小さなテレビの画面には青髪の少女が映っていて、インタビューに受け答えしている。彼女の名前は睦月乃亜。話題沸騰中の人気アイドルだ。
彼女のキャッチフレーズは『踊って戦えるアイドル』で、格闘技経験はほとんどないにも関わらず、卓越した身体能力と格闘センスで、多くの格闘家達に勝利したという凄まじい実績があった。
華やかなアイドルである彼女が格闘技の世界にデビューした動機は、自分の名前を売り自己顕示欲を満たすためだ。
『今日の試合で通算成績は50勝0敗ですが、その圧倒的な強さの秘訣は何でしょうか?』
『私は可愛くて最強だからね〜。他の弱い人達とは才能が違うんだよ』
乃亜は自信満々の表情で言う。元々自分の能力や容姿に絶対の自信を持っている彼女だが、全戦無敗という完璧な結果が更に彼女を増長させていた。今の彼女は、自分が敗けることなど微塵も想像していないようだ。
『乃亜ちゃんが現在注目している選手はいますか?』
『私かなぁ。だって私が一番強くて凄いからね。他の選手なんか可愛くて強い私の引き立て役だしさ』
全格闘家を敵に回す彼女の強気過ぎる物言いにインタビュアーは一瞬面食らう。その後も彼女は不遜な言葉を続け、半ば放送事故のような有り様で番組は終了した。
「あのクソガキが……! 調子に乗りやがって……!」
中肉中背の男が激怒し、自室のテレビを叩き壊す。彼は過去に乃亜に敗れた格闘家で、藤崎真二という。彼は彼女との忌まわしい試合を思い出す。
あの時、睦月乃亜は全く本気を出しておらず、自分のことを完全に舐めてかかっていた。自分の半分も生きていない小娘に舐められた屈辱に彼は奮起したが、結局、彼女に一撃を入れることすらできずに敗北を喫した。
今までも負け試合はあったが、ここまで最悪な負けは初めてだった。
『弱っちいね。そんな程度の実力でチャンピオンなんだ。……才能ないから、格闘家引退しちゃえば?』
試合終了後、敗北に打ちひしがれていた彼に彼女は見下した表情で侮辱の言葉を投げかけた。その瞬間、彼は彼女に強い憎悪を抱いた。
彼女の強さは常軌を逸しており、彼女に心をへし折られ引退した格闘家も少なくない。彼も彼女に敗北した後、しばらくは格闘家を続けていたが、小娘に惨敗した負け犬というレッテルに耐えられなくなり、格闘家を引退した。
引退した後の彼は彼女に復讐心を燃やしながら鬱屈とした日々を送っていた……。
「ふぅ。終わった終わった」
夜の路地裏で、ブーツの独特な足音が響く。乃亜は帰宅する最中であった。彼女は今日の熱狂した会場や完勝した試合の余韻に浸っていた。
(今日も大盛況だったね。やっぱり、私って人気者ね〜)
「人気なのは嬉しいけど、気持ち悪いオッサン達と握手するのは勘弁だなぁ……あいつら、いやらしい視線で私を見てくるし……」
乃亜は夜道で一人ごちる。彼女は容姿に自信を持っているだけのことはあり、かなりの美少女だ。
爽やかな青髪、宝石のように輝く緑色の目、乳白色の瑞々しい肌、形のいい乳房、どの要素も彼女の魅力を十全に引き出していた。
「うん?」
乃亜は自分の前方に立ち塞がるように現れた男を視認する。彼は彼女がかつて倒した格闘家、藤崎真二だ。威圧的な視線を向けて、ゆっくりと彼が歩み寄ってきたが、彼女は逃げずに待ち構える。
(挑戦者っぽいね。あー、めんどくさいなもう……)
アイドルだけでなく格闘家として有名になってからは、挑戦者が現れるのは日常茶飯事であった。
ギャラリーのいない野良試合など彼女からすれば全く気乗りしないが、目の前の男は引き下がるように見えなかった。
「睦月乃亜、今すぐ俺と勝負しろ。あの時のリベンジをさせてもらう」
「……アンタ誰よ? 私、アンタと戦ったことあったけ?」
乃亜は首を傾げる。彼にとって睦月乃亜は自身のプライドを完膚なきまでへし折った不倶戴天の敵だったが、彼女にとって藤崎真二はその他大勢の雑魚にすぎなかった。
「貴様、俺を愚弄する気か!」
「私に負けた雑魚のことなんか一々覚えてないわよ」
「貴様、許さんっ……!」
激怒した真二が乃亜に殴りかかる。彼女を本気で殺すつもりの一撃だった。
「……おっと。そんなのろまな攻撃じゃあ、一生私には当たらないよ〜」
乃亜は真二の怒りの籠った拳を余裕でかわすと、不敵な笑みを浮かべて彼を挑発する。額に青筋を浮かべながら彼は彼女へ怒濤の猛攻を仕掛ける。
普通の試合ならば反則を取られるような危険な攻撃の数々を、彼女は涼しげな表情で軽々と捌く。
