朝、目が覚めると、そこはいつもと違う部屋だった。

「??え??」
最初は、分らなかった。いつもどおり天井を見ているうちに、どんどん違和感が広がっていって。
「ここ………私の部屋じゃ、ない??」
慌てて体を起こす。確かにそこは、私の部屋じゃなかった。テーブルや、ベッドの位置も全然違う。
なのに、、、なんでだろう。私の部屋じゃないけど、妙に既視感があるのは。
(誰か………知り合いの部屋?中村先輩の、部屋じゃないし、あれ?)
どんな家や部屋にも、そこにはその持ち主特有の匂いがするって聞いたことがある。
そして私は、その部屋の匂いを間違いなく、記憶していた。そう、そこは。
"バタン"
「お〜〜い、アイ、いい加減起きろよ」
「?ままま、マサヒコくん??」
「まだパジャマのまんまかよ………下で、母さんがもう朝飯の準備してるから」
「あ、朝ご飯の?」
「着替えなくても良いから、さっさとメシだけ済ましちゃえよ。遅刻しちゃうぞ?」
「???」
混乱しまくった頭の中で、私は自分の姿を見た。マサヒコ君の言うとおり、
私は見たこともない柄のパジャマ姿だった。でも、それ以上に違和感があったのは―――
「??……………ちっちゃくなってる??」
その違和感の原因に、やっと気付いた。本当に、微妙なんだけど………
私の体は、ほんの少しだけ、小さくなっていた。手足も、なんとなく短くなっているようだった。
「?大丈夫か、アイ?」
ちょっと心配そうな顔をして、マサヒコ君が近づいてきて。そして、私のおでこに、手を!!
「熱は………無さそうだな」
「ま、マサヒコ君?あ、あの、なんで私」
「?マジで大丈夫か?アイ。調子悪いんなら、母さんに言って学校休む?」
そう言いながらマサヒコ君が顔を近づけてきて、私の顔をのぞきこむ。
わあ、なんとなくこうして見ると、大人っぽくなって……じゃ、なくて!!!
「わ、わ〜〜ん、失礼だよ、マサヒコ君!私、まだ顔も洗ってないし、メイクも!!!」
あんまりに至近距離まで彼が近づいてきたもんだから、思わず私はマサヒコ君を突き飛ばしてしまった。
「な、なんだよ。俺は起こしに来ただけだし、それにメイクって、お前普段そんなのしねーじゃん。
またミサキや若田部にからかわれたのか?」
「ミサキちゃん……にアヤナちゃん??」
ぼんやりと、ふたりの顔を思い出したところで。
"ぐぅぅぅ〜〜〜"
その瞬間、私のお腹が壮大なアラーム音を鳴らしてしまった。
恥ずかしくなってマサヒコ君の方を見ると、彼は苦笑しながら頭を掻いていた。
「食欲はあるみたいだな?俺はもうメシ済ましたし、下で待ってるから」
そう言って、マサヒコ君は部屋を出て行った。そして、私はぽつんと部屋にひとり残されて。
「これって………どういうこと?」
訳が分らなくなって、私はぼんやりとしていた。部屋の中は、女の子の部屋らしく可愛らしい感じで。
と、いうかそこは明らかに私の部屋の趣味に近い感じだった。
なんにせよ空腹感には耐えがたく、のろのろと立ち上がってからクローゼットをのぞくと、
そこにはマサヒコ君達が通っている東ヶ丘中学の見慣れた制服と、
中学生時代にお気に入りで良く着ていたワンピースやスカートが並んでいた。
「?えっと………」
思わず独り言を言ってからふと横を見ると、そこには姿見があって―――予感通り、そこには。
「…………中学生の頃の、私?」
まだ身長も160僂らいしかなくて、全体のバランスもなんとなく幼い感じがした。
恐る恐る近づいて自分の顔を間近で見てみると、見覚えのあるところにニキビがあって。
「ゆ、め?昔の夢を見てる??」
だとしても奇妙なのは、その昔の夢にマサヒコ君が出てくることだ。
私が中学生だとしたら彼はまだ小学生くらいのはずだし、
なにより彼が中学生になってから私は初めて会ったのだから、私の過去に登場してくるはずが無いのだ。

頭の中が疑問符でいっぱいになりながら、とりあえず制服に着替えて、鞄を手にした。
―――中学生の制服を着るのはそれなりに勇気が必要だったし、なんとなく恥ずかしかったけど。
とにかく、ドアを開けて階段を下りていった。うん、間違いない。記憶にある、小久保家の間取りだ。
「あ〜〜ら、アイちゃん、珍しいわねえ、マサヒコより遅いなんて」
「あ、あ、はい、お母様」
「??どうしたの。なんだかぎこちないわねえ……」
「い、いえ、なんでもないんです」
「ま、良いけど。さあさ、もう学校遅れちゃうから」
手際よく、お母様は丼に山盛りのゴハンをよそってくれて、ずい、と私の前に差し出した。
ほこほことしたお米の甘い匂いが私の嗅覚を刺激してきて、おもわず唾を飲み込む。
「い!いただきます!」
「ど〜〜ぞん♪あはは、相変わらずアイちゃんの食べっぷりは見てて気持ち良いわねえ♪」
とりあえず、朝からの疑問を全部保留して胃袋を満たすことにした。
塩だけでシンプルに味付けした胡瓜の漬け物、甘めの卵焼き、それにワカメとあぶらげの入った味噌汁。
特に凝った食材とか使ってるわけじゃないのに、全部すごく美味しい。間違いなく、この味だ。
何度かご馳走になったことがあるけど、本当にお母様は料理上手だ。
「美味しいです。朝から、本当にすいません、お母様」
「?別に良いのよ、いつものことじゃない」
鼻歌まじりにお母様は私が空にした丼にまたゴハンをよそってくれていた。
それは本当に自然な風景で―――見つめながら、私はまた不思議な気持ちになっていた。
(えっと………さっきマサヒコ君、私のこと呼び捨てにしてたよね??
それにお母様も、アイちゃんって??あと、学校に遅れるって??もしかして、だけど………)
「お、アイ?もう終わりそうか?」
「ん!もぐ、むぐ……う、うん。これが最後」
「ん、分った。それじゃ俺、外で待ってるから」
ひょこん、とマサヒコ君が顔を出してそう言うと、玄関の方に歩いていった。
「ご、ごちそうさまでした!お母様!わ〜〜ん、待ってよ、マサヒコく〜〜ん」
「お粗末様でした。って、アイちゃん?お口の周りにゴハン粒ついてるわよ?まだ顔も洗ってないみたいだし」
「!!あ!」
大急ぎで食べ終えてマサヒコ君を追おうとした私だけど、
お母様の言うとおりまだ顔も洗ってないことに気付いて、慌てて洗面所に向かう。
「あはは、慌てなくても大丈夫よ〜〜いつもどおり可愛いから、アイちゃんは。ね、マサヒコ?」
「知らね〜〜よ、全く母さんはいつもいつも」
からかうようなお母様の言葉に恥ずかしくなりながら洗面所に入ると、音速で出かける準備を始めた。
洗顔クリーム、歯磨きと歯に食べカスがついてないかのチェック、それに枝毛のチェックとブラッシング。
それに、あとニキビにつけるクリームと、あと、えっと………時間が全然足りない!!!
ていうか、中学生の頃ってどこまでやってたっけ??
「お〜〜い、アイ、もう良いかぁ?」
「全く無神経ねえ、マサヒコ。女の子ってのはね、準備に時間がかかるんだから」
「分るけどさあ………」
マサヒコ君とお母様のやりとりを後ろ耳で聞きながら、ようやく格闘が終わった私は洗面所を出た。
ふう、ようやく一息。ホッと安心したところ、だったのに。
「準備OKね、アイちゃん。可愛い可愛い♪ホント、ウチの息子のお嫁さんにはもったいないくらいよねえ」
「え!」
「変なこと言うなよ、母さん。さ、行くぞ、アイ?」
「う、うん、マサヒコ君」
「じゃ〜〜〜ね♪いってらっさ〜〜い♪」
相変わらずハイテンションなお母様のお見送りを受けながら、私とマサヒコ君は小久保家の玄関を出た。
「あ、おはよう、アイちゃん!マサちゃん!」
「おはよう、ミサキ」
「お、おはよう、ミサキちゃん」
そこで待っていたのは、マサヒコ君の幼馴染みで同級生の天野ミサキちゃん。
ニコニコと笑顔で私たちを迎えてくれた。
「今日は遅かったんだね?ちょっと心配しちゃったよ?」
「あ、わりい。アイの奴が寝坊しちゃってさ」

「ご、ゴメン、ミサキちゃん」
「へ〜〜え、珍しいね、アイちゃんが寝坊するなんて。逆ならしょっちゅうなのに」
「………そんな、最近はしょっちゅうってほどじゃ」
「ぷッ。そうなの?マサヒコ君?」
「??いつもそうじゃない、アイちゃん。マサちゃんが寝坊したときはアイちゃんが起こしてるじゃない」
「なんか今日は朝から変なんだよ、アイ」
マサヒコ君とミサキちゃんは、普段どおりだった。変なのは、確かに私の方なのかな??
「ま、いいや。行こうか、ミサキ、アイ」
「うん!」
「う、うん!」
そんなわけで私とミサキちゃんとマサヒコ君の三人は、学校に向かって歩き出す。
「あはは〜〜、でね、鈴木君たら、今度柴ちゃんをどっか誘いたいんだけど、良い場所知らない?
