修羅場。
小久保家のリビングを表すのに適した一言はそれに尽きるだろう。
「うわーん小久保君のぱかー!!」
その原因は半泣きで叫んだリンコの一言がすべてを物語っていた。

今日はクリスマスイブ。
だと言うのに小久保家は阿修羅VS帝釈天。

ああ、無情。


すこしばかり月日を遡る。
「サプライズパーティーをしよう!」
ミサキの家でのリンコのセリフがすべての発端だった。
学校こそ別々になってしまったけれど仲がいい二人はお茶の真っ最中。
「サプライズパーティー?」
意味を謀りかね、ミサキは首をかしげる。
「うん! クリスマスにやるの! それで小久保君をびっくりさせようよ!」
「マサちゃんを……」
女子高に進んだミサキはマサヒコとは当然違う学校。
さらに言えば家庭教師の授業も終わってしまったため、ミサキはほとんどマサヒコの部屋へ行くことがない。
会うのに理由なんか要らない、いつでも家に来いよ。とは単行本4巻P140でのマサヒコのくっさいセリフ。
だがそれをそのまま実行できるほどミサキは大胆ではなかった。
だから会うための理由が欲しかったし、リンコの提案は願ってもないものだった。
だから、
「うん、そうだね。やろう! サプライズパーティー!」
ミサキの同意も得られ、大喜びのリンコ。
「ほんとに!? やったー!!」
「あ、でもそれじゃあ他にも誰か誘ったほうがいいかな? パーティーなんだし多いほうが楽しいよね」
「うん。だから中村先生とアイ先生と、アヤナちゃんも帰ってくるって言ってたから誘っておいたんだ」
要するに、なつかしのメンバー久々の大集合!!と言うわけだ。
それから二人で細細した事――誰が飲み物を持ってくるとか、集合時間など――を決めた。
「こんなところかな?」
「そうね。じゃあパーティーのこと小久保君には絶対内緒だよ、リンちゃん」
「うん!」
少女たちは共通の秘密を胸に、笑いあった。


そして迎えたクリスマス当日。
ミサキ、リンコ、アイにリョーコ、そして帰ってきたアヤナ。
5人は久方ぶりの再会に感動しつつ、懐かしみつつ小久保家へ。
呼び鈴を押し、出てきたのは……
「あら、これまた懐かしい面々ねぇ。今日はまたどうしたの?」
マサヒコのマザー。
どこかへ出かけるのか、よそ行きを着て、化粧もばっちり。
美人さんだ。
「お久しぶりですお母さん。えっと、今からサプライズパーティーをしようと思ってきました。
すいません、急に押しかけてしまって」
代表してアイが答えるとマサヒコの母はあらまあといった表情をする。
「いいわよいいわよ。こんな家でよかったらパーティー会場にでもなんでもしちゃってよ。
わたしはこれから旦那とディナーだし、マサヒコはバイトでいないから好きにつかっちゃって」
「ハイ、遠慮なく……って! 「「「「ええええ!!!」」」」
絶叫。
アイ一人ではない。
リョーコを除いた全員だ。
その叫び声に、マサヒコの母は流石に驚いた様子で、
「ど、どしたのみんな?」
「マ、マサ、マサヒコ君いないんですかぁ!!」
「うん。バイト行ったわよ」
母の言葉に絶句して放心して涙ぐんで唖然とする。
そんな彼女達の様子に憐憫の眼差しを向けていたマサヒコの母だが、
「あ〜……えっと、ごめん、時間ないし後任せるわね」
「ええ。楽しんできてくださいな」
リョーコに後事を託すことにする。
「そうさせてもらうわ。あ、そうそう」
2、3歩歩きかけたところで振りかえり、
「メリークリスマス。リビングの棚にあるお酒は飲んじゃっていいからね」
リョーコにウインクを返す。
「あ……」
思わぬところからのクリスマスプレゼントに少々意表を付かれたリョーコだが、
「メリークリスマス。マサヒコに弟か妹でも作ってあげてくださいな」
いつもの自分を取り戻してシニカルな笑みを浮かべる。
「あはは、そうね。旦那次第かな、それは」
強烈な一撃をさらりと右から左へ受け流し、彼女は去っていった。
リョーコは大きくため息をつく。
「かなわないわねぇ、まったく……」
それから、唖然として動かない乙女達を見てさらにため息。
「やれやれ……ほら、あんたら。いつまでも突っ立ってないで」
「でも……でもせんぱぁい。マサヒコ君いないんですよぉ。
これじゃあ何の為にサプライズパーティーを計画したのかわかりませんよぉ」
半泣きのアイに冷たい視線を向ける。
「サプライズしすぎたのが問題なのよ。せめてお母さんには連絡を取るべきだったわね」
リョーコの言葉に乙女達さらにがっくり。
「ほら、中入るわよ」
「「「「は〜い……」」」」