彼は彼女に勝つために彼女の今までの試合を欠かさず研究し、一日たりとも己の鍛練を怠らなかった。だが、彼の努力も彼女の圧倒的な才能の前では全く無意味であった。
攻防を経る度に彼は彼女との実力差を重い知らされ、彼の脳裏には敗北のトラウマが蘇る。
「どうしたの? もう終わり? 弱過ぎて期待外れなんだけど」
「な、何故だ……何故、俺の技が通用しないんだ……」
「その程度の実力で私に勝てるわけないでしょ。……アンタみたいな雑魚には力の差を教えてあげる」
「……!?」
彼女が疾走する。疾風迅雷、その言葉が相応しい動きであった。彼からすれば、彼女は突然消えたようにしか見えなかった。
彼女の動きを目で追うことすらできない。以前も速かったが、あの時よりも彼女のスピードは増していた。
全く反応することすらできず、彼女のハイキックが彼の側頭部に直撃する。悲鳴を上げる間すらなく、彼女の鋭い蹴りに彼は意識を刈り取られる。
彼女に復讐しようとしていた彼だが、一撃を与えることすらできず再び惨敗した。
「歯応えのない奴だなぁ。弱過ぎて暇潰しにもならないよ。……何この紙?」
彼女は落ちている血のように赤黒い紙を拾う。真二を蹴り飛ばした際に、彼のポケットから落ちたようだ。ただの紙なら無視したが、変わった色だったため、彼女は中身が気になっていた。
彼女は紙に書いてある内容を確認する。そこに書いてあるのは、非公式の格闘大会の案内だった。格闘技から引退している彼は、この非合法の大会で生計を立てているのだろう。
「ふーん。……中々面白そう。退屈しのぎのついでに、可愛くて最強な私の名前を売っちゃおうかな〜」
見るからに怪しげで危険そうな内容だが、彼女は即断で格闘大会の参加を決めた。表の世界で自分の敵になる相手は全くおらず、頂点に登りつめていた彼女は退屈感を覚えていた。
そんな彼女は、裏の世界の未知の相手でも全く負ける気がしなかった。可愛くて強い自分が、それ以外の人間なんかに敗北するなど有り得ない、それが彼女の持論だ。
無敗のスーパーアイドルは、自らの意思で危険な戦いに身を投じることを決めた。彼女に待ち受けるのは栄光と喝采か、それとも……。
彼女のキャッチフレーズは『踊って戦えるアイドル』で、格闘技経験はほとんどないにも関わらず、卓越した身体能力と格闘センスで、多くの格闘家達に勝利したという凄まじい実績があった。
華やかなアイドルである彼女が格闘技の世界にデビューした動機は、自分の名前を売り自己顕示欲を満たすためだ。
『今日の試合で通算成績は50勝0敗ですが、その圧倒的な強さの秘訣は何でしょうか?』
『私は可愛くて最強だからね〜。他の弱い人達とは才能が違うんだよ』
乃亜は自信満々の表情で言う。元々自分の能力や容姿に絶対の自信を持っている彼女だが、全戦無敗という完璧な結果が更に彼女を増長させていた。今の彼女は、自分が敗けることなど微塵も想像していないようだ。
『乃亜ちゃんが現在注目している選手はいますか?』
『私かなぁ。だって私が一番強くて凄いからね。他の選手なんか可愛くて強い私の引き立て役だしさ』
全格闘家を敵に回す彼女の強気過ぎる物言いにインタビュアーは一瞬面食らう。その後も彼女は不遜な言葉を続け、半ば放送事故のような有り様で番組は終了した。
「あのクソガキが……! 調子に乗りやがって……!」
中肉中背の男が激怒し、自室のテレビを叩き壊す。彼は過去に乃亜に敗れた格闘家で、藤崎真二という。彼は彼女との忌まわしい試合を思い出す。
あの時、睦月乃亜は全く本気を出しておらず、自分のことを完全に舐めてかかっていた。自分の半分も生きていない小娘に舐められた屈辱に彼は奮起したが、結局、彼女に一撃を入れることすらできずに敗北を喫した。
今までも負け試合はあったが、ここまで最悪な負けは初めてだった。
『弱っちいね。そんな程度の実力でチャンピオンなんだ。……才能ないから、格闘家引退しちゃえば?』
試合終了後、敗北に打ちひしがれていた彼に彼女は見下した表情で侮辱の言葉を投げかけた。その瞬間、彼は彼女に強い憎悪を抱いた。
彼女の強さは常軌を逸しており、彼女に心をへし折られ引退した格闘家も少なくない。彼も彼女に敗北した後、しばらくは格闘家を続けていたが、小娘に惨敗した負け犬というレッテルに耐えられなくなり、格闘家を引退した。