なんて聞いてくるんだよ?」
「あ〜〜、鈴木が柴原狙ってるって本当だったんだ?」
そこでの会話は、いかにも中学生らしい色恋沙汰とか、友達関係の話で。
私は懐かしいような、そんな気持ちになりながらふたりの話を聞いていた。そして―――
「どうした、アイ?ずっと黙って?それになんか顔、赤いぞ。やっぱり風邪かなんか引いたんじゃね?」
「大丈夫?アイちゃん」
「!う、ううん!なんでもないから!」
実のところ、私はマサヒコ君の横顔を見ながらボーーっとしていた。
並んで歩いていると、私よりほんの少しマサヒコ君の背が高いのが新鮮だった。
それに前から思ってたけど、やっぱりマサヒコ君って、すごく可愛い顔をしていて。
「あ!わ〜〜い、ミサキちゃん!マサヒコく〜〜ん!アイちゃ〜〜ん!!」
「お、的山!おはよう」
「リンちゃん、おはよう」
「お、おはよう、リンちゃん」
そんなことを考えていたときに不意打ち気味に登場したのは、リンちゃんこと、的山リンコちゃんだ。
「わ〜〜い、今日はプールの日だね、わ〜〜い♪」
「あはは、相変わらずのはしゃぎっぷりだね、リンちゃん」
「だって楽しみなんだもん。昨日中村先生と一緒にてるてる坊主を作っちゃったくらいだよ♪」
「プール……?あ、私、水着忘れた!」
「大丈夫だよ、アイ。ほれ、母さんが俺に持たしてくれたから」
「そうだったの?ありがとう、マサヒコ君……って、女の子の水着、勝手に見たり嗅いだりしないでよ!!」
「見てねえし、嗅いでねえよ!!お前が忘れてたから俺が持たされたんだろうが!!」
「だ、だったら早く言ってよ!恥ずかしいでしょーーー!!」
「も〜〜〜う、相変わらずなんだから、ふたりとも」
「あははは、ケンカするほど仲が良いっていうもんね〜〜♪」
「なにをイチャイチャしてるのよ!!風紀が乱れてるわぁぁぁぁぁ!!!」
「って、いきなり割り込んでくるな、若田部!」
「あ、おはよ〜〜♪アヤナちゃん」
「お、おはよう、若田部さん」
「あ、ゴメンね、アヤナちゃん」
そしてお約束通り登場したのは若田部アヤナちゃん。巨乳でお嬢様でツンデレな三人の同級生だ。
………本当のところ、ツンデレなのかどうかは知らないけど。
「全く、朝っぱらからなにを大騒ぎしてるのよ」
「ん?いや、今日の体育の話でちょっとな」
「体育?そういえば今日はプール授業だったわね」
「クロールのタイム取るんだったよね、確か」
「私、バタ足しかできないけど〜〜〜」
「タイム………と、言うことは、勝負ね!天野さん!濱中さん!」
「ま、また?若田部さん?」
「………?ってアヤナちゃん、私とも勝負なの?」
「ふ、ふん!天野さんとは勿論だけど、あなたとも勝負がついてないわ!とにかく、今日は勝負だからね!」
ビシッとミサキちゃんを指さした後、私にも指をさすアヤナちゃん。
………ルックスはクール系の美少女なのに、相変わらずいちいち言動が暑苦しい。

そんな感じでアヤナちゃんとミサキちゃんが言い合ったり、
リンちゃんが天然でエロボケをかましたり、マサヒコ君がそれにツッコミを入れたりしているうちに、
東ヶ丘中学に近づいてきた。う〜〜ん、なんとなく緊張感。
だって私は本当はここの生徒じゃないはずで。だから、まさかとは思うけど、これはなにかの間違いで――
「お?おはよ〜〜う、小久保、濱中、天野、的山、若田部。相変わらずだな、お前らは」
「あ!おはようございます、豊田先生」
「相変わらずとは、どういう意味ですか、先生!」
「おはようございますぅ〜〜〜先生!」
校門で待っていたのは、中村先輩の元カレにしてみんなの担当教師、豊田先生だった。
にこやかに私たちを迎えてくれて、その瞬間、少し張りつめていた私の心が少し解れていくのが分った。
(でも、と言うことは、私はやっぱりみんなの同級生になっちゃったってこと?タイムスリップ?
でも過去に飛んだわけじゃないから??えっと、SFって苦手なんだよね………なんだったっけ?
あ、そうだ、パラレルワールド、だっけ?)
世界にはもう一つの世界が平行していて、そこではほんの少し、
今ある世界とずれた世界が存在しているって話だったはずだ。うん、今の世界は正にそんな感じ。
「しかし今日は静かね、濱中さん?」
「!う、うん、別に、そんな」
「やっぱ若田部もそう思うだろ?プールは止めといた方が良くねーか?アイ?」
「体調は、大丈夫なのよ。体調はね」
「??」
ブツブツ言っている私がよほど不審なのか、みんな心配そうに私を見ていた。
………嬉しかった。ものすごく、嬉しかった。いつもちょっとキツイことを言うアヤナちゃんだって、
もちろんミサキちゃんだってリンちゃんだって、マサヒコ君だって、本当に良い子なのは分っていた。
だから、心配かけちゃ、いけないんだ。たとえ、ここがパラレルワールドだろうと、夢だろうと。
「ゴメン!あのね、実は昨日ね、冷蔵庫の奥にあった賞味期限ギリギリのケーキを食べたんだけど、
それが心配だっただけなんだ、私」
「………どうせ、その程度のことだろうとは思ったけど」
「あはは、アイちゃんらしいよ」
「でもこの季節だから食中毒には気をつけないと〜〜」
「あのねえ、濱中さん?あなたには品位ってものが」
呆れたような顔で私を見たり、笑ったりするみんな。とりあえず誤魔化せたみたいだった。
………と、言うかこの程度の嘘であっさり誤魔化せる私って、どうなんだろう。
「よ〜〜っす。おはよう、小久保!」
「おはよう、ミサキ!」
「オハヨ〜〜、リンちゃん」
「おはようございます!若田部さん!」
「おはよ、アイ」
それはともかく5人で教室に入ると、そこにはなんとなく見覚えのある3年1組の生徒たちがいた。
「ねえねえ、ミサキ?国語の宿題の答え合わせしたいんだけど、どう?アイも一緒に」
カチューシャをしてる、笑顔の可愛い子が私とミサキちゃんに近づいてきた。
この子は確か、柴原さんとか言ってたっけ?どうやら私の隣の席の子みたいだ。
「私は良いよ、柴ちゃん」
「あ。私、宿題忘れたかも」
「え?珍しいね、アイ」
「うん、ちょっと待って………あ、あった。あ〜〜、やってるね、私」
「あはは、もう、相変わらずボケてるな〜〜アイは」
そう言ってけらけら笑う柴原さんだけど、それは全然嫌味の無い笑顔だった。
宿題の答え合わせをしながらちょっと話しているうち、すっかり柴原さんと打ち解けてしまっていた。
「よ〜〜し、じゃ、みんな席つけ〜〜」
ようやく豊田先生が教室に来ると、ざわざわとした雰囲気が少し落ち着いた。
「起立!おはようございます!!」
「おはようございます!!」
朝の挨拶が済んだ後、短い事務連絡とHRの時間。なんだかすごく懐かしい。
ふと隣を見ると、うっとりとした顔で柴原さんが豊田先生を見つめていた。
(あ………もしかして?)

柴原さんのそんな様子が気になった私だけど………。
「よ〜〜し、HRはこれで終わり」
「はい、起立!礼!着席!」
クラス委員らしいメガネをかけた背の高い男の子が号令をかけて、HRは短時間で終わった。
次の授業の先生が来るまで、少しの間だけまた教室がざわついた雰囲気になる。
「ねえねえ、ミサキちゃん?もしかして、柴原さんって豊田先生のコト」
「?いつものとおりじゃない、どうしたの、アイちゃん?」
ちょっと声を小さくしてミサキちゃんに聞いてみたけど……ああ、そういうことか。みんな周知のことなんだ。
ていうか、そういえばミサキちゃんはマサヒコ君に片思い中のはずで?
それなのに、今日お母様は私のことを「ウチの息子のお嫁さん」って??
思い出すと顔が赤くなっちゃうけど、それより私とマサヒコ君がどういう関係になっているのかが気になって。
「は〜〜い、それじゃみんな授業を始めるぞ」
なんてことを考えているうちに国語の先生らしい、初老の男の人が来て授業が始まった。
それは、なんだか懐かしい風景だった。でも懐かしがってばっかりもいられなかった。
情けないことに結構忘れてることも多くて、授業についていくだけで精一杯だったりした。
「よし、今日は以上」
「はい!起立!礼!」
「わ〜〜い、次はプールだよ、アイちゃ〜〜〜ん!」
「あ、そうか。次は体育……………あ!私、泳げないんだ!」
「へ?今さら思い出したのか?アイ」
「だ、だって」
「泳げなくても大丈夫だよ、ビーチ板とかあるし」
「…………勝負以前の問題だったわけね」
「えへへ〜〜、私も泳げないから一緒に頑張ろうね!アイちゃん」
「ってお前もかよ!そのくせ朝からあんなにはしゃいでたのか!」
「泳げなくてもプールは楽しいから良いんだもん!」
周りのみんなが呆れたように見てるけど、リンちゃんは全然気にしていないみたいでニコニコしていた。
「本当に的山さんは………はぁ。まあ、いいわ。さ、着替えに行きましょ?」
「?どこに行くの?」
「あはは、今日は本当にボケてるねえ、アイちゃん。女子更衣室に決まってるじゃない」
「わ〜〜い♪みんなで行こう!」
リンちゃんが嬉しそうに歩いていくのをついていく。女子更衣室に入って、着替えを始めた。
「ね〜〜ね、アヤナちゃん?なんでそんなおっぱいおっきいの?」
「ぶッ!!的山さん、あなた!」
「私なんておっぱいぺったんこなのに〜〜〜。あ〜〜あ、いいな〜〜」
そう言いながら、きゅ、とリンちゃんが自分の乳首をつまむ。なんだかその仕草もリンちゃんらしくて可愛い。
「大きいからって良いことなんて別に」
「え〜〜、でも中村先生が、おっぱいは大きい方が色々使い勝手が良いって」
「つ、使い勝手って」
「胸が大きいだけじゃなくてスタイル良いもんね、若田部さんは。羨ましいな」
「天野さんまで、もう!それを言うなら濱中さんだって」
「え?私?」
スクール水着も懐かしいんだけど、それ以上に女子更衣室のこういう雰囲気も懐かしい。
でもそれどころじゃなくて、いきなり。
「そうだよね〜〜、いいな〜〜アイちゃんも結構ナイスバディだもんな〜〜。ぶぅ〜〜」
「きゃ、きゃあ!リンちゃん、ダメ!」
本当にいきなり、リンちゃんが私の胸に触れてきて。びっくりして、大きな声を出してしまった。
「あははは、相変わらずねえ、アイとリンは」
そんな私たちを、柴原さんが爆笑しながら見ていた。
う〜〜ん、しかしこのクラスの子達は本当にみんな仲が良いみたいだ。
プールに向かうと、もうマサヒコ君達男子は準備運動を始めていた。
