空には大きい入道雲が一つだけプカリと浮かんでいて、
 後は一面澄んだ青色をしていた。
周りの木々からはセミ達が、僅かしか無い命を削ってその存在を訴えている。
「ヤッバ〜イ!カナミの家に長く居すぎたなぁ…。でも、もう近くだし…」
アキは携帯に記してあったマサヒコの家の住所を見ながら、自転車を漕いでいた。
暑い中だが、体中に爽やかな夏風が吹きつける。
 聴いていたMDの軽快な音楽が、アキの足どりを軽くさせた。
「小久保、小久保っと…あった!結構大きい家ね‥カナミの家より大きいかも」
マサヒコの家の大きさに驚くアキ。とりあえず自転車を家の脇に止めた。
「よいしょ…ふぅ‥これでよし!」
右手で汗を拭い、手をパンパン叩くとアキはゆっくり家の門に手を掛けた。
(庭…スゴいキレイ…お母さんの趣味かな?)
左右を見渡すと、ひまわりや朝顔がアキを歓迎するように咲き誇っていた。
「呼び鈴は…あった!」
ピンポーン。
アキがボタンを押すと、遠くからドタバタと足音が聞こえた。
ガチャッ。
「あ、アキさん!」
「ヤッホー♪」
出迎えたマサヒコに、アキが笑顔にVサインで応えた。

「暑くなかったですか?俺、何か飲み物用意しますけど…」
「いいよ…君に悪いし。どうぞお構いなく♪」
とは言っても、三十度を超える炎天下の中を自転車でやって来たアキ。
顔は笑ってるが、額や首筋には霧吹きで吹き付けたような汗がにじみ出ていた。
 「いや…やっぱ持って来ます!
 アキさんが日射病とかで倒れたら‥俺、悲しいですもん」
「えっ!?でも…」
「いいから、あがって下さい!」
『謙遜しまくる人には押してかかれ』 マサヒコがアイとの会話で気づいたことである。
「う、うん」
マサヒコの言葉に押され、アキは少し躊躇しながらもスニーカーを脱ぎ始めた。
「俺の部屋しかクーラーつけてなかったから、俺の部屋にいて下さい。
そこの階段を上って、すぐの部屋です」
そう言って、マサヒコは台所らしき所へ消えていった。
 「…はぁ‥」
(何か…流されっぱなしだなぁ、私)
階段を上りながら、アキはちょっと情けない自分にため息を吐いた。
「えっと…ここかな?」
マサヒコに言われた通り、アキが階段近くの部屋の扉を開けた。
「す、涼し〜い!!」
外との余りの気温差に、思わず両手をあげて喜んだ。
「気に入ってもらってよかった…」
「…へ?」

アキが後ろを振り向くと、マサヒコがお盆にジュースを載せ立っていた。
 「…もう!驚かせないでよ!!」
「ハハ‥すいません」
両手を挙げてふざけ気味に怒るアキを、マサヒコは笑いながらなだめた。
「それはそうと…俺、ついでに何か食べ物持って来ます!」
 「いや、そこまでは…って、お〜い…」
 素早くジュースをテーブルに置き、マサヒコは階段を下りていった。
(ありゃ‥行っちゃった…どうしようかな?)
主の居ない部屋にポツンと一人だけ。当然置いてある物に興味を示すワケで…。
「…あっ、あのコンポ欲しかったヤツだ。いいなぁ…」
アキは好奇心に身を委ねて、部屋の隅々まで物色した。
(結構お洒落だし、シンジさんの部屋より男臭くない…)
シンジの部屋以外の男の部屋に初めて入って少し萎縮したアキだったが、
中性的な部屋のレイアウトに緊張もほぐれつつあった。
「せっかく持って来てくれたことだし…飲まなきゃマサヒコ君に悪いよね?」
やはり、体は正直である。
おずおずとコップに手を伸ばし、口元へと運ぶ。
 入っていた氷が、カラカラと音を起て揺れた。
グラスの中の液体は透き通った黄金色をしていて、微細な気泡が大量に浮かんでいた。

ゴクリ、ゴクリ。
 コップの中の液体が減っていく度に、
 炭酸独特の爽やかな刺激がアキの喉を通過していく。
「…ぷはっ!‥やっぱ、喉が渇いた時は炭酸よね!」
よほど美味かったのか、アキは一気に飲み干してしまった。
 「そうだ!マサヒコ君に、あとで何て名前のジュースか聞〜こう♪」
 そう言いつつ、勢い良くコップをテーブルの上に置いた。

