最終更新:ID:VTEOZyg86A 2012年03月11日(日) 09:29:33履歴
前作
犬が走っている。ゆきぴょんの後ろから走ってきている。
ゆきぴょんも死にものぐるいで走っている。
私はそれを事務所の窓から見ていた。
煎餅を食べながら。ぱりっといい音を立てる。醤油と砂糖が練りこまれてうまい。
(あれは遊んでるのかな……)
「真美、何ぼけっとしてんのー? 煎餅、一口ちょーだい」
亜美が、手に持っていたものの半分以上にかぶりつく。この妹なんてことを。
「……せんべーお前のことは忘れない。……いぬ美とゆきぴょんが面白いので観察ちゅー」
亜美の口の中で素早く咀嚼されたせんべいはもう胃に降り立っていたようだった。
口元をぺろぺろしながら、少女が窓越しにへばりつく。
「ほうほう、亜美も見たい! どれどれー、わあ、じゃれあって……る?」
(はたから見るとでかい犬に襲われてるっぽいっす……)
「なになにー? 二人とも何見てるんだい? って、ぬうあ!? ゆ、雪歩が襲われてる!」
「ちょ、まこちん、あれは……ってもういねえ!」
「亜美、プリンスは馬鹿なのがたまにキズだと思うんだよね」
半目で肩を落とす我が妹。あんたも人のことは言えないよ。
「言ってやるな、ビューティフルスパイシー唐揚げ2号……」
とは言ったものの、ものの数秒でまこちんは外に飛び出て、犬を取り押さえにかかっている。
そして、その後ろからひびきんに羽交い締めにされていた。
勘違いに気がついたのか、まこちんが土下座している。
ゆきぴょんがおろおろしていた。
きっと、また、勘違いさせてごめんなさいとか言って謝っているに違いない。
立ち直りの早いプリンスが、ゆきぴょんの肩に手をおいて慰めている。
(まこちんって……)
「まこちんってば、ホントゆきぴょんのこと大好きだよねー」
「亜美もそう思う?」
「周知の事実じゃーん」
「そう、だね」
思わず肩に力が入った。自分の歯切れの悪い物言いにどきりとする。
「あー、真美ってば食べ物で遊んじゃだめポヨー」
「え?」
亜美が人差し指で指した先を見ると、残り少ない煎餅が割れていた。
(食べ損ねた……)
海で看病してもらってから、なんとなく、本当になんでもないかもしれないけど、
ゆきぴょんが私の視界に入ることが多くなった気がする。
「あ、真美ー、雪歩に何かお返ししてあげたら? 喜ぶと思うんだけど」
たまたまだった、とは思うんだけど、私がちょうどゆきぴょんを見ていた時に、はるるんがえらく楽しそうに言ってきた。
その後、千早お姉ちゃんに頭をどつかれていたけど。
何をたまたまにしたいかなんて、自分にも頭の整理はできてない。いつもの調子はどこに遠出したのか。
でも、ゆきぴょんが看病してくれたのは事実だし、
帰りはばたばたしてお礼もろくに言えてないからはるるんの案は頂いておくことにした。
(うん、でも……何をしたらいいんだろうねー)
こういうのは気持ちだ、なんて言うけど伝わるかどうかは物によると思う。
気持ちなんて目に見えないんだから。目に見えないから怖くて、苦労して形にして。
(誕生日以外で、ゆきぴょんに何か贈るなんて初めてだよ)
何やら手がじわりとしている。気の早い緊張が胸を高鳴らせた。
単純に会ってお礼をするだけ。クッキーでも作って渡せばいいだけ。それだけでいいじゃんね。
それだけでわかってくれるよ、ゆきぴょんは。
ありがとう、嬉しいよって言ってくれるんだ。私も嬉しいはずだし。
なんだかね、変。もやもやする。
いっつも事務所で顔合わせてる仲じゃん。今さら恥ずかしがる必要ないし。
あ、そうだ。やよいっちに聞いてみよう。だって、やよいっちはお姉ちゃんだもん。
弟妹から何をもらったら嬉しいのか聞こう。
「真美亜美ー、次の撮影の時間早まったらしいから、すぐ行ってきてー」
りっちゃんがそう言って、手で早く行けと合図する。もう、人使い粗いんだから。
「へいよ、大将! 真美たち、いってきまさあー」
「まさあー」
「誰が、大将だ!」
おさげがぷりぷりと揺れていた。何やら海老天でも投げつけられそうな気迫だったので、
私たちは笑いながらさっさと事務所を後にした。
夜ならやよいっちも帰ってるだろうし。泊まりに行こう。メール打っとこう。
