「しかし今日は」
「平和ね、シノちゃん」
それは、良く晴れた初夏の放課後の話だった。
桜才学園の生徒会長・天草シノと生徒会書記・七条アリアのふたりは一日の生徒会の仕事を終え、
ふたりでゆっくりとティー・タイムを楽しんでいるところだった。
「津田と萩村のふたりがいないだけでこんなに静かだとはな」
「ふふふ、あと横島先生もね」
本日桜才学園の2年生は修学旅行で仙台に向かっており、タカトシとスズは当然それに参加、
またタ2年のクラスを受け持つ横島も引率として同行し、結果この三人は学園に不在なのだった。
「なんだかアリアとふたりだけなのも久しぶりのような気がするな」
「あ〜〜、そうね。ふふ、なんだかちょっと寂しいかな?こんなに静かだと」
タカトシ・スズ・横島等を交えると生徒会室はとたんに賑やかになるのだが。
気心の知れたシノとアリアのふたりだけでは、なんとなくのんびりとしたムードになっていた。
「ふ〜〜む、ところで………アリア?」
「?なあに?シノちゃん」
かちゃり、とシノがティー・カップを置くとそわそわと視線を泳がせはじめ、
あらぬ方向に目を向けたままアリアに語りかけてきた。
不思議そうな表情のアリアだが―――シノは逡巡した末にようやくまた、口を開く。
「その…………だな、私の友人の話なのだが」
「シノちゃんの、お友達の?」
「う、うむ。話というのは他でもないのだが………その、いわゆるコイバナというものでな。
なにせ私は経験がないものだから、アリアの意見を聞きたいというか」
いつもははっきりとした性格のシノにしては珍しく、歯切れが悪かった。
この時点で既にピンときていたアリアだが、にこにこと微笑みながら答える。
「うふふ、私も恋愛経験なんてないの、シノちゃん知ってるでしょ?」
「そ、そうか。しかしアリアの方が私よりずっと女性らしいし、男心を分っていそうだと思ってな」
「うふ、シノちゃんにそう言ってもらえるのは光栄だけど。それで、そのお友達のコイバナって?」
「その、だな………実は年下の男に恋をしているらしいのだ。
しかしその学校では校内恋愛は禁止らしくてだな。非常に、苦しんでいるらしいのだ」
(やっぱり………)
読み通りだったアリアだが、微笑みを浮かべたままシノを促す。
「ふうん、そのお友達の思い人はどれくらい年下なの?」
「いや、ひとつしか違わないぞ」
「な〜〜〜んだ、今時そんなのは恋の障害になんてならないんじゃない?」
「そうか!アリアもそう思うか!」
「それで、そのお友達と思い人は、どういうご関係なのかしら?」
「かかか、関係は、その、まだ清らかな」
「うふふ、そうじゃなくて。部活の先輩と後輩みたいな関係なのかしら?」
「!そ、そのとおりだ。とある部活の先輩と後輩でな」
「あら〜〜〜。ありがちというか、黄金パターンじゃない。
同じ時間を過ごすうちに仲良くなって、惹かれあうようになったってことでしょ?素敵な関係ね」
「そうなのだ!だが校則以外にも問題があってな。どうやら男の方が相当に鈍い奴らしく、
いくら恋心をアピールしても全く気づいてくれないのだ!」
「うふふ、アピールって具体的にどんなこと?」
「風邪を引いたときにお見舞いに行ったり、さりげなくバレンタインデーにチョコを送ったり、
クリスマスにプレゼントしてくれたネックレスを私服のときはいつも身につけたり、