一方、こちらはマサヒコの方。
「こういうタイミングに限って、無いんだよな…」
マサヒコは首を捻りながら、台所を漁っていた。
辛うじて見つけたのは、冷凍庫に入っていたアイスだけ。
「しょうがない…これ持っていくか」
冷凍庫からアイスを、食器棚からスプーンを取り出して階段へ向かった。
(…アキさん、満足してくれるかな?) 不安げにアイスに目を向ける。
 アイスは外気との気温差で白い煙を身にまとい、
銀色に輝くスプーンは曇った顔のマサヒコを、縦長に映し出していた。
(大丈夫だよな…昨日嬉しそうに食べてたし…)
マサヒコは昨日のアキの食事の様子を思い返した。
笑顔でバニラアイスを口に次々と運んでいる。
 マサヒコ自身、アイスになりたいとあれほど思ったのは初めての事だった。

「アキさんに…もし彼氏がいなかったら……んなわけ無いか」
マサヒコは小声で吐き捨てるように呟いた。
それでも、僅かな希望に賭ける自分が心の奥にいることも分かっていた。
 やがて、マサヒコの視界に自分の部屋のドアが映り込む。
(暗い顔してたら、アキさんに心配かけるかもな…よし!)
マサヒコは自分の部屋の前で一回、大きな深呼吸をした。
―心を落ち着け、覚悟を決める為に。

 ガチャッ!

精一杯の作り笑いをして、扉を勢い良く開けた。
「すみません、アキさん!アイスしか無かったんですけど…」
「!?…別によかったのに」
右手を後頭部に添え謝るマサヒコを、アキは笑顔で温かく迎えた。

二人はテーブルに向かい合った形で座り、アイスを味わった。
「‥あれ?アキさん‥もうジュース飲んだんですか?」
ふとアキの横にあった空のコップがマサヒコの目に入った。
「う、うん‥君に悪いかなぁって思ってさ…」
「また‥そんなこと言って」
恥ずかしさの余り、顔を赤らめ目を逸らし髪をかきむしるアキに
マサヒコは少し照れながら微笑み返した。
「‥おかわりします?」
「うん…おねがい」
アキからコップを手渡されると、マサヒコは再び下へと向かった。

「気に入ってもらってよかった…」
先ほどからのプレッシャーから解放され、マサヒコは胸をなでおろした。
台所に着くと、マサヒコは冷蔵庫の扉を開き、一本の缶を取り出した。
(このジュースだけは、やけにあるんだよな…)
ふと不思議に思い、缶をクルリと回してラベル表記を探す。
「えーと…あった、あった………!?」
思わずマサヒコは目を疑った。
ジュースはジュースでも、大人しか飲めないジュース。
そう、俗に言う『チューハイ』ってヤツである。
マサヒコは缶を手に持ったまま、固まった。体に冷蔵庫から流れる冷気が当たる。
(……これはマズい!非常にマズい!!) そう思ったが否や、マサヒコの足は自然と部屋へと向かっていた。
「よりによって…ったく、あの時見ておけば…」
先に悔やめれば、後悔なんて言葉は存在しない。
マサヒコは階段を唇を噛みしめながら駆け上がった。
開けていたままの扉からは、何一つの物音もない。
「…あ、アキさん!!」
血が滲んだ唇から鈍い痛みが走ったが、マサヒコは力いっぱいにアキの名を叫んだ。
「!?な、な、な、何?どうしたの!?」
テーブルに肘をついて携帯をいじっていたアキが、
 ソファーの上で驚き飛び跳ねた。

