最終更新:ID:20x1Y7WtJw 2013年01月31日(木) 22:22:20履歴
引きずられていく赤い糸の続き。
ポケットの中で携帯電話が振動する。音は流れない。
そこで始めて携帯電話という発想に至った。使えばよかった。息を整えながらボタンを押す。
『……ゆき、ほ』
真ちゃんの声。ちょっと引き攣ったように聞こえるのは、なんでだろう。寒いのかな。
「真ちゃん!?いまどこにいるの!?」
探してたんだよ、その言葉は飲み込むことにした。
恐る恐る私の名前を読んだその声には、少しの遠慮が感じられたから。
真ちゃんらしくない。でも、その原因は多分私。私が泣いていたからだと思う。
『大きな滑り台のある公園。人は……いない、かな』
「……っ」
大きな滑り台。……なるほど、あそこにいるのか。
両足に何とか動いてください、と呟いて走り出す。ひざが折れそう。
やっぱり真ちゃんの体力には、ダメダメな私じゃかなわないよ。
走っているせいで喋る余裕のない私の耳に真ちゃんのどこか元気のない声がしみこむ。
『あ、でも心配しないで!ちょっと忘れ物、』
「公園の、名前は、分かりますか?」
『わ、……わかんないけど』
……誤解されちゃったかな。
私は怒っていない。ただ真ちゃんに会いたいなって思った。心配だなって思った。
真ちゃんは強いかもしれないけれど、好きな人を守りたいって思う気持ちは無駄じゃないよね。
記憶の中の公園へ向かって走る。真ちゃんとあった後のことは考えていない。
さっき泣いていたことについて、嘘を並べてごまかす。なんでもないよ、という。
あるいは、……真ちゃんに好きっていう。さっきは真ちゃんのこと好きだって言っていたんだよ、って。
そうしたら真ちゃんはなんていうだろう。気持ち悪い、とか。……ボクも、好きだよ、とか。
『……』
「もしもし?……ごめんね、急に電話なんかかけちゃって。……切る、ね」
切らないで!
角を曲がって滑り台が見える。その手前の街灯の人影を確認。
「あ、」
『へ?』
真ちゃん、見つけた。
真ちゃんの目は大きく見開かれて、それから慌てて目をこすった。
さっきの引き攣ったような声は、そっか、泣いていたんだ。
「ゆき、ほ、」
携帯電話から声がする。二つの声はまったく同じ。
通話を切っても声がする。真ちゃんの声。
「真ちゃん、……心配したよ、」
「え?」
また涙が一つ落ちる。鼻が真っ赤。
私は真ちゃんの隣に座って、ハンカチで真ちゃんの涙を拭った。
真ちゃんの眉が顰められる。イヤだったかな。そう思ったけれどすぐに間違いだって気付いた。
「ゆき、ほ……っう、」
「あ、え!?な、泣かないで真ちゃん!」
真ちゃんが泣いている。どれだけ苦しいときも上を向いていた真ちゃんが。
私は慰められたことは何度かあったけれど、慰めたことはあんまりない。
だからどうしたらいいのか分からなくなって、とり合えずハンカチを渡して背中をさすった。
「ごめ、ん……っ、ゆき、ほ、ごめ、」
「どうしたの?大丈夫だよ」
前真ちゃんが慰めてくれたように。
思えば私は真ちゃんのことずっと前から好きだったけど、こんなに辛そうに泣く真ちゃんを見たことがない。
どちらかというと、私が泣いてばかりだったような……。
「ごめん、ごめん……ねっ、ゆき、ほ」
「無理しないで。その……、」
どうしよう。言葉が見つからない。
そもそもさっきまで泣いていた私が、真ちゃんを慰めるってどうなんだろう。
真ちゃんが落とした荷物の音で涙は引っ込んじゃったけど。
こういうとき真ちゃんはどうしてくれていたっけ。
「えっと、……まこと、ちゃん」
思い切って真ちゃんをぎゅ、と抱きしめる。
私がレッスンで何度やってもダメだったとき。生放送で話が出来なかったとき。ライブで間違えちゃったとき。
いつも真ちゃんは私を抱きしめてくれた。そして背中をさすりながら私の話を聞いてくれた。
次は私の番だ。真ちゃんが私を好きになってくれなくても、私は真ちゃんの笑顔が見られるだけで幸せだから。
「大丈夫だよ。謝らなくていいよ。真ちゃんは誰より素敵だよ。私は、真ちゃんのこと、嫌いにならないから」
ぎゅ、と背中に回された手が強くなる。
「ゆきほ。ゆき、ほ。……す、き」
「……え、」
真ちゃんの表情はくっついているから見られない。
好き。……ああ、王子様のことを思って泣いていたんだね。
「ゆきほ。ごめんね。気持ち悪い、よね。……それ、でも、」
それでも。なに?
「それでも、ボクは、好きだよ。雪歩のこと。ゆきほの、こと、が、すき」
世界が止まった。
真ちゃんが、私のこと、好き?
嘘だ。私は夢を見ている。うわあ、真ちゃん、嬉しいよ。何度も頭の中で思い描いていた理想の言葉。
でも少なくとも、夜の公園で、泣きながら言われるだなんてこと、想像していなかった。
「ごめ、ん……ね。うそ、ついてごめんね」
背中の手は気がついたら離れていた。真ちゃんの熱が離れていく。
あ、だめ。だめ。いっちゃだめ。
「あ、」
「雪歩。今日はありがとう。じゃあ、ね」
動け動け私の両足。動いてください、お願いします。
真ちゃんは動けない私を見て、いつもの笑顔になると、いつものように私に挨拶をして、いつものように背中を向けて走っていった。
じゃあね。
いっつも別れるときにはまたね、だったのに。どこへいくの。
どこへいくの。
一人になった後、車を呼んで家へ帰る。真ちゃんが私のことを好きでいてくれるのなら、返事はたった一つだけ。
私も、だよ。真ちゃんに言いたい。言いたいの、だけれど。
次の日、真ちゃんは事務所に来なかった。
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