「七条先輩って良い香りしますね」
「え?」
目の前で繰り広げられるやり取り。
もの凄く女子的って気がする。
「…………………」
でも数の暴力の前に俺は無力である。
この手の話題は参加せずに、やり過ごすに限る。
1年弱の間に身につけた自らを守る術。
「やはりいいコンディショナー使ってるんですか?」
「なんか照れるなー」
鼻を鳴らしながら七条先輩の匂いを嗅ぐ萩村を視界に留めながらも素知らぬフリ。
「確かに良い香りだ…」
萩村に伴うように会長も匂いを嗅ぎ出す。
「アリアの体臭香水を売りに出せるくらいだ…」
そして続く会長の呟き。
本人達は何とも思ってないんだろうけど、正直言って無防備過ぎる気がする。
ちょっとドキドキしてしまう。
「そうかな…」
照れ気味に、俯き加減で七条先輩は呟く。
「ふむ、その辺は異性の津田も交えてだな…」
「え…」
やり過ごすのに限ると決め込んでいた俺は、突然のフリに戸惑ってしまう。
本来であれば、ツッコミでもなんでもいれて、やり過ごすところなのだろうけれども…
「嫌?」
「いや、あの…」
会長のその発言に七条先輩はすでにその気である。
下ネタさえ炸裂させてなければ美少女である七条先輩に、そんな風に言われれば、返答に困ってしまう。
「………………」
「………………」
「………………」
ドギマギとしながら、煮え切らない態度の俺に3人からの視線が向けられる。
常識人である萩村さえも一緒になっての有様である。
どうもこう、萩村も女子同士の戯れの延長で、こちらに接してる節がある。
時々ある、こうした状況下では、俺に行き場は無くなってしまう。
「…解りました」
もう1度言うと数の暴力の前に俺は無力である。
とは言え、今回のことは無理のあるフリでも何でもない。
はっきり言ってしまえば、七条先輩から良い匂いが漂ってることに覚えはある。
それは、会長や萩村も一緒ではあるけれど…
ちょっと遠目から匂いを嗅いで、『確かに良い匂いですね』とでもコメントすれば終わること。
必要であれば、会長と萩村も良い匂いがすると付け加えれば全て良い方向に収まる。
「それじゃあ、失礼します…」
そう言って俺は七条先輩に近づいていく。
「うん。」
七条先輩の声が聞こえて、次の瞬間に俺の視界は暗転する。
「「………………っ!!」」
暗転した俺に伝わるのは、鼻を抜ける良い匂いと息を呑む、2人の台詞、それから柔らかい感触…
「どうかな?」
「ふぁい、ふぃふぃにをいでふ…」
状況もわからぬまま、耳に届いた七条先輩の声に応えるも、言葉はうまく出て行かず
くぐもった響きとなって、俺の耳に返ってくる。
まるで小さい頃に枕か何かに顔を埋めて声をだs…
「ふを…!!」
そこで気づいて慌てて、体を捻る。
「どうしたの津田君?」
けれど体は抜けなくて、耳に届いたのは七条先輩の声。
そこで俺は、確信する。
今、俺は七条先輩に抱き寄せられているのだと…
「ア、アリア、津田を解放してやったらどうだ?」


「うーん?」
本気で多分分かっていないであろう声が会長に返る。
七条先輩の属性…お嬢様、巨乳、生徒会そして天然。
無駄な言葉が脳内を駆け巡る。
これはまずい、かなりまずい。
俺は手も使って、状況の脱却を謀る。
「きゃ、津田君、くすぐったいよ…」
俺の手が変な所に触れたのか、七条先輩は身をよじる。
それに合わせて、俺が頭を埋めた胸が震えて…
「それ以上はダメだ、アリアーー!!」
会長が大きな声を出す。
「そうです、七条先輩!!」
脳みそが沸騰しそうになりながら、2人の声にすがる。
「あ、そっかぁ…」
その声でようやく気づいたのか、俺は解放される。
暗転した視界にいきなり飛び込んできた光りに一瞬くらっとしてしまう。
「大丈夫か津田!」
「ちょ、津田!!」
「津田君!!」
一瞬よろめいた俺に3人が駆け寄ってくる。
俺を取り囲んだ3人は、3者3様の匂いを振り撒いていた。

