衝撃的だった。
いやもう、これ以上もなく衝撃的だった。
あまりの衝撃に椅子から転げ落ちたほどだ。
「か、会長?」
「おま……お前が…そんなやつだったとは……見損なったぞ……」
搾り出されるような言葉も衝撃的だった。
頬をはたかれた衝撃以上に。
そしてそして、それ以上に。
「……帰る」
そう言って生徒会室から出ていく彼女の頬を流れ落ちる涙の存在こそが。
タカトシにとって最大の衝撃だった。
「俺が……泣かせたのか?」
呆然と、そうつぶやくことしか出来なかった。


「遅くなっちゃったね。シノちゃんも津田君も待ってるだろうなぁ」
「仕方ないですよ」
職員室まで会議の資料を受け取りに言っていったアリアとスズ。
某ズボラ教師のせいでだいぶ時間が掛かってしまい、今は両手にファイルを持って生徒会室に戻るその途中。
「あれ? シノちゃん?」
前方から走ってきた人影にアリアが不思議そうな声を上げる。
「どうしたの? 待ちくた――」
言葉を飲みこむ。
「シ、シノちゃん……?」
「会長! ど、どうしたんですか!? 何で泣いてるんですか!!?」
シノの異常に気づき、二人とも驚いて声をかける。
「どうしたのシノちゃん? おなか痛い?」
「おなか痛いって七条先輩……会長は子供じゃないんですから」
「そ、そうだったわね」
典型的なパニックに陥っていたアリアにちびっ子天才の鋭いツッコミ。
「会長、ユーロが暴落でもしましたか? それとも中国株?」
「スズちゃん、それも違うと思う」
おおっと、天才もパニックだったようだ。所詮はちびっ子か。
そんな二人の様子にシノは首を振る。
「すまない、心配掛けて。でも何でもないんだ。気にしないでくれ」
「でも……シノちゃん泣いてるじゃない」
「ホントに何でもないんだ。ただ……今日はちょっと会議には出れそうもない」
「あ、待ってる間に津田君に何かへんなことされたとか? や〜ん、津田君のえっち〜♪」
場を和ませるつもりで言ったアリアの一言が、場を崩壊させる。
シノが傍目にもわかるほどビクッと身体を震わせ、
止まりかけていた涙がぼろぼろと流れ出す。
「シ、シノちゃ――」
「すまない」
搾り出すようにそうとだけ言ってシノは走り去ってしまった。
その後を追うことも出来ず、取り残されてしまったアリアとスズの二人。
「あ・い・つ・は〜!!」
先に立ち直ったのはスズだった。
ファイルを投げ捨ててダッと走り出す。
「あ、スズちゃん待って!」
アリアはファイルを拾い、スズの後を追う。