「よかった…実は‥」
マサヒコは申し訳なさそうに、事情を洗いざらいアキに告白した。
「‥つまり、私はジュースではなくチューハイを飲んだ‥ってこと?」
「まあ‥そういうことです…アキさん!ホントすみません!!」
マサヒコは、テーブルに手を勢い良く叩きつけ、頭を下げた。
その時、アイスのカップが弧を描き、残っていたクリームが、マサヒコの頭上を舞った。
べちゃっ。
お約束のように、マサヒコの顔や髪にクリームが点々と付着する。
「うわぁっ…」
「ほら、私のことはもういいから…。それより、拭かなきゃこびりついちゃう…」
アキは慌ててティッシュ箱から数枚を抜き取ると、
 マサヒコの顔に付いたクリームを拭き始めた。
「だ、大丈夫ですって!?俺一人で出来ますから!」
アキの行動に困惑し、慌てて手を振り払おうとしたが
アキはその手をギュッと握り締め、マサヒコの抵抗を無力化した。
「一人で拭いてて拭けない所もあるでしょ?
 いいから、私に任せて…ね?」
アキはマサヒコの顔を優しく、撫でるように拭いていく。
ティッシュ越しからのアキの手の温もりを、マサヒコは目を閉じながら感じていた。
(アキさんの手…あったけぇ‥)
マサヒコは、まるで自分が幼い頃に戻ったかのような心地がした。

「あっ…こんな所にも付いてる」
アキの手が突然止まる。
「…どこですか?早く‥とって下さい」
「でも…いいの?」
「いいの?って…いいですよ。なんかベタベタして、気持ち悪いですもん」
「…それじゃあ‥」
マサヒコは目を閉じたままだったが、何か不穏な空気がとっさに感じとれた。
(何だ?この嫌な予感は一体…)
マサヒコがそう思った刹那。

ちゅっ。

部屋に小さく響いた音。
「…!!?」
 マサヒコがガバッと目を開けると、そこにはほんのり桜色に染まったアキの顔。
「あ、アキさん!?な、何を!?」
「何をって‥キス?」
恥じらいも無く答えた様子から、マサヒコはアキが酔っ払っていることに気づいた。
「ファーストキスはレモン味って言うけど、
マサヒコ君からはバニラの味がしたぁ♪」
マサヒコの顔を見つめながら、唇を押さえるアキ。
 顔は小悪魔のような笑みを浮かべていた。
「‥アキさん」
「…なぁに?」
「‥酔ってますよね?」
「酔って無いってば!」
 「い〜や、酔ってる!」
 「うるさ〜い!」
「う、うわっ!?危ない!!」
アキがじゃれた猫のように、マサヒコに抱きついた。
いくらマサヒコが男でも、飛びかかって来たアキを支える力は持ち合わせていない。
そのまま、なし崩しに床に倒れ込む二人。


「イテテ…アキさん‥いきなり何を?」
倒れた時に腰を強打したのか、マサヒコは立ち上がることが出来なかった。
アキはそれをいいことにマサヒコの上に腰を下ろす。
一般的に、マウントポジションと呼ばれる状態である。
「ほら…マサヒコ君、こんなところにも付いてるよ…」
「…なっ!?止め…っ」
近づいて来るアキを必死に振り払おうとマサヒコは両手を振り回したが、
いかんせん力が入らず、逆にアキに両手を押さえつけられてしまった。
「逃げちゃ…ダメ」
アキは小声で呟き、再びマサヒコの顔に唇を重ねる。
ちゅっ…んちゅ……
額や鼻、瞼に降り注ぐキスの雨。
 何回か繰り返されるうち、マサヒコはいつの間にか
 アキの行為に抵抗することを止めていた。
(…アキさんが…酔ってるけど、俺の…ために)
マサヒコは、目の前で自分に奉仕してくれている女性の顔を静かに見つめた。
金色に輝く髪は動く度にサラサラと流れ、
顔は先ほどよりも赤く染まり、吐く息が頬に当たる。
 キスをする度に、小鳥のように唇をつんとして目を閉じる。
そんな些細な仕草に、マサヒコの心にはアキに対する
 単純には表せない複雑な感情が湧き出し始めていた。

「…アキさん、何で‥こんなことを?」
「‥それは‥マサヒコ君のほっぺが柔らかそうだったから…かな?」
アキが言い訳苦しそうに微笑み、マサヒコを見つめた。
 「なっ…からかわんでくださいよ」
意外な言葉を投げかけられ、マサヒコの顔がみるみるうちに赤く染まっていく。
 マサヒコは場の空気に耐えられず、首を横に向けてアキから目を逸らした。
「……からかってなんか‥ないよ」
 アキの動きが不意に止まり、部屋に沈黙が走る。
 マサヒコの耳には、自分とアキの呼吸音とクーラーの稼動音しか聞こえない。
 そんな中、アキの手の力が急に緩んだ瞬間をマサヒコは逃さなかった。
(‥今だ!)
素早く自分を押さえていたアキの手を握り、胸元の方へと引き寄せた。
 「う、うわわわわぁ!?」
突如の出来事になすすべも無く、マサヒコの隣に倒れ込んだアキ。
「いったぁ…」
痛みを堪え、涙をうっすらと浮かべながら怒った目でアキはマサヒコを見つめた。
「‥これで…おあいこですよ」
マサヒコはアキの手を握ったまま、そう言ってゆっくり微笑んだ。
「あっ…う、うん。‥ねぇ、マサヒコ君?……今‥緊張してるでしょ?」
「?ええ‥そりゃそうですけど…」

