「七条先輩と会長、今頃飛行機かな?羨ましいよな〜〜〜」
「会長も七条先輩も遊びに行ってるんじゃないんだよ?全くのんきなもんだよね、津田は」
「それくらいは分ってるけどさあ………でも、良いよな〜〜〜、
俺なんて外国どころか国内でも飛行機なんて乗ったこともないのにさ」
「そう言うけどね、短期とはいえオーストラリアの姉妹校と交換留学だから、結構勉強大変そうだったよ?」
「そうかぁ………でもやっぱ羨ましいな」
見栄もてらいもなく羨ましがるタカトシを、呆れつつもどこか面白がるようにスズは見ていた。
―――それは、遡ること一ヶ月ほど前の話である。シノとアリアのふたりが、
新たに桜才と姉妹校関係を結んだオーストラリアの学校に2ヶ月の短期留学が決まり、
現在生徒会はタカトシ&スズの1年生による二人体制になってしまったのだった。
「そんなに言うなら津田も来年頑張れば良いじゃない。成績次第で留学生になれるかもしれないんだし」
「俺の成績じゃ、無理だよ〜〜〜。荻村は余裕だろうけどさ〜〜〜」
「実は一応私も狙ってるんだけどね」
「あ、やっぱり?良いな〜〜〜、俺も行きてえ〜〜〜、オーストラリア」
「本当に津田は………もういいでしょ?さ、仕事しよ?」
「うん」
苦笑しつつスズが促すと、素直にタカトシも仕事モードに切り替わって机に向かう。
このあたり、このふたりの息はあったものである。
「でも生徒会って来年はどうなるんだろうな?今の会長みたいに萩村が繰り上げになったりすんのかな?」
「そんなに簡単なものじゃないよ。会長の場合は元々人望もあって成績も抜群だったから
副会長から会長になっただけで、むしろ異例の人事だったんだし」
「そうかあ………ってアレ?俺のときは会長にいきなり指名されたような気が」
「それ、実は違うのよ」
「??違うって?」
「会長は副会長から繰り上がりで会長になるのを本音では嫌がってたみたいでね。
会長職を引き受ける交換条件として自分の後任の副会長には男子生徒をすえる、
そしてその人選は自分に任せろ、って言ったらしいのよ」
「へえ〜〜〜、それは初耳だな」
「内部生の間だと結構有名な話なんだけどね。男子生徒を生徒会に入れることについては
教職員の一部にも反対意見はあったみたいなんだけど、会長も頑固でしょう?
結局最後は周囲が折れる形で会長の言うとおりになったみたいなんだけど」
「そういや萩村も最初は反対してたもんな」
「だって初対面のアンタ、態度が悪かったし」
「あはは、ゴメンゴメン。でもあん時は入学早々変な人に捕まっちゃったなあ、って思ってたから」
「コラ、いないからって会長の悪口言わないの。でもその変な人のお眼鏡にかなっちゃったんだから、
津田も十分変な人の素質はあったんじゃない?」
「………皮肉かよ」
ボリボリ、と頭を掻くタカトシと、それをニヤニヤしながら見つめるスズ。
「でも事実だと思うよ。ああ見えて会長って意外に人見知りするし、
気難しいところもある人なんだけど、津田のことは結構気に入ってるみたいだし」
「はぁ。そんなもんかな。でも改めて思うけど、そこに俺の意志とか全然無いんだけどな」
「愚痴らないの。さ、仕事仕事!」
「へ〜〜〜い」
上級生であるシノ&アリアがいないせいか、生徒会室の空気は緩やかなものだった。
それなりに厳しい言葉をタカトシに投げかけているものの、
スズ自身も普段よりややのんびりと仕事をしていたことは否定できないところで。
「ふう、お終いっと!萩村、どう?そっち手伝おうか?」
「うん、じゃ悪いけどそこの資料を打ち出して15部作っておいてくれる?」
「ああ、分った」
「でももうこんな時間だね。これ終わったらあとは明日にしようか?」
「ん、そだな」
普段4人で処理していた仕事の量をタカトシとスズのふたりだけでこなすのはそれなりに大変で、
気づけば既に7時を過ぎていた。とりあえずふたりは仕事を終え、生徒会室を後にした。
「あ、雨降っちゃったね」
「気づかなかったな。予報は雨じゃなかったのにな」
§
「あ〜〜あ、どうしよ………」
「あ、ラッキー。俺、おきっぱの傘があった。萩村、じゃ送ってくよ」
「え?で、でも」
「濡れて風邪引いちゃったら大変だろ?行こうよ」
「うん………分った。ありがとう」
少しだけ照れくさそうにスズがタカトシの傘の中に入ってくる。
スズが、濡れないように。彼女に、気づかれないように。タカトシは、少しだけ屈んで傘をさして歩く。
「でも一ヶ月かあ。ふたりだけで大丈夫かな?」
「まったく津田は〜〜。もう音を上げるの?」
「だって今日だけでも正直ちょっとしんどいっつ〜〜か」
「大変なのは確かだけど、ここで私たちが頑張っておかないと会長も七条先輩も安心できないでしょ?」
「はは、なんだかんだで萩村って会長たちのこと信頼してんだな」
「!な、なに言ってるのよ!」
「それは冗談だけど、いや、冗談でもないんだけどさ。萩村?