とにかくその、考えつく限りのアピールはしているのだ!」
(あ〜〜〜、やっぱり最近ネックレスつけてるのって、アピールだったんだ)
「そうか〜〜。で、シノちゃん?そのお友達は、自分の恋心を直接伝えるようなことは」
「そそそ、それができないから困っているのではないか!」
(うふふ、シノちゃんって、本当に嘘がつけない人なのよね)
笑顔を崩さずに、アリアは思っていた。当たり前だが、もう、彼女は気づいていた。
シノの言う『友人の話』とは、他でもないシノ自身の話であり、思い人とは津田タカトシであることを。
(シノちゃんのことだから、私が津田君を好きかどうかを探ろうとか牽制しようとか、
そういう狙いはないのよね。本当にただ単純に困っちゃって、相談しようと思ったのね、多分)
§
長年の友人だけに、シノの性格がアリアには分りすぎるほど、分っていた。
彼女は本当に真っすぐで、公平な人なのだ。
だからこそ、校内恋愛を禁止とする校則とタカトシへの恋愛感情の狭間で悩み、
またタカトシの鈍感ぶりにも悩んでいるのだろう。
(う〜〜〜ん、でも津田君の鈍さは筋金入りだしな〜〜〜)
シノがタカトシに好意を持っているというのはアリアも薄々感づいていたし、
また彼もシノを憎からず―――少なくともアリアから見て―――感じているらしいというのは、
間違いがないと思っていた。だが、問題はタカトシに好意を寄せているのはシノだけではないということで。
タカトシと同じクラスの三葉ムツミははっきりとタカトシのことを好いているように見えるし、
生徒会会計であるスズも普段はタカトシとケンカばかりしているように見えるが、
それは彼に対する好意の裏返しではないかとアリアは思っていた。
(シノちゃんのためにも、どうにかしてあげたいんだけど)
アリアなりに、真剣に考えていた。この愛すべき親友の恋を成就させるために、なにができるかを。
(!!そうだ!)
そして、思い付いてしまった。
「うふ、ねえ、シノちゃん?」
「な、なんだ?アリア」
「こういう女子トークも色々したいし、今度私の家で久しぶりにパジャマパーティーとかしない?
前みたいに夜どおし語り明かそうよ!」
「!うん、そうだな。つもる話もあることだし、私もアリアとじっくり話をしたいところではあるな」
「それでね、シノちゃん?生徒会のみんなも誘っちゃダメかしら?」
「!!!そそそ、それはその。つつ、津田も誘うということか?」
「そう♪生徒会の親睦を深めるということで。だからスズちゃんもよ?」
「ふ、ふむ、萩村も、それは、そうだな。確かに、生徒会活動のためにも意義のあることだな。
うむ。そうだな、生徒会のためだものな、そうしようか!」
「じゃ、決まりね〜〜〜♪」
ニコニコと満面の笑みのアリアだが、その笑顔の裏には、当然のように黒い………否、
桃色のたくらみが隠されているのであった。

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「それでは夕餉も頂いたことだし、さっそくパジャマに着替えようか」
「あの、会長?俺も着替えるんですか?」
「当たり前だ!パジャマパーティーなのにパジャマでなくてどうする!」
「でも一般的にはこういうのって女の子同士でやるもので、そこに男の俺が加わるのは」
「なにを言っている!生徒会の親睦を深めるためにこのパジャマパーティーを企画したのだ!