「…私の手が、君の‥胸に当たってるから、鼓動が…伝わってくるの」
マサヒコが視線を落とすと、確かに自分の胸の上にアキのしなやかな右手があった。
「‥ちょっと…痛いなぁ…」
「……はっ!?す、すみません!!」
―どれほどの時が流れただろうか。
マサヒコはアキの手を黙って握ったままだった。
アキの手の柔らかさ、温かさが心の奥深くを優しく解きほぐす。
それは、まるで限り無く続く夢のように。
マサヒコは慌てて握った手を離したが、アキはマサヒコの手を握り返すと
 そのまま自分の胸へと引き寄せた。
「!?あ、アキさ…」
「ほら…私もドキドキしてる。……マサヒコ君の‥せいだよ?」
マサヒコの話を遮って、アキが口を開く。
マサヒコの手いっぱいに広がる女性特有の柔らかな膨らみ。
(…これが‥アキさんのおっぱい‥)
服と下着越しからの愛撫だったが、二人が興奮の最高潮に達するのには、
 それほどの時間はかからなかった。
「‥んぁ…はぁ…あん‥っ」
マサヒコはアキの着ていたTシャツと下着を無理やり押し上げ、直接双丘を弄る。
手から溢れ出しそうなほどのそれは、マサヒコが思ったよりも柔らかく、
何より美しかった。

酔いも手伝ってか、アキはいつもより積極的かつ感じやすくなっていた。
「‥やぁん…マサ…君‥」
アキは抵抗のそぶりを見せようと、体を左右に揺さぶった。
「…ひゃん!?」
アキの動きについてこれず、マサヒコの指がアキの胸の桃色の先端を掠めた。
豊かな乳房とそれに対し小ぶりな乳首の生み出すコントラスト。
そして何より、愛しい女性が自らの手で感じている。
マサヒコにとっては、それが最高のスパイスになった。
左手を離し、口を近づけ乳首を攻め始める。
 …ちゅぱっ‥れろ…ぺちゃっ…
 「…ああっ‥ゃん…」
 時に赤子のように優しく吸い、時に歯をたてて甘噛みする。
その度にアキは呼吸を荒げ、艶めかしい嬌声を弱々しくあげた。
 (…ここまで来たら‥止められないよな‥)
マサヒコのリミッターは、アキが自分にキスをした時点で既に振り切れ壊れていた。
それでも、彼の常人以上の理性が欲望のダムを辛うじてせき止めていた。
 (……それなら!!)
しかし、アキの仕草や羞恥に悶える顔がダムに亀裂を与え、トドメを刺した。
「アキさん…俺‥もう…」
「……うん」
マサヒコの言葉を最後まで聞かずとも、アキは何を言いたいのか理解し、
息を荒げながら頷いた。

二人はムクリと立ち上がると、互いに服を脱ぎ始めた。
 マサヒコは焦りの余り手が震え、上手く脱ぐことができない。
 (…チッ!まどろっこしい…)
 …ファサッ
マサヒコはトランクス一枚を残し、全てをがむしゃらにベッドの上に放り投げた。
苛立ちがそうさせたのか、着ていたシャツのボタンは3つばかり欠けていた。 (急がないと‥アキさんに迷惑だもんな…)
 マサヒコは逸る気持ちを抑えつつ、ゆっくりと振り向いた。
「‥あ、アキさん……!?」
「…どお……かな?」
アキの格好に、思わず言葉を失って固まる。
視線の先には、Tシャツと靴下しか身につけていないアキの姿。
 恥ずかしさで顔は赤く、手をもじもじさせながら茂みを隠している。
「…な、何でそんなカッコ…?」
「カナミ達が…こういう格好の方が、男は興奮するって……ダメ?」
「…いや、俺は……」
 (…カナミって、アキさんの友達の『キノコモーター』って呼ばれる人か…)
 マサヒコは何と言っていいかわからず、無意識に目線を足元へと落とした。
 そこには自らが夜な夜な行為に耽る時よりも、
 誇らしげに天を向いて下着越しに自己主張をしている分身がいた。
「…体はショウジキみたいね♪」

