あ な た と 融 合 し た い ・ ・ ・


見たことのない風景のはずだった。

(また、この夢)

高原の真ん中に寄り添う、石造り、レンガ造りの建物の群れ。どこかの時代、どこかの国の、高原にある小さな街。

(見たこともないのに、僕は、ここを、知ってる…)

人々が穏やかに、平穏に暮らす街。そんな街を、空を、暗黒が覆い始める。

(ああ、これは…)

逃げ惑い、あるいは恐怖に立ち尽くす人々。

(これは…)

そんな人々が、嬌声を上げながら変貌を始め。

(ぼく、が…)

その様子を空から見つめる影は。

(わたしが…)

嗤っていた。







 「っっっ!!!」

 飛び起きた少年の視界に入ったのは、見慣れたガラステーブルとシステムデスク。雑誌や漫画本、ハードカバーが並べられた本棚と年季の入った箪笥。そこでここが自分の部屋であることを理解し、またベッドの上で足を投げ出すようにして寝転がっていたことも理解した。

 「帰ってきて、そのまま寝ちゃったのか…」

 時計はすでに20時を回っている。委員会の書類作成を終えて学校を出たのが18時半頃、普段通り30分で家に帰りついていたとしても一時間は夢の中にいたようだ。着たまま眠ったせいでしわくちゃになっている白いワイシャツは寝ながら汗をかいていたのかしっとりと湿っており、その下のTシャツは水気を含んで肌に貼り付き、お世辞にも心地良くはない。

 (それにしても、また、あの夢だ…)

 少年はまだ少しだけぼんやりとしている起きぬけの頭で、先ほどの夢を克明に思い出す。ここ一ヶ月前から眠るたびに見続ける同じ夢。かつて中世の欧州にあったような街が暗黒に染まり、人々が変容していく夢。それをどこか高いところから見つめている夢。

 「なんなんだよ、全く…」

 疲れたようにつぶやいて、立ち上がろうとする少年に、突然甘い電流が奔る。

 「…っ!?」

 思わず自らの下腹部──股間に目をやると、学校指定の制服であるグレーのスラックスを盛り上げて、自分の男根が膨れ上がっているのが分かった。起き上がろうと身じろいだ時、下着の生地と擦れてしまったのだろう。

 「…またか」

 彼はうんざりした様子でつぶやいた。なるべく早く自己主張する自分自身を静めなければ大変なことになるのは、ここ一ヶ月で身に染みている。それに全身をぐっしょりと濡らす寝汗も流したかった。となれば、行動はもう決まっている。

 「…風呂に行こう」

 「南条 優」と書かれたプラスティックの名札が付いた、しっとりと蒸れるワイシャツを脱ぎながら、少年はつぶやいた。



 南条 優は青春真っ只中の高校2年生である。同年代男子よりも線の細い小柄な体躯、端正の中に少し可愛らしさが混じった中性的な顔、少し栗色の強いうなじを隠す程度の髪。一見するとボーイッシュな女の子であったが、それが彼にとっての目下の悩みであった。小学校からクラス会や学校祭の余興で女装させられては、あまりにも似合いすぎてクラスの男子をアッーな道に目覚めさせかけたり、上級生で同性愛者であると公言してはばからない先輩女子に告白されたりするほどである。そんな優だったが、最近はさらにとある悩みを抱えていた。


 「ふ、う、う、うぁぁ…っ」

 全身に快楽が奔り、体がびくびくと震える。ギンギンにいきり立った赤黒い男根から、勢いよく白濁が噴出して、流れるお湯と共に排水口へ吸い込まれていった。

 「はぁ、はぁ、またでた…」

 タイル張りの壁に背を預けると、ひんやりとした感触が火照った体の熱を吸収してくれそうな、そんな気がした。しかしそれが錯覚でしかないことを、南条優はすぐに思い知ることになった。

 「…っっ!?ううっ、はぁ、はぁ、また、だ…」

 再度激しく鼓動し始めた心臓。ひくどころかさらに増していく体の火照り。5回果ててもなお怒張し続ける自分自身。今日一日の汗と疲れを流すはずの入浴時間は、収まる気配を見せない性欲を発散させるための時間に成り代わっていた。

