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「キスしたいな」
美希は身体を私の方に預けながら、そう言った。





◆ ◆ ◆ ◆





「何言ってるのよ」
私はそう言って顔を寄せてきた美希を肘で制した。

「んー。千早さんのいじわる」
私に制されたことが気に入らないのか、美希は軽く頬をふくらませる。
「時と場所を考えなさい」

「…千早さんのドケチ」
そう言いながらも、近づけた身体を美希は離そうとはしない。

まったく、聞き分けがないんだから。
思わず私は苦笑してしまった。


私達の乗っている車がトンネルの入口に入る。
トンネルの照明が窓から差し込んできて、先程まで暗かった車内が急に明るくなった。


その眩しさに、私は少し眉をひそめる。


相変わらず美希は私の隣にべったりとひっついたままである。
仕方がないなと思って、私は美希を制していた肘から力を緩めた。
そのまま自然と彼女との距離が近くなる。彼女の髪からは少しタバコの匂いがした。

「千早さんは、ちょっとマジメすぎるって、美希は思うな」
少したどたどしい口調でそう呟いて、彼女は顔を私の髪にうずめた。

「千早さん、もしかして香水つけてる?」
「えぇ、汗をかいたままライブの打ち上げに参加するのも、流石にちょっとどうかなと思って」
「ふぅん」
美希がさらに身体を寄せて、その鼻を私の首元に近づける。首元にかかる呼吸がくすぐったい。




「えー、ごほん」


運転席から聞こえたのは、不自然なくらいに大きな咳。
バックミラーを見遣ると、鏡越しにプロデューサーと目が逢った。

「仲がいいことは素晴らしいことだが、俺がいることを忘れないでほしいな」
「ハニー。そういうのを、『デバガメ』っていうんだよ」
「あながち間違えていないことに驚愕を覚えるな。そういう言葉だけはよく知ってるな、まったく」


一定の距離に設置されたトンネルの照明は、音もたてずに窓の外を走ってゆく。
かたんかたんとリズムよく揺れる車内。
夢と現実の狭間をたゆたいながら、私はうとうとと夢見心地になる。


「ハニー、もしかしてバカにしてる?」
「してないしてない。いやぁ、俺も勉強熱心なアイドルを持って幸せだよ」
「でーばーがーめー」
ニヤニヤした顔で美希がプロデューサーをからかう。

「うるさい。もう良い子は寝る時間だぞ、ゆとり」
美希のからかいに対して、ぞんざいな口調でプロデューサーはそう呟いた。

「ゆとりって言う方がゆとりなの」
「あー、分かった分かった。俺がゆとりだ。だから後ろでいちゃつくのは止めてくれ、気になって運転どころじゃない」
「んー。運転に集中すればいいって思うな」
「・・・・・・」

数秒の沈黙の後、はぁ、と深いため息が運転席から聞こえて、私はクスリと笑ってしまった。



美希とプロデューサーのとりとめのない会話を聞いているうちに、車はトンネルを抜ける。
流石に眠くなってきたので、私は身体を窓際に預けて、ぼんやりと窓の風景を眺めることにした。


窓の外。
ネオンがぽつぽつと灯る夜の風景。
高速道路の街灯は明るい軌跡を残しては消えてゆく。





◆ ◆ ◆ ◆





「プロデューサー」
車が高速道路のインターチェンジを抜けた頃、私は窓の外を眺めながらプロデューサーに話しかけた。
「もうすぐ着きますか」

ぐぅん、と車は大きなカーブを曲がる。曲った遠心力は私の身体をもたれていた窓に少しだけ押しつける。
高速の回数券をダッシュボードに入れていたプロデューサーは、私の質問に「あぁ」とだけ答えた。


高速道路を降りると周囲はすっかり暗くなっていて、深夜営業の店以外は照明を落とし、シャッターを閉めていた。
自分の住んでいるではないが、何度も通った道。
あぁ、そういえばこんなことがあったなぁ、と若干のノスタルジーを覚えながら、過ぎゆく街の景色を眺めた。



「ちはやさん」
耳元で美希がつぶやいた。

「なに?」
私は窓の外を眺めながら、美希の言葉に応じる。

「ちょっと横になっていいかな」
「もうすぐつくわよ」
「ねむい」
「…仕方ないわね」

私の了承をとった美希は、いったん身体を離してから、私の膝を枕にして身体を横たえた。
窓越しに入り込む拙いネオンは、断続的に私達の姿を照らし出す。
明るいとは到底いえない車内で眠っている美希に視線をやると、おぼろげながら彼女の顔が見えた。