つん…

「はうっ!?」
アキはマサヒコの分身を指でつついた。

マサヒコの体が、くの字に折れ曲がる。
 突然の刺激に分身はより固さを増し、ヒクヒクと震えていた。
「これは…さっきの仕返し♪」
先ほど見せた小悪魔のような笑顔で、マサヒコの分身を下着越しに指で弄ぶ。
 「…あっ‥ぅ…わ…っ」
裏筋をなぞり、鈴口に指を当て、混ぜるようにかき回す。
 「…くっ…ぁ…」
 アキが弄るにつれ、指先からニチャニチャとイヤラシい音が部屋にこだまする。
程なくマサヒコの下着は、突起の先端から滲み出た液によって色が変わっていった。
「準備オーケーみたいね…」
指を戻すと、マサヒコの下着とアキの指との間に、細く透明な橋が掛かっていた。
「さぁ‥来て…」
「…はい」
アキはマサヒコを受け入れるかのように両手を開き、ベッドに座り込んだ。
カーテンの隙間から差し込んだ日差しがアキの下半身に当たって、
金色の恥毛がテラテラと輝く。
その部分と大腿は、既にアキ自身の体液で艶やかに潤っていた。
トランクスを脱ぎ、ゆっくりと分身をアキの裂け目に添え狙いをつける。
同時に、アキはマサヒコの首に手を回し、全身を委ねた。
「いきますよ…」
「……うん」
マサヒコはアキの腰にやった手に力を込め、一気に貫いた。

「…あうっ!?」
初めての指以外の異物の侵入。
それは想像より痛かったが、これでカナミ達と絶対的差が生まれることを考えると、
案外優越感の方が強く感じられた。
「…だ、大丈夫ですか!?」
「う、うん…大丈夫‥だから、動いていいよ?」
額に汗を浮かべながら自分のことを心配するマサヒコに、
アキは強い痛みを抑えながら、無理やり引きつった笑顔を作って答えた。
 ―それでも、涙は止まること無く流れ続けたが。
「…でも」
「いいから…続けて」
辛そうな笑顔を見なくても、マサヒコはアキがどれだけ辛い状態か理解出来た。
なぜなら、貫いた瞬間、首と背中に鋭い痛みが走ったのを感じたからだ。
 深々とアキの爪が刺さった皮膚からは、血が次々と背中を沿って滴り落ちていく。
しかし、これが二人の愛の証だと解釈すると、不思議と痛みは収まっていった。
…ちゅぷっ……ずちゅ…
アキの表情が緩やかになったのを確認し、マサヒコは少しずつ腰を動かし始めた。
互いの肌がぶつかり合い、水音が奏でられる。
「ま、マサ…君‥気持ちいい?」
腰を動かしながら、マサヒコは乱暴に首を縦に振った。
意識を集中しなければ、今すぐにでも暴発してしまうだろう。

――『膣出し』だけは、何としても避けなければならない。
マサヒコは歯を食いしばって、必死に押し寄せる快感の波に耐えていた。
「‥ぁん…ひぃ…ゃぁ‥おかしく…あぁ‥なっちゃいそう」
アキが目を瞑ると、溢れた感情の粒が頬をつたって首筋に流れ落ちていく。
(…アキさん…あぁ、スゲエかわいい…)
マサヒコはその雫を舌で優しく舐め取った。
「ひゃん!?……ダメ…っ……くすぐったい…よぅ‥」
舌先から零れた唾液の道が、アキの首筋から頬にかけてキラキラと輝く。
 その反応の余りの良さに、ついつい調子にのってアキの頬にキスを繰り返した。
 「……ばかぁ…っ‥だめぇ…」
 アキはイヤイヤするように首を振ると、マサヒコの唇が偶然耳の上に重なった。
「‥ひゃう!!……ぁん‥そこ…やだ……っ」
 「…ぐあっ!?」
瞬間、アキの体に力が入り、マサヒコのペニスに掛かる負担が増す。
 「あ、アキさん…っ…いきなり‥そんな‥強く…っ」
「…ぅ…ご、ごめん…はぁ‥っ」
 マサヒコの我慢は、もう限界に達しようとしている。
初体験の為に無駄に体力は使い果たされ、
 精神力でどうにか行為は続けられていた。
「‥アキさん…っ、俺……もうっ!!」

