あ な た と 融 合 し た い ・ ・ ・

夜の帳が下りた住宅街。
その闇の中で人知れず蠢くその翼は、闇よりも黒かった。

「んー、今日もいっぱい貰ったわぁ」

それは満足げな女の声で、月が輝く夜空に、誰に聞かれることも無く溶けていった。
月光を受けて浮かび上がる、鮮やかな桃色の長髪と白い肌。
たわわに実った胸元の果実と、尻の柔肉は、光沢を放つチューブ・トップとホットパンツに覆われて、身に着けているものは他に同じく黒く輝くハイヒールのみで、そのきめ細やかな肌を惜しげもなく晒しながら、ゆらゆらと空に浮かんでいた。これだけで普通の人間とは呼べず、さらに人間離れしたその美貌に、人の身にはありえぬ、背中から伸びて羽ばたく一対の大きな羽と、腰で蠢く、細くしなる尾が彼女の正体を如実に現していた。

それは、サキュバス。人に在らぬ魔性の者。人の欲を、性を弄び、精を啜る存在。
彼女は今宵も、街の男達と交わり、その欲望の権化を存分に喰らってきたのだった。

「さて、そろそろ帰りましょうか」

食後の散歩、もとい情事の後の空中飛行を楽しんだ彼女は、自身の住処へ戻るべく優雅に進路を変え、住宅街の一角、学生向けの二階建てアパートに向けて降下を始めた。
正確には、ここは彼女の住処ではなく、彼女の「元」になっているある人間の少年のものである。

日付が変わったばかりであるというのに、上下5室ずつあるそのアパートの8割の窓から明かりが漏れているのは、やはり学生向けアパートという住人の性質を如実に現しているのだろう。青春時代はお天道様が見守っている時間だけでは足りないのである。
その中、残り二割の主の不在か就寝を示す明かりの見えない大窓があるそのうちの一つ、二階奥の部屋のベランダに影が音もなく降り立った。先程のサキュバスである。
彼女が窓に手をかけると、内側の鍵がかしゃりとひとりでに開いた。魔性の物が持つ能力であろう。人間如きが作り上げた金属製の小さな門番など、彼女の前では何の意味も持たなかった。

「んんー、満足満足」

靴を脱ぐこともなく部屋に上がりこみ、彼女は背と羽を思い切り伸ばして満足げにつぶやいた。このような時刻に、このような不審極まりない存在が堂々と上がりこんでいる事実に、家族は気づいていない。無論それはこの部屋の主が、親元を離れこの8畳間で一人生活しているからであった。

「さて、と。お疲れ様、二人とも」

そう口にした彼女は、次の瞬間、体を震わせた。

「んあっ!あ、あああああああ!!」

右手で左肩を、左手で右肩を掴み、自分自身を抱きしめる格好で、サキュバスは悶え始める。その顔は先程まで男を貪っていた時の、途轍もなく淫らな笑みそのものだった。

「あん!ああん!あああんっ!はぁ、はぁぁぁ……っ!」

表情が示す如く、彼女は性的快楽に悦び、震えていた。双球の頂はぷっくりと自己主張を始め、内股に溢れた愛欲が、雫となって伝っていく。

「ふぁぁぁ……んくっ、ひゃあっ!」

悶える彼女が突然、背を丸めてうつむいた。蝙蝠のそれのような背中の羽は左右狂ったように羽ばたき、部屋に風を起こしている。それがわずかに続くと、今度はその長さ、大きさが縮んでいく。よく見るとその付け根、肩甲骨の部分に吸い込まるように、短く、小さくなっていく。それに続いて振るわれる鞭のように暴れた尻尾も、体の中へ引っ込んでいく。

「はあんっ、はうう!」

そして羽と尾は、ほぼ同時に消え失せた。かつての魔物は、髪色を除けば傍目には人間と変わらない存在になっていた。そこでついに力尽きたのか、彼女は次にフローーリングの床に膝を付き、次に手をついて、最後には床に横たわった。鮮やかなピンクの細糸がはらりと広がって、差し込む月光と共に幻想的な風景を作り出す。