 「きょ、今日は、何回出せば、お、おさまる、かな…」

 上気した頬でつぶやく彼は、高校生にしては少し高い声と相まって、発情した女の子と言っても通用しそうな雰囲気だった。今の彼の様子を肩から上だけカメラに収めて事情を知らない男性に見せたら十中八九淫靡な顔をした女の子だと錯覚するだろう。しかし彼はれっきとした男であり、その象徴であり証拠である硬く天を向いた自身の陽物を優はまた掴んだ。
 
 ──突然発情し、何度も果てなければ収まらない。これが今、南条優の抱える大きな悩みである。

 一ヶ月ほど前までは普通だった。健全な男子高校生である以上、たまにはすっきりしたくなるのは当然の理である。しかし日を追うごとに徐々に欲求と欲望が膨らんで満足しなくなり、また体の火照りも増していった。一度、二度、三度と果てる回数も少しずつ増えていき、昨日にはついに20回も放出して、ようやくおさまったのである。その上一回の射精量も自分でも引くくらい大量で、何か変な病気にかかったんじゃないかと内心気が気でない。ゆえに部屋でティッシュを使って、というわけにはいかなくなり、今では入浴の際にひたすら射精しまくってかたっぱしからシャワーで流す、を繰り返さなければならないほどにまでなっていた。
 いったいなぜこんなことになってしまったのか皆目検討もつかない優であったが、それでもたったひとつ思い出すとすれば── 同じく一ヶ月前、夏休み直前のあの夜の夢。毎夜繰り返すあの夢を見始めてからおかしくなりはじめたような、そんな気がしてはいたのだが、夢との因果を突き止めたところで劣情が収まるわけでもなく、そもそも本当に関係があるのかどうかを判断するすべを彼は持っていない。今はただ、ひたすらに欲望と体の熱が収まるまで自慰を繰り返すしかないのだ。
 ちなみに、一週間ほど前に一度、あえて発散せず、欲望を我慢しようと試みたこともあったのだが、気が狂いそうになった上感覚がありえないほど鋭敏になり、脈打つ自身と下着が擦れただけで射精が止まらなくなってしまうという結果に終わってからは、我慢は下策だと悟ったのであった。

 「うあっ!う、うっ、ううっ…」

 両手をピストン運動させながら、茎の部分から頭の部分を刷り上げる。その度に甘い電流が全身を駆け巡り、びく、びくっと大きく体が跳ね、プラスチックの座椅子からずり落ちそうになりながら、その手を休めることもできない。

 「う、あっ、あっ!!」

 擦りあげる動きだけでは飽き足らず、充血しきった亀頭とその先端、鈴口の部分を右手ですっぽり包み込み、くにくにと揉み解すとさらに強い快楽が体中に広がる。一ヶ月前までの自慰では得られなかった圧倒的な性感に、優はすっかり溺れていた。

 「あ、ああっ!ま、また、でる…っ!」

 絶頂が近いことを感じ取り、再び自身をしごきはじめる。ばくばくと心臓が高鳴り、腰が勝手に暴れるように震え、六度目の射精を──

 「…っっ!?あああ!!、な、なんでっ!!?」

──迎えることが出来なかった。いくら擦りあげても、絶頂と射精が訪れない。

 「ああああっ!!なんで、なんででないんだよぉ!!」

 さらに手を早め、普段であれば痛みさえ覚えるほど乱暴にしごき始める。その度に股間から最早暴力的といえるほどの快楽が広がるが、それでも彼自身は熱く脈打つだけで、一向に果てるそぶりを見せない。自慰を始めてからずっとローションの役目を果たしていた粘ついた透明な汁だけがどくどくと鈴口から溢れ続けているだけだ。
 今までにない初めての事態に、優は半狂乱になって叫び声をあげながら、ただひたすらにイカせてくれと言わんばかりに必死になって両手のピストン運動を続けていると、

 突然それはやってきた。

 「っうあああっ!!!?」

 どくん、と一際大きく心臓が跳ねた。両手のしごきはぴたりと止まり、優はその瞳を大きく見開いた。

 「あ…あぁ…」
──熱い。全身の血が沸騰しているかのように熱い。今までとは比べ物にならないほどの熱。苦しい。息が苦しい。
 大きく開いた口が、ぜえはあと少しでも酸素を取り込もうと激しく呼吸する。

 「う、うう…ううううぅっ」

 激しく脈打つ鼓動の音がやけにはっきりと聞こえる。頭の中があやふやになっていくような感覚。そして──

 「っっあああああああああああああああああああ!!!!!」

 体を弓なりに仰け反らせ、絶叫した。
 ダムが崩壊したかのように、意識を大きく揺さぶる、快楽と呼ぶにはあまりにも激しく乱暴で、今までに経験したことのない快楽が一気に優に襲い掛かった。

