「津田。また間違えたわね。ここはさっきの式で解けるのよ」
「あ、そうか」
 眉間にシワを寄せながら、津田タカトシは問題集のページを睨みながら言う。
「…ここに…こうすればいいのか」
「そうよ」

 ここはスズの部屋。
 生徒会活動終了後に津田タカトシが
「IQ180の萩村! 中間テストの数学、ヤバそうなんで教えてください」
と懇願してきたので、自然と溢れてきそうな微笑を必死に噛み殺しながら
「いいわよ。ウチで教えるけどいいわね?」
と答えたのが三十分前のこと。

 スズは自分のワードローブのなかで一番可愛いと思っているわりとミニなワンピに着替えて津田タカトシに数学を教えている。
 下に履いているのは黒ストッキングではなく、青と白のストライプのオーバーニーソックス。
 生徒会で没収した男性誌に『絶対領域』がどうとか書いてあったからというのは関係ないのよ!とスズは心の中で叫んでいるが、
偶然タカトシがそのページを眺めていたのを目撃したスズはそれ以来いろんなニーソックスとミニスカートの組み合わせを
こっそり自室の鏡の前で試してみているのをタカトシは当然知る由はない。



 津田タカトシという少年は、決してバカなわけではない。
 スズはそれを見抜いている。
 何かに関連させて記憶する能力は同年代の中では秀でている。地理や歴史などという記憶力がモノを言う科目の成績が
決して悪くないというのがそれを証明している。

 足りないのは応用力で、公式を知っていながらそれを上手く適用できていないから肝心なところで得点できてないだけ。
 IQ180の天才少女はそこまでお見通しなのでこうして不得手な部分をビシビシと鍛えてるわけで。

 そんな勉強会の最中、スズの部屋のドアを開けて入ってくるのはスズの母親。
「スズ。津田クン。お茶が入ったわよ」
「そこに置いといて。キリのいいところで休憩するから」
「あらあら。頑張ってるのね津田クン。あんまり根詰めすぎちゃダメよ?」
「あ、ありがとうございます。もう萩村には世話になりっぱなしで」
「スズったらいつもウチでは津田クンの「あー!! もう勉強の邪魔だからあっちいってて!」」
 スズの母親が鼎任發覆い海箸鬟丱蕕修Δ箸靴燭里嚢欧討謄好困亙貎討鯆匹そ个后
 気にするんじゃないわよ、というような目でスズはタカトシを睨む。
 わかってるよ、と目で答えながらタカトシは問題集に視線を落とす。

「…あんた図形の問題がイマイチなのね」
「どの式を使ったらいいのかちょっとわかんなくて」
 ちょっと考えてスズは思いつく。
「この問題は、たしかあの問題集にあったわね」
 スズはそう言うと、椅子を本棚の前に持ってきて、それの上に立って本棚の上段を探している。
 タカトシは何も言わず椅子を押さえてくれている。

 椅子の上に立ち上がってるこの体勢では、タカトシからパンツは丸見えだ、とスズは気付いた。
 タカトシがもし自分の下着を見ていてくれたら嬉しいと思う。
 自分の身体がタカトシにとって魅力的だとしたら、そんな嬉しい事はない。

 でも、そうではない。
 その想いがスズの胸の奥にズキンとした痛みを生じさせる。
 津田タカトシは、自分みたいな幼い体形には興味を抱かない。
 鼻の奥がツンとなりそうで、スズは息を止めながら問題集を本棚から引き抜く。
 椅子から降りようと、でも津田にお尻を向けて降りるのはちょっと恥ずかしいのでスズは椅子の上で回れ右をする。
 椅子を押さえてるタカトシは、スズの下着を見ないようにあさっての方向を向いていてくれてる。
 たとえ見えるとしても、見ないようにしてくれるのが津田タカトシという男なのだ。

 スズはそれが嬉しくて、悲しい。

 そんなスズの心境が影響したのか、それとも下ろしたてのオーバーニーソックスの足裏は滑りやすかったのか。
 椅子から降りようとしたスズは、足を滑らせてしまった。
 慌ててスズの身体を受け止めようとしたタカトシ。必死に後ろ手で本棚につかまろうとするスズ。

 そんな二人の力加減のせいか、気がつくとスズは、椅子に座った状態からズリ落ちたような体勢で、
その両足の間のタカトシの顔をオーバーニーソックスではさむような状況になっている。
 しかも椅子の背もたれがスズの背中とワンピースの間に入り込み、ただでさえ短いワンピが完全にまくれ上がり、
スズは下半身を可愛いおへそまですっかり晒してしまっている。

