あ な た と 融 合 し た い ・ ・ ・

「あれ、亮二とフィアは?」
「亮二は職員室で面談だそうだ。フィアは亮二を待ってる。追いつくから先に帰っていい、とさ」

放課後の廊下を歩く、二人の生徒。
学校指定の濃い青のブレザーに、チェックのスカートが、窓から差し込む橙色の夕日を浴びていた。

「なんだ、何かやらかしたのか、あいつ?」

悪戯っぽい笑みを浮かべて、片方の少女──フォルヴィリオ・サーニアスが口を開いた。
ショートカットで色素の薄い髪に、中性的な顔つきは、美少年といっても通用するだろう。
下のワイシャツを押し上げる膨らみはなだらかで、制服以外に性別を感じさせる要素が少ないのも、その印象に拍車をかける。

「普通の二者面談だよ。私も明後日に受ける」

傍らの生徒──鶴来山真樹(つるぎやま まき)が、それに答える。
すらりとした長身は、先程の少女より頭一つ分大きい。凛としたその表情は気高さを滲ませた、端正で聡明なものだった。
長い濡れ羽色の髪を頭頂よりやや後ろで一つにまとめた、所謂ポニーテールが、歩くリズムに合わせて揺れていた。

「なんだ。てっきりお前との不純異性交遊が露見したのかと……」
「不純は余計だ不純はっ!!」

顔を真っ赤に染めて、反論する真樹。普段は冷静沈着が服を着て歩いているような彼女が、今はいない彼とのことになると、
とたんに感情をむき出しにするそのギャップがおもしろくて、フォルヴィリオはからかうのをやめられない。

「なーにが不純は余計なんだー?昨日もあいつの部屋で盛りのついた獣の如く……」
「な、なななな……」

 顔がさらに赤く染まって、頭から湯気が噴出しそうになる真樹にいつもの面影は全く無い。

 「な、なん、なんで……っ」
 「なんで分かるんだって?そりゃあ私はお前と契約したさきゅ──」

 得意げに(ない)胸を張るフォルヴィリオ。と、そこで、廊下の向こうから声がかかった。

 「真樹ー!フォルー!」
 「お待たせしましたー!」

 真樹とフォルヴィリオの方へ駆けてくる、一組の男女。
 男子の方はフォルヴィリオとはまた違う短髪に、どちらかといえば幼い顔つきの小柄な少年。
 少し遅れて駆けてくる女子は、ここからでも目立つ綺麗なブロンドのロングヘアに、白い肌で少年よりさらに小さい体躯の、
まるで西洋人形のような女の子。

 久我、亮二(くが りょうじ)とリーフィア・マキリアス。
 先程から話題になっていた少年と少女だった。

 「ご、ごめん、真樹ちゃん。面談長引いちゃって……」

 息を切らしながら謝る亮二に、フォルヴィリオがにやにやしながら追撃を始めた。

 「いやー、俺はてっきり真樹との不純な交遊がバレて怒られてるのかと──」
 
 言葉は続かずに、代わりに響いたのはバシィィィィ!という小気味良い音と、頭を抱えてうずくまるフォルビリオと、
顔を真っ赤に染めて、鞄を両手でフルスイングした後の真樹だった。

 「そ、それ以上言うと殴るぞ!!」
 「も、もう殴ってんじゃん……」

 その様子を苦笑いしながら見ている亮二と、だ、大丈夫ですか、と心配そうに駆け寄るリーフィア。
 いつもの微笑ましい光景であった。

 しかし。

 きゃあああああああ!!