整った顔立ち、挑発的なまつ毛、ぷっくりと膨らみを帯びた唇。
未完のビジュアルクイーンと呼ばれるアイドルは、私の膝を枕にして眠っている。


だけど、その寝顔は、とても幼くて。


こうしてみると、やっぱり14歳の女の子だなぁ、と思ってしまう。

 何だか優しい気分になれる。


呼吸に合わせて動く美希の肩が少し寒そうだったので、私は着ていたジャケットを脱いで美希の肩口にかけた。
「世話、かけるな」
「…妹みたいなものですから」

若干申し訳なさそうなプロデューサーの言葉に、私そう返事をして笑った。
私の返事に「そうか」と軽く相槌をうったプロデューサーは、再び車の運転に戻った。



プロデューサーは自動車を運転して、私は流れる街の景色を眺める。
美希が眠って静かになった車内。
ウィンカーのカチカチという作動音だけがメトロノームのように車内に響く。


 かち、かち


今夜行われたライブと、その後に開かれた打ち上げパーティー。
人見知りする自分としては、それなりに頑張った方だろう。


   かち、かち


ちょっとした達成感に浸りながら、私は訪れる眠気に意識を委ねた。



     かち、かち            かち






◆ ◆ ◆ ◆






「二人とも、着いたぞ」
プロデューサーの言葉に、私は意識を取り戻す。
どれ位眠ったのだろうか?そう思って車内のデジタル時計を見ると、そう時間は経っていないことが分かった。
「じゃあ俺は事務所のシャッターを開けるから、帰る準備をしてくれな」

そう言ってプロデューサーはドアを開けて、車の外に出た。
まだ覚めやらぬ意識の中、私は美希の肩をゆすって起こすことにした。

「美希、事務所についたわよ」
「んー」
のそのそと面倒くさそうに動いた後、美希はその瞳を開けた。

「ほら、早く帰る準備しないと」
「千早さんが代わりにやってくれたらいいと思うな」
「そうしたいのは山々だけど、あなたが膝で寝ていたら出来る準備もできないわ」
「んー、しかたないな、なの」

美希は起き上がろうと、ごろんと身体を仰向けに動かす。


瞬間、美希と目があった。


綺麗な瞳の色。長いまつ毛、寝起きで潤んだ双眸。
その魔性に、心が囚われる。バクンと心臓が大きく音を立てる。その鼓動が熱を帯びる。

「ちはやさん」

私と目があったまま、美希はそのまま言葉を続ける。




「キス、したいな」




「何を言ってるの」

「プロデューサー、いないんでしょ」
「それとこれとは話がべ…!」

私の言葉が終わるよりも速く、美希は両手を私の首に回して、私の身体を引き寄せた。
美希の柔らかい唇が私のそれに触れる。胸の奥から熱い感情が湧き上がる。

「ん…はっ…」

抵抗する私を逃がさないように、美希は身体の向きを変えて、口付けを続ける。
それだけでは飽き足らないのか、彼女は絡めた腕の力を強めて、私との距離をさらに緊密なものにしていく。
お互いの服が擦れる音。服から覗く首元の甘やかな身体の香り。押しつけられた胸の柔らかさと温かさ。

その全てが、身体越しに伝わる彼女の心が、私の身体をオーバーヒートさせる。

ちろちろと私の唇の隙間をなぞる彼女の舌先の動きに、私が屈するのはそう時間がかかる訳なんてなくて。
おずおずと唇を開くと、ぬるりと彼女の舌が入り込んできた。

「…っ…んぅ…」

美希はその舌で私の口内を蹂躙し、歯列を余すことなく舐めあげる。
車内にぴちゃぴちゃと淫らな音が響く。
いやらしい水音に誘い出された劣情が、これでもかという位にせり上がり、身体の奥まで熱くさせる。
気がつくと私からも美希を求めるように、その舌を絡ませていた。

舌から流れ込む彼女の唾液はとても甘美な味がして、今晩の打ち上げで飲んだパイナップルジュースの匂いがした。
その香りは鼻先をくすぐる髪の香りと混ざり合って、まるで極上のカクテルを飲んでいるような錯覚を覚えた。


舌が、頭が、体が、その甘さに痺れてしまう。
その麻薬に似た快楽に、溺れそうになる。


しばらくの間、お互いがお互いを夢中でむさぼった。

やがて口付けが終わり、美希は私を両手の拘束から解放した。
ただキスを一度交わしただけなのに、身体が熱くて仕方がない。荒くなった呼吸を静めることができない。
視点定まらぬ瞳で美希を見ると、えへへと美希は笑った。

