日本は美しい国である。
別に某総理大臣に迎合しているわけではない。
周囲を海に囲まれ、野山には数多くの草花が生い茂り、そして四季が存在する。
春夏秋冬、その季節の移ろいによって、日本の自然は様々な顔を見せてくれる。
過去から現在を通じ、詩人、俳人、画家等々の文化人が、その美麗さを謳いあげ、画き続けている。
 だが二十一世紀に突入し、その美しき四季を身近に感じられなくなったのもまた、事実なのだ。
季節そのものが無くなったわけでは、決してない。
しかし、環境破壊や文明の発達等で、生活の中からその彩が薄れつつある。
冬にはストーブ、夏にはクーラー。
最早それは、日々の暮らしには欠かせぬ存在となり、同時に、人々から季節を奪っている。
いずれはやってくるのだろう、ドーム型の都市で、寒さにも暑さにも苦労せずに生きていける時代が。
逆に言えば、それは日本から季節が完全に失われることでもあるのだ……。

「……と言うわけでやってきました。温水プールに」
「何が、と言うわけ、だ」
 一月も終わり、そろそろ年度末に向けて色々と忙しくなってきた二月初頭の日曜日。
マサヒコたち一行は、市内にある大型レジャー施設へと遊びに来ていた。
「はいそこ、深く突っ込まない」
 文句を言うマサヒコに、リョーコが人差し指をビシリと突きつける。
「いいこと、冬には冬の遊びってもんがあるのよ」
「……」
「さっきも言ったように、今の日本からはどんどん季節が失われていっているわ。だから……」
「だから、何でプールなんだ」
「ここ温水プールじゃない。夏には温水プールなんて入らないでしょ」
「いやちょっと待て、さっきの屁理屈と完全に矛盾してないか? 冬だ冬だって言うんなら、スキーだって」
「はいはい、いらんおしゃべりはここまでよ。来た以上は楽しむ、それ以外に何かある?」
「自分が来たかっただけだろ、結局」
 東が丘アミューズメントプール、それは市内で最も巨大なレジャーランドだ。
巨大と言っても、全国的に有名なその手の施設から比べると、その規模は遥かに小さい。
屋外の遊泳プールはそれなりの大きさだが、隣接している屋内プールは至って普通のありふれたものだ。
競泳用50メートルプールがひとつ、そして幼児用の丸型プールがひとつ、サウナがひとつ。
「久しぶりだね、ここに来るの」
「あー、私が下着を持ってくるのを忘れた時だよね」
「あの時は外のプールだったけど」
「てか、俺達受験生だったんだよな、何考えてたんだか」
 マサヒコはリョーコの身勝手さにまだ釈然としていないようだったが、
彼以外は全員まんざらでもない様子である。
その証拠に、リョーコ以下、女性陣は全員新品の水着を着用していたりなんかする。
「マサヒコ君、見て見て」
 アイはマサヒコの前に立つと、まるでグラビアアイドルのようにポーズを決めてみせた。
「どう? エロカッコイいい?」
「……ええ、凄いです。相変わらず、いくら食っても変わらないその身体が」
 アイが身に着けているのは、目にも鮮やかなブルーのビキニ。
マサヒコの言う通り、実に見事なプロポーションだ。
最も、アイにしてみれば、ちゃんと食生活には気を使っているらしいのだが。