わざわざ場所を提供してくれたアリアの好意をなんと心得る!」
「………じゃ、まあ、着替えてきますけど」
これもまた、このふたりのいつもの風景ではあるが。シノの迫力に押され、タカトシは部屋を後にした。
「会長はああ言ってますが、良いんですか?」
「うふふ、良いのよ。たまにはみんなリラックスした姿で本音を言い合うってのも必要だと思わない?」
「はぁ………そう言われれば、そのとおりかもしれませんが」
なんとなく納得のいかない、という表情のスズだが。
頭脳明晰な彼女といえど、さすがに今回のアリアの企みまでは気づいていなかった。
「じゃ、津田君が戻ってくる前に私たちも着替えましょうか♪」
「あ、はい」
「そうだな、折角のパジャマパーティーなのだから、今日は大いに語ろうではないか!」
疑いを持つ間もなくスズはアリアに促されて着替えを始め、
また既にテンションが上がりまくっているシノもそそくさとパジャマに着替え始めた。
「わぁ♪可愛いパジャマね〜〜、スズちゃん!」
「いえ、あの、ちょっと子供っぽいかとも思うんですけど」
淡いピンクの色地に赤い縦ストライプのシンプルなパジャマを着たスズだが、
小柄な彼女のそのパジャマ姿は、アリアの言葉通りなかなかに可愛らしいもので。
「うん、萩村に似合ってるぞ」
「そ、そうですか?そういう会長もお似合いですよ」
§
「そうか?ありがとう、萩村」
一方のシノは、さらにシンプルなミントグリーン一色のパジャマである。
少し光沢のある素材でできたそれは、パジャマとしてはやや細身で―――
きりり、とした大人っぽい美少女であるシノの魅力を良くひき立てていた。
「でもちょっと遅いわね、津田君」
頬に手を当てて小首を傾げるアリアだが、その彼女が身に纏うパジャマはと言えば。
(しかし………さすがはアリア)
(………まるで叶姉妹だわ)
毛足の長いワインレッドのバスローブを身につけたアリアの姿は、
スズの心の中のツッコミ通り、いかにもセレブでゴージャスそのものと言った感じだった。
「あ、すいません、遅くなりました」
「全く、男のクセに遅いぞ!津田!」
「そうよ、男のくせにアンタはチンタラと」
「まあまあ。最近だと、『男のくせに』というのもセクハラらしいから」
「そ、そうか?」
「それにあんまり遅いって言うと津田君が遅漏みたいだし、
チンタラっていう表現も聞きようによってはなんだか卑猥な」
「遅れた俺が悪かったんで、勘弁して下さい」
相変わらずの生徒会役員共な展開が繰り広げられていたが、アリアは、既に気づいていた。
タカトシを見つめるシノの視線が、いつにも増して熱っぽいものだということを。
(ふふ、でもシノちゃんが参っちゃうのも分るかな?)
胸元の開いた薄手のパジャマ(※1巻#10参照)を着たタカトシは、
アリアから見てもなかなかに男の色気を感じさせていて、普段の彼とはまた違った魅力があった。
「それじゃ、そろそろ始めましょうか♪」
「で、なにをする気なんですか?」
「うむ。まずはこういうリラックスした姿でだな、改めて生徒会の今後について語ってみたいと思う」
「会長の口調が既にあまりリラックスしていないのですが」
「そ、そうか?すまない」
「うふふ、スズちゃんの言う通りよ。せっかくのパジャマパーティーだもの。
もっと気楽に学園生活での悩みとかを話さない?」
「学園生活の、悩み、ですか?」
「そう♪なんでも良いのよ?たとえば教室のドアを全部自動ドアにして欲しいとか、
階段は全てエスカレーターにして欲しいとか」
(そんなことを考えているのは……)
(………あなただけです、七条先輩)
スズ&タカトシは心の中でツッコむが、シノだけは妙に浮き浮きとした表情で。
「アリアの言うとおりだな。もっとプライベートなことを話した方がより親密になれるというものだな。
うむ、それではどうだ、津田?なにか最近悩みとかないか?」
「え?お、俺ですか」
「一番遅かったのだから、罰として一番最初に悩みを言うべきだろう!」
「なんなんすか、その理論は」
「うふふ、まあまあ。なんでも良いのよ?たとえば最近気になっている女の子がいるとか?」
「なんだと!そんな子がいるのか、津田!」
「!津田、そうなの?」
「いや、別にいませんが。と言うか俺はそんなことはひとことも言ってませんが」
「なんだ、そうなのか」
「全く人騒がせね、津田のくせに」
(…………強いて言えば、アンタらの存在が悩みの種なんだが)
「なにか言ったか?津田」