 そんなほのぼのとした光景を切り裂く悲鳴。四人がはっと、声の響いた方を向く。

 「……真樹ちゃん!フォル、フィア!」
 「ああ!」
 「はい!」
 「分かってるぜ!」

 亮二の言葉に頷く真樹とフォルヴィリオ、リリアム。先程まで本気で痛そうにしていたフォルヴィリオも、ちっと吐き捨てて、
ギリリと歯を擦りあわせる。
 ──その犬歯は、人にしては少し長く、尖っていた。

 四人は駆け出した。
 悲鳴の方へ。長い廊下の途中にある、生徒会室と書かれた部屋へ。
 飛び込むように真樹が扉を一気に引き開ける。

 「どうした!大丈夫──」

 目を疑うような光景が、広がっていた。
 普通の教室の半分程の広さの生徒会室。その床にだらりと広がる、透き通った青色の、液体のような何か。その中心で、
一人の男子生徒と、二人の女子生徒がもがいていた。
 男子生徒は足を失い、上半身だけの姿でもがいていた。
 一人の女子生徒は全身をゆっくりと全身を青色の「何か」に包み込まれながら、跪き。
 もう一人は全身が同じ青に染まりながら、少しずつ溶け出していた。

 「っ真樹!こいつは──」

 フォルヴィリオが何かを呟こうとした刹那。

 「あぶないっ!!」

 真樹が叫ぶ。
 それに弾かれるように、まるで人ではないような俊敏さで、亮二とリリアムが後ろへ飛び退く。
 真樹自身とフォルヴィリオは前へ跳ぶ。
  四人がいた一瞬前の空間を、青色の濁流がものすごい勢いで飲み込んだ。

 「こ、これは…」
          ス ラ イ ム 
 「<魔族>……<形無きもの>です!」

 リーフィアが叫ぶ。
 
 彼女達を飲み込もうとした「それ」──<形無きもの>はべちょりと廊下の壁に激しく衝突して、ずるずると壁から床に落ちていき、
広がった。

 「亮二っ!フィア!」
 
 スライムの向こう側で、真樹が声を張る。その表情は何かを決意したような、普段の凛々しさをさらに濃くした真剣なものだった。

 「…うん!」

 それを見て、亮二もリーフィアも頷いた。そして、真樹に背を向けると、脱兎の如く駆け出した。

 「よし、フォル!私達も──」
 「分かってるぜっ」

 残された二人も小さく頷きあって、廊下を蹴って走り出した。
 そんな彼女達の後を追うように、青い液体──いや、<形無きもの>は、ゆっくりと廊下に広がっていく。

 「……うふフ。みんなヒとつニ、ナリまショう──」
 
 その頃にはすでに、捕まっていた三人の生徒の姿はなかった。
 ただその中心には、青く透き通る少女が、穏やかな微笑みをたたえていた。


 「よし、ここなら──」

 廊下を駆け抜けたリーフィアと亮二は、適当な空き教室を見つけるとそこに飛び込んで、すぐさま扉を閉めた。鍵がかかるわけでもないので、
少しずつ広がっているであろう、<形無きもの>には時間稼ぎにもならないだろうが、やらないよりはマシだろう。

 それに──これから二人が行うことは、あまり人に見せられるものではないのだ。

 「フィア、お願い!」
 「はいっ」

 二人は一歩の距離を置いて、向かい合う。互いに瞳を閉じると、何事かを呟きはじめる。

 「「聖を司りし神の力に依り、我ら、一つに成らん──」」

 そして、同時に叫んだ。

   セイントフュージョン
 「「聖・融合っ!!」」

 瞬間、空き教室に閃光が爆発した。

 全てが白い光に塗り替えられた、どこにでもあって、どこにもない空間。
 その中に二人は、佇んでいた。

 「う、あ、あんっ!!」

 リーフィアが全身を震わせ、甘い息を吐き始める。

 「はぁ、はぁぁぁぁ…っ」

 頬も上気させたその姿は、どこか艶かしい。と、彼女の制服が空間と同じく白い光に包まれると、舞い散る花びらのようにはらはらと、
消えていく。学校指定のブレザーも、その下の白いシャツも、プリーツスカートも、淡いピンクの可愛らしい下着も、ソックスも。
全てが散って、彼女は裸身をさらす。同じように、亮二の制服も内履きも、全て消えていく。
 リーフィアのその体は小柄な亮二よりもさらに小さく、制服を着ていなければとても高校生には見えない。ようやく膨らみかけた胸も、
折れそうなほどにか細い手足も、女性的な曲線に乏しい腰周りも、茂りのないぴったりと閉じられた秘所の花弁も、ともすれば中学生、
いや、小学生にも見える。
 しかし、その体は幼さと同時に、神々しい美しさを放っていた。
 