俺、来年はやっぱお前が会長になるのが良いと思うけどな」
「………なんでそうなるのよ」
「だって萩村なら能力は文句無しだし、生徒会の仕事もずっとやってるから慣れてるし、
俺と違って責任感もあるしさ」
「自分で責任感無いとか言わないの!」
「はは、俺も無いとはいってないんだけど。でも萩村なら」
「私は………」
言葉に詰まるスズ。聡明な、彼女だから。そして、負けず嫌いな彼女だから。それ以上は、言えなかった。
(私には人望が、ないんだよ。それに、この見た目じゃナメられるから………)
「萩村?」
「ふん。案外津田みたいに無神経な人間の方が向いてるのかもね。
今の会長とは正反対の、御輿に乗って良きに計らえっていう馬鹿殿タイプになりそうだけど」
「ありゃ。でもそのときはもちろん萩村が副会長になってくれるんだよな?」
「なんでそうなる!」
「ん?いや、俺みたいなのが会長だと心配じゃないか」
「だ、だからってなんで私が副会長に」
「会長が御輿なら、やっぱそれを担ぐのはしっかりした人間じゃないとダメだろ。
俺には萩村以外考えられないんだけどな」
「私にも選択権が」
「俺には無かったんだけど?」
「それは」
「そんなにイヤか?それ、ちょっと傷つくけどな」
「………イヤだとは、言ってない」
「ははは、ま、そういう事態にゃまず120%ならないだろうけどな」
(バカ。今の、ちょっと)
"萩村以外考えられない"という言葉に少しだけ顔を赤くしてしまうスズだが、
当のタカトシはのほほんとした表情のままだった。このあたり、なかなかこの男も罪作りである。
そんなこんなでふたりは言葉を重ね、そろそろ萩村邸が近くなってきたその時に姿を現したのは。
「あら、スズちゃんお帰りなさい。うふ、津田君もご一緒?」
「あ、今晩は」
「お母さん、買い物?」
「違うのよ。私も忘れていたんだけど今日はこれから町内会の集まりがあるの。
ゴハンはもう作ってあるから、悪いけどスズちゃん先に食べててくれるかしら?」
「うん、分った」
「うふ、そ・れ・と。津田君、私の分のゴハンを食べていってくれない?」
「え?そ、そんな。悪いですよ」
「遠慮しないで。町内会の集まりだとお弁当が出るから、ゴハン残しちゃったら勿体ないし。
ね?スズちゃん、良いわよね?一人だと寂しいし、津田君がいた方が」
「勝手に決めないでよ!私は別に寂しくなんか」
「そんなわけで、よろしく頼むわね、津田君?じゃ」
「あ、お母さん!」
§
「ちょ、ちょっと」
戸惑う二人のことなど気にもかけず、スズママはさっさと去っていった。
呆然とそれを見送るタカトシ&スズのふたりだったが。
「え、と…………」
「………とりあえず、上がっていって」
「良いの?やっぱり俺、帰ろうか?」
「送ってくれたお礼よ。アンタに借りを作るのもイヤだし」
「じゃあ、悪いけど、お邪魔します」
微妙な空気の漂うふたりだったが、とりあえずスズママの言うとおりスズはタカトシを家へと招いた。

「はい、津田」
「さんきゅ、萩村。それじゃ、いただきます」
「いただきます」
「ん、美味しいね。萩村んちのお母さん、料理上手なんだな」
「そうかな?自分の親の料理が上手か下手かなんて分らないけど」
