「おい、見ろよマサヒコ。まただ」
「…………?」
教室の窓際でなにをするでもなくダベっていたマサヒコと友人達だったが、
そのうちひとりがなにかを発見したらしく、マサヒコに声をかけた。
マサヒコたちの教室は二階の隅に位置し、小さな空きスペースがポツンと窓下に存在していた。
登校時や昼休みといった空き時間に生徒の通りが極端に少なくなることでそこは知られており、
英稜高校では屋上と並んで告白のメッカとなっている場所でもあった。
なんとなく嫌な気分がしながらもマサヒコがそこをのぞき込むと―――
「あ〜〜あ、また犠牲者が増えたか。か〜〜〜っ、しかし本当に罪だよな。
なんでフリーなのかね、若田部姫は」
「…………」
アヤナが男子生徒に告白されて断っているらしき、正にそのシーンだった。
「しかし今月に入ってから、俺が知ってるだけで7人目だよ」
「へへっ、7人の中にお前は入ってないのか、杉内?」
「一応断っておくが、俺は謙虚な性格で有名なんだ」
「は〜〜ん、釣り合わねーと思って最初から諦めたか。賢明な判断だな、杉内」
「人のこと言えんのかよ、新垣!」
「………どっちもどっちだろ。で、俺はその7人の中に入ってるんだよな、杉内?」
「あらら?和田もそうだったの?」
「はいよ、撃沈ですよ。先週見事にね」
和田君は、少しおおげさに首をすくめて両手を広げてみせた。
「しかし和田に小野寺に中島に西岡だろ。それにさっき振られてたの、
確か3年の新庄先輩だと思うから、この学校のイケメンたちをことごとく振ってるわけだな」
「まだ俺とマサヒコが残ってるけどな」
「自分で言うか?川崎。それに俺は別にそんな……」
「そう言うけどさ、マサヒコ?本当にお前、若田部さんとなんもねーの?」
「だから、俺にはミサキっていう彼女が……て言うか、川崎もまだ諦めてないのか?」
「いや、おれはどっちかと言えばリンコちゃんの方が」
「あ〜〜〜なんか、ムシャクシャしてきた!なあなあ、川崎、合コンの口とかないか?」
「振られてすぐにそれかよ。あ、合コンと言えばさ、マサヒコ。来週の日曜時間ある?」
「…………無くは無いけど、なんだ?」
「この前合コンした紅白百合女学院のコらから、オファーが来てんだよ。またどうですか?って」
「またマサヒコの一人勝ちかよ〜〜!!」
「しょーがね〜〜だろ、声かかったのはマサヒコと俺だけなんだから。
お前らもな、合コン行ったときくらいキチンと場を盛り上げろって」
「あ〜〜あ、なんでなんだろな」
「顔なら俺や川崎の方が良いのに」
「………本人の目の前で言うか?和田」
「カラオケも苦手だからとか言ってたクセに、結構上手いってのはアレ、ズリーよな」
(本当に苦手なんだって……先生たちに散々付き合わされてなんとか歌えるようになっただけで)
「なあ、マサヒコ。俺は若田部さんはどうでも良いんだけどさ、
マジでリンコちゃんとは何もないんだよな、お前?そこだけ確認を……」
「だからあ!!!!!!」
「なんでマサヒコばっか………」
「俺は、なんとなく分るけどな」
珍しく沈黙を守っていた杉内君が、口を開いた。
「顔だけなら、確かに和田や川崎の方が良いと思うよ。
でもマサヒコって自分がイケてるのを顔に出さないし、結構気を使うし、優しいし、
下心無さそうに見えるし。女の子はそれでヤられちゃうんじゃないか?」
「………お前が言うと、説得力あるな、杉内」
「ま、観察眼だけは超一流なんだよ、俺は」
「それが実戦で活かせたらな」
「うるへえ」
「ま〜〜た集まってなんかエロい話してるんでしょ、アンタら」
「別にそんな話してねーよ、柴原」
§

「どうだかね〜〜聞こえたよ、小久保?ミサキに隠れて合コン行くなんて、感心しないな〜〜?」
「隠してなんてねーって。この前のはキチンとアイツには言ってあるし……て言うか、
お前も鈴木に隠れて行ったりしてないんだろうな?」
「残念ながら、私はダーリン一筋だもん♪」
“キーン♪コーン♪”
「あ、もう時間じゃん。じゃね〜〜〜」
「カレシ持ちなのが惜しいけど、なにげに柴原さんも良いよなぁ」
「サバサバしてて話しやすいし、結構美人だしな」
「リンコちゃんに、若田部さんに、柴原さんだろ〜〜。
ウチのクラスのトップスリーと仲良いんだから、やっぱマサヒコずり〜〜〜」
「だから、アイツらとは中学の頃からの付き合いなだけだって」
「お〜〜〜い、みんな、席につけ」
担任の秋山先生と副担任の森脇先生が教室に現れたところで、座はお開きとなった。
だが、マサヒコの悶々とした気持ちは晴れないままだ。
(若田部……なんで、あんなこと……)
アヤナからの衝撃の告白とミサキの涙。そのふたつの事件から、まだ彼は立ち直れずにいた。
振り返ってみればアヤナが帰国したときから、なんとなく嫌な予感はしていたのだ。
(若田部は……友達だ、それで……そうだって、本当にオレは……)
中学時代から激ニブ王の名をほしいままにしてきたマサヒコだが、
アヤナが自分に対して好意以上の感情を持っているのでは、と思うこともあった。
しかし彼女は中学卒業と同時にアメリカへ渡り、マサヒコはミサキと付き合うようになった。
幸か不幸か、そのタイミングがほぼ同時であったために最悪の事態だけは避けられてきたのだ。
(……あのとき、オレは……本当は、はっきりさせるべきだったのか?オレは……)
「小久保?ねえ、小久保?呼んでるよ、先生が」
「!?あ、ははは、はいッ!」
上の空でボー―――ッと考え事をしていたマサヒコは隣の席の柴原さんに肘でつつかれ、
慌てて返事をした。そんな彼の様子を秋山先生は苦笑しながら見つめている。
「まあホームルームなんてそう気合いを入れる時間でもないが……にしても、
ちょっとひどいな、小久保?まだ目が覚めてないのか?」
「あ………すいません、秋山先生」
「全く、もう少し気合いを入れないか、気合いを!」
「まあまあ、森脇先生。よし、じゃ目が覚めるように小久保には大役を頼もうか」
「え?」
「しかし本当に全然聞いてなかったんだな、お前?英稜祭なんだがな、
誰も実行委員になってくれないんだよ。そこで小久保にお願いしてるんだが」
「あ………別にオレは良いですよ。部活やってるわけでもないし」
「そうか、お前ならそう言ってくれると思ったよ。ありがとう、小久保。で、女子の方は……」
「私、立候補しても良いですか?」
その声がした瞬間、教室の空気が凍った。と言うか、一部で沸騰した。
その声の主は勿論―――
「ほお、若田部やってくれるか?はは、なら有難いけど」
前回の騒動を知りながらも秋山先生は素知らぬ顔で彼女の名前を黒板に書いた。
「………………」
さてマサヒコはと言えば――――
「(小声で)大丈夫、小久保?顔色悪いよ」
「(小声で)柴原、オレもしかしたら今日も保健室送りに……」
クラス中の男子からの嫉妬と秘かにマサヒコに心を寄せる女子から敵意、
そしてその他の生徒からは好奇心丸出しの視線を集めながらも、
当のアヤナはこれまた素知らぬ顔をしていた。
「じゃあ後は委員のふたりに任せようかな。小久保、若田部、いいか?」
「はい!」
「……………はい。ところで先生、なにを決めれば?」
「まずは催し物を決めてくれ。基本的にお前らの好きなものをやればいい。
だがお前らも知っての通り、ウチは学園祭が非常に盛んな学校だ。一般の方も多く見えられるし、
英稜祭を見て進学を決める生徒も多いくらいだから、あまりヘタなものはできないぞ?」
§

「はぁ…………」
ゾンビのような表情でクラスの前に立つマサヒコと、ニコニコと上機嫌なアヤナ。
好対照なふたりだが、司会進行そのものはと言うと―――
「それじゃ、なにをやりたいかまず意見を……」
「喫茶店!」
「おばけ屋敷!」
「パフェ!」
「ラーメン屋〜〜〜!」
このふたりが壇上に立つことで、どうなることかと思われたのだが。
秋山先生の言うとおり英稜祭を楽しみに入学してきた生徒も少なくないくらい、
学校及び地域を挙げての一大イベントである。
議論は白熱し、生徒達は自分の意見を戦わせるのであった。

「絶対喫茶店!んでコスプレ!俺は(リンコちゃんの)ネコミミメイド服姿が見たい!」
「なな、なら(若田部さんの)スク水喫茶で!」
「カチューシャ喫茶ってのも!」
「………とりあえず新垣、寺原、斉藤。お前ら退場」
そしてともすれば暴走しがちな(一部)男子の意見も、
ツッコミなら手慣れたもののマサヒコが冷静に場を仕切り、滑らかに司会をこなす。
―――そんな彼の姿に、また一部女子が萌えてしまうというのも皮肉な話なのだが。
「それじゃ案としてはこんなものですか………では、意見集約に移りたいと思います」
議論もようやくスローペースとなり、意見が出尽くした頃を見計らってマサヒコが多数決を提案した。
少し議論に疲れ始めていたクラスの雰囲気を読んだ、絶妙のタイミングだった。
「それじゃ、若田部、良いか?」
「うん、もう出来たよ、小久保君」
「今から投票用紙に希望の催し物を書いて下さい。一人一個までですが、
なにかそれに対する意見を書いてもらっても構いません。では後ろに回して……」
あらかじめアヤナに用意させた、小さく切ったメモ用紙を配るマサヒコ。
淡々と進めているようで、なかなかの名司会ぶりである。

「それじゃあ発表に移ります。喫茶店一票……」
「喫茶店1……」
「おばけ屋敷一票……」

喫茶店 十三票 おばけ屋敷 十一票  甘物屋 九票 ラーメン屋 六票 その他 二票

「と、言うわけで喫茶店に決定ですね。メニューなんかの具体的な部分や、
当日は所属している部と掛け持ちの人もいるでしょうから、
時間割や役割分担についても決めなくちゃいけないですね。
そうした細かいことは次回ということで良いですか、先生?」
「ん?そうだな、もうHRも時間だし」
「はい、では次回までにそうした細かいところについても考えてきて下さい。あと先生?
具体的にいくら予算がもらえるかとか、全体の予算立てや支出なんかの細かいところを考える、
会計役の人も出来たら決めて欲しいんですが」
「ああ、その通りだな。じゃ、ちょっとしか時間が無いが会計役を決めよう。え〜〜と、立候補は?」
「俺、やってみたいです」
意外にも、杉内君が立候補してきた。
「ほぉ。珍しいな、杉内。お前が積極的なのは」
「あ、酷いッスよ、先生。実は俺、経営学部狙ってるんでこういう役やってみたいっつーか」
「………経営学部とはあんまり関係無いような気もするが」
マサヒコの情け容赦無いツッコミが入るが、杉内君の狙いは別だった。
(こういうときは……なんかやってた方が女子と……)
マサヒコの名司会っぷりに女子の一部が萌え状態だったことにいち早く気付き、
なんらかの役をもらった方が女子と接触が持てることを計算した杉内君。
そして彼の計算は、見事的中するのであった。
§

「杉内を信用しないわけじゃないが、一人に集中するよりもう一人いた方がいいだろう。
誰か副会計役をしてくれる人はいないかな?」
「わたしヤりたいです〜〜〜!」
元気良く手を挙げたのは、もちろんフルカラー総天然娘・リンコだ。
「的山、良いのか?」
「はい〜〜〜、だって楽しそうじゃないですか〜〜〜!」
にほにほと、いつおどおり天真爛漫な笑顔を振りまきまくるリンコ。
―――勿論、その裏ではガッツポーズを取る杉内君がいた。
「(小声で)おい杉内、お前絶対コレ狙ってただろ?クソ、上手いことやりやがって」
「へへへ、恨むな川崎。お前いつもモテてるんだから、たまには、な」
「よ〜〜し、じゃあ、金曜日のHRで第二回の打ち合わせをすることにするから……」
相変わらずやる気があるのか無いのか分らない秋山先生の締めの言葉でHRは終わった。

「ねぇねぇ、杉内君、じゃあお金の扱いは私と杉内君なんだよね〜〜〜?」
「う、うんそうだね、的山さん」
「中村先生は〜〜、いい女は男とお金の扱いが上手いものよって言ってたけど〜〜、
いい女になれるかな〜〜、えへへ♪」
「ま、的山さんならそのままでも十分……いや、その」
早くも天然爆弾炸裂中のリンコに杉内君は完全にデレデレのご様子だ。さて、一方。
「お疲れ。案外司会とか上手いじゃない、小久保君」
「………そりゃまあ、中学の頃から大変な人たちばっか相手にしてきたからな」
「あら、その人たちの中に私も入っているのかしら?」
「それは、言えないけど」
「言えないってことは入ってるってことじゃない、もう……」
「ねぇねえ、小久保。喫茶店ってことはさ、女の子はウェイトレスってことだよね?
可愛い制服がいいな〜〜〜、私」
「だからな、柴原。それも予算次第だし」
「あら、それは大丈夫よ。さっき先生も言ってたけど英稜祭ってすごく有名で、
OBや町内会からも結構補助金が出るって話だから」
「へえ、そうなんだ」
「ふぅん……じゃあ、女子みんなでウェイトレスの制服とか決めようか?」
「あ、それ良いね、アヤナ!」
「おふたりとも出来たらメイド服で……」
「…………まだこだわってんのか、新垣」
なんだかんだで、結構クラスの雰囲気は良いようだ。
学園祭に向け、はしゃぐ生徒たちを苦笑しながら見つめていたマサヒコだったが――
(って結局俺、若田部と組まされてるし……)
厳然たる現実を思い、ちょっと暗くなってしまうのだった。

「ねえねえ、どう?小久保君?」
「どう?小久保♪」
「可愛い〜〜〜?杉内く〜〜ん?小久保く〜〜ん?」
「あ、ああ……その、すごく似合ってるよ、ま、的山さん」
「確かに女子みんなで作っただけに可愛いデザインのエプロンだな」
それから月日は少し過ぎて―――時は英稜祭前日。
渾身のコスチューム、もとい制服が完成してお披露目となった。
とは言っても結局服の全てを新しく作る予算までは無かったので、
女子でデザインして作ったエプロンを英稜高校の制服の上に着ることになったのだが。
それでも聖光女学院と並んで近隣では可愛いと評判である英稜高校の制服の上に、
ふんだんにフリルや花柄をあしらったエプロンを羽織るアヤナや柴原さんやリンコの姿は、
相当に男の萌え心をくすぐるものであった。
「エプロンだけ〜〜〜?もう、小久保はデリカシー無いなあ」
「へへ〜〜、誉めてくれてありがとう、小久保君♪デザインは主に私がやったんだようっ♪」
「へえ、さすがはデザイナー志望だな、的山」
「ま、的山さんはデザイナーになりたいんだ?」
§

「ウン!ホラホラ、ここなんか凝ったんだよ?あとみんなね〜〜、
好きな絵柄がワンポイントで入ってるの。私はペットのナナコなんだ♪」
「胸元にハートマークって……ちょっと子供っぽかったかしらね?小久保君」
「いや……似合ってるよ、若田部」
「すげえ似合ってますって!若田部さん!」
「いや、なに着ても若田部さんなら……」
相変わらず拍子抜けするほど自然体のマサヒコだが、
他の男子の視線は当然のようにアヤナに釘付けである。
豊かな胸を覆い隠しながらも逆に強調するかのようなワンポイントのハートマークは、
クリーム色地のエプロンに良く映え、彼女のスタイルの良さを際だたせていた。
「も〜〜う、相変わらずねえ、新垣に馬原は。他の女子を敵に回す気か〜〜?」
「い、いや柴原さんも……良く似合ってます。カチューシャ萌えって言うか」
「そ、そうそう。(小声で)あとはカレシさえいなければって言うか……」
「なんか言った?馬原」
「しょーがねーなぁ、お前ら。ま、女性陣にはお疲れさん、ってことで。
後は俺らが舞台を作っておかねーと始まんねーからさ。あと一息、頑張ろうぜ」
「「「「「「おう!!!」」」」」」
祭りの前の賑やかさと言おうか、クラスの空気が浮き立っているのは仕方がないところだった。
そんな活気を冷すことなく、中断していた作業へと導くマサヒコ、案外強かなのである。
「わりい、マサヒコ。こっちの板はどうすんの?」
「ああ、穴開けるんだけど、電気ドリルの扱いは危ねーから手伝うわ」
「あとマサヒコ、水回りやガスは……」
「昨日森脇先生と確認したから大丈夫だと思うけどな。念のためカセットコンロも用意すっか?」
「そうだな、俺、家にあったと思うから持ってくるわ」
「うん、じゃ、頼むわ大村」
あくまで押しつけがましくなく、淡々としているようで周囲に気配りをし、
しっかり全体を把握しながらマサヒコは作業を進めていた。
「ねえ小久保君……」
「悪い若田部。今からドリルで板に穴開けるし、危ないから後で」
「あ、うん」
アヤナを残しそそくさと作業中の友人のもとに行くマサヒコだが、
板を立て掛けていた和田君はいきなりマサヒコをぐい、と引き寄せ――
教室の隅に移動すると、耳元で囁いた。
「!?いきなり何するんだよ、和田?」
「………羨ましいんだけど?」
「?何がだよ、和田」
「ほれ、見ろよ。若田部さん、ずっとお前のこと見てるだろ」
「……俺とあいつは実行委員のわけだから。さっき何か言いたいことがあったからじゃねーの?」
「気付いてないフリすんの、止めろよ、マサヒコ。お前ももう分ってんだろ?
それだけじゃなくて、若田部さんがいつもお前のことを目で追ってるって」
「……………」
「一応俺もあの子に惚れてた訳だしさ、なんとなく分るんだよ。なぁ……可哀想じゃねーか?」
「……………何が?」
「お前はいつも彼女がいるとか、若田部さんとは中学時代からの友達なだけだって言うけど、
あの子はそう思ってないべ?お前だって気付いてるんだろ?
それなのに態度をハッキリさせずにいんのってさ、ズルくね?可哀想じゃね?」
「…………和田、俺…………」
「お節介でわりいな……ま、フラレた男の愚痴だと思ってくれい。
よっし、そんじゃ作業に戻るかね、マサヒコ」
「………ああ」
友人の痛すぎる忠告に――――マサヒコは、ただ頷くしかなかった。
和田君の、言うとおりだった。あの告白から今日まで、
英稜祭の準備の忙しさを理由にして、マサヒコはアヤナに答えをまだ返していなかった。
(オレは……ズルいのか?オレは……ただ、若田部と友達でいたいから……)
自分で自分を責めるマサヒコだが、答えなど、出ない。
§

いや、答えはある意味で決まりきっていた。だからこそ、悩むのだろう。
その後、準備作業そのものは順調に進んだのだが―――マサヒコの気は、晴れないままだった。
「よ〜〜〜し、完成!!だァ――――ッ!!」
「うおおおお、頑張った、頑張ったぜ、俺ら!」
「よ〜〜〜し、じゃ明日もこの勢いで行くぞ、オラァァァ!!!!」
そんな彼の気持ちとは裏腹に、喫茶店の準備は大盛り上がりの中で終わった。
クラスメイトは皆軽いハイ状態で帰路につくのであった。
「じゃあ明日ね!バイバ〜〜イ、小久保君、アヤナちゃん、柴ちゃん、杉内く〜〜〜ん!」
「あ、あの……送ってくよ、的山さん」
「ふに?いいの?だって杉内君って電車通学じゃ」
「ほ、ホラ、その、もう七時だし危ないしさ、それに駅の方向と的山さんちって結構近いし」
「ってなんでいつの間に的山さんちの場所をお前が知ってんだよ、杉内!」
「杉内、お前抜け駆けしようたってそうは……」
「(小声で)頼むから邪魔しないでくれ……これは俺の人生最初で最後のチャンスなんだ。
分ってくれよ、川崎、新垣。タダとは言わない。藤井寺亭のお好み焼きおごるから」
「………ちッ、しょうがね〜な」
「でも、俺だって……リンコちゃんのこと……」
「ね〜〜ね〜〜?なに話してるの〜〜〜?」
「%&#Q!いい、いやあの、そのッ!!!」
「あ〜〜〜もう!焦れったいわねえ、アンタら!ホレ、だったら四人一緒に帰りなさい!」
「ししし、柴原さん?」
「だけど一緒に帰ったはいいけど、結局誰もコクれなかったなんてことになったら、
明日からアンタら三人まとめてへタレ扱いだからね?分った?川崎、新垣、杉内!」
「「「……へ〜〜〜い」」」
「なんかよく分らないけど〜〜〜、じゃ、一緒に帰ろうか〜〜、川崎君と新垣君も」
青春の一コマはそこかしこで繰り広げられていた。――この物語の、主人公であるふたりにも。
「ねえ……小久保君、さっきの話なんだけど」
「ん?ああ、さっきは悪かったね、若田部。結局準備でバタバタしちゃってさ」
「それは……良いの。あのね、明日の準備のことなんだけど……
帰りながらでいいから、ちょっと話してもいい?」
「ん、分った。じゃ、一緒に帰ろうか」
なんとなく、ぎこちなく言葉を交わすふたり。
アヤナは潤んだような目でマサヒコを見つめ、
マサヒコはアヤナのことを正視できず、それでも、彼女と向かい合おうとしていた。
他のクラスメイトにとって、そんなふたりの微妙な空気は―――
恋する者同士が持つ、独特の雰囲気にしか映らなかったのかも知れない。
誰もふたりに声をかけることさえ出来ず、いつかマサヒコとアヤナは、ふたりっきりになっていた。
「いっぱいやることがあったけど……もうすぐ終わるね、小久保君」
「ははは、気が早いな、若田部。明日が本番なんだから」
「ウン……でも、なんだか寂しいんだ。今まではみんなとすごく楽しかったのに、
明日が終わっちゃえば、全部終わりなんだよね……」
「確かにそうかもだけどさ、だからお祭りって楽しいって気がしないか?
みんなでわいわい騒いでさ、それで終わった後のちょっと寂しくなる気持ちも込みって言うか」
「………小久保君って、結構ロマンチストだよね」
「ななッ、これは先にお前が……」
「うふふ、照れちゃってる、小久保君?」
「………のなあ」
そう、確かになにも知らない人間がふたりの会話を聞けば――
それは甘やかでありながらも初々しい、恋する者同士の会話に聞こえたかも知れない。
しかし、ふたりは互いにどこか距離感を感じながら会話をしていることに気付いていた。
かつて―――そう、昔ふたりでいたいたときには、感じたことのない感情を抱いていた。
それがなにか、本当は知っているはずなのに、分らないまま言葉を重ねていた。
「ありがとう、小久保君。送ってくれて」
「別に良いんだよ。ま、杉内の言うとおりもう遅いしさ」
「ねえ……ちょっと、時間ある?良かったら、もう少し話したいんだけど」
§

