「あいかわらずすげえな」
ただその一言だった。
他に言いようなどない。
つーか他になんて言えばいいんだ?
そんな感じだった。
「何だよ、この豪邸。金ってのはあるとこにはあるんだな」
七条家を見上げながらタカトシはあっけに取られていた。




「家でクリスマスパーティーするからみんなも来てね♪」
そんな言葉と共に生徒会役員たちに配られたのは七条家主催クリスマスパーティーの招待状。
「ふむ。それじゃあ遠慮なく今年も出席させてもらうか」
「お邪魔させてもらいます」
「うん。待ってるから」
快く快諾するシノ、スズとは対照的にタカトシは「あー」とか「うー」とか。
行くのか行かないのかいまいち要領を得ない。
「あれ? 津田君は来てくれないの?……あっ! でも他に予定があるなら無理はしなくてもいいからね?」
「あ、いやそういうわけでは……」
「こら津田! せっかくアリアが誘ってくれたのに出席しないとは何事だ!」
「いやだからそうじゃなくて。たしか七条先輩の家って由緒ある家柄だったじゃないですか?
そこに行くのは勇気がいるなあって思いましてね」
「あら、大丈夫よ。身内だけでやる内々のものだから。そんなに身構えなくてもいいよ」
「そう言うことでしたら……喜んでお邪魔させてもらいます」
「うん」




ってなことがあったわけだが。
甘かった。
認識が甘かった。
七条家には次々と黒塗りの高級車が入る。
どこが身内だけの内々のものだと?
今からここでG7サミットが行われると言われても不思議に思わないだけの警備陣ですがなにか?
「……帰りたい」
心の底からそう思い、実際きびすを返そうとしたのだが……。
そんなタカトシの行動は少々不審だったらしい。
「ちょっと。そこの君」
警備の黒服に呼びとめられてしまった。
「ここで何してるんだ?」
そもそも、タカトシのいる場所は天下の公道であり、警察官でもない人間に職務質問のように呼びかけられる筋合いはない。
しかし。
しかし、だ。
格闘家のような――実際格闘技の覚えはあるのだろう――体躯の男に声をかけられれば萎縮して当然。
「あ、えっと……これ」
故にタカトシは切り札を切ることとなってしまった。
言うまでもなくアリアから貰ったクリスマスパーティーの招待状だ。
男はそれを見て、タカトシをじろりと見る。
(はぁ……)
タカトシ心の中で大きくため息をついた。

招待状を見せたら黒服の態度は一変し、どこのVIPかと思われるかのような待遇で屋敷内へと案内され、
パーティー会場まで連れてこられてしまった。
「どこが内々なんだよ……」
煌びやかに着飾る紳士淑女。
立ち振る舞いもなんだか優雅に見える……っつーか優雅だ。
「……帰りたい」
あまりに浮いている自分の姿に正直凹む。
魂が折れてしまいそうだ。
知り合いの姿を探そうとするが、よく考えてみればここにいるだろう知り合いなんて3人しかいない。
天草シノ、萩村スズ、そして七条アリア。
そしてその誰も見つからない。
いや、アリアは見つけたのだが……。
彼女は、タカトシとはオーラがまるで違う種類のイケメン多数に囲まれている。
そして彼女自身、ドレスアップして、まるで物語に出てくるお姫様のようで。
そこに割って入るだけの度胸はないし、KYのつもりでもない。
だとするとタカトシのするべきことは何か?
「壁の花にでもなるか」
壁の花とは女性を指す言葉であり、自分には相応しくないのだが、この際それはどうでもいい。
意味的には似たようなものだろう。
(花と言うほど華があるわけではないけどね……うむ、我ながらうまいこと言った)
そう思いながらタカトシは目立たない場所に移動しようとした。
しかし、その瞬間。
ほんの一瞬、アリアと目が合った。
それだけだったのに。
「あっ! 津田君、来てくれたんだ」
アリアは駆けてきた。
他の誰にも見向きもせずに、タカトシの下へと。
「あ、えっと……その、本日は御招きありがとうございます」
あたふたと、なれない敬語だか丁寧語だかを使おうとしているタカトシを見てクスクスと笑う。
「なあにもう。普段通りにしてくれればいいから。ね?」
(うん、それ無理)
心の中で言うに留め、タカトシは「すいません」と苦笑する。
「ところで津田君、何で制服なの?」
そう。
タカトシはパーティーに桜才学園の制服でやってきていた。
だが、これには考えがあってのこと。
「いや、どんな格好で来たものかって迷ったんですよ。カジュアル過ぎてもまずいだろうしフォーマル過ぎてもまずいかなって」
今となってはフォーマル過ぎて過ぎることはないだろうと思っているのだが。
「それで考えた結果、これならどこからも文句は出ないだろうなあ、と」
「そっかそっか」
アリアもうんうんと頷いているし、間違った選択ではなかったのだろうと安心していたタカトシだが、
「でも、せっかくだから違った服も着てみたくない?」
「は?」
「タキシードとか、どう?」
「いや、別にこれでいいですから。まあ確かに多少浮いてる感も無きにしも非ずですけど、目立たないように隅のほうにいますから」