「いえ、別に。そうですね、悩みと言えばやっぱり妹のことですかね」
「おお、コトミのことか。しかしああ見えてあの子もなかなかしっかりしていそうだが」
「はぁ………そうは言ってもどうもアイツ、お調子者というか、ちょっと心配なところがありまして」
「うふふ、お兄さんとしては心配なの?」
「ええ。それに…………あの、会長や萩村には怒られるかもしれませんが」
「なに?ここまで言ったんだから、言いなさいよ」
§
「実はアイツ、最近生徒会に興味を持っているらしくてですね。『私も入りたい!』なんて言ってるんですよ」
「なんと!それは素晴らしいことではないか!」
「生徒会としては大歓迎よね、シノちゃん?」
「私としても可愛い"後輩"が入ってくるのはやぶさかではありませんね」
喜ぶシノ、微笑むアリア、そしてなぜか『後輩』という言葉に妙に力点をおいて頷くスズだが、
三人の言葉を聞いているタカトシは複雑な表情である。
(というか一番の心配は………コトミが生徒会に入れば当然アンタらとアイツが絡むから、
俺の負担がさらに増えるということなんですが)
「ん?どうした、津田。なにか言いたそうだが」
「いえ、別に。ただ俺としてはですね、兄妹で生徒会役員というのもちょっと」
「なにを言う!生徒会役員にまず必要なのはやる気だ!」
「それにあの子、意外に使えそうな気がするんだけどね。要領が良さそうだし」
「うふふ、兄妹で生徒会役員ってのも素敵じゃない。親子丼ならぬ兄妹丼みたいで」
「すいませんが、表現を間違ってると思います」
「ふむ。しかしそうなると今後ますますコトミとも親しくしておいた方が良いな。
その…………将来のためでもあるし」
「?なにか言いましたか?会長」
「な、なんでもない!なんでもないぞ、津田!」
またもひとりでテンションが上がっているところをタカトシにツッコまれて慌てまくるシノだが、
アリアはそんなふたりの様子を微笑みながら見つめていた。
(ふぅ〜〜ん。これも、使えるかな?)
「そうね、コトミちゃんのことはまたゆっくりお話するとして。じゃあ次はスズちゃんで」
「え?わ、私ですか?」
「萩村にも心配ごとや悩みはあるだろう。なんでも良いから話してはくれないか?」
「………そうですね、強いて言いますと実は私、料理がちょっと苦手で。
将来一人暮らしをしたいんですが、それが少し心配と言いますか」
「ほう。初耳だな」
「へぇ〜〜〜、意外ね」
「そういや萩村、前に家庭科で作ったクッキーちょっとコゲてたもんな」
「うるさい!あ、あれは轟が調子に乗って焼きすぎたんだ!」
「……萩村は、津田にそのクッキーをあげたのか?」
「ええ、もらいました。味は普通に美味しかったですよ」
「ふん、フォローにもなってないわよ」
「ふ〜〜む、料理か。こう見えても私は料理はそこそこ出来る方だから、
今度萩村と一緒に練習するというのはどうだ?」
「え!良いんですか?会長」
「うふふ、シノちゃんは家事も完璧だものね」
「うむ、他ならぬ萩村のためだ。さっそく来週あたり私の家か萩村の家で練習するか」
「楽しそうね♪私も参加して良いかしら?」
「て言うか、七条先輩なら家事なんてする必要ないんじゃないですか?出島さんもいるんだし」
「え〜〜ん、ヒドイよ津田君!私だって未来の旦那様のためにお料理できるようになりたいもん!」
「津田はデリカシーが無いな。経済力とは関係なく、
女の子というものは好きな男に料理を作ってあげたいものだ。アリアの気持ちは、良く分るぞ!」
「はぁ………そんなもんすかね」
「そうよ!それに、お料理しながらの裸エプロンといったら王道中の王道の萌えシチュエーションじゃない!」
「いや、それは分りませんが」
(んも〜〜〜〜、じれったいんだから。これはやっぱり、ふたりっきりにする必要があるわね)
さきほどからシノの発言にはあからさまな好意が散りばめられているのだが、
相変わらずタカトシは全くと言って良いほど気づいていなかった。
「あの………話が盛り上がっているところ申し訳ありませんが、
私はあくまで一人暮らしをしたいだけで、そのときに料理が不安だという話なんですが」
「おお、そうだったな。しかし萩村とて好きな男の子に料理を作ってやりたい
という気持ちくらいはあるのではないか?」
「いえ、そんなに。だいたい私、結婚願望もあまりないですし」
「あら、スズちゃんはキャリア志向なのね?」
§

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