「………でも」
「明日の、文化祭のことだから、ね?」
「………分った」
どこか、わざとらしい、会話だった。ふたりの間には、まだ消えない固さが、澱のように残っていた。
「ごめんください……」
「どうぞ、小久保君」
中学生の頃から何度も訪れた若田部家だが、妙に寒々しい感じがした。
「私の、部屋でね?」
「ああ」
アヤナの後についていくマサヒコ。ぼんやりと、彼女の後ろ姿を見守っていた。
「………あんまりものを持ってきてないんだね、若田部」
「アメリカに行く前に処分しちゃったものも多いし。向こうに置いたままにしておいたのもあるしね」
「ふぅん……」
ガランとしているのは、玄関だけではなかった。
マサヒコの記憶の中ではアヤナの部屋にあったはずのぬいぐるみや、リトグラフ、ルームライト――
それらが、ほとんど無くなっていた。部屋の広さが、その寂しさを強調していた。
「でね、小久保君。明日なんだけど、つきっきりでお店にいれるのが、
私と的山さん、それに井口さんと村松さんくらいでしょう?
ウェイトレスのローテーションを考えたんだけど、一時から二時の間がちょっと厳しそうなのよ」
「そっか。柴原はバレー部でパフェ屋やるって言ってたしな。
男の方もずっといるのは俺と杉内、それに大野に湯上谷と佐々木くらいかな」
「女子も部の催し物とかぶる子が多いしね。今の段階でこれだと確実に足りなくなるわ」
「調理なんかの裏方は俺や杉内たちの5人で回りそうだけど、確かにウェイトレスは厳しいかもな。
その時間帯だと部の出店からなかなか帰ってこれなくて遅れてくる子も多そうだし……」
「だから……ひとつ提案があるんだけど」
「?なんだ?」
「天野さんや、お姉様や濱中先生の力を借りるってのは、ダメ?」
「え!って、それは、お前……」
「実はね、もう三人には話してあるんだ。そしたらみんなOKだって……」
「で、でも、それ、ウチのクラスの連中がなんて言うか」
「女子にはね、的山さんと柴原さんから他校の友達と昔の家庭教師の先生なんだけど、
ヘルプを頼むのはどう?って言ってもらって、こっちもOKもらってるのよ」
(濱中先生や中村先生はともかく、よりによってミサキは………)
アヤナの真意が分らずに混乱するマサヒコだが、
彼女はふざけているのでも、からかっているのでもなく、真剣な表情だった。
「あのさ……やっぱり、ミサキはまずいよ。その……俺も他の奴らにからかわれんの、正直嫌だし」
「……そっか。うん、分った。でもお姉様と濱中先生は」
「濱中先生は良いと思うよ。就職活動終わってヒマだってこの前言ってたし。
でも中村先生は本当に大丈夫なのか?平日だし、休めるの?」
「うん、この前ちょっと電話したんだ。そしたら面白そうだから手伝ってくれるって、
超ノリノリだったから大丈夫だと思う。私から後で連絡しとくね?」
「ああ、なら……そうだね、ミサキには俺からしとくよ」
「そうね……じゃ、そういうことで。ちょっと待ってて、お茶の用意するから」
「あ、いや、もう話が終わったんなら帰るけど」
「ダメよ。せっかく久しぶりに来てくれたんだから、お茶ぐらい飲んでいって」
やや強引にマサヒコを引止めると、アヤナは部屋から出て行った。
マサヒコはなんとなく押されるような形で、そんな彼女を見送った。
(しっかし………わかんねーな、女って………)
マサヒコにしてみれば―――アヤナの告白も、アヤナとミサキの再会も、アヤナの今日の発言も。
全てが、自分の思考の許容範囲を超えてしまっているものだった。
なぜ、アヤナは自分のような平凡な人間に好意を抱いたのか。
マサヒコの恋人であり、アヤナにとって親友であるはずのミサキに、なぜそれを告げたのか。
そして――いくら人手不足とはいえ、なぜ、そのミサキに学園祭に来るようにわざわざ言ったのか。
全て、訳の分らないことだらけだった。
(もしかして、若田部、オレのことを好きだっていうのも、冗談で………なんてな)
§
都合の良い希望的観測を思い浮かべてつい苦笑してしまうマサヒコ。
しばらくアヤナの部屋でボーーーーーッと彼女が戻るのを待っていた。
(?にしても………お茶の準備にしちゃ?)
たっぷり30分近くは待たされて、さすがに心配になってきたマサヒコだが―――
「お待たせ、小久保君」
「いや、別にそんな……え?」
アヤナを一瞥したマサヒコは、驚いて目を剥いた。
「ミルク入りで良いのよね、小久保君?」
顔を赤くしてそう言うアヤナだが、マサヒコはあんぐりと口を開けたままだ。
なぜなら、そこには―――エプロン一枚だけの、アヤナがいた。
そう、いわゆる裸エプロンの状態でアヤナはティーポットと、ティーカップを用意しようとしていた。
「………?わわわ、若田部ッ!!!お前、そそそ、そのカッコ!」
「砂糖は、要らなかったよね?小久保君」
ようやく我に返り、マサヒコは慌ててアヤナを詰問する。
しかし顔こそ赤くしたままだが、アヤナはごくごく普段通りの会話を続けていた。
「だだ、だからぁ!」
訳が分らないままマサヒコはほとんど叫ぶような声でアヤナに更に問い質そうとするが――
「ズルイのよ、小久保君は」
アヤナは俯くと、ぽつり、と一言、そう漏らした。
彼女の発する静かな迫力に、マサヒコは言葉を呑み込むしかなかった。
「私が勇気を出して好きだって言ったのに、いつまでたってもあなたは何も言ってくれない。
好きだとも、嫌いだとも、何も。天野さんに私があなたに告白したことを伝えたのは、
あなたにイライラしたのもあるけど……私が本気だってことを宣言したつもりだったの」
「…………」
「分る?私にとって、天野さんは一番のライバルで、一番の親友なの。
だから……陰でコソコソしたくなかったのよ。あなたのことが好きだっていうことを、
もうこれ以上隠しているのが嫌だったの。自分の感情を殺したまま、中途半端に引きずったまま、
友達でいられないと思ったから。そっちの方が、自分にも……天野さんにも、
嘘をつくことだって………最低なことだって、そう思ったから」
アヤナの目は、真剣そのものだった。その気迫にマサヒコはすっかり圧倒されていた。
しかし、そこはツッコミマスター・マサヒコ。弱りながらも、一応の技は繰り出す。
「あのさ、それは分ったし、悪かったけど、なんでそのカッコなわけ?
そのあたり、正直訳が分らないんだけど」
「…………グッとこない?」
「は?」
「お姉様に男の子が、えっと……一番グッとくるカッコは?って聞いたら、あの……
は、裸エプロンに勝るものはないって………そ、そういう話だったんだけど」
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
(あああああああああ、あのメガネええええええ!!!!!!!!!!!)
卒業以来久しぶりに中村へ全力のツッコミをかます(あくまで心の中で、だが)マサヒコ。
「グッと……こないんだ………私がここまでしてもダメってことは、
やっぱり小久保君、私のことなんて………う、うぅッ」
だが、アヤナとは言えばいきなり悲しげな表情になると目尻に涙を浮かべ………
今にも泣き出しそうな顔になってしまっていた。
「わ!待て、若田部!」
そんな彼女の様子を見て、放っておけないのが天然フェミ男・マサヒコである。
泣きかけのアヤナに慌てて近づくと、必死で言葉を続けた。
「あのな、グッとくるとかその、意味がイマイチわかんねーけど。
若田部はそんなカッコしなくても十分美人だし、別に泣くことは」
「うッ………だって、だって。恋愛のことなら百戦錬磨のお姉様が、
どんな男でも裸エプロンの女の子を見れば100%グッとくるって言ってたのに。
実際、豊田先生だってどんなに仕事で疲れていても裸エプロン見ると元気になるって」
「………お前は中村先生に毒されすぎてると思うぞ」
「??」
知りたくもない中村&豊田の性生活の実態を聞かされ、げんなりと疲れてしまうマサヒコ。
§
アヤナはまだ半泣きのままだが、マサヒコの言葉の意味を掴みかねているのか、
頭に疑問符を浮かべて不思議そうな表情だった。そしてそんな彼女の様子を見て――
(グッとこねーわけ、ねーじゃん………)
そう、いくら仙人マサヒコといえど、実は先ほどから既に非常に危険な状態になっていたのだった。
なにせスタイル抜群の、あのアヤナの裸エプロンである。
さきほどから彼女が涙を拭おうと手を目元に動かしたり、体を動かすたびに、
豊かに盛り上がった乳房がエプロン越しにぷるぷると揺れ、
しかも幸か不幸かエプロンの布の生地が薄いために、乳首がくっきりと浮き立って――
マサヒコは、目のやりどころに迷うどころではなくなっていた。
(イカン…………このままでは、イカン)
常人ならば既に欲望がスパークしていてもおかしくない状態だが、
自制心を120%増しに活動させ、マサヒコはアヤナに向き合った。
「あのな、若田部。オレは、お前のことが、好きだよ」
「!」
「ずっとさ、思ってた。この子は、オレらなんかとは住むとこの違う子なんだって。
きっと……十年か、それくらい後に出会ったら、話しかけることさえできなくなるような、
そんな女の子なんだって。正直、あの頃……いや、今でもオレはそう思ってるんだ」
「………そんなこと」
「覚えてるか?三年の頃の、人気投票の話」
「?あ、男子の体育が自習になったときに女子の人気投票をして、
後で豊田先生に怒られたって、その話?」
「ああ。聞いているかもしれないけど、お前、ブッチギリで一番人気だったんだ」
「でも本当は、それ、違うよ。私、中学の頃は一回も告白されたことなんて」
「分るんだよな」
「?なにが?」
「怒らないで聞いて欲しいんだけど……若田部ってさ、どっか憧れの存在なんだよな。
だから告白することも、迷っちゃうっていうか。お前に惚れてた奴は、やっぱりいっぱいいたと思うよ。
でもな、お前はやっぱり特別なんだよ。だから、みんな」
「………あなたも?」
「え?」
「小久保君も、そうだったの?私のことを………そんな風に、思ってたの?」
「ああ。なんて言うかさ。オレはお前のこと、普通に友達だって思ってたけど。
でもオレがお前と普通に話してんのを、みんなはすごく羨ましそうに見てたんだよな。
それにあるとき気付いて……オレ、お前はやっぱり………」
「どうして?ねえ、小久保君。私だって、普通の女の子だよ?
生理にもなるし、汚い話だけど病気になれば吐いたりするし、下痢になったりするよ?」
「お前の言うことも分るんだけどさ。でも」
「それに………するよ?小久保君のことを考えて、は、恥ずかしいことも」
「は??????」
「するの………昨日も、したし。あなたのことを思って。本当は……さっきも、
作業をしてた小久保君を見て、我慢できなくなって……トイレで、しちゃった」
「???あ!」
アヤナの言わんとすることをようやく悟り、仰天するマサヒコ。
しかし彼女は顔を真っ赤にしたまま、なおも続けた。
「あなたに、ずっと避けられてて、私はすごく悲しくて、寂しかったの。
………でもね、それなのに、なんでか分らないんだけど、すごく、え、エッチな気分になったの。
昔お姉様にそういうことのやり方を習って、したこともあったんんだけど、
そのときは全然気持ち良くなかったのに……あなたに冷たくされてるのに、私、
なんだかヘンな気持ちになっちゃって……それで、ぬ、濡れて来ちゃって………
我慢できなくなって……学校のトイレでするなんて、恥ずかしくて、もし見つかったらと思うと怖くて。
でも凄く興奮しちゃって……しちゃったの。あなたのことを考えて。それも、何度も、何度も。
本当は……さっきキッチンに行ったときも、我慢できなくなっちゃって……したから、ホラ」
アヤナはそう言うと―――両手でエプロンの裾をつかみ、ゆっくりと下から捲る。
「わ、わかた、べ………」
制止することもできず、ただ呻くように呟いてマサヒコは彼女の動きを見つめた。
§
ミサキの静脈が透けて見えるほどの白さとは違う、健康的なピンク色の肌。
恥じらいゆえか、裸の下半身はほんのりとさらに赤く色づいていた。
そして髪の毛の色と同じ、紅茶色の恥毛がふわりと中心に生い茂っていた。
“ごくッ”
マサヒコは、思わず唾を飲み込んだ。喉が、カラカラに渇いていた。
はっきりと分るくらい、アヤナの恥毛には透明な滴がまとわりついて光っていた。
「濡れてるでしょう?小久保君、私……」
「だ……ダメだよ、若田部」
「濡れてるのは……あなたのことを、考えていたから。あなたの腕に、抱かれることを。
あなたの唇で、キスされることを。あなたの指に、触れられることを……」
裾から手を離すと、そう言いながら胸元に手を乗せてアヤナは目を閉じる。
その表情は、しかし、決して淫猥なものではなかった。
むしろ―――神への、敬虔な祈り。そんな表情のようにマサヒコには見えていた。
「あなたに、触れられて……あなたに、愛されることを思って、
私は毎日のように、自分を慰めていた。それが終わった後、虚しくなるってことが分っていても。
こんな風に、あなたのことだけを思って………私は」
“くちゅ………”
アヤナが、右手の指先を自分の茂みの中へと這わせる。そこから、小さな、湿った音が漏れた。
「わ、わかた、べ」
“くちゅ……ちゅ”
マサヒコが凝視していることにも構わず――いや、むしろ彼の視線を意識して、
気持ちを高ぶらせながら、アヤナは茂みの中の泉を掻き混ぜ続けた。
「あ……毎日……毎日。あなたに、避けられていても、止められなかった。
時には、あなたと天野さんが、愛し合っている場面を想像して、うン……こんなことをしていた。
私は……住むところの違う、女なんかじゃない。憧れの存在でもないし、特別なんかじゃない。
あッ……ただの、女なの。ホラ、見てよ、小久保君」
アヤナが自分の中から指を抜き取ると、手のひらを広げてかざしてみせた。
「…………」
呆然と、マサヒコはそれを見た。アヤナの指先には、べったりと半透明の愛液が付着していた。
部屋の灯りに反射して、それは鈍い光を放っていた。
「見てよ………小久保君」
アヤナはひどく淫靡な笑みを浮かべて―――人差し指と親指をくっつけたり、離したりした。
そのたびに、指と指の間にねっとりとした糸がかかり、にちゃにちゃとしたいやらしい音が響く。
「これ……これがね、あなたのことを考えるといつも……私のあそこから出てくる、恥ずかしい液」
そしてそのまま――
“ぷちゅ………く、くちゅ”
指先を自分の口元へと運ぶと、うっりと、淫蕩な微笑みを浮かべたまま、それを口に含んだ。
「あ…………」
マサヒコは何も出来ず、ただ彼女を見つめることしかできなかった。
目の前の出来事が、信じられなかった。
あの、誰よりも潔癖性だったアヤナが、茂みの中から愛液を掬って口に含み、
くちゅくちゅと口の中で転がしている。―――どうしても、信じられなかった。
(夢……?これは、夢、なのか?)
「夢じゃ、ないよ」
マサヒコの思考を読んだかのように、アヤナが囁いた。
「これは、夢じゃない。あなたが、いる……小久保君……」
潤んだ目でアヤナがそう言うと、エプロンを脱ぎ去った。
「あ…………」
ふるり、と豊かに実った大きな乳房が目に飛び込んできた。
先端には、赤く色づいた、ぽっちりと小さな乳首。きゅっと絞られたウェストライン。
健康的に肉づいた両の太腿の間に咲く、薄い色素の茂み。
言葉を発することすら忘れ、マサヒコはアヤナの裸体を見つめていた。
「夢じゃないよ………ホラ」
アヤナがマサヒコの手を取って自分の乳房の上にのせた。少しだけ、汗の冷たさを感じた。
どくっ、どくっ、と心臓が脈打つ音が、手のひら越しに、聞こえた。
§
「私は………ここにいる。あなたが………ここにいる。これは、現実だよ。小久保君」
そう呟いた後、アヤナはマサヒコの手を自分の口元に、寄せた。
“ちゅ………ぴちゃ”
そして愛おしそうに口に含むと、舌先で絡めるように――マサヒコの指先を、舐め続けた。
(あ……あ………わかた、べ………)
舐められているのは、指先のはずだった。それは、分っていた。
しかし、指先を舐められるたび、マサヒコはびりびりと痺れるような快感に貫かれていた。
ペニスを舌先で嬲られているような、弄ばれるような、錯覚。
ミサキにフェラチオされたときよりも、遙かに強烈な快楽だった。
“くちゅ………きゅちゅ”
舐め続けながら、アヤナは左手を自分の茂みの中へと潜らせ、潤んだそこを掻き混ぜる。
「小久保君………舐めて……私の、恥ずかしくて、エッチな……」
そして、指先に付着したそれを、広げて見せた。
先ほどより、それはずっと、湿り気を帯びて――ずっと、濡れているように見えた。
「………………」
「いや?私のを、舐めるの」
“ちゅぷ”
マサヒコはアヤナの言うがまま、彼女の愛液でべっとりと濡れた指先を口に含んだ。
ほんの少し、塩の味が口の中に広がる。
「嫌なんかじゃない………若田部の、指………可愛い」
「舐めて………それは、私の、だから………私、だから」
“ちゅぷぅ……るぅ”
“くっちゅ、ぷちゅ……”
ふたりは、取り憑かれたように互いの指を舐め合う。
やがて指先は、唾液でまみれてふやけてしまうほどになったが、ふたりは、なおも舐め続けた。
““くっぷ………”“
どれくらいの時が過ぎただろう―――ようやく舐めるのを止め、ふたりは、見つめ合った。
「小久保君………私を……愛して、ください………」
「………いいのか?若田部」
「いいの。小久保君になら、全部……私の、全部……いいから」
マサヒコには、まだ恋人であるミサキへの背徳感が消えたわけではなかった。
(オレは………若田部が………)
だが、マサヒコは自覚していた。ここまで、迷ってきたのは。
アヤナを傷つけるのが、怖かったからでも――
アヤナとミサキの友情が、壊れてしまうのをためらったからでも――
本当は、どれでも無かった。マサヒコは、ただ、怖かったのだ。
――自分の感情に、正直になることが。
――アヤナのことを、友人以上だと思っていたことを、認めるのが。
(オレは………オレは、本当は、若田部のことを……)
「好き………私は、あなたが、好きだから。ここで……いま………」
アヤナが、抱きついてきた。マサヒコは、生まれたままの姿の彼女を受け止める。
柔らかな、重さ。アヤナの、体温。伝わる、鼓動。
至近距離に、赤く、熱っぽい表情のアヤナ。無言のまま彼女は、
“ちゅッ”
マサヒコに、キスをした。唇の熱さを、感じた。体温より、明らかに熱かった。
「好き……小久保君。私は……ずっと、あなたが好きだった。
あの、金魚をもらった日から。あなたの家の玄関で、押し倒されたときから。
足を挫いたときに、保健室に連れて行ってくれたときから。ずっと……」
「若田部……オレも、好きだった」
「………本当に?」
「すごく……キレイな子で、頭も良くて、みんなの憧れの存在だったけど、
オレはお前と一緒にいると、楽だったし、面白かったし。でもそれだけじゃなくて、
なんて言うか、ミサキや、的山や、濱中先生と違って、ちょっとドキドキする感じもして……」
「私も………小久保君と一緒にいると、楽しかった。それに、私も同じ。ドキドキしたり……
他の男子とは……そんな気持ちになったこと、なかった。あなた、だけだった」
§