「だ〜め。津田君はわたしが招待したお客様なんだよ?
そのお客様を隅に追いやるなんて出来ないもの。ね? だからほら、着替えてきて。誰か、津田君をお願い」
「かしこまりました」
「いや、ですからね」
「さ、こちらへ」
さらに言い募ろうとしたタカトシだが、執事だか召使いだかの黒服の老紳士に促されてやむなく従うことにした。
その道中、マサヒコはポツリと零す。
「タキシードねえ……着れりゃいいんだけど」
「サイズは各種取り揃えておりますから大丈夫ですよ」
「あ、いえそうじゃなくてですね」
老紳士の言葉に、タカトシは苦笑して返した。
「服に着られないかと思いましてね」
またしてもうまいこと言った。



「あ、シノちゃん、スズちゃん」
ドレスアップした二人を見て、アリア嬉しそうに駆け寄る。
「やあアリア。お邪魔しに来たぞ」
「本日は御招きありがとうございます」
ぺこりと頭を下げるスズ。
このあたりは流石IQ何とかの天才少女。
そつがない。
もちろんシノだって本来そつはないが、アリアとは同級生で友達という関係。
礼儀よりもフランクさを前面に押し出しているだけだ。
「ところで津田はどうしたのだ? 姿を見ないが?」
「あいつも来る予定でしたよね?」
「うん、来てるよ。今は着替えをしてもらってるところなの」
「着替え……まさか、普段着で着たんじゃないでしょうね、あいつ?」
「ううん。どんな格好で来たらいいかわからないからって。制服できたんだよ」
「ほう。生徒会に関わるものとしては正しい選択だな」
「シノちゃんもそう思う?」
「うむ。やつを生徒会に勧誘したのは間違いではなかったようだな」
「ね〜♪」
和やかに話を進める二人とは別に、スズは、
(どんな服で来たらいいかわからなかったんだろうなぁ。まあ制服で来たのはいい判断ね)
そんなことを思っていた。
スズの中でのタカトシの好感度+10。
そんなことを話していると、
「お嬢様。津田様をお連れしました」
「あ、うんありがと――!!」
「っ!!」
「えっ!!?」
執事の声に振りかえった3人は、言葉を失ってしまった。
「えっと……」
タカトシ。
制服からタキシードに着替え、普段大して手を加えていない髪もしっかりセットされた彼。
生徒会室でも毎日のように……つーか実際毎日顔を合わせているのに。
そこにいたタカトシは別人のようだった。