 「あ、ああ、んあああ!」

 裸身を震わせるリーフィアの背中、なだらかに盛り上がる肩甲骨の部分が、もぞもぞと動き始める。皮膚の下で蠢いていたそれは、
次第に皮膚を破って外に出ようとする動きに変わる。

 「ふぁあ、んん、っああ……」

 そして白い背中の肌はついに耐え切れなくなり、ぶち、ぶちと裂けはじめた。その裂け目から顔を覗かせたもの、それは。

 羽。
 
 純白の羽、その先端が一対、生まれた喜びを表すかのように、わずかに動く。

 「あ、ああああああああああ!!!」

 次の瞬間、彼女は絶叫して、ぐいっと上体を反らす。同時に、一対の羽は一気に大きさを増し、広がった。

 その姿は、まさに天使。
 神々しい裸身、その背中には汚れを知らぬ、大きな白羽。
 天からの使いが、ここに降臨していた。
 
 その「使い」はそのままふわふわと浮遊しながら、軽く目を閉じ、何かを待っているような亮二の背中へ近づくと、ぎゅっと、
後ろから優しく抱擁した。彼の脇に腕を差し込み、彼の胸を抱く。母親が子供を抱きとめるように、あるいは恋人を抱きしめるように。

 「う、うあああああ……っ」
 「ふぁ、はぁぁぁぁぁ!!」

 するとリーフィアの体が、色を変え始めていく。
 透き通るように白い肌が濁り、光沢をたたえながら、指先から銀に染まっていく。染まりながら、その形を失っていく。

 「あ、うう、うあ……」
 「はぁ、んぁ、ぁぁ…」

 足の指先も同じように変色し、指同士が溶けて癒着し、境目を失くしていく。銀色の「棒」になった彼女の足は、
骨格も失くしたかのように、するすると亮二の足に巻きついていく。巻きついて、溶けていく。
 手の変質はすでに手首を越え、肘にまで達しようとしていた。親指や人差し指など、人間の手であった名残は完全に失われており、
さらに形を保っていられなくなり、べちゃりと溶け出して、彼の薄い胸に張り付いていく。張り付いて、少しずつ、胸を覆っていく。

 「ふあ、ひゃああ、はあっ、はあぁ……」

 腕の変質はすでに肩にまで、足の変質は腿の付け根から尻にまで及んでいる。しかし彼女の口から漏れる息は甘く、
ともすれば性行為に溺れているようにさえ見える。

 事実、彼女は変貌が進むたびに、体の中を甘い快楽が走っていたのだ。

 彼に巻きついた彼女の足は、彼の足を全て銀で覆い尽くす。それでも止まらずに、おそらく彼も性的な悦楽を感じているのだろう、
いきり立った彼自身も包み始めた。

 「あ、あはぁ…、ふぅぅ……」

 銀色は彼女の尻、腰、背中にまで及んでいく。上半身はすでに首まで変わり果て、顎やうなじにわずかずつ、光沢が生まれ始めていた。
首から下は全て銀に染まり、彼の腰や脇腹を、流体と化した彼女が包み込んでいく。

 「う、ああ!うあっ、くううっ」

 それが彼にはたまらなく気持ちいい。ついには射精を催しているのだが、変化したリーフィアに全身という全身を覆われつつある彼は、
完全に包み込まれた自身の怒張を、ぴくぴくと震わせることしか出来ない。

 「ああ!んああ!!う、うう……」

 ついに彼女の顔が全て変質する。口は塞がり、鼻は溶けて、瞳は引き込まれる。整った顔の造形が失われ、平坦となった彼女の顔。
それを彼の後頭部に押し付けると、頭全体をずぶずぶと包み込んでいく。

