山岡淳一郎 作家活動アーカイブ”時代”に”活きた人”を追い、その夢の顛末を考える政治、建築、医療、近現代史、経済、スポーツ……「21世紀の公と私」として近現代からの問題に向き合えているかエネルギー、震災、復興、メディア、医療保険などを考える



■手書きの石巻日日新聞と「タンジブル・ビット」(3/4)


以下、I=石井@ishii_mit Photo Credit: Aiko Suzuki



Y=山岡@yamajun1ro Photo Credit: GOh FUJIMAKI



個人なり、組織なりが社会とつながる、という意味では、情報の価値は「行動を喚起するか否か」ですね。たとえば被災者の方が、情報を得て、何らかの前向きの行動をとれるかどうかです。傷ついた心が癒される和合亮一@wago2828さんの詩(詩集「詩の礫」、アエラ@AERAnetjp2011年7月4日号「フクシマで生きる この魂の叫びを 聞いてほしい」)は、読み手の精神の深い部分を揺さぶっています。それが世界的な反響を呼んでいる。
また、石巻日日新聞は、停電で輪転機が使えなくなったので、油性ペンと新聞用紙を使って「壁新聞」を作り、震災翌日から6日間、市内の避難所などに掲示しました。記者のひとりは、津波に呑まれ、船につかまってひと晩明かしたそうです。彼らが、被災地で必死に発信した情報には、強い普遍性を感じます。

その情報がリアリティーを持つかどうかが重要なのです。その前では、アナログもデジタルも関係ありません。被災された状態で、たぶん懐中電灯だけを頼りに手で記事を書いていく。その行為がもつ力ですよね。きれいな印刷やスクリーンでは、人間の身体性や思いはなかなか伝わらない。その意味で気迫といいますか。何が壁新聞を作らせたのか。その状況でも住民に何かを伝えようとするジャーナリズムの魂。それが、リアリティーの根源にあります。


石巻の壁新聞を知って、石井さんの「タンジブル・ビット」の原点ともいえる宮澤賢治の肉筆原稿のことを私は思い浮かべました

そうなんです。私は、MITに入る直前、岩手県花巻市の宮澤賢治記念館で「永訣の朝」という詩の肉筆原稿を見て、衝撃を受けました。インクの染みや何度も書き直した筆跡に、農作業で節くれだった指で、懸命に気迫をこめて賢治が書いている姿が浮かんできました。苦悩する精神の軌跡が感じられ、万年筆の切っ先が紙をひっかく音すら聞こえてきました。あのリアリティーが、情報に直接手で触れる「タンジブル・ビット」という発想の源です。
 石巻日日新聞の方が、必死に手で書いた「壁新聞」には、何とか被災者に大切な情報を届けたい、勇気づけたいというジャーナリズムの原点を感じます。南相馬市の桜井市長のYouTubeでの発信からもリーダーの気概が伝わってきました。
 どちらもすごくリアリティーがありました。情報を扱う私たちは、そこを本気で考えねばならない。リアリティーは情報の生命線です。


情報や表現に携わる私たちは、そこを肝に銘じておかねばなりませんね。肉筆の壁新聞が、被災者の方々に生活情報を伝えながら、慰め、勇気づけた現実。あれ自体が、現代の石碑なのかもしれません。
ところで、震災からちょっと話はそれますが、4月に伊藤穣一さんがMITメディアラボの新所長に就任されました。これでメディアラボのトップ2が日本人になったわけで、ニューヨーク・タイムズも「異例の選択」と報じましたが、あの人事は誰がお決めになったのですか?

驚きでも何でもないですよ。僕らが決めたんです(笑)。所長も副所長も日本人というのを面白がられますが、たまたま二人の国籍が日本だっただけです。要するに、彼個人の実力と実績が評価されたのです。人種とか、肌の色とか、まったく関係ありません。
 ジョイ伊藤の社会起業家的なパワーと、ネットワーク力、新しいカルチャーへの洞察や理解が、彼を新所長に迎えた理由です。メディアラボは、米アマゾンの電子書籍リーダー「キンドル」に使われるEインクや、グーグルの「ストリートビュー」のひな形になるサービス「アスペン・ムービーマップ」など、全く新しい流れをゼロから創ってきました。「未来ビジョン製造所」と言われています。
 パソコンの父、アラン・ケイは、「未来を予言するためのベストの方法は、自分たちで未来を発明することだ」と言いました。それがわれわれのモットーです。ジョイ伊藤は、今、メディアラボが次の未来を発明するために必要な「個人の良さを引き出す」人物なのです。だから、彼に白羽の矢を立てました。


伊藤さんはメディアラボの「未来像」の創造に欠かせない人物なのですね。そういう意味では、現在の日本は、未来像を渇望しています。ところが政治的混迷もあり、まったく見えてこない。

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