「「「………」」」
「あの……ちょっと?」
元が悪くないことはわかっていた。
それなりに整った顔立ちだし、性格も温厚で、思慮深い。
多少大雑把というか……遅刻するなど責任感に欠けるところもある。
しかしそれも御愛嬌。
致命的な欠点ではない。
「……やっぱ変ですか?」
「ううん。変じゃないよ。よく似合ってるよ津田君」
見る人が見ればわかる魅力が全開。
「うむ、アリアの言う通りだ。やれば出来るじゃないか津田!」
「いてっ! 叩かないでくださいよ会長」
バシバシとタカトシの背を叩きまくる。
「うむうむ。うむうむうむ!」
「だから痛いですって! なんなんすかいったい」
「あらあら、照れちゃって、シノちゃんったら」
クスクス笑うアリアもいつもと違ってあまり余裕はないのだが……
と。
音楽が流れてきた。
タカトシにはそれがワルツだかロンドだかなんだか種類もよくわからない。
わかることはふたつ。
周りの様子を見るにどうやらダンスの時間が始まったらしいことと、
その音源がCDなどという安っぽいものではなく、オーケストラによる生演奏だと言うことだけだ。
つーか、どんだけだよ七条家。
「む、踊りか。よし、我々も踊るぞ津田」
「は? へ!? ちょ、ちょっと待ってください会長」
「どうした?……ひょっとして、私が相手では不満か?」
「そうじゃなくて。踊りなんて……俺きりきり舞とてんてこ舞いしかできませんよ」
「それは踊りじゃないだろうが! ほら、早く行くぞ!」
「いつも生徒会の活動中は華麗に舞ってるんですけどねぇ……」
ぶつぶついいながらシノに腕を引かれて連れていかれてしまう。
「シノちゃ〜ん。時間たったら私達と代わってね〜」
「ちょっ! 七条先輩!?」
二人に声をかけたアリアにスズが詰め寄る。
「ん? どうしたのスズちゃん?」
「私「達」って……」
「スズちゃんは津田君と踊りたくないの?」
「そ、それは……」
ちらり、とタカトシとシノの様子を見やる。
動きが悪いタカトシに対してシノが何やら声を開けつつ、何とか踊ってる。
なんだろう、とても初々しいカップルに見える。見えないでもない。
「……踊ってみたいです」
「ね〜♪ 次スズちゃんの番ね」
「いいんですか?」
「ん。私は最後のおおとり。そのまえに、ね?」
「はい?」
「shall we dance?」
「わ!」
にこにこ笑いながらアリアはスズを引っ張って踊りの輪に加わった。


「津田君結構踊れるじゃない」
「冗談じゃないですよ。さっきから背中の汗が尋常じゃありません」
シノ、スズとのダンスも何とかこなしたタカトシは、最後にアリアと踊っていた。
「でも、ちゃんと形になってるよ? どこかで習ったことあるんじゃないの?」
「……周りで踊ってる人を見ての即興劣化模倣ですよ」
「へ〜」
アリアは思わず声をあげた。
見取り稽古という言葉があるが、それを即興で実践レベルまでこなすとは対したものだと感心したのだ。
そう言えばタカトシは小学中学時代に球技をやっていたわけだがそのあたりも影響しているのかもしれない。
リズム感とか、結構大切なんですよね、スポーツって。
某芸能人に言わせると「ダンスやってるやつは何でもこなす」
某監督に言わせると「ショート守れるやつはどこでも守れる」見たいな感じだろうか。
とにかく。
タカトシは無難に器用にこなしていたわけだ。
そのあたりのフレキシブルさは生徒会においても発揮されているようなそうでもないような……。
「ねえ、津田君」
「なんですか?」
「……ごめんね」
「はい?」
いきなり謝られてわけのわからないタカトシ。
当然、返す言葉も間抜けたものになるのは否めない。
「えっと……会長と違って足を踏まれた覚えはないんですけど?」
「そうじゃなくて……迷惑だった?」
「??」
タカトシは眉をひそめる。
アリアの言いたいことが本当に理解できないのだ。
「パーティに招待したこと。迷惑に思ってない?」
「ああ、そのことですか」
なるほどと納得する。
七条アリアは生徒会の良心であると言っても過言でない程に常識人である。
……まあ、下ネタが極度に重いとか、天然ボケがえらくリッチだとかはおいといて。
他者に対して気遣いの出来る人なのだ。
わかりやすく一言で言えばいい人なのだ。
今回、タカトシが少なからず戸惑っていたことに感づいての言葉だろう。
だから、タカトシは多少勇気のいる言葉で返した。
「まあ、確かにビビリましたよ。警備は厳しいし、出席してる人たちもなんか煌びやかで。
自分がすっごい場違いに思えましたから。なにせ制服で来ちゃいましたからね、俺」
「そう……」
しゅん、と。
アリアが消沈してしまう。
それを見て、タカトシは冷静に言葉を続ける。
「まあ、来年はもうちょっとマシな服装と、気構えでお邪魔させてもらいますね」
「えっ!?」
パッと顔を上げたアリアに、タカトシは苦笑する。
「えっと……そりゃまあ、来年も呼んでもらえる、なんて思いあがってなんかいませんけど。
まあ、万が一にも御招きいただけるなら、もうちょっとスマートな身のこなしを心がけますよ」
タカトシが、ちょっと気取ってそういうと、アリアは、最初きょとんとした様子だった。


