「はぁ、ありえねぇだろ…」
城島シンジの口をつくのは純粋な驚き。
バイト先である家庭教師派遣元から渡された、地図を片手に辿って行った先で、驚愕する。
9月の頭、まだまだ汗の吹き出てくる季節のど真ん中で、反対の手で汗を拭いながら。
目の前にあるのは、シンジにとって、エロゲの中ぐらいでしか見たことの無いような豪華な屋敷。
自らの立つ門の奥に、更なる道のりが続いている。
「こんな家に住んでる人間がなんで家庭教師なんか…」
途方に暮れるような現実に、思わず口から漏れるのは文句にも似た呟き。
元々、城島シンジが家庭教師のバイトを始めたのは先輩からの誘いに他ならない。
今年の4月から晴れて大学生となったシンジ。
自らの最大限の努力の果てに、親の助けもあり単身上京して来た。
当然ながら苦学生の身。
降って湧いたような話しではあるのだが、天の助けとばかりにシンジはそれに食いついた。
自らのスケジュールに合わせた勤務形態。
生徒との垣根を作らずに気軽に行う授業。
カリキュラムに沿って指導をしていくという初心者にも触れやすいシステム。
順風満帆に登録を済ませた矢先、突き付けられた現実は物理的にあまりにも大きい。
「はぁ、とりあえず行くしか無いな…」
そう呟きながらシンジは『七条』とかかれた表札のかかる、その屋敷のインターフォンに手を延ばす。

………………………………

「へぇー、東栄大学といえば、良い所じゃないですか。」
通された屋敷の一室でシンジに保護者より声がかけられる。
途中屋敷までの道のりを案内してくれた、これまたエロゲの世界でしかお目にかかったことの無い、
メイド服に身を包んだ女性に対する疑問をシンジは脳内の片隅に追いやる。
「いえいえ、そんな事は無いですよ。」
解答的にはこんな感じで良いのかな?
そんな風にシンジは思う。
自分的には大冒険だった第一志望の大学。
直前の追い込みと、それを献身的に支えてくれた妹。
そして、自分の進学に合わせて、実家へと戻ることを決めてくれた両親。
それら全てでもって勝ち得た称号。
本当は、胸を張りたかった。
そこに至るまでの苦難を乗り越えたのは、外ならぬシンジ自身なのだから。
だからこそシンジは、努めて社交辞令に徹したのである。
「うちの娘に、今まで一般教養の習い事はさせてきたんですけれど…」
それを受け取る側もそれはきちんと理解している。
間髪入れずに話題はシフトしていく。
「気付いたらこの子の同級生達も追い込みをしてる時期になってしまって…」
親御さんの話しは続く。
「最初は予備校になんて思ったんですが、他のお稽古もあって…」
要は他の今まで積み上げてきた習い事との兼合いで時間を合わせられる家庭教師という結論に、
この豪邸に住まわれるご家族はなったらしい。
「娘は高校で生徒会役員もやってまして…」
そこまで話しは進んで、ようやく自らが教える事になる、教え子の紹介が始まる。
スタイル抜群、栗色のややウェーブがかった髪の完膚なきまでのお嬢様と、
交互に視線を行き来させながら、シンジは話しを聞いていく。
一通り親御さんとの会話が落ち着いた所で、その子は口を開く。
「七条アリアです。」
礼儀正しく背筋を伸ばした恰好で、お嬢様はシンジに挨拶をする。
「城島シンジです、よろしくお願いします。」
その人物にシンジも姿勢を正して自己紹介をした。

