「いい景色」
彼女は絶壁に佇み、絶景を望む。
一面の青。
海の藍色。
空の蒼色。
融けて、交じり合って、白い雲。
頬をなでる風を感じながら、彼女はつぶやく。
「若田部さんにも見せてあげたいな」
つぶやいて、彼女は悲しく微笑んだ。
「ダメだな、私ったら……若田部さんは、もう…いないのに」
そう。
彼女の友は。
若田部アヤナは、もういない。
この世界から、消えた。
ほんの先日まで確かに存在したのに。
もう……いない。
若田部アヤナは、もういない。
「こんなとこでなにしてるんだ?」
声をかけられ、振り返る。
「海を眺めてたの」
「ふ〜ん」
彼も彼女の横に並び、海を見つめる。
彼女はそんな彼の手を握る。
「お、おい」
彼は驚いた様子で彼女を見る。
彼女が何も言わず、悲しそうに微笑んだので、彼も何も言わず、また海を見た。
「若田部さん」
彼女はまた、つぶやいた。
「あなたの分まで、二人で幸せになるね」
言葉は風に乗って――
「ちょっと天野さん! 人のこと死んだみたいに言わないでもらえるかしら!」
すぐ後ろに来ていた彼女の耳に届いたようだ。
「それに! なんでマサヒコと手を繋いでるのよ!」
「いいじゃない、手を繋ぐくらい」
「だめよ! マサヒコはもう私のだんな様なのよ! 私のなの!!」
つい先日苗字が若田部改め、小久保になったアヤナが真っ赤になって二人の間に割ってはいる。
「そもそも! 何で新婚旅行に天野さんがついてくるのかしら?」
「私は一人で旅行をしてるだけ。偶然マサちゃんと行き先が一緒だっただけよ」
「天野さん……まだマサヒコのこと諦めてなかったのね」
「失楽園って知ってる?」
平然と言い放つミサキの様子にアヤナ、プッツン。
「そんなのダメよ!! 私達の関係は法律で守られているのよ!」
「離婚は立派な権利だし」
「双方の合意がないとダメでしょ!」
「そんなものいくらでもやりようがあるわよ。愛人に子供が出来て離婚ってね」
「既成事実!? そんなことさせない! マサヒコは私が守ってみせるわ!」
「無駄よ。なんとしてもマサちゃんは貰い受ける!」
乙女二人が熱いバトルを繰り広げる。
「海って広いなぁ……」
海に比肩するほど懐の広い男、小久保マサヒコ。
彼の苦労は終わらない。


END

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