と、いうようなことがあったわけでして。
その後意気消沈したまま決行されたサプライズクリスマスパーティー。
あんまりにも陰気なその雰囲気にリョーコがアルコールを各自に勧めその結果……
至る、冒頭。
「マサちゃんのばかー! おたんこなーす!」
ここは修羅場。
「せっかくあたしが逢いに帰ってきてあげたのに〜!!」
マサヒコに非は無い。
「所詮君とわたしとの関係は教師と生徒にすぎなかったんだぁ……ふぇぇぇん」
何度でも言おう。
マサヒコに非は無い。
一切合財、毛の先ほど、クオークの直径ほども無い。
「「「「小久保君(マサヒコ君 マサちゃん)のばかー!!」」」」
大合唱。
粉砕、玉砕、大喝采。
マサヒコへの非難のシュプレヒコール。
そんな状況にリョーコは、
「……飽きたわね」
四人の痴態(?)を酒の肴にするのも飽きたのだ。
人の悲しみを酒の肴にするとは。
鬼である。
悪魔である。
人の皮をかぶったリョーコである。
意味不明。
……まあとにかく。
リョーコは飽きたのだ。
マサヒコへの謂れのない罵詈雑言は飽きたのだ。
だから少々趣向、あるいは酒肴を変えることにした。
「ねえあんた達」
不思議なもので。
リョーコが声をかけると四人はマサヒコへの非難の声もぴたりと止めてリョーコを見る。
リョーコに逆らってはいけないという本能の為せる技だろうか。
天晴れ見事である。
「もしもさ、マサと二人っきりでクリスマスを過ごせるとしたらどんなのがいい?」
「マサヒコ君と?」
「ふたりっきりで?」
「クリスマスを?」
「過ごす?」
四人はそれぞれ何かを想像するように宙を見上げ。
「「「「……えへへへぇ〜……」」」」
にたぁっと笑った。
なに考えたんすかねぇ。
「ほら、アイはどんなのがいいの?」
「私は……」


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「メリークリスマスですアイさん」
「メリークリスマス、マサヒコ君」
二人はカチンッと、グラスを打ち合わせる。
「って、俺のは水だからちょっとかっこつかないっすよね」
「ふふふ。未成年の飲酒は厳禁ですよー。先生そう言うの見逃しません」
ちょっとおどけていったアイの言葉にマサヒコも相好を崩す。
「まあムリに飲みたいとも思いませんけどね」
「ふ〜ん、そうなんだ」
「……でも、食前酒程度なら」
「だ〜め。そんなこと言ったらめっ!です」
「残念」
そんなやり取りをして、また二人、笑いあう。
しかし。
ふと、アイの顔色が曇る。
気配りのできるマサヒコがそれに気づかぬはずがない。
「アイさんどうかしましたか? 食事、あんまりおいしくなかったですか?
あ、それとも……せっかくのクリスマスに俺と二人ってのイヤだったですか?」
「ううん! そんなことないよ! 料理はどれもおいしいし!
マサヒコ君と二人っきりのクリスマスもすっごく楽しいよ!! ホントだよ!」
大慌てで、身振り手振りまで加えて。
自分がいかに今を楽しんでいるかを全身全霊全力全開でアピールするアイを見てマサヒコはほっと息をつく。
「じゃあどうしたんですか?」
「うん……こんなすっごいところ予約して。高かったんでしょ?」
二人がいるのは高級ホテルの展望レストラン。
当然、お値段のほうも高級になっております。
「まあそうですけど、バイトしてましたし。それに……」
「なに?」
「プライスレスですよ。アイさんと二人で、クリスマスを過ごせるってのは」
「マサヒコ君……」
ジーンときて、アイは思わずちょっと涙ぐんでしまった。
アイの琴線触れまくりなマサヒコ。
さらにとどめの一撃を加える。
「えっと……先生…じゃない! アイさん。実は……こんなものもあったりするんですけど」
緊張のせいか思わず昔の呼び名に戻りつつ、マサヒコがポケットから出したのは……出したのは。
「……」
宝石じゃなかった。
指輪を持った熊のぬいぐるみでもなかった。
そもそもクリスマスのプレゼントですらなかった。
一枚のカード。
ぶっちゃけこのホテルのカードキーだ。
「え〜っと……」
せわしなくカードキーと自分を交互に見るアイへ、マサヒコ、一言。
「今夜、どうですか?」