………………………………

それはお見合いの際に使う言葉ではなかろうか?
口にこそ出さなかったが、心の中でシンジがツッコミをアリアの親に入れたのが小1時間前。
「後は若い人達に任せて…」

なんて言葉を残して消えていったアリアの親に残された2人は、シンジのバイト先最初のカリキュラムである、
実力テストに取り掛かる。
(完璧……なんだよなぁ……)
はたして自らの出番があるのかと思うほど、淀み無くシンジの前でスラスラ問題を解いていくアリア。
殆どの回答欄に正答が書き込まれ埋まっていく。
それは現文、古文に限らず、数学、物理、世界史、英語…
各教科の好き嫌いは無く、むしろ、受験を経験した身であるシンジとしては、必要のない教科まで含めて、
優等生っぷりを見せ付けるアリアにはただただ、舌を巻くばかりである。
とは言え、そんな彼女でも全教科満点とはいかないわけで…
アリアは学年1位は取ったことが無いという。
常にほぼ満点というただ一人、自らの上にランクする人物の壁は厚いのだという。
「世の中にはそんな人もいるんだね…」
シンジが派遣先から渡された解答集を片手に採点をしながら言う。
「ええ。でも、だからこそ頑張ろうって思えるわけです。」
シンジに応えてアリアが口を開く。
「そっか…」
未だに緊張で堅さを残すシンジの声。
かたや、アリアの方は持ち前の明るさというか、人を選ばない人懐っこさというか、
いや、天然に近いのかもしれない。
そうシンジが思うほど自然体でシンジに語りかける。
それでも必死に採点を続け、シンジは暫く後、解答をアリアに返却した。
「ここあってませんか?」
暫く渡された答案を眺めた後でアリアが声をあげる。
「オクティビアナル……」
採点を終え、アリアに返した歴史の答案を突き付けられ、シンジはそこをただ口にだして読み上げる。
「いや、オクティビアヌスが正解だよ。」
その後で努めて冷静に言う。
実は、シンジもこの名前で躓いた事がある。
ギリシャの一時期に〜アヌスと言う名前の人物が多いのだ。
アナルフェチのシンジが躓かないわけがあろうか。
「アナルもアヌスも同じ意味じゃ無いですか?」
「人名だから0点だね。」
アリアを知る人ならば知るアリアのボケ。
そしてそれを、シンジを知る人ならば知るツッコミでシンジは切り返す。
半ば無意識に互いの普段の性格での応酬をする。
「でも、どっちもお尻のあn「おーい」」
なおも食い下がるアリアが直接的に言葉にしようとした言葉をシンジが慌てて掻き消した。
そしてシンジは悟った。
(この娘、妹やその友人達と同じだ。)
そう思うとただ屋敷の雰囲気に気圧されていたシンジも幾分か肩の力が抜けるのを感じた。

………………………………

「はぁ〜」
冒頭と同じ種類の溜息をシンジは吐き出した。
驚嘆。
それ以外の言葉でどう表現すれば良いのだろうか?
シンジは思う。
「でも、今回も2位だったんです。」
中間テストを終えてアリアが貰ってきた得点表をシンジは再度覗き込む。
家庭教師を始めて、エロボケをかましながらも頭の良い子だとは思ってはいた。
目の前に並ぶ全て十の位に"9"の並ぶ得点表。
準パーフェクトとしか形容のしようの無いそれは見ているものを圧巻する。
「はぁ、俺の出る幕無いじゃん…」
溜息。
再びシンジの口から出ていくもの。
「膜ならちゃんとありますよ。」
「前後の脈絡から察しようか?頭良いんだから。」
シンジの呟きの一部を聞いてのアリアのエロボケ。
凹んでいるようでいて、シンジもちゃっかりとそれに応えてしまう。