「津田ぁ!!」
「だからスズちゃん落ち着いて」
走り出したのはスズのほうが早かったが元々の運動神経…というよりも体格に差がありすぎる。
生徒会室につく頃にはアリアはシノに追いついていた。
「あんた会長に何をしたのよ!!……って、ちょ、ちょっと」
「つ、津田君?」
床に座りこみ、虚ろな目で空を見つめるタカトシの異様な姿をみて、
「どうしたのよ津田!?」
”何をした”から”どうした”へと質問がシフトチェンジした。
「津田君? ねえ津田君ってば」
アリアがゆさゆさと体を揺するとようやくこちらの存在に気づいたようで。
「……ああ、七条先輩、萩村先輩。遅かったですね」
虚ろな目こそ治ったものの、心ここにあらずといった表情。
アリアとスズは顔を見合わせる。
「えっと、津田君」
「はい? 何ですか?」
「さっきさ、廊下でシノちゃんと会ったんだけど」
タカトシは傍目にもわかるほどビクッと身体を震わせる。
それは先ほどのシノを彷彿とさせる動きだった。
「……やっぱりシノちゃんとなにかあったんだ?」
「……」
無言で頷く。
「なにがあったの?」
「……わかりません」
「わかりませんってあんた……会長泣いてたのよ?」
「ホントにわかんないんです。普通に世間話してて、そしたらいきなり会長が怒り出して。
俺わけわかんなくて。何とか宥めようとしたらさらに怒り出して、叩かれて、それで……」
「シノちゃんが泣き出しちゃった?」
「……はい」
苦しげな表情でタカトシは頷く。
「そっか」
「何でそんなことになったのよ?」
「だからわかんないですよ!」
ため息をつきながら呆れたような口調のスズの言葉に珍しくタカトシの言葉も荒くなった。
スズをたじろがせる程度に。
そんなスズの様子を見てタカトシは「すいません」と謝罪の言葉を口にする。
「とにかく」
重くなった空気を振り払おうとしたのは、年長者であるアリア。
「今日のところは解散にしましょ。ね? 津田君、今日は帰ろ」
アリアの言葉に促され、タカトシはのろのろと立ち上がり、
「お先に失礼します」
そうとだけ言って生徒会室から出ていった。
「……なにがあったんでしょう?」
「さあ? でも、私シノちゃんが本気で泣くところなんてはじめて見た」
「やっぱり津田が何かしたんですかね?」
「スズちゃんは津田君が何かしたんだと思う?」
「それは……」
スズが言い淀んでいると、アリアはにっこりと微笑む。
「私は思わないな。だって津田君だもの」
「……」
「津田君がシノちゃんのこと傷つけるようなこと言うわけないもの」
「……そうですね」
降参だと言うかのように苦笑してスズもアリアの言葉に同意する。
「頭もよくないし、時間にもルーズですけど。人を泣かせるようなこと言うとは思えませんからね、津田は」
「うん。きっとなにか誤解があるんだと思うの。大丈夫。
明日までには私が何とかしておくから心配しないで」
「別に心配なんかしてませんよ」
「あらそうなの?」
「ええ」
そう言った後、照れたようにスズは小さな声でぽつりと言った。
「みんなのこと、信頼してますから」