「贅沢だな〜〜。このロールキャベツもケチャップじゃなくてクリームがかかっててレストランみたいだし、
サラダとかも凝った感じじゃん。ウチの親の料理なんてもっと雑な感じだけどな」
「そう言われても私は生まれたときからお母さんの料理を食べてるわけだから」
「ははは、ま、そりゃそうだ」
微笑み合うタカトシとスズ。最初の頃こそちょっと固かった空気も、既に柔らかいものへと変わっていた。
「結構食べるんだね、津田」
「あ、ゴメン、マジで美味しいからつい」
「ふふ、良かったら私のロールキャベツも1コ食べる?」
「え?いいの、萩村?」
「うん、私はもうお腹いっぱいだから」
「じゃ、悪いけど遠慮無く」
(本当に美味しそうに食べるんだな、津田は………)
男の子らしくかっ込むように料理を食べるタカトシを面白そうに見つめるスズ。
「でも良いよな、萩村は。こんな料理も上手で若くてキレイなお母さんがいてさ」
「人の親だから良く見えるだけじゃない?さっきもそうだったけど結構人の話をきかないし、天然だし。
それにそんなキレイかな?」
「え〜〜〜、マジで美人じゃん。萩村もあんな風になるのかな?」
「ぶッ!そんなの、知るか!」
「だってやっぱ似てるしさ」
「お、親子なんだから当たり前だ!」
「?どったの、なんで怒ってるの?萩村」
(…………コイツは)
タカトシの発言にまたもドキッとしてしまうスズだったが、
心底不思議そうにしているタカトシの表情を見て、少し呆れてしまうのであった。
(含むところとかそういうのが無い分タチが悪いのよね………なんだかお母さんにちょっと似てるかも)
「俺、変なこと言った?だったらゴメン」
「…………ま、良いけど」
「?悪いな、萩村。じゃ、ごちそうさまでした」
「お粗末様でした。津田、食器貸して?洗うから」
「あ、じゃあ俺手伝うから一緒に洗おうよ」
「いいよ、それくらい」
「いや、手伝わせてよ。このまま帰るんじゃ申し訳ないし」
「そう?じゃ、洗い終ったお皿を拭くのをお願いして良い?」
「うん、分った」
台所に移動するとスズは食べ終わった後の食器を洗い、タカトシはそれを拭いていった。
「家の手伝いとかするの?津田」
「いや、実はそうでもない」
「ふうん。妹さんのコトミちゃんだっけ?あの子は?」
「アイツなんて俺より手伝わないよ。なんだかんだと理屈つけちゃあ逃げるし」
「あ、悪口言ってる。後で言いつけてやろ」
§
「!お、おい萩村、それは」
「ふふ、冗談だよ」
「お〜〜〜い。からかわないでくれよ」
話を続けつつも、息もピッタリに作業は休まないタカトシ&スズ。このあたり、ふたりはやはり合うようで。
「でも仲良さそうだよね、津田とコトミちゃん」
「ん?ま、悪くはないと思うけど、そんな良いわけでもないよ。
アイツってちょっとズレてるところがあったりするし、いきなり機嫌が悪くなったりするときもあるしさ」
「ふふふ、なんだか話聞いてると結構お兄さんしてるんだね、津田も」
「そ、そうか?」
「うん。なんだかんだ言って、コトミちゃんを可愛がってる感じがする」
"ざぁぁぁぁ………"
「でも凄い雨になってきたね。お母さん大丈夫かな?」
「ホントだな、これ片したら俺も帰るよ」
「うん。気をつけてね?」
「ああ」
"ゴロゴロ………バァァァァァン!!!!!!!!!!!!!"