「ん、んっ、んうっ!」

時折びく、びく、と震える彼女の背中が、不意に少し盛り上がる。肩と後ろ腰のほぼ中間、背中の真ん中にこんもりと小さくなだらかな白磁の山を作り出した。そしてその山は、次第に大きく、高さを増していく。

「ひゃう!、くあ!、ひううううううううっ!!」

一際大きな声を上げる彼女。背中が大きく膨らんでいく気味の悪い体と裏腹に、その喘ぎには苦痛を全く帯びていない。全身を駆け巡る快楽は、彼女からそれ以外の全てを認識させる手段を失わせ、淫らに叫ぶ一匹の雌に堕としていたのだ。
だから、背中の盛り上がりの頂上、その皮膚に裂け目が走り初めても、彼女は痛みに声音を変化させることはなかった。

「いっ、いひぃっ!くひゃああ!なああああっ!!」

背中の膨らみはますます大きさを増し、幼児の上半身程度は内包できるほどに成長していた。それと同時に背中の裂け目も広がりを見せ、その幅も大きく膨れていく。どういう仕組みなのか、その裂け目からは血の一滴も噴き出すことはなく、裂け目の向こうに見える色も、背の肌と同様に、白を帯びたきめ細かい肌色だった。

「あああんっ!、もう、すこ、しぃぃぃぃぃっ!」

彼女の叫び通り、背中はすでに限界まで膨れ上がっているようだった。そしてついに耐え切れず、ばりばりと大きく、厚紙を裂くような音と共に裂け出して、中に包み込んでいた存在を外へさらけ出す。

「あああああああああああああああああああああああーーーーーーーーー!!!!」

絶頂の雄叫びを上げる彼女を突き破り、それは頭を上げ、背を反らし、腕はだらんと下げたままで、飛び出てきたそれは、少女の上半身であった。全く異質なかたちで生み出した彼女と同じ桃色の短い髪に、小さな肩幅。なだらかな乳房は見た目相応なもので、閉じられつつもどこか色っぽいその瞳と唇は、幼さと美しさを高い次元で両立させたような雰囲気を纏う。
まるで蛹から孵る蝶のように、上半身、腰、両足とするする抜け出していく少女。足先が完全に抜け出ると、部屋には異様な二人が横たわっていた。
少女を包んでいた蛹の彼女は、大きく背中が破け、裂けた皮膚は大きくめくりあがっていた。にも関わらず彼女は肩で息をしながら、絶頂の余韻に浸っていた。本来であれば骨や内臓が見えるはずの裂け目にそれらは一切見当たらず、代わりに内部では赤黒く輝く、細く短い蚯蚓のようなものがびっしりと生え、蠢いていた。
一方、蛹から生まれ出た少女は、眼を閉じたまま、眠っているようだった。体のあちこちは透明な粘液のようなものにぬめっていたが、それは少しずつ乾き始め、本来の皮膚の光沢を取り戻していく。

「ん、あ、ああんっ!!」

蛹の彼女が、再び喘ぎ始める。すると裂けて捲りあがっていた背中の皮膚は、するすると閉じていく。裂け目同士がぴったりと合わさると、消しゴムで線を消すかのように、合わせ目が細くなり、ついには消えていく。
それと同時に、体の全体が縮み始めた。その直前には、はじけたチューブ・トップ、ホットパンツ、ハイヒールが溶け始める。一瞬にして黒い流体と化したそれらは形を失い、彼女の体を伝い床に黒い水溜りを作り、縮んでいく彼女は一糸纏わぬ姿で、自分の体に起きた更なる変化に酔いしれ、身を捩じらせていた。