「亜美ー、今日さ、やよいっちのとこ泊まりに行ってくるわー」
やよやよ様の許可を頂いて、私は花柄リュックに洗面用具をつめる。
「えー、聞いてないよ!」
「だって、今初めて言ったもん」
「いいなー、私も行きたい」
「だめ、今日は真美チョー重要な議論しなきゃなんないから」
「それって、どれくらい重要なの? 亜美の何倍重要なの?」
「おみゃーは、どこの粘着彼女ですか?」
「ま、いいけどー。おみやげよろー」
「真美、やよいっちの家から何かを頂くなんてできないと思うんだ……」
やよいっちの家に行くのはこれで何度目だろうか。実は、亜美には内緒でたまに泊まりに行ってたりする。
でも、そんな時は決まって、なぜか、
玄関が眩しい。呼び鈴を押して、数秒待って、出てきたのは期待のその人ではなく、額のその人だった。
「で、いおりんやっほー」
「……ちっ、あら、真美。呼んでないけどよく来たわね」
「舌打ちなんてひどいよいおりん!」
私は涙目で言った。
「伊織ちゃん誰か来たのー? あー、真美だ! 入って入ってー」
その声は、やよいっちよりいくぶんか幼い。
わらわらと、よく知る子供たちが玄関に向かって走ってくる。
ドタドタと走るものだから、廊下が軋んでいた。
「もー、みんなー、廊下古いんだから走っちゃ駄目!」
遠くの方から、やよいっちの声。高槻ブラザーズアンドシスターズがあれよあれよと言う間に私を取り囲んで、
宇宙人に連れ去られる一般人よろしくキッチンの方へ流されていく。
「みんなー、嬉しいけど押さないでー」
相変わらず元気が良いですなあ。お姉ちゃんもたじたじですぞ。
食卓はつい今しがた夕飯が片付けられたようで、やよいっちが、
「ちょっと、待ってねー」
と食器を洗っている。その後ろ姿をぼやっと見ていると、長助が私といおりんの椅子を引いてくれた。
「どうぞ、座ってよ」
「あら、ありがとう紳士さん」
いおりんが何やら嬉しそうだ。
「ありがと長介」
「どういたしまして」
こいついつの間にこんな逞しい奴になったんだ。前来たときはハナタレ小僧だったのに。
と、急に服を引っ張られる。向かい合う形で座ったいおりんが私の耳元に顔を近づけて言った。
(あんた、今日何しに来たのよ?)
(そういういおりんこそ、なんで毎度毎度私がお泊りする時に限っているの?)
(べ、別にあんたのお泊りなんて狙ってないわよ!)
(だったら、どうして……)
「ごめんね、伊織ちゃんは」
やよいっちがいつの間にか横で寛いでいた。二人分のお茶をすっと差し出している。
「ちょ、ちょ、やよい、余計なこと言わな……」
「一緒に住んでくれてるの」
「人の話を聞きなさいよー!」
「ま、マジですか」
「マジだよー」
正面からいおりんの鋭すぎる眼光が浴びせられているのにびくともしないやよいっちチョークール。
「真美はいつも来てくれるし、言い忘れてたとかじゃなくて、ちゃんと言おうって思ったの。
真美に、伊織ちゃんが私のこと助けてくれてるって」
「その言い方止めなさいよ。好きでやってるんだから、助けるも何もないの。前にも言ったでしょ」
「それでも、嬉しいとありがとうが半分ずつあるから、やっぱり大切な気持ちだよ。伝えたいよ」
(真美、これはとっても居ずらいなって)
「……こほんっ、で、あんた何しにきたんだっけ?」
いおりんがでこを光らせてこちらを向く。
「あ、それはですね……かくかくしかじかでして」
「なるほど、プリンスから穴掘り女を奪うために効果的なアイテムが欲しいってわけね」
「いやいや、そんな物騒なこと言ってねえから! てか、変なあだ名ゆきぴょんにつけないでよう!?」
「うっうー! つまり、雪歩さんを振り向かせるにはどんなプレゼントがいいかってことだよね。
何ができるかわからないけど、協力するよ!」
「やよいっちてめー……」
口の端を上げながら、いおりんが溜息をついた。
「あんた、もう少し素直になりなさいよ」
「なんのこと!?……てゆーか、でこりんには言われたくないかも」
いおりんの目が鋭くなったので、私はすぐにやよいっちの袖に隠れる。
「まあまあ。で、私の場合は、そうだなあ……うーん。