ふたりは、再び見つめ合った後、
“ちゅッつッ”
唇を、重ねた。互いの体温を混ぜて、同じ温度にするかのような、長いキス。
“くぅッ……つちゅぅ”
音がたつほど、唇を吸う。口内に、舌を挿れる。舌と舌を、絡める。
ざらざらとした、舌の表面の感覚。柔らかくて、ねっとりとして、熱い。
「は……んッ。こくぼ、くぅん……」
キスを続けながら。舌先で、マサヒコの唇を舐めながら。
アヤナがもどかしそうにマサヒコのブレザーを脱がす。
無言で頷いたマサヒコは、ブレザーを、ワイシャツを、脱ぎ捨てた。
ベルトに手をかけてパンツのジッパーを下ろし、トランクスも脱いで全裸になった。
じっとマサヒコの仕草を見つめていたアヤナだが、ふっ、と可笑しそうな表情を浮かべる。
「………?」
「…………ふ、ふふ」
「?どうした、若田部」
「いまさらだけど。ふたりとも裸って、なんだか、恥ずかしいね」
「まぁ、な……」
「恥ずかしいのに、嬉しくて、可笑しくて……不思議だね」
(可愛いな、若田部……)
今更のように、マサヒコは思った。今のこのシチュエーションとは全くそぐわないが――
小さくて恥ずかしげな笑顔は、無邪気な少女のような微笑みだった。
“ぎゅッ”
マサヒコは、アヤナを強く抱きしめた。柔らかな乳房が、自分の胸元を押し返すのを感じた。
「若田部、オレは、後悔しない。もう、後悔、しない。
多分、オレがこれからすることは、最低で、格好悪くて、最悪なことなんだ。
でも、オレは……やっぱり、お前が好きだ。だから、オレは」
「いいよ……あなたは、最低でも、格好悪くても、最悪でも、小久保君だから。
私が……好きに、なった人だから。好きになってしまった、人だから」
それ以上、言葉は要らなかった。
“っちゅ……ちゅ”
軽くキスをした後、アヤナの頬にもキスをした。そのまま、舌先を、首筋に這わす。
「あ…………」
小さく、アヤナが震える。汗が、分泌されるのを間近で見る。
“つ、つ〜〜〜〜”
「ふ……きゃ………ぁあ、うぅん……」
首から鎖骨のラインを、跡を付けるように、舐める。
震えが、少しずつ嗚咽に――快楽を忍ぶ声へと、変わるのを確認した後。
“ちゅぅうううッ”
「?!W#?きゃ、きゃああああッ!」
耳の裏を、舐めた。弱点への不意打ちに、思わず悲鳴を上げるアヤナ。
「ココ、やっぱ弱いんだ、若田部?」
「やだ……お、覚えて……たの?」
「うん。あんときの若田部、びっくりするくらい可愛い声出したから」
「馬鹿………あのときも、言ったのに。力、抜けちゃうって」
「でも、マジで可愛い声だったよ?若田部。だから……」
「あ!や!ひゃんッ………」
耳の裏から、耳の周りを、舌先で、舐める。唾液を彼女の肌に、馴染ませるように、舐める。
「ひゃ………。馬鹿ッ!……あ……きゃッ!」
耳を責められて身悶えするアヤナがたまらなく愛おしくなったマサヒコは、
思わずアヤナの耳をかぷり、と口の中に含んでいた。
小さな耳は折り畳まれるように、マサヒコの口中に半分近くすっぽりと納まってしまった。
“くちゅ………ぷちゅ”
しつこいくらいに、舌先で口の中の耳を、舐める。嬲る。
少しだけ、固いところを。柔らかいところを。耳の溝を。べとべとになるまで、舐める。
「はぁ!はッ!やだ……ダメえ!小久保君、ば、馬鹿ぁ〜〜〜!」
§
弱々しい罵倒の言葉とともに、アヤナの体から力が抜けたのを、マサヒコは感じた。
(え………?まさか、こんだけで?)
真っ赤になって、上気しきった顔。くたっ、と脱力した、表情。潤んで焦点が合わない、瞳。
それは、完全に―――彼女が、達してしまったことを、マサヒコに伝えていた。
「あの……若田部?」
「………弱いって、言ったのに……」
「ご、ゴメン……でも、そんなに弱いって思わなかったから」
「謝ったって……ダメ!今度は、私の番!」
「え?お、おい!」
ふざけたようなふくれっ面をつくると、アヤナが覆い被さってきて、馬乗りに近い状態になった。
(お……おお、ちょっと、若田部……)
見事な美乳が至近距離でたぷたぷと揺れる絶景を堪能するマサヒコだが、
アヤナはちょっと冗談っぽく、微笑んだ。
「私も、今思い出した」
「??へ?何を?」
「小久保君の……弱点」
「へ?わぁッ!ちょい、ストップ!若田部!」
“つぷッ”
アヤナがマサヒコの腋の下に頭を潜らすと、強く、吸い出すようなキスをしてきた。
くすぐったさと共に襲ってくる、ぞくぞくとした快感に思わず身を捩るマサヒコ。
「えへへ〜〜〜ワキ、弱いんだよね、小久保君?」
「う………ゴメン若田部、さっきのは謝るから」
「ダメよ。私だけイジメて……これで、あいこなんだから」
“つくぅ〜〜〜”
「!〜=%&あ、あひっ……」
舌先をすぼめて突起のようにして、マサヒコの腋から脇腹を、舐める。
ほとんど贅肉のついていない、痩せて硬いそこを、丹念に舐める。
途中でとんとん、とリズムを取るように、つつく。そのたびに、
「ひ……ひゃあッ!」
マサヒコが、甲高い声を漏らす。その様子を、アヤナは悪戯っ子のような表情で見つめていた。
(感じてるんだ………可愛い、小久保君)
“はぷ……”
腋の下にうっすらと生えた毛を、愛おしく思いながら口に含んだ。
鼻腔に、マサヒコの汗の薫りが満ちる。唾液で浸すように、腋の毛を舐める。
「や……ひぃッ!マジで、無理………ぎ、ギブだって、若田部ぇ!」
「うふ〜〜♪可愛い声出すのね、小久保君」
「も、もう勘弁してくれ、マジで、若田部」
「うふふっ♪ね?小久保君ってドMだよね」
「………いきなりそんなこと言われても」
「で、ちなみに私はかなりのSなの。だから、あなたがそんな顔してくれると……」
“ぷつッ”
「は、はひゅうッ!」
腋の窪みに激しく吸いつくようなキスをするアヤナ。マサヒコの反応を、たっぷりと楽しむ。
「すっごく、ゾクゾクしちゃうの。うふ、でも、本当にあなたって女の子みたい♪」
「だ、だから、わ、わかたべ……止めてって」
情けなく懇願するマサヒコだがそんな姿は完全に逆効果で、
“つっ”
アヤナのS魂に油を注いでしまうだけだった。脇腹に、強いキス。
そこから、舌先でちろちろと肋骨の線をなぞるように舐める。
「う………ひ……ひゃ、ええ?」
そしてそのままマサヒコの胸に顔を埋めると、マサヒコの小さな乳首を、吸った。
「男のひとも………ここ、感じるの?」
「?!?だ、だから、若田部、もう、マジでオレ、ギブ」
「うふ。可愛いんだから、小久保君♪それに、ギブって言ってる割には……」
「!!!あひ……」
§
アヤナの指が、マサヒコの股間をまさぐる。少しぎこちなく、ペニスに触れる。
先ほどからの彼女の口撫によってそこは、既にガチガチに固くなってしまっていた。
「こんなになっちゃうんだ……男のひとのって………」
「て言うか、お前だって確かお兄さんがいたから、その、こういうの見たこと」
「?ううん……年が離れてたから、あんまり、えっと……ふうん、でも、本当におっきくなるんだ」
「!ひ?!ば、馬鹿止めろって、若田部」
アヤナは興味のおもむくまま、すりすり、と根元からマサヒコのペニスを撫でた。
それは、アヤナの愛撫に反応してぴくぴくと震えるように動いた。
(ふぅん………男のひとのって………思ったより)
想像ではもっとずっとグロテスクなものだと思っていた。しかし実際に目の前にしてみると――
それは、ちんまりとした肉の塊のように、見えた。
それは、なんとなく情けなく、なんとなく可愛らしいものだった。
(えっと……これならお姉様に習ったとおり、で、できるかな?思ったより、き、汚い感じじゃないし)
「?あのさ、若田部。ブツブツ言ってるんなら、もう止めてくれな……えええ??」
“あむ………”
アヤナが頭をマサヒコの下半身へと移動させると、なんの予告も無しにそれを、口に含んだ。
突然のアヤナの行為と、彼女の口内の温かさに驚愕するマサヒコ。
「んッ………ひもち、いい?こふぼくん」
口に含んでいたペニスをいったん離して、上目遣いで問うアヤナ。
潤んだ瞳と興奮のためか赤く染まった目元が、たまらなく色っぽかった。
「い、いや、その気持良いとか悪いとかそれはどっちかと言えばその、気持ち良いんだけど、
ってそんなことじゃなくて!!!お前、いきなり、なな、何を」
「ん?ごほーしぷれー?って、言うのよね?」
「?はぁ?」
「お姉様に、習ったの。ご奉仕プレーって」
(!!!!!メガネ、アンタはいったいどこまで!)
アヤナと中村の珍妙な師弟関係は、帰国後も全く変わらないようだ。
その事実に改めて激しく脱力するマサヒコだが。
「それで、私なりに猛練習したから……ごほーし」
“ちゅぷぅく”
「@$#お、おお!!」
アヤナが一気に、奥深くまでペニスを飲みこむ。
喉奥のぬるり、とした柔らかな感触に思わず声をあげるマサヒコ。
「ん……っん………ん、ぷきゅう……」
“ぬ……ぬるっ〜〜ぅるぅ〜〜”
ゆっくり、ゆっくり、呑み込みを浅くしていく。
浅くしていきながら、ペニスの裏側を舌先で添わすように舐める。
亀頭だけを口の中に残して、包皮の周辺をなぞるようにちゅぷちゅぷと吸う。
「あ……わ、わかたべ……」
抵抗することも忘れ、マサヒコは目を閉じて快楽に身を任せていた。
(あ……ああ……すげえ………これ……わかたべの口の中で……オレ)
ペニスの先から、自分自身がとろり、と熔けるような錯覚。
アヤナが舐め、くわえ、吸うたびに、マサヒコの爪先がぴくッ、と小さく反応する。
「ん……ひもちいい?小久保君」
「あ……ああ。き、気持いいよ。凄く……」
「えへ、良かった。お姉様に教えてもらって、バナナのオモチャで一生懸命練習したから」
(それは………どうかと思うけど)
ツッコミどころ満載のアヤナの発言に心中そう呟くマサヒコだが、
無邪気なアヤナの笑顔になにも言えなくなってしまうのだった。
“ちゅ………ちゅる〜〜〜はむッ”
「わ!ぉおおお!ちょ、若田部、すす、ストップ!」
脱力しかけたマサヒコだが、肝心のそこは全く脱力していなかった。
練習の成果か中村の指導の賜か、ビギナーと思えぬほどの見事な口技を繰り出すアヤナに、
今にもノックダウン寸前になってしまい、慌てて彼女の頭に手をのせる。
「んにゅ?あ、ごめんなさい。今の痛かった?」
§
「いや、痛くはないけど……その、ムチャクチャ気持ち良かったけど……
あの若田部、その、オレもうそろそろ限界で」
「?別に口の中でしても良かったのに」
「だ、だからそんなの、汚いだろ?」
「?だって、飲むんでしょう?こういうとき」
「………そうと決まったわけじゃ」
(はぁぁぁ………これもどーせメガネの仕込みなんだろうが)
今日何度目かの脱力感にぐったりとなってしまうマサヒコだが――
(………天野さんは、飲んでくれないのかな?)
アヤナはそんな彼のことをじっと見つめ、勘違い気味のジェラシーを抱いてしまうのだった。
“かぷッ”
「!`〜Φ!いい?若田部?」
勢いよく、アヤナが再びペニスをくわえた。ちょっと怒ったような、上目遣いでマサヒコを見る。
「んぐ……らして、ろくぼくん」
「はひ?」
「出して。私、飲むから」
「だ、だからな、きたな……」
「嫌。小久保君のだから、汚くない。私……飲みたい」
“ぢゅぷッ!ぷじゅッ!!ぷぅちゅう!!!”
一気に、アヤナは勢いを早めた。強く、吸う。舌先で、ペニスを掬い上げる。
白く滑らかな指先で、フクロを揉んで、刺激する。
「@$!ど、あ……や、やめ、わかた……あ、あああ!!!」
“びゅぐッ………どぷ、ずびゅうッ”
抵抗も虚しく、あっさりとマサヒコはアヤナの口内で射精してしまっていた。
小さく腰を震わせ、快感に酔うように、何度も、何度も、ペニスから精を吐き出す。
(ああ……やっちゃった。若田部に……飲ませちゃったよ、オレ)
ミサキには、まだ一度も飲ませたことがなかった。これが、初めての体験だった。
「んっ!んくッ!!………んうう……」
“こくッ、こくッ”
喉を鳴らして、アヤナはマサヒコのペニスから迸る精液を飲んでいた。
(あ……すごい、生ぐさい。でも、これが……小久保君の……精液)
美味、という類のものでは当然無かった。
生まれて初めて味わうそれからは、少しの苦みと、しょっぱさと、何とも言えない生臭さを感じた。
“こくっ………く、ずぅ、ちゅうううううぅ……こくん、ごく”
吐き出さないよう、必死にアヤナは飲み続ける。ペニスから、搾り取るように、吸い出す。
“ぴゅ………ぷ”
何度も続いたマサヒコの射精は、やがて、ようやく終わろうとしていた。
“ちゅぷ………”
勢いを失い、だらりと柔らかくなったペニスから、やっと口を離すアヤナ。
「は………はぁッ……こくぼ……くん」
真っ赤に興奮したアヤナが、譫言のように呟く。つるッ、と口の端から精液が、漏れる。
それに気付いたアヤナは、慌てて舌先でちゅるり、とそれを舐め取る。
「わ、若田部……だから、そんな……お前、無理して飲まなくても……初めてなのに」
「熱い……小久保君。熱いよ……すごく……」
こくり、と口の中に残った精液を飲みほす。普段のキリリ、としたアヤナではなく、
どこかとろん、と焦点のぼやけた瞳がたまらなく色っぽかった。
「ゴメン……不味かったろ?」
「ううん。美味しい……小久保君の、せいえき。ねえ……気持ち良かった?、私のごホーシ」
「あ、ああ」
「私……したい。もっと」
「若田部……でも、あの……そんな、すぐには、その、男の事情ってもんが」
「?」
射精し終わったばかりであり、すぐに回復するわけには、と言ったつもりなのだが。
そのへんはアヤナも初めての体験であり、マサヒコが含んでいるところが理解できず――
きょとん、と不思議そうに彼を見つめるしかなかった。
§
「えっと……じゃあね」
「?え?きゃあ」
マサヒコがアヤナを抱き寄せ、乳房に顔を埋めた。
柔らかく、大きな乳房から、ほのかな汗の匂いと、甘く青い薫りがした。
「可愛い……若田部」
「やだ……いきなり、恥ずかしいよ、小久保君」
「キレイだよ。やわらかくて、おっきくて、いいにおいで」
「あの……小久保君、ヘンなこと、聞いてもいい?」
「なに?」
「………大きくない?私の」
「?若田部の胸は、確かに大きい方だと思うけど」
「ううん。違うの。その……わ、私の、ち、乳首、大きくない?」
「?あ、もしかして気にしてんの?」
恥ずかしそうに、アヤナがこくん、と頷く。
「ふぅん……そうなんだ?」
改めて見ると、確かにアヤナ本人が気にしているとおり、少し大きめの乳首だった。
乳首だけでなく乳輪も大きめなのだが、なにせ乳房そのものがあまりに豊かなので、
バランス的に乳首だけが大きすぎるとは感じなかった。
「やん。ダメえ……そんなにジロジロ見ないで」
思わず両手で胸を隠してしまうアヤナだが、
高校生になって更にサイズを増した彼女の乳房は思いっきり手のひらに余るわけで。
「いや、見ないと分かんないし。それにあんま隠れてないし。でも、そんな大きくは無いと思うよ」
「……ホント?」
「うん。だから……」
“ちゅッ”
「あン!」
アヤナの手をどかせると、マサヒコが乳首を口に含んだ。
ぽってりと熱を帯びた小さな果実を、軽く吸い出す。
「気にすること無いよ、若田部。ココもすごく美人だし」
「やん。乳首に美人なんて、ないでしょ?」
「いや、でも、なんて言うか、若田部の乳首は、大丈夫だよ。可愛くて、美人だって。ホラ」
“ちゅッ、ちゅう〜〜……かに、ぴにっ”
「あ……やン……」
先ほどのフェラチオのお返しとばかりに、マサヒコがアヤナの乳首を吸う。
指先で、摘んでみる。ぴちぴちと、指の腹で弾く。唾液をたっぷりと含ませて、舐める。
ふにふに、と張りがあって大きな乳房を揉む。舌先で、ちろちろと突く。
「あ………ふぁぁ……」
「どう?若田部」
「く……ん……ンンッ、ど、どうって……く、くすぐったい」
「くすぐったい……だけ?気持ち良くない?」
「わ、わかんないよぉ……」
恥ずかしくなってしまったアヤナは手で顔を隠していやいや、と左右に振った。
(可愛い……若田部)
大きな胸がアヤナのコンプレックスなのは、中学生の頃から本人から聞いていた。
心優しいマサヒコは彼女の気持ちを思って、なるべくそこを責めないように我慢していたのだが。
いったん愛撫し始めると、ブレーキが効かずに止められなくなっていた。
“くつ……かにぃ、れろ、くりゅうぅ〜〜〜”
丹念に舐められ、転がされ、吸われた乳首は赤っぽく腫れ、ぷっくりと勃ちはじめた。
夢中になったマサヒコは、かにかにと甘く、そこを、噛んだ。
「ふやぁ……きゃあン……噛んじゃ、ダメえ………」
言葉では抵抗するものの、それはひどく弱々しいだけで―――
逆に、マサヒコの加虐心を刺激してしまうのだった。
“ちゅッ……かむ、かむ、ふみゅ、むにゅ”
しつこいくらいに、アヤナの乳首を責め続けるマサヒコ。そのたびに面白いように彼女は反応し、
背をのけ反らせ、震え、おおきな乳房には玉の汗が浮かび始めた。
§
(胸の大きい女の子は感度が悪いって………嘘なのかな?)
某思春期漫画の兄とは真逆の感想を抱きながら、マサヒコはアヤナの中心に左手を伸ばす。
“すッ”
「あ………」
見せつけるようにしていたオナニーのときから、既にそこが湿っていたのは分っていた。
直接触れると、薄く生い茂った恥毛がしっとりと指先に絡みついてきた。
“くちゅ………”
「あ………はぁ」
確認するように。緩く閉じられた裂け目の筋を沿うように。指を、這わす。
小さな声が口から漏れて、アヤナのからだがぶるぶるっ、と震えた。お尻にきゅっ、と力が入る。
口の中に、左の乳首を含んで転がしながら。指先で、右の乳首を弄りながら。
彼女の繊細なそこを傷つけないよう、優しく、なぞるように。何度か左の人差し指を往復させた。
「ン………い……ふぁ……」
「痛くない?若田部」
「だ………大丈夫。気持ち……いいよ」
恥ずかしさと快感に耐えるアヤナの表情を見つめたマサヒコは、
“くちゅう………じゅッ”
「あ!」
一気に、人差し指を裂け目の中に、挿れた。
(あ………若田部の、中、あったかい………)
そこは、明らかに、体の温度よりも、ぬるくて、ねっとりとしていた。
“くにゅ”
「ふいぁん………あ……」
中指も、挿れた。二本の指先を折り曲げるようにして、少しだけそこを広げてみる。
アヤナのからだが、一瞬だけ硬くなった。脚の爪先が伸びて、また弛緩する。
“くちゅッ………くちゅ、ちゅじゅ、ぢゅ”
なでるように――ひろげるように――ほぐすように――ただ、マサヒコはアヤナの中心を、愛した。
「あ………あンぅ……あはぁ……うン……」
初めはぎこちなかった反応も、繰り返しマサヒコに責められるたび、
少しずつ艶やかなものに変化していった。そして中心から、染み出るように、愛液が滲む。
“くちゅッ、ちゅ、ぢゅっ”
柔らかく濡れていたそこは、マサヒコの指先に優しく嬲られて、歓ぶように、小さく、蠢く。
「あぁ……こ……くぼ……ひゃん!……くぅん……」
言葉も切れ切れに、アヤナが喘ぐ。きゅッ、とマサヒコの肩を掴んで、ふわあ、と息を吐く。
(若田部……濡れてる。なら、もう……いいかな?)
流石に若さというものか、彼女の艶姿を見て、マサヒコのペニスはしっかり回復していた。
いったん愛撫を止めて指を引き抜くと、マサヒコは――
“ちょこん”
「!!!」
ペニスの先を、アヤナの裂け目に、触れるように押しつけてみせた。
突然の感触に、驚いて目を見開くアヤナ。
「あの………若田部?もう、大丈夫?」
「う……ウン」
不安そうに、嬉しそうに、愛おしそうに、アヤナが頷く。
「あの……でも、小久保君、その前に……もう一回」
目を閉じて、ねだるように唇を突きだすアヤナ。マサヒコはにっこりと彼女に微笑んで―――
“ちゅッ”
唇を、重ねた。そして、ふたりは、もつれるように、絡み合う螺旋のように、抱き合った。
アヤナは、マサヒコのからだに齧り付いた。マサヒコのからだから伝わる、体温。
喜びを感じた。ゆるやかな、恐怖も。しかし、それはどちらも―――
自分自身が、ずっと、ずっと待ち焦がれてきたものだということを、彼女は知っていた。
「私は………ずっと、ずっと、待っていたの。アメリカに行ってからも。帰ってきてからも。
ううん。違う。あなたと……出会ってから、ずっと。待ってた。あなたの……ことを」
「………若田部」
ふたりはもう一回、強く抱き合ってから、少しだけ、離れた。
§
マサヒコが、ペニスの先端を敏感な裂け目に触れさせる。ぴくん、とアヤナのからだが震えて強ばる。
既に先ほどから続けた愛撫で、そこは充分過ぎるくらい、潤い、柔らかくなっていた。
「少し……我慢してね?若田部」
「は……はい」
“ち……くち、ぷちちち……”
「あ……う……あ……」
開きかけた裂け目をなぞるように、ペニスの先端を挿し入れていく。
アヤナの口から、痛みと羞恥に耐える、喘ぎ声が漏れた。
(うわ……あったかい……若田部)
思ったよりもずっと滑らかに先端が入ったことに安心しながらも、
マサヒコは熱くぬかるんだアヤナの感触に、思わず溜息を吐いた。
「あ……はい……ったの?小久保君」
「まだ、先の方だけだけど……入ったよ。大丈夫?」
「少しだけ、痛いけど。でも……大丈夫」
「じゃ…………ちょっとずつ、深くしてもいい?」
「………うん」
“ぐ……ぐぅち……ずち……”
「あ!ああッ……う、うあッ!」
少しずつ、少しずつ、マサヒコはアヤナの奥へと侵入していった。
途中、少しだけ侵入を阻むような、固いなにかを感じた。
“ち……ち……ずるッ”
「う……ぅあん……あ、いた……痛ッ!ああ」
行く手を阻むそれを押し破ろうと何度か試みるが、
そのたびにアヤナの顔が苦痛に歪むのを見て、マサヒコは躊躇していた。
(えっと……ミサキのときは………)
過去の唯一の経験を思い出し、事態を打開しようとするが―――
“ぎゅッ”
突然、アヤナはマサヒコの背中に、引っ掻くように、爪先を立てた。
「?!で、イテ!」
「………嫌」
「??どうした?若田部?」
「他のこと考えちゃ………嫌。お願い。なにも考えないで。今は……ただ、私のことだけを……」
「………ゴメン」
素直に、マサヒコは謝った。そして、彼女の弱点である耳元に唇を寄せる。
「きゃ………」
「好きだよ、若田部」
「…………」
アヤナは、無言でマサヒコを見つめていた。マサヒコの表情に、嘘は無かった。
彼女には、分っていた。マサヒコが、憐れみや、同情でこんなことをする人間ではないことを。
彼女には、分っていた。マサヒコが、好きだから、分っていた。
さっき彼が躊躇したのは、自分を、大切に思ってくれているからだということを。
「お願い………来て。小久保君」
熱い息を吐いて、アヤナがマサヒコに懇願する。
(これ以上………若田部に)
痛みを、与えたくは、なかった。マサヒコが、無言で頷いて、一気に。
“ぢっつ……ずるぅ、ちくくくく……ぬッ、ずぷぅ!”
「あ!ああッ!!!あぁぁんッ!!んんッ!!」
ペニスを、奥へと突き立てていった。たまらず、アヤナは鋭い悲鳴を上げる。
狭くぬるぬるとした処女口を押し破るように、彼女の叫びをあえて無視して、深く、深くねじ込む。
ぷちり、となにかが裂けるような音を、マサヒコは聞いた気がした。
そして今までそれに堰き止められていた、熱いものが流れるのをマサヒコは感じた。
“ぬッ!ぬう、とろ………”
アヤナの中芯から愛液と破瓜の血が混じって、溢れるように滴り落ちてきた。
ひくつく膣の中の感触を味わいながら、マサヒコは背中に快楽の電流が走るのを感じた。
「あ………うぁ……いたい……ぁあ」
§
引きつったような悲鳴は、やがて短く、小さくなっていった。
痛みを耐えるアヤナのつぶらな瞳から、涙が零れる。
“ちゅッ”
「あ………」
マサヒコは、目尻から流れ出たアヤナの涙を舐めた。
その瞬間、ほんの少しだけ彼女のからだから力が抜ける。
(わかたべ……やらかいのに、かたくて……あったかくて)
入り口こそ苦しいくらいに狭かったアヤナの中芯だが、中から奥はすっぽりとペニスを包んでいた。
柔らかな襞肉が絡みつき、先端からは子宮にこつん、と当たる感触がした。
「あぅん、こくぼくん………熱い……あつくて、おっきい……」
生まれて初めて、男を受け入れた痛み。それが愛しいマサヒコであるという歓び。
自分の中に、確かにマサヒコのペニスがあるという熱さと違和感と痛みに、怯え、震えながら――
アヤナは、無意識のうちにそれをきゅいきゅい、と締めつけていた。
「う!う……あ、若田部……気持ちいいよ……すごい、よ……」
「あぁ……今……小久保君、私たち………つながってる?よね?」
「あ、ああ……一緒になってるよ。今……オレたち……」
「うン……小久保君、あついの……熱いよォ……はいって……つながって……あ」
「若田部………もっと、いい?」
「あ………あ、はい……来て。もっと……奥まで……」
“ぐぅ………ぬるぅ〜〜〜、くちゅぅう〜〜”
「あ!あ!はンああぁッ!」
マサヒコが、ゆっくりと、ゆっくりと、ピストン運動を開始する。
ぬるぬるとした襞がそのたびにペニスを擦り、締めつけてくる。
「あ……ン!あ……んァア!……くぅ……」
汗と涙に濡れたアヤナの表情は、やがて痛みから興奮へと変り、
ぎゅっ、とマサヒコに抱きついてきた。アヤナの豊かな乳房にマサヒコの顔がすっぽりと埋まる。
たっぷりと柔らかな感触を顔面いっぱいに感じながら、乳房の谷間にちろちろと舌を這わす。
「あ!やぁあ……ダメ……くすぐったぁい……」
アヤナが甲高い声で応える。マサヒコはそのまま、彼女の腰に手を回してより密着させて、
ぐいぐいと腰の動きを強く、激しくしていった。
“ぐちゅッ!ぱん!にゅちゅ、ぐ!ぐちッ!ぐちゅ”
「あ……あ!あ……うン!あ、はぁ!ん、やぁん」
バストに比べると信じられないほど細い腰を引き寄せ、深く、深くペニスを打ち込む。
アヤナは何度も痙攣するように震え、からだを撓らせる。
“ぐちゅッ!パンッ!くちゅ!ちゅぐッ!”
「ひゃん……!あ、ぃあッ、ひゃう!あはぁッ!ふぁ……ああ」
加速するマサヒコの動きにあわせ、アヤナの声も高く、澄んだものになっていく。
既にその表情は痛みに耐えるものから、とろん、と蕩けたものへと変わっていた。
唇が甘く戦慄き、吐息は艶やかで絞り出すような音へと昇華しようとしていた。
「あン!あッ!やだ……もう……あ……」
「若田部……ああ……いいよ。お前ン中……すごく、気持ち、イイ」
「あ……や!あ!わ、私も……私も……あッ!!でも……ダメ、私……」
アヤナは、高みへと―――昇りつめようと、していた。
擦られ、抉られ、埋められ、打ち込まれて――我を忘れ、喘ぎ声をあげて、からだを、揺らす。
“ぐちゅッ!ぷッ、ぱん!ぶぷッ!”
「あ!くぅ、ウん!あッ!あぁ――――ッ!!!」
(あぁ…………あ………あ……わたし……あ?ああ………)
マサヒコより一足先にアヤナは、生まれて初めて、達してしまっていた。
歓びと怯えとが混じり合った声を洩らして、啜り上げるように、泣いた。
“くきゅうううう………!!!”
「あ!若田部、いきなり、そんな!!!!」
マサヒコに縋りついて、激しく波打つアヤナの肉体。同時に膣奥がペニスを思いっきり締めつけた。
「あ………は、あああああン!」
マサヒコの言葉も耳に入らないアヤナは、忘我のままマサヒコの腰に脚を絡める。
“きゅう……きゅ、きゅうう……”
§
アヤナの中芯が、繰り返し、繰り返し収縮する。
ペニスだけでなく肉体の全てが包まれたまま、奥まで引っ張られるような錯覚を感じながら、
「あ……ああ……わか   たべ                                あ」
マサヒコは、熱く青い飛沫をアヤナの中で破裂させた。
“ぴゅ!どおぷ、どくッ!ぴゅぶッ!!”
「あ……ああ!熱い!熱いの、来てる!あぁン……小久保……くうん……はぁっぁあああ!」
透明な悲鳴を上げながら、アヤナは自分の奥まで精液が浴びせかけられたのを感じていた。
「あ……若田部……あ……ゴメン……オレ……あ……」
あまりの快楽に、危険を避けられなかったマサヒコはがっくりと肩を落しながら―――
ペニスを引き抜くことすらできず、何度も、何度も、最後まで。精を、アヤナの中に迸らせていた。
「いい……小久保君……謝らなくて……いいから」
「でも………」
「いいの……私が、望んだことだから。これは、私が思っていた……ことだから」
そう言って、アヤナは細い腕をマサヒコに巻き付けてきた。
マサヒコも、優しく彼女を抱き返した。からだとからだがぴったりと、くっつく。
肉体と肉体の間を、互いの体温と思いで、埋める。
ふたりは、言葉すら忘れ、そうしていた。ふたりは、ずっと―――ずっと、そのままでいた。
なにを話すでもなく、ただ、抱き合って―――そのままで、いた。