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「なーんて! なーんて!! きゃー♪」
(マサにそんな甲斐性あるわけないじゃないの)
心の中で思うだけにとどめるリョーコ。
代わりにアイのコップに酒を注ぐ。
「んで、リンコは? マサと二人っきりでクリスマスを過ごせるとしたらどんなのがいい?」
「えっと……」


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「ふわ〜! きれいだねぇ」
「そうだなぁ」
イルミネーションを纏ったそれを二人で眺める。
マサヒコ達の住む町から少し離れた街の商業施設の名物クリスマスツリー。
過ぎるほどに煌びやかなそれは、しかし今この時にはふさわしいものだった。
「きれい〜」
呆けた様子でリンコが見つめる。
「ああ、ホントに……きれいだな」
だがしかし、マサヒコの眺めるのはクリスマスツリーではなく、隣に佇む少女。
眼をキラキラさせている、同級生。
「ねえ小久保君。すっごく綺麗だよね!」
「ああ、ホントに……な」
「あ……え、えっと……」
ここに至り、リンコもようやく気づく。
マサヒコの視線の先を。
何を綺麗と言っているかを。
「こ、小久保君……」
「っと、悪い……つい、な」
「う、うん」
要領を得ない会話も、なんだか心地いい。
なにより、リンコは嬉しかった。
いつも「かわいい」とは言ってくれるマサヒコだが、「綺麗」だと言ってくれたのは今日がはじめて。
気合をいれておめかしをしてきてよかったと思う。
「ねえ、小久保君」
「ん?」
「もういちど……言って?」
「?? 何をだ?」
「だから、その……」
顔を真っ赤にしてもじもじしだしたリンコを見て、マサヒコは少し意地悪がしたくなったようで。
「かわいいよ、的山」
「!! う〜……」
頬を膨らませてぽかぽかとマサヒコを叩くリンコ。
「ホントにかわいいな的山は」
「う〜う〜う〜!!」
「でも……今日は綺麗だな」
「ふへぇ!!!??」
不意を突かれた。
さらに追い討ちまで。
「リンコ」
「ふにぃ!!???」
的山リンコ再起不能(リタイア)


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「なーんて! なーんて!! きゃー♪」
(正直あんたに綺麗はないわ……ま、かわいいことは間違いないけどね)
心の中で思うだけにとどめるリョーコ。
代わりにリンコのコップに酒を注ぐ。←お酒は二十歳になってから
「んじゃアヤナは? マサと二人っきりでクリスマスを過ごせるとしたらどんなのがいい?」
「そんな……私は別に……」


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「んっ……!」
それは深い口付け。
貪るようなと言ってもいいかもしれない。
アヤナの口内を蹂躙し、犯し尽くす。
足が震え、もう立っていられない……というところで、ようやくアヤナを解放する。
「ごめん、ちょっとやりすぎた……かな?」
「あ、あたりまえでしょ!」
「う……わ、悪い」
そう言ってしゅんとするマサヒコの姿にアヤナは笑みを禁じえなかった。
両極端と言うかなんというか。
先ほどまで自分にあれほどの狼藉を働いていた少年の姿とは思えない。
「もう……場所を考えてよね」
二人がいるのは多くの人が行き交う大通り。
そんなところでディープキスしよう物ならば白い目で見られること間違い無し。
けれど。
今日だけはそれも許されるかも知れない日だ。
「もう……もう〜」
アヤナは指でつんつんとマサヒコをつつく。
責めていると言うよりも甘えているといった風。
「悪かったって。な? ごめん」
そんなアヤナに対しても真摯に謝罪をするマサヒコ。
なんともまじめなことであり、そんなところがアヤナはたまらなく好きだった。
何事にも節度を守るマサヒコ。
そのマサヒコが人目もはばからずにキスをした。
その意味がわからないほどアヤナは鈍くないし、自惚れてもいいと自負している。
だから、聞いた。
「小久保君は……私のこと、好き?」
言葉が欲しくて。
確かな言葉が欲しくて。
「ん……いや、好きじゃない、かな」
「っ!!?」
自惚れてもいいと思っていたからこそ、マサヒコの一言は強烈なものだった。
だからこそ、その後の一言は堪えられないものだった。
「愛してるよ。アヤナのこと。世界中の誰よりも」
そう言って、マサヒコはもう一度、深く深く口付けた。