 しかも一番ショックだったのは、津田タカトシが自分のそんな姿をしっかりと見ているという事。
「な、ちょっ、つ、津田っ!!」

 淡いピンクの、フリルフリフリの可愛いパンツが、タカトシに見られてしまう。
 タカトシが息を吸い込めばその匂いですら感じられてしまうくらいの距離で。












「……見たわね?!」
 永遠にも思える数十秒ののち、スズはタカトシを正座させて叱責している。

「その、ゴメン萩村。その、可愛いと思っちゃって」
 タカトシの言葉にスズの胸の中がざわめく。

 胸の奥に抱えていた傷口が、甘い蜜みたいな温かさで覆われるような感覚。
 無上の幸福感。


 ただ、賢くて聡い少女はそんな甘い幸福感だってすぐには信じない。
「こ、この、ロリコン!」
 嬉しいのに、スズの口はそう勝手に動いてしまう。
「ペドフィリア! 幼児性愛者!!! わ、わが桜才学園生徒会に、こ、こんな異常性欲者がいるとはね!」
 顔を真っ赤に染めながらどことなく嬉しそうなスズ。
 嬉しいスズだが、その甘さを振り払うべく口にする言葉が突き刺さるのは自分自身の胸なわけで。

 スズは自分のその体形から、ロリコンという性嗜好を心底忌み嫌っていた。
 大人の女性に劣等感を抱いている未熟な性的変質者の趣味だ、とまで思っていた。

 だから自分が思いを寄せる津田タカトシが、そんな変態であるわけがないと思っている。
 もしタカトシが自分に性的関心を寄せるような人間ならば、スズは最初からそんな男を好きになるはずがない。

 つまり最初からスズの想いは詰んでいた。

 そんなスズの心を縛っていた鎖を、タカトシの声が引きちぎる。
「いや、そうじゃなくって、子供っぽい子のパンツとかには全然興味ないんだけど、萩村のだったからつい見ちゃった」


「子供っぽいからじゃなくて、萩村のだから」
 その言葉でスズの心の壁にヒビが入る。
 身体の奥から湧き出てくる嬉しさ。
「ウソばっかり!!」

 スズはこの感情がなんなのか、自分でもよくわからない。
 ただ、嬉しくて、でもその嬉しさが信じられなくて。

 視界がぐんにゃりと歪む。
 暖かい液体が頬を伝っている感覚に初めて、自分が泣いているのだと気づいた。

 スズは今まで、自分はどんな事でも正確に理解できると思っていた。
 自分はどんな情報も、的確に区別し判断し記憶する事ができる。
 いかに複雑な方程式も、どれほど難解な文法問題も、精緻極まる論理命題だってお手の物だ。
 そう思っていた。
 今までは。


 スズには判らない。
 自分の胸に溢れてくる感情がなんなのか。
 どうして自分がこんなに嬉しくて苦しいのか。
 なぜ自分の目からこんなに涙が湧き出てくるのか。
 
 スズは混乱していた。
 わからない。なにもわからない。
 まるで迷子になった幼児のように、ただ泣きながら救いを求める。
 目から涙の川を頬に作って、歪められた口元からは言葉にならない

 ぽす。

 暖かい何かが目の前に広がってる。
 それがタカトシのシャツだと気づくのに数秒。
 自分がタカトシに抱きしめられているのだと気づくまでにはさらに十数秒の時間が必要だった。

 子供みたいに抱きしめられて、後頭部を撫で撫でされている。

「な、な、なっ――」
 スズの声は言葉にならない。
 スズの脳の理性の部分はタカトシの無礼な行いに悪罵を投げつけようとする。
 でも、スズの脳のもっと奥深くの、動物的な本能の部分がそれを邪魔していた。
 頬に触れる、シャツ越しのタカトシの肌の暖かさにスズのその部分は感動していたから。
 スズの秀でた脳の奥深い女の子の部分が、肩に回されたタカトシの腕の筋肉の固さに酔いしれていたから。
 呼吸をするたびに胸いっぱいに広がる、タカトシの体臭。
 手。指。声。タカトシの全てが、いまや萩村スズという少女の全てだった。
 生徒会も、桜才学園も、両親も、クラスメイトもない。スズの脳裏に占める全てはタカトシしかなかった。

 そんなタカトシの掌が泣いているスズの頭を優しく撫でている。
「…ゴメン。俺、萩村にそんな辛い思いさせてたなんて気付かなかった」

 タカトシは誤解している。
 その誤解を解かないといけない。
 でも、スズの想いは言葉にならない。
 なんて言ったらいいのか、わからない。

 五ヶ国語を話せる天才少女のスズは、しかし今は胸の中の感情を言葉にすることすらできなかった。

 だから、その細い腕をタカトシの腰に回しながら、そのシャツの胸というより腹の部分に顔を押し付けながら泣く事しかできない。

「帰るよ。もう来ない。萩村がイヤだっていうなら、生徒会だってやめ――「…ホント?」」
「え?」
「………………………………………」
「はぎむ――「わ、私のパンツ、見たいって、ホント?」」
 タカトシの言葉を遮るようにスズの言葉が響く。

