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なんの因果か
美希と二人の仕事で、田舎のロケで、スタッフのトラブルで待ちぼうけを食らうことになった。
こういう事態はままあることで、私達に出来ることなんてないから
田園風景と小川の見下ろせる丘でのんびりと日を浴びて座っている。
これが美希とでなければ急なお休みにはしゃぎ回ったりもするところなのだろうけど
彼女とは今少し、ぎくしゃくしている。
お互いどう接したものか悩んでいる。

美希が千早ちゃんと付き合いだした。
そして美希は私が、千早ちゃんのことを好きだって知ってる。


二人とも片思いしてた頃は、お互いライバルだねなんて笑い合ったりもしていた。
だけど私は結局告白することも出来ないまま、舞台を降りた。
美希は精一杯の勇気を振り絞って千早ちゃんにぶつかって、初恋を成就させた。
だから私はただの脇役。
千早ちゃんのことを一番知っているなんて偉そうなことを言って
随分と道化をやってたものだ。

「ここ気持ちいいね、春香」
「そうだね、やっぱり、東京とは空気が違うみたい」
「……」
「……」

以前ならこんな風に会話に詰まることなんて無かったな、と思う。

美希が私に千早ちゃんと付き合うことを報告に来たとき、彼女は凄く辛そうな顔をしてた。
ゆとり、だなんてからかっていたけど、美希は本当に優しくて
だから折角想いが叶ったのにそんな顔をさせることが申し訳なかった。
それ以来美希は私と会うときにはいつも表情が大人びて
普段の能天気がなりを潜めるようになった。
それが寂しい。

「千早ちゃんとは、どう?」

私が切り出した言葉に、美希が目を瞑って顔を空に向けた。
こんな仕草、らしくないなと思う。

「うまくいってる、と思うよ?」
「どうして疑問系なの」

美希が目を開けてこちらを見たので
私は口元に笑みを浮かべてからかうみたいに言った。

「だって、よくわかんないの。付き合うの、とか、初めてだもん」
「そっか」

美希がまた顔を空に向けたので
私もそれに習う。
大きな綿雲が青空にいくつも浮かんで、その間を縫うように鳥が遊んでいる。

「でも付き合ってみて、わかったこともあるんだよ?」

美希がまたこちらを見る。
私は空を見上げたまま、答える。

「どんなこと?」

「千早さんは、やっぱり春香のことが好きなの」

目を閉じる。

「そういうこと、言わないの」

「ごめんなさいなの」

「最近の美希は、私に謝りすぎだよ。前まで全然そんなことなかったのに」

「だって美希、わかっちゃったんだもん」

「何が?」

「ほんとはね、美希がお邪魔虫だったの。
 春香と千早さんは最初っから好き同士で、でも美希が勝手に」

「美希」

美希の言葉を遮る。本当に、『らしくない』と思ったから。

「お腹空かない?さっきおにぎり貰ったんだ。一緒に食べよ?」

「…うん」

おにぎりに食いつかない美希なんて、本当にらしくない。
私はトートの中から、さっきスタッフの人に貰ったおにぎりを二つ取り出した。
昆布とおかかで、美希はどっちが好きだったかなと考える。

「どっちがいい?」
「どっちでもいいの」
「じゃあ昆布貰うね」
「うん」

袋を開けておにぎりにかぶりつく。
横を見ると、美希はおにぎりを見つめたままじっとしていた。

「美希ね、すっごい嬉しかったんだ。千早さんに付き合って貰えるって言われて」

「うん」

「あのときいっぱいいっぱい緊張して、すごいドキドキしてて」

美希はおにぎりを手の中で遊ばせながら話す。

「だから告白して嬉しくて、春香のことなんて全然考えてなかったの」

「うん」

「春香も千早さんのこと好きだって知ってたのに。美希よりずっと前から」

おにぎりを咀嚼しながら、空を見る。
相変わらず白い鳥が一羽遊んでいた。

「千早さんにね、『千早さんは優しいね』って言ったら、『それは春香のおかげ』って
 言ってた。昔の千早さんは他人になんか構わなかったって。
 美希ね、それを聞いて悔しくなったの。
 春香は千早さんのこと、美希の知らないこといっぱい知ってるんだって。
 千早さんは春香のこといっつも嬉しそうに話すの。美希、悔しくて…」

「美希」

「美希嫌な子かな…。こんなこと春香に話すなんて…」

「美希はいい子だよ」

悲しそうな顔をする美希に我慢できなくて
私は強引に彼女の頭を抱き寄せた。
それからその口に、私の食べかけの昆布おにぎりを突っ込んだ。
一瞬のことに目をしろくろさせた彼女が、暫し固まって、それからおにぎりを一口食べた。

「おいしいの…」

私は美希の頭を抱えたまま、自分でも一口食べ、もう一度美希の前におにぎりを持っていく。
また美希は一口食べた。

「いつだったか言ったよね、美希」

「なに?」

「私が一番千早ちゃんのこと知ってる、って」

「…うん」

「千早ちゃんが好きなのは美希だよ。ちゃんと美希のこと一番好きだよ」

「え、でも…」

「春香さんの言うこと、信じられない?」

「だって」

交互に食べていたおにぎりの最後の一口を食べ終える。
それから美希の頭を両腕で抱きしめた。

「私のせいで不安にさせちゃったよね。ごめんね。
 でもね、千早ちゃんはずっと前からちゃんと美希のこと見てたよ。
 だから気にすることもないし、もっと信じてあげて。千早ちゃんのことも、美希のことも」

「うぅ…」

美希が私の胸にしがみつく。
その顔を隠そうとしているみたいだけど、くぐもった声が少し涙声。

「春香が…春香がそんな風に優しいと、もっと不安になるの…。
 春香がもっと嫌な子だったらよかったのに…」

きゅっと胸にしがみついて来る美希の髪を撫でる。
陽光を受けてキラキラ光る髪が、綺麗だなと思う。

「きっと美希のせいだよ。美希がもっと嫌な子なら、私ももっと嫌な子になれるのに」

言ってクスクス笑うと、美希がまた一層力を込めてしがみついてきた。

「ほら美希、顔上げて。っていうかそんなに力入れたらおにぎりつぶれちゃうよ」

「あっ」

慌てて起き上がった美希の手の中には、歪な形のおかかおにぎり一つ。
美希が残念そうな声を上げる。
涙目にまでなって。かわいい。

「美希のおにぎりが…」

「ほら、形はアレだけどまだ食べられるよ。味は変わらないよ」

「…うん」

美希が袋を開けておにぎりを取り出す。
それから一口食べておいしいと満足げに呟いたあと、はいと食べかけのおにぎりを差し出された。

「一緒に食べよ、春香」

いつぶりかに見た美希の無邪気な笑顔。満面の笑顔。
それが嬉しくて、私も笑って美希のおにぎりにかぶりつく。

「美希ね、昆布のおにぎりもおかかのおにぎりも大好きなの!」

「そっか。半分こにしてよかったね」

「それからね、千早さんも、春香も大好きなの!」

私はその言葉を聞いて少し驚いて
それから物凄く嬉しくなって、また美希の頭を抱きしめた。


「私も、千早ちゃんも美希も大好きだよ!」





 

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