引退した後の彼は彼女に復讐心を燃やしながら鬱屈とした日々を送っていた……。
「ふぅ。終わった終わった」
夜の路地裏で、ブーツの独特な足音が響く。乃亜は帰宅する最中であった。彼女は今日の熱狂した会場や完勝した試合の余韻に浸っていた。
(今日も大盛況だったね。やっぱり、私って人気者ね〜)
「人気なのは嬉しいけど、気持ち悪いオッサン達と握手するのは勘弁だなぁ……あいつら、いやらしい視線で私を見てくるし……」
乃亜は夜道で一人ごちる。彼女は容姿に自信を持っているだけのことはあり、かなりの美少女だ。
爽やかな青髪、宝石のように輝く緑色の目、乳白色の瑞々しい肌、形のいい乳房、どの要素も彼女の魅力を十全に引き出していた。
「うん?」
乃亜は自分の前方に立ち塞がるように現れた男を視認する。彼は彼女がかつて倒した格闘家、藤崎真二だ。威圧的な視線を向けて、ゆっくりと彼が歩み寄ってきたが、彼女は逃げずに待ち構える。
(挑戦者っぽいね。あー、めんどくさいなもう……)
アイドルだけでなく格闘家として有名になってからは、挑戦者が現れるのは日常茶飯事であった。
ギャラリーのいない野良試合など彼女からすれば全く気乗りしないが、目の前の男は引き下がるように見えなかった。
「睦月乃亜、今すぐ俺と勝負しろ。あの時のリベンジをさせてもらう」
「……アンタ誰よ? 私、アンタと戦ったことあったけ?」
乃亜は首を傾げる。彼にとって睦月乃亜は自身のプライドを完膚なきまでへし折った不倶戴天の敵だったが、彼女にとって藤崎真二はその他大勢の雑魚にすぎなかった。
「貴様、俺を愚弄する気か!」
「私に負けた雑魚のことなんか一々覚えてないわよ」
「貴様、許さんっ……!」
激怒した真二が乃亜に殴りかかる。彼女を本気で殺すつもりの一撃だった。
「……おっと。そんなのろまな攻撃じゃあ、一生私には当たらないよ〜」
乃亜は真二の怒りの籠った拳を余裕でかわすと、不敵な笑みを浮かべて彼を挑発する。額に青筋を浮かべながら彼は彼女へ怒濤の猛攻を仕掛ける。
普通の試合ならば反則を取られるような危険な攻撃の数々を、彼女は涼しげな表情で軽々と捌く。
彼は彼女に勝つために彼女の今までの試合を欠かさず研究し、一日たりとも己の鍛練を怠らなかった。だが、彼の努力も彼女の圧倒的な才能の前では全く無意味であった。
攻防を経る度に彼は彼女との実力差を重い知らされ、彼の脳裏には敗北のトラウマが蘇る。
「どうしたの? もう終わり? 弱過ぎて期待外れなんだけど」
「な、何故だ……何故、俺の技が通用しないんだ……」
「その程度の実力で私に勝てるわけないでしょ。……アンタみたいな雑魚には力の差を教えてあげる」
「……!?」
彼女が疾走する。疾風迅雷、その言葉が相応しい動きであった。彼からすれば、彼女は突然消えたようにしか見えなかった。
彼女の動きを目で追うことすらできない。以前も速かったが、あの時よりも彼女のスピードは増していた。
全く反応することすらできず、彼女のハイキックが彼の側頭部に直撃する。悲鳴を上げる間すらなく、彼女の鋭い蹴りに彼は意識を刈り取られる。
彼女に復讐しようとしていた彼だが、一撃を与えることすらできず再び惨敗した。
「歯応えのない奴だなぁ。弱過ぎて暇潰しにもならないよ。……何この紙?」
彼女は落ちている血のように赤黒い紙を拾う。真二を蹴り飛ばした際に、彼のポケットから落ちたようだ。ただの紙なら無視したが、変わった色だったため、彼女は中身が気になっていた。
彼女は紙に書いてある内容を確認する。そこに書いてあるのは、非公式の格闘大会の案内だった。格闘技から引退している彼は、この非合法の大会で生計を立てているのだろう。
「ふーん。……中々面白そう。退屈しのぎのついでに、可愛くて最強な私の名前を売っちゃおうかな〜」
見るからに怪しげで危険そうな内容だが、彼女は即断で格闘大会の参加を決めた。表の世界で自分の敵になる相手は全くおらず、頂点に登りつめていた彼女は退屈感を覚えていた。
そんな彼女は、裏の世界の未知の相手でも全く負ける気がしなかった。可愛くて強い自分が、それ以外の人間なんかに敗北するなど有り得ない、それが彼女の持論だ。
無敗のスーパーアイドルは、自らの意思で危険な戦いに身を投じることを決めた。彼女に待ち受けるのは栄光と喝采か、それとも……。
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