「…千早さんって、やっぱりムッツリスケベだよね」
「んなっ…!!」
「続き、しないでいいの?」


そう言って深い微笑みを浮かべた美希に、私は反論することが出来なかった。
今よりもっと美希を求めていることは、本当だったから。


「何も言わないってことは、続き…してもいいって思っちゃうよ?」

私の膝の上に頭をのせたままの美希の瞳は、獰猛ながらも優しい光を灯していた。
獰猛なだけならば、ただワガママなだけならば、すぐにも拒むことができるのに。


そんな優しい瞳をするから。

私はその優しさに包まれたいと思ってしまうのだ。

拒むことなんて、できるはずなかった。


「美希…」

お互いの顔が自然と近付く。唇が触れるまであと数ミリ。




まさに触れようとした瞬間


ガラガラガラ


外から事務所のシャッターが開く音。




その音に驚いた私達は、ビクッと身体を遠ざけた。
それから程なくしてプロデューサーが車の方へ戻ってきた。


「じゃあ今から車を車庫に入れるから、二人とも外に出てくれ。…って二人とも顔が赤いぞ?どうかしたか?」
「なんでもありません」「なんでもないなの」
ほぼ同時に発された私達の返事に、プロデューサーは少しぽかんとした顔をする。
「あ、あぁ。じゃあ車の外から出てくれよな」
「わかりました」「はいなの」

動揺を隠しながら手早く荷物をまとめた私達は、車の外に出て、プロデューサーに別れを告げた。




ぶぉんとエンジン音を鳴らして車庫に入ってゆく車を見ながら、私達は少しぼうっとしていた。
何とも表現しにくい沈黙が二人を包む。

「…えぇと、じゃあ美希、また明日」
「えー!!続きは?続きはしないの千早さん!」
「もう夜中よ。早く帰らないと親御さんが心配するでしょう」
「電話でウソついちゃえば問題ないよ。それに今からだったらホテr」
「それ以上言ったら怒るわよ」
「…ごめんなさいなの」

そう言ってしゅんとした美希が可愛くて、私は思わず噴き出してしまった。

「千早さん?」
「あぁ、ごめんなさい。しょんぼりした美希、すごく可愛かったから」
「怒ってない?」
「えぇ、怒ってないわ」
「ホントに?」
「えぇ、本当に」

そんなやりとりを交わした後、美希は「よかったぁ」と安堵の息を漏らす。





「ところで千早さん」
二人で最寄の駅まで歩いているときに、美希は私に話しかけた。

「何?」
「これからどうするの?」
「どうする…って、家に帰るけれど」
「いや、そうじゃなくて」
私の答えを聞いて、少し困った顔をする美希。

「仕事が終わったんだから、家に帰るしかないじゃない。今日はレッスンもないし」
「えぇと。他に、することあるんじゃないかなーって」
「他にすること…寝る前のストレッチとか?」
「ああああああ、いや、寝る前なのはあってるけど」
「じゃあ何よ」
「…何でもない、なの」

眉間にシワを寄せた後、何故だかガクっとうなだれる美希。

一体何があるというのだろうか。プロデューサーからは何も指示は受けていないし。
そうこうしているうちに、最寄の駅に到着して、私達はホームで電車を待つことにした。





しばらくすると、美希が乗る電車がホームに到着した。


「じゃあ美希、お休みなさい」
「うん。お休みなさいなの」

電車の扉が開く。

美希は扉に向かって歩き出したかと思うと、おもむろに私の方を振り返った。


「ねぇ、千早さん」
「何?」
「本当に、寝る前に何しなくちゃいけないか、分からない?」
「いや…だから、ストレッチ?」

「…千早さんのバカ」

そう言って、彼女は電車に乗って帰途に着いた。


「なんでバカなんて言われないといけないのよ…」
若干の憤りを覚えながら、自分が乗る予定の電車を待っていると、携帯からメールが届いた。美希からだ。





 To :千早さん
 Sub:(non title)
 ――――――――――――――
 千早さんのバカ!朴念仁!むっ
 つりスケベ!もう知らない!





 でも好きだよ。
 
 ミキ    
 ――――――――――――――




「……」
もうバカとか朴念仁とかむっつりスケベとか、思いつく限りの罵倒がされているような気がする。
おそらく何かに怒っているのだろうが、理由が分からないから謝るにも謝りようがない。

だけど、「好きだよ」と言ってくれているということは、少なくとも嫌われた訳ではないのだろう。
少し安心して、私はもう一度メールを見返した。

「でも好きだよ…か」

その一言がとても嬉しくて、私はひとり微笑んだ。









そんな、深夜が始まるちょっと前の、ちょっとしたお話。

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