「……」
 マサヒコは何とはなしに周囲を見回してみた。
他にも結構客が来ているが、女性はかなりの割合でビキニが多い。
アイの他、リョーコ、ミサキ、リンコ、そしてアヤナも全員ビキニタイプの水着だ。
 ちなみに、本来は屋内プールは競泳用水着以外は不可である。
今日は市政何十周年の記念期間内ということで、特別に解放されているのだ。
「気をつけて泳がないと、危ないかもしれないわね」
 マサヒコと同じく、周りにぐるりと目をやったアヤナは呟いた。
「何で?」
 のほほんとした口調で、リンコがそれに問いかける。
「人が多くて、体がぶつかると」
「あー、ポロリやお触りがあるもんねー」
「……怪我するかもしれないからよ」
 この時、マサヒコとアヤナは気づかなかったが、屋内に入ってきてから、
かなりの数の視線がマサヒコ達に降り注いでいた。
特に若い男性のが、だ。
アイやアヤナ、リョーコの見事な身体を鑑賞している者もいれば、
スレンダーなミサキやリンコに熱い目線を送る者もいる。
そして何より、五人もの美しく可愛らしい女性と一緒にいるマサヒコに対する、嫉妬の目。
何だアイツ、背も高くないし顔だってちょっといいって程度じゃねえか、それなのに……というわけだ。
「あら、ミサキ」
「何ですか、中村先生?」
「アンタ、またパレオを巻いてるのね」
「水着とセットになってたんです」
「そう、私はまた手入れをしてこなかったのかと思ったわ。下の」
「……ファッションですから」
 かつて交わした会話とほぼ同じ内容。
ここで途切れていれば、それこそ全く前回と違いはなかったのだが。
「えー、ミサキちゃん、お手入れしてこなかったの?」
「リンちゃんまで……だから違うってば」
 横合いから繰り出される、空気が読めないと言うより、
端から空気が存在していることさえ知らないのではないかといった感じの天然丸出しなリンコの問いかけ。
そして、ここから果てしなく脱線していくのは、お約束と言うより最早鉄板なわけで。
「的山さん、いくら何でも失礼過ぎるわよ」
「えー、でも私、お手入れしたことがないから、どんなのかなーって」
「……」
「アヤナちゃんはしたことあるの?」
「な、わ、私は、その、あの」
「んー、でもアヤナちゃんの水着、特別際どいってわけじゃないから、必要なかった?」
「リンちゃん、そろそろやめて」
「このメンバーの中だと、ミサキちゃんとアイ先生が濃そうだよねー」
「え、わ、私? 私はその、ちゃんと手入れしてきたから」
「わ、私は濃くない!」
「ちょっとアンタら、何をしゃべってんの」
「そ、そうよ的山さん、こんな公衆の面前で」
「いいこと、濃い薄いの問題じゃないのよ。剃るところは剃る、剃らないところは剃らない。それだけ」
「な、お姉様、そういう話じゃ」
「ツルツルだとヤル時に擦れて痛いのよねー、逆にモジャモジャだと絡まるし」
「ああああああ」
「ま、私は定期的に剃ってるけどね。プレイで」
「いい加減にして下さい!」
 まったくもって、年頃の娘が表でするような会話ではない。
ここが小久保邸なり天野邸なりであれば、マサヒコもビシバシと突っ込んでいたところだが、
さすがに衆目のあるところでは、勇気と行動力の問題で不可能。
明後日の方向を見て、我は無関係也という態度を示すに留まる。

「ちょっとマサ!」
 だが残念、リョーコはこういうところは極端に目ざとい。
ジリジリと輪から離れつつあるマサヒコを見咎め、呼びかける。
「集団行動を乱すんじゃないわよ、もういい歳なんだから」
 破廉恥な会話をするののどこが集団行動なんだ、とマサヒコは思ったが、やはり突っ込まない。
「ま、アンタは男だしそんなに毛深いほうじゃなさそうだから、気にしないかもしれないけどさ」
「はあ」
「で、どうなの? ミサキは濃くない、あくまでファッションだって言ってるけど」
「ミサキは別に濃くありませんよ」
「……ふーん。そういうことだってさ、皆」
 リョーコはギラリと瞳を妖しく輝かせ、悪女の顔でニタニタと笑った。
「え?」
 マサヒコは一瞬、リョーコの言葉の意味がわからなかった。
しかし、固まって石になったミサキを見て、今の質問の真意を理解した。
「あ、あっ!」
「んふふふ、そうよねえ。ミサキ以外に濃いか薄いかを知ってるのは、ここだとマサしかいないもんねえ」
「な、なななな」
 リョーコは考えて罠を張る策士タイプではない。
その時その時、瞬間的行き当たりばったり的に、相手にボロを出すように仕向けるヤマ師タイプ。
その事をよく知っているはずなのに、またこうしてマサヒコは迂闊にもひっかかってしまった。
「あー、そっか。小久保君はミサキちゃんとつきあってるんだもんね」
「ふ、ふ、風紀が乱れてるわ!」
「マサヒコ君、もう大人なんだ……」
 マサヒコがミサキと恋人同士なのは、アイ達も当然知っていた。
だが、どこまで進んでいるかまでは知っていなかった。
そして今、それを知った。

「う、うわああああん!」
「な、このメガネーッ!」
「わははは、別にいいじゃん。知られて減るもんじゃなし」
 泣き出すミサキ、怒るマサヒコ、そして高笑いするリョーコ。
周囲の男どもから彼らに注がれる視線が、鑑賞と嫉妬から別のものへと変化した。
あいつら何を騒いどるんじゃ、と。

 季節を問わずところ構わず。
楽しく騒々しくいやらしく。
春夏秋冬、四季にあふれた日本のとある町で、年を通して美しい花々が咲く。
その鮮やかさは決して色あせることはなく。
そう、彼らの関係は常に変わらず―――

   F    I    N

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