「的山にアイ、泳げないチームは向こうだってさ」
「あ、そうなんだ?」
「行こ行こ!アイちゃん!」
「う、うん」
§
ちょっとの間だけ、マサヒコ君の水着姿を見とれてしまう。
背も高くなったし、やっぱり男っぽくなってるな、なんて思いながら。
「ふふふ〜〜、わ〜〜い!!!」
"ばしゃあぁぁん"
「り、リンちゃん、今お腹打ったんじゃない?」
「ちょっと痛いけど、平気だよ♪」
でも、そんなことよりはしゃぎまくってテンションの高いリンちゃんについていくのが大変だった。
「わ〜〜〜、アヤナちゃんすご〜〜い!!はや〜〜〜い!!」
「え?」
ふと隣を見ると、髪をくくったアヤナちゃんがクロールでプールを激泳しているところで。
「うわ〜〜、すごいね、アヤナちゃん。今度こそミサキちゃんに……あれ?」
快調に飛ばしていたアヤナちゃんが、いきなり減速し始めた。
隅のコーナーのミサキちゃんがマイペースに(それでも結構速かったけど)抜き去って、一位でゴールした。
「あれれ?突かれちゃったのかな?アヤナちゃん」
「字が微妙に違うけど、どうしたんだろうね?」
軽くリンちゃんにツッコミを入れながら見ていると、ようやくアヤナちゃんがゆっくりゴールした。
だけど彼女は顔をしかめながらプールから上がれないようで。
「すいません、先生。途中で脚が攣ったみたいで」
「なんと。そりゃ大変だ」
ショートカットの女の先生が、急いでアヤナちゃんをプールから助け上げた。
私たちも慌ててアヤナちゃんの側に駆け寄る。
「だだ、大丈夫?アヤナちゃん!」
「つ……あんまり大丈夫でもないみたい。水の中でコキッて音がしたくらいだし」
「わ〜〜、足コキだ!」
「………お願いだから黙ってて、的山さん」
あっという間にアヤナちゃんの周りは女子生徒が集まってきた。みんな心配そうに彼女を見ている。
「こりゃ保健室に行かないとダメみたいだな、お〜〜い、保健委員―――」
「私です」
「なんと。んじゃ男子の保健委員は―――」
「あ、それならマサ君です」
「そうか。お〜〜〜い、小久保〜〜〜」
「え?はい、なんですか、先生?」
「………と、ゆーワケで若田部を保健室まで連れていってやってくれ」
「わかりました。どう、立てる?若田部」
「ん………なんとか」
「それじゃ運んでやるから背中に乗んな」
「う、うん…………」
「これだけ薄地だと背中に胸の感触が直に伝わってくるね」
「ぶ!ま、的山!」
「優しい言葉をかけといて!結局は身体目当てなのね―――ッ!!」
「……他に運ぶ方法があるんなら遠慮無く言え」
「じゃ、じゃあ、肩だけ貸して連れてって」
「OK」
ひょこひょこと、二人三脚みたいな感じでアヤナちゃんとマサヒコ君がプールを後にしていった。
「へへへ………心配?アイ」
「あ!柴原さん。う、うん。だってアヤナちゃん、ケガしてるから」
「ち・が・う・よ。アヤナと小久保があんな風に密着してると、奥さんとしてはどうかな〜〜とか」
「!お、奥さんって」
「ホラ、だってミサキを見なよ」
柴原さんの指さす先には―――ミサキちゃんが、すごく切なさそうな視線でふたりを見送っていた。
「う………それは、その」
「まあ、一緒に住んでいるってだけでアドバンテージだけどね、アイの場合は。
だけどミサキだって諦めてないみたいだし、アヤナもあれで結構小久保のこと気に入ってるみたいだし。
あんまり油断してると………大変かもよ?」
それだけ言ってにや〜〜っと笑うと、柴原さんが離れていった。
§
しかし彼女はそういうキャラなのか。でも柴原さんのおかげで、なんとなく分ってきた。
この世界でも、ミサキちゃんがマサヒコ君のことを好きなのはやっぱり確定。
アヤナちゃんもひょっとしたら。それで私は?私は、どうなのかと言うと―――
(………好きに、決まってるじゃない。でも)
家庭教師になって一緒に時間を過ごしていたときから、マサヒコ君のことは弟みたいだと思ってた。
だけどほんの少しだけ、寂しさを感じていたのも事実だった。
もしも、家庭教師と生徒という関係じゃ無かったら?
もしも、マサヒコ君と私が同い年だったら?
もしも、彼と私に年の差がなかったら?
それ以上に。中学を卒業して、彼との接点が無くなってしまったら、
私たちは―――もう、ただの赤の他人になってしまうの?それで、良いの?
本当は、ずっとそう思っていたから。この世界でなら、それは。
「アイちゃん、ど〜〜したの?ブツブツ言って」
「!な、なんでもないよ」
気づいたらリンちゃんが私の顔をのぞきこんでいて、慌ててしまった。
そうだ。勝手に除外しちゃったけど………リンちゃんだって、そうなんだ。
ふたりともちょっと鈍いところがあるから意識してないみたいだけど、
マサヒコ君とリンちゃんもすごく仲が良いわけだし。
「?ねえねえ、なんでそんな怖い顔してるの〜〜〜〜?」
「!あ、ご、ゴメン、リンちゃん」
ダメだ。なんだか今日の私はどうかしている。
突然こんなことになってしまえば誰だって混乱しちゃうんだろうけど。それでも、私は。
「えへへ、じゃ、泳ご♪」
私のそんな混乱をよそに、リンちゃんはいつもどおりのほにゃ〜〜っとした笑顔で私の手をとる。
「う、うん」
ちょっとだけ、まだ違和感を抱きながら私はリンちゃんとビーチ板につかまりながら、泳いだ。
でも、やっぱりずっと気になっていたのはマサヒコ君のこと。なにより、彼はどう思っているんだろう。
以前の世界なら、彼と私は先生と生徒という関係だったけど、ここでは同級生。
私がもし彼に思いを告白したら、そのときは………なんて答えてくれるんだろう?
"き〜〜〜ん、コ〜〜〜ン"
「わ〜〜〜ん、もう終わりだよ〜〜〜」
なんて考えているうちに、いつの間にか授業は終わってしまった。
心底口惜しそうなリンちゃんとプールから上がると、ミサキちゃんが近寄ってきて。
「心配だよね、若田部さん」
「そうだね。この後みんなでお見舞いに行こうか?」
「さんせ〜〜い!」
「あ、なら私も行くよ、アイ」
「…………私も行きます」
あっという間にリンちゃんに柴原さんも集まってきて、それに、あれ??
いつの間にか話に参加してきた、ショートカットのこの子は?
「あ、ユキもいく?」
「じゃ、戸川さんも一緒に」
柴原さんとミサキちゃんの言葉に、無言でこくこく、と頷く。
この子は『戸川ユキ』さんって言うのかな?おとなしい感じだけど、目のくりっとした可愛い子だ。
そして私たちは更衣室で水着から制服に着替えた後、保健室へと急いだ。
"ガラッ"
「アヤナちゃん!大丈夫?」
「あ…………来てくれたの?みんな………」
ベッドで休んでいたアヤナちゃんは私たちが部屋に入ってきたのを見て、
一瞬驚いた顔をして―――それから、すぐに照れくさそうな顔をした。
ふと見ると、マサヒコ君はまだ水着姿のまま、すぐそばの机でなにか書類を記入していた。
「どう?まだ痛い、アヤナ?」
「う、ううん、じっとしてれば大丈夫。ただ捻っちゃったみたいで、ちょっと歩くのが辛くて」
「捻挫だと思うんだけど、先生がまだ戻ってこなくてさ。一応、応急処置はしておいたけど」
「ふ〜〜〜〜ん、小久保ってそんなことできるんだ?」
§
「ああ、去年も保健委員だったからその程度のことはな」
「結構手際良かったよね、小久保君」
「わ〜〜〜、小久保君かっくい〜〜〜」
「って、からかうなよ、的山」
苦笑するマサヒコ君と、そんな彼を笑顔で見守るみんな。
アヤナちゃんもちょっと恥ずかしそうな顔だけど、ニコニコ笑っていた。
あれ?今アヤナちゃんの視線がマサヒコ君にいって、それが――――なんだか愛おしそうな感じで?
「で、それはともかく、どう?アヤナ、次の授業は」
「次は英語だっけ?無理しないで休んどいた方が良いよ、若田部」
「………残念だけど、そうするしかないかしら」
「私、若田部さんの着替え、持ってきてます」
「え?あ、ホントだ!あ、ありがとう、戸川さん」
「わ、エライね、戸川さん!」
ちょっとぼーーっとした外見とは裏腹に、戸川さんは意外にしっかりものらしい。
私たちは全然気付かなかったんだけど、更衣室からアヤナちゃんの着替えを持ってきてくれたみたいだ。
「んじゃ、俺も着替えがあるから先に行ってるわ」
「うん、じゃあね、マサ君」
「私たちもそろそろ行かなきゃだけど、アヤナひとり残していくのはちょっと気がかりだね」
「私、若田部さんについてます」
「え?い、いいの?戸川さん」
「!そんな、私はもう大丈夫だから」
「保健の先生が来るまでです。若田部さんひとりだとなにかあったら危ないですから」
「うん、それもそうね。ユキにお願いしときましょうよ」
「…………悪いわね、戸川さん」
申し訳なさそうに、ぺこり、とアヤナちゃんが頭を下げると、
戸川さんは無言で顔を横に振り、笑顔をつくってみせた。
「じゃ、また来るからね?若田部さん」
「帰るときは送ってくからね〜〜〜!アヤナちゃん」
「う、うん………ありがとう、みんな」
戸川さんとアヤナちゃんのふたりを残して私たちは保健室を後にしたんだけど―――
「でも良かったのかな?戸川さんだけに任せて」
「ふふ、良いのよ。ユキってアヤナの大ファンだからね」
「え?」
ニヤニヤ顔の柴原さんがそう言って、驚いてしまった。てことは、もしかして、その、同性愛とかレズってこと?
「あ、変なこと考えてるな〜〜?あはは、そういうんじゃなくてユキはね、純粋にアヤナに憧れてるのよ」
「?へえ、そうなんだ」
「アヤナちゃんってすごいもんね!頭は良いし、スタイルも良いし、美人だし、お嬢様だし!」
「ふふ、そうだよね」
それはそれでアヤナちゃんと戸川さんをふたりで残しちゃうのは別な意味でちょっと心配のような?
それでもマサヒコ君とふたりで残しておくよりは………!って私、またなにを考えて!
「?ど〜〜〜したの〜〜〜?アイちゃん、またブツブツ言って?」
「なんか今日は変だよ?アイちゃん」
「う………ご、ゴメン」
でも、さっき。ほんの一瞬だけど、確かに私は思ったのだ。
アヤナちゃんのあの表情。あれは間違いなく、マサヒコ君に好意を抱いている表情だった。
それはケガを手当てしてくれたことへの感謝とかだけじゃなくて、なにかもっと深い思いを感じさせるもので。
ああああ!!!もう、本当に、どうしようもないくらい、私は!