私のことを思ってくれたものなら、何でも嬉しいんだけど……似顔絵とか、一等賞のメダルとか……
でも、これじゃあ参考にならないよね」
やよいっちが照れ笑いしながら頬をかく。
「ううん、そんなことないよ。でも、なんでかな涙で前が見えないっす……」
「大事なのは気持ちだと思うよ」
「うん、そうなんだけど……伝わらなかったらって思うと」
「伝える前から何ビビってんのよ」
「別に、ビビってないやい!」
「あんたにはあんたなりのやり方があるんじゃないの? 伝わらなかったら、はい、おしまいってわけ?」
「そ、そんなことは、ないよ!」
「でしょ? あんたは何でも思いついたら実行するんだから、考えるより動きなさい。
他人に教えてもらったことでいいことなんて少ないはずよ。それに……」
ふいに廊下から小さな足音が響いた。
「伊織ちゃーん、さっきのプリンもう食べていい?」
やよいっちの妹がひょっこり柱から顔を覗かせている。いおりんが素早く振り向く。
「ええ、いいわよ。ただし、一人一個だけね」
「はーい!」
少女が満面の笑顔でとたとたとキッチンに入って、冷蔵庫を漁り始める。
視線をいおりんに転じると、なんとも形容しがたい何かがそこにはいた。
「えへへ、伊織ちゃんは優しいんだよ」
やよいっちが小声で教えてくれる。
「そのようで……」
「何よ、二人でこそこそして」
「いえいえなんでもござーません」
いおりんが訝しげに首を傾げる。
冷蔵庫がばたんと閉められ、少女が大事そうにプリンを持って、また早足でかけだして、と思ったら立ち止まって、
「ありがとー、伊織ちゃん!」
「ちゃんと後で歯磨きなさいよ」
「はーい」
花が咲いたような、とはこういう感じなのかも。歯の抜けた面白い顔。
いおりんが先ほど言いかけた言葉の続きを紡ぐ。
「それにね、本人から知ることでしかやっぱり知り得ないのよ」
やよいっちといおりんが互いに目配せして笑っていた。
「じゃ、じゃあ、あのライバルとかが仮に、もし、いた場合とかはどうすれば……?」
「出し抜きなさい」
「「ええー」」
続く
犬が走っている。ゆきぴょんの後ろから走ってきている。
ゆきぴょんも死にものぐるいで走っている。
私はそれを事務所の窓から見ていた。
煎餅を食べながら。ぱりっといい音を立てる。醤油と砂糖が練りこまれてうまい。
(あれは遊んでるのかな……)
「真美、何ぼけっとしてんのー? 煎餅、一口ちょーだい」
亜美が、手に持っていたものの半分以上にかぶりつく。この妹なんてことを。
「……せんべーお前のことは忘れない。……いぬ美とゆきぴょんが面白いので観察ちゅー」
亜美の口の中で素早く咀嚼されたせんべいはもう胃に降り立っていたようだった。
口元をぺろぺろしながら、少女が窓越しにへばりつく。
「ほうほう、亜美も見たい! どれどれー、わあ、じゃれあって……る?」
(はたから見るとでかい犬に襲われてるっぽいっす……)
「なになにー? 二人とも何見てるんだい? って、ぬうあ!? ゆ、雪歩が襲われてる!」
「ちょ、まこちん、あれは……ってもういねえ!」
「亜美、プリンスは馬鹿なのがたまにキズだと思うんだよね」
半目で肩を落とす我が妹。あんたも人のことは言えないよ。
「言ってやるな、ビューティフルスパイシー唐揚げ2号……」
とは言ったものの、ものの数秒でまこちんは外に飛び出て、犬を取り押さえにかかっている。
そして、その後ろからひびきんに羽交い締めにされていた。
勘違いに気がついたのか、まこちんが土下座している。
ゆきぴょんがおろおろしていた。
きっと、また、勘違いさせてごめんなさいとか言って謝っているに違いない。
立ち直りの早いプリンスが、ゆきぴょんの肩に手をおいて慰めている。
(まこちんって……)
「まこちんってば、ホントゆきぴょんのこと大好きだよねー」
「亜美もそう思う?」
「周知の事実じゃーん」
「そう、だね」
思わず肩に力が入った。自分の歯切れの悪い物言いにどきりとする。
「あー、真美ってば食べ物で遊んじゃだめポヨー」
「え?」
亜美が人差し指で指した先を見ると、残り少ない煎餅が割れていた。
(食べ損ねた……)
海で看病してもらってから、なんとなく、本当になんでもないかもしれないけど、