 「う、あ、あ……」

 亮二の耳が、頬が、髪が銀に覆われる。瞳から意思の光が少しずつ消えていって、それもすぐ「彼女」に覆われて──

 ついに亮二は、全てをリーフィアに包み込まれた。

 白銀に染まる少年の裸体。覆われたことによりその造形は少しぼやけていた。人の形は保っているものの、顔や髪の毛といった細かい部分は、
のっぺりとしていて、さながらマネキンという雰囲気だった。その中で、彼女から生えた羽だけはどこまでも白く広がって、
いまや彼の羽のようになっている。

 と、突然彼の体が少し震えた。震えた後で、手足がするすると長く伸び始めた。
 すらりと伸びていく身長。同時に、彼の胸が少しずつ、膨らんでいく。
 そそり立つ彼自身、その睾丸はするすると体に埋没を始める。

 ──少年から、少女へ。第二の変貌が始まった。

 伸びていく手足はすらりと細くしなやかで、指も繊細な雰囲気を纏う。
 腰が絞られ始め、女性的なくびれのラインを象っていく。
 臀部にも肉付きが始まり、瑞々しい引き締まった小ぶりな尻が形作られていく。
 膨らむ胸はさらに生育してゆき、小さなその頂とは反対に、たわわに揺れる。

 銀色の体は女性のものへと変わっていくが、唯一「彼」であった名残──その怒張だけは残り、滾っていた。その付け根から下に、
小さな裂け目が作られる。その裂け目は蠢きながら、複雑さを増して、自身を形作っていくもの──少年にあるまじき器官、女性器だった。

 同時に、のっぺりしていた顔が再び形成される。
 閉じられたぱっちりとした眼が造形され、見えない手で摘まれたように鼻が出来、唇が彫られて、顔全体がきゅっと小さく絞られる。
べろりと髪が伸びはじめ、肩を越えて背中に届きながら、細かく作られていく。

 亮二はほぼ完全に、少女へと形を変えた。背中の羽を除く全てが銀に染まった、少女に。

 その少女に、再び色が戻っていく。

 銀色の肌がうっすらと白ばんで、滑らかな白磁の肌へ変わっていく。流れるような長髪は、リーフィアを思わせる鮮やかなブロンド。
 頬はほんのり赤みが差して、カッと見開かれた瞳は黒から、深い青色に変わる。

 「はぁぁぁぁぁぁ……っ」

 漏れる声は亮二のものより高く、軽やかなものだった。美しい裸身を晒す彼──いや、彼女に、最後の変化が訪れる。
 
 光の花びらとなって周囲を回っていたリーフィアと亮二の服が、裸の彼女に吸い寄せられるように集まって、体に取り付いていく。

 足先から足首までを包んだそれは、一瞬の閃光の後、白銀のプレートで所々覆われたブーツに変わる。
 そそり立つ彼自身と、新たに生まれ、変身の悦びに蜜を滴らせている彼女の秘所を包み込むと、純白のショーツを構成する。その上から、
腿の中ほどまでの丈のプリーツスカートが翻る。
 豊かな胸ごと上半身は花弁に覆われて、強い光ののち、白く薄い生地の上から胸の部分をブーツと同じ銀のアーマーが被さった姿に。
 最後に銀の細工が施されたカチューシャが、ブロンドの髪を押さえつけて。

 「聖天使リーフィアット、融合転生完了っ!」

 白い空間が砕け散って、誰もいない空き教室に一人の天使が、光臨した。

 腰まであるロングヘアは、西日を浴びてきらきらと輝く。
 美麗な目鼻立ちの顔は母性に溢れ、どこかフィアと亮二の面影が残る。
 前に突き出るような膨らみは、少女の体躯から見れば少し不釣合いなほどだった。
 膝上までのスカートに、床を踏みしめるごてごてとしたブーツ。

 少年と少女は一つになって、天使へと姿を変えたのだ。

 「──行かなくちゃ」

 そう言って、少女──天使は傍らに立てかけてあったモップの柄を掴む。するとモップ全体が白く輝きながら形を変え、弓矢へ成り変わる。
 そのまま天使は教室の窓を開けると、羽を羽ばたかせて一気に夕暮れの空を駆け上がっていった。


 ……とぅーびーこんてぃにゅー?

管理人/副管理人のみ編集できます