そんな混乱しまくった状態で教室に帰ると、そこには私の気持ちなんて知るはずもないマサヒコ君がいて。
「あ、小久保帰ってたんだ?」
「ん、お先」
プールあがりのマサヒコ君。いつもの癖っ毛が少し濡れたようになって、それはただ、色っぽくて。
それまでの戸惑いも忘れて、私はただそんな彼の姿に呆然と見とれていた。
「?どうした、アイ、タコみたいだぞ、お前」
「た、タコって」
「今日はホントにヘンなんだよ〜〜〜〜、アイちゃんは」
§
「ヘンじゃないし、タコじゃないもん」
照れ隠しで、私はそう言うとちょっとムクれて見せた。
「あ、怒んなよ、アイ」
「マサヒコ君なんて、ふ〜〜〜んだ!」
ぷい、と横を向いてみせると、マサヒコ君は苦笑いをして。
「はいはい、夫婦漫才はそこいらにして。授業始まっちゃうから」
笑いながら柴原さんがその場を仕切って、私たちは席についた。
英語の授業はアメリカ人の女性講師で、英語はそこそこ得意だったから、苦労はしなかったんだけど???
「ハイ、濱中サンはとてモ発音が上手ですネ」
「あ、はぁ」
「英語の発音ハ、舌遣いと息遣いが重要でス。皆サンも、私について一緒に発音して下サイ。えf、vぃ」
(なんでこの人、女子生徒の発音を見ながら舌なめずりしてるんだろう)
明らかにヘンだと思うんだけど、柴原さんやミサキちゃんが特にツッコまないということは、
これが普通だってことなのかな???
「それデハ今日の授業ハこれデ終わりデス。See you」
違和感を残しながらも授業が終わると、ぶはぁ、と大きな息を吐いて柴原さんが机の上につっぷした。
「あ〜〜〜〜、マリア先生の授業は緊張するね」
「?柴原さん、英語苦手なの?」
「違う違う。だってマリア先生って…………ねぇ」
苦笑いする柴原さんが意味ありげにミサキちゃんに目配せすると、彼女も苦笑いを返してきて。
「まだアイちゃんは気付いてなかったの?あのね、マリア先生って」
「わ〜〜〜い、給食だよ!ごはんだよ、ごはん!」
なんだかいつもどおりハイテンションのリンちゃんのおかげで、その話は途中で終わってしまって。
と、いうか。
「ねえ、マサヒコ君?…………ありがたいんだけど、私だけてんこ盛りなのは」
「いや、どうせおかわりすんだからこの方が効率的だろ?」
たっぷりと、私だけ山盛りなのは確かにそのとおりなんだけど、女の子としてはちょっと恥ずかしいわけで。
「いいじゃん、アイ。いつもどおりフードファイターぶりを発揮すれば」
「ふ、フードファイターって」
「ふふふ。本当に美味しそうに食べるものね、濱中さんは」
保健室から戻ってきたアヤナちゃんも一緒にみんなで席をくっつけて食べる、
この給食の風景ってのも懐かしいんだけど。でも今日初めっからずっとこういう扱いの私って……。
と言うか、みんなもそれが当たり前みたいな顔をしてるのって…………うう。
とか思いながらも出された分はあっさり全部平らげてしまう自分の胃袋が恨めしい。
「なんだかんだで、全部食うんじゃんか」
あきれ顔のマサヒコ君に見つめられると、もうそれだけで恥ずかしくなっちゃって。
「うう゛………だ、だって」
「まあまあ、良いじゃない。栄養士の大隣さんもアイの食べっぷりを誉めてたんだし」
「給食委員の間でも有名なんだよね♪アイちゃんは」
はぁ〜〜〜、これじゃタダの大食い女じゃない、と思いながら昼休みはみんなとダベったり、
そして午後の授業もなんとか過ごしていくうちにやっと放課後になった。

…………疲れた。とにかく、疲れた。
ぐったりと机の上でつっぷして、もうこのまま眠ってしまいたいくらいだった。
「なんだか今日はぐったりしてんな、アイ」
「うん………ゴメンね、マサヒコ君、疲れちゃったかも」
「無理すんなよ。朝からお前調子悪そうだったし」
心配そうに言ってくれるマサヒコ君。ヤバい、ちょっと泣きそうになっちゃった。
「大丈夫だよ!ありがとう、マサヒコ君」
「ま、それなら良いんだけどさ。若田部の脚のこともあるし、みんなで帰ろうって」
「う、うん!」
教室の出口を見るともうみんな集まっていて、アヤナちゃんの隣にはしっかり戸川さんがいた。
「大丈夫?アヤナちゃん」
「ええ、もうそんなに痛くはないし」
「……………」 
§
142 名前: 郭&伊東 ◆Ot.EmIRUsS7D [sage] 投稿日: 2010/01/26(火) 22:43:47 ID:ar20U2yI
それでも戸川さんは心配そうな顔でアヤナちゃんを見つめている。
「それじゃ帰ろっか!」
「う、うん」
いつもながら元気いっぱいのリンちゃんを先頭に帰路につく。
柴原さんは部活でいなかったけど、みんなでわいわい言いながら帰るのも楽しいものだ。
「今日は中村先生の授業の日だよね。予習してきた?小久保くん」
「ま、一応な」
え?中村先生って………って、ことは?
「ね、ねえねえもしかして今日は家庭教師の日なの?」
「ありゃ、本当にボケてるな、アイ。中村先生に怒られるぞ」
「お姉様が来られるんなら本当は私も行きたいんだけど……」
「若田部さん、今日は無理をしない方が」
「そうね、そうするわ」
アヤナちゃんを気遣う戸川さん。う〜〜〜〜ん、レズとかそういうのとは違うんだろうけど、
なんて言うのかな?きっと戸川さんにとってアヤナちゃんは、憧れの「なりたい女の子」なんだろうな。
途中、戸川さん&アヤナちゃんと別れ、私たちは小久保家の方へと歩く。
「えっと、じゃあ私もせんぱ………じゃなくて中村先生の授業を受けるの?」
「??いまさら何言ってるんだ?アイ?」
「あ〜〜〜、アイちゃんたらサボろうとしてるな〜〜」
「う、ううん、そんなんじゃないんだけど」
「ふふ、本当に記憶喪失になっちゃったみたいだね、今日のアイちゃんは」
「!あ、あははは、ゴメンね!今日はちょっと調子悪くって!」
にこにこと微笑みながらだけど、ミサキちゃんが際どいことを言うのでドキッとしてしまったりして。
「ま、どうでも良いけど………とりあえず、今日も頑張るか、ツッコミも」
うんざりとしたような表情で伸びをするマサヒコ君。でもそんな顔も可愛いな、なんてちょっと思ったりして。
「ミサキちゃんは?」
「授業料も払ってないから本当はどうかと思うんだけどね」
「良いんじゃね?二日酔いのときとかミサキに授業を丸投げしたりしてんだから、あの人」
「それは………そうなんだけど」
「そうだよ〜〜〜、みんなでヤる方が楽しいって中村先生も言ってたもん!」
「中村先生がそう言ってくれるなら、私は………良いんだけど」
なるほど、そういうことか。この世界では私とマサヒコ君とリンちゃんの家庭教師に先輩がなっていて、
ミサキちゃんはお手伝いというか、いつの間にか一緒にいることになっているということか。
三人のやりとりからなんとなくだけどこの世界での設定?みたいなものを私は確認した。
「よっし、じゃ、頑張るかね、ただいま〜〜〜」
「おかえり〜〜〜♪マサヒコ、アイちゃん♪それといらっしゃい、リンちゃんにミサキちゃん♪」
「あ、ただいまです、お母様」
「お邪魔します、おばさま」
「おじゃましまーーーす♪」
「ただいま。なんかテンション高いな、母さん」
「んふふふ〜〜〜♪だってみんな可愛い子ばっかりなんだもん♪
アンタが迷うのも分るけど、さっさと誰を花嫁にするのか覚悟を決めて」
「さ、みんな部屋に行こうか」
お母様をあっさりスルーするとマサヒコ君は靴を脱いだ。
「ぶ〜〜〜、ノリわりい、マサヒコ。で、リョーコちゃんなら先に部屋にいるから。
あ、それと私これからちょっと買い物に行ってくるから後はよろしくね?」
「ほいほい」
絶妙な間の親子漫才が終わり、みんなでマサヒコ君の部屋へと向かった。
"コンコン"
「中村先生、帰りました」
「よ〜〜〜っす、おかえり、マサ。お先だったわよん」
携帯をいじくりながら胡座をかくようにして座っているのは………傍若無人にして、
最凶の家庭教師こと私の先輩(今は違うけど)・中村リョーコさんだ。
「あらあら、相変わらず女の子に囲まれてウハウハねえ、マサ」
「家庭教師とは思えない発言、ありがとうございます。それじゃ授業を始めましょうか」
§
143 名前: 郭&伊東 ◆Ot.EmIRUsS7D [sage] 投稿日: 2010/01/26(火) 22:44:18 ID:ar20U2yI
「ええ〜〜〜〜、せっかくみんな集まったんだから、とりあえず休憩を」
「って、アンタ家庭教師だろうが!授業以外になにをするんだ!」
「わ〜〜い、ただいま!中村せんせい!」
「よろしくお願いします、中村先生」
「せんぱ………じゃなくて、中村先生、よろしくお願いします」
「ちっ。じゃ、仕方がない。授業でもしましょうか」
ぱたん、と携帯を畳むと参考書を広げ始める先輩なんだけど………
一瞬だけ、先輩の目が鋭く光ったような気がするのは私の気のせいなのかな?
「じゃ〜〜〜まずは小テストね。数学の応用問題なんだけど、
応用とは言っても基本ができていれば大丈夫なはずだから。制限時間は15分。それじゃ、いい?スタート」
「わ、わわ、ちょい待って下さいよ、先生!」
いきなりペーパーを私たちに配り終えるのとほぼ同時に早口で指示し、
ストップウォッチで時間を計る先輩。慌てて、みんな問題に取りかかる。
カリカリカリカリ
「この音ってしかし聞きようによっては卑猥よねぇ〜〜〜、ってことで、はい、そこまで!」
ペーパーを回収すると、さっさと先輩が採点を始めた。
「ふ、ふわぁ!いきなりですからビックリしましたよ、せんぱ………じゃなくて中村先生」
「え〜〜〜、でも先生の授業だとよくこういうのあるじゃない、アイちゃん」
「でも時間制限ってどういう意味があるんすか?重要なのは問題が解けるかどうかだと思うんですけど」
「けッ、ガキが生意気言ってんじゃないの。ま、でも特別サービスで教えたげる。
受験には時間配分が重要なのよ。この問題はどれも色んな公式を使うから、結構手間取るはず。
だから解けそうな問題を優先してヤルっていう感覚を養うのがポイントなわけ。ミサキはパーフェクトだけど、
ホラ、リンもマサも1番から順に解こうとして、途中で時間切れになってるでしょう?