ゆきぴょんが私の視界に入ることが多くなった気がする。
「あ、真美ー、雪歩に何かお返ししてあげたら? 喜ぶと思うんだけど」
たまたまだった、とは思うんだけど、私がちょうどゆきぴょんを見ていた時に、はるるんがえらく楽しそうに言ってきた。
その後、千早お姉ちゃんに頭をどつかれていたけど。
何をたまたまにしたいかなんて、自分にも頭の整理はできてない。いつもの調子はどこに遠出したのか。
でも、ゆきぴょんが看病してくれたのは事実だし、
帰りはばたばたしてお礼もろくに言えてないからはるるんの案は頂いておくことにした。
(うん、でも……何をしたらいいんだろうねー)
こういうのは気持ちだ、なんて言うけど伝わるかどうかは物によると思う。
気持ちなんて目に見えないんだから。目に見えないから怖くて、苦労して形にして。
(誕生日以外で、ゆきぴょんに何か贈るなんて初めてだよ)
何やら手がじわりとしている。気の早い緊張が胸を高鳴らせた。
単純に会ってお礼をするだけ。クッキーでも作って渡せばいいだけ。それだけでいいじゃんね。
それだけでわかってくれるよ、ゆきぴょんは。
ありがとう、嬉しいよって言ってくれるんだ。私も嬉しいはずだし。
なんだかね、変。もやもやする。
いっつも事務所で顔合わせてる仲じゃん。今さら恥ずかしがる必要ないし。
あ、そうだ。やよいっちに聞いてみよう。だって、やよいっちはお姉ちゃんだもん。
弟妹から何をもらったら嬉しいのか聞こう。
「真美亜美ー、次の撮影の時間早まったらしいから、すぐ行ってきてー」
りっちゃんがそう言って、手で早く行けと合図する。もう、人使い粗いんだから。
「へいよ、大将! 真美たち、いってきまさあー」
「まさあー」
「誰が、大将だ!」
おさげがぷりぷりと揺れていた。何やら海老天でも投げつけられそうな気迫だったので、
私たちは笑いながらさっさと事務所を後にした。
夜ならやよいっちも帰ってるだろうし。泊まりに行こう。メール打っとこう。
「亜美ー、今日さ、やよいっちのとこ泊まりに行ってくるわー」
やよやよ様の許可を頂いて、私は花柄リュックに洗面用具をつめる。
「えー、聞いてないよ!」
「だって、今初めて言ったもん」
「いいなー、私も行きたい」
「だめ、今日は真美チョー重要な議論しなきゃなんないから」
「それって、どれくらい重要なの? 亜美の何倍重要なの?」
「おみゃーは、どこの粘着彼女ですか?」
「ま、いいけどー。おみやげよろー」
「真美、やよいっちの家から何かを頂くなんてできないと思うんだ……」
やよいっちの家に行くのはこれで何度目だろうか。実は、亜美には内緒でたまに泊まりに行ってたりする。
でも、そんな時は決まって、なぜか、
玄関が眩しい。呼び鈴を押して、数秒待って、出てきたのは期待のその人ではなく、額のその人だった。
「で、いおりんやっほー」
「……ちっ、あら、真美。呼んでないけどよく来たわね」
「舌打ちなんてひどいよいおりん!」
私は涙目で言った。
「伊織ちゃん誰か来たのー? あー、真美だ! 入って入ってー」
その声は、やよいっちよりいくぶんか幼い。
わらわらと、よく知る子供たちが玄関に向かって走ってくる。
ドタドタと走るものだから、廊下が軋んでいた。
「もー、みんなー、廊下古いんだから走っちゃ駄目!」
遠くの方から、やよいっちの声。高槻ブラザーズアンドシスターズがあれよあれよと言う間に私を取り囲んで、
宇宙人に連れ去られる一般人よろしくキッチンの方へ流されていく。
「みんなー、嬉しいけど押さないでー」
相変わらず元気が良いですなあ。お姉ちゃんもたじたじですぞ。
食卓はつい今しがた夕飯が片付けられたようで、やよいっちが、
「ちょっと、待ってねー」
と食器を洗っている。その後ろ姿をぼやっと見ていると、長助が私といおりんの椅子を引いてくれた。
「どうぞ、座ってよ」
「あら、ありがとう紳士さん」
いおりんが何やら嬉しそうだ。
「ありがと長介」
「どういたしまして」
こいついつの間にこんな逞しい奴になったんだ。前来たときはハナタレ小僧だったのに。
と、急に服を引っ張られる。向かい合う形で座ったいおりんが私の耳元に顔を近づけて言った。
(あんた、今日何しに来たのよ?)