開けて翌日の放課後。
「ちょっと七条先輩」
生徒会室にいるのはアリア、スズ、そしてシノの三人。
イスに座るシノから離れた場所にスズはアリアを引っ張ってきていた。
「会長今日も顔色よくないじゃないですか」
シノに聞こえないようにひそひそと小声で話しかける。
「ご、ごめん。昨日電話したんだけど、はぐらかされちゃって……」
「ダメダメじゃないですか」
「ホントにごめんね。だから、ここはひとつIQ180のスズちゃんの頭脳で何とかしてくれない?」
「そんな……」
無茶をおっしゃる書記のおねえ様。
「こら。二人とも何をヒソヒソ話をしてるんだ」
不意にシノに話しかけられて二人、ビクッと身体を震わせる。
「う、うんちょっとね……あはは」
「今日は昨日出来なかった仕事も処理しないといけないんだからな。
二人ともしゃんとしろ。まったく……生徒会役員としての自覚を持て二人とも」
厳しい言葉は、八つ当たりだろうか?
それでも二人は素直に謝罪し、席についてそれぞれの仕事をこなす。
「そーいえば、津田はまだなのか?」
シノの言葉に再びビクッと身体を震わせる。
「ま、まだだねぇ〜。掃除当番かなにかじゃないかな? ねえスズちゃん?」
「ふぇ? あ、そ、そうですね」
「だったら連絡の一つもあっていいだろうにまったく……だから津田は……」
タカトシに対する愚痴を零すシノ。
その表情はなんとも形容しがたいもので、アリアもスズもなにも言うことが出来ない。
と、
「すいません、遅れました」
件の津田タカトシがやってきた。
瞬間。
シノの表情が変わる。
「遅いぞ津田!!」
激しい怒声。
それはスズも、長い付き合いのアリアでさえも聞いたことのないほどのもの。
「す、すいません。俺掃除当番で――」
「だったら連絡をいれるべきだろうが!」
タカトシの言い訳を遮るシノの声。
「だいたいおまえは――」
「シノちゃん」
なおも言い募ろうとするシノにストップを掛けたのはアリア。
「その辺にしておいたら? 津田君だって悪気があって遅れたわけじゃないんだし。
クラスに生徒会役員がいるならともかく、そうじゃないと連絡を取るのも一苦労でしょ?」
「そうは言うがな、アリア。そもそも津田は生徒会役員としての自覚が足りないとは思わないか?
朝の活動では遅れてくるし、規則を破って携帯電話を持ちこむ。
そんなことで副会長の役職が勤まると思ってるのか津田!」
「……すいません」
「謝るくらいなら行動に移せ! いっそ罷免して――」
「シノちゃん!!」
何時にない、アリアの大きな声に今度はシノが口をつぐむ。
「な、なんだアリア、急に大きな声を出して」
「いくらなんでも言いすぎよ」
「っ!……」
シノは俯きぐっと唇を噛み、
「……すまん」
タカトシにそう言って、カバンを手に取って、
「……気分が悪いから帰る」
生徒会室から出ていった。
「ごめんね、津田君」
「いえ、どんな理由であれ会長のこと泣かせたのは俺ですから」
そう言って大きくため息を付くタカトシの目の下には隈が見て取れる。
「大丈夫?」
「ひどい隈だけど、昨日ちゃんと寝れたの?」
スズも心配げに話しかける。
「……いえ、あまり」
「そう……今日はもう帰っていいよ。シノちゃんも帰っちゃったし、私たちだけで何とかするから」
「……すいません」
深深と頭を下げてタカトシも生徒会室から出ていく。
残ったのはアリアとスズの二人。
二人は顔を見合わせ、
「「は〜……」」
大きなため息をついた。
「シノちゃんも重症だけど津田君も……」
「大分参ってますね」
「まあ無理もないけどね。自分が何か悪いことしちゃったって事はわかるけど、
その原因がわからないのって……結構精神的に来るのよね」
「そうですね」
「どうしたものかなぁ……」
「どうしましょうねぇ……」
二人うんうんと頭を悩ませる。
と、ガラガラっと生徒会室の戸が開けられる。
「よ〜、やってるか〜?」
「あ、横島先生」
生徒会顧問のティーチャー横島だった。
「おりょ? 天草とあの新入りはどうした?」
「え〜っと……」
「ちょっとわけありで」
ホントのことをいうことも出来ずにアリアとスズが言葉を濁していると、
「あ〜なるほど」
得心いったという様子の横島先生。
「やっぱこじれたか。んじゃ会議もないみたいだし、私帰るからあとよろ――」
帰ろうとした彼女の肩をがっしと力強く握る手が二本。
「先生。今な〜んか聞き捨てならないことを言いませんでしたか?」
「たしか”やっぱこじれたか”みたいなことを?」
「恐い恐い、あんたら恐いって。いや、まじでまじで」
肩を握り締めるアリアとスズの様子にだいぶ引く。
「ちょ、肩! もげる! もげるから! 力抜いて!」
「「だったら知ってること全部話してくださいね」」
「わかったから! もげるから!!」
半泣きの横島先生の口から話された内容は。
なんとも間抜けな話であり、また……なんともかわいらしい話でもあった。


「はあ……」
ため息をつきながら岐路についていたタカトシ。
この一両日の出来事はタカトシの精神をだいぶ削っていた。
がりがりと。ごりごりと。めがっさめがっさと。
相手を泣かせてしまったのだから自分に非があるのだろう。
じゃあ、どこに非がある?
それがわからないのが辛い。
間違いがわからないことほど辛いことは無い。
だって直しようが無いじゃん?
対策の立てようが無いじゃん?
以上のことからタカトシの頭にに浮かぶのは、浮かんでしまうのは一つの結論。
”俺は悪く無い”
んなこたぁない。
泣かした以上タカトシに責任があるのだが……だが、だが。
「はぁ〜……」
もう一生分ついただろうため息がまた零れる。
と。
音も無く、黒塗りのリムジンがタカトシに近づいたかと思った瞬間、
「うわっ!!?」
後部座席のドアが開き、タカトシを車の中に引き入れるとすぐにリムジンは急発進をした……。
のならカッコよかった(不謹慎)のだろうが。
「このっ!!」
タカトシが暴れたために車中に引き込むのに失敗。
のみならず逆にタカトシに車外へ引きずり出されそうになる。
「ちょ! ごめんごめん! ゴメンナサイ津田君! だからやめて〜」
「は?……って七条先輩??」
そう。
タカトシを車に引っ張り込もうとしていたのはアリアだった。
「……なにしてんすかいったい?」
呆れかえった様子で車から半ば身体を引きずり出された格好になっているアリアを見る。