「わ、雷!」
「!?※!+@きゃ、きゃあああああああ!!!!!」
そして、そのとき。突然雷鳴が鳴り響いた。
「は、萩村?」
雷の音よりもスズに抱きつかれて驚くタカトシだが、スズはまだ正気に戻ることさえできず、更に。
"ふ…………"
「あ、電気も!」
「!"$%や、やぁぁぁ!!!」
落雷は萩村邸からほど近い場所であったらしく、次の瞬間には灯りまでもが消えてしまった。
恐怖の余りパニック状態に陥ったスズに、タカトシはしばし戸惑ったまま何もできずにいたが―――
やがて、ぎこちなくではあるが少しからだを屈ませて、彼女をすっぽりと抱きしめた。
「大丈夫だ。大丈夫だから、萩村」
「や、やぁ!うわ〜〜ん!」
子供のように泣き叫ぶスズを、守るように。タカトシは、両手で彼女を包む。
時が止まったような暗闇の中でふたりは抱き合っていたが、やがて。
"ぱちッ………"
「あ、電気ついたよ、萩村」
「うッ………う、ぐすッ…………」
まだ恐慌状態から回復できずにしゃくりあげているスズを、
タカトシはようやく暗闇の中ではなく灯りのもとで見ることができた。
それは、いつものしっかり者で気丈な彼女ではなく、幼くて脆い、少女の姿だった。
「大丈夫だよ。俺がいるから。萩村、大丈夫だから」
「うッ………う、う」
スズを抱きしめながら、タカトシは不思議な安心感と愛おしさを胸に感じていた。
彼女のことを、同級生以上の存在だと思ったことは無かったはずだが―――
今胸の中で泣いているスズに、はっきりと愛情を感じている自分を発見していた。
「………!?も、もう離しなさいよッ!いつまでアンタはッ!!!」
ようやくスズが自分を取り戻すと、慌ててタカトシの腕を押しのけ、ぴょん、と後ろに下がる。
(なんだか、そういう仕草も)
小動物のようで可愛いと感じ、思わずくすり、と笑ってしまうタカトシだが、
スズは当然のように彼の微笑みを曲解してしまい。
「………今笑ったでしょ」
「え?あ、ゴメン萩村。あの、悪気があったわけじゃ」
「どうせ私のこと、怖がりで子供っぽいと思ってるんでしょ。前に怪談も怖がってたし」
「萩村………」
真っ赤な顔で頬を膨らませるスズだが、タカトシの思考はあらぬ方向にいってしまっていて。
(ありゃ、萩村のこういう顔も可愛いと思ってるよな、俺?やっぱこれって惚れた弱みって奴か?)
「…………言わないでね。他の人に」
「そんなに」
§
「………?」
「信用無いのか?言っておくけど怪談のことも他の奴にペラペラしゃべったりなんてしてないよ」
「そうかもしれないけど。でも」
「それに、俺は可愛いと思うけどな」
「!………どういう意味よ!」
「いつもはなんでもこなせる萩村が、怖がりなこと。人間誰だって弱点があるもんだしさ。
なんだか女の子らしくて可愛いじゃないか」
「可愛いなんて、思われたくない!他人にそんな風に、思われたくない!」
思わず大きな声で反論してしまうスズだが、タカトシは臆することなく続ける。
「可愛いって思われるのは、イヤなのか?萩村」
「私は………」
そのまま、ぐっと言葉に詰まるスズ。
(私はひとりで、生きていく。誰にもバカにされないような人生を。そう、決めたんだから)
それがコンプレックスの裏返しだということくらい、スズが一番良く分っていた。
幼稚な意地だということも、分っていた。だからこそ、他の誰でもなく。タカトシにだけは、言えなかった。
「でも、思っちゃうのは自由だろ?」
「………?どういう意味よ」
「俺が萩村のことを可愛いって思うのは自由だろ?って意味なんだけど」
「!!!な、なにを言うんだ、バカ!!!」
不意打ちに真っ赤になってしまうスズだが―――タカトシの視線は、真剣そのものだった。
「さっき萩村に触れていたとき、思ったんだよ。可愛いなって。この子を、守りたいって」
「!な、なにを言ってるんだ!からかって」
「俺は、マジだけど?」
じっとスズを見つめると―――いきなり、タカトシは。
"ぐいッ"
スズを、抱き寄せて。両腕の中に、すっぽりと彼女をおさめた。
「!…………」
抵抗されるかとも思ったが、スズは暴れることもなくタカトシの腕の中に抱かれる。
「………………」
「………………」
そして、ふたりはそのまま固まったように。動かずに、いた。
(萩村を抱いていると、なんか落ち着くって言うか……)
(津田の腕………結構、がっしりしてるんだな)
そんなことを思いながら、タカトシとスズは無言でいた。雨の音だけが、ふたりの耳に響いていた。
「…………」
ようやく――――スズが、顔を上げる。恥ずかしそうに、頬を赤らめて。少しだけ、怒ったような顔で。
「……子供扱いは、嫌いだ」
ぽつり、と呟くようにスズが言う。タカトシは彼女をじっと見つめていた。
今さらのように、彼女が整った顔立ちをしていることに気づいた。