(そういういおりんこそ、なんで毎度毎度私がお泊りする時に限っているの?)
(べ、別にあんたのお泊りなんて狙ってないわよ!)
(だったら、どうして……)
「ごめんね、伊織ちゃんは」
やよいっちがいつの間にか横で寛いでいた。二人分のお茶をすっと差し出している。
「ちょ、ちょ、やよい、余計なこと言わな……」
「一緒に住んでくれてるの」
「人の話を聞きなさいよー!」
「ま、マジですか」
「マジだよー」
正面からいおりんの鋭すぎる眼光が浴びせられているのにびくともしないやよいっちチョークール。
「真美はいつも来てくれるし、言い忘れてたとかじゃなくて、ちゃんと言おうって思ったの。
真美に、伊織ちゃんが私のこと助けてくれてるって」
「その言い方止めなさいよ。好きでやってるんだから、助けるも何もないの。前にも言ったでしょ」
「それでも、嬉しいとありがとうが半分ずつあるから、やっぱり大切な気持ちだよ。伝えたいよ」
(真美、これはとっても居ずらいなって)
「……こほんっ、で、あんた何しにきたんだっけ?」
いおりんがでこを光らせてこちらを向く。
「あ、それはですね……かくかくしかじかでして」
「なるほど、プリンスから穴掘り女を奪うために効果的なアイテムが欲しいってわけね」
「いやいや、そんな物騒なこと言ってねえから! てか、変なあだ名ゆきぴょんにつけないでよう!?」
「うっうー! つまり、雪歩さんを振り向かせるにはどんなプレゼントがいいかってことだよね。
何ができるかわからないけど、協力するよ!」
「やよいっちてめー……」
口の端を上げながら、いおりんが溜息をついた。
「あんた、もう少し素直になりなさいよ」
「なんのこと!?……てゆーか、でこりんには言われたくないかも」
いおりんの目が鋭くなったので、私はすぐにやよいっちの袖に隠れる。
「まあまあ。で、私の場合は、そうだなあ……うーん。
私のことを思ってくれたものなら、何でも嬉しいんだけど……似顔絵とか、一等賞のメダルとか……
でも、これじゃあ参考にならないよね」
やよいっちが照れ笑いしながら頬をかく。
「ううん、そんなことないよ。でも、なんでかな涙で前が見えないっす……」
「大事なのは気持ちだと思うよ」
「うん、そうなんだけど……伝わらなかったらって思うと」
「伝える前から何ビビってんのよ」
「別に、ビビってないやい!」
「あんたにはあんたなりのやり方があるんじゃないの? 伝わらなかったら、はい、おしまいってわけ?」
「そ、そんなことは、ないよ!」
「でしょ? あんたは何でも思いついたら実行するんだから、考えるより動きなさい。
他人に教えてもらったことでいいことなんて少ないはずよ。それに……」
ふいに廊下から小さな足音が響いた。
「伊織ちゃーん、さっきのプリンもう食べていい?」
やよいっちの妹がひょっこり柱から顔を覗かせている。いおりんが素早く振り向く。
「ええ、いいわよ。ただし、一人一個だけね」
「はーい!」
少女が満面の笑顔でとたとたとキッチンに入って、冷蔵庫を漁り始める。
視線をいおりんに転じると、なんとも形容しがたい何かがそこにはいた。
「えへへ、伊織ちゃんは優しいんだよ」
やよいっちが小声で教えてくれる。
「そのようで……」
「何よ、二人でこそこそして」
「いえいえなんでもござーません」
いおりんが訝しげに首を傾げる。
冷蔵庫がばたんと閉められ、少女が大事そうにプリンを持って、また早足でかけだして、と思ったら立ち止まって、
「ありがとー、伊織ちゃん!」
「ちゃんと後で歯磨きなさいよ」
「はーい」
花が咲いたような、とはこういう感じなのかも。歯の抜けた面白い顔。
いおりんが先ほど言いかけた言葉の続きを紡ぐ。
「それにね、本人から知ることでしかやっぱり知り得ないのよ」
やよいっちといおりんが互いに目配せして笑っていた。
「じゃ、じゃあ、あのライバルとかが仮に、もし、いた場合とかはどうすれば……?」
「出し抜きなさい」
「「ええー」」
続く
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