それに比べてアイは途中で気付いて時間のかかりそうな2番をヌいてる。こういうのが大切なのよ」
「なるほど…………先輩もたまには教師らしいことも言うんですね」
「ってコラ!タマにはとは何事だ!あたしゃいつでもタマとサオの扱いなら」
「どうしてアンタはみんなが感心してるのにそれを自分からぶち壊しにするんだ………」
呆れたようにツッこむマサヒコ君だけど、私は今更のように感心していた。
適当にヤっているようで、先輩の授業にはきちんと理論的な裏付けがあるのだ。
「ま、それはともかくアイ、ちょっと一緒に来てくれるかな?」
「は、はい?」
「いや、お母様はアンタらが来たら買い物にイクって言ってたから、お茶の準備でもしようかなと」
「あ、それなら私が」
「ミサキはマサとリンの間違ったところを見てて欲しいのよ。アイは合格点だからひとまず大丈夫」
「なんだかんだでミサキをこき使う気なんだな」
「コイて使うのは勝手だけど、口惜しかったら全問正解してみなさい。じゃ、来なさい、アイ」
「あ、はい!」
さっさと立ち上がってドアを開けた先輩の後ろに慌ててついていく。
ミサキちゃんは先輩の言葉どおりふたりの答案を見ながらアドバイスしていた。
「うん、中村先生の言うとおりだね。リンちゃんもマサちゃんもね、ココは時間がかかるから………」

「急須ならここだから、アイ」
「あ、ありがとうございます、せ………先生」
勝手知ったる小久保家、という感じでさっさとお茶の準備をする先輩。
これなら私のお手伝いなんていらないんじゃ?というかただ単に一人だと面倒くさいから私を呼んだのかな?
なんて思ってたら。
「ところで、アイ?」
「は、はい?」
「いきなり変なこと聞くけど………アンタ、いつから中学生になったの?」
「え?ええ?」
「ん、気にしないで欲しいんだけど………私の記憶ではアンタって大学生だったはずよね?」
「せ、先輩!もしかして先輩も!!」
「あ、やっぱり。私だけがこっちに来た訳じゃないんだ」
「!!!」
先輩の言わんとしていることが分った。このパラレル・ワールドに迷い込んだのは、私だけじゃなくて!
§
「いや最初はさ、な〜〜んか違和感があるな、って程度だったんだけどね。
いつの間にか大学でもバイトの名簿でもアンタの名前が最初から無かったように消えてるし、
東ヶ丘中に迎えに行こうかと思ってリンに携帯で聞いたら
『いつも小久保君ちで待ち合わせじゃないですか?』とか言われるし、
そのうえマサんちの間取りもなんか微妙に変わってるし。なるほど、そういうことなのね」
うんうん、と頷く先輩。しかし、先輩はあっさりと納得しちゃってるんだけど………
「あの、先輩、これって俗に言う」
「そうね、SFで言うところのフェラチオ・ワールドって奴ね」
「パラレル・ワールドです!!!いっこも合ってません!」
しかしこんな状況でもいつもどおりエロボケは欠かさない先輩、ある意味凄い。
「ふむ。それでアイ?いつからこうなった?それと、ここに来る前はマサ達とはどうなってた?」
「こうなったのは………今朝目が覚めたらなんです。それと、ここに来る前は………
マサヒコ君達は高校に合格していて、私はたまに会うくらいでした」
「と言うことはやっぱり私と一緒ってことか。なら原因は大体分るかも」
「ええ!分っちゃったんですか?」
「推測だけどね。原因は、アイ、アンタよ」
「!!?わ、私?」
「この世界で違うところはアンタが中学生になってなぜかマサんちに同居させてもらってるってことだよね。
さっきお母様に探りを入れたら、アンタはマサの血の繋がらない従妹ってことになってるみたい」
「も、もうそこまで調べちゃったんですか?」
「うん。それ以外は私とアンタが前にいた世界とほぼ同じみたいなのよ。と、言うことはすなわち。
アンタの願望がこの世界を作り出してしまったんじゃないか?って思うのよ」
「私の、願望?」
「SFではこういう風に時間や世界を歪めてしまうような集団的な幻覚みたいなのは、
思春期の女の子のストレスや欲望で引き起こされることが多いのね。
それを考えると条件としては大体合ってるわけじゃない?」
「わ、私は思春期なんかじゃ!」
「ううん、十分思春期よ。だってアンタ、前みたいにマサに会えなくなって寂しいとか言ってたよね?」
「!!!」
痛いところを突かれて、反論できなかった。そう、確かに………家庭教師と教え子という関係が無くなって、
私とマサヒコ君は、疎遠とは言えないまでも少し距離が開き始めていたような気がしていたから。
「アンタにとってマサと会えなくなったことは想像以上のストレスだった。
そして、マサたちがまだ中学生だった頃を、自然と懐かしむようになっていた。それだけじゃなくて、
その中に自分も入れたら………無意識のうちに、アンタはそう願うようになっていたんじゃないかしら?」
「……………」
口惜しいけれど、先輩の言葉で今の世界が全て説明できるような気がしていた。
確かに―――この世界は、私が思い描いていた世界に近いかもしれない。それは、認めるしかなかった。
「…………では、どうすれば元の世界に戻れるんでしょうか?」
「これも推測でしかないけどね。多分だけど、アンタにはやり残したことがあるんじゃない?
だから、この世界に来る必要があった。それはもうアンタにも分っているだろうけど、マサのことね」
(私が…………やり残したこと)
「こんなことを言っている私の存在自体、アンタの妄想が創り出したものである可能性もあるけどね。
だとしたら、アンタが元の世界に戻る可能性を示唆するのが私の役目ってことだと思う」
セカイ系なのかSFなのか分らないけど、先輩の言っていることはすとん、と私の心に響いた。
私のすべきこと、私が元の世界に戻るためには―――
「大丈夫ですかぁ?なんだか遅いんで様子を見に来ちゃいましたけど〜〜」
「あ、ごめんね〜〜〜、リン。ちょっとアイと話し込んじゃって」
「もう、手伝いますから!さっさと行きましょうよ〜〜〜!」
リンちゃんの登場で、先輩と私の会話はいったん中断されたけど、私は深い迷いの中にいた。
私が………願っていたこと。やり残したこと。それは、つまり?
分っていた。分っていたけれど、それは…………ずっと、私の心の奥底に、隠してしまったはずの。
「?ど〜〜したの〜〜〜、アイちゃん、またブツブツ言って」
「!あ、あの、なんでもないのよ、リンちゃん」
「あのねえ、リン?実はアイって今、1週間も続く便秘らしいのよ」
「あ、そっか〜〜〜。それでずっとアイちゃん調子悪かったんだ〜〜〜」
§
「せ、せんぱ??じゃなくて、先生!?」
「でしょう?辛いわよね〜〜〜、お通じが無いと。そうよね、アイ?」
「あ、あの………そう、みたいなの。ゴメンね、リンちゃん」
「うん、分った。今日は給食のおかわりも三杯しかしなかったもんね!おかしいと思ってたんだ!」
「にゃんと。それは確かに調子が悪いわけだ」
上手く誤魔化してくれたのは良いんだけど、ううう、しかしこの扱いは。先輩もニヤニヤ笑ってるし。
「さ、リンも来てくれたんだし、さっさとお茶とお菓子の準備をして部屋に戻りましょうか。それに………」
おまけに一瞬、さらに人の悪そうな笑顔をつくると、先輩は私に耳打ちしてきた。
「へへへ、アイ、良いの?今部屋ではマサとミサキがふたりっきりなわけだけど」
「!!」
「ど〜〜したの?アイちゃん?」
「な、なんでもないの!」
「ははは、じゃ、行きましょうか」
耳の付け根あたりが、熱を持っていた。自分の顔が真っ赤になっているのが、鏡を見なくても分った。

「ほ〜〜い、お茶だよ〜〜ん」
「あ、遅かったっすね。なんかあったんすか?」
「ううん、なんでもないの!マサヒコ君」
「ふふ〜〜〜、どうしたの?アイちゃん、あせっちゃって」
マサヒコ君とミサキちゃんは、もちろん普通に勉強していた。
まったく、先輩に乗せられて私はなにを妄想してしまっていたんだろう。
大体、私たちがキッチンにいるというのに、その。ふたりとも………そんな、卑猥なことをするような子じゃ。
「?どうしたんだよ、アイ」
「わ、わわわ、いきなりなによ、マサヒコ君ッ!!」
ふと気付くと、マサヒコ君の顔が至近距離にあったりして。
「ホント、今日は変だよ?大丈夫、アイちゃん?」
「あのねミサキちゃん、今日はアイちゃん………」
ごにょごにょ、とリンちゃんがミサキちゃんの耳許で囁いて、すぐにミサキちゃんが顔をしかめる。
「アイちゃん、無理しちゃダメだよ。ああいうのも油断すると大変らしいし」
「?なんだ、どうし」
「男の子には!」
「マサ君には!」
「「絶対、言わないんだから!!!」」
リンちゃんとミサキちゃんがほぼ同時にハモった。顔を赤くして黙るしかない私。
本当にもう、先輩ったら!と思いながら先輩を見ると、俯いて必死で笑いを堪えていた。
「い、良いから休憩しよ?ね?」
「??ま、そうするか?」
何が何だかさっぱり、という表情のマサヒコ君をなんとか誤魔化して、お茶の時間にする。
「ん、でも来年は受験本番だもんな。不安は不安かな」
「私も不安だよ〜〜〜」
「大丈夫!みんな合格するよ!」
「励ましてくれるのはありがたいんだけど、ミサキやアイはともかく俺と的山は微妙なところだからな」
「私だってそんなに自信があるわけじゃないよ、マサちゃん」
「ううん、マサヒコ君も絶対大丈夫!だって」
「…………アイ?ちょっと良い?」
「え?」
「あのね、アンタや私は元の世界でマサ達が合格するって分ってるけど、それはこの世界とは違うのよ?
