「恥ずかしいから…向こう…向いてて、カズヤ…」
熟したリンゴのように顔を赤らめ俯いている今岡ナツミは、その潤んだ瞳をやや
上目づかいにしながら、消え入るかのような声で呟いた。
「あ、ああ…悪い…」
それを聞いた新井カズヤが、慌てて後方へと視線を逸らす。
「これでいいだろ?」
「…絶対に見ないでよ」
「オレを信用しろって!」
「できないから言ってるの!」
そう言って嘆息したナツミだが、やあやって覚悟を決めたらしく、その眉がきりりと引き締まった。
「じゃあ、脱ぐわね…」
自分を奮い立たせる意味も込めて宣言すると、彼女は履いていた靴を脱いだ。
続いてスカートをたくし上げ、その下に履いている純白のショーツに手を掛けた。
「〜〜〜〜〜っ!」
さすがに年頃の乙女。
ここで躊躇する仕草をみせたが、わずかの間をおいて
「ん!」
と自分に気合を入れると、意を決したかのようにゆっくりとそれを下ろしていく。
奇妙な静寂の中、ナツミがショーツを脱ぐ際に生じる衣擦れの音だけが辺りに響いていた。
羞恥の極みといった感じで下着を脱ぐナツミに背を向けた、新井カズヤの身体が先程から小刻みに震えている。
いま、彼の中では、本能と理性が激しい戦いを繰り広げているのだ。
(あー! 見たい! 振り返りたい! オレのすぐ後ろで女がパンツを下ろしているというのに、それを見れないなんて! 拷問だぁ!!)
自らが置かれた状況に苦悶するカズヤ。
(もういっそ見ちまうか! 世の全ての男達もオレの行動に諸手をあげて賛同するだろうし…)
あやうく煩悩に負けそうになるが、慌ててその考えを振り払う。
(いかんいかん! そんなことしたら確実に殺されてしまう…。ああ、でも、見たい!!)
(…何を考えてるんだか…)
両手で頭を掻きむしり、激しく葛藤しているカズヤの方を注意深く窺いながらも、ナツミはゆっくりと、それでいて確実に下着を下ろしていった。
そして。
「カズヤ。…もう、いいよ」
恥ずかしげにナツミがカズヤの背を叩く。
光速で降り返ったカズヤの視界に飛び込んできた顔馴染みの美少女。
その手には、脱ぎたての温もりを帯びた下着が握られていた…。


いつもの光景だった。
「こぉの、変態がぁっ!!」
「べひっ!!」
ナツミにセクハラをはたらいたカズヤが、彼女から激しい報復の殴打を受けて吹き飛んでいく。
壁に叩きつけられたカズヤは夥しい流血をしているのだが、周囲にいる級友たちは特に気に留めている様子もない。
彼が殺しても死なない人物であることを熟知しているからだ。
(あーあ、またかよ。しょうがないなぁ)とでも言いたげな表情で、彼・彼女らは事の推移をニヤニヤしながら見守っていた。
そんな中、カズヤにとどめの一撃を加えるべく、ナツミが彼の方へ歩み寄っていく。
カズヤの方はというと、白目をむいてピクリとも動かない。
ナツミの右拳が大きく上げられた…。
と、今まさに拳が振り下ろされようとしたそのとき、死刑執行の場には不釣合いな軽快なメロディーが、突如として辺りに鳴り響き始めた。
ビックリして周囲を見渡す一同。
やあやって、その発信源はカズヤの携帯電話のものらしいと判明した。ナツミが大きく嘆息する。
「ほら、カズヤ。ケータイ鳴ってるわよ」
言いながら、足先でカズヤの頭を軽く小突く。
だが、彼が意識を取り戻す兆候はない。
「カズヤ!! 起きなさい!! …んもう、しょうがないわねぇ…」
もう一度大きく嘆息した後、彼女は驚くべき行動に出た。
おもむろにしゃがみこんだかと思うと、気絶しているカズヤのポケットを探り、けたたましく鳴り続ける携帯電話を取り出したのだ。
そして「通話」ボタンを押し、自分の耳元へと持って行く。
「あー、もしもし。新井は今ちょっと取り込んでおりまして…。 …え、あ、色丞さん!?」
苛立たしげだったナツミの表情が、電話の向こうの相手の声を聞いたとたんに真剣なものへと変化した。
「あ、はい。私です。今岡です。 …はい、…はい。はい、分かりました。すぐに連れていきます! はい、それじゃあ失礼します」
電話を切ったナツミは、いきなり傍に倒れているカズヤの頬を張り飛ばした。
パァンという小気味良い音が響き渡る。
「いってぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
たまらず目を覚ましたカズヤに顔を近づけ、こっそりとナツミが耳打ちした。
「カズヤ、色丞さんが呼んでるわよ」
「!!!!!!!!!」
それを聞いたカズヤの顔がみるみる喜色に染まっていく。
そして、先ほどまでグロッキーだったのが嘘かのように勢いよく立ち上がった。
「よし! すぐ行こうぜ!! ヒャッホーウ!!!!」
そう叫んで教室から駆け出したカズヤを、慌ててナツミが追って行く。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! アンタ、場所がどこだが知らないんでしょうが! コラ、待て!!」
物凄い勢いで走り去っていく一組の男女。
教室に取り残された級友たちは、目の前で起こった事柄の推移を理解できず、ただただ呆然とするしか術はなかった…。

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