「………なんで」
ようやく、小さな声でアヤナが呟く。それが、自分の声なのか最初は分らないくらい、小さな声で。
「?どうしたの、若田部」
「ううん、なんでもない」
アヤナは、なぜ自分がマサヒコのことを好きになったのか、思い出していた。
それは、自覚したことさえないくらい自然な感情で、逆に思い出す必要もないようなことだった。
ふとした彼の仕草、彼の肉体、彼の表情を見るたびに、アヤナは安心できたのだ。
それは、マサヒコと自分が間違いなく同じ魂と同じ肉体でできているという、確信だった。
勝手な思いこみかもしれないが、いつもそう、アヤナは思っていたのだ。
ふと、なぜかひどく寂しい気持ちになって、アヤナは彼からからだを離し、シーツで顔を隠した。
「…………」
彼女の様子をじっと見つめていたマサヒコは、ぽん、とアヤナのつむじのあたりに手を乗せた。
アヤナはシーツから顔を出して彼の横顔を見あげた。マサヒコは、もうアヤナの方を見ていなかった。
ずっと、部屋の天井を見つめていた。優しげで、照れくさそうで、そしてどこか物憂げな―――
アヤナが、ずっと愛してきた、マサヒコの表情だった。
髭が薄くて睫毛の長い人だ、となぜか改めて思った。
手は、まだアヤナの頭のうえに置かれたままだった。
その手の温度は、やはり自分の温度と似て、少しだけ冷たくて、少しだけ温かかった。
ふたりの心の温度と同じく、似通った温度をしていたように、アヤナは感じられた。
「―――――」
突然、アヤナの双眸から涙が零れた。
彼女自身も、いつから泣き出してしまったのか分らないほど、唐突な涙だった。
しかし―――マサヒコは、全く慌てていなかった。むしろそれを予期していたかのように、
当然のように、アヤナを抱き寄せた。
(気が付かなければ………良かったのに……知らなければ……良かったのに)
マサヒコのことを知らなければ。マサヒコと出会わなければ。
なにより、彼のことを愛しているという、自分の感情に気付かなければ。
こんなに苦しむことは、なかったのかもしれない。
それは、親友であるミサキを裏切った事に対する後悔でも、贖罪でも、なかった。
もう、アヤナは知ってしまったのだ。マサヒコがいるということを。彼の肉体を。彼の魂を。
アヤナは、泣き続けながら、マサヒコに抱きついた。彼の体温を、もう一度感じようとして。
怖かった。アヤナはただ、怖かった。
ふたりのからだが離れてしまうときのことを想像するのが、怖かった。
「………手」
「え?」
「手を、つなごう、若田部」
§

「………うん」
ぎゅっ、と強く手を握った。手の温度よりも先に、彼の手のひらの汗を感じて、アヤナは驚いた。
なぜか、マサヒコは汗をあまりかかないような気がしていた。
しかし、その汗は、マサヒコのだけではなくて、アヤナの汗も混じったものだということに気付いた。
ふたりは、ひどく、たくさん、汗をかいていたのだ。夜の冷気が、少しだけその汗を冷やした。

マサヒコは、すやすやと寝息を立てているアヤナを見つめていた。
頬に涙の痕が残っていた。泣き腫らしたせいか、目元が少しだけはれぼったかった。
(……………オレは)
結局、アヤナと関係を持ってしまったことに、マサヒコは意外なほど冷静でいた。
アヤナを起こさないよう、慎重に、握っていた手をほどいた。
それでも、なんとなく彼女は手をほどかれたことに気付いているような気がしていた。
静かに、マサヒコはアヤナの髪の毛の匂いを、嗅いだ。
清潔で、ふわりとした香り。アヤナの香りと混じって、それはひどく華やかな薫りをしていた。
(………やっぱり香水?なのかな?)
化粧品について知識をほとんど持ち合わせていないマサヒコでも、
アヤナのその香りが高級なものであることは、分った。
押しつけがましくなく、それでいてきちんと香りを主張してきた。
アヤナの汗の匂いに混じって、肌に馴染んで、つけているということを感じさせなかった。
<「ねえ、マサちゃん?」>
<「なに?」>
<「私が―――マサちゃんのこと、すごく好きだってこと、知ってた?」>
なぜか、マサヒコは少し前に。アヤナが帰ってくる前に、ミサキとした会話を思い出していた。
ミサキは、幸せそうだった。満ち足りていて、楽しそうで、少しだけ、照れていた。
知ってるよ、とマサヒコは答えた。
<「嘘」>
<「こんなことで、嘘をついても仕方がないだろ?」>
<「ううん。そういうのじゃなくて。私はね………今、知ってることじゃなくて」>
それ以上なにかを言おうとして、ミサキは言葉をなおも探していたが、
結局諦めてマサヒコに抱きついてきた。
<「いいや。えへ……大好きだよ、マサちゃん」>
マサヒコの胸元で、くすぐるような吐息をかけながら、ミサキが囁く。
オレもだよ、そう言いながら、マサヒコはミサキのワンピースをめくって、ブラを脱がせた。
小さくて、可愛らしい蕾のようなミサキの胸に顔を埋める。
ミサキの肌からは、香水の匂いはしなかった。フレグランスか、シャンプーのような、控えめな匂い。
生まれたての乳飲み子が発するような、甘い匂いだった。
アヤナの肉体と匂いは大輪の薔薇を思い出させたが、
ミサキの香りとからだは、名もないが可憐に咲く、雑草のような花を思い起こさせた。
アヤナの匂いはマサヒコをひどく興奮させたが、ミサキの香りは温かく包んで安心させてくれた。
ミサキは、何度も声を出した。マサヒコのことを、好きだと言った。
アヤナも、声を出した。小さな叫び声のようなその声は、澄んだ、細くてきれいな声だった。
ふう、とマサヒコは息をついた。ふたりを比べていることに、罪の意識を抱いていた。
なにより、自分がひどく醒めた頭でそのことを考えていたことに、マサヒコは困惑していた。

ミサキ、と口の中で呟いた。何の感情もなく、ただ、ミサキ、と思った。
若田部、と思った。出来る限り単純に、ただ若田部、と心の中で呟いた。
(オレは―――)
冷たい人間なのだろうか、優柔不断な人間なのだろうか、それとも多情な人間なのだろうか、
そう、マサヒコは思った。どれでもありそうで、どれでもないような気がした。
ただ単に、自分はからっぽな、なんの中身もないだけの人間のような気がしていた。
(………先生)
唐突に、アイのことを思い出していた。なぜか、分らなかった。
アイは、マサヒコのことを、慰めてくれるだろうか?叱るだろうか?怒るだろうか?悲しむだろうか?
そんなことを思いながら、マサヒコは、ひたすらアイのことを、思い出していた。
(せんせい……先生。センセイ)
何度も、何度も。無意味なくらい、呟いていた。マサヒコは、虚空に向かって、ただ。


「は〜〜〜い、ご注文のチーズケーキとコーヒーです♪」
「はい、こちらご注文の蜜豆です!」
「マサヒコ君、抹茶ティー追加ね♪」
「はい、先生!」
英稜祭当日―――そこには再会を喜び合うヒマもなくフル回転で働く、
マサヒコ&アイ師弟コンビの姿があった。
「いらっしゃいませぇ♪こちらのお席にどうぞっ♪」
(小声で)「超萌えのメイドさんが2−Aにいるって聞いたけど……」
(小声で)「マジだったんだ……」
そして―――読者諸氏ならば未だ鮮烈に御記憶であろう。
アイは第71話で登場した、メイドコスプレ状態で来客に笑顔を振りまいていた。
「も〜〜〜う、アイ先生ったら人気独占状態じゃん」
「そう言いながらお前も結構人気じゃんか、柴原」
「そりゃ〜〜ね、こんだけの美人がウェイトレスで球児、じゃなくて給仕するわけだから」
「ほい柴原、三番テーブル注文のアイスコーヒー」
「無視?もう、相変わらずリンちゃん以外のボケには冷たいな、小久保〜〜〜」
「いらっしゃいませにゃん♪」
(猫耳萌え〜〜〜〜〜〜)
リンコの猫耳ウェイトレス姿に鼻の下を伸ばす、一部マニア達。
「……ところで、柴原。的山のあの姿とセリフには誰もツッこまないのか?」
「てゆ〜〜か、逆にリンちゃんならあれ以外無い感じじゃない?」
「積極的に認めたくは、ないけどな」
「小久保君、いいかな?あとアイスティーとミニホットケーキなんだけど」
「あ、ゴメン、井口さん。えと、湯上谷、アイスティーとミニホットケーキ追加いける?」
「了解!!!マサヒコ、これ五番テーブルにチーズケーキ」
マサヒコ達のクラスの出店、『喫茶2−A』はかくしてかなりの客を集めていた。
無論、アイ・アヤナ・リンコ・柴原さんといった美人ウェイトレスの存在も集客力の一因だったが、
アヤナ&柴原さんを筆頭とした女子陣が前日の準備段階から作り込んでいた、
ケーキ等軽食類の出来映えもすこぶる好評で、結果女子ウェイトレス・男子調理班ともに、
開店から手を休める暇もないという、やらしい、もとい嬉しい悲鳴をあげていた。
「マサヒコ、ミニホットケーキなんだけど、このままいくと品切れ間近だ!!」
「品切れしたらしょうがないから×マークをメニューに書くしかないよ、和田」
「悪い、マサヒコ。俺、これから山岳部の出店にいかんと」
「しょうがないな、広永。じゃ、そっちが終わったら、大急ぎで頼むな?」
「マサヒコく〜〜ん、三番テーブルにチーズケーキ2つ追加ね♪」
「あ、分りました、先生。佐々木?チーズケーキあと2ついける?」
「おう!余裕だ、マサヒコ!」
話の流れ上、ホールチーフのような役割となってしまっていたマサヒコは、
ここでも獅子奮迅の活躍を見せていた。
「はい、三番テーブルのチーズケーキです、先生」
「おいしそうな………ケーキだね……マサヒコ君(じゅるッ)」
「安心して下さい、濱中先生の分もキチンと取ってますから」
「わ〜〜〜い、ありがとう、アヤナちゃん♪マサヒコ君♪」
「はははは、相変わらずですねえ、先生」
「………なあ、マサヒコ?ちょっと良いか?」
「ん?なに?大野に湯上谷?あ、そっか。少し客入りも落ち着いてきたから、ローテで休憩に」
「………違う。あのな、濱中先生ってさ、お前の家庭教師だったんだよな?」
「?そうだよ。そう言っただろ?中一の頃から教えてもらってたって」
「これは、俺たちの総意……いや、天意だと思ってくれ、マサヒコ」
「は?」
「まず、濱中先生を連れてきてくれたこと、これはGJだ」
「ななな、なんだお前ら、気持ち悪い」
男子生徒全員から頭を撫でられて驚くマサヒコ。
「そして………あんな可愛い家庭教師と、三年間一緒にいたというお前の過去に、天誅だ」
“バキッ!” “ドスッ!” “グシャッ!”

「あぎッ!どひッ!のわッ!!」
そしてこのSSでは恒例となった感もあるが、またもフクロにされてしまうマサヒコであった。
「一応まだ店があるから半殺しで済ませとくけど」
「て言うか、俺的には1/3殺し程度なんだが」
「本当だったらこんなもんじゃないんだけどな」
(…………それは、ありがとう。有難くて涙が出てくるわ)
痛みを堪えながら、もう慣れたのか、それとも諦めたのか。とにかくマサヒコはそう思いつつ体を起こした。

「い、いやぁ、すいませんね、OGでもないのにウチの生徒の店を手伝ってもらって」
「うふふ〜〜♪良いんですよ。部外者なのに、こちらこそ勝手にお邪魔しちゃって」
「いえいえ、濱中さんは来年から教師になられるわけですし、私としても、その、
なんというか、同じ道を歩く濱中さんのような人に教師の先輩として協力したいと言いますか」
「ええ、先輩として教えて下さい、森脇先生♪」
(森脇先生、あんなこと言ってるぞ?)
(手伝ってもらうのをあんだけ渋ってたくせに、実物の濱中先生見たらアレだもんな)
生徒から思いっきり冷たい視線を浴びる副担任・森脇先生だが、
気付いているのかいないのかアイにデレデレの様子である。
「濱中さんは、母校に採用されたんですよね?桜才高校なら、名門じゃないですか」
「ええ。女子校だったんですが最近の少子化の影響もあって共学になったらしくて。
でもやっぱり圧倒的に女子が多いらしいんですけどね。今からちょっと心配で」
「は、はは。高校生の頃の濱中さんもさぞ………」
「あ〜〜〜〜ら、お久しぶりですね、森脇先生」
「※□@P!!!!!ななななな、中村?」
「あ!先輩、どうも……アレ?森脇先生とお知り合いなんですか?」
「あははははは、そうねぇ。あれはもう8年くらい前になりますかねえ?森脇先生」
「あ………うう゛………」
人差し指を頬に添えながら愉快そうに話す中村だが、
森脇先生は何故か滝の汗をかき、口をパクパクと開けて奇妙な呻き声を漏らしていた。
「懐かしいですねえ………あの頃は確か先生も新任で、野球部の副顧問でしたよね?
ウチの中学の野球部との合同練習で来られたときに、私を」
「あ!いかん、そそそそそそそ、そう言えば野球部の出店に行かないと!
わわ、悪いが私はここで!じゃ、じゃあな、中村、濱中さん」
そう言って席を立つと、森脇先生は脱兎のごとき勢いでその場から去っていった。
「?どうしたんですかね、森脇先生、突然」
「ま、美しい想い出とはいかないか…………どっちかと言えば古傷ってやつかしら」
「?」
「ん、いや、何でもないのよ。そんじゃアイ、私もウェイトレスに入るから、アンタは休憩しときな」
「はい!ありがとうございます、先輩!」
久しぶりの再会に嬉しそうなアイと、在りし日を思い浮かべて少し懐かしそうな顔の中村。
「あ!お姉様!」
「わ〜〜〜い、なかむら先生だ〜〜〜♪」
「お〜〜う、アヤナにリン、おつかれちゃ〜〜ん!」
「本当にすいません、お忙しいのにワガママ言って手伝ってもらって」
「んははは、良いのよ〜〜。休日出勤続きで代休も溜まってたし、
休み取って犬とストレス発散しようにも平日じゃ休めないとか犬は言いやがるし」
「?犬が?休みを取るんですか、せんせえ?」
「ま、細かいツッコミは無しにしといて。ホラ、お客さんよ?エプロン貸して」
「あ、はい!お姉様、どうぞ」

「…………一応確認しておくが………」
「あれが、的山さんの家庭教師で」
「良く一緒に勉強していたっていう、今は銀行員の中村先生なんだな?」
「………ああ、そうだ。オレも男だ、さあボコるならボコれ!!!」
「「「「マサヒコ」」」」
“ガシッ”

またも男子陣に囲まれ、ヤケクソ気味に開き直るマサヒコだが――
「もう、ここまでくれば」
「逆に尊敬します」
「あなたは、神だ」
(…………ちっとも嬉しくないのは、なんでだ?)
内心非常に複雑なマサヒコであった。
「あ、あの、小久保君、二番テーブルに、紅茶の追加なんだけど」
「お、おう、若田部」
それまでは、あまりの盛況ぶりに忙殺されていたアヤナとマサヒコだが、
少しだけ落ち着いて―――改めて向き合うと、やはりぎこちない空気になってしまっていた。
(オレは………昨日、若田部と………)
(私は………昨日、小久保君に)
昨日のことを思い出して、ほぼ同時に赤面してしまうふたり。
(夢、なんかじゃなかった………夢だったら、と思ったけど。でも、あれは………)
「マサヒコ?おい、マサヒコ?」
「!あ、ああ、ゴメン、若井」
「大丈夫か?なんか疲れてんじゃねーの?マサヒコ」
「ん……正直、ちょっとだけな」
「あ〜〜〜、和田とお前のふたり、朝からずっとだったもんな。
お客さんもちょっと少なくなってきたみたいだし、ふたりで休憩入れよ」
「いや、でも」
「いいじゃん、ありがたく休もうや、マサヒコ。お前もさっきローテで休もうかとか言ってたろ?
俺らから休まないと他の奴らも休みづらいだろうしさ」
「あ……そうだな、悪いな」
「いいっていいって。じゃあな、マサヒコ、和田」

