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「千早さん、なにしてるの?」
防音処理のされたレッスン室の片隅で、歌詞の書かれた紙をめくっていると、声をかけられる。
金属で出来た大きく分厚い扉は開閉のたびにそこそこ大きな音がするが、集中していたせいか、美希の声は届かなかったようだった。

「ああ、美希。歌詞に目を通してたところよ」

「え?それなら、メモみたいなこの書き込みは何?」

「それは歌詞の解釈…というより、自分の中で一度歌詞を捉え直すためのメモかしら。
 歌うときにどんな感情を込めるか、参考にするの」

「どういうことなの?そのまま歌詞を歌うだけじゃ駄目なの?」
首を軽くかしげるようにして、美希が問う。普通の女の子が同じ真似をしたら鼻に付くだろうに、彼女のそれは全く自然で、
765プロでもビジュアルがずば抜けていることを思い起こさせる。

「それが駄目とは言わないわ。でも、作詞家や作曲家の先生達が想いを込めて作ってくださった歌を私たちは託されてる。
 だったら、その想いを汲み取って、歌を聞いてくれる人達に届けてあげるべきでしょう?」

「うぅ〜ん、ミキにはよく分かんないの。けど、千早さんが凄いってことは分かるな」
物事を感覚で理解する、天才肌の美希。彼女らしい発言に、思わず笑みが溢れる。

「ふふ、ありがとう。でもね、美希。私は思うんだけど、あなたはそういうことがきっと出来てる。私はこうやっていちいちメモを取って
 確認するけれど、きっと美希は無意識のうちにわかっているような気がするの。そういう意味では、美希も凄いのよ?」
私の言葉を聞いて、美希はまるで何か覚悟を決めるかのように、軽く息を吸い込む。瞳がきらきらと輝いて眩しい。

「・・・・・・ねえ、千早さん。どうして千早さんはそこまで努力出来るの?」

「美希?」
――――珍しい。美希が表情を曇らせるだなんて。いつもマイペースで余裕があって、本当に14歳なのかと思うような娘なのに。
いきなりの質問に思わずその名前を呼ぶ。どうしたの、美希。らしくない。

「ミキね、昔からなんでも出来たんだよ。でもね、765プロに入って、千早さんに出会って、千早さんすごいなーって思ったの。
 だって、千早さんはミキより歌がとっても上手なのに、それなのにミキの何倍も練習してたから。
 ねえ、千早さん、ミキ、頑張り方を教えて欲しいな」
――――そういうことか。昔、私には歌しかないと思っていた頃。似たような悩みを抱えたことがあった。私は誰のために、何のために、歌を歌うのか。
なら、私は美希に助言が出来る。出来るが、どうやって伝えようか。
言葉を見つけあぐねて、ふと手元に目をやる。歌詞とメモ書きが目に飛び込んでくる。"765プロのみんな"。ユニットを組んでいる"美希"。かわいい後輩の"美希"。
765プロのみんなで歌う歌だ、1人だけ特別扱いは良くない。そう思いながらも、つい美希の名前を書き込んでしまった。

「ひとりでは出来ないこと
 仲間となら出来ること
 乗り越えられるのは Unity is strength...」

「何それ?」
きょとん、という表現がまさにぴったりくるような表情。本当にかわいい。
・・・・・・というか、みんなで歌う歌なんだから、美希にも歌詞が届いてるはずなのだけれど。まだ目を通してないのかしら。

「今読んでる歌の歌詞よ。美希、繋がりは力なの。私たちがステージに立てるのだって、たくさんの人の協力という繋がりが
 あってのこと。なら、そういう繋がりのある人達に私たちがしてあげられることは何だと思う?」

「んー…すっごいステージをしてあげるとか…かな?」
そう、彼女は本当に大事なことをわかってる。私たちは私たちのベストを尽くす、ただそれだけ。
彼女はそこまでは分かってる。なら、"ベストの尽くし方"を教えるのは私。ユニットを組んでいて、先輩の私。

「ふふふ、分かってるじゃない。だから、辛かったら自分と繋がりのある人を思い浮かべなさい。そうすればきっと頑張れるわ」

「おー、なんかいけそうな気がしてきたの!」
美希ならきっとすぐ出来るようになる、そう相槌を打とうと思った瞬間。
美希の声が耳に届く。

「だったらミキは、千早さんみたいに頑張れるように、千早さんを思い浮かべることにするの!」

――――え?今なんて?
ちゃんと聞いた、聞こえた。美希の発言はしっかり私の耳に届いた。でも、理解が追いつかない。美希が、私を?
顔が火照る。真っ赤になっているのを自覚する。理解が追いつく前に、体が反応するなんて。そんなことを思い、ようやく理解が追いついたことに気付く。
そんなことをそんな顔で、そんなに簡単に言うなんて。どんな顔をすればいいのか分からない。
美希にきっとばれる。だって目の前にいる。彼女は人の目を見て話が出来る。美希は私から目を離さない。

「千早さん、顔真っ赤だよ。どうしたの?ミキ、へんなこと言った?」
ほら、ばれた。
「う、ううん。大丈夫、何でもないの」
慌てて取り繕う。ばればれなのは分かってるけど、そうする以外の選択肢はなかった。
「そう?ならいいけど。へんな千早さん。あ、そうだ。ミキ、千早さんとお昼一緒に食べようと思ってたの。それで探してたんだよ」

「あ、あぁ、そうなの?もうそんな時間だったのね。なら、私も上にお弁当取りに行こうかしら」
良かった、話題が変わった。落ち着け、私。

「いいよ、ミキが一緒に取ってくる。いつもとおんなじかばんに入ってるんだよね?」

「ええ、そうよ。それじゃあお願いするわ、ありがとう」

「分かったの、じゃあちょっと行ってくるね。すぐ戻るから待ってて。さっきみたいに、歌詞に集中しすぎてミキに気づかないなんて、ミキ、やだよ?」
軽い冗談を飛ばしながら、出口へ向かっていく美希。彼女が戻ってくるまでに、この顔をなんとかしないと。

「千早さんにもミキとおんなじようにしてほしいな」
――――え?
「千早さんが辛いとき、ミキのことを思い浮かべて頑張って欲しいな。そしたら、ミキももーっと頑張れるから」
今日のおにぎりは特製なの、まるでそんなことを言うように簡単に。戸口で振り返って美希が言う。
不意打ちだ、卑怯だ。つい美希を睨むように見てしまう。少し視界がうるんでいるような気がする、気のせいだ。だって涙の出る理由がない。

「えへへ、ごめんなさいなの。だって千早さんがすっごい優しい目でミキを見てくれるんだもん、ちょっと意地悪したくなっちゃったの」

「……美希、もうこんな時間よ。早くお昼にしましょう」

「ふふふ、千早さんったらかわいい。は〜いなのー。じゃ、今度こそ行ってくるね」

全く、あの娘は。全部分かっててやってるんだから、ずるい。先人の言う通りだ、「惚れたら負け」。美希、私の完敗よ。

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