 「ああああ!!!おかしくぅぅ、なるぅぅぅぅぅ!!!」

 ぶしゅりと噴き上げると形容しても大げさではないほどの勢いで、彼の陽物はようやく精を吐き出しはじめた。粘ついた白濁が自分の体や浴室の床、壁、鏡とあちこちに飛び散っていくが、優にそれを気にする余裕はない。失神してしまいそうな絶頂に耐えることだけで精一杯だった。

 「あひぃ!ひぁぁぁぁっ!ふぅぅぅぅぅぅぅっ!!」

 吹き出す精の勢いは弱まったものの、それでも大量の欲望を吐き出し続けている。全身を走り抜ける気持ちよさの大電流は衰える気配を見せず、彼は狂ってしまいそうな恐怖に駆られる。しかしその恐怖さえも、快感に上塗りされていく。

「かはっ、っく、う、ああああ…」

 意味を成さない音の羅列を垂れ流すだけになった開けっ放しの口から、たらりと涎が一筋たれ始める。破裂した水道管のように時折勢いよく噴出しながら、一向にとまる気配の見えない白濁でお腹や下半身はどろどろになり、一度の射精としてはとっくに人間の限界を超えている。それが意味することを優はまだ知らない。

 そして、それが今始まってしまったことも。

 「あ、あああああっ!!」
 
 変化はまず、体毛に訪れた。そんなに毛深いとは言えない、むしろ薄いと断言できる程度にしか生えていなかった脛や腕、そして股間といった部分の毛が、はらはらと床に落ちていく。毟っている訳でもないのに、毛根から抜け落ちていくのだ。同時に肌も色が薄くなり、白磁の肌へときめ細かく、吸い付くような滑らかさを持っていく。

 「くぅぅぅっ!、んあ、ひゃぁぁぁんっ!!」

 メキメキと音を立てながら、小柄な体が作り変わっていく。骨格が軋みをあげながら変化し、わずかずつ腕が、脚が、身長が伸びていく。骨格の変化に合わせて、体の肉付きも変わっていく。女の子らしいとはいえそれなりに男性的だった角張った体の輪郭から男らしさが消えて行き、線の細い丸みを帯びたものへ。

 「ひ、ひぅぅぅ、あ、なぁぁぁぁっ!!」

 その変化は優の薄い胸板にも訪れる。皮膚の下、脂肪や血管や神経やその他諸々が再構成をはじめ、その質量を増していく。ぴんと硬くなった少年の乳首を頂点に、ふっくらと盛り上がり始めた。同様にお尻の柔肉も綺麗なラインを維持しながら、膨れ上がっていく。

 「ひっ、ひぁぁ!ふぅ、ふぅぅぅ…!」

 伸びる背丈に合わせるように、短めの髪もざわつきながら長さを増していく。まして行きながら頭頂部から毛髪一本一本が変色し、鮮やかな桃色へと染め直されていく。またその顔も、中性的な部分から男の雰囲気が抜け始めた。唇の色艶が増して瑞々しくなっていき、快楽に見開かれた瞳もすっと切れ長のものになっていく。

 「うあ、ああ、ああ、あ、あ、ああんっ!!げほっ」
 
 喘ぐ声が口から漏れるたびに高く透き通るものになっていき、それと反比例して、わずかに盛り上がっていた喉の出っ張り、喉仏と呼ばれる部分が縮み消失していく。最後に一つ咳き込むと喉仏は完全に消滅し、その声は完全に高く、しかしどこかハスキーな──女性のようなものになった。

 「な、なに、これぇ…っっひぎぃぃっ!!!?」

 凄まじい感覚の奔流に意識を大きく壊されながらも、自身の体に異変が起きていることをやっとのことで自覚した瞬間、股間から全身へ一瞬、もはや激しすぎて苦痛と区別がつかないほどの快楽が襲い掛かった。

 「あくっ、あ、くぅ、っあああああああああ!?!!」

 その強烈な快楽の電流に体が大きく跳ね、ついには座椅子から転げ落ちて床に全身を打ち付けてしまう。しかしそんなことさえ、この快楽という「苦痛」の前ではあまりに小さなことだった。
 