「ふう、しかし繁盛するのはありがたいけど、結構キツイな、マサヒコ」
「あ?ああ、そうだな」
手にしていたコーヒーを口にした後、う〜〜ん、と小さな伸びをする和田君。
そんな彼の様子を、ちょっと固い表情でマサヒコは見ていた。
―――ふたりが休憩しているのは、アヤナが新庄先輩から告白を受けていた、例の空き地だった。
そこは文化祭の喧噪からひょっこり浮いて、秋の陽がぽかぽかとした日だまりをつくっていた。
忙しさから解放され、のんびりと休憩するはずのマサヒコ&和田君だったが。
こちらも昨日のことがあってか、少々ぎこちない空気になっていた。
(昨日………あのとき。和田はああ言ってたけど……それなのに、オレ)
「………なあ、マサヒコ?」
「なんだ?和田」
「昨日のアレさ、悪かったな」
「!いや、オレの方こそ」
「正直さ、お前に嫉妬してた部分もあったんだよな、俺」
「え?」
「お前ってなんでもソツがないっつーか、適当に浅く付き合うには良いんだけど、
なんつーの?なかなか本当のところどう思ってんのかわかんねー部分があって。
ま、杉内のアホみたいに分りやすすぎるのも考えもんなんだけどさ」
「……オレは、そんなこと」
「でも、若田部さんが来てから、お前、変わったよな?随分本音っぽいこと言うようになったし」
「そう………なのか?」
「自分じゃ気付いてないのかもしれないけど、若田部さんといるときのマサヒコって、
上手く言えないけど生のお前っていうかさ、本音っぽいんだよな」
「………自分じゃ、確かに良く分らないけど」
「もう俺は未練もないから、ヘンな感情無しで言うぞ?あの子が美人で、スタイルが良いとか、
帰国子女だとか、そういうのはいいから。お前は、若田部さんを、どう思ってんだ?」
「和田……俺………」
「お前と若田部さんって、互いに意識しながら遠慮してるっていうか。だから……なんかさ、
ちょっと言いたくなるんだよな。良いんじゃないか?マサヒコ。お前の、思うとおりにしたって」


「……………」
マサヒコは、喉元に鈍い刃物を突きつけられているような思いだった。
高校入学以来の付き合いだったが、クールで大人びた感じのする和田君とマサヒコは、
似たもの同士であるせいかウマが合い、なにかとつるんでは遊ぶ仲だった。
しかし今の和田君は、いきなり距離を縮めて直接的な言葉をマサヒコにぶつけてきていた。
それは―――マサヒコが初めて見る、和田君の顔だった。
この男の中にもこんな熱いものがあったのか、と戸惑うほどに。
「お前が、ミサキちゃんと若田部さんの間でなんか色々考えてるのは、俺でも分るよ。
でも、結局それもお前次第だろ?このままだと、若田部さんも、ミサキちゃんも、マサヒコも。
全員ダメになっちゃうんじゃないか?」
(…………和田、オレ、本当は……昨日、若田部と)
マサヒコは、全てを和田君に暴露してしまいたいという誘惑に駆られた。
和田君の言うとおり、アヤナとミサキとの間でどうにもならないことを知りながら、
ギリギリの綱引きをしている自分に―――マサヒコは、気付いた。
「ま、これも余計なお世話だったか……あはは、なに熱くなってんだかな、俺。
忘れてくれ、マサヒコ。忙しくて俺もどうにかなったんかね……」
「…………和田、あの……オレ」
「よし、そろそろ戻るかね。次休憩に入ってもらうのは湯上谷と佐々木ありにしとく?」
「う、うん」
話が中途半端に終わったことに、半ばホッとして、半ば落胆するマサヒコ。
ふう、と小さく溜息を一つ吐いて、和田君と共に立ち上がった。しかし。
「ふわ〜〜〜い、マサヒコ君、み〜〜つけた♪」
「あ、先生!………ってソレ」
「えへへ〜〜♪先輩が代りに入ってくれたから、休憩の間に、ね♪」 
口に綿アメをくわえ、左手にたこ焼き、右手にクレープ。
持てるだけの食料を持つメイドさんというのもなかなかシュールな風景だが、
非常にアイらしいと言えばアイらしい姿ではある。
「去年もそうだったけどクレープ超ウマ〜〜♪あ、マサヒコ君たちも休憩だったんだね。
えっと、和田君だったっけ?お疲れさま〜〜、流行ってるねえ、君たちのクラス」
「…………ども」
常識外れの食い意地を堂々と披露するアイに度肝を抜かれた様子の和田君は、
ようやく気付いたように小さな挨拶をした。しかしアイは困惑気味の彼などお構いなしに、
なおもパクパクと食べ物を胃袋に入れながらご満悦の表情だ。
「あのですね、人に話しかけといてものを食うのって結構失礼だと思いますよ?」
「あ、ごめ〜〜〜ん。たこ焼きも美味しかったから、つい。じゃ、和田君も食べる?」
「どこでどうなって『つい』になるのか分りませんし、なんで和田も食べることになるのかも分りません」
「い、いいってマサヒコ。じゃ、じゃあ有難くいただきますよ、濱中先生」
人に勧めておきながら、名残惜しげにジト〜〜〜っとたこ焼きを食べる和田君を見つめるアイ。
ちょっと居心地の悪そうな和田君だったが、あっさり目的を切り替えてクレープを平らげたアイは、
魔法のように後ろから鯛焼きと焼きそばを取り出して頬張り始めた。
(………まだ食うんかい。で、その食い合わせはどうなんですか?て言うかドラ○もんかあんたは)
数々のツッコミを頭に浮かべながら、口に出せずに諦め顔のマサヒコと、驚愕の表情の和田君。
素知らぬ顔のアイは、なおも獰猛な食欲を満たすのに夢中のご様子である。
「………なあ、マサヒコ?お前と濱中先生って、会うの久しぶりなんだよな?」
「?まあ、そういやそうか。オレも英稜祭や模擬試験とかで忙しかったし、
先生もしばらく就職活動とか自動車免許の試験とかで忙しかったみたいだし」
「ん、ならさ。も少し休んでいけよ。話したいこともあるだろうし」
「いや、でも和田」
「いいって。そろそろ広永や村田や山内も部の出店から戻ってくるし、なんとかなるだろ。じゃ」
「あ……和田、わりい」
悩めるマサヒコを残して去っていく和田君。アイはニコニコと食べ物を頬張ったまま、言った。
「ふ〜〜〜ん、意外に男の子の友達もいるし、頼りにされてるんだね、マサヒコ君」
「意外に、って」
「うふふ、ゴメン。だってマサヒコ君って中学の頃は女の子としか遊んでない感じだったから」
「あの頃だってそれなりに野郎とも遊んでたんですけどね」


「あ〜〜、そうだったの?」
「ま、いいですけど。しかしそのカッコ、トラウマだったはずじゃ?」
「だってコレ、マサヒコ君のリクエストでしょ?」
「?あの、オレそんなこと言った覚えは………?!あ!その話、どこから聞きました?まさか」
「先輩からなんだけど………あ!」
ふたりは顔を見合わせて、苦笑した。要するに、中村にハメられたということである。
「おかしいと思ってたんですよ。若田部はあんまそういう悪ノリするタイプじゃないし」
「私もマサヒコ君ってそんなメイド萌えだったっけ?なんて思ったんだけど。
あちゃあ〜〜〜、そっか〜〜。もしかして、マサヒコ君ちょっと引いてた?このカッコ」
「いや、そんなことありませんよ。実際大人気ですし、先生に良く似合って可愛いですよ」
「………///」
天然フェミ男・マサヒコの無防備な“可愛い”というセリフに苺のように頬を真っ赤にするアイ。
このふたりの関係は、やはり相変わらずのようだった。
しかし―――アイは突然マサヒコを真剣な表情で見つめると、口を開いた。
「ミサキちゃんが言ってたけど………ダメだよ、マサヒコ君」
「え?ミサキ………が?」
突然恋人の名がアイの口から発せられ、驚くマサヒコ。アイはそんな彼をじっと見つめている。
「どんな女の子とも、男の子とも、普通に接して、相手の良いところを素直に誉めることが出来るのは、
君のすごく良いところなんだけどね。でもそれってミサキちゃんには、すごく、すごく、心配なことなんだよ?」
「……………」
「私、ミサキちゃんに相談されてね、本当に困ったんだ。私は、君の良いところを知ってるから。
君のことを、誰よりも、知っているつもりでいたから。だから、困ったの」
「……………」
「ねえ、マサヒコ君?ミサキちゃんは、苦しんでるんだよ?
君のことを信じたいのに、信じられなくて。アヤナちゃんっていう親友に、裏切られて。だから」
「オレと、若田部は」
「良いから、聞いて。……マサヒコ君?君は、ずっと、みんなに優しかった。
でもね、優しさは、愛じゃないんだよ?それは、分ってる?」
「………先生、オレ」
「私は、君のことを本当の弟みたいに思ってるけど、それと同じくらい、
ミサキちゃんのことも大切な妹みたいに思ってるの。だからね、マサヒコ君?
君が、もしミサキちゃんのことを泣かせるようなことをするなら、絶対許さない。
君には、あの子のことを幸せにする、義務があるんだから」
アイの視線は、強いものだった。いつもの優しげで、朗らかなそれでは、なかった。
―――はっきりと、その視線は。刺すような、厳しさを含んでいた。
(オレは、やっぱり………先生のことも裏切ったのか。だから……)
マサヒコにとってアイは、どこか頼りなくて可愛い、お姉さん的な存在だった。
しかし今のアイの表情は、法廷で罪を告げる裁判官にも似た、粛然としたものだった。
「君が、ミサキちゃんとアヤナちゃんのふたりの間で揺れているってことくらい、私でも分る。
ふたりとも、すごく可愛くて、ふたりとも君のことを本当に好きだから。
それでも、君はいずれアヤナちゃんかミサキちゃんのどちらかを選ばなきゃいけない。
ねえ、そのときに、君はきちんと………別れを告げられる?選ばなかった相手に」
「…………」
「今は、答えを出せなくても良いよ。それでもこのままじゃいられないのは、
本当は君も分ってるんだよね?だから………マサヒコ君も、辛そうなんだってコトも分るの。
私は………ずっと、なにがあっても、マサヒコ君の味方だよ?でもね?」
一気に言い終えるとアイは―――ふう、と一息ついた後、じっとマサヒコを見つめた。
その目は、どこか、悲しげだった。その目は、どこか、優しげだった。その目は、どこか、寂しげだった。
「今の、マサヒコ君は私、好きじゃないよ。マサヒコ君は、いつも真剣だったじゃない。
悩んで、迷うことは、悪いことじゃないけど……でも、今の君は、ただ逃げてるだけにしか、見えない。
マサヒコ君は、目を逸らしてる。色んなことから。ミサキちゃんからも。アヤナちゃんからも。
私が好きだった、マサヒコ君は、そんな人じゃなかったよ」
「……………先生」
アイの言葉は、ひとつひとつ、マサヒコの胸に突き刺さっていた。分っていたのだ。分っていたのに。
(……先生の言うとおりだ。昨日、本当は若田部に、言わなきゃいけなかったんだ。なのに)


「以上、一個目のおせっかい。もう、良いよね?」
「え?」
「信じてるから」
「?」
「私は、君を、信じる。それしか、出来ないから。マサヒコ君なら、決断できるはずだよね?
たとえ、その結果が、悲しいものだったとしても。それが、君の決めたことだから。マサヒコ君?」
「………はい」
「行きなさい。3時になったら、ミサキちゃんが、来ることになってるから」
「!!え、ええ??」
「ふふ、これが、もうひとつのおせっかいだよ」
「で、でも」
「受け止めなさい。自分の、してきたことを。自分が、しなきゃいけないことを。マサヒコ君?」
「…………」
「行きなさい」
「………はい!」
叫ぶように、大きな声で、答えた。アイの気持ちを、しっかりと、受け止めた。
踵を返し、駆けるようにマサヒコは―――教室へと、戻る。
「………………」
「…………あれで、良かったの?アイ」
「!せ、先輩!」
遠ざかるマサヒコの背中を見つめていたアイだが、突然現れた中村に、驚いて目を見開いた。
「い、いったい、先輩いつから」
「ん?最初っからずっと」
「ずっと!?」
「ま、細かいことはいいからさ。あれで、アンタは本当に良かったの?」
「あれで……って、どういう意味ですか?」
「確かにマサの奴ちょっと沈んでる感じだったから、ハッパをかけるのはいいんだけどさ。
結局アンタの気持ちは、言ってないよね?あれで良かったのかな、って思っちゃったんだけど」
「………私の気持ちなら、さっきマサヒコ君に言ったとおりです」
「ふ〜〜〜ん。ま、アンタがそう言うならいいんだけどね」
冷めた目でアイを見つめる中村と、その視線に負けまいとするかのように見返すアイ。
ふたりは、なぜかしばらく無言のまま、見つめ合う。
「「……………」」
―――そして、先に行動を起こしたのは、中村の方だった。
大股でアイの前に歩み寄ると、ボリボリと頭をかいてから、大きく左右に腕を開いてみせる。
「ま、柄じゃ〜〜ないかもだけど………ほれ」
「…………」
アイは、なおも無言のままだ。しかし、彼女の表情は中村の行動を計りかねるものではなく――
むしろ、中村の意図を全て理解しながらも、それを必死で拒否するかのような表情だった。
「メンドクサイわねえ………」
そう言ってから、くすり、と小さく笑うと中村がアイを抱き寄せた。
ほとんど抵抗することもなく、彼女は長身の中村に抱かれる。
「ま、アンタとはそれなり〜〜に長い付き合いだしね。なんも、言わなくていいよ。
私は、なんとなくアンタをこうしてやりたくなった、だけだから。アンタも、もう我慢すんの、止しな」
「…………我慢なんて」
「いいから。しばらくこのままでいるからね、アイ?」
「……………」
肯うことも、拒むこともせずに、アイは中村の腕の中にいた。
―――やがて、アイの両肩は、少しずつ、少しずつ、震え始めた。
「………う……うぅ。うッ………」
アイの声は、嗚咽へと変わっていった。そんな彼女を、中村は無言で抱いていた。
「うッ、ううッ、う……うう、う………ぐすッ」
「……………馬鹿だねえ、アンタも。最後の最後まで、意地張っちゃって」
「うッ、う。ぐすッ。う、うう」
アイの頭を、優しく撫でる中村。アイはもう、子供のように泣きじゃくっていた。



]

「遅れてわりい、若井!」
「あ、マサヒコ!早速でわりいけど、飲み物の方入ってくれるか?」
「OK、すぐ入る」
戻る早々エプロンをつけ、マサヒコはカーテンで仕切られた厨房スペース右のドリンクコーナーに入った。
和田君と休憩に入ったときは多少客足が鈍り始めていた『喫茶2-A』だが、
再び多くの客が集まり始めていた。まだ2時半を少し過ぎたくらいにもかかわらず、
既にお品書きの半分近いメニューにはマジックで×印が引かれていた。
「小久保!ゴメン、一番テーブルにアイスティーなんだけど、二つ!」
「おう、柴原。これ終わったらすぐだから待っててくれ」
吹っ切れたような表情で、マサヒコは作業に没頭していた。
とにかく、体を動かしたくて仕方が無い自分が、いた。
(答えなんて……出ないですよ、先生。オレは、どっちも選べないかもしれない。だけど)
マサヒコは、思っていた。それでも、結論は、出さなければならない。ならば―――
「マサヒコ?」
「あ、和田、三番テーブルのホットティー、もうすぐ」
声をかけてきた和田君にそう答えるマサヒコだったが。
和田君はなにやら思わせぶりな表情をすると、肘でマサヒコの脇腹を小さく突いてきた。
「………?和田?」
友人の行動に戸惑うマサヒコだが、彼はそのまま顎をしゃくり、
厨房スペースからのぞくことの出来る教室の入り口を示して見せた。
「?………!あ!」
そう、そこには―――――栗色の髪をした、あの少女が立っていた。
「あ、ミサキちゃ〜〜ん!来てくれたんだねっ!」
「お〜〜っす、ミサキ〜〜〜!」
ミサキを見つけた、柴原さんとリンコが嬉しそうな表情で駆け寄る。
「あっは〜〜、柴っちにリンちゃん、久しぶり〜〜!」
輪になって再会を喜ぶ柴原さん・リンコ・ミサキ。
(あ!若田部は!?)
慌ててアヤナの姿を探すマサヒコだが、すぐに和田君が小声で囁いた。
「安心しろ、マサヒコ。音楽室のあたりでキョロキョロしてたミサキちゃんを俺が先に見つけたから、
先回りして若田部さんには井口さんらと一緒に休憩入ってもらった。多分校内だろうけど」
「………悪い、和田」
友人の機転に感謝するマサヒコだが、和田君は端正な横顔を少し歪め、更に続ける。
「それでもあと少しすれば戻ってくると思う。どうする、マサヒコ?
とりあえず、ミサキちゃんとお前はここから抜け出した方が」
「で、でもオレ、さっき休憩入ったばっかだし」
「いや、逆に抜けるならこのタイミングしかないと思う。今なら客足もちょっと少なくなってきてるし。な、だから」
「ほ〜〜い♪こ・く・ぼ♪彼女が来ったよ〜〜ん♪」
「………ご、ゴメン。マサちゃん……来ちゃった」
「いや、その。別に良いんだけどさ、ミサキ」
「………??」
柴原さん&リンコのコンビがミサキの背を押すようにして厨房スペースに入ってきた―――の、だが。
マサヒコとミサキは、ひどく固い表情だった。首を傾げる柴原さんと、そして。
(あれが………小久保君の、彼女……)
(口惜しいけど………可愛い………)
本日のマサヒコの奮闘ぶりに、か〜〜なりマサヒコ萌え状態になっていた女子陣だが、
初めて実物のミサキを見て、複雑な気持ちになる子も多いわけで。おまけに。
「噂のミサキちゃんか、あれ」
「マジで可愛いじゃねえかぁぁぁ!マサヒコの奴ぅぅぅ!!!!」
こちらもまたミサキ初見となる男性陣の心の中では、醜い嫉妬が渦を巻いているわけで。
「マサヒコ、やべえぞ。良いからこっから抜け出せ」
「で、でも」
「あと少しすれば、広永や村田も帰ってくるはずだし、俺に任せろ。分ったな?」
そう言うと、くるり、とマサヒコに背を向け、和田君がみんなに聞こえるような大声で言った。
「お〜〜し!じゃ、おふたりさんには我が英稜祭をじっくりと見てもらおうか。だべ?柴原さん?」


「?……!あ、そうね、和田君!じゃ、ミサキと小久保、ふたりでいろいろ回ってきなよッ!!」
「で、でも悪いよ、柴っち」
「うふふ、良いのッ♪たまには夫婦水入らずでゆっくりしてきなって♪」
「夫婦水入らずって、あのな、柴原」
「ほ〜〜〜ら、小久保もさっさと行きなさい。たまには彼女孝行しないと」
「たまには、って現場を見たんかいお前は」
「いいから!早く早く!」
ニヤニヤと笑いながら、マサヒコとミサキの手を無理矢理引っ張る柴原さんだったが―――しかし。
絶妙のタイミングでそこに割り込んでくる、天然娘がひとり。
「ね〜〜〜ね〜〜ぇ、じゃあ〜〜、私たちも一緒に行って良い?」
「ダ〜〜メよ、リンちゃん。ふたりを水入らずにしてあげないと。
それに、私とリンちゃんが一緒に抜けたら、ウェイトレスが足りなく」
「ちがうの〜〜〜ぉ。柴ちゃんと私じゃなくて〜〜〜」
「…………あの、し、柴原さん、悪いんすけど」
「?」
リンコの後ろからちょっと気まずそうに顔を出したのは、クラス一のお調子者こと、杉内君だ。
「その………俺ら、あの」
「わたしも〜〜〜杉内君と一緒にいろいろ回りたい〜〜♪えへへっ♪」
「え?て、てことは?」
「あの…………その、柴原さん、実はリンコちゃんと俺」
「昨日ね〜〜、杉内君から告白されて、わたしたち、付き合うことになったんだ♪えへへへ♪」
「な!?」
「!%αええ?」
「?え※ええ凸え?!!!!!」
いっせいに、どよめく教室内―――ま、そりゃそうだ。そして、当の本人達はと言えば。
リンコはいつもどおりのほにゃ〜〜〜、とした笑顔で。
一方の杉内君は照れくさそうな、しかしこれまた満面のニヤケ顔である。
「す、杉内ィ!!!ててててて、テメェ!!!!」
「え〜〜、嘘〜〜!!!!!リンちゃん、いつの間に!!!」
「ま、マジっすかァッァァァァァァァァ!!!!」
「?あ、じゃあもしかして、杉内?昨日、マジで告ったの?」
「………はい。あの、柴原さんのオカゲです」
「??私の?」
「昨日の帰り道、告れなかったらへタレだとか言ってたじゃないっすか?
アレで俺、ケツ叩かれたっつーか。ホントは俺、一年の頃からリンコちゃんに惚れてたんだけど。
見てるだけで満足だとか、自分に言い聞かせたりしてた感じで。でもそれって結局逃げだって、
柴原さんに言われて気付いたんすよ。このままじゃダメだって、思ったんすわ。
後悔したくねーって。思い出にしたくねーって思って、ダメモトで、当たって砕けろで、告ったら」
「OKだったんだ?」
「な、なにが良かったんだよ、こんなアホの!!!」
「だって杉内君って、一緒にいて楽しいんだもん♪いつも私を笑わせてくれるし。
それに、杉内君と結婚したら、杉内リンコになるんだよ〜〜♪それって可愛くない?」
「!!!けけけけ、けっこん!!!」
「そんな、早まらないでくれーーー!!!!!!!!!!!!!的山さん!!!」
「やだぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!俺の、リンコちゃんがぁぁぁぁ!!!」
「てゆーか、杉内リンコってそんな可愛いか?」
絶叫するリンコファンの男性陣と、リンコの天然ぶりに改めて呆れかえる女性陣―――そして。
リンコの言葉を聞いて、完璧に舞い上がった杉内君は、
「リンコちゃん!!!」
周囲の敵意、困惑、etcとにかくそれらをあっさりと無視して。リンコの両手をしっかりと、握った。
「俺は、こんな、こんな奴だけど。リンコちゃんが、ずっと好きだった!
だから、約束します!俺は、君をこれからも、ずっと。生きる限り、死ぬまで、好きでいる。
それだけは、約束する!ごめんなさい!神様よりも、大好きです!だから」
「えへっへ〜〜♪私も、好きだよ、杉内く〜〜ん」
「………………」