 その問いに息を呑むタカトシ。
「うん」
 と、震える声で答える。

「わ……わたしの、体…が、ち、ちっちゃいから…じゃ、なくっ…て?」
 腰の奥、体の一番奥底から沸いてくる感情に流されないように必死にこらえながら、スズは尋ねる。

「あ、そ、その、俺、ちっちゃい子には興味がないけど……萩村のだったら、見たい」
 どことなく上ずったタカトシの答えに、スズは震えた。

 外見で差別されない世界。
 スズがずっと行きたかった世界がそこにあった。

「小さい子供」や「生意気なちびっ子」としてではなく、萩村スズを萩村スズとして見てくれる世界が、実はスズのすぐ傍にあった。

 スズの胸のドキドキは全身に広がっている。
 顔も赤くなってるし、耳だって真っ赤だ。
 ドキン、ドキン、と胸が高鳴るたびに女の子座りしている腰の奥が熱くなる。
 床に下着越しで触れている女の子の部分がジクジクと熱を持ってきてしまう。

「じゃ、じゃあ、もっと、見たい…の?」
 スズは震える膝で立ち上がると、真っ赤になりながらワンピースの裾をたくし上げる。

「……」
 恥ずかしい。恥ずかしくて、死んじゃいそう。
 でも、それ以上に、嬉しい。
 崇拝対象を見つめるかのようなタカトシの視線。
 それが下着越しにスズの下半身を焼く。

 毛も生え揃ってないスズの陰部は、ピンクの下着のなかで充血し、胸の鼓動にあわせてひく、ひく、と脈動をはじめる。
 生まれたての子馬みたいに震える膝をこすり合わせながら、スズはタカトシに自分の下着を晒している。

 タカトシの視線がレーザーのように、スズの肌の内側を焼いていく。
 その視線を浴びただけで、スズの皮膚の中から甘い幸せな蜜がわいてきてしまう。
 筋肉は震え、ミニなワンピの裾を持った手に握力がなくなる。
 手のひらにかいた汗がワンピの裾を滑りやすくし、オーバーニーソックスに包まれた膝は笑ってしまい力を失っていく。


 そしてその震えが限界に達して床に転びそうになるのをタカトシが受け止める。
 タカトシの腕の感覚。ワンピースの布地越しに感じるその肌と筋肉に再び、スズは恍惚に全身を貫かれる。
 生まれて初めて感じる体験。好きな男の子に抱きしめられるという喜びを、スズは全身で感じている。

 スズはもうどうにも止まれなかった。
 うまくものが考えられない。IQ180の頭脳も、大好きな男の子に抱かれている状態ではまったくうまく働かない。
「……つだ!! キス、して!」
「え?」
「わ、私のこと、ホントに、スキなんだったら、キス、しなさいよっ!!」

 タカトシはスズの事を好きだなんて一言も言っていない。まだ。
 でもそれを指摘したら恥ずかしさのあまり自殺してしまいそうなスズにタカトシはそんな無粋なツッコミはしない。

 タカトシの腕。タカトシの胸。力強くて、逞しくて、大きくて、でも優しい。
 そんなものに包まれたスズは、世界で一番幸せな16歳の少女になっていた。
 そんなタカトシの手のひらが、スズのあごをつまむように上向きにさせる。

 そしてスズが感じるのはタカトシの唇の熱さ。
 頬に添えられてるタカトシの掌の感触。
 ガサガサで、荒れてるけど、でも、しっとりとして優しい。
 触れられてる肌から身体の芯に向けて蕩けそうな熱が伝わる。
 火照ってくる頬を優しく包むタカトシの掌が、スズを酩酊のようなまどろみのなかに連れて行ってしまう。
 全身を桜色に火照らせた天才少女はもう、身体のどこにも力が入らない。
 タカトシの背中に腕を回そうとするが、握力のない掌は制服のブレザーの上を滑ってしまうだけで。
 床にずり落ちそうになるスズを、タカトシの片手が抱きとめる。
 身長差を打ち消すために膝立ちのままのタカトシは立ってるスズにキスをしている。

 心細い。不安。切ない。ドキドキする。落ち着かない。でも幸せ。
 生まれて初めて感じているそんなものに、スズはうまく対応できない。
 タカトシに全てをゆだねて、安心しきっている天才少女は顔を真っ赤にしながら興奮で小さく震えている。
 スズの小さな唇は、タカトシのそれで塞がれてしまっている。

 耳まで真っ赤に染めているスズだが、なんだか様子がおかしい。
 それを悟ったタカトシは唇を離し、スズに尋ねる。
「ゴメン。…イヤだった?」
 声から伝わってくるタカトシの優しさに、スズは全身の骨の芯が甘く溶けてしまう。

