激しい稲光が立て続けに起こり、豪雨がバチバチと窓ガラスを叩く、梅雨真っ盛りの六月のとある土曜日。
雛菊女子高校きくもじ寮の食堂では、ここで生活している四人と一匹が、雨音と雷音をBGMに午後のお茶を飲んでいた。
「ざんざん降りですね、梅雨に入ったって実感しますねえ」
「スゴイ雨の音よね、窓ガラスが割れそう」
「なぁに、鞭で叩かれた時の音の方がスゴイ」
「比較がおかしくありませんか」
「わん」
 四人とは、一年生のハナと、三年生のヒカリにエレナ、寮母の叢雲。
一匹とは、この寮の番犬?のプチ。
梅雨の雷雨に祟られた土曜日の午後を、
紅茶なんぞを飲みながら、こうしてくっちゃぺっちゃとおしゃべりしているというわけだ。

「家に帰っていった連中は大丈夫かね」
 テーブルに肩肘をつきつつ、窓の外を見やる叢雲。
寮母という責任ある立場の割には、ライト過ぎると言うか、どうにも威厳というものがない。
常に軽い雰囲気を漂わせ、問題が起こってもあっさり流すという、実にフレキシブルかつルーズな性格をしている。
もっとも、逆にその辺りが、寮生から慕われるポイントなのかもしれないが。
「あんたら、ここに残って正解だったかもね」
 人差し指と中指で、叢雲はくるくると器用に火の点いていないタバコを回す。
彼女は食堂でもトイレでも、はたまた寮生の部屋でもスパスパ吸うくらいのヘビースモーカー。
健康的にも寮生の教育的にもよろしくないし、何より寮内禁煙なのだが、まったくのおかまいなし。
寮生の親や学校関係者から苦情が出ないのが、ハッキリ言って不思議である。
「梅雨って嫌ですよね、ジメジメベトベトするから」
「洗濯物も乾かないしね」
「なぁに、二日三日同じもの穿いてたって病気になりゃしないわよ。むしろ喜ばれるかも」
「……誰に?」
「わんわん」
 四人の会話には、一定のパターンがある。
おおまかに役割を分けると、ハナとエレナ、叢雲がボケ、そしてヒカリがツッコミとなる。
ただし、ハナが少々天然気味なのに対し、エレナと叢雲は分かっててボケをかますケースが多々見られる。
たったひとりでツッコミの大立ち回りをせねばならないヒカリの苦労は並大抵のものではない。
残念ながら、プチは完全に傍観者(犬)であり、彼女の助けにはまったくならない。
むしろ、ハナやエレナ、叢雲にボケの道具として使われることがあるくらいだ。
「この前買っておいた『しりうす屋』のいちご大福、カビが生えちゃったんですよ」
「ハナちゃん、さっさと食べておけば良かったのに」
「食べ物にカビが生えるくらいどうってことないない、喪失の機会を失って人生にカビが生えるよりかはナンボかマシよ」
「人生の問題は主観によると思います」
「わんわんわん」
 ボケはボケでも、ただのボケではないから始末が悪い。
つまり、エロ方面のボケなのだ。
女子高や女子寮といった類は、なまじ異性の目がないだけにそっち方面の話はエゲツナイとはよく言うが、
ここきくもじ寮は完全に限度ぶっちぎりである。
「だいたいさー、梅雨程度のジメジメでネをあげててどーするよ」
 叢雲はしゃべりながら、手で弄んでいたタバコを口にくわえ、ライターでカチリと火を点けた。
ふー、と息を吐くと、白い煙がすうっと筋のように天井に向かって伸びていく。
「どういうことですか?」
「もっとジメジメベトベトすることなんて、世の中にはいくらでもあるってこと。な、エレナ?」
「うふふ、そうですね」
 意味深な微笑みを交わす叢雲とエレナ。
「何かもう展開が読めてきたんで、そこで話を終って下さって結構です」
 ピンときたヒカリがどうにか話の打ち切ろうとするが、残念、その程度のストップコールで叢雲の舌が止まるわけがない。
「コトが終わった後なんて、それこそ汗と色々な液体でベトベトよ」
「顔にかけられた時なんて、ベトベト通りこしてドロドロですよね」
「叢雲さん、エレナ先輩、アレってお肌にいいって本当ですか?」
「女子高生と寮母の会話じゃないな、これは」
「わんわんわんわん」
 ……とまあ、こんな具合である。

「……で、ヤッてベトベトになってシャワー浴びて、またヤッてベトベトになってって繰り返しがバカらしくなってな」
「はぁはぁ」
「そんなら最初っから浴室にいりゃあいいだろうってんで、風呂ん中で試してみたんだが」
「ふんふん」
「ただでさえ蒸し暑いのに、激しく動いたもんだからより一層暑苦しくなって頭がボーとしてきたんで、一回でヤメた」
「でも水風呂だと逆に冷たすぎて集中出来ないんですよねー」
「へぇー」
「わんわんわんわんわん」
 三人(と一匹?)のエロ話はたっぷり三十分は続いている。
窓の外の雷雨と同じく、一向に収まる気配がない。
「……」
 ヒカリはと言えば、ひとり会話から外れて、ファッション誌をパラパラと流し読み。
だが、完全にトンズラこいたわけではない。
このまま三人に延々話をさせておくと、どこまで続くかわかったもんではないので、どこかで止める必要がある。
「ん……と」
 ファッション誌から顔を上げ、ヒカリは三人と、壁にかかった時計、そして窓の外を順番にチラ見する。
「あと五分、ってとこかな……」
 それまでに叢雲が話を打ち切れば、それでよし。
そうでなければ、ドカンと一発お見舞いして強引にでも流れをぶった斬る。
ヒカリは、そう心に決めた。
 毎度毎度、ひたすらにツッコミを入れていたら身が持たないというものだ。
エスカレートした波は、タイミングを見計らって一撃で止めるのが最良の方法。
それがこの寮生活の経験から得た教訓だ……。
「まぁあの頃はウブちゃあウブだったんだなー、どんなプレイも新鮮でさー」
「あら、色々試してみるのは大切だと思います」
「私も頑張らなきゃ!」
 止まらないハナ、エレナ、叢雲。
「あと三十秒」
 カミナリを落とす準備を整えるヒカリ。
「わんわん、わわーん」
 そしてハナが座っている椅子の側で、無邪気に尻尾を振るプチ。

「ま、何でもやってみることさね」
「幅は自分で広げるものですものね」
「楽しく激しく気持ちよく、ですか」
「わんわんわん、わわんわん」
「……タイムアウト」
 三人の会話は終わらない。
ヒカリは、ゆっくりと椅子から立ち上がる。
と、その時、稲妻が窓の外でピカリ。
一瞬の間を置いて、今日最大の雷音が、窓の外と内で―――


  F  I  N

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