盛り上がるリンコ&杉内君の天然アホカップル。あっけにとられる2-Aの生徒達だが―――。
「マサヒコ、今のうちだ」
「え?」
「抜け出せ。さっきも言ったけど、そろそろ若田部さんたち、帰ってくる」
「でも」
「クラスの奴らが気を取られてる、今が最後のチャンスだ。今抜け出せば、誰も気が付かねーべ?
あとは柴原さんと俺でいくらでもなんとかするから。行け」
言い終えると和田君は指先でマサヒコの脇腹を、ぱちん、と軽く弾いた。
「………悪い、和田」
和田君の友情に思わず頭を下げるマサヒコだが、和田君はどことなく決まり悪そうな顔で。
「んっとにな。俺、こんなキャラじゃねーのに。このツケは高くつくぞ?」
「本当、悪いな、和田」
分っていた。クールを気取っているが、本当の和田君は、底なしのお人好しなのだ。
そんな自分を誤魔化すために皮肉屋を装っていることも、マサヒコには分っていた。
「ミサキ………行くぞ」
「?ま、マサちゃん?」
マサヒコはミサキの手をとると、急いで教室から抜け出した。
和田君の予想通り、ふたりの行動に気付くものは誰一人おらず―――
まだなおも、リンコ&杉内君の記者会見が続いていた。
「ああああ、あのとき、俺がリンコちゃんに告白してたら!!!」
「リンちゃん、おめっと〜〜♪」
「今だから言う。リンコちゃん、俺、君が好きです!!!」
「お、俺も!!」
「ダメだよぉ〜〜、わたしは、もう杉内君のものなんだから〜〜♪」
「すすすすす、杉内のモノををををををををを!Qt●3Σ□βk!!!!!!!!!!!!!」
飛び交う怒号と、驚愕と、笑い。それを背に、マサヒコとミサキは手をつないで、廊下を走る。
「マサちゃん………ゴメンね。わたし………」
「謝んなよ、ミサキ」
「…………え?」
「ゴメンな。謝らなきゃいけないのは、オレの方だ」
マサヒコは、思っていた。
(本当なら招待しなきゃダメだったんだ、ミサキを。オレの彼女は、ミサキ以外、いないんだから)
マサヒコは、思っていた。自分の横にいるべきひとは、誰かなのかを。いて欲しいひとは、誰かなのを。
「「………」」
ふたりは、無言で、駆ける。それぞれの、思いを抱きながら。

屋上に、着いた。幸いそこには、誰もいなかった。
「ミサキ」
「なに?マサちゃん」
「オレ………ごめんな」
頭を垂れるマサヒコを、ミサキが見返してくる。
それはそれまでの為すがままの彼女とは違う、強い、意志的な視線だった。
「………なんで、謝るの?」
「言えなかった。若田部に。俺には、ミサキがいるって。言えなかった。それで、オレ」
「知らないよね、マサちゃんは」
「え?」
「私が、マサちゃんのことを、すごく好きだってことを」
「?………それは」
かつて、似たセリフを彼女から聞いた記憶が蘇る。
「私は、好きなの。マサちゃんのことを。好きで、好きで、ずっと好きだったの」
「オレだって、ミサキのことを」
「好きだって、言いたいんでしょう?」
「う、うん」
「私だって、分ってるよ?マサちゃんも、私のことを、好きでいてくれてることは。でもね、マサちゃん?
私は、本当に。気持ち悪いくらい、あなたを、好きなの。…………本当に、好きだから」


ミサキが、笑う。それは、湧き水がさらさらと零れるような、透明な笑みだった。
そしてひどく儚くて、寂しげな、笑顔だった。この子は、こんな笑顔をする子だったろうか―――
ふと、マサヒコはそんなことを思った。
「別れて、あげる。あなたの……もう、負担にならないから。重石に、なりたくないから」
「!!!み、ミサキ!そ、そんな」
「ダメだよ、マサちゃん。せっかく、私の方から振ってあげたんだから」
「違うんだ、ミサキ。オレは」
「ふふッ。私ね、マサちゃん?結構モテるんだよ?」
「…………」
また、思い出していた。アヤナが、ミサキと酷く似た言葉を、言っていたことを。
度重なるデジャヴに、ただ混乱するマサヒコ。
「だから、すぐに良い人見つけちゃうよ。きっと、あなたは、後悔する。
私と別れたことを、後悔する。きっと、そうなるんだから。………じゃあね、マサちゃん」
「ミサキ!!」
(ダメだ………止めなきゃ。オレは、お前を、失いたくないって、そう、言わなきゃ)
そう思うマサヒコだが、両脚は凍ったように、動かなかった。
舌先がひりひりとして、言葉を発することも、できなかった。
「さよなら、マサちゃん。私の……大切な、ひと。大好き、だったよ」
ミサキは、そう言ってまた笑う。その笑顔は、マサヒコが初めて見る、笑顔。
(ずっと、小さな頃から、一緒だった。オレと、ミサキは。なのに………)
知らない顔をした少女が、いなくなろうとしていた。後ろも、振り返らずに。
「ミサキィィィィィィ!!!!!!!」
喉が張り裂けるかのような絶叫するマサヒコだが―――既に、彼女は、いなかった。
消えるように、去っていった。
「あ…………あ」
膝を折って、その場に座り込んだ。体中の血液が、逆流するような錯覚。
耳の奥から、なにか音が響いたような、気がした。マサヒコは、その場で蹲って―――
そして。崩れ落ちるように。

「…………?マサヒコ?」
和田君は、教室へと入ってくる友人の姿を認めて声をかけた。
彼をひとまず送り出してから、まだ30分ほどしかたっていないことを、腕時計で確認する。
(…………?)
おかしい。―――既に和田君は、マサヒコの異変に気付いていた。
「大丈夫か、マサヒコ?なにかあったか?」
「あ、和田?なんでもないよ。悪かったな」
口調は、いつものマサヒコだった。感情的になっているようにも、呆然としているようにも、見えない。
しかし和田君は、どこか。マサヒコが、どこかおかしいという感覚から、抜け出せずにいた。
「お〜〜い、マサヒコ?戻ってきたんなら、入ってくれーー!!」
「………うん、すぐに入るから、広永」
喫茶2-Aの盛況は、まだ続いていた。いや、むしろ英稜祭終了に刻々と近づいている、
その時間を惜しむかのように………最後の熱狂とも言える、賑わいを、見せていた。
(…………?)
どうにも気がかりな和田君だが、すぐに厨房へと入ったマサヒコは普段と変わりなく、
むしろテキパキと仕事をこなしてすらいた。しかしそんな彼の様子を見ていても、
和田君には釈然としないものが残っていた。それは。
外見だけマサヒコに似た全くの別人がそこにいるような。小さな歯車が、狂ってしまったかのような。
微妙だが、どうしても消えない、錯覚だった。
「あ………お帰り、小久保君」
「…………ああ、若田部」
ぎこちなく、挨拶するアヤナと、それに淡々と答えるマサヒコ。
ぞくり、と和田君は背中に冷たいものが、走ったような気がした。
なぜなら―――ふたりのことを心配して横目で見た瞬間、気付いたのだ。
マサヒコの目が、今までに見たことがないくらい。酷く悲しげで、冷たかったことを。
(マサヒコ………)


和田君は、嫌な予感に襲われていた。それは、なぜか。確信にも似た、感情だった。

「はい、井口さん、このアイスコーヒーがラスト・オーダーです!!!」
「おっしゃぁ、完売だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」」
どよめく『喫茶2-A』。そして、それとほぼ同時に。
【ピンポン、パン、ポ〜〜ン】
『英稜祭は、まもなく終了します。恒例のラストイベント、<希望の灯>が行われます!
実行委員の皆様は、生徒会室前に集まって下さい!』
「おおおお、終わったぜ!!」
「お疲れ、みんな!!!」
「は〜〜い、みんな!!それじゃ、バンザイ三唱といきますか?」
「いいね、柴原さん!」
「じゃ、今日頑張ったのはみんなだけど………ここは、実行委員のアヤナと小久保で良いかな?」
「「「「「異議なし!」」」」」
柴原さんがあっさりと場を仕切り、壇上へと押し出されるふたり。
「えっと………俺らで、いいの?」
「な〜〜に、言ってるの、アンタらが音頭を取らないと、ここは納まらないでしょうが!」
「「「「アッ、ヤッ、ナッ!!!マッ!サッ!ヒッ!コッ!」」」」
囃し立てる周囲をふたりでちょっと恥ずかしそうに見たあと―――
「それじゃ………いいか?若田部」
「ウン、小久保君」
「「ばんざ〜〜〜い!!ばんざ〜〜〜い!!!ばんざ〜〜〜い!!!!」」
アヤナ&マサヒコのバンザイ三唱に、狂喜乱舞で答えるクラスの面々。
三唱後、隣り合った同士で握手をしたり、中には感極まったのか泣き出している者すらいた。
中村&アイの年長コンビも、ニコニコとそんなクラスの熱気を見つめていた。
「…………柴原?場を白けさせないうちに、オレたち行くぜ?あとはお願いして良いか?」
「あ、そうだよね?さっき実行委員呼ばれてたし」
「ゴメンね、柴原さん。ファイヤーストームでね?」
「ほいほい。あとは私らに任せて、いってらっさい、アヤナ」
柴原さんが快諾し、マサヒコとアヤナはそそくさと教室を後にする。
「は、濱中さん!あの、良かったらこれから俺らと」
「ずりいぞ、出し抜くな、湯上谷!濱中さん!お願いします!俺らと打ち上げに」
「ついでにメアドなんかを」
「打ち上げなら全然OKだけど、え〜〜?メアド?」
「教える必要なんか無いっす!死ね、大野!」
ドサクサ紛れのうちにというか、アイはいつの間にか男子生徒達に囲まれてしまっていた。
―――しかし、そうした熱狂の中から一歩身を引いていた人物が、いた。
そう、教室を去っていくふたりの後ろ姿を逃がさずに見つめていたのは、やはり、中村だった。
「柴原さん、だったっけ?」
「あ、今日は一日、本当にありがとうございました。中村先生」
中村が声をかけると、ぺこり、と柴原さんがお辞儀をする。が、中村は苦笑混じりに答えた。
「もう先生でもなんでも無いって。ただのOL。ねえ?あなたなら、頼めると思うんだけど………」
「??え?」
耳打ちする中村と、目を白黒させる柴原さん。そんな密談が行われているとも知らないふたりは―――

「本当は、柴原みたいなのが実行委員になれば良かったんだよな」
「ふふ、でも柴原さんって女バレでも頼られてるみたいだし。
ウチのクラス専任ってわけにもいかなかったんでしょ?最後に帰ってきてくれただけでも感謝しないと」
「ん、まあな。実際アイツって人当たりが良いだけじゃなくて面倒見も良いし」
「それだけじゃないよ?交渉力とか事務処理能力も抜群なんだから、柴原さんって」
「はは、しかしまぁ…………お疲れだったな、若田部」
「うん………小久保君」
アヤナはマサヒコの横顔を見つめた。実は彼女にも和田君と同じく、拭い去れない違和感があった。
それは、マサヒコが帰ってきてからずっと、抱いていた思いだった。

さきほどからの会話も、特に不自然な内容ではないし、引っかかるところもなかった。
それでも、アヤナにはどうしても。上っ面だけの、会話にしか思えなかった。
マサヒコが―――なにか。なにかを、隠しているような―――そんな気がして。
「………若田部?例の手紙って、生徒会室でもらえるのかな?」
「………あ。う、うん。そうだって、副会長の那須野さんが言ってた」
「ふぅん………そっか」
少し不意を突かれてしまったアヤナだが、マサヒコは彼女の様子を気にする様子も無かった。
やがて、生徒会室の前に着いた。既にそこでは各クラスの実行委員が、
英稜祭が終わろうとする最後の興奮に身を浸して賑やかに雑談を交わしていた。
「お、若田部さんお疲れ!2-A、すごかったみたいじゃん!」
「あ、那須野先輩。そうですね、おかげさまで完売でしたけど」
「いや、マジで2年の中ではダントツの売り上げみたいよ?頑張ったね〜〜」
「ありがとうございます。クラス全員、頑張りましたから。あの、ウチのクラスの手紙は?」
「ああ、悪い悪い。えっと、2-Aは、うん、これだね。はは、ところで若田部さんはなにをお願いしたの?
なんて聞いてみたりして。受験とか?イロコイ関係とか?」
そう言いながら那須野はちょっとねっとりとした視線をアヤナに送ってきた。
心の中で苦笑しながら、アヤナは副会長からひとまとめにされた手紙を受け取る。
「ふふ、面白味がないですけど、『英稜祭が上手くいきますように』って。それだけですよ」
「へえ〜〜、偉いねえ」
まだなにか言いたそうな副会長に軽く、しかし満面の(作り)笑顔でお辞儀をすると、
その場の会話を打ち切ってアヤナはマサヒコの元に戻って手紙の束を手渡した。
「はい、男子の分。でもなんだか、ドキドキするね。これから、最後のファイヤーストームなんだよね?」
「そうか。去年いなかったから若田部は初めてなんだよな」
「ウン。盛り上がるんだよね?」
「ま、英稜祭のハイライトだからな」
英稜祭のラストを飾るのは、<希望の灯>と題されたファイヤーストームに、
あらかじめ生徒が願い事を書いた手紙をくべて燃やすというイベントなのだった。手紙が勢いよく燃え、
火の粉となってファイヤーストームの頂点まで届くと願いが叶うという、学園伝説が残っており―――
特に恋愛関係では毎年かなりの高確率でカップルが誕生するとも言われていた。
「はい、それでは実行委員の皆さん?そろそろ後夜祭に向かいますから、
ファイヤーストームの前で円になって並んでいて下さい!」
生徒会長が皆の雑談に負けじと声を張り上げ、実行委員の面々は陽気にグランドへと向かう。
その中に―――マサヒコと、アヤナもいた。
「…………小久保君は」
「ん?」
「願い事、なんて書いたの?」
「………なんだったけな?」
「もう。忘れちゃうようなことなの?」
「ん、だってけっこう前のことだしさ。
「………私は」
「若田部?言わない方が良いよ」
「え?」
「願い事ってさ、願をかける前に人に言っちゃうと叶わないんだって。だから今は言わない方が良いよ」
「………う、ウン」
思いもかけず、マサヒコの表情は真剣なものだった。なぜか、アヤナはそれ以上深く追及することができず。
ふたりは、それから黙ったまま。グランドへと、足を運ぶのだった。

「…………はい、それじゃ1-Eの実行委員、野口さんと下柳君!お願いします!!」
「「はい!!」」
一年生最後の実行委員が、手紙の束をファイヤーストームにくべようとしていた。
興奮によるものだけでなく、ふたりの顔は炎に照らされて、真っ赤に映えていた。
"パチッ………ジジジジ!!"
手紙の束に、火が燃え移る。元々は白かったはずの手紙の束はすぐに黒々とした塊となり、
それは火の粉となって宙を舞う。ファイヤーストームを囲んでいる英稜生たちは、
皆じっとその様子を見つめ………そしてそれぞれの願い事を、心の中で呟く。


「続いて、二年生にいきます!2-Aの実行委員、小久保君と若田部さん!」
「「………はい!」」
アヤナとマサヒコのふたりが、手紙の束を持って前へと出る。
ファイヤーストームの根元にそれらを置くと、熱波からのがれるように、ふたりは後退り、
そしてマサヒコが鉄の棒で手紙の束をファイヤーストームの中へと押し込んだ。
"ジ………パチ、パチッ、ジジジジ"
燃えさかる炎、そして―――手紙の束は、炎の中で黒い羽となり、
赤く照らされたファイヤーストームの周りを駆け上るように飛翔して夜の闇へと吸いこまれていく。
最後の仕事を終えたふたりは、それぞれの願いを祈っていたであろう、2-Aの生徒達の元へと戻る。
「お疲れ!マサヒコ!」
「お疲れさま〜〜、若田部さん!」
ハイタッチでマサヒコを迎える男子生徒、アヤナに抱きつくようにして喜び合う女性陣。
ふたりは、しばらくそんな同級生たちと喜びを分かち合っていたが………
「………小久保?コレ終わったら、行ってきな」
「え?」
「決着。アヤナと、まだつけてないんでしょ?あの子に屋上に行くように、言っておいたから」
「!!し、柴原?」
それまでは皆と一緒に騒ぎの中にいた柴原さんだったが―――
少し落ち着いた頃を見計らったようにマサヒコの隣にくると、耳元で囁いた。
「いいから、行ってきな?今日のアンタらの様子見て、気付かないわけないでしょうに」
「………柴原、お前」
「中村さんに、言われたんだ。和田君の態度もヘンだったし、色々追及したわけ。
和田君もなかなか口を割らなかったけど、なんとか聞き出してね。
しかし、不器用だよね、小久保も………アヤナも」
「……………」
黙りこくるマサヒコだが、柴原さんは彼の腕を取って続ける。
「行ってきな?良いよ、後は。これは、中村さんと和田君と、私の、おせっかいだから」
はっとしてマサヒコは柴原さんを見つめた。ほとんど同じ言葉を、今日アイから聞いた記憶が蘇る。
柴原さんは、真剣な眼差しでマサヒコを見つめ返した後―――にっこりと、笑って頷いた。
(柴原…………)
ふと、視線を感じて振り返ると――――和田君の、心配そうな顔があった。
また視線を感じて、その方向を見る。そこには、マサヒコに微笑みかけるアイの顔。
そしてその側でちょっと決まり悪そうに横を向く、中村の顔。
(中村先生……………濱中先生………和田)
こんなにも、自分を助け、気にかけてくれる人がいる。そう思うと、マサヒコは恥ずかしさに襲われた。
ミサキに去られて、少しだけ自虐的になっていた自分を、小さなものだと思った。
「ありがとう、柴原。行ってくるよ、オレ」
笑顔のまま、無言で頷く柴原さん。そして、マサヒコは駆けた。

屋上につくと、アヤナはじっと炎の柱を見つめていた。パチパチと燃え盛る炎の粉に照らされて、
彼女の端整な顔はむしろ、美しさよりも儚さを感じさせるかのようだった。
「………小久保君」
現れたマサヒコの姿を認めると、思い出したように、アヤナが言った。
無言で、彼女の横に立つ。アヤナは、何も言わずに眼下のファイヤーストームを見つめていた。
マサヒコも、無言でいた。ふたりは、しばらくそうしていた。無言で、炎を見つめていた。
「…………振られちゃったよ」
どれだけの時間が過ぎたのか―――ようやく、マサヒコが小声で言った。
「え?」
「今日、ミサキが遊びに来てたんだ。それで………オレ、アイツに謝ろうと思って。
ここに連れてきて、謝ろうと思って。でも、振られちゃったんだ」
「………それって」
「オレ、バカだよな。若田部」
「?」
「分かんなかったんだ。でも、結局、二兎を追っちゃったんだ。お前と………ミサキを。
ふたりを、傷つけたくないって思ってたはずなのに。結局、お前らふたりともに、最低な思いをさせて」

「……………」
アヤナはマサヒコの横顔をまた、見た。思いのほか、その表情は固くもなく、
また、自傷的でも、自暴自棄になっているようでもなかった。
先ほどまでのどこか冷えた感じもせず、無表情でもない―――静謐で、穏やかな横顔だった。
(私は………違う。そう、望んだんじゃない。違うけど…………)
「……………」
思わずアヤナは、隣にいる、マサヒコの指に自分の指を絡めていた。
マサヒコもそれを拒むこともなく受け入れて―――ふたりは、ただ無言で炎を見つめていた。
やがて、全てのクラスの手紙がファイヤーストームにくべられて、後夜祭は終わった。
屋上から見下ろすと、たくさんの生徒達の感情が、歓喜の輪でひとつになっているのが、分った。
「終わったんだね………」
「ああ」
ふたりは、最後の手紙の束が燃え尽きるまで、ずっと炎を見つめていた。
終わったのは、後夜祭なのか。それともミサキとマサヒコの関係のことなのか。
それとも違う、なにか別のことなのか。アヤナの呟きが、どれを指しているのかマサヒコには分らなかった。
どれでもあるようで、どれとも異なるような気がしていた。しばらくそうしていて、ふっとアヤナを見ると―――
「……………若田部?」
「…………」
アヤナは、泣いていた。大粒の涙をボロボロと零して。
「なんで………泣いてるんだ?」
「分らない………分らないけど」
頭を振るアヤナ。じっと、マサヒコはその泣き顔を見つめていた。不思議な、泣き顔だった。
皺ひとつ寄せず、顔を歪めもせず。無表情のままアヤナの目から頬へと涙が伝い、線になる。
やはり、アヤナはキレイだと思っていた。それはどこか、清新で涼しげな色香さえ漂う泣き顔だった。
(…………オレは)
きゅっと、アヤナが絡めた指に力をこめてくる。マサヒコも、少しだけ強く握り返す。
ただ泣き続けるアヤナと、それを見つめるマサヒコ。ふたりは、そのままずっと立ちつくしていた―――

「…………若田部?」
どれくらい泣き続けていたのだろう?
枯れることのない泉のように涙を流していたアヤナの瞳から、いつの間にか涙が途切れていた。
「ゴメンね………小久保君」
ずっとその様子を見つめていたマサヒコが声をかけると、少しだけ渇いた声で、アヤナが答えた。
「もう、大丈夫、か?」
「私………私ね、本当に天野さんと、あなたのふたりが、羨ましかった。
でも、言い訳なんかじゃなく、昔の私はあなたたちの仲を裂こうなんて、思ってなかった。
今なら言えるの。私はあなたのことも、天野さんのことも、好きだったの。ふたりとも、
私にとって大事な友達だって思ってたのに。なのに、なんで、こうなっちゃったんだろう………」
「………オレも、そう思ってたよ」
「え?」
「お前とミサキは、なんだかんだで友達だって思ってたから。だから、なんで………こうなったんだろうな?」
「…………こくぼ、くん………」
アヤナとマサヒコは、そうして見つめ合う。不思議なくらい、ふたりはお互いの考えていることが分った。