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「なーんて! なーんて!! きゃー♪」
(人前でキスとか。マサなら絶対やらないわね。現代っ子のわりに時々しっかりしてるからね、あの子)
心の中で思うだけにとどめるリョーコ。
代わりにアヤナのコップに酒を注ぐ。
「んで、ミサキは? マサと二人っきりでクリスマスを過ごせるとしたらどんなのがいい?」
「えっと……」


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「っぃ!!」
苦悶の表情と、苦痛にあえぐ声。
その声に制されるように、マサヒコの動きが止まる。
「ミサキ……やっぱり」
「だめ! やめちゃだめぇ!」
「でもな」
「せっかく……せっかくここまでこれたんだから」
「けど……」
「ごめんね……んっ……少しだけ待ってて。すぐに……なれる、から」
「ミサキ……」
「んっ!……ちゅ……はぁ……マサちゃぁん…好き……大好きぃ……
やぁ!……首すじはぁ……やんっ!」
「ッ……そろそろ、動いても大丈夫か?」
「うん、いいよ。マサちゃんのしたいようにして」
「……わかった……」
「ぅぁぁ!! まさちゃぁん! マサちゃん好きぃ……! 大好きなのぉ!!」
「ミサキ……ミサキ!!」
「マサちゃ〜ん!!」


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「なーんて! なーんて!! きゃー♪」
(いや、もーなんつーか。ツッコむ気すら失せたわよ。作者もやる気失せたみたいだし)
いってはならぬ内情を暴露しつつリョーコはやれやれ酒を注ぐ。
注ごうとした。
「あ、品切れだわ」
どれだけ飲ませたのか、一生瓶はすでに空。
変わりを取りに行こうと、リョーコはリビングを抜け、キッチンへと向かおうとした。
のだが。
玄関前を通りかかったとき、ガチャガチャと鍵穴を回す音が聞こえた。
「ふ〜……ただいま……って、中村先生、何で金属バットを上段に構えてるんですか?」
「ああ、マサだったの」
玄関を開けて入ってきたのは家主の息子、小久保マサヒコその人だった。
「あんたバイトだったんじゃなかったの?」
「ええ。ケーキ売ってました。それが全部売れたんでお役ごめんってことで帰ってきたんですけど……」
首をかしげ、不思議そうな目でマサヒコはリョーコを見る。
「何で中村先生が……っつーか、声から察するにみんながここにいるんすか?」
「まあなんていうか……クリスマスパーティーよ」
「はあ……それはまた。なんでうちで?」
「……まあそれはそれとして」
「スルーした!?」
「みんなあんたのこと待ってるわよ。疲れてるかもしれないけど早いとこ顔見せてあげなさい」
「はあ……そうですか」
戸惑った様子ながらも、リビングへと向かうマサヒコ。
その様子に、リョーコは内心合掌する。
案の定。
マサヒコがリビングに入ると、にわかに沈黙。
そしてその後、
「だー!! な、なに脱いでるんだミサキ! 落ち着け! あ、おい若田部! なんだよ、ちゅーしろってなんだよ!?
あ? ああ、うん、かわいいぞ的山――なんだ! 何が不満で泣くんだ!?
濱中先生何とか――今夜どうですかなんて言った覚えないっすよ!! うおおー!! 一体何がどうなっとんのじゃー!!」
マサヒコの怒涛のような絶叫とツッコミが聞こえてきた。
「やれやれ。メリー苦しみます、といったところかしらね。マサ」
リョーコは苦笑しながらポツリとつぶやいた。



END

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