だから、あんまり滅多なことを言わない方が良いと思う。この世界に微妙な影響が出るかもしれないし」
それまでのふざけたような表情から一転して真剣な面持ちで先輩が私に耳打ちしてきた。
「…………あ、すいません」
「?なんの話なんすか、先生?」
「や、なんでもないのよ。さっきの話の続き。ね、ミサキ?リン?」
ふたりに向かって目配せする先輩。リンちゃんとミサキちゃんは同時にこくこく、と頷いていた。
「マサちゃん、ダメだよ!女の子にはお話したくないことだってあるんだから!」
「そうだよ!デリケートな話なんだから!」
§
「???よく分らんが、まあそういうことにしておくか?」
マサヒコ君はあっさりスルーしてくれて、リンちゃんとミサキちゃんは私に笑顔を向けてきた。
とっさに誤魔化してくれた先輩にも、ふたりにも感謝はしてるんだけど、
大食い便秘女ってことで私は認定されちゃったわけで。……なんだか恥ずかしい。

「よし、今日の授業はこのへんにしとくかね。宿題として、次の授業までに16ページまでやっておくこと!」
「「「「は〜〜〜い」」」」
授業の進行そのものはさすがに先輩だった。サクサクと進み、悩む暇もないくらいだった。
ふう、と息をつく私と、ほとんど同時に同じくふう、と息を吐くマサヒコ君がいて。
「はは、疲れたよな、アイ」
「う、うん」
目があった瞬間、苦笑するマサヒコ君。その表情を見ているだけで、切ない気分になっちゃったりして。
「それじゃそろそろお暇するとしますか……リン?送っていってやるから」
「は〜〜〜い♪先生!」
「じゃあ私も帰るね。また明日、マサ君、アイちゃん」
「ん、またな、ミサキ。気をつけてな、的山」
「また明日ね!」
そしてミサキちゃんは自分の家へ帰って、先輩はリンちゃんを送っていって―――
ふたりっきりに。私と、マサヒコ君だけに、なった。
「ふぁ〜〜〜あ、遅いな、母さん。んじゃ俺、部屋でゲームでも」
「マサヒコ君?ちょっとだけ………私、聞きたいことがあるの。これからマサヒコ君の部屋に行っても良い?」
「?別に、構わねーけど」
私は―――心に、決めていた。多分私がするべきことは。この世界でしなくちゃいけないことは。
先輩の言っていたとおり、きっと私の心に決着をつけることなんだ。それは、つまり。

マサヒコ君の部屋に戻る。いつものように、ちょっとだけ散らかった、男の子らしい部屋。
くん、と強めに匂いを嗅ぐ。そう、間違いなく。いつもの、マサヒコ君の部屋の匂いがした。
「ねえ、マサヒコ君は英稜志望なんだよね?」
「ああ、家から近いしな。レベル的にも俺だとあとちょいくらいだから、まあ妥当なところかなと」
「私も………英稜に一緒に行きたいって言ったら、どう思う?」
「なあ、アイ?もしかして遠慮してんのか?」
「…………」
「アイならさ、ちょっと遠いけど聖女だって狙えるし、私立の桜才だって大丈夫だろ?
確かに学費とかアイんちに相談しなきゃだろうけど、いざとなったら母さんだって協力してくれると思うしさ。
俺はやっぱり、アイの行きたいところに行けば良いと思う」
「…………マサヒコ君、違うの」
「なにが?」
「私………マサヒコ君と、離れたくない。一緒に、いたい。中学を卒業しても、ずっと一緒にいたいの」
「あのな、アイ。俺ら従妹なんだから、こうして普通に会えるだろ?そんなので進路を決めるのは」
この世界でも、やっぱり。マサヒコ君は、マサヒコ君のままだった。
不器用で、優しくて、鈍い、私の大好きな、マサヒコ君。
「そうじゃ、ないの。私ね、マサヒコ君が好きなの。ずっと、好きだったの」
「!アイ、それって、お前!?」
「マサヒコ君、好き。大好き」
言っちゃった。はは、こうして言っちゃえば案外あっけないかな?そのまま、私はマサヒコ君に抱きついていた。
「…………アイ、今までなんで、黙ってたんだ?」
固まっていたマサヒコ君だけど、少しして、ふっと気を抜いたように口を開く。
「だって言えなかったんだもん。ミサキちゃんも、アヤナちゃんも、みんなマサヒコ君のことを好きだから」
「………そんなことは」
「ううん、見ていれば分ったの。私がマサヒコ君を好きって言っちゃったら、
多分みんなの関係が変わっちゃうと思ったから、ずっと言えなかったの。
でもね、この世界に来て、分ったんだ。私は、あなたを好きだと、言わなくちゃダメだって。
そうしないと、きっと永遠に前に進めないんだって、分ったの」
それは、あっちの世界では言えなかったこと。私は、ずっと隠していた思いを、やっと言えた。
「この、世界?」
§
「ふふッ、なんでもないの。ただね、マサヒコ君?これだけは確かで、本当のことなの。
私は、マサヒコ君を好き。ずっと、ず〜〜っと、好きでいる。どの時代でも、どの世界でも。だから」
"ちゅッ"
私は迷わず、唇を重ねた。マサヒコ君の唇は乾いていて、少しだけかさついていた。
それを湿らすように、私は舌先を伸ばして、彼の唇をなぞる。
「………む、ん」
"ちゅ、とぅる"
「ん………んッ」
マサヒコ君の唇を、舐め続けた。私の唾で、彼の唇が濡れる。
「アイ………俺」
マサヒコ君はまだ、信じられない、って表情だった。戸惑いながら、私を見つめていた。
"くちゅッ"
愛おしくなって。壊したくなって。舌先を無理矢理、マサヒコ君の口の中にこじ入れる。
驚いているマサヒコ君の表情を見て、彼を陵辱しているような気持ちになって、ぞくぞくしちゃったりして。
"ちゅ、ぅちゅッ"
私の唾液と彼の唾液を、マサヒコ君の口内で、ぐちゅぐちゅに混ぜる。
彼の舌先と私の舌先を、唾液の中で、絡める。
くすぐったさともちょっとだけ違うような、表現しにくいような感覚。
キスってこんな感じで、あんまり唾液は味がしないんだな、って、ほわ〜〜〜んとしながら私は思う。
"ちゅぷ"
「マサヒコ君………」
唇を、離す。彼も興奮しているのかな?いつもは冷たいくらいに白い頬が、少しだけ赤くなっていた。
「…………」
なにも話さないマサヒコ君と私。私は、全てを、決めていた。
"………す"
「!あ、アイ?」
制服のボタンを、外して、脱ぐ。そんな私を見て、慌てて目を背けるマサヒコ君。
「好きだよ、マサヒコ君。ねえ、マサヒコ君は、私のこと、どう思ってるの?」
「………俺は、お前のこと、従妹だと思ってたから」
「それだけ?」
「それだけって………」
「マサヒコ君が優しくしてくれると、嬉しいの。マサヒコ君が笑ってくれると、私も嬉しいの。
それはね、マサヒコ君のことが、好きだからなんだ。だから………マサヒコ君にも私を好きになって欲しいの」
「俺もお前のことは好きだけど、それとこういうのは、違うんじゃないか?」
「違うかもしれない。でもね、私は、決めたから」
押し倒すように、マサヒコ君に抱きついた。さっきよりずっと強く、マサヒコ君の体温を、感じた。
「………なぁ、アイ?いつからなんだ?俺のことを、そう思うようになったの」
「分らない。多分、分らないくらい前からだよ」
「………俺も………俺も、お前のこと、好きになっても良いのかな?」
「!」
「なんでだろう、な。俺、お前のこと、ずっと従妹っていうよりも、お姉さんみたいに思ってた。
ミサキや若田部と違って、一緒にいて楽しいだけじゃなくて………なんだか、一番安心できたんだ」
「………うん。私も、マサヒコ君と一緒にいると、安心できるの」
ずっと、思ってた。
他の男の人と上手く話せない私が、なんでマサヒコ君と話すときだけ、楽しく話せるんだろう。
他の男の人といても上手く笑えない私が、なんでマサヒコ君といるときだけ、思いっきり笑えるんだろう。
それは、きっとマサヒコ君が好きだから。誰よりも、マサヒコ君を大切に思っているから。
「私ね、好きなんだ、マサヒコ君のこと。好きすぎて、おかしくなるくらい、好きなの。
だからね、君のしるしが、欲しいんだ」
「しるし?」
「………セックス、したいの。マサヒコ君と」
「え?で、でもそれは」
「お願い。マサヒコ君ともし別れて違う世界にいっても、私と君が繋がっていたっていう、しるしが欲しいの」
「?良く言っていることが分らないけど、そんなことをしなくても俺はアイと一緒にいるぞ?」
「そうかもしれないけど………今、君とひとつになれなかったら、私、きっと後悔するの。お願い、だから」
§
迷っていたマサヒコ君だけど、私の表情を見て、ぎこちなく肩を抱いてきてくれた。
「本当に………良いんだな、アイ?」
「…………うん」
"ちゅ"
今度は、ゆっくり。彼の方から、キスしてくれた。慣れない手つきのマサヒコ君がスカートに手をかけてきて、
彼の手の動きにあわせて体を動かす。ちょっと時間がかかったけど、私はブラとショーツだけになった。
「ん………マサヒコ君、下着、も………。それと、ベッドに連れてって」
「あ、ああ」
首と足に手を回して私を抱き上げると、マサヒコ君は私をベッドに横たわらせてくれた。
"ちゅッ"
そして、下着に手をかける前に、もう一度、キスをしてくれた。
それが、マサヒコ君なりの精一杯優しいキスだということが、唇から伝わってきた。
戸惑いながら彼が、ブラに手を伸ばして。ホックの位置を探ってから、それを外して。
そのまま、ショーツを下ろしてくれた。目を閉じて、私は彼の行為を受け入れる。
「え、と………アイ、胸………触っても、良い?」
「う、うん」
"むにゅ"
「く、ん………」
ふわり、とマサヒコ君が手のひらで包みこむように、胸を揉んできた。