………………………………………………………

「はぁ、」
ため息を零す。
そのあとしばらくして、平常に戻った俺を待っていたのは、説教。
それから、程なくして、普通に生徒会の仕事をして現在に至る。
一端、教室に戻ると言った先輩方2名を見送って、帰りの準備を進める。
「ねぇ」
「ん、どうした?」
そんな俺に声をかけてきた萩村。
「七条先輩の匂いどうだったのよ?」
結局うやむやになってしまったことを萩村が聞いてくる。
「あ、あぁ、確かに良い匂いだった。でもあれは…」
それに俺は一応応えるのだが、同時に苦笑い。
「ふ、ふーん、そう…」
あれ?
てっきり、今やすっかり浸透しきったドヤ顔って表現が似合うリアクションが
返ってくると思ったのだけど、どうも違う萩村のリアクション。
「そこにいて…」
「は?」
「良いから、そこにいなさいよ!!」
意味が分からない。
萩村のこの言葉と、その前のリアクションがあまりに繋がら無さ過ぎる。
「……む!」
そんなことを考えながら、ボケッとしていた俺の膝に跨がると、萩村は一思いに俺を抱き寄せる。
最も今回は視界は暗転しない。
身長差的にそれは出来なかったらしい。
「どう?」
なので、直に耳元に響く萩村の声。
「いや、どうって…」
「私の匂いは?」
ドギマギしながらの俺の答えに、萩村が続ける。
「いや、良い匂いだけど…」
気圧されて、そう答える。
「本当?」
「あぁ、本当。」
「ん、そっか、なら良いわ。」
俺の答えにそっと萩村はそう答えて、俺の膝から降りる。


「ほら、津田、校門向かうわよ。」
それから、踵を返して、萩村はそう宣う。

………………………………………………………

「遅くなりました。」
校門で待っていた2人にそう声をかける。
「さぁ、帰ろうか。」
それに返ってくるのは会長の声。
その声に伴って、俺達は歩きだす。
いつものように、前に3人が進み、少し俺が下がる恰好で。
そうすると、鼻を掠める良い匂いに、俺は気を取られる。
今日はイロイロありすぎた。
匂いを嗅いで感想を求められる。
それに抱き寄せるという行為が混ざって、大分ややこしいことになった気がする。
そして、否応無く、俺は皆の匂いを意識してしまうようになったわけで…
風にのって届くそれに、イロイロと思いは巡ってしまう。
「さて、分かれ道だな…」
そんなことを考えていると帰り道はあっという間。
「それじゃあ、私たちはこっちね。」
「行きましょうか、七条先輩。」
「それじゃあ、バイバイ、シノちゃん、津田君。」
そう言って、手を振る七条先輩。
「お疲れ様です。」
それだけで、踵を返す萩村。
2人とも、自分達がした行為をどう思っているんだろうか?
別れ際、そんなことが頭に浮かぶ。
「さて、私達も行こうか。」
「はい。」
思考から、俺を引き戻した会長の声にそう応える。
それから遅れていた歩みを進めて、俺は会長に並んで歩きだす。
「そうだ、津田よ。」
暫く歩みを進めたところで、会長に声をかけられる。
「アリアの匂いはどうだった?」
「良い匂いでしたよ、ただ、なにm「ふむ。そうか。」」
最後までは言わせて貰えずに会長は短く相槌を打つ。
何となく第六感が働きかけたので、抱き寄せる必要性は無かったのではとは言えないまま。
それからの会長は素早くて、俺と会長が正面から向き合ったかと思うと、
「それでは、私の匂いはどうだ?」
あっという間に俺と会長は密着する。
「……………………」
ちょうど抱き着かれたような恰好で、会長の顔は見えない。
でも、確かに伝わる温もりに、やっぱりか。と思ってしまう。
でも、それは全く不快じゃなくて、七条先輩の一件以来意識してしまっている匂いが快く
俺の鼻を抜けるわけで…
「会長の匂いも良い匂いで、俺は好きですよ。」
だから、萩村にしたそれよりもちょっとだけ、エッセンスを付け加えて、そう口にする。
「うん…」
会長はそれ以上は言わずに自然と俺から離れていく。
離れながら、風に揺れた、会長の綺麗な黒髪から良い匂いを漂わせながら…

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