 「うぐっ、がぁああ!!ああああああああっ」

 その股間にある二つの睾丸はぐにゅぐにゅと自身で蠢きながら、優の体の中へ埋没していた。見えない手で揉まれながら、押し込められていくように、体内に引き込まれていた。苦痛にも似た感覚は、精を溜め込むためのその器官が失われていく度に全身を迸るのだった。
 
 「んああああっ、いや、ひゃあんっ」

  そう、彼はすっかり彼女──女性へ変貌をしようとしているように見えた。それが何が原因で如何なる原理によって起きているかは彼自身も知らない。しかしすらりと伸びた細身で、女性らしいカーブを描く体も、膨らんで未だに成長を続ける胸も、色こそ奇異だがすっかり背中の中ほどまで伸びたロングヘアも、少しきつめの美しく整った顔も、女性のものであることは確かだ。
 未だに白濁を噴き出し続ける、いきり立った男根だけが唯一、優が男であること、男であった事を主張している。

 「うあ、くはぁっ!あひ、ひぃぃっ」

 すっかり埋没した睾丸が存在していた場所は今や何もない。そのつるりとした場所に、新しい器官が形作られる。

 「あ、ああんっ!お、おなかぁ、へん、に、なりゅぅぅっ!!」

 下腹部に感じる熱と未知の知覚。腹の中を素手でかき回されているような不快な痛みさえ、今の優には性感にに変換されてしまう。それと同時に、男根の根元から、すっと一本のすじが形成されていく。滑らかな皮膚に切れ目が走り、その縦筋は射精と共にひくひく震える菊門の手前で消える。縦筋から、じわりと透明で粘り気の少ない液が漏れ始めた。
 それは、女性の秘所だった。

 「あっ、ああああああっ!ぼ、ぼく、どう、なって…」

 体がおかしくなっている──女性化を始めている事をおぼろげながらに理解しはじめた優だったが、すでに壊れた蛇口のように射精を続ける陽物を除いて、「彼」であった面影はほとんど体から消え去っていた。おそらく今リビングでのんびりテレビを見ているだろう両親も、部屋で宿題をしているはずの妹も、学校の友人や隣の家の幼馴染でさえ、今の彼、いや「彼女」を見て優だと気付くものはいないだろう。
 その程度にまで変容した肉体に合わせて、ついに精神までもが変異をしはじめる。

 「っっ!!?」


 
 
 快楽の奔流に溺れていた優の脳裏に、突然、あの光景が写る。

 (また、この夢…夢? ゆめ、なのに、ぼくは…)

 石畳の街。闇に染まっていく青空。不気味に赤い日食。
 
 (しらない、のに、知ってる…見たこと無いのに、ぼくは、ここを、しってる…)

 怯え、逃げ惑う人々。突如苦しみ、呻き、そして快楽に喘ぎだす人々。

 (これは、夢でみた、あの…)

 その光景は、時折夢で広がる、あの景色そのものだ。
 喘ぐ少女の背中から、黒い翼が生える。騎士とおぼしき兵士の髪が伸びていく。少年の腰から、黒い尾が伸びる。

 (みんな、かわって、いく)

 太った商人の体が、むっちりとした女性の肉体へ変貌していく。その商人のそそり立つ男根を、同じく豊満な肉体へ変異している最中の、耳の長いエルフの女性がくわえ込む。

 (そう、だ)

 人間もそれ以外の種族も、全てが魔へと変貌した。そうして闇に閉ざされた街は、互いに快楽を貪り合う淫靡な舞踏会のステージに堕ちようとしていた。

 (ぼくが、かえたんだ。わたしが)

 その様子を満足げな笑みを浮かべながら、街を見下ろす高さに浮かびながら見つめる黒い影。

 (ぼく、は…わたし?わたしは…ぼく?わたしは?わたし…は…)

 その影は

 紛れも無く、自分自身だった。



 

 「…あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 すでに鮮烈な桃色に変わりきった長い髪を振り乱しながら頭を抱え、優はタイルの床の上でのたうち回った。体だけでなくその内面、意識や人格といった精神そのものが書き換えられ、変質していく感覚。自分が消えてしまう恐怖と、新しく生まれ変わる悦びがぐちゃぐちゃにかき混ぜられて、彼の思考を大きく揺さぶっていく。

