですよ」
仰向けになっている津田の視線はボンテージ姿の出島さんを捉えている。少なくとも傍からそう見えていた。
だが、違っていた。彼の目は虚ろで、天井をぼんやりと眺めているようだった。
「今日のところはもう帰って下さい。お嬢様の話はまた後日に」
廃人一歩手前まで追い詰めるつもりはなかったが、無為に女を喰らう彼には良い薬になった筈だ。
出島さんはそう確信し、彼から離れようとする。しかし彼女の右腕にずしりという感覚が襲い、身動きが取れなくなる。
「津田……さん?」
津田はその手を、固く握っていた。
擦り切れた理性と剥き出しになった本能が、彼女を捉える。語らずとも、真意を知ることが出来る。
「しょうがないですね」
ふと出島さんは笑みを溢し、下着を脱ぎ捨てる。
先程までの加虐嗜好に満ちた嘲笑でない、日常を楽しむ自然な笑顔だった。
お粗末な月の光は、場を妖艶に映す。真意を隠し、薄らと自らの都合だけに照らして。
津田の視線は下へと動き、彼女を捉えようとする。だがあまりの暗さから、アイマスクをしていたときとは違った不安が襲う。
「津田さん……力を抜いて」
瞬間、額や鼻や顎に出島さんの手が伸び、跨る格好となる。
自らに、彼女がぶつかる。そしてゆっくりと奥まで沈んでいく。
「はっ…はあああっん……」
「……うっ……つぁあ…ッ…」
そして二人は静かに重なった。
月下の寝室に男と女。まさしくこの場に相応しい格好となった。
「手加減はっ……しっ…しませんよ」
「……ハイ……ッ………ッ!!」
出島さんの挑発に返事をしたかと思うと、急激に彼女は攻撃を開始した。
上下左右に留まらずに斜めまでも動く腰、緩めたかと思えば唐突に締まる膣、ざらつき触れる度に身を仰け反ってしまう程の奥。
全てが彼を襲い、精神を狂わせる。
「も……もうッ………」
早くも津田は限界点に達しようとしていた。
四度目の到達点。体力も精神力も、全てが限界だった。
「ホラッ…出しなさい。いっぱいブチ撒けなさい」
だが出島さんのテクニックが、視線さえも感情の爆発へと向かわせていく。
津田は両足を一瞬張り、一回もう一回と身を仰け反らせていった。その度に出島さんはビクンと撥ね、彼の強さを受け止めていた。
どれだけの時が経ったであろうか。
激しい彼女の攻めが終わり、二人は繋がったまま抱き合っていた。
互いに言葉は発しない。
語ることに意味などない、そのことをどちらとも分かっていたから。
出島さんは想っていた。
こんな性を交わしたのは、今までにあったのか。そう思う程に激しい悦を覚えていた。
互いがエゴをぶつけ合った。攻撃的なエゴと、自棄的なエゴが。
だが後悔などしていなかった。分かりあうことがなかったとしても。
そして気付いていなかった。背後の扉が開いていたことに。
「二人とも……何してるの?」
迷子の子供のように、振るえた声。
無論、出島さんでも津田の声でもない。
「お嬢様……」
出島さんは目を疑ったかのように見開いていた。
よりによって見られてはいけない、まさにその場面を見られてしまったのだから。
一切の言い訳すら通じない、冷徹な空気。少なくとも津田はそう感じていた。
「アリア先輩、これは違うんです!!」
だからこそ、言い訳がましくも抵抗する。
繋がっている現状を、忘れてしまう程に。
「何も言わないで!タカくん、私……」
即座に繕う権利は阻害される。常に受身である彼に、反撃の許しはやってこない。
アリアは俯き、振戦していた。もしかしたら泣いているかもしれない、こんな早い浮気に絶望していたって何ら不思議ではないのだ。
だが彼女は津田が思うより上の言葉で返す。
「……濡れてきちゃった」
想像の遥か先に聞こえた言葉を津田が受け入れるより前に、アリアは行動に移していた。
あっという間に仮初のネグリジェを脱ぎ捨て、淫靡な肢体を見せる。
「えっ…イミが分かんないんですけど」
「大丈夫ですよ、津田さん。こういうプレイも、私がじっくり教えてあげますから」
繋がりを外し、出島さんが言う。
アリアを前にして、彼女はメイドに戻ったのだ。
「だから三人で、気持ちよくなろっ」
新たな世界への幕開けが聞こえたかと思うと、津田の目の前に巨大な谷間が襲う。
言うまでもなく、アリアの胸である。
「うぐうっ……」
表面で苦しさを装うも、次に来る出島さんによる口淫も全ては極度の快楽にあった。
まだまだ戦える。その確信が、更なる欲望を目覚めさせる。
そして――。
「そして世にも恐ろしい淫乱な夜の宴が待ってるんだあーッ!!」