「ん、あ、ひぁ!あ、うんっ!!」

背中の裂け目が完全に消失する頃には、すらりと伸びた長身はもう高校生女子、あるいは中学生女子のそれになっていた。腰まで伸びていた桃色のロングヘアもするするとその長さを失いながら、色が徐々に濃くなり、栗色がかった黒へ落ち着いていく。ぴんと立った乳首、そしてその豊かな土台も緩やかに体積を無くし、空気が抜けて萎んでいく風船の如く内側から変化していく。

「あ、ああ、ひゃああ!!」

低く魅惑的な声は少し高くなり、妖しく花開いていた秘所は蜜を吐き出しながら幼く、蕾へ戻るかのように閉じていく。それに合わせて、周囲を覆う茂りも生え変わり、その濃さが失われていく。
胸と同じように、腰周りや尻の肉付きが薄くなり始めた頃には、すでに手足も短くなり、完全な中学生程度の体躯に成り果て、そして。

「っあーーーーーーーーー……」

幼くなった蜜壷が愛液を盛大に噴出して、彼女は少女になった。

「はあ、はあ、はあ…」

激しく上下する肩の幅も、それを抱く両腕も脚も、サキュバスだった時の幻惑的な肉体の面影など全く無い。腰のくびれもほとんど無くなって、完成された女性の美しさは霧散していた。髪もうなじ辺りまで短くなり、その顔は思春期直前の、男子と女子の中間といった中性的なものになっていた。

「やっと、戻った……」

ようやく呼吸が落ち着き始めた彼女は、むくりと体を起こした。汗やそれ以外の体液にまみれた体を見回して、ふと気づく。

「って、まだ戻ってないっ!?また女のままじゃないかっ」

あわてて彼女は、胸元で揺れる膨らみを両手で掴み、がっくり肩を落とす。

幼くなった彼女の肉体で、若く瑞々しいその双丘だけが、サキュバスの名残を色濃く残していた。確かに乳房も縮んではいたが、その体躯にしては大きめな膨らみが、堂々と存在していた。

「こいつは時間が経てば男に戻るっていってたけど……最近女になってる時間が長くなってきてるし……ヤバイよなぁ」

今だ眠り続ける、自身の体を割って出てきた桃髪の少女をジト目で睨み付けながら、もう一人の少女はため息を吐き、思い浮かべる。

傍らで寝息を立てる少女──悪魔リアムと名乗った──に取り憑かれ、融合してサキュバスになってしまったこと。
男だったにも関わらず、そのせいでどうも女になれる様になったらしいこと。
そして、こうして融合を解除したにも関わらず、すぐに男に戻れなくなっていること。

彼女──いや、彼、佐九場 香月は、もしかして自分はいずれ女になったまま戻れなくなるんじゃないかと一抹の不安を抱き始めたとき、それは来た。

「んああっ!きっ、きた、きたっ!」

もう何度も変身を続けていた彼には、お馴染みの待ち望んでいた感覚。
年の割に大きめな乳房がさらに縮み始め、子宮の奥がぼこぼこと蠢いて、何かを形作る感覚。
それは、男に戻り始めた証拠であった。

「あんっ!ふゃ!きひいっ!!」

胸の膨らみはすっかり年齢相応になり、さらに体積を失っていく。それと反比例して、子宮の奥から膣を取り込んだその塊は、ぴったり閉じられた秘裂をこじ開け、頭を覗かせた。

「あ、はあああ……っ!」

それは、彼の男としての象徴。てらてらとぬめった光沢を放つそれは、亀頭部分をゆっくり露出させると、次の瞬間一気に這い出て、先端から白い迸りを放出した。

「あああおおおおおおおおっ!」

女の快楽から、男の快楽へ瞬時に切り替わる。喘ぎ声がさらに少し低くなって、膨らみは完全に薄い少年のものになった。
そして、彼は完全に元の姿に戻り。

(僕、これからどうなるんだろ……)

最近どうしても拭えない不安を思いながら、彼は意識を手放した。

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