「…ぁん……わ、わたしも‥っ!!」
アキは掴んでいたマサヒコの肩を更に強く抱き寄せ、マサヒコは腰の動きを早めた。
ぱちゅっ!…ずちゅっ!…ぬちゅっ!
互いの限界が近づくにつれ、二人から奏でられる音は大きさを増していく。
顔を見合わせ、絡み合うような濃密なキスを交わす。
それは最期の時を迎える為の覚悟か、それともただ貪欲に求め合っただけなのか。
その真意は二人にもわからなかった。
「……っく‥ふわぁああ…ん!!!」
力尽きたのか、アキの全身が波打つように痙攣する。
 波はマサヒコの体にも伝わり、未知の快楽が襲いかかる。
「…っ‥もう…無理だ……出るっ!!」
マサヒコは自分の分身が、更にもう一段階膨張したのがわかった。
右手を伸ばし、アキと自分の体液でドロドロになった分身を引き抜く。
ぶぴゅっ…どぶっ…びゅるっ……
「うわぁぁあ……っ」
マサヒコから放たれた青白い精液が、放物線を描いてアキの服と体を汚していく。
今までにない射精感に分身は上下に大きく揺れ、
マサヒコは声を漏らし、多大なる満足感に浸ってその場に立ちすくした。
やがて体力の限界を超えた二人は、マサヒコの服の散らばったベッドに倒れ込み、
そのまま意識を失った。

―マサヒコが目を覚まし、辺りを見回すと、青かった空は赤みがかり、
 太陽は向かいの家が邪魔して見えないほど低くなっていた。
そして夕立でもあったのか、窓には小さな水滴が幾つか付いていた。
「アキさん!アキさん!」
「……うん?」
 マサヒコがアキの体を揺さぶり目覚めを促す。
「もう夕方ですけど、大丈夫ですか?」
「…ふぇっ?ホント?」
マサヒコは行為の際に床に零れ落ちた液体を、ティッシュで拭きながら頷いた。
「ヤバっ!?……あいたたた…頭痛い」
 「だ、大丈夫ですか!?」
起きたのはいいが、慣れない酒の副作用がアキを襲う。
アキはマサヒコに頼んで水と頭痛薬を持って来てもらった。
アキが寝ていた間にマサヒコはアキの体や服に付いた精液を拭き取り、
ベッドに投げ出した自分の服を片付けていた。
その為、アキが目覚めた時には、既にほぼ事後処理は済んでいた。
「…ゴメン!私が酔ったせいで」
服を着て薬を飲んだ後、暫しの間を挟んでアキが口を開いた。
「いや…俺が先に気づいていれば…」
 マサヒコはアキを見ながら、申し訳無さそうに呟いた。
「…ねえ?」
「はい?」
「…いや、何でも無い」
「何ですか?言って下さいよ」
「…ううん。私そろそろ帰るわ」

アキは痛みが少し和らいだ頭を、右手で抑えながら立ち上がった。
テーブルの上に置いていた携帯と財布を取ろうと手を伸ばす。

ガシッ!

マサヒコは無言で、アキの帰宅を遮るようにアキの手を掴んだ。
「イタッ!?……ま、マサヒコ君?」
無言で俯いたままのマサヒコは、そのままアキの手を強く引っ張った。
 「…きゃっ!?」
バランスを崩し、抱きつくようにマサヒコにもたれかかるアキの体。
アキは突然の事に困惑して、何事かとマサヒコを覗き込む。
重なり合う視線と視線。
 (なんか…マサヒコ君、怖い…)
 マサヒコの放つ緊迫した雰囲気が、アキの心をかき乱した。
「……何?」
「こんな‥後に言うのは忍びないですけど……俺‥アキさんの事が…」
マサヒコは顔を真っ赤にしながら、千切れた言葉をつなぎ合わせていく。
無論、目なんて合わせられる筈がない。
 アキはようやく、マサヒコが自分を止めた意味がわかった気がした。
 それは―。
「…好きです」
愛の告白。事前に察知は出来ていたが、心構えは経験不足の為不十分だった。
『日常が日常』のアキにとっては、高校入学後こんな事は勿論経験が無い。
「えっ…え〜と」
何と言っていいのかわからず、アキは口ごもってしまった。