彼に触れられていると思うだけで、私は反応してしまっていたのだけれど。
(大学生の私なら、もう少しおっぱい大きいんだけどな………)
中学生の私の胸はまだ手のひらサイズで、ほんの少し残念だな、なんて上の空で考えたりしていた。
"むに、む………く"
「ふ………あぁ!」
しばらく胸を揉んでいたマサヒコ君が、いきなり指先で私の乳首を擦ってきて、ちょっと驚いちゃって。
「あ、ゴメン。痛かった?アイ」
「だ、大丈夫………ココも、気持ち良いよ、マサヒコ君」
「もう少し触っても大丈夫?」
「うん………もっと、触って欲しい」
くにくに、とマサヒコ君の細い指先が私の乳首を摘む。少し、力を加えられるたびに。
「ふ、む、ん…………んッ!」
声を止めることができず、ヘンな声を出してしまっていた。
「………アイ、ちょっとだけ」
「え?あ、はい………」
"ちゅうッ………ちッ"
触られて固くなってしまっていた乳首に、マサヒコ君がキスをしてきて。そのまま、そこを吸った。
「ん………はぁ」
マサヒコ君の唇と舌の感触。マサヒコ君の唾液の温度。私の乳首から、それが伝わる。
「アイ、くすぐったい?」
「う、ウウン……大丈夫。ちゃんと、感じてるよ」
「…………可愛いよ、アイ」
「!や、やだ、なに言ってるの、マサヒコ君!」
「なんか、すごく色っぽくて可愛いよ」
「も、もう………バカ!」
こういうツンデレなのはアヤナちゃんの方が得意なんだろうけど。
いきなりのマサヒコ君の言葉に恥ずかしくなった私は、裸のままぽかぽかと彼の胸を叩いた。
「おいおい、やめろって」
「だいたいズルイよ、マサヒコ君だけまだ服着てるんだもん!」
「あ、ゴメン」
「もう!君の服は私が脱がすからね!」
「え?わ、ちょ、おい、アイ?」
「逃げちゃダメ!」
マサヒコ君を制して、ボタンを外しにかかる。ぺろん、とワイシャツを剥ぐと、彼の匂いが直に、してきた。
「えへへ、Tシャツも脱がしちゃうね」
「………好きにしろよ」
§
ちょっとふて腐れたようなマサヒコ君の表情を楽しみながら、彼を裸にしていく。
がっしりとはしていないし、筋肉質でもないけど、しなやかなマサヒコ君の上半身。
彼のきれいな胸板に顔を寄せて、すりすり、と頬擦りをしてから。
"ちゅるッ"
マサヒコ君の、小さな乳首を、口に含んだ。
「?ふ!わ、わッ、あ、アイ!?」
「へへ〜〜、お・か・え・し・だよッ♪」
くすぐったがるマサヒコ君の反応が可笑しくて、そのまま、ちゅうちゅうと彼のそこを吸った。
「お、おい、、あ、ま、マジで、ちょっと」
「えへへ、敏感なんだね、マサヒコ君♪」
「あ、あのな、そんなことされたら俺だって」
「ココも、敏感だったりして?」
「お、おわッ!」
ちょんちょん、と指先でおちんちんのあたりを突くと、マサヒコ君は思いっきり腰を引いちゃったりして。
「わ〜〜、もうかたくなってるぅ〜〜♪」
「あ、あのな!裸でそんなことしてるお前見てりゃ、かたくもなるわッ!」
「脱ぎ脱ぎしないとね〜〜〜♪ふふふ〜〜〜ん♪」
ちょっとノってしまった私は、鼻歌交じりにベルトを外して学生服のズボンを下ろした。
意外に(?)派手な柄のトランクスの真ん中に、しっかり勃起したアレがありました。………わあ。
「さ、最後のこれも、その、ぬ、脱がすよ?」
「……ここまで来て恥ずかしがんなよ、こっちの方が恥ずかしいんだから」
「わ、わかった!濱中アイ、行きます!えい!」
ずるッ、と勢いよくトランクスを脱がす。目の前に飛び出してきたマサヒコ君のおちんちんと、初対面!
「ふ、ふわぁぁぁ!すごい!おっきいんだね、マサヒコ君!」
「…………いや、多分普通だと思う」
「うわ〜〜〜すごい………」
とりあえず、ちょんちょん、と指先でつついてみると、ぴくん、とおちんちんは震えて、動いた。
「お、おい、ちょっと」
「う、うわ、動いてるよ!マサヒコ君!」
「そ、そんな風にされりゃ、動くよ」
「もう少し………もう少しだけ、ゴメンね、マサヒコ君」
おっかなびっくり、私は両手で包むように、おちんちんに触れた。
「!?お、おお!?あ、アイ?」
「あの………こうすると、気持いいんだよね?マサヒコ君」
「いや、その、………気持ち、悪くはない」
「じゃ、じゃあ、続けるからねッ!」
恥ずかしさを振り切るように、私はマサヒコ君のそれを、しゅッ、しゅッと勢いよく擦り上げた。
「あ!お!あ、アイ、もうちょっとゆっくりというか、できたら優しくやってもらった方が、その」
「う、うん、分った」
マサヒコ君の言うとおりちょっとスピードを緩めて擦ってみる。
「………ん、あ、アイ、そう、それくらいだと………気持ち良いよ」
「こ、こう………カナ?」
私なりに、工夫をこらして擦るのに強弱をつけてみたり、脇のあたりをくにくに、としてみたりすると、
マサヒコ君がそれに合わせて細い顎を動かしたりして―――ちょっとだけ、可愛いな、なんて思ったりして。
「えっとね、マサヒコ君、じゃ、ち、ちょっと………」
「@!!∠え?あ、わ!」
"ちゅッ"
おちんちんに顔を寄せてキスをすると、びくびく、って大きくマサヒコ君が反応した。
「気持ち良い?マサヒコ君」
「いや、あのな、それはさすがに、というか、き、汚いから、お前」
「汚くなんかないよ。見慣れてくると結構可愛い、かも?」
「可愛いってのは………それは、男としてちょい傷つくな」
「あ、そうなの?ゴメンね、じゃあおわびに………」
「?※お?おおッ?」
かぷり、とマサヒコ君のおちんちんを口の中にくわえる。
§
お口の中に広がる、しょっぱいような?苦いような?おちんちんの味を感じながら。
"ちろ、ちる"
「!√☆!#わ、ああッ!!アイ!」
こちょこちょ、とくすぐるみたいに先っぽを舌先で舐めると、
マサヒコ君はこっちの方が驚いてしまうぐらい、女の子みたいな高い声で叫んだ。
「うンむ……ろう?ひもち、いい?まさりこくん?」
「それ、マジで、うあ、あ、や、ヤバいって!!!あ、アイ!」
「ん………ん、んんぅ………」
いつもはクールなマサヒコ君が、真っ赤な顔をして悶えている姿は、
それだけでもう、萌えって感じの可愛い姿で。悪戯な気持ちになった私は、夢中になって。
"く……く、ちゅうっ、くぅうッ"
浅く口の中で泳がすように舐めてみたり、喉の奥の手前くらいまで深く呑み込んだりした。
マサヒコ君のおちんちんは、私の口の中で固くなって、震えるように動いているのが分った。
「お、おい!マジで、もうヤバいから、出ちゃうって、アイ!」
「むぐ?ん、んん〜〜〜〜ッ」
"ちゅぽッ"
おちんちんを私の口の中から抜いて解放すると、それは唾液にまみれてぬるぬるになっていた。
「ふ、ふわぁ………なんだか、すごく、エッチだね………」
赤肉色のおちんちんが透明な膜みたいな粘液で覆われて反り返っている姿は、
それだけで卑猥で―――思わず私は呟いた。
「エッチって、なぁ。お前がしたんだけど」
「そ、そうだね。そうなんだよね」
「あの、さ。アイ?お前がまだ怖いって言うんなら、これで止めておくけど」
「…………う、ううん、して、マサヒコ君」
ほんのちょっとだけ、怖いけど。でも、私は、決めたんだ。決めたんだから。
「ただ、その……避妊とか、さ。赤ちゃん出来ちゃったら」
「だ、大丈夫!今日は、超安全日です!」
「そ、そうなの?」
この世界にきたばかりで本当はそんなの分るわけないんだけど。
でも意外にこういうことを気にしちゃう(男の子としてはエライと思う)マサヒコ君だから、私は嘘をついた。
「う、うん!だ、だから、お願いします!」
そう言って、私は思いっきり勢いよく、ぱか、と両脚を開いた。恥ずかしいけど、そんなこと言ってられないし!
「………あの、なあ、アイ。それじゃ色気もへったくれも」
「?あ、ゴメン、もうちょっと恥じらった方が萌える?」
「今更良いんだけどさ。えっと、じゃ」
テーブルの側にあった大きなクッションを拾うと、マサヒコ君は私の頭を軽く持ち上げてそこに置いてくれて。
それから、きゅっ、て右手を握ってくれた。
「聞いた話だけどさ、女の子って初めはすごく痛いって言うし、無理しなくても良いから。
お前に怖い思いとか、嫌な思いさせたくないから………分ったな?アイ」
「ありがと!そういうマサヒコ君の優しいところ、大好き!」
"ちゅ"
不器用な優しさが、嬉しくて。頬にキスをすると、はにかんだようにマサヒコ君は苦笑いをして。
「アイ、じゃ」
「う、うん………」
"す……"
そして――――マサヒコ君の指先が、私のそこに、触れてきた。
「ン………ふぅ」
生まれて初めて、自分以外の人の手でそこに触れられて、私はびくん、と震える。
彼も、緊張しているのかな?ちょっと落ち着かないような表情だった。
"す………く"
指先が、私の入り口を探るように往復する。こそばゆいような、不思議な感じになって。
(あ、あそこの毛のお手入れしておけば良かった!)
とか。
(まさぐる、ってこんな動きのことをいうのかな?)
とか。
§
そんな、どうでもいいようなことを私は思っていた。
「え、と、ね、マサヒコ君?もうちょっと下の方、かな?」
「あ、ああ」
マサヒコ君も迷っているみたいだったので、私はちょっとリクエストしてみた。
"くしゅ"
「ん!」
「あ、痛いか?アイ」
「う、ううん、そのままお願い………」
確かに自分でそこに触れるときと違って、マサヒコ君の触れ方は、ちょっとだけ痛い。
でも痛みより強いこの感じは、なんなんだろう?電流が走ったみたいな感じ?
