Prologue 光の中で

「天下一歴女武闘会」の決勝戦において、天野ミサキは破竹の快進撃を続けていた。

「なれば、これより、第11問。甲斐の虎こと武田信玄といえば風林火ざ・・・」
ピンポーン。
会場に高音が鳴り響く。
ミサキが回答ボタンを押したため、司会とおぼしき中年男は、またしても問題文を最後まで読み上げることができぬ。
度重なる天野ミサキの早押しに、司会の男は不興の色を隠せなかった。
なれども、大会規則があるからには回答ボタンを押しし者には相応の対応をせねばならない。
内心の苛立ちを抑えつつ、司会の男は視線を小柄な少女へと向けて静かに問い掛ける。
「天野殿、解答や如何に?」
と、間を置かずしてミサキがそれに応じた。
「難知如蔭(知り難きことは蔭の如く)、動如雷霆(動くこと雷霆の如し)!」
ピンポンピンポーン。
先程のものとは趣の異なる高音が会場に鳴り響く。
「いかにも。甲斐の虎こと武田信玄といえば風林火山の軍旗で著名だが、孫子の兵法書において「風林火山」に続く言葉や如何に、という問いにござった。…正解でござる。」
またしても正解であることが公のところとなり、会場は大きなざわめきに包まれた。
「おお…此度も正解とは…」
「あの娘の先読み…見事なものよな…」
「あれぞ、南蛮渡来の『にゅうたいぷ』ではござるまいか…」
そのような賞賛の声を衆目から得ても、天野ミサキにはいささかの慢心もない。
(戦は終わってみるまで分からぬ。一寸先は闇ぞ。油断や容赦は禁物じゃ…。されど…)
首をかしげる天野ミサキ。
(それがしは、なにゆえ、このような場所でこうような事をいたしておるのか…?)
此処これに到って、彼女の中に強烈な違和感が生じ始めた。
(ここ到る経緯…どのようなものであったか…)
だが舞台は、記憶の糸を辿る暇を役者に与えようとはしない。
「なれば、これより、第12問!」
司会の発した朗々たる声が次なる戦いの到来を告げ、ミサキの意識は勝利への渇望にて再び覆い尽くされた。

Episode 発端

天野ミサキは恋焦がれていた。
幼馴染たる小久保マサヒコは彼女にとって以前から気になる存在ではあったが、しばらく疎遠になっていたこともあり、ここまで意識するほどのことはなかった。
それが、再び親しくなって以後は彼のことを想わぬ日はついぞ無いという体たらく。
その日もまた、ミサキ女史は彼の横顔を眺めることに夢中であり、英語教師による熱のこもった授業さえも全く耳に入っていない様子であった。
(ああ…素敵だな…マサちゃんの真剣な顔…やっぱりいいなぁ・・・)
恋の力の成せる所業であろうか。
ミサキはマサヒコの姿にいちまでも見とれ続け、飽きる兆候すら見受けられない。
「マサちゃん…」
恍惚の表情でミサキが呟く。
心昂ずるあまり、無意識のうちに口から出てしまったのだろう。さもありなん。
だが、問題は、心の泉より染み出た妄言を他者に聞かれてしまったことにある。
「…マサちゃん? マサちゃんって何?」
「ッ!?」
不意に背後から声が降ってきた。
正気に返ったミサキが慌てて振り返ると、そこには級友の少女が訝しげな顔をして立っている。
「え…あ・・・?」
周囲の同級生たちは思い思いの場所で食事を摂っていた。
いつの間にか英語の授業は終わり、昼食の時間になっていたらしい。
眼前の少女もまた、小さな弁当箱を手にしている。
どこぞに移動する途中、全くの偶然においてミサキの独白を耳にしてしまったのだろう。
「ねぇ、天野さん。今言った『マサちゃん』って何?」
計らずもミサキが発してしまった単語に、彼女はいたく興味を抱いたようだ。
(まずい…)
冷たい汗が全身を伝うのをミサキは感じた。動悸も激しくなっている。
何としても誤魔化さねばならない。
どのようにして事態を収拾すべきか。
秀才との誉れ高い天野ミサキの頭脳が猛烈な勢いで稼動している。
脳裏に浮かんだ幾つかの案を瞬時に取捨選択し、やあやって最善の弁明を導き出した…はずであった。
ミサキが発した次の言葉は、本人の意思とは関係なく、彼女の運命を狂わせていくことになる。
「え…えっとね…。あれはね…伊達政宗のことなの。最近…そういうのに…ハマってて・・・アハハ…」