「えっと……答える前に一つだけお願いしていいかな?」
「はい?」
「あの……津田君の、手が……」
「??」
言われて自分の手を見る。
片手はアリアの手をつかみ、もう片方の手は……胸をつかんでいた。
「うお!?」
意識すればそのけしからん柔らかさが脳へとフィードバック。
流石にこれには焦ったタカトシ。
きらりとアリアの目が光る。
「スズちゃん!」
「はいはい……よいしょ、と」
「へ? あ、ちょ!」
奥から出てきたスズと、アリアの二人掛りで今度こそタカトシは車内へ。
そしてリムジンは急発進をした……。


さて、タカトシの引っ張り込まれた車はリムジン。
誰のものかなんてことは考えるまでも無いから考えない。
七条家ってすごいんだと再認識しただけだ。
後部座席は広々とした対面式。
一方の側にはタカトシを引っ張りこんだアリアとスズ。
そしてもう一方には……シノの姿。
「会長……」
「……ふん」
シノはプイッとタカトシから目をそらす。
まだ御立腹のようだ。
そんなシノ様子にタカトシはどうしたものかと考え、意を決して話しかけようとした。
「――あの」
「待って津田君」
しかしアリアに止められた。
「まず私に話をさせて」
そう言ってシノの隣へと席を移し、開いた席に座るようタカトシを促す。
タカトシが座ったのを確認し、アリアはシノに話しかける。
「ねえシノちゃん、今からちょうど2週間前のこと、話してくれないかな?」
「2週間前?」
「そう。その日はシノちゃんにとってすっごく大事な日のはずだよね?」
アリアの言葉にシノは顔を赤くする。
怒り半分。
そして……照れが半分。
その両方がタカトシへと向けられている。
タカトシはわけがわからない。
「ね、話して。シノちゃん」
促され、シノはゆっくりと口を開いた。

「そう。あれは今からちょうど2週間前の話だ」



〜〜シノさんの証言〜〜
あれは、今からちょうど2週間前の話だ。
その当時私はあることに頭を悩ませていた。
ん?何に悩まされていたのかだと?
それは……その……うむ。
その、恋愛に関してのことだ。
知っての通り我が校は「校内恋愛」が禁止されている。
その「校内恋愛」の定義というか、適用範囲がどの程度のものかとある女性徒に聞かれたんだ。
同じ学校の生徒と付き合うことがダメなのか、それとも校内でいちゃつかなければいいのか、とな。
彼女はすごく真剣な目をしていて、正直、私はすぐに答えられなかった。
しかしその時津田の言葉を思い出して言ったんだ。
場所をわきまえた付き合い方なら構わないんじゃないか、と。
そうしたら彼女はすごく嬉しそうな顔をして、じゃあ彼と付き合ってもいいんだ……と、大喜びしたんだ。
そのときの彼女の顔を見て思ったんだ。
恋愛とは、そんなにもいいものなのだろうか、とな。
それで、だな。
……うむ、生徒会長たるもの広い見識を有するべきであり、さまざまなことも経験もしておくべきだろうと思う。
それで……恋愛についても同じことが言えると考えたんだ。
だが私には今まで恋愛体験など無くならばこれから知り、体験するしかないわけでだな。
その……だから津田に思いきって言ったんだ。
「津田、私と付き合え」
とな。
そうしたら津田も
「喜んで」
と、それを了承した。
それが今からちょうど2週間前のことだ

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「なのに、津田は……昨日……昨日……」
「うん、よくわかった。わかったらすこし落ち着いて、ね?」
感情が高ぶってきたのか、プルプル震えるシノをアリアが落ち着かせる。
「えっと、津田君」
唖然としていたタカトシに話しかける。
「津田君もシノちゃんの言ってる日のこと、2週間前のこと話してくれるかな」

