最終更新:ID:20x1Y7WtJw 2013年01月26日(土) 18:52:01履歴
自ら切った赤い糸の続き
逃げる、ってまさにこういうことを言うのだろうな。
一瞬足を止めて振り返ろうと思ったけれど、やっぱりもう一度走り出す。
いいんだ、……これで。
「は、……っ」
息が切れているのはきっと、泣きそうだから。
頭がふわりとなって、今まさに目に溜め込まれる、そんな状態だからだ。
近くに見つけた公園のベンチに座って、両手で顔を隠す。ここなら誰にも見られないだろうから。
「……」
はは。何でボク、逃げてるんだろう。
雪歩の言葉はボクがずっとずっと欲しかったもので、でも絶対にありえないことだからと諦めていて。
そう、だから、ボクはあそこで慰めてあげるべきだった。雪歩の恋を応援するって、今日の朝言ったばかりなのに。
「ゆき、ほ、泣いてる、かな」
雪歩。雪歩。ボクは今泣きそうだよ。
雪歩はどう。逃げちゃったボクのこと、どう思う。
きっと嫌いになったね。友達の恋が実らないことを、心のどこかで期待しているボクの、弱虫。
「……」
人の足音がする。一瞬どきりとしたけれど、そんなわけないと思いなおす。
雪歩なわけがない。雪歩でも、今、ボクは会いたくない。多分会っても笑えないから。
ぎゅーっと締め付けられてしょうがないこの心臓は、ボクの弱虫を笑うようにどきどき、鼓動を早くする。
……会いたくない。会いたく、ないんだ。
「……ゆきほ」
事務所で雪歩は、泣いていた。
ああ泣くほどその人の事好きなんだね。ボクも応援するよ。
そう思った次の瞬間、体は逃げていたのだからなんて正直なのだろうと思う。
「すき、だよ」
世界の光が、滑り台の影が、一つになってにじんでいく。
携帯電話は震えない。雪歩は今どうしているかな。
まだ泣いているのかな。だったら事務所へ戻って、君の笑顔を取り戻しに行くよ。
それとも、もう帰っているのかな。だったらボクはここで涙を落としていたい。
それとも、……探してくれたり、するのかな。
「……ボク、さいていだ」
最低だ。いつものボクはどこへいった。
いつものボクはこんなにいやな奴じゃない。雪歩のこと応援できるはず。
「……、」
携帯電話のボタンを押す。電話番号はもう覚えていた。
もし雪歩が出たら「さっきはごめんね、ちょっと忘れ物して」といって誤魔化そう。
さっきまでのボクは、ボクじゃない。らしくない。ボクらしい事ってどんなことなのかは分からないけれど。
冷え切った耳もとで、コール音が途切れる。それから。
「……ゆき、ほ」
『真ちゃん!?いまどこにいるの!?』
あ、雪歩の声。ちょっとかすれてるのは泣いていたからか。
ボクは辺りを見回す。この公園の名前は分からないけれど、大きな滑り台がある。これが目印になるかな。
「大きな滑り台のある公園。人は……いない、かな」
『……っ』
心配してくれるのかな。
雪歩ならきっとそうだよ。いつだってボクのこと友達って言ってくれるから。
嬉しい。心は叫ぶ。でもね、今はちょっと、会いたくないかな。
「あ、でも心配しないで!ちょっと忘れ物、」
『公園の、名前は、分かりますか?』
「わ、……わかんないけど」
……何で敬語なの。ちょっと怖いよ。
電話の先では人の声がざわざわと入ってきて、ちょっとテレビの音量落としたほうがいいんじゃないと思った。
しんとした公園では、雪歩のほうから聞こえる音で世界が構成されているようにも思える。
それって、幸せだな。雪歩には迷惑かもしれないけど。
『……』
でも、一番聞きたいのは雪歩の声だ。
電話の先の彼女は黙ったままで、もしかしたら盗み聞きしていたボクに怒っているのかもしれない。
雪歩は優しい。でも、さすがに泣きながら彼氏に告白なんて場所、見られて嬉しいわけがないし。
……もう、切ってしまおう。
「もしもし?……ごめんね、急に電話なんかかけちゃって。……切る、ね」
『あ、』
「へ?」
真ちゃん、見つけた。
両方の耳から雪歩の声がして、ああ、ここが天国なのかな、と現実を受け止めない残念な脳は考えた。
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