(しかし…)
シンジは思う。
田舎で離れて暮らす妹の様だな。と。
何故、自分の周りにいるエロボケキャラは皆優秀で、ツッコミキャラは自らも含め凡庸なのか。と。
それは転居して来た、この土地でもなんら変わら無いようだ。と。
1人だけ当て嵌まらない、エロボケというよりも変態の域にいる親友はシンジの頭の中には出てこない。
(クールなマナカちゃんとは全く違う…やっぱりカナミそっくりなんだよな。)
その中でも、アリアのちょっと天然というか、ボケてるような所、
人見知りしない所は妹がこんな感じだ。とシンジは思う。
おまけに学校でのテストの成績まで似たようなものだな。
なんて、凡庸の域から抜け出すことの無いシンジは、過去に妹に見せてもらった得点表を眺めた時のような
既視感を覚える。
「どうかしましたか?」
そんなシンジにアリアが声をかける。
「いや、うちの妹もこんな感じの成績表を持ってくるんだよね。」
苦笑まじりにシンジが言う。
「へぇ〜、妹さんがいらっしゃるんですね。」
その会話にアリアは自然に食いつく。
今日の所はテストでの成績を吸い上げて、派遣会社に報告をあげるだけ。
勉強の予定は特に無し。
だから、少しリラックスした調子で、2人は雑談を交わしていく。
「妹さんはどんな感じなんですか?」
純粋な興味でもって、アリアがシンジに尋ねる。
「いや、こんなこと言うと兄バカかも知れないけど、よく出来た妹だと思うよ。」
やや、むず痒げにしながら、シンジが言う。
「へぇー。そうなんですか?」
「ああ。こっちに越してくるまで、両親が長期出張で暫く2人で暮らしてたんだけど…」
シンジは両親不在期間中のまるで1年とは感じられない日々の事を振り返りながら言葉を紡ぐ。
時折、へぇーとかお嬢様のそれと言うよりかは、年相応のリアクションを見せながら、
興味津々といった感じで、アリアは話を聞く。
(そういえば、ここまで長いこと話をするのも初めてだな。)
シンジはそんなことを思う。
今までは家庭教師のカリキュラムに追われて、ゆっくりとする隙など無かった。
だが、今日はたっぷりと時間がある。
自らの妹のようで、妙に親近感を覚えてしまう教え子と沢山話をするのも、悪くないなとシンジは思う。
「禁断のインセストですね!!」
「今まで何を聞いてたんだ?」
話の合間に挟まれたアリアのエロボケ。
本当に妹そっくりだなと思うとシンジは苦笑してしまう。
「七条さんはうちの妹にそっくりだよ。」
そして、そのままを口にする。
事実シンジはそう思っているのだから。
「そうですか?」
不意をつかれたのか、驚きの表情を浮かべるアリア。
「ああ。言わなかったけど、うちの妹もよくボケるんだ。狙ってなのかは知らないけどさ。」
またしても苦笑を浮かべながら、アリアに応えてシンジは言う。
「私ボケてますか??」
「うん。」
どうやら、この子は自覚のないタイプらしい。
またしても苦笑。
なんだか、今日は苦笑いの絶えない日だなぁ。
シンジはそう思う。
「でも、妹さんに似てるんですよね?」
「うん。」
「そうですか…私一人っ子だから、兄弟に憧れがあるんですよね。」
「そうなんだ。」
アリアの言葉に、シンジは曖昧に返事をする。
「今度からシンジ先生の事、兄のように思うことにします。」
アリアが言う。
「いや、まぁ、構わないよ。」

なんかこそばゆいような気になりながら、シンジが返す。
こちらからは、妹に似てるなんて勝手な親近感を抱いているのだから、別段断る理由は無いしな。
なんて思いながら。
「それで、七条さんが頑張れるなら。」
そして、笑顔でそう言う。
「……だから、下の名前で呼んでくださいよ。」
不満げにアリアがそう告げる。
「分かったよ。…アリアちゃん。これで良いかい。」
もはや、何度目ともわからない苦笑をシンジが浮かべる。
「本音を言えばちゃん付けはいらないですが、仕方ないですね。
やはり、形から入らないと盛り上がりにもかけちゃいますもんね。」
「…意地でもツッコまないからね。」
アリアが何を言わんとしてるか分かって、先回りをして、シンジがそう口にする。
敢えて、越えられない壁である体型の事は触れないでおこう。
カナミの名誉のために。
心の中で、そんな風に思いながら。