マサヒコは、ミサキという、大切な恋人を失った。

アヤナは、ミサキという、大切な友人を失った。

ふたりは、ただ、そのことだけを考えていた。哀しみだとか、切なさだとか、そんな感情ではなく。
ふたりは、ただ、そのことだけを思っていた。

「…………」
「…………」
また、無言に戻ると。ふたりは、ファイヤーストームが消えようとしているのを見つめていた。
消えかけているのは、炎のはずだった。分っていた、はずだった。





「そろそろ戻ろう、若田部。多分みんな、待ってるから」
「うん………」
炎が消えるまでを見つめ続けていたふたりは、ようやく、絡め合っていた指先を離した。
それでも、アヤナの指先にはマサヒコの体温が残っていたし、
マサヒコの指先にも。確かに、アヤナの体温が残っていた。
それがとても不思議なことだと―――ふたりはなぜか、そんなことを考えながら屋上を後にした。

「おう、マサヒコ?実行委員の後かたづけ、終わったか?」
「ん、今終わったとこ。悪かったな、和田。教室の片づけ任せちゃって」
「ま、いいって。どうせ残りは明日やるんだし」
教室に戻ると、いち早く和田君がマサヒコに声をかけてきた。
「アヤナ〜〜?ねえねえ、教室かたしたらさ、みんなで打ち上げ行こうって言ってるんだけど?」
「あ、良いね!柴原さん!」
マサヒコから少し遅れてアヤナも戻り、すぐに柴原さんがアヤナに声をかけた。
(悪い………柴原、和田)
マサヒコは、無言で感謝していた。和田君も、柴原さんも。
クラスの他の人間が、マサヒコたちをからかう隙を作らないように素早くフォローしてくれている。
そのことに、もちろん気付かない彼ではなかった。
「わ〜〜い、いこいこ♪アヤナちゃ〜〜ん、アイ先生も中村先生もね、来てくれるんだって♪
みんなでカラオケ行こッ♪えへへ、ね?杉内くんもね♪」
「行く行く、行くなっていっても無理矢理行く!!行きましょうって、若田部さんも!」
「なぁ、杉内?殴って良い?」
“バキッ、ドカッ、ボスッ!”
「あは。あはははは、痛くない。痛くないよ?なんでだろう?」
あっという間に、フクロにされる杉内君。そして。
「だいじょうぶ〜〜?すぎうちくん?ほ〜〜ら、痛いの痛いの、とんでけ〜〜♪」
「ああッ!本当に、痛くない!!」
“ボスッ、バキッ、ドカッ!!”
今度は合図も無しにクラスメイト一同にボコボコにされる杉内君だが、
リンコはなぜかそんな恋人の様子をニコニコと見守るのであった………て言うかリンコ、なにげに酷い。
「ま、良いから、じゃあ片づけもうすぐ終わりそうだし、行くか?みんな」
「「「「「おう!」」」」」
マサヒコの言葉を合図に、2-Aの有志面々は教室を後にした―――

「♪〜〜♪〜〜♭♯」
「おし、次、濱中さん!お、俺と一緒にお願いします!」
「コラ、大野!抜け駆けすんな!」
「まあまあ。じゃ、三人で一緒に歌う?大野君、佐々木君?」
「はい!」
「ぜひ!」
結局男女20人ほどの生徒にアイ+リョーコというメンバーで駅前のカラオケボックスに集合すると、
大部屋ふた部屋に別れての打ち上げ会がすぐに始まった。
「しかし濱中先生、大人気ねえ………」
「あの人の胃袋を知れば引く奴もいるかと思ったが」
「正直、俺もあれはドン引きだった」
「お前が正常だよ、和田」
マサヒコは意識的にアヤナと別部屋に入っていた。柴原さんに和田君、それにアイという面々だが、
そこでは既に男子生徒によるアイの争奪戦が始まっていたのであった。
「しかし柴原?ここの支払いとか大丈夫なのか?」
「あ、それ大丈夫。中村さんがさっきお金は任せなさいとか言ってたから」
「それ、本当に大丈夫か?言っとくけど、今日の売り上げに手をつけるとかは無しだからな?
あれ、まだ精算が済んでないって杉内が言ってたし、明日には実行委員会で売り上げ報告が」
「だから大丈夫だって。ここだけの話よ?なんでも森脇先生にカンパしてもらったって」
「?カンパ?」
「うん、なんでも森脇先生と中村さんって昔からの知り合いだとかで、お願いしたら快くカンパしてくれたって」


(快く、ねえ………)
なんとなく副担任教諭・森脇の顔を思い浮かべて気の毒に思うマサヒコだが、
それもどこか自業自得と思ってしまうところもあったりして。
「ね〜〜ね、しばっち!歌おうよ!」
「あ、いぐっちゃん、じゃ、歌う?歌っちゃう?歌っちゃえ!」
あっさりと井口さんの誘いにのってマイクを握りしめる柴原さんを、苦笑しながらマサヒコは見守る。
そしてごく当たり前のように和田君がマサヒコの隣に移動してくる。
「で、大丈夫だったか?マサヒコ」
「………大丈夫だったよ、なんとかな」
「そうか…………」
複雑な表情を浮かべる友のことを見て、和田君もそれ以上は聞かなかった。
その後はタンバリンを叩いたり、歌っているクラスメイトを囃し立てたりと、
いつもクールな和田君にしては珍しいくらいにはしゃいだ、振りをしていた。
それは、彼なりの優しさだと―――マサヒコは、思った。
「わ〜〜〜い、歌い疲れちゃったよ、マサヒコ君!」
「正確には食い疲れもあるんじゃないですか、先生」
「あ、ひど〜〜い!」
ちょっとむくれて見せるアイだが、テーブルに広がる跡形もなくなったピザやらパスタやらの皿、
それに空の丼等の数々を見れば、説得力などなくなってしまうわけで。
「しかし………すげえですね、相変わらず」
「へへ、最近のカラオケはフードメニューも充実してるんだよね♪」
「はあ。で、どうします?まだなんか頼みます?」
「そうね〜〜、じゃ、ミックスピザのLを」
「ドリンクじゃないんですね、やっぱ」
「追加で三枚お願いね♪マサヒコ君」
((((まだ食うんかい!!!!!!!!))))
アイの驚異の食欲にさすがにひっくり返る面々だが、アイはいつもどおり満面の笑みなわけで。
「はい、じゃ、ピザの追加で。はい?ええ、ミックスをLサイズ、三枚です。はい。お願いします」
そしてもはや慣れっこのマサヒコは、淡々とフロントに注文を伝えるのであった。
「ねね、マサヒコ君は歌わないの?」
「いや、ホラ、俺音痴ですし」
「も〜〜う、相変わらずなんだから。はい、じゃ、私とデュエット!」
「………だからですね、先生?」
「イヤなの!そういうの!マサヒコ君も、一緒に楽しまないと、私はイヤなの!」
マサヒコの腕をとり、ダダをこねるように揺らすアイ。その仕草はとても可愛らしいものだった。しかし。
「??………あ!先生、飲んでますね?」
いつもよりちょっとほの赤い目許と、いつもよりちょっと甘えた感じのアイを見て、気付いた。
そう、マサヒコの言うとおり、アイはほろ酔い加減で上機嫌に出来上がっていたのだった。
「大丈夫〜〜〜他のコには飲ませてないから」
「そういう問題じゃ!柴原!お前なあ、先生の近くにいたんだったら」
「いいじゃん、濱中先生は未成年ってわけじゃないんだし」
「………あのなあ」
「歌おうよ〜〜へへ、マサヒコく〜〜ん」
「はぁ。分りましたよ、しょうがないな……」
諦め顔で、マサヒコはアイから渡されたマイクを手にする。その様子を見てにっこりと微笑むと、
アイは先にスポットライトの下へと移動していた。
「マサヒコ、うらやますぃ〜〜!!」
「ひゅ〜〜ひゅ〜〜!!アイ先生!!」
周囲の声に押されるように、マサヒコはアイの横に立つ。
「で、先生?どの曲入れたんですか?」
「えへへ、前も一緒に歌ったことあるから、マサヒコ君も大丈夫だよ」
「はあ……あ、この曲ですか。はは、懐かしいっすね」
マサヒコも、その曲名を見るとつい頬が緩んだ―――そう、その曲は、あの日。
合格発表を見に行った後、みんなでカラオケボックスに行ってアイと一緒に歌った歌。
「………あの頃は」


「え?」
「毎日が、すごく楽しかったよね、マサヒコ君」
「………はい」
アイの表情は、その言葉と裏腹に、ほんの少し寂しげなものだった。
彼女の思いは、マサヒコにも分っていた―――分っていても。
「じゃ、行くよ!マサヒコ君!」
「あ、はい!広い宇宙の、数あるひとつ、青い地球の、広い世界で………」

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

「………ほぉら〜〜〜♪ほぉら〜〜♪ほぉおらぁぁ〜〜〜♪ひ・び・け!恋のう・たぁ!!」
曲を歌い終えると、アイとマサヒコは微笑みあいながら見つめあい、ハイタッチを交わした。
どこかほのぼのとした師弟のそんな様子を、クラスメイト達はやんやの喝采で迎える。
「お〜〜〜、小久保君意外に上手じゃん!」
「濱中先生、プリティっす!!!!」
「えへへ、ありがと〜〜〜♪」
「あんまからかうなって、お前ら………」
照れるマサヒコと笑顔のアイ。ふたりは舞台から降りると、隣り合ってシートに座り込む。
「お疲れ様でした♪マサヒコ君」
「はぁ。あ〜〜あ、でも今日は歌うつもりなかったのにな」
「私と歌うの、そんなにイヤだった?」
「!あ、ち、違いますって。あの、俺はやっぱ人前で歌うのはあんまその、苦手っていうか」
「ふふッ、知・っ・て・る!」
「………勘弁して下さいよ、先生」
相変わらずのマサヒコ&アイ。ふたりは、姉弟のようで、恋人のようで、やはり教え子と家庭教師なのだった。
“♪♯♭”
「あ?メールって……すいません、先生。ちょっと」
慌ててマサヒコが携帯を開けると、そこには。
<From:若田部><Sub:今外にいます><来て下さい。話が、したいです>
(…………若田部)
アヤナからのメールを見て複雑な表情を隠せないマサヒコ。
アイはそんな彼の様子を見て、既になにがあったかを、察していた。
(マサヒコ君………)
そして、アイは。マサヒコの耳元に唇を寄せてきて。
(??)
ほんの少し漂うアルコールの湿った匂いと、それと混じったアイの薫りが、して。
「行ってきなさい、マサヒコ君」
「え?せ、先生?」
「まだ、答えが出てないって顔してる。そんな君の顔、見たくないな………私は」
「先生。でも、オレ」
「いいから、行け!マサヒコ!」
突然立ち上がると、アイはマサヒコの頬をぱん、とひっぱたいた。
「!イテッ!な、なにするんすか、先生?」
「行け!マサヒコ。ゴチャゴチャ考えるな!」
「…………はい」
今日二度目だな、と苦笑しながらマサヒコはアイに送り出される。
もちろん柴原さんと和田君も、彼を見ていた。そしてふたりは、顔を見合わせて、頷く。
「??どうしたんだよ、マサヒコの奴」
「ねえね、しばっち?小久保君どうしたの?」
「あははは、彼女からお呼びがかかっちゃったみたいね」
「あ、噂のミサキちゃんから?」
「あ〜〜あ、いいな〜〜、モテ男君は」
「ひがむなって、湯上谷。俺らはもうちょっと盛りがっとく?」
「「「「「「おう!!」」」」」
仕切り上手コンビにより、マサヒコの脱出劇はさほど騒がれずにすみ、宴は続くのだった―――


「あ………ゴメンね、小久保君」
「いや、良いよ」
カラオケボックスを出ると、そこには商店街の灯を背にしたアヤナが佇んでいた。
いつもの言葉を発さずとも、いるだけで。そう、ただ存在するだけで華やかな彼女と違い、
その姿はどこか儚くて、脆くて、今にも消えてしまいそうな―――幽玄とした、感じがした。
「一緒に、来てくれる?」
「良いのか?お前の部屋の方は」
「ウン。後は、お姉様にお願いしてきたから」
「そうか………」
ふたりは、肩を並べて歩き始めた。無言だった。言葉は、要らなかった。
マサヒコには、彼女がどこに向かおうとしているのか、言わなくても分っていた。

「どうぞ、小久保君」
「ああ」
着いたのは、やはり若田部家だった。アヤナがドアを開け、マサヒコを誘う。
あの日と同じ、少し空気のひんやりとした玄関で靴を脱ぐと、ふたりはまた無言で。アヤナの部屋に向かう。
「…………」
「…………」
部屋に入っても、しばらく。ふたりは、無言のままだった。
ふたりの頭の中には、いくつもの、言葉が渦巻いていたにもかかわらず―――ずっと、無言のままだった。
“きゅッ………”
そして、ようやく。マサヒコが、アヤナを軽く抱き寄せた。
「…………小久保君」
胸の中で、アヤナが呟くような、ちいさな声を漏す。その声は、少し、苦しそうで。少し、悲しそうで。
「若田部………オレさ、ずっと、どうすれば良いか、分らなかった。オレ、逃げてたんだと思う。
お前からも、ミサキからも。多分ミサキは、そんなオレの情けなさを見抜いてて。
だから、あいつには愛想を尽かされたと、思うんだ。お前も………そう思うんなら、オレ」
「………私は、あなたから、逃げないよ。逃げないし、逃がさない」
「………」
「天野さんは。あの人は、優しいから。あなたが、私と天野さんの間で、悩んでるのを見て、
きっと、あなたを苦しませたくないと思って。だからあなたの前から去ったんだと、私は思う。
でも、私はあなたから、逃げない。私は、天野さんと違うから。優しくなんて、ないから。
狡くて、酷い人間だから。あなたを楽になんか、してやらない。これから、ずっと。あなたを、好きでいる」
「……………」
大きくて、澄んだ瞳が、ほとんど動かずに自分を見つめている。
そして、唇だけが、別の生き物のように言葉を紡いでいる―――マサヒコは、そう、思った。
「あなたは天野さんと同じくらい、優しい人だから。きっと、天野さんが去っていったことを一生後悔する。
その原因になった私といる限り、苦しむ。でも私は………ずっとあなたと、一緒にいたい。
たとえ、それがあなたには負担だとしても。私は、小久保君の、側に、いたい」
「若田部……」
愛の告白というより、復讐のような―――呪いのような言葉だと、思った。
それでも、それは間違いなくアヤナの、真情からの言葉だと、マサヒコは知っていた。
“ちゅッ”
アヤナが、キスをしてきた。唇を塞ぎにかかるような。呼吸を、堰き止めようとするかのような。
それは、攻撃的な、キスだった。そのまま、覆い被さるように。マサヒコを、ソファベッドに押し倒す。
“くちゅ………くちゅ、つぅっっ”
唇を吸ってから。舌を口内にねじりこむように、挿れてきた。性急で、なにかに取り憑かれたように。
「は………ぁ………」
なすがまま。アヤナに圧倒されながら。マサヒコは自分がひどく昂ぶりはじめていることに、気付いていた。
「ん………ぅ………あ………」
貪るように、唾液を掻き混ぜ合う。強く、激しく。野蛮で、原始的な激情を、剥き出しにして。
“ぷきゅ………”
長いキスのあと、ようやくアヤナが唇を離す。頬が上気して、目許にぽわっとした赤みが広がっていた。
「若田部………」
「抱いてよ………小久保君」


「でも………」
「抱いて。天野さんのことを、忘れてしまうくらい。今日のことも、全部、忘れてしまうくらい。
それに………私が、憎いでしょう?小久保君」
「そんな、ことは」
「いいの………あなたに、嫌われても。あなたに、憎まれても。私には、あなたを好きでいることしか、
できないから。もしかしたらあなたの気持ちは、永遠に変わらないかもしれないけど。
それでもあなたの気持ちが変わるまで。私は、待つから。ずっと…………ずっと。いつまでも」
彼女が泣いていることに、気付いた。大きな薄鳶色の瞳から、光の線が伝い、落ちる。
(若田部は……………)
幼子をあやすように優しく。もう一度、アヤナを抱く。マサヒコは思っていた。
――この子は、こんなに、良く泣く子だったろうか?
―――こんなにも弱く、感情を剥き出しにしてしまう子だったろうか?
――――もしかしたら。自分が、かつて知っていた若田部アヤナという子は、幻影だったのではないか?
そんなことを考えてしまうくらい、両腕の中の少女は、あまりにも弱々しくて、あまりにも小さかった。
「お願い………抱いて。私のからだに、あなたを刻んで。あなたを、下さい」
「………分ったよ、若田部」
“ちゅッ”
アヤナを落ち着かせるように。優しく、静かなキスをした。
上に組み敷かれていた体勢から、隣に寝かせる。そして彼女の弱点にも、舐めるようなキスをする。
「あ………!んッ………」
耳朶に唇を寄せられ、アヤナは切なげな声で喘ぎ、自然と身体が傾ぐ。
生温い、マサヒコの吐息が吹きかかるのを感じて、がくり、と力が抜けそうになる。
“ちゅ……ちゅぅッ、くちゅう”
そのまま、執拗なくらい。マサヒコはアヤナの耳を舐め、吸う。
「う………あ………ぁ!はぁッ………こ、こくぼ………くん」
声を抑えることが、出来なかった。鼻から高い声が漏れて、肌が粟立ち、ぶるぶると震えた。
くすぐったいような、気怠く痺れるような快楽に、アヤナは身体の芯から熱くなっていった。
「脱がすよ?」
「うん………」
“する………”
為されるがまま、制服を脱がされてゆく。ブレザーを。ワイシャツを。スカートを。
マサヒコのその仕草は、滑らかで、手早かった。下着だけの姿になるのに、さほど時間はかからなかった。
“きゅッ……”
(え?………)
マサヒコの細い指が、自分の衣服を剥いでいき、身体に触れ、纏い付く―――
まだ、たったそれだけで。アヤナは自分の裂け目から滴が漏れてきたことに気付いて、驚く。
「やっぱり、きれいだよ。若田部は」
“ちゅ………くつッ”
「ふぁッ………」
大きな胸の谷間に顔を埋め、キスをした。跡がついてしまうであろうことも構わず、強く、吸い出す。
乳房をブラ越しに揉む。少し力を加えるだけで、それは下着から溢れんばかりに、形を変える。
「私は………キレイなんかじゃ、ない。………汚れちゃったから。狡い女だから。私は」
「きれいだ、若田部」
アヤナの自虐的な言葉を遮るように断定口調でそう言うと、
“ぱち………ぷつッ、ちゅ”
マサヒコはそのままブラを外し、乳首を口に含む。
「あ……あぅ」
暗い感情を吐き出していたアヤナの口から、溜息が漏れる。
柔らかだった乳首は、マサヒコの口撫にすぐに反応して、つん、と固くなる。
“く………つ。ちゅ。ちゅ、ちゅぷ”
「ふ……ッ、あぅん………あッっ………」
ひたすら、マサヒコはアヤナの乳首を舐め、吸い、味わう。アヤナも、ただその愛撫に身を任せていた。
“ぷくッ………”
そして乳首から口を離すと―――少しだけ、悲しげな表情をしてから、また。
マサヒコはアヤナの乳房に顔を埋めてから、呟いた。


「ゴメンな、若田部」
「小久保君が、謝ることなんて、ないよ……………全部、私が」
「お前にしか、謝れないんだ。あんなこと言っておいて、オレ、やっぱりすごく後悔した」
「……………天野さんを」
「違う。ミサキを失ったことじゃなく。お前と、こうなってしまったことでもないんだ」
「…………」
「上手く言えないけど。もっと良いやりかたが、あったんじゃないかって。もしかしたらオレ達は、
友達のままでいられたんじゃないかって。……後悔するとしたら、そういうことなんだ。
オレはミサキと付き合ってたのに、今思えば心のどこかに若田部のことが残っていた。だから」
“ぎゅッ”
アヤナが、優しくマサヒコを抱き締めた。やらかい乳房に、頬を包まれる。
華やかで、甘い――――彼女の薫りに、自分がくるまれるような、錯覚を感じた。
「………私は、今、嬉しいよ」
「え?」
「言ってくれたから。小久保君が、私のこと。心の中に残っていたって、そう言ってくれた」
「ああ。若田部のことが、オレはずっと」
「ねえ?小久保君。私が一番怖かったことが何か、分る?」
「?」
「忘れられて、しまうこと」
「………忘れられて?」
「思ってたの。アメリカに行ってから、ずっと。小久保君に会えなくなってからずっと、思ってた。
あなたは、私のことをいつか忘れてしまうのかな、って。私は、忘れられてしまうのかな、って。
そう思うと、ものすごく寂しくて、ものすごく怖くなった。だって、それは……私という存在が、
あなたの中から、消えてしまうってことでしょう?それが、私は怖かった」
「オレは、お前を忘れたことなんて、ないよ」
「そうだと良いな、って私も思ってた。でも、それは確かめることができなかったから。
あんなに楽しくて、大切だった日々が……ただの思い出になって、消えてしまう。
そのことに気付いたとき、私は決めたの。日本に帰るって。天野さんにも、正直に言おうって。
天野さんは、私にとって一番大切な友達。前も言ったけど、それは、今でも変わらない。
こうなってしまっても。私は、あの人のことを、友達だって思ってる。それでも、私は」
“ちゅッ”
アヤナがマサヒコのつむじにキスをした。それは、母親が子供にするような、慈愛のキス。
「全てを、言おうと決めた。私の、思いを。それで、壊れてしまっても。後悔しないって。そう決めたの」
「…………多分オレは、後悔するんだな」
「そう。あなたは、後悔する……優しいから。後悔、し続ける」
アヤナはそう言うと、マサヒコをぎゅっと抱き締めた。
(若田部………)
彼女の鼓動が、聞こえた。ほんの少し汗ばんだ肌は、しっとりと馴染むようで。
なにより、柔らかくて、温かかった。マサヒコは不思議なくらい、安らかな気持ちになった。
「背負うから」
「え?」
「あなたの、その思いを。わたしも、背負うから。ずっと」
“ちゅ”
そして、アヤナは―――マサヒコの頬を両手で挟み、唇を重ねた。
「…………」
「…………」
お互いの気持ちを確かめ合うように、ふたりは微動だにせず。ただ、そのままでいた。
“つ………”
「若田部………オレ」
どれくらいそうしていたのだろう?ようやく、唇を離して。マサヒコが、言う。
「なにも………言わないで。あなたの、考えていることは、分るから」
「………ああ」
「でも………ねえ、小久保君?そう思った私たちは」
アヤナが言葉を切る。そして、力無く、笑う。
「間違って、いたのかな」


