「ねぇマサちゃん、七夕のお話って、知ってる?」
「ん? あー、おおまかなところは知ってるけど」
 今日は七月七日、七夕の日。
皆で笹に短冊を飾りつけ、花火でもしようかと集まることになっていた。
もちろん言いだしっぺは中村リョーコ。
場所と花火の提供をマサヒコに、笹と短冊の用意をミサキに言いつける辺り、
準備にかかる自身の手間を出来るだけ省こうというリョーコのわがままちゃんな性格が表れている。
 今、マサヒコの部屋にいるのは、マサヒコとミサキの二人だけ。
集合時間は午後七時で、まだ一時間程余裕がある。
ミサキは時間前に小久保邸に来たのは、家が一番近いからだが、
ちょっとでもマサヒコと二人っきりになりたいという理由もあったり。
「そういうミサキは知ってるのか?」
 マサヒコは普段着だが、ミサキは浴衣を着込んでいる。
これは、リョーコが「女性陣は全員浴衣で!」と命令したがゆえだ。
「それは……そうよ」
 ミサキは胸の前で掌を組むと、目を閉じて、語り始めた。

 昔々大昔、天の川のほとりに、美しい天女が住んでいました。
織女と呼ばれる彼女は、毎日機織りに精を出す働き者でした。
その働きぶりを見た天帝は、さすがに年頃の娘が仕事だけの暮らしであることを哀れに思ったのでしょう。
幸福になってくれるようにと、牽牛という名の牛飼いと結婚させることにしました。
ところが、二人は幸せのあまり、楽しそうに話をしてばかり。
まったく仕事をしなくなってしまいました。
これに怒った天帝は、罰として二人を天の川の両岸に引き離しました。
すると、織女は悲しみ、毎日泣いてばかり。一方の牽牛も上の空。
さすがにかわいそうに思った天帝は、厳しい処置を少し緩めてあげることにしました。
「互いに心を入れ替えて仕事に一所懸命に取り組むならば、一年に一度だけ、会うことを許してやろう」
 以来、反省した二人は、それぞれ今まで以上に仕事を頑張りました。
天帝によって許された、二人だけの僅かな時間、七月七日の夜に会うために―――

「……七夕は悲しくも美しい恋人の日、というわけね」
「ああ、そんな感じだったな」
 マサヒコは頷いた。
小さい頃に買ってもらった星座の本に、そこら辺の話が載っていたことを思い出したのだ。
「織女星はこと座のベガ、牽牛星はわし座のアルタイル」
「はあ」
「伝説そのものは、漢時代に編纂された『古詩十九編』が初出で……」
「はああ」
 学問的な話になってくると、マサヒコは曖昧な返事をすることしか出来ない。
そこまで深い内容は、さすがに彼の知識の外だ。
「……ねぇ、マサちゃん」
「ん?」
 そんなマサヒコの態度に気づいたのか、ミサキの口調が変わった。
「このお話……どう思う?」
「え?」
「一年も好きな人に会えない、ってこと」
「んー、そうだなあ……」
 マサヒコは首を捻った。
織女と牽牛、怠けたわけではないだろうが、それぞれ仕事を放り出してしまったのは、確かに悪いことのような気がする。
一方、結婚させておいてまた無理矢理引き離す天帝も、何だかやり過ぎにも思える。
一年に一度と言わず、一か月に一度位にしても、別段悪くないだろう……。
「私は、イヤだな……」
「イヤ、って?」
「マサちゃんと一年も会えないなんて、そんなの、絶対イヤだよ……」
「ミ、ミサキ……」
「そうなったら、私、おかしくなっちゃうかもしれない」
「……ミサキ」
 マサヒコは驚いて、ミサキの顔を見つめた。
一年も会うことが出来ないという状態を想像したのか、ミサキはちょっと涙目になっている。

「大丈夫だよ」
「え……?」
「そんなことには、なるわけないさ」
 マサヒコの父もミサキの父も、それぞれの会社でそれなりの役職に就いている。
栄転以外でそうほいほいとどこかに飛ばされるようなことはない。
よしんば転勤となっても、家庭の状況を考えれば単身赴任という形になるだろうし、
もう高校生となった二人ならば、一人暮らしだって出来るはずだ。
「俺は、どこかへ行くつもりなんてないよ」
「!」
「遠距離恋愛なんて言葉もあるけど、俺はミサキの側にいる方がいい」
「マサちゃん、マサ、ちゃん……!」
 マサヒコはミサキの顔を、じっと見た。
ミサキの潤んだ瞳と、艶やかな唇が、視界に入ってくる。
「ミサキ……」
「あ……」
 ミサキの両肩を、マサヒコはそっと掌で掴んだ。
ミサキは一瞬、ピクリと身体を震わせたが、マサヒコの意図を察して、すうっと両目を閉じる。
「……ミサキ」
「マサちゃん……」
 ゆっくり、ゆっくりと二人の顔が近づいていく。
そして、ふわりと唇が重なり―――

「やっほー! 小久保くーん!」
「マサヒコ君、こんばんわー!」
「……こんばんわ」
「よーマサ、ちょっと早かったけど四人揃ったから来たぞー」
 ―――あったまさにその瞬間、絶妙のタイミングで部屋のドアが開いた。

「……」
「……」
 キスする前なら飛び退くことも出来ようが、
してしまってからでは、簡単に離れることも出来ないわけで。

「ありり」
「マ、マサヒコ君?」
「あ、あ、天野さん!?」
「ありゃりゃ、こりゃまた」
 ラブシーンを見た四人。

「……」
「……むむ」
 ラブシーンを見られた二人。


 七月七日、七夕の日。
一年に一度、織女と牽牛が会うことのできる日。

「はわわー、ラブラブだねえ、マサヒコ君とミサキちゃん」
「いあいあいあ、こ、こ、こりゃまたお邪魔を、そのそのその」
「いやあああ、風紀が乱れてる、乱れまくってるわああ!」
「あー、気にせず続けなさいな。飾り付けよりよっぽどおもしろそうだわ」
「なっななななっ、違う、違うんだーっ!」
「うわ、うわ、うわああああああん!」

 七月七日、七夕の日。
そして、恋人の日―――


   F   I   N

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

Wiki内検索

どなたでも編集できます