「……あの日のことはよく覚えてます」



〜〜タカトシの証言〜〜
その日は生徒会室に行くと会長と横島先生の二人だけでした。
会長はなにか考え込んでる様子で、今日の活動のことを聞いても「ああ」って生返事が返ってくるだけでした。
そしたら横島先生に手招きされて雑誌見せられました。
雑誌の内容ですか?いや、別にエロ本とかじゃなくて地元の情報誌ですよ。
ほら、最近おっきなショッピングモールが出来たじゃないですか?
それの特集組んでた本ですよ。
横島先生はそこにもう行ったらしくて……まあ要するに喋りたかったんですね、あれは。
ここは服が安くていいもの売ってたとか、ここの店員はイケメンだったとか。
どっちかっていったら女子向けの話ですけど、まあおとなしく聞いてました。
妹に教えてもいいかなって思ったんで。
特にこの地区初出店のクレープ屋が絶品だったって、流暢に語るから俺も食べたくなっちゃいましたよ。
そうしたら会長がいきなり立ちあがって叫んだんです。
「津田、私と付き合え」
って。
だから会長もクレープ食べたくなったんだなぁって思って。
「喜んで」
って言ったんです。
それが今からちょうど2週間前のことです。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「……」
「……」
「……」
「……」
沈黙が支配し、エンジン音のみが場を支配する。
最初に口を開いたのはアリア。
「これが真実よ、シノちゃん」
「そんな……」
「いやもうなんて言うか……奇跡ですよ、これ」
「うん。そうね。まったくそのとおりね」
呆れたようなスズの意見にアリアも激しく同意。
「何で2週間も気づかないかなぁ、二人とも」
「いや、しかしだな……」
シノはちらりとタカトシを見る。
「放課後にタカトシを誘うとちゃんとエスコートしてくれたから」
アリアとスズの目もタカトシへと向く。
「えっと、俺はてっきり横島先生の喋ってたとこに行きたいんだろうなって思って案内してたんで」
「クレープも、シュークリームも、アイスも奢ってくれて一緒に食べたじゃないか。
ああいうのは……つ、付き合ってる男女がするものじゃないのか?」
「いや、妹によく奢らされるんでその延長で考えてました」
タカトシの言葉にシノは絶句する。
「よーするに、シノちゃんは彼氏彼女の関係だと思ってて、津田君は会長と副会長の関係だと思ってた。
ところが昨日その認識の違いが表面化して話がこじれた、と。こんなところかな?」
「うん……昨日私が一緒に帰ろうと誘ったら津田が無理だって言うんだ。
しかもその理由が友達と遊ぶからだって言うから……」
「なるほど……彼女を放っておくとは何事だ、と……」
ふぅとアリアは大きく息をつく。
シノは居心地悪そうに
「わ、私は悪く無いぞ」
言った言葉にスズが、
「会長が悪いと思う人挙手」
すぐさま三本の手が天を衝く。
アリア、スズ、そして……笑いを堪えた様子の運転手の三人。
「う……」
その結果にシノは不利を悟ってうめく。
「津田はどう――」
話を振ったスズへとタカトシが倒れこんでくる。
「つ、津田!?」
「……あ、すいません……なんか……気が抜けちゃって」
昨日一睡もしていないタカトシ、フラフラと体を起こそうとして、パタン、と力無くまたスズの膝へと倒れこむ。
その様子を見ていたアリアの頭にピコンッと電球がともる。
「シノちゃん」
つんつんとシノをつつき、スズを指差し、シノを指差す。
「む……」
それだけで言いたいことを悟ったシノは顔を赤くするが、
「萩村」
「はい?」
「場所を代わってくれ」
それだけでシノのしたいことを理解するあたり流石天才と言うべきか。
「わかりました」
タカトシの頭を支えつつ場所を入れ替わる。
シノは自分の膝の上にタカトシの頭をそっと置く。
「会長?」
「……お詫びのつもりだ。存分に使ってくれ」
「いや、でも……」
「しばらくその辺を流してるから、ゆっくりしてて」
言いたいことを悟り、アリアが先手を打つ。
「わかりました」
「うん。あ、それとシノちゃん」
「ん、なんだ?」
「私とスズちゃん、10分ほどうとうとしてるから。運転手さん……は、うとうとしちゃまずいから。えっと……」
アリアが言い淀んでいるとスピーカーからクラシックが流れてくる。
「……うん、そう。音楽と運転に夢中になってるから、ね?」
あとはわかるよね?と言いたげにウインクをする。
「じゃおやすみ〜」
「……おやすみなさい」
やれやれと言った様子でスズも目を閉じる。
二人の様子にシノも意を決める。
「なあ、津田」
「……なんですか」
声はどこか夢見ごこち。
「私と、付き合え」
2週間前と同じ言葉。
「……喜んで」
こちらも同じ言葉。
だが、一言付け足される。
「シノ」
と。


END and START

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