「ち、ちがうわよ、い、息、できなかっただけ」
「……鼻ですればいいのに」
 というタカトシの声に、スズは激昂する。
「い、今、笑ったでしょ! 私は初めてなんだから!」
 そんなスズの間近で、タカトシは微笑む。

「…天才の萩村にも苦手なものあるんだな」
 その微笑はスズの怒りを一瞬で中和する。

 優しい唇がスズの口元に降ってくる。
 頬に。鼻の頭に。上唇の上に。唇のすぐ横に。
 スズの呼吸を妨げない気遣いをしながら。
 ついばむように。触れるだけの。むさぼるみたいな。
 タイプの違うキスをされながら、スズは身体の芯が蕩けていくのを感じていた。
 全身の筋肉が喜んでしまっている。
 身体が脳のいうことを聞かない。
 タカトシに抱きついているつもりの腕はふるふると力なく震えてタカトシの腰の辺りに触れてるだけで。
 ぎゅっときつく抱きとめられている腰の中がとろとろと溶けていってしまう。

 身体の芯が甘くほどけていくような感覚。
 足が地に付いていない。まるで雲の上にいるかのような無重力感。
 ジェットコースターの最初の落下のときみたいな、足の裏が痒くなってしまうような、恐怖と愉悦。

 嫌悪と思慕。
 敵対と愛情。
 スズがタカトシに覚えていた全ての感情が明らかになる。

 見られたい。
 見てほしい。
 触られたい。
 頭を撫でてほしい。
 匂いを嗅ぎたい。
 あの腕に抱かれたい。


「萩村、すっごい可愛い」
 後頭部を抱きかかえられながらタカトシにそう囁かれると、スズは軽い絶頂に至ってしまう。


 反ってしまう首筋を優しく抱かれながら、顔中にキスの雨を降らされる。
 まるで人形みたいに、タカトシにされるがままのスズ。
 それはスズには全然不快ではなかった。

 涙をぬぐうように降ってくるタカトシの唇。その柔らかさ。それに込められた優しさ。
 スズはそれを肌で実感してしまう。
 そして額に触れるタカトシの唇の感触にスズは多幸感に酔ってしまっている。

 スズの下着の中の、柔らかな粘膜。
 そこは度重なるタカトシのキスと抱擁で、しとどに濡れきっている。
 無毛の陰部のなかで、包皮を半ば自ずから剥きながら自己主張する女の子の芯。
 それがズキズキと甘い熱を帯びながらスズを苛む。

 下着が愛液で湿り、重くなりそうなくらいになった頃、タカトシは焦ったようにスズに言った。
「…あ、そ、その、お、お茶、冷めちゃうから!」
 キスが終わると、スズはとたんに寂しくなる。
 あって当たり前のものがなくなってしまったみたいな、とてつもない喪失感。

 生まれてからずっとそこにあったものが失われてしまったような、とても寂しい感情。

「は、萩村、可愛いからさ…」

 タカトシの焦ったような声にスズはなんだか頬がほころぶのを止められない。

「…あ、そ、その、あんまりああいう萩村見てると、ガマンできなくなりそうで…」
 ちょっとだけ頬を染めながらそう言う津田タカトシに、スズは嬉しさが止まらない。
 自分の大好きな男の子が、自分のことを欲しいと思ってくれるという喜び。

 生まれて初めて感じるそんな恍惚の中で、スズはすっかり理性を失ってしまっていた。
 女の子だけが酔う事のできる、愛しくて切なすぎる恋の酩酊に蕩けたスズは、その小さな身体をタカトシの胸の中に飛び込ませる。

「つだ…つだっ」
 キスをする。半ばタカトシを押し倒すような体勢でキスの雨を降らせている。
 薄桜色のちいさな唇で、タカトシの顔中にキスをする。
 汗っぽいにおいも、意外に固い男の肌触りも、全てはスズの女の子の芯をふにゃふにゃにしてしまう。

 だからそんなスズはドアのノックの音なんかに気がつくはずはなく。
「津田クン、晩御飯食べて行くでしょ?」

 と、スズママがドアを開けながら尋ねた声に初めて我に帰るスズ。

 スズの身体の小ささと柔らかさ、その皮膚の温かさに抵抗できずにキスを受け入れていた
 タカトシも、ようやくそのヤバさに気付くが、反応したのはスズママのほうが早かった。


 スズママは、一瞬だけびっくりした表情をすると、すぐに元の顔に戻り。
「まあ……スズ……津田クン…今晩はお赤飯ね!!」
 踵を返してキッチンに駆け戻る足音を聞いてやっと自分のとってる体勢に気がつくスズなのであった。

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