 「あんっ!ぐぅう!ひゃああああっ、ひぅ!んぐ、ぐっ、ぅぅぅぅ…っ」

 背中の皮膚の下で何かが蠢く。蠢きながらその体積を増やし、背面が大きく盛り上がり始める。

 「あひぃぃぃぃぃ!!ふぐっ、くっ、くぁぁぁぁぁ…!!」

 同じようにすっかりと熟れきった尻の上、後ろ腰の真ん中がぼこりと膨らむ。

 「あぐっ、いっ、がぁぁぁぁぁ!!」

 めきり、ごきりと音を立てながら、桃色の髪を分けて、先が尖ったくすんだ白色の何かがこめかみの少し上からせり出してくる。同時に耳が何かに引っ張られるように、その先端が鋭角になっていく。

 「ぼ、ぼぐぅぅっ!、が、わりゅぅぅぅ!ぎ、ぎえ、るぅぅぅぅ!!」

 緩やかに育っていた乳房が、爆発的に成長し、一気に大きさを増して、ぶるん、と跳ねる。

 「ぼ、ぼく、わ、わたし、にぃぃっ!なりゅぅぅぅぅぅっ」

 背中の皮膚がいびつに盛り上がって限界まで張り詰め、そして耐え切れなくなり、びりびりと破け始めた。腰も同様に、皮を突き破り、黒い何かが一気に伸びる。

 そして。

 「んあああああああアああアあアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!」

 背中の皮膚を引き裂いて、黒い何かが一気に広がり、優は背を大きく弓なりにして、ゆれる胸の果実の先端から、ひくひくと震える股下の秘裂から、そして限界までそり立つ男根の鈴口から、母乳から愛液から精液から、体液という体液を噴き出して絶頂を迎えた。

 それが、南条 優という少年の最期であり。

 「彼女」が生まれた瞬間だった。


 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁぁぁぁ…」

 優の面影をほとんどすべて捨て去った女は、自分が散々体液で汚した床から、むくりと起き上がった。
 すらりと伸びた背丈は女性にしては高い方だろう。全体的に細身で引き締まった体は吸い付くように滑らかで、シミ一つ無い無垢な白磁の素肌が覆う。少年の薄い胸板は溢れんばかりの豊かな、それでいてしっかりと弾力のある形の良い果実が実り、腰はしっかりと引き締まってくびれを形作る。長い髪はわずかにウェーブがかかった鮮やかな桃色で、その側頭部にはくすんだ白色の、緩やかに湾曲した一対の角が天を向く。耳はまるで御伽噺のエルフのように長く、尖っている。
 そして、背中から生える漆黒の皮膜。それは蝙蝠の羽を何倍にも大きくしたようなもので、子供程度ならすっぽりと包み込めてしまいそうな面積を持っていた。豊かに育った尻の谷間の少し上、後ろ腰の真ん中から、同じく黒一色で、先端が矢印のようになった長い管状の、尻尾としか呼べないものがするりと伸びている。
 すっかり男の子っぽさが消え去り、怜悧で冷たい印象を湛えた美麗な顔。最早唯一の名残は、股間に生えたままの精嚢を失った男根だったが、それさえも優のものよりも大きく、血管が瘤のように盛り上がった赤黒い異様なものに成り果てていた。
 
 「んっ、んあああ…」
 
 とろんとした瞳が、黒色から透き通った赤色に変わり、変貌は終わりを告げた。南条優という少年は消滅── いや、優は消滅したわけではない。彼の肉体が精神ごと、その人格や意思さえもすべて捻じ曲げられ、変質してしまったのだ。
 優が変質した、人間とは呼べない何かは、自身の両肩を抱き、先ほどまでの快楽の余韻に浸っていた。

 「はぁぁ…力が溢れて…気持ちいい…」

 その顔は淫らな悦びで満たされていた。この世に生をうけた赤ん坊は泣きじゃくる。それと同じようにこの世に生をうけた「何か」は、淫靡な笑みで甘い息を吐くのだ。
 そのときだった。

 『お、おにい、ちゃん?』

 恐る恐る、といった風で、少女の声が、浴室の扉越しに飛び込んできた。おそらく、優が中々風呂から出てこないので、心配して様子を見に来た妹だろう。
 優と仲の良い、小学5年生の少女の可愛らしい顔を思いかべたとき、突然、優であった何かは抗いがたい衝動に駆られた。

 「んんっ…!」
 
 ──麻衣を犯したい。
 ──犯して犯しつくして、圧倒的な快楽を味合わせてあげたい。

 ──そして、自分のように、生まれ変わらせてあげたい。

 「ふふっ」

 邪悪な微笑を浮かべて、それは立ち上がった。









 

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