やがて顔中に笑みが広がり、
「うん! 来年も、一緒に過ごそうね!」
そう言って満面の笑みを浮かべた。
「でもどうせなら生徒会の身内だけでとかどうですか?」
「うん、そっか。そうだね。生徒会メンバーだけの集まりってのも悪くないかもね」
「それだと俺も大分気軽にこれるんスけどね」
「あ〜。津田君私達のこと尊敬してないの〜? ひどいんだぁ」
「いやいやいや。見知らぬ紳士淑女多数に囲まれることに比べたらよっぽど気楽なだけってことですから。別に他意はありませんよ」
それは偽らざる事実。
セレブリティな人々が大勢いるとどうにも緊張してしまって肩がこる。
それがタカトシの本音だ。
けれども、
「でも、楽しそうですよね。気の合う仲間だけでの集まりってのも」
これもまた偽らざる本心。
「気の合う仲間……か。うん、そうだね。来年は私達だけでやろうね!
ううん。来年といわず今年に……は、もう遅いから……お正月…そう! お正月だよ!」
アリアは嬉しそうな声をあげる。
「そうだよ! 大晦日から集まってさ。みんなで新年のカウントダウンして。
その後神社にお参りに行って! お雑煮食べて! それでそれで!」
「落ち着いてください七条先輩」
「あ……ご、ごめんね。一人で興奮しちゃって」
「構いませんよ。ただ」
「ただ?」
「そーいった計画は大人数で立てたほうが楽しいものですから。
後でゆっくりじっくり話し合うことにしませんか?」
そう言ってタカトシは談笑しているシノとスズに目をやる。
「こーいうのって、本番よりも準備のほうが楽しいものですからね。
俺たちだけで決めたんじゃああの二人が怒っちゃいますよ」
「うん!……うん! そうだね!」
嬉しそうに。
何度も何度もアリアは頷く。
アリアは自分が世間一般と大分ずれていると理解している。
だからこそ、わけ隔てなく、自然体で接してくれる存在にあこがれていた。
それは友人という存在。
そんな存在が、今は三人もいるのだ。
「さて、それじゃあ行きましょうか、七条先輩」
ちょうど曲も終わり、タカトシがエスコートするようにアリアの手を取りシノとスズの元へと向かい、
迎えてくれた二人にアリアは抱きつく。
「みんな……大好き」
わけがわからず顔を見合わせるシノとスズ。
タカトシはそんな三人の様子を笑みを浮かべて眺めていた。

今日は聖夜。
神の生まれたといわれる日。
願わくば、すべての人々の上に幸せが訪れますように。


END

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