「分ってるよ。俺は」
「でも」
「………」
「こんな風に。津田に、ぎゅっとされるのは。…………嫌いじゃない」
それだけ言うと、スズはタカトシの胸に顔を伏せる。耳まで、真っ赤にして。
「………萩村」
できるだけ優しく、スズの柔らかい後れ毛を撫でた。胸元に、彼女の息の温もりを感じていた。
「ありがとう、萩村。でも俺は、それだけじゃ足りないかな」
「?………足りない?」
「俺は、こんな風に萩村をぎゅっとするのが、好きだから。萩村とくっついてるのが、すごく好きだから。
なんでかっていうと………萩村が、好きだからなんだ」
「!!」
「だからさ。俺にぎゅっとされるのを、萩村にも好きになって欲しいな。『嫌いじゃない』じゃ、足りないよ」
「…………バカ。は、恥ずかしいこと言うなッ!!」
ぽかぽか、とスズがタカトシの胸を叩く。しかしそれは、本気で嫌がっているようなものではなくて。
どこか、甘えているような、じゃれているようなもので。そんな彼女を、苦笑混じりにタカトシは抱きしめて。
§
「俺、頑張るよ。さっきも言ったけど、萩村に好きになってもらえるようになりたいから。
萩村に、信用されるようになりたいから。だから、頑張る」
(………本当は、とっくに好きになってるけど)
心の中ではそう思いながら、スズはやはり、頬を膨らませて答える。
「ふん。いつになるのかしらね」
「あちゃ」
苦笑いするタカトシの表情を、スズは見つめる。
(男の人なんて、好きにならないって思ってたのに………)
傘の中に入れてくれたときに、さりげなく少し屈んでくれたこと。
暗闇で怖がっていたときに、優しく抱きしめてくれたこと。
なにより―――彼らしく、真っ直ぐな言葉で好きだと言ってくれたこと。
それを素直に嬉しいと思いながらも、つい口にしてしまうのは、いつもの憎まれ口だった。
スズはそんな自分が少しだけ、もどかしかった。
"す………"
「?津田」
タカトシが、スズの前髪を軽く梳く。そして。
"ちゅッ"
「!!!」
そのまま、スズの額にキスをした。
「っと。これくらいは良いだろ?」
「いきなり、な、なにするんだ、バカッ!!!ビックリするじゃないか!」
嬉しさ半分恥ずかしさ半分のスズが抗議するが、タカトシは苦笑混じりに言う。
「停電中にいきなり抱きつかれるのも、かな〜〜りビックリするんだけど?」
「あれは………その、事故だ、事故!」
「それも、真っ暗な中で好きな女の子に抱きつかれるってのは、マジで結構くるもんがあるんだけどな」
「!つ、津田のスケベ!!なにがくるんだ、なにが!!」
「本当にスケベなら、口でキスするだろ?一応、萩村のお許しが出るまでは我慢しようと思ってるよ」
「我慢って!津田、お前は!」
「うんうん、最初はそれくらいでちょうど良いのよね。すぐにそれだけじゃ足りなくなるから」
「?………!!!!おおおお、お母さん!!」
「え?わぁぁぁぁ!!!!!」
絶叫するスズに弾かれたようにタカトシが振り返ると―――そこには。
満面の笑みを浮かべた、スズママが立っていた。
「あ、あの。すいません、お母さん!!」
「あら〜〜〜津田君も気の早い。お義母さんだなんて」
「どっかで聞いたようなフレーズは良いから!いつから、いたのよ、お母さん!」
「え?スズちゃんと津田君が抱き合ってたところから?」
「………ってことは」
「『この子を、守りたいって』なんて久しぶりに聞いたわ〜〜〜。津田君ってロマンチストなのね?」
「う、そ、その。それは、あのですね」
「ばばば、バカッ!!!放せ、津田ッ!!!」
抱き合ったままのふたりだったが、スズが慌てて飛び跳ねるようにタカトシから離れる。
「あ〜〜〜ん、もったいない。じゃ津田君、代りに私を」
「って、なにを考えてるのよ、お母さん!!」
「あの、すすす、すいませんでした!もう、俺、お邪魔しま」
「あ、帰る前に、ちょっと津田君?」
「ははははは、はい、なんでしょうか?」
スズママが悪戯っぽく微笑むと――タカトシの耳元に口を寄せ、囁く。
「スズちゃんって、私そっくりだから」
「へ?」
「だ・か・ら。私もね、高校1年生くらいの頃はちっちゃかったのよ。
でもその後成長したのね?色んなところが。きっとスズちゃんも、もうすぐ………」
「お母さん!なにを言ってるの!」
怒鳴るスズ、そしてぺろり、と舌を出すスズママ。
(こりゃあ………結構、前途多難かな?)
萩村親子のそんな姿を見ながら、タカトシはまた苦笑しつつ独りごちるのであった。

END

このページへのコメント

読んでるこっちが恥ずかしくなてってくる///

0
Posted by くぁせふじこ 2012年05月20日(日) 01:54:38 返信

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