………………………………

「コーヒーで良いのかな?」
暫くして、シンジはアリアを自らの部屋に招いた。
理由は至極簡単で、
「シンジさんの家、一度行ってみたいです。でも、イカ臭そう……」
というアリアの言葉と、
「ちゃんと片付けぐらいしてるから…」
というシンジのツッコミ。
一連の会話の後で、大学が近所とは限らないからその参考として。
などとシンジはおろか、家族、お付きのメイドの出島さんまでアリアが、説得してしまった為である。
『へぇー。ホントにイカ臭くないですね。』
入って初っ端のアリアの言葉に、少々シンジが凹んだのは内緒だ。
「あ、はい。」
シンジの言葉にアリアが肯定を返す。
好奇心に定まらない視点を隠そうともせずに。
アリアにしてみれば、初めて触れる一人暮らしの部屋。
しかも男性の。
シンジのコーヒーで良いか?との問いにも、どこか上の空だった。
「そんなに珍しいものじゃ無いさ。」
そんなアリアにシンジは苦笑する。
その初々しいリアクションは、やはりお嬢様として、どこか自分達とは住んでる場所が
違うと思わせてしまう。
シンジがアリアを妹みたいだと言い、アリアがシンジに兄だと思うことにすると言ってから、
かなりの時間が経った。
家庭教師の授業を行う上での円滑さは、目に見えて増した。
時には、アリアのボケから勉強が脱線してしまうこともあったけれど、概ね順調だった。
シンジが1人で出てきた街で、田舎に住んでいた頃と変わらないような、
気兼ねしない相手が出来たのはシンジにとって純粋に喜びだった。
そうして、シンジが接した事をアリアがどう受け取ったかまではシンジにはわからない。
でも、それに伴ってアリアも楽しそうに授業を受けてくれていると、シンジは確かに感じていた。
「アリアちゃんお待たせ。」
だから、
だからこそ、
シンジは油断していたのかもしれない。
多分、田舎にいた頃なら、誰を自らの部屋に入れても、もっと万全の準備をしていたはずなのに、
そこから離れて、でも、その先で、今までの環境と変わらないような人と出会い、浮かれて…
「……………………っ!」
マナカでも、エーコでも、実妹であるカナミを部屋に招き入れるのでも、細心の注意を払っていたはずの事を、
シンジはすっかり忘れ去ってしまっていた。
シンジは思う。
やはり、この子はカナミに似ていると。
同時に、アリアは自らの妹では無いんだと言う相反する考えが頭に浮かぶ。

コーヒーを持って、キッチンから戻ったシンジの部屋。
そこには、先程の好奇心で浮つくアリアの姿はすでに無かった。
代わりに、シンジ秘蔵のアナルモノのエロ本を読み耽るアリアの姿があった。

………………………………

(気まずい……)
どうにか、アリアの意識を引き付けて、エロ本を手放させる事に成功したシンジ。
だが、肝心な次に言うべき言葉は出てこない。
「…………………」
アリアはアリアで頬を紅潮させたままで、何も言わない。
部屋には沈黙が降りてくる。
「……コーヒー冷めちゃいますよ。」
先に口を開いたのはアリアの方。
落ち着かない。
そんな様子はありありとシンジに伝わる。
「あ、あぁ……っ!」
コーヒーを口に運んで、アリアの方を一瞬垣間見る。
その一瞬で目が合って、慌てて逸らす。
それは、アリアも一緒だったようで、同じように合った瞳を一瞬で逸らしてしまう。
(あぁ、何故カナミにこの恥じらいは無かったのだろう…)
不足の事態に、カナミに責任転嫁して、シンジは気まずさを紛らわそうとする。
「あの……」
不意にかけられる言葉。
「あ、あぁ……」
今まで順調だった家庭教師と教え子の関係が嘘のように、
胃に鉛を流し込まれるような気心地でシンジは曖昧に返事をする。
「…シンジ先生はアナルフェチなんですか?」
下を向きながらそう口にするアリア。
「………………………」
シンジは、胃に流し込まれた鉛が融解して、胃で煮立っているような
感覚に襲われているような気がしてならない。
「先生……アナルって気持ちいいですよね。」
「………………………は?」
何を言っているんだろうこの子は?
余りに場違い過ぎる言葉がその後に続いて、シンジの頭は混乱する。
「……その…私、時々……オナニーの時、お尻の穴弄っちゃうんですよね…」
頬を紅潮させながら、アリアが言う。
「だから、シンジ先生の気持ち、良くわかりますよ…」
アリアが独白する。
「ねぇ……だから、その…」
しませんか?
アリアが続ける。
「いや、でも、その、そういうのは…」
未だに思考がまともに働かない中で、シンジは制止の言葉をかけたのは確かに覚えている。
「…実はもう、疼いちゃって…」
頬を染めながらの、アリアのその言葉は強烈過ぎて、意識が塗り替えられるのをシンジは自覚する。
気付けば、誘われるまま、シンジはアリアに手を延ばしていた。

………………………………

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