"りゅッ、ずぅ"
下の方に指を移動させて、入り口を探し当てたマサヒコ君は、そのまま指を私の中に沈めてきた。
「!あぁッ」
一瞬、深く、マサヒコ君の指が入ってくるのを感じて、ぱたん、と思わず脚を閉じてしまった。
「ご、ゴメン!大丈夫か?」
「こ、こっちこそゴメン、マサヒコ君、あのね、違うの、今の、すごくて」
「へ?」
「あ、あのね、もう少し………もう少しだけ、ゆっくり、ね?撫でるみたいにして?」
「う、うん」
慎重に距離を、測るように。マサヒコ君が、私の中に、指先を入れてきた。
"ず………むずぅ"
そして、私の言葉どおり撫でるみたいに、円を描くみたいに、してくれて。
「ふ…………にゃ、ぅん。ね、マサヒコ君、あの、中をね、ちょっと、こう、つつくっていうか、そんな感じに」
「?え、と、こう?」
"りゅッ、きゅッ"
「ふ、くぅふ。………う、うん、そう。上手だよ、マサヒコ君」
そう言えばその、自分でするときも………いや、ちょっと恥ずかしいんだけど、私はその………
処女であるせいか(ああ、もう!)あんまり奥まで指を挿れたことがないのを思い出していた。
マサヒコ君が私の言うとおり、私のいつもしているあたり(!?)のらへんを触ってくれると、
ようやく恥ずかしさよりも強い快感が上回るようになってきた。
「アイ………」
"ちゅッ、きゅ"
「ん!んん………」
指先で私のそこを撫でながら、マサヒコ君が乳首にキスをして、吸った。
そうやって彼に愛されるうち、お尻のあたりから、ふくらはぎとふとももの間まで、汗で濡れていくのが分った。
「は………ん、ふ………ん」
声が、少しずつ途切れ途切れになって。自分の体が火照って、入り口も、熱く濡れているのを感じた。
「アイ………あの、もう結構濡れてるみたいだし、い、いいかな?」
「あ!う、うん、気持ち良かったよ、ま、マサヒコ君」
「そ、それじゃ、その………いくよ?」
「うん………あのね、マサヒコ君?」
「?」
「大好き。あのね、大好きだから………その、お願いします」
「………俺も、好きだよ」
ぎこちなく、マサヒコ君が覆い被さってきて。
"ちゅ"
キスをして、それから、抱きしめてくれた。男のひとの体温って、こんなに熱いんだ、なんて思った。
それから、マサヒコ君は、おちんちんを私の入り口に、軽く触れさせてから。
"ぅず………ぬ、みぢィ………"
それを、指のときと同じくらい、ゆっくり。私に、埋め込んでいく。
「ふ………はぁ………は」
指先とは比べ物にならないくらい大きなマサヒコ君のそれが、来た。
私の中に、入ってくる。痛みとともに私の中をかけめぐる、これは、なんだろう?
異物感?違和感?侵入されている、この感じ………どれでもあって、どれでもないような。
「入った………んだよな?まだ先っちょだけだけど」
§
「!え?あ、あの、まだ全部入ってないの?」
「?う、うん。まだ、その、多分三分の一くらいも入ってないと思う」
「ふ、ふぃわぁぁぁ………やっぱり、マサヒコ君のって、おっきいんだね……」
「俺のはそれほどじゃないと思うんだが」
「そ、そうなの?」
「まあ、な。それはともかくだな……………その、もうちょい、いいかな?」
「!あ、そうだよね。うん、ど、どうぞ!」
"ぐ………ぐぅぐぅぶるぅ………"
「!う、ぁあああ………ま、マサヒコく、うん………」
少しずつ、少しずつ。ゆっくり、ゆっくり。私の奥の方に、マサヒコ君が入ってくる。
「………痛い?」
「あ……、う。ダイジョウ、ぶ………」
本当は、痛かった。怖くて、痛かった。でも、それよりも、私は、マサヒコ君と。
「でも、さ………泣いてるぞ?お前」
「だいじょうぶ。大丈夫、なの。私、マサヒコ君と、一緒になりたいの。
マサヒコ君に入って欲しいの。マサヒコ君が好きだから………いいの」
マサヒコ君は、無言で私を見つめて――――それから、てのひらで私の頬を包むように触れてから、笑って。
優しい目をして、照れたように、笑って。
「………アイ、ちから、抜いて。その方が多分、楽だから」
「う、うん!」
"ぎゅ………ず、ぷン"
「んッ!!ふぃ、んん………は、ぁ」
マサヒコ君の言うとおりにしたいけど、やっぱり上手く力を抜くことなんてできなくて。
シーツをぎゅーっとして、両脚の爪先が震えちゃったりして。
"ずぅ〜〜〜、ずぷ"
でも、マサヒコ君は迷いが無くて。ゆっくりとだけど、力強く、私の奥まで、入ってきて。
「ぜん、ぶ?入ったかな、今度は」
「う………はいった、の?」
「う、うん。なんだか……すごいな、コレ」
「私………も、すごい、と、思う。ね、マサヒコ君?もう一度………好きって、言って」
「好き、だよ。アイ」
「………あは、嬉しい。何度聞いても、すごく、嬉しい!」
"ちゅ"
私たちはふたりとも、笑顔になって。それからマサヒコ君は、髪を撫でてくれて、耳たぶにキスしてくれた。
"ず〜〜〜ン、ぅずッ、ちゅ〜〜〜ぬッ、にゅッ"
奥まで届いてから、浅く抜いて。マサヒコ君が、私の中で、動く。
それは、掻き回されるみたいで、混ぜ合わせるみたいで、お互いの位置を確認するみたいな感じだった。
「ッあ、ひ………ン、は、はッああ、あ」
「あ、アイ……ん、アイ」
マサヒコ君が、私の名前を呼ぶ。私は、答えることも忘れて、ただ溜息を吐く。
まだ痛みは消えなかったし、マサヒコ君のが馴染んだわけでもなかったけど。
私たちは、取り憑かれたように、からだを重ね合わせた。
"ぬ〜〜、ぐッ、ちゅッ、ぐ〜〜、ずりッ"
(ん………あ、マサヒコ、くん。とまら、ない。あぁ。―――ッ、ん……!!とまらない、よぉ……)
奥に当たって、引き抜かれて。そのふたつの単純な行為の繰り返しのはずなのに。
私は、マサヒコ君とつながって、マサヒコ君と一緒になっていることを、はっきり感じていた。
初めてセックスをして、分った。これは、他人を受け入れるってことで、これは、他人を許すってことだ。
"にゅ〜ぶッ!ぶちゅぅ、ぬ〜ぶッ!ちゅぬッ"
「あッ!………はぁッ!………、あ。ぁ。んッ、ま、マサヒコ……くぅん」
「………ん、ん………」
だんだん、マサヒコ君の動きが早くなってきて、私の中に打ち込まれる感覚が短くなってくる。
彼の手を強く、強く、握ると、彼も、ぎゅーーーって、握り返してきてくれて。
「あ、アイ?分る?俺とお前、今………」
「ぅ、うん、わ、分るよ、マサヒコ君。私と、マサヒコ君が、今」
もっともっと、近くなりたくて。もっともっと、マサヒコ君とひとつになりたくて。私は、両脚を彼の腰に絡ませた。
§
「ふ。………ぁ、アイ」
「ま、マサヒコ君………ふ、ん!きゃッ!ま、マサヒコ、くん!」
"ぐッ!ずぶッ!ちゅくッツ!ぢゅこッ!"
わたしのからだが揺れて、視界が揺れて、そしてマサヒコ君でいっぱいになる。奥まで、先まで、全部。
"ぷじゅッ!ぶちゅッ!ぬりゅっ!"
「あ、あ、アイ………俺、もう………あの、一応、外で」
マサヒコ君が、一瞬、動きを止めて。そして切なげな顔で、私に聞いてきた。
私は、彼をただ迎え入れたくて。マサヒコ君を、受け止めたくて。
「い、良いよ………マサヒコ君、私なら………大丈夫だから」
絡ませた両脚に力をこめて、そう言った。マサヒコ君は―――それを聞いた後。
"ちゅ"
キスを、してくれた。ふわっ、と汗の匂いがした。見ると、彼はもう、汗だくになっていた。
「………アイ、本当に、良いの?」
「ウン………初めてだから、全部、欲しい。マサヒコ君の………欲しい」
「………分った。好きだよ、アイ。………ずっと、一緒だ。離さないから」
"ぐぷッ!ぶぢゅッ!ぬぶッ!"
囁かれて。奥まで、押し込まれて。全身に、びりびり電流が走るみたいになって。
マサヒコ君の声が、耳の中の鼓膜を通り越して頭の中にまで染みこむみたいになって。
「あ、あぁぁぁっぁぁぁぁ!!!」
「ん!あ、アイ………あ、せま、い………!あ!」
"びゅッ!!びゅるるッ!!!"
マサヒコ君の動きが、止まった。私の中で、何かが、弾けた。そして。

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「先生?先生ってば!!」
「ん………あ、あ。ま、マサヒコ君!」
「ど、どわあああああ!!!いきなりなにするんすか!!!」
「あ。アレ?なんで服を着てるの?マサヒコ君?」
「って、当たり前でしょうが!何言ってるんですか!」
「???あれ?    あれ?   も、もしかして!?マサヒコ君、君は今中学生?」
「は?この春、先生のおかげでめでたく英稜高校に合格させて頂きましたが?」
「あの、先生ってことは………私も、その、中学生じゃ」
「違います。先生は立派な大学生です」
「私は、君の、従妹じゃ」
「恩人ではありますが、血のつながりはありません」
(ってことは………ってことは?ええええええ???こんだけ引っ張って、夢オチぃ???)
よくよく周りを見渡すと、ここは見慣れたマサヒコ君の部屋で、私が寝てるのも、マサヒコ君のベッドだった。
「ふふふ、アイ?なんだか随分良い夢だったみたいねえ………」
ひょい、と先輩も顔をのぞかせてくる。うわ〜〜〜ん、なによ、このいかにも全部知ってるってニヤケ顔は!
「ね………あっちの世界で、どうだった?やっぱ最後まで、イッた?」
「!!!!!!!」
先輩が耳許で囁いてきた。え?ちょっと待って、てことは?え?
「アンタが帰ってこれたってことはさ、むこうでマサに思いを伝えて、ついでにヤッてきたってことじゃ、もが?」
「せせせせせ、先輩、ダメぇぇぇぇ!そんなこと、マサヒコ君の前で言っちゃ!」
「???あの、何でも良いんですが、いつまで俺のベッドで寝てるんですか?先生」
苦笑いしながら、マサヒコ君が私をのぞきこんできて。
その笑顔は、やっぱりいつものマサヒコ君で。ちょっとだけ、切なくなった私は。
"ちゅ"
「へ?へ?ええええええ!!!?せ、先生、いきなりなにするんですか!?」
「ほほ〜〜〜♪アイ、あんたもなかなか大胆になったわねん♪」
先輩が見ているのに、思わず、マサヒコ君の頬にキスをしてしまっていた。
「あのね…………マサヒコ君、私………私ね」
「?は、はい?」
「私………私………………」
伝えなきゃ。言葉に、しなきゃ。そんなことを思いながら、私は―――――

END

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