――と反芻を飛び越えた長い長い妄想をしていた天草シノの前から、一人の女性が歩を進めてくる。
それはまさしく、彼が想っていたその人であった。
「アリア……」
「どうしたの?シノちゃん」
七条アリア。生徒会書記であり、シノにとっては無二の親友。それでいて、津田の意中にあった人。
気がつけば、シノは彼女に抱擁していたのだ。
もし二人が付き合っているとすれば、自分の妄想にあったことが真実と化してしまう。
知りたい気持ちと怖い気持ちが交差し、縋るしかなかった。自分が遠く及ばない女性だったとしても。
気を落ちつけたシノは、自分にあったことを全てアリアに話した。
昨日の放課後に告白されたこと、受け入れて愛を交わしたこと。更には、以前に横島先生が筆下ろしをして。
そして、アリアに告白したということも。
「正直に答えてほしい。アリアは、タカ――津田から告白されたのか?」
「……うん。でも断っちゃった」
彼女は即答した。
確かにアリアは、シノやスズ達よりか津田との距離は広いように見られてはいたが……。
理由はそれだけではないようだ。
「だって……シノちゃんの気持ち知ってたから」
それが全てだった。
生徒会メンバーとして、親友として、誰よりもシノに近い存在として、気持ちに気付いていたのだ。
だからこそ彼女は、受け入れることを拒否した。
「私がシノちゃんを裏切るわけないじゃない」
そう言ってアリアはウィンクを決める。
真に彼女は親友だったのだ。これで全ては解決した、少なくともそう思っていた。
この二人だけが。
「――それ、どういう意味ですか?」
「萩村……」
「あれ、スズちゃん?」
二人の会話に割り込んできたのは、生徒会会計の萩村スズ。そして保護者に見えるのはスズのクラスメイトである轟ネネだ。
普段から棘があるような話し方をする彼女だが、敵意は明らかに二人に向けられている。
「タカは私と付き合ってるんですが」
スズの話に偽りはなかった。
アリアが告白を受けた日、スズは彼に想いを伝えて実っていた。それから現在に至るまで別れの話すら出したことはない。
だからこそ彼女は怒りの念を持っていた。
自分を差し置いて延々と津田の話をしていたことを、そしてシノが津田に特別な感情を懐いていることを。
「違うぞ萩村。私は昨日にタカトシから告白を受けてる」
「は?何勝手に名前で呼んじゃってるんですか、妄想は止めて下さいよ。私は夏からずっと付き合ってます。もう何回もヤッてます」
「あらあら。うふふ」
「私はスズちゃんの味方だよっ!」
突然訪れた波紋に戸惑いを見せるシノ、彼女らしくなく喧嘩口調になってしまうスズ、笑うしかないアリア、改めてバイブを取り出す轟。
「津田さんは保健室で休まれてますよ。本人に訊かれてはどうですか?」
修羅と化した場に、投げ込まれるガソリン。
突然現れた新聞部の畑ランコの言葉に、誰もが疑いもなく聞き入れる。
そして二人は勇み足で向かい出す。
「タカトシに聞いてみよう。萩村とのことは気の迷いだと言ってくれる筈だ」
「馬鹿言わないで下さい。タカは絶対私のことを取りますから」
「面白そうね〜」
「スズちゃん、報告待ってるね」
手を振る轟以外の、生徒会メンバー三人娘はそれぞれが感情を孕みながら保健室へと向かう。
彼がそこで、ムツミとの性交をしているなど想像することもなく……。
「ところで今回オレら出番なかったな〜」
彼女らが保健室を開けて真実を知る頃、わき役共である柳本君が呟いていた。
「なかったな〜」
同じく現れたのは、同じくわき役共かつ柔道部ナンバー3の中里さんだ。
保健室で悦に浸っているムツミとは対照的に、誰とも絡むことなく出番が与えられていなかったのだ。
「まあ……いつものことだけど」
柳本君は窓に背を預けて空を見る。
この諦めの良さこそが、わき役でい続けるポイントだ。所詮自分達は「彼ら」の付属品としてしか価値をもたないのだから。
そんなこんなでぼんやりしていると始業のチャイムが鳴る。
どうやら生徒に戻る時間が来たようだ。
「もう授業か。さっさと戻るか」
「……おうっ」
そう言って彼は右手を横に出し、それを中里さんが強く握る。
頬を染めながら、お互いを見つめてゆっくりと教室に戻っていく。
「やっぱりあの二人……」
そんなわき役共を片隅で見守っていたのは、柔道部の海辺さん。
物語の隅で動いていた別のストーリーを、たった一人で見守っていたのだった……。
- 完-
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