傷を塞ぐための処置によって更に大きな傷を負う。人間の悲しい性である。

Episode 邂逅

「ホラ、この店は品揃えがいいのよ。アンタも何本か借りてって勉強しなさい!」
「先輩、こういうハード過ぎるのはちょっと私には…」
「何をカマトトぶってんの。そんなんだから未だに処女なのよ!」
「そ、それとこれとは関係ありません!」
「い〜や! おおいに関係あるね! こういうの観て度胸を養なわなきゃ一生処女のまま!」
「そんなことないです! 絶対ないです! そのうち私だって素敵な人とSEXするはずです!」
町外れのレンタルビデオ店。
その「成人向けコーナー」にて二人の若い女性が口論していた。
女子大学生・濱中アイと、その先輩たる中村リョーコの両名である。
会話の内容から推察するに、先輩のリョーコが「過激な作品」の鑑賞を勧めているのに対し、
後輩のアイはそれを頑なに拒んでいるようだ。
押し問答は20分ほど続いていたが、やあやって一応の決着を見た。
アイが手ぶらなところをみると、彼女に「過激な作品」はまだ早いという結論らしい。
その代わりといっては何だが、リョーコは山のようにDVDを抱え込んでいる。
「先輩、そんなにたくさん観れるんですか…?」
「全部観るわけじゃないからね。実用に耐える『要所』にだけ用があるのよ」
「はぁ・・・」
レンタルの手続きを済ませるべくレジへ向かった二人は、そこで意外な人物と遭遇することとなる。
「あれ、ミサキちゃんじゃない?」
「あ・・・。アイ先生…中村先生も…」
天野ミサキであった。
家庭教師の教え子を通じて、アイとリョーコの両名はミサキと面識があるのだ。
「ふ〜ん。アンタもビデオ借りに来たの? ま、ここ穴場だからね。SMものとか?」
「もう、先輩! ミサキちゃんに限ってそんなわけないでしょ! ねぇ、ミサキちゃ…」
リョーコの軽口を笑いながら受け流そうとしたアイだったが、ミサキの様子を見て言葉が途切れてしまう。
顔を逸らし、眼が泳いでいる。知人に出会ったことに動揺しているのは明らかであった。
「まさかミサキちゃん…本当に…? 駄目よ! 法律に違反しちゃうわ! 18歳まで我慢しなさい!」
「ち、違います!そんなのじゃありません!」
早とちりしたアイが繰り出す的外れな諫言を、ミサキが真っ赤になって否定する。
それを面白そうに眺めていたリョーコが口を開いた。
「ま、アンタにそんな度胸は無いでしょ〜ね。じゃあ、何を借りたわけ?」
「そ、それは…」
ミサキは手にしたDVDを背後に隠そうとしたが、その動きはリョーコに先読みされており、成すすべなく手中のものを奪い取られてしまった。
「返して下さいッ!」
「ど〜れどれ、今時の娘はどういうプレイが好きなのかしらん」
泣き声のミサキが必死に抗議するが、リョーコは気にも留めない。
「先輩、いけませんよ!」
アイも口では注意するが、リョーコの行動を止める様子はない。ミサキの借りたDVDに興味津々のようだ。
そして、ミサキが秘匿しようとした事柄は無残にも白日の下に晒されることとなる。
「え〜と、なになに…。『独眼龍政宗』…?」
「それって確か、某大河の…」
「そうよ。ミサキ、あんたって見かけに拠らず渋い趣味を……うわッ!?」
ミサキを顧みたリョーコはそこでおおいに狼狽した。
「うぅ〜…ッ! ううううっううっうぅ・・・」
二人の心無い所業に耐え切れず、ミサキが大粒の涙を流していたのだ。

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