「間違ってたのかもしれない…………多分だけど」
「………そうよね」
ふたりは、顔を見合わせて寂しく笑った。しばし流れる、沈黙の時間。
そして、また―――マサヒコは、ゆっくりとアヤナを抱き寄せた。
「………」
“しゅ”
「ふ………」
顔を埋め、ちゅッ、ちゅッ、と胸の谷間にキスをしながら。薄い布に包まれた、アヤナの丘を撫でる。
長い会話の後にもかかわらず、そこはまだ、十分な湿度を保っていて。
“じぅ………”
すぐに、愛液が漏れ出てきた。布越しでも、そこがじんわりと滲んできたことが分った。
“す……すぅぅ………”
中指の先にある、その感触を確かめながらマサヒコは、小さな弧を描くようにして指先を往復させる。
「う………ぅん………ダメ、小久保君」
「ゴメン、痛かった?」
「違うの。気持ち良いんだけど………あの、ショーツが汚れちゃうから………脱がせて?」
「あ、うん。」
今更気が付いたようにアヤナの両脚を軽く上げさせると、下着に手をかける。
青と白のストライプのショーツは彼女が心配していたとおり、愛液で既に汚れてしまっていた。
「………濡れて、くっついちゃってるよ。若田部」
「やン。恥ずかしいから、言わないで」
ショーツの中央にできた灰色の染みが肌にぺっとりと貼りついているのを、剥がすように脱がす。
アヤナの裂け目が、マサヒコの目の前に露わになる。小さく息を飲みこんだ後、それに指を伸ばした。
“くちゅッ”
「!あンッ!!」
横に柔らかく生い茂った恥毛が手のひらに絡みつく。指先には、温かな粘膜の感触。
「若田部………濡れてて、あったかいよ」
「ア………う」
目を閉じて恥じいるアヤナを見つめながら、マサヒコは彼女の耳元で囁く。
「昨日は若田部、自分からオレの前で見せてたのに、やっぱ恥ずかしい?」
「あのときは、必死だったの。どうしてもあなたは、私を抱いてくれそうになかったから」
「………ゴメン」
「良いよ、もう。だから………」
潤んだ目で。おねだりをするように、アヤナがマサヒコの頬にキスをして、抱きつく。
それに答えるように、マサヒコはアヤナのぬかるみの中をかき混ぜた。
“ちッ………ぐちゅ。クちゃッ。くりッ……くちゅッ”
「あッ……ん、あ……」
首筋や、顎や、こめかみへのキスを続けながら。濡れてはいてもまだ固さの残る裂け目を、
ほぐすように優しく触れ、両襞を撫でていたが―――突然マサヒコは、指先でそこを。
“きゅッ”
「!?!……きゃあッ!あ!あッ!!」
ぐいッ、と一気に左右に広げ、剥き出しにしてしまった。
一瞬、彼女が目を見開いて驚きの声を発するのにも構わず、
めくれて広がったそこの上部にある小さな珠を、きゅッ、きゅッと擦る。
「ひゃん!??や、きゃァッ!!ダメェッ、こくぼく……ん、きゃ!」
いきなりの手荒い愛撫に、アヤナの豊かすぎる肢体が、固くなり、引きつり、戦慄く。
悲鳴にも似た声を無視して、マサヒコは小さな珠をくにくに、と弄り続け、耳朶をちろちろと、舐め続けた。
「きゃ、あ!………や、そこも、ダメ!や!んくぅ、や、あぁぁん!!!」
“ぷくちゅぅぅぅぅッ”
「あ………ゃ……」
大きく震えた後に裂け目から愛液が溢れ出し、マサヒコの手のひらを濡らした。
薄い紅色の唇から涎が零れ、つぶらな瞳は焦点を失い、目の端には涙が溜まっていた。
それは、彼女が達した、確かな証だった。
「敏感なんだね、若田部は。昨日も、すぐいっちゃったし」
「あ………や。やァ」

312 名前: 郭泰源 ◆5pkah5lHr6 [sage] 投稿日: 2008/06/28(土) 14:15:40 ID:l0THglmL
あっさりと絶頂に達してしまった恥ずかしさからアヤナは顔を両手で隠して身を捩るが、
彼女の意志に反して下腹部は、灼けるように熱くなってしまっていた。
(恥ずかしいけど………でも………)
アヤナは、自分のそこが更なる甘美な悦楽を欲してじゅくじゅくと疼いているのを、はっきりと感じていた。
“ぐッ………ちゅ”
「!こ、小久保君?」
彼女の情欲を察したかのように―――マサヒコは素早く頭を下げて潜り込むと、
熱したアヤナのからだに唇を触れさせ、舌を這わせた。
“ちゅッ………つ、ち、ちゅぅ”
「!きゃ、ひぃああああ!!」
玉の汗が光る、たっぷりとした乳房。柔らかに締まった、中央の稜線。滑らかに窪んだ、臍。
キスと舌撫を交互に繰り返しながら、マサヒコはアヤナの下半身を愛撫してゆく。
そしてそこに行き着くと、両膝を開かせてアヤナの入り口に顔を寄せた。
―――少し酸い薫りが、マサヒコの鼻腔を直撃する。しかしそれは、不快な薫りでは、なかった。
「ん………」
まだ完全に羞恥心を捨て切れないアヤナはほんの少しだけからだを強ばらせるが、
すぐに力を抜いてマサヒコのなすがまなになった。
(………可愛いな、若田部のここ)
彼女の髪と同じ薄茶色の恥毛が、疎らに生い茂っていた。
汗と愛液で湿った茂みから、うっすらと顔をのぞかせるアヤナの女唇。
それはミサキのそれより、やや肉厚で、濃いピンク色で、ぷっくりとしていた。
昨日、他ならぬ自分が何度もその奥に精を放ったばかりだったが、
マサヒコはアヤナのそこを、たまらないくらい、愛おしいと思った。
“りゅ……”
「ひぅん!」
指先で、小さく拡げて。マサヒコが、温かい舌を入り口に這わせてきた。アヤナは、思わず悲鳴をあげる。
“ちゅッ………ちゅ、つ〜〜〜、ちゅる”
「あ!ヤっ!んあ!……ひあ!ん、ぅくん………は、くぅん」
夢中でミルクを飲みほそうとする、子猫のように。丹念にマサヒコが舐め続けるうち―――
やがてアヤナの声からは固さが消えていき、艶やかな、円味を帯びた声へと変わっていった。
そして入り口は徐々に開いていき、奥からさらにとくとくと愛液が染み出てきていた。
「赤くなってる………若田部の」
「や!やだ、言わないでよ、そんなコト」
十分に潤っていたアヤナのそこは、マサヒコの舌撫でさらにぽってりと赤く腫れたようになり、
さきほどの指撫で軽く剥かれた小さな珠も、既にぷっくりと突起状になって姿を見せていた。
“つ………ちゅ、つぅ”
「!?!きゃ、きゃぁあああああ!」
敏感な珠を、唇ではさんで、吸って、舐る。アヤナが叫び声を上げ、
からだを弓なりに反り返らせるのにも構わず、マサヒコはひたすらそこを責め続けた。
“づ……じゅ、じゅうッ”
そして奥から次々と溢れてくる愛液を、じゅるじゅると、わざと音をたてるように啜る。
「や………吸っちゃ、いや、恥ずかしいよぉ、こくぼ、くん、あ、は、や!」
両脚で、マサヒコの頭をきゅっと挟んだ。爪先が震え、体中から汗が噴き出るように、流れた。
泣きたくなるような恥ずかしさを覚えながら、アヤナは昨日の処女喪失よりも、確実に。
自分のからだが、快楽の渦に沈み、欲望を貪っていることを、感じていた。
“じゅ、ぷじゅッ、じゅるッ”
さらに、ぴったりと。マサヒコが顔面をアヤナの裂け目に密着させるようにして、吸い上げると―――
「は!あ………だめ……ダメぇぇぇぇ!!」
視界の全てが、白く覆われ、アヤナはさっきよりもずっと深く、激しく。自分が、達してしまったことを感じた。
“ぴしゅぅッ!!!”
濃厚で、愛液よりもさらに粘つく、とろとろとした蜜が吹き出され、マサヒコの鼻先を汚した。
“ぴッ……とろぅ………”
「ん……ん………あ、ふあぁぁぁ………」
何度も蜜を垂らし、何度も痙攣を繰り返してから。アヤナは、がっくりと脱力してしまった。
「………………」


無言で顔をあげ、マサヒコは見つめてきた。アヤナの蜜で、口元から鼻先までべっとりとまみれていた。
「や………見ないで、私、いっちゃった………恥ずかしい……」
弱々しく声をあげるアヤナだが、マサヒコはただ、目も伏せられぬほど美しい彼女の肢体を見つめていた。
皮膚がはち切れてしまいそうなくらい桃色に上気した肌には、玉の汗が光っていた。
アヤナは鈍く震えて―――息を吐くのさえ、精一杯の様子だった。
“ごくッ”
マサヒコは自分の中から、静謐な欲望と、確かな愛情が湧いてくるのを感じていた。
―――今すぐ、目の前のこの少女を犯してしまいたい。
いや、ゆっくりと、大事に彼女を包んでしまいたい―――
相反するようで、近しいふたつの感情。それに突き動かされるようにして、マサヒコは。
“ぎゅッ”
アヤナを、強く強く。抱き締める。身体と心の震えが、大きく柔らかな胸から伝わる。
「大丈夫?若田部」
「だいじょうぶなわけ、ないじゃない……バカ」
「久しぶりだよな、それ」
「なによそれ…………バカ」
頬を赤く染めてまたそう言うアヤナを見て、マサヒコは微笑んだ。
しおらしいアヤナより、今のアヤナの方が、やはり彼女らしいと、思った。
“ちゅ”
アヤナのおでこにキスをしてから、ソックスだけで裸の彼女を横たえると、ようやくマサヒコも制服を脱いだ。
下着の中で既に雄々しくそそりたったペニスを、じっと見つめていたアヤナに誇示するように取り出すと、
それを彼女の両脚の間に、ゆっくりとくっつけた。
「………若田部、怖い?」
「怖く、ないから。………ください」
そう言うと同時に、アヤナはマサヒコに抱きついてきた。
そして、羞じらいながらも両脚を広げて絡めてきた。固くなったペニスが、ぐいッ、と押しつけられた。
その先が、柔らかな入り口に触れていることを、感じた。
「………じゃ、いくよ?」 
「ウン………」
指先で、確認するようにアヤナの入り口を優しく広げると、マサヒコは、怒張しきったペニスを。
“ぐくッ、、、、ぬぅる………”
「あ!………あぁッ!!」
アヤナの中に、埋めていった。眉をひそめ、高い声で、アヤナは艶やかに、鳴いた。
「まだ、痛い?」
「……………痛い。けど、ちゃんと…………感じるよ」
「本当?」
「ウン。痛さも感じるけど。ちゃんと感じる。ちゃんと、小久保君を、感じる。
あなたが、私の中にいることを、感じてる………だから、もっと、きて」
性急に。ねだるように。アヤナが腰を密着させてくる。
「………若田部」
“ぐ……ぅ。ず………るくッ”
「う………あ………こくぼ……くん」
(入った……)
昨日より、なめらかにアヤナの中に入った。やはり、そこは昨日と同じく。
くにくにと、柔らかく、熱く、マサヒコを包んできて。
「は―――ッ………あ………」
「若田部………」
「いい………へいき、だから。もっと。もっと、奥まで」
無言で、頷いた。言葉通り、マサヒコは。
“るぅ……、ぐ、ぐ、ぬる、ずぅぅッ”
「あ………うン………入って、きた。こくぼくんの。あ、すごく    あ!」
「…………動くよ?若田部」
「ウン………き、て………小久保、くん……」
炙られるような苦痛に、身を焦がしながら。痺れにも似た快楽に、浸りながら。
アヤナは―――自分の肉体が、浅ましいほど、マサヒコを欲しているのを、感じていた。


“ぐ………ずるッ、ぐちゅッ、ずくッ、ぐじゅッ”
「ふぁ………あ、あ。あ、ン!は………ぁ!」
奥まで突き立てて。それを、浅く引き抜いて。また、それをずぶずぶと、沈める。
繰り返されるピストン運動に応えるように、アヤナの口からは獣じみた呻き声が漏れる。
“ちゅ………とぅる”
その肉欲の叫びを、塞ぐように。マサヒコが、唇を重ねて、舌を入れてきた。
アヤナも夢中になって、舌を絡めて、吸う。
(あ………いい……気持ちいい……すごく。それと……小久保君……の、匂い)
奥の奥まで、マサヒコの肉体で隙間無く埋め尽くされていると、感じながら。
ふと、アヤナは――――今更のように。彼の体臭が、鮮鮮しく薫ってきたと、思った。
それは、ほのかな香りだった。青い樹木のような、若々しい香りだった。
“きゅッ”
耐えきれないくらいマサヒコが愛おしくなったアヤナは、彼の首に手を回して力の限り、抱き締めた。
マサヒコも、すぐに抱き締め返してきた。ぴったりと、裸と裸のまま、密着したふたり。
アヤナは、マサヒコのペニスを埋め込まれたまま。マサヒコは、アヤナの中に包まれたまま。
貪るように。息をすることすら、忘れたように。長く、激しいキスをする。
「ん………あ………」
「は………ふぁ………」
ようやく唇を離すと、少しの間、見つめ合ってから――――
“ぐ………ぱン!ぐちゅッ、ずる!ぐちゅッ、ぬりゅッ!!”
「は、あ!う!ぁああああ!!」
より激しく、マサヒコはアヤナの奥にペニスを突き立てていった。
彼女の荒い息と咆哮はマサヒコの鼓膜を心地良くくすぐり、さらにそのリズムを早めさせる。
“る………”
そしてマサヒコは、無意識のうちに。アヤナの肌に光る細かい汗の粒を、舐めた。
「あ!いい!あ!はぁン………」
飢渇の思いに炙られながら。アヤナのからだは、マサヒコの浸入を歓び、受け入れていた。
むず痒いような楚痛は、微かにずくずくと疼いていたが―――
まだ二回目だというのに、アヤナは完全にマサヒコとのセックスに溺れていた。
「あ………わかたべ………」
マサヒコも、アヤナの肉体とアヤナとのセックスに惑乱し、完全に溺れていた。
甘い、花の香りのようなアヤナの薫りに浸り、ピストン運動を繰り返す。
たぷたぷと揺れる豊かな乳房に顔を埋めたり、キスをしたり、舐めたりした。
「あ!ン!こくぼくん、あッ、くすぐったぁい………!あッ!!!」
そのたびに嬌声をあげるアヤナの反応を楽しむ余裕すらなく。
からだの火照りと喉の渇きに苛まれて、背骨を軋ませるように、ひらすら彼女を求めていた。
“ぐちゅッ!ぱん!ずぶぅッ!!ぅるぅ!!”
「くはッ!あッ!あぁッ!!!くぁッ!!」
感情の高まりとともにアヤナの叫びも、粘度を増して、より深い艶声へと変化していった。
(ん………あ!きもち、いい………こくぼくん。……いい………あんなことの、あとなのに………。
あんなことの、あとだから……すごく、エッチになってる、私……ああああ!!)
アヤナは、感じていた。マサヒコに抉られ、突かれるたび、悲しいほどに、自分が女だと思った。
(私は………私は。天野さんが、好きだった………小久保君が、好きだった………なのに)
緊張と弛緩のリズムに襲われ、快感の奈落にずるずると滑り落ちながらも―――
アヤナは胸の奥がつかえるような哀しみを、また思い出していた。
「あ!こくぼ、くん………わたし………わ、た、し………あああッ!!!」
網膜に、光が、爆ぜて。悲しみと、快楽のふたつの渦に呑み込まれて。アヤナは、達した。
歓びの悲鳴を叫んで、ふたつの巨きな乳房がぷるぷると震え、玉の汗が噴き出る。
「ゴメン………若田部。オレ、まだ………」
「う………あ、あ。い、いよ。………小久保君。来て………いい、から」
茫然としていたアヤナだが、両手を広げてマサヒコを迎え入れる。
―――マサヒコは、申し訳ないような気持ちになったが、それでも。
“ず…………ぐちゅッ、ずちゅッ!!”
「あ………あ!ぁぁあああッ!」
緩やかに、ピストン運動を再開させた。既に何度も達していたアヤナだが――――


再び内臓の奥まで抉られて、情欲に火がつき、燃えさかるのを感じていた。
“ぐちゅッ!!じゅッ!!ぽぷッ!!!”
「はっ………あ、んっ。こくぼくん………熱い。こくぼ、くぅん……すき。すきぃ」
半ば意識が飛んだトランス状態で、アヤナは譫言のようにマサヒコの名を呼び、求めていた。
絡めた脚に力をこめ、 彼の打ちつける腰の速度にシンクロさせて、
花弁を擦り上げるように自らも腰をくねらせる。
“ぐちゅッ!!つぴッ!!ず………ずぷッ!!!”
そしてアヤナの裂け目も、再び―――生温かい、ぬめった白濁の果汁を溢れさせ、
マサヒコを更に熱い、奥深くへと引きずり込もうとしていた。
(あ………もう、ダメ………壊れる……わ、た、し………全身が、あそこに、なったみたい……)
「あ………若田部……おれ、あ!は、うッ」
“ずるッ………ぴゅッ!!どくッ!!”
雄叫びともつかない声をあげると、間一髪、マサヒコはアヤナの胎内からペニスを引き抜き、
青い精で、汗に濡れたアヤナの腹部を。若草を。乳房を。汚していく。何度も、何度も。
「あ………はぁ………い、いい……こくぼくん…………」
精液で汚されているのにも構わず、アヤナはマサヒコの射精をうっとりと見つめていた。 
(かかってる……小久保君の、が。わたしに………あ。……あったかい)
「あ………は、はぁ、は……わかたべ………」
自らのペニスに手を添えたまま、マサヒコも荒い息でただ射精を繰り返す。
精を吐き尽くしてもなお、それは固さと角度を失わぬまま――アヤナの方を、向いていた。

後始末を終えたあと。ふたりは無言のまま、寄り添うように並んで寝ていた。
「………小久保くん?」
どれくらいの時が過ぎたのだろう―――ちいさな声で囁くと、アヤナはマサヒコを見た。
そして、気付いた。当たり前のように、マサヒコが腕枕をしてくれていたことに。
「…………」
彼は――――目を閉じていた。初めは眠っているのか、ただそうしているのか分らなかったが、
耳を澄ますと、マサヒコの鼻から漏れるほんのわずかな寝息の音が聞こえた。
(…………あ)
また、気付いた。マサヒコの目許に涙の痕があって、まだ少し、涙が流れていることを。
(夢を………?)
それは、ミサキの夢なのだろうか。悔悟の夢なのだろうか。それとも、自分の夢なのだろうか。
アヤナはそんなことを思いながら、飽かずにマサヒコの顔を眺めていた。
(小久保君………)
それは、アヤナが覚えていたより、ずっと大人びたものだった。帰国してから、ずっと。
彼だけを、見つめ続けていたと、思っていた。しかし、かつての端整な顔立ちはそのままに―――
マサヒコの表情は、より精悍で、より男らしい、逞しいものになっていた。
それが、自分のいなかった空白の間に起こったことだと思うと、
アヤナは胸が締めつけられるほど、寂しい思いに襲われるのだった。
(でも………その分、私はずっとこれから、あなたといる。そう、決めたから。ずっと、あなたと…………)
マサヒコを起こさないよう、静かに彼の裸の胸に耳を寄せた。とく、とく、と心臓の脈打つ音が聞こえた。
「………ん?若田部」
「ごめん………起こしちゃった?小久保君」
「いや………ん、そろそろ帰らなきゃ」
“ぎゅッ”
アヤナは、体を起こそうとしたマサヒコに無言で抱きついた。そして、彼も無言で、そのまま。
(………図々しいかもしれないけど)
アヤナは、思っていた。いつか、ミサキとも。笑いあえる日が―――許してもらえる日が、くるのかもしれない。
都合の良い、勝手な思いかも知れないが―――そう、アヤナは信じたかった。
“ふ…………”
マサヒコが、アヤナの髪を撫でた。それは、柔らかくて、優しくて、
「小久保君………私、」
「一緒に、いてくれ」
「!?え………」
「言えなかった、ずっと。一緒に、いてくれ。オレを………許して、くれ」


「許すって………」
「オレな、若田部。やっと気付いたことがあるんだ」
「………?」
「なんだか照れくさいけど、オレ、すごく、良い友達や、良い人たちに恵まれてるっていうか。
でも、オレはそのことに全然感謝してなかった。当たり前だと思ってた。
お前と、こういうことになってから………今更だけど、気付いたんだ。
和田にも、柴原にも、中村先生にも、濱中先生にも、オレは感謝しなきゃならないって。
みんな側にいて、心配してくれてる。そんで……なによりお前に、オレは、感謝しなきゃならないって。
こんなオレでも、好きだって言ってくれて、一緒にいてくれる、って言ってくれるお前に。
だから………もう一回言うよ。オレと、一緒にいてくれ。どうしようもないオレを、許してくれ」
「小久保君………」
それは、拙い愛の告白だった。嬉しさで心が満たされながら―――アヤナは、思っていた。
ふたりでこれから、歩いていく日々を。きっとそれは、平坦ではないだろう。
もしかしたら、祝福されるものでは、ないかもしれない。それでも、アヤナは。
「…………いっぱい、キスしよう」
「え?」
「いっぱいキスして、いっぱい愛し合って、いっぱいケンカしようよ、小久保君。
それでね、ふたりが、おじいさんとおばあさんになって。あんなこともあったね、って。
皺くちゃになって、笑いあえるようになりたい。………それくらい、あなたと一緒にいたい」
「すげえ長い先だな、それ」
ちょっとマサヒコが苦笑する。それでもそれは、どこか照れたような、ほんの少し、嬉しそうな。
(それくらい先になれば、きっと………笑い話に、できるよね)
アヤナは、マサヒコの笑顔を見つめながら―――そんなことを、思っていた。

END

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