カチッ…カチッ…
部屋は時計の音だけが響いている。
それはアキにとって、天が返事を急かしているように思えた。
「…ハァ……やっぱり、ダメですか…すみません」
「…へ?」
沈黙した空気を破って、マサヒコはアキの手を離すと深々と頭を下げた。
「…ハハッ。そりゃそうですよね…出会って、こんなにすぐ
 好きだなんて言われても…アキさんに迷惑かけるだけですもんね…」
低く、悲しげな声で、そう言いながら顔を上げて精一杯の笑顔を見せる。
握った拳は小刻みに震え、笑顔は本当の気持ちを押し殺したように歪んでいた。
「俺…先に下降りて、電気付けてきます」
ゆっくりとアキに背を向け、マサヒコはドアの方へ歩きだした。
(…何やってんだよ…お前。こんな事やっても…叶うわけ無いだろ?
諦めろ…お前には無理だったんだ。いや、初めっから結果なんてわかっていたんだ。
 所詮…手の届かない高嶺の花だったんだよ…マサヒコ)
ドアへと近づく度に、心のどこかにいたもう一人の自分が蔑むように囁いてくる。
ドアを開け、廊下に足を一歩踏み出した時、
 マサヒコは不意に違和感を覚え、アキの方に首を向けた。

「…待ってよ!」
違和感は、アキがマサヒコの着るTシャツの背中の部分を握っていたからだった。
「な、何ですか!?」
マサヒコがアキの手を離そうとTシャツを引っ張るが、アキは一向に離さない。
「…その‥気持ちは嬉しいんだ。…ホントに。
 ……私も、マサヒコ君の事が嫌いじゃなくて、実際好きな方だからさ…。
でもさ…私達、付き合う前にその…Hしちゃったワケでしょ?
…なんか、周りで付き合ってる人達と比べたら…おかしいような気がして…さ」
アキは困った顔をして、おずおずと話し始めた。
彼女だって、まだ高校一年生。
 カナミ達と連んでいても、僅かに王子様願望が残っている。
それが、アキがマサヒコとの交際を受け入れようとする本心を阻んでいた。
「…アキさん。世の中には、色んな愛の始まり方があるんだと思います。
電車で出会った人、合コンで出会った人。
勿論、俺等みたいに映画館で出会った人。
問題は『そこから何をしていくか』です。
…確かに、色々あってこんな事になっちゃいましたけど、
そこから始まった愛も、きっとあるはずです!
だから…もし、周りの目が心配なら気にしないで?
…俺があなたを守りますから…」

「…グスン。マサヒコ君…ゴメンね?…えっぐ‥私ったら」
「いいですよ。それに…あなたに泣き顔は……似合わないから」
「…ばかぁ…っ」
泣きじゃくりながらポカポカと胸を叩くアキを、マサヒコは力いっぱい抱きしめた。
「…私、君の事…グスッ…きっと好き」
「…なら、これから時間をかけて…その『きっと』を無くしていきましょう」
 「…うん」
マサヒコはアキが泣きやむまで、アキの背中をさすり続けた。

―場所は変わって、小久保家の玄関。
やっとのことで泣き止んだアキが、別れ惜しそうに靴を履いている。
「…それじゃ」
「また…メールします」
「…君の声が聞きたいから、電話がいいな♪」
「…わかりました」
アキが玄関を開け、マサヒコに背を見せる。
「…あっ!?アキさん、忘れ物!」
「…へっ?」

ちゅっ

アキの頬に、優しく暖かい感触。
「…お出かけ前のキス…普通逆ですけど…」
 彼なりの、アキの心をほぐそうとしての行動だろう。
「…ばか」
 「いて」
照れ隠しに笑うマサヒコの頭に、アキの拳がコツンとあたる。
「じゃあね…」
「…ええ」
扉がゆっくりと二人を分かち、生暖かい風がアキに当たる。
 いつも見る星空が笑っているように見えるのは、心境の変化からか。
 自転車を漕ぐ足取りも軽い。
 いつもと違う、